アイドルマスター〜花屋の隣の喫茶店の店員さん〜
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Side渋谷凛

 

 

 

うちが経営してる花屋の隣には、明治の終わり頃から続くと言われている古い喫茶店がある。

古いだけあって所々ガタが来てるところもあるらしく、時折改装してるところを見かける。

改装とはいっても今時の新しいデザインするのではなく、今までと変わらない見た目のままだけど。

よく言えば昔ながらの雰囲気、悪く言えば古臭い雰囲気のある喫茶店だ。

世の中では新しく、若い子が好みそうなお洒落な喫茶店はいくつもあるし、どうせならそんな感じに建て替えてもいいんじゃないかと思うけど。

 

「わかってないねぇ、凛ちゃんは。昔ながらの雰囲気、これ大事よ? その使い込まれた古臭さっていうか、埃っぽさっていうのかな? 新しいものが乱立していく現代でこそ、そういうのを望む人もいるんだよ」

 

だから改装はしても今までと変える気はないし、建て直しをする気もないらしい。

まぁ、私も小さい頃から通い慣れたこの喫茶店が変わってしまうのは少し嫌だし、本気で言ってるわけじゃないけど。

お姉さんはなんというか、昔ながらのものに色々と拘りがある人だ。

お姉さんが言うには、拘りというよりもただの懐古厨なだけらしいけど……懐古厨ってなんだろう?

だけど何度も繰り返し改装してたら、結局いつか全部まるっと新しいものに変わってしまう時が来るんじゃないだろうか。

そう聞くと。

 

「その時までには最初に直したところが使い込まれて、埃っぽさが出てくるんだよ。ほら、あれだ。どっかの老舗の店では、秘伝のタレを注ぎ足し注ぎ足し使ってるとかいうじゃん? それと同じだよ」

 

……同じ、なのかなぁ?

今一よくわからないけど、お姉さんが言う事に共感するところがあるのか、昔からの馴染のお客さん達はお姉さんの言葉に何度も頷いていた。

改装工事でそれなりに音はするのだけど、一応うちの両親含めて周囲の理解は得ていることから、そう思っている人は多いのかもしれない。

というか、この喫茶店の店員なのに自分の店を古臭いとか、埃っぽいとかいうのはどうなのだろうか。

別に埃っぽくないけど、気になってツツーッとテーブルを指でなぞってしまう。

そんな私を見てお姉さんはニヤッと嫌らしい顔を浮かべて、「将来いい姑さんになるよ、凛ちゃんは」とからかってくる。

やってから自分で、どこかの姑みたいだなと思ってはいたけど、せめてそこはお嫁さんとか言い方を気にしてほしい。

私は羞恥心を隠すように、淹れてもらったコーヒーを一口飲み込む。

この店のオリジナルブレンドで、私が小学生の時に初めて飲ませてもらったコーヒーだ。

あの時はただ苦いだけにしか感じなかったけど、今では普通に飲めている。

それはあの頃よりも私が成長したということ、だといいな。

小さい頃に飲んだ時から変わらない味だけど、どこかほっと安心するような味に感じる。

昔ながらのもの、それもまたいいものだと思える。

まだ高校生でしかない私だけど、このコーヒーからはどこか昔の面影を薄らと感じる気がする。

 

「で、だ。今日はどうしたん? 平日から来るなんて、珍しいじゃん。いや、来てくれるのは嬉しいけどさ」

 

私が喫茶店にくるのは、基本的に週末の時間に余裕がある時。

カウンターの一番左端の席、入口から真直ぐ進んですぐにあるそこが、小さい頃からずっと私が座ってきた特等席だ。

コーヒーの香りで心を和ませながら、暇を持て余したお姉さんと雑談したり、勉強をしたり、読書をしながら過ごすのが定番だった。

だけど今日は平日の夕方。

丁度学校が終わって帰って来た所で、今の私は制服姿である。

平日に来ることが無いわけではないけど、もし制服にコーヒーとかが零れてシミになるのはまずいし、来るとしても一端家で私服に着替えてから来るのが普通だ。

なんたって隣なわけで、着替えて来るとしても5分もかからない。

それなのに今日私が学校から直接来たのは、お姉さんに報告があったからだ。

小さい頃からいつも私と一緒に遊んでくれて、10歳以上も離れているとはいえ本当の姉のようにすら思っている大好きなお姉さんに……まぁ、これは恥ずかしいから口に出しては言わないけど。

