ガールズ&パンツァー〜三者三様の生き方〜 2
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〜大洗到着〜

 

 

 

電車を降りた途端、漂ってくるのは仄かな潮の香り。

それを肺一杯に吸い込み、そして大きく吐き出す。

 

「……はぁ、やっと着いた……ここが大洗かぁ」

 

ここが前世含めて始めてくる大洗……まぁ、学園艦ではなく陸の大洗だけど。

それでもここがガルパンの聖地、しかも本物のガルパン世界の大洗かと思うと、中身の年齢的に三十路をとうに越えるおっさんだが、年甲斐もなく感動してしまう。

飛行機にバスに電車にと、結構遠い道のりで疲れはしたけど、それもこの感動を思えば悪くはない。

むしろちょっとした充足感すら感じる。

 

実家から勘当された日から早2日。

最初は何処へ行こうかと考えていたのだが、幸いなことに行く当てを考える必要はなかった。

それは実家を出る前、しほさんとの話が終わって部屋に荷物を取りに戻った時に見つけた、机の上に乗っていた一通の封筒が原因だ。

見てみると中身はお袋、しほさんが俺に向けて書いた手紙と通帳と書類がいくつか。

手紙は要約すると、「大洗にマンションを借りておいたからそこに住むように」ということと、「3年分の生活費は通帳に入れておいたから無駄遣いしないように使え」ということだった。

実家からは大分離れている大洗に借りたのは、まだ中学校在学時にしほさんから勧められて受験した高校が近くにあるからだろう。

その高校は自動車科があり、戦車の整備も教えているところではあるけど戦車道はなく、特に有名どころでもない普通の工業高校だった。

簡単に調べた所によると西住家とは縁のある高校でもないらしく、かといって親父である常夫さんが通っていた母校というわけでもないらしい。

あの時はなぜ態々実家から遠く、西住家と関係のない場所を勧めたのかわからず不思議に思っていたのだ。

だけど今思えば、俺がいつか家を出るだろうことをしほさんは事前に気付いていて、西住家と関係のない場所を態々勧めてくれたのではないかとも思える。

 

「しほさん、結構鋭いからなぁ。隠してたつもりだったんだけど、どこかで感付いててもおかしくはない、のかな? おまけに3年分の生活費まで……あれ、勘当ってなんだっけ?」

 

この遠方に進学する子供への対応の様なものに、本当に俺は勘当されたのか分からなくなってくる。

まぁ、実際に勘当はされてるんだろうけど。

この扱いからすると、仮に原作でみほちゃんが西住家を勘当されたとしても、こんな感じで当面の生活費は払ってくれたのだろうな。

正直、家を出てからは高校に行くつもりなんてなく、創作活動に集中するつもりだったからポーズとして受験しただけなのだけど、このしほさんなりの親心を無碍にするのも悪い。

これでしほさんに勘当なんて決めさせた親不孝を払拭できるとは思えないし、あくまで自己満足でしかないけど。

でも、ただでさえ親不孝な人生を歩むのだ、せめてしほさんが勧めてくれた高校くらいは卒業しておこう。

 

「さて、大洗に来たからには、色々と見て回らないとだよな! そんで、今夜から早速創作活動の開始だ!」

 

 

 

〜親として〜

 

 

 

「……幸夫はもう出たかしら?」

 

「はい、つい先ほど」

 

お茶を持ってきてくれた家政婦の菊代さんに訪ねる。

普段からそこまで抑揚のあるほうではないと自覚しているが、今日の私は聞いた者に感情がないのではないかと思われてしまいそうな程に端的で、低い声色だった気がする。

そんなもの実の息子に向けて発していいものではない……いや、元息子か。

 

(いつか、こんな日が来ることはわかっていたけど。ままならないものね)

 

幸夫は家族贔屓抜きにしても、中々に優秀な子であった。

小さい頃、それこそ幼稚園に入る頃には、周りでグズっている子をあやしたり、喧嘩をしている子達を宥めたりする大人びた姿も見られ、話しぶりなどまるで自分と同じくらいの大人と話しているかのような感覚さえわくほどに、知能だけでなく心も成熟していた。

しかしそうと思えば、まるで子供のように(実際子供なのだが)色々なものに興味を示し、好奇心に任せてあっちへフラフラこっちへフラフラと、安心しておちおち仕事も手に着かないくらいには心配させる子だった。