とにかく、報告したいことがあって来たわけだ。

 

「えっと、さ。実は私……アイドルに、なることになったんだ」

 

まるで意中の男性に告白でもするかのように、恥ずかしさでカァッと顔が熱くなりながら口を動かす。

両親に報告する時でもここまでではなかったというのに、なんでこんなに照れているのだろうか。

伏し目がちだった目をチラッとあげてみると、お姉さんは口の端がヒクヒク動いていて、なんというか笑うのを堪えているような感じに見えた。

 

(……やっぱり、私みたいな無愛想な女にアイドルなんて似合わないと思われたのかな)

 

そう思ってシュンと落ち込みそうになったのも束の間、お姉さんは「ちょっと待っててー」と、いつもの軽い調子で言うと奥の厨房に入っていった。

そして数分後。

戻ってきたお姉さんが持っていたのは、私の好きなチョコレートのショートケーキだった。

どういう事か分からず驚いている私を、ニヤリと悪戯な笑みを浮かべて見ているお姉さん。

目の前に置かれたケーキの上には、小さな板チョコに「目指せ、トップアイドル!」と書かれていた。

 

「えっと、これって?」

 

「いやぁ、実は凛ちゃんがアイドルになるかもって話はね。私、知ってたんだなーこれが!」

 

「……え?」

 

悪戯が成功した子供のように楽し気に笑うお姉さんは、事の次第を説明してくれた。

といっても、そう難しい話しではない。

つまりは以前、というか昨日なのだけど、プロデューサーと卯月が私を勧誘に来た時の帰りにここに寄ったらしい。

以前から時々道端で勧誘を受ける私の姿を見ていて、気になっていたお姉さんがその時に事情を聴いたのだという。

 

「だからさ、いつでもお祝いできるようにって準備だけはしといたんだ。にしても、昨日の今日で報告に来てくれるなんてねぇ。いやぁ、お姉さん嬉しいよ」

 

カラカラと笑うお姉さんに、力が抜けてグダーッとカウンターに顔を伏してしまう。

なんというか、変に緊張していた私が馬鹿みたいだ。

 

「あぁ、もう! こうなったら、やけ食いだ!」

 

自棄になった私は勢いよく体を起こし、ケーキにかぶり付く。

 

「……あ、美味しい」

 

「ふっふっふ、でしょう? 今日のは、ちょっといつもと違うんだ。凛ちゃんの為に作った、特別製だからね」

 

腕を組み得意げに胸をそらすお姉さん。

私の為という言葉に悔しいけど嬉しくなって、だけどそれを知られるのは無性に嫌で、無言でケーキを口に運び続け、その味に舌鼓をうつ。

だからだろう。

お姉さんがボソッと呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。

 

 

 

「……はぁ。やっと、始まるのか。シンデレラの舞踏会が」

 

 

 

Side out

 

 

 

俺は転生者である。

正直、来世なんてあるわけないと思っていた一人で、生まれ変わりなんてことが実際自分の身に起きた時は、もの凄く吃驚した。

しかも前世の記憶を持っているのだから、なんとも度し難いものだ。

というのも、一人称が俺であることからわかると思うけど、前世での俺は正真正銘の男、日本男児である。

それなのに神様が間違えたのかはわからないけど、なんと今生において俺は女に生まれてしまったのだ。

TS転生とか、どちらかと言えば苦手なジャンルなのだけど。

それが自分の身に降りかかるとか、ほんと勘弁してほしいものだ。

前世の記憶がなければ何の疑問も抱かずに、普通に女性としての生を受け入れていたことだろうに。

前世で男として生まれて30までは生きなかったとはいえ、20年以上も男であり続けてきた俺だ。

そうそう簡単に女性としての自分なんて、受け入れられるわけがなかった。

生まれてから27年経った今でも、外では一人称を私で通しているけど、家の中では俺だ。

両親は俺が小学3年くらいまでは女らしさの矯正を頑張っていたようだけど、いつしかそれも徐々にではあるが諦めていったらしいことが伝わってきた。

最低限、本当に最低限でいいから外面は女性らしくすることを条件に、家の中での男の様な言動は見逃してもらえることになった。

それが、俺が小学5年生くらいの事である。

何というか、本当に申し訳ない気持ちだった。

 

そんなある日。

我が家で代々経営している喫茶店の手伝いをしている傍ら、流れているテレビで一人のアイドルが歌っているのが目に付いた。

名前は日高舞。

後に伝説のアイドルと言われるようになる、若干13歳の少女だ。

彼女の存在を知ったことで、俺はこの世界が前世で俺が好きだった作品、アイドルマスターの世界だということを認識した。

とはいえ、ここがアイマスの世界だからといっても、俺は前世含めてただの一人のアイマスファンでしかない。

しかも765プロのファンだ。

確かに後の伝説のアイドルの存在を知り、その歌やダンスを見た時は感動したけど、それでも俺が一番応援しているのは765プロに変わりはない。

懐古厨と笑わば笑え、自覚はしている。

今現在、そしてこれから先に可愛いアイドル達が沢山登場したとしても、それでも初期からアイマスを応援してきた俺にとってアイマスとは、アイドルとは、765プロの皆を指す言葉なのだ。

しかし今現在、765プロは影も形もありはしない。

当然だ、今は765プロを設立するはずの高木社長だって、確か何処かの事務所でプロデューサーをしていた時期のはず。

彼女達が活躍するのは今からもっと後、15〜16年は先のことだろう。

ならそれまでの間は、うちの手伝いをしたり、学業に専念して時間を消費するしかない。

ちなみに、俺自身がアイドルになるつもりなんて毛頭なかった。

アイマスの世界に来たとしても、女性になったとしても、俺は何処まで行っても一人のアイマスファンでしかないのだから。

確かにゲームではプロデューサーと呼ばれていたけれど、アイマスが現実となったこの世界では俺はプロデューサーではない。

ただのしがない、一人の765プロのファンだ。

 

それから2〜3ヶ月くらい過ぎた頃。

世間では日高舞の名が、すでに日本で知らない人はいないのではというくらい広がっていた。

CDも出すだけであっという間にミリオン越えるし、ライブ開けば簡単に満員になるという人気具合。

人気投票もこれまでトップアイドルと言われてきた人たちを押しのけて常に1位で、2位との差がもう圧倒的というか絶望的なまでに広い。

アイドルと言えば誰? という質問をされれば、10人中10人が日高舞の名を上げるだろう。

なんというかこれまで頑張ってきたアイドルたちが、少し可哀相なレベルだ。

流石は伝説のアイドルの現役時代、ほんと半端じゃない。

そんな感じで世間の話題が日高舞一色になっている時でも、俺の生活は特に変わりなく進んでいく。

確かに日高舞はアイマス界の生きる伝説ということで、俺もライブに行ったりCDを買ったりはしたけど、やはりというかなんというか追っかけとかまでするほど熱狂的にはなれなかった。

それに遠くの物事よりも身近な物事ということで、現在優先順位が高いことが身近で発生していたし。

それはご近所付き合いをしている隣の花屋さんの家で、少し前に赤ちゃんが生まれたことだ。

将来絶対美人になること間違いないと、自分の事のように自慢する花屋の旦那さんのデレデレっぷりといったらない。

そんな旦那さんを呆れながら見ていた奥さんだけど、奥さんも赤ちゃんを抱っこしてる時は旦那さんと似た様な感じだったのでどっちもどっちだ。

ちなみに、名前は“渋谷凛”というそうだ……そりゃ、美人になるわと、俺は密かにそう思った。

隣が花屋で苗字が渋谷、ここがアイマス世界ってことも考えて、可能性は感じてもよかったと思う。

まさか765プロのアイドルの前に、シンデレラガールズのアイドルに会うことになるとは思わなかった。

 