小学校に上がる頃には常夫さんに車輌整備について教えてもらっていたけど、常夫さん曰く「まるでスポンジみたいに教えたことを吸収して、逆に教え甲斐がない」などと、優秀である反面、ある意味で困った一面も見受けられた。

……戦車の知識が入ったからか、自家用車にしてるU号戦車を勝手に庭で乗り回し、なおかつドリフトなんてして履帯を破損させた時は、流石に言葉を無くしたものだ。

ミューの低い場所でモーメントを利用すればできると思った? ……そもそも、庭でドリフトしようと思うなと。

雨が降ってればなおよかった? ……その時が、私が初めて幸夫に拳骨を落とした瞬間だった。

幸夫がまだ小学3年生の、夏休みの出来事である。

 

(……思えば、あの子の無茶苦茶なところに影響を受けている所もあるのかしらね、みほとまほは)

 

みほとまほが小学生に上がってからの事だが、よく二人を戦車に乗せて近場に出かけていたのは知っていた。

流石に妹達が一緒で無茶はしないだろう……と高を括っていたのは間違いだった。

お目付け役を頼んで影から見守ってもらっていた菊代さんから、幸夫たちが帰ってくる途中にドリフトをやらかして履帯を破損させたと知らせを受けるとは思わなかった。

しかも常夫さんから受けた教育の賜物か、幸夫が自分で修理して戻ってくるのだから、我が子ながら大したものだ。

もちろん称賛の意味ではなく、呆れ果ててそう思ったわけだが。

拳骨の後にどうしてそうなったか話しを聞くと、何処で見聞きしたのかみほが幸夫に「どりふとっていうのやってー!」とねだったのが原因だったとか。

頼むみほもみほだが、受け入れる幸夫も幸夫だ。

無茶な操縦でかなり揺れるだろうに、それでもみほもまほも泣き顔一つ見せず、むしろ喜んでいたそうで、そこら辺は流石は西住の娘達と言えばいいのだろうか。

その時ばかりは、私も頭を抱えてしまった。

男に生まれた幸夫は西住流を継ぐことはできないが、それでも誰よりも優秀な整備士にはなれるだろう。

色々としてきたやんちゃの中でも垣間見せたその知識や技術により、誰もが幸夫の栄えある将来を、そして西住家にとって益になる者だと期待した。

……私達夫婦以外は。

 

(小さい頃から何でも人並み以上に出来る子だった。戦車の知識や操縦、整備の仕方、学校の勉強、運動……。だけど、そのどれも本気で取り組んでるようには見えなかった。それもそうよね、なにせ幸夫はとっくに別の事に夢中になっていたんだもの)

 

いつからかはわからない。

物心ついた頃からか、いろんなことを取り組んでいるうちに見つけたものか。

だけどあの子は、私達が気付いた頃にはすでに自分の進むべき道を自分で決めていた。

それが西住流とは関係のない、別の事だというのはちょっと調べれば簡単に分かった。

母としては、息子が決めた道を応援してあげたいという思いはある。

たとえ戦車道とは、西住流とは全く関係のない道を歩むことになろうとも。

だけどそれは西住流の師範として、そして後に家元の座に就く身としては許容できるものではなかった。

 

“西住に生まれた者ならば、男でも女でも戦車道にその人生を奉げるべき”

 

いつからかは知らないが、そんな認識が西住流に関わる者達の間で広まっていた。

実際、私がまだ戦車道について学んでいる最中だった幼少の頃に、母からそのようなことを言われたのを薄らと覚えている。

しかも幸夫が、周りから大きな期待を受けていたのがまた問題だった。

親としては失格だが、幸夫がただの無能の類ならばどれだけよかったかと思ってしまうこともあった。

無能ならば期待などされない、どのような道に進もうとも誰も関心を寄せたりなどしない。

おまけに男だから、あぁだこうだとゴチャゴチャ言われることもなかっただろう。

私もこんなふうに、突き放すように送り出さなくて済んだはずだ。

だけどそれは在り得ないIFの話。

まず間違いなく糾弾されるだろう。

なぜ西住流から離れるのか、お前には西住流の誇りはないのか、西住に生まれてきておいてそのような勝手が許されると思っているのか……。

 

(西住家に生まれて来たことは、幸夫にとってただの不幸でしかなかったのかもしれないわね)