それから数年。

途中で日高舞の唐突な引退宣言で世間が騒がしかったりしたけど、俺は店の手伝いの傍らで大学へ進学したり、隣の夫婦が忙しい時に凛ちゃんの遊び相手になったりと、そこそこ忙しい日々を送っていた。

凛ちゃんの遊び相手自体は、店の手伝いの片手間でできたから特に大変ではなかったけど。

なんというか子供の頃からクールというか、結構静かなタイプで手が掛からなかった。

店に来た時に目の届きやすいカウンター席に座ってもらって、ケーキとジュースを出してあげたら後は静かに読書をしたり、勉強をしたり、時々雑談したりする程度。

というか、ほんとそれくらいしかした覚えがないのだけど、妙に俺に懐いてくれたように感じるのが少しだけ不思議だった。

子供を取られたみたいで悔しかったのか、渋谷さんご夫婦の眼力が鋭くなることもあるけど、まぁ、この役得の代償としては安いものだろう。

カルガモの子供のように俺の後ろをちょこちょこついて来るところなど、我ながら母性本能がくすぐられる思いがした。

ただ自分が女という認識を持ち切れてない所もあり、母性というより父性なんだろう。

魂が肉体に引きずられる的なことはよく創作物とかであるけど、俺は多分ずっとこのままなんだろうなと思っていたりする。

子供のころからスカートとか本当に嫌で、基本私服はジーンズに白Tシャツというラフな格好ばかり。

下着だって女物の可愛いカラフルな奴は避けて、スポブラにボクサーパンツという有り様。

小学校から付き合いのある友人には「顔とかスタイル良いんだし、もう少しお洒落に気を付けなよ」などと呆れながら言われる始末だけど、変わらずこのスタイルを貫き通している。

前世合わせてすでに50を超えるおっさん相手に、スカートとかお洒落とか無理な相談だ。

こんな俺だ、多分異性との結婚も出来ないだろう。

だってこれまで一度たりとも、男相手に胸が高鳴ったりしたことないし。

むしろ女性相手の方がまだドキドキする時点で、やっぱり俺の心は男のままなのだろうと思う。

ちなみに今生における初恋の相手は、小学校の時の保険室の先生。もちろん女性だ。

もう我が家の血は、去年生まれたマイシスターが後世まで引き継いでくれることを祈るしかない。

……親父、お袋、そろそろいい歳なのにマジご苦労様でした。

 

そして時が流れて凛ちゃんが15歳になった現在。

昨年と一昨年はイベントが目白押しだったのを、喫茶店でコーヒーを淹れながら思い返す。

道端を歩いていたら偶然765プロの天海春香さんがCDの路上販売してるところを見つけて大急ぎで購入したり、待ちに待った765プロのアイドル達がテレビで話題になって俺が狂喜乱舞したり、それを見た両親が「娘がおかしくなった!」「元から変だから」「あぁ、そう言えばそうだったわね」「妹のほうは、こうならないように気を付けよう」とか言ってたり、ライブ会場で「いくぞおおおおお!」って掛け声上げたり、憧れのアイドル春香さんと握手会でお話したり、春香さんが以前路上販売でCDを買った時の事を覚えてて「私のCDを1番に買ってくれた人ですよね! いつも応援してくれて、ありがとうございます!」とか言ってもらえて思わず嬉し泣きしてしまい困惑させたり……。

本当に色々とあった2年だった、主に765プロ関係でだけど。

きっとこれから先も、彼女達は大きく躍進していくのだろう。

 

(そして、こっちはこっちで新しく物語が動き出すってわけだ)

 