 

結局、西住を継ぐ立場でありながらも親として息子の道を応援するために取ったのは、親としては最低な手段。

切っ掛けになったのが幸夫だとしても、その手段を取ってしまったのは間違いなく私だ。

勘当、親子の縁を切る行為。

それをすることにより、幸夫は西住とは関係のない子と周囲に知らしめることが出来る。

まったく無くなることはないだろうが、それでもこのままでいるよりも風当たりはだいぶマシになるだろう。

 

(恨んでくれてもいい、私を親と思わなくてもいい。それでも、あなたは自分の決めた道を進みなさい。諦めずに進み続ければ、きっと夢をつかめるはずだから)

 

それが出来るだけの力を、幸夫は持っていると私は確信している。

だから私は旅立った息子を、心の中で密かに応援する。

 

「ところで奥様。先程幸夫さんの部屋に行った時、このようなものが置いてあったのですが」

 

「……これは?」

 

菊代さんから受け取ったのは、ラッピングがされた縦長の箱。

そこに一枚のメッセージカードが張られており、『お袋&親父へ』と私たち夫婦宛であることがわかる。

軽く動かすと、中からチャポンという水音が聞こえる。

 

(なにか飲み物かしら?)

 

私が幸夫にしたように、幸夫も同じように置き土産に何かを置いて行ったのかもしれない。

常夫さんにはともかく、勘当なんてした私にそんなもの不要だというのに。

息子の気遣いに、不覚にも目頭が熱くなってくる。

それを眉間に皺を寄せてグッと堪え、何が入っているのかと少し楽しみに思いながらラッピングを外していく。

……すると。

 

「ッ!? こ、これは!」

 

 

 

 

 

“まむし酒”

 

 

 

 

箱に書かれたタイトルを見て、私と菊代さんは固まってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

無音の空間の中、私は箱の方にも張り付けられていたメッセージカードを、眉間に皺を寄せたままの睨み付けるような鋭い眼差しで見る。

 

『日々の気苦労の多いお袋や親父が、心身ともに元気になれますように……夜の方もね♪(笑)』

 

「……」

 

「……えっと、奥様?」

 

菊代さんの気遣わし気な声がどうでもよく感じられる心境の中、私は一つの事を決意した。

 

(今度会ったら、絶対拳骨落そう)

 

 

 

〜始まりまでのカウントダウン〜

 

 

 

2人しかいない薄暗い雰囲気の小さな室内で、目の前に座り一枚一枚真剣な表情でページをめくる年上の男をジッと見つめ、俺は緊張でごくりと喉を鳴らす。

上でカラカラと若干音を立てて回る古ぼけた換気扇の音が、この静かな空間の中でやけに大きく聞こえてくる。

このまるで結果を待つ受験生の様な緊張感に、早く時間が過ぎてほしいと祈るように拳をグッと握りしめて待っていた。

そして一通りページをめくり終わった男は、なんとも言えないようなため息を吐きながら俺の方に視線を向け、そして口を開いた。

 

『んー、上手いには上手いんだけどさぁ。なんていうのかなぁ? ……そう、君の漫画には独創性が足りないんだよ』

 

『……独創性』

 

その男の言葉が、いやに耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

重い瞼を開けると、目の前に広がるのは見慣れた天井。

ボーっとした意識のまま部屋を見渡すと、カーテンを閉めていることを考えても今日は妙に薄暗いことに気付く。

カーテンの隙間から差し込む光は薄暗く、時折雷の音も聞こえてくる。

どうやら外は曇っているらしい。

きっと今の俺の気分を現しているかのような、どんよりとした空模様だろう。

 

「……はぁ。嫌な夢、見ちまったなぁ」

 

今日の目覚めは、いつもよりも少しだけブルーな気持ち。

それは規則正しい睡眠時間などとうの昔に置き去りにした生活ばかりしているせい、だけではないだろう。

さっき見た夢、それこそが俺の気持ちを落ち込ませている大半の原因だ。

嘗ての……そう、前世でのちょっと嫌な思い出を久しぶりに夢で見てしまったせいだ。

 

「ふぁ……はぁああ……はぁ、起きるか」

 

まだ少し眠気があるが、夢のせいで二度寝する気にはなれなかった。

寝ぼけ眼を擦りながらベッドを出て、洗面所に行って歯ブラシを口に入れる。

シャーコシャーコと歯を磨きながらリビングに行き、ソファーに座って大型の液晶テレビの電源を入れた。

 