目の前でムスッとしながらも、頬を若干緩めながら美味しそうにチョコケーキを食べる凛ちゃんを微笑まし気に見つめながら考える。

考えるのは昨日、この喫茶店に凛ちゃんをスカウトしに来たプロデューサー、武内Pと島村卯月ちゃんが来店して色々と話を聞いた時の事だ。

あの赤ちゃんの時から知っていて、よく面倒を見ていた凛ちゃんが、とうとうアイドルデビューする日が来る。

まだ保留の段階で確定ではないそうだけど、凛ちゃんならきっとアイドルになるだろうという確信が俺にはあった。

彼の話を聞き「ようやくシンデレラの舞踏会が幕を開くのか」と、時間の流れをしみじみと感じていた。

そんな俺に、武内Pが言ってきたことには流石に少し驚いたけど。

 

『あの……アイドルに、興味はありませんか?』

 

まさか、武内Pが俺をスカウトするとは思わなかった。

友人に言われてたから見た目は良い方かと思うけど、自重してても男としての性格が外面にも滲み出ている有り様で、年齢的にもすでにおばさんと言える歳だ。

確かに346プロでは、30を超えた女性もアイドルをやってるって話だけど、まさか俺がというのが素直な感想だった。

まぁ、俺の答えなんて、はなから決まっているけど。

 

『ないです』

 

『……え? あの』

 

『私がアイドルとか、ないですわぁ』

 

『……えっと』

 

きっぱりと断ってやった。

それはもう、気持ちのいいくらいにいい笑顔で。

内心、「どうよこの笑顔? いい笑顔じゃろ?」といった感じで、少しドヤ顔気味だったかもだけど。

 

『いやぁ、私ってばこの喫茶店の次期店長だしさ。アイドル業で手間取られるのは、ちょっとね。それにさ、個人的にアイドルはなるよりも、応援する方が好きなんだよ』

 

『……だれか、応援なさっている方がいるのですか?』

 

『いるよ? 765プロオールスターズ! 特に春香さんが一押し!』

 

『……なるほど』

 

このアイドル戦国時代に、頭一つとびぬけて有名となっている事務所がいくつかある。

武内Pが所属する346プロもそうだし、あの悪名高い961プロもそうだ。

そして俺がずっと応援している765プロも、その有名どころの事務所の一つである。

特に春香さんはアイドルアワード受賞を果たし、実質トップアイドルとしてその名を世の中に知らしめている。

アイドル業界にいて765プロを、そして春香さんの名を知らない人なんてそうはいないだろう。

隣にいた卯月ちゃんも知っていたようだけど、「春香、さん?」と俺がさん付けしたことに疑問を持っていたようだった。

まぁ、明らかに年上な俺が一回り程年下の女の子をさん付けするのは、傍から見れば違和感があるかもしれない。

だけど俺にとって、春香さんは春香さんなのだ。

尊敬の意味もあり、親しみの意味もあり、そしてちょっとギャグ的な意味のある敬称である。

これは前世からそう言い慣れていることもあって、今更そう簡単に直るものでもない。

そうするつもりも、特にないけど。

 

『彼女達の事は、ほんと真剣に応援してるよ。それこそずっと前から、一人のファンとしてね。そのことに誇り、っていったらなんか恥ずいけど。まぁ、そんなものも少なからずあるわけよ。

これからも、ずっと彼女達の事を応援していきたい。だから私自身がアイドルになるとか、そういうのは考えてないんですわ』

 

『……そうですか』

 

俺の言葉に、武内Pは少し残念そうに引き下がった。

多分、俺が特にやりたいことや目標が無かったり、多少なりともアイドルをやってみたいかなぁとか、憧れのようなものを持っていたりしたら、武内Pはそれを敏感に察知してグイグイとスカウトしてきただろう。

だけど、俺にはその気は本当に無かった。

今の喫茶店の仕事も結構楽しんでやってるし、俺はあくまで応援する者であり、応援される者になる気なんてないのだから……というか、アイドルになって可愛い衣装を着たり化粧して観客の前に出るのを考えると、それだけでゾッとする。

そういった内心は伝わってないだろうけど、俺にアイドルになる気がないということだけはわかってもらえたと思う。

だから昨日、彼は引き下がってくれたのだろう。

 

(……でも仮に、本当に仮にだけど。もし仮に765プロからスカウトが来たりなんかしたら……もしかしたらちょっとだけ、本当にちょっとだけ悩んだかもしれないな)

 

彼女達のすぐそばで応援できて、応援するだけじゃなく彼女達と一緒になってアイドル活動が出来る立場になることを考えて、少しだけ胸がドキドキするのを感じた。

それはきっと、ミリオン勢の松田亜利沙と似た様な心境かもしれない。

……まぁ、それでも俺の場合、悩んだ末に結局は断っていただろうけど。

 

「……お姉さん」

 

「ん? なんじゃらほい?」

 

「なんじゃら? ……えっと、おかわりとかって……ある?」

 

控えめな声で呼ぶ声に我に返ると、凛ちゃんはチラチラ上目遣いで俺の方を見ていた。

その上目使いは中々にグッとくるものがある。

流石俺の妹分、凛ちゃんマジかわいい。

お隣の夫婦が自慢するのも、わかるというものだ。

 

「もちろんさ! 好きなだけ食っていきなよ……あぁ、でも、ちゃんと夕飯も食べれるくらいにしとくんだよ?」

 

じゃないと渋谷さんちの奥さんが、親の仇でも見るかのような目で俺を睨んでくるから、とは言わないけど。

あの人、なんか変に俺に対抗意識もってる気がするんだよな。

この前も「凛ちゃんのお母さんの座は譲らないから!」とか、意味不明なこと言われたし。

別に俺は凛ちゃんの母親の座なんて狙ってないって、せめて姉貴分だから。

凛ちゃんに妙に懐かれてたり、休みの時なんかうちの喫茶店に入り浸ってたりするせいか、凛ちゃんを俺に盗られるんじゃないかと少し焦ってるように感じる。

というか、これからアイドルとして活動していくとなると、今まで以上に家族の付き合いが減りかねないけど……大丈夫だろうか渋谷家。

 

(……アイドル、か。俺が応援してるのは、今までもこれからも765プロだけど。妹分だし、応援してやってもいいよな? 春香さん)

 

頑張る妹分を応援するのも姉貴分としての義務だと思うし、俺個人としても今まで面倒を見てきた凛ちゃんの頑張りを応援してやりたい。

問いかけるように俺にとって一番の憧れのアイドル、春香さんを脳裏に思い浮かべる。

そこに現れた春香さんは、「もちろんですよ!」と言ってるかのように満面の笑みを浮かべていた。

その笑顔につられ、俺も自然と笑顔になっていくのを感じた。

 

「ほら、特性チョコケーキお待ち。ゆっくり味わって食べなよ」

 

とりあえず次代のトップアイドル候補の凛ちゃんに、俺はケーキのお代わりをプレゼントするのだった。

 

〜fin〜

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(あとがき)

何気にTS転生物って、初めてですね私。

嫌いではないけど、個人的に主人公は男が良いなという考えが根底にあるみたいで、見るのは見るけど書くのは少しためらってしまう感じでいましたね。

心が男なのに女の体になってしまった苦悩、葛藤がどうのこうの……どこまでいってもそういったものは想像でしかできなく、中々難しいものですね。

とりあえず、久しぶりにアニメ一挙したせいでミリシタが無償にやりたくなりました私です。

アイマス最高! 春香さん最高! わた、春香さんは可愛いですよ!

……あぁ、ミリオンライブ、アニメ化しないかなぁ。 ミリオン勢と関わるアニメでの春香さん、また見たいですよ。

説明
私の中のアイドルマスター熱、再び(何度目だろうな)燃え上がり一挙見。
やっぱり春香さんが一番好きだなって、再度確認させられた勢いで仕上げましたわっほい。
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