『さぁ、とうとうやってまいりました! 戦車道全国高校生大会、決勝! 今日は午後から生憎の雨天の予報ですが……まぁ、そんなこと関係なしに! 張り切って実況していきたいと思いまーす!』

 

「……そっか、今日が決勝だっけ」

 

テレビに映し出されたのは、今日行われるという戦車道大会の生中継だった。

やたらテンションの高いアナウンサーが映る画面端には、『黒森峰10連覇を賭けた大勝負!』などとテロップが付けられている。

 

“10連覇”

 

それを見て「もうそんな時期か」と、寝起きでうまく働かない頭で考えていた。

俺がこの大洗に住み始めてから5年近くが過ぎ、すでに原作が始まるまで残り1年を切っている。

しかしなんというか、大分前からどうにも時間の感覚があやふやで、そこまで月日が過ぎたように感じられない俺がいる。

ともすれば大洗に来たのも、ついこの間の事のように思えてしまうほどに、この5年間があっという間に過ぎてしまった。

それもこれも不規則な生活のせいだろう。

少しは気を付けないと、あっという間に爺さんになってそうだ。

まぁ、とはいえだ。

 

「原作が始まるって言っても、所詮俺はただの“観客その1”みたいなもんだしなぁ」

 

なにせ“ガールズ&パンツァー”はその名にある通りガールズ、女の子達が主役の作品なのだから。

もちろん男でも戦車に興味を示し乗る者はいるが、それはあくまで少数派。

なぜなら戦車道自体が“乙女の嗜み”と言われており、昔から女性の武道とされてきたものだからだ。

一部では“男が戦車に乗るのは野蛮で卑怯”などと言う、なんとも不思議な考えを持つ者もいるという。

そんな世界で男が戦車に乗るなど、肩身が狭いにもほどがある。

まぁ、戦車道とかかわりのない暮らしをしてる俺からしたら、どこまでも他人事でしかないわけだけど。

 

「……ほんと、なんでガルパン世界に転生したんだろうな、俺は」

 

アナウンサーの声を聴きながらボーっと眺めていると、その後ろで何輌もの戦車が動いていく。

流石に決勝ともなると参加可能な台数もこれまでよりも多く、それらが一斉に戦車砲を発射する瞬間など、さぞかし迫力満点だろう。

 

「……お?」

 

地響きを立てながら進む戦車の中に、見覚えのある少女達の姿が映った。

一人はキリッとした凛々しい表情を浮かべ、堂々と周囲に指示を出す少女。

そしてもう一人は少し緊張に表情を硬めながらも、自分を映すカメラを見つけると苦笑い気味に微笑みを浮かべてそっと手を振る少女。

それは今日の決勝大会に出場する一方の学校、黒森峰女学園に在学している西住みほちゃんと西住まほちゃんである。

まほちゃんはまだ2年でありながらも隊長を、みほちゃんは1年で副隊長を任せられている。

ちなみに彼女達は中等部でも同じように隊長、副隊長として手腕を振るっており、黒森峰の西住姉妹と言えば、戦車道関係者の中で知らない人はいないくらい有名だ。

とはいえ俺が彼女達を知っているのは、テレビや雑誌、新聞の情報で知ったからではない。

何を隠そう……いや隠すまでもないかもしれないけど、ともかく彼女達は俺こと西住幸夫(にしずみゆきお)の可愛い可愛い妹達なのである。

 

……まぁ、俺はすでに西住家を勘当された身なわけだが。

今の俺は姓を変えて西泉幸夫(にしいずみゆきお)となった、西住家や西住流とは関係のない、ただのしがない同人作家である。

 

 

 

〜心の傷痕〜

 

 

 

黒森峰女学園に入学して2年目。

新学期になり、新しい教室での私の席は窓際の一番後ろ。

ここからは教室の全体を見渡すことが出来る。

今は昼休みも終盤で、教室の中では机を合わせて話す人、読書をしている人、午後の選択授業でのクラス移動に向かう人と、やってることは様々だ。

この後は私も移動しなければならないのだけど、まだ時間はある。

もう少しだけ、このままでいよう。

 

「……」

 

頬杖を突きながら窓の外を見ると、雲一つない快晴の空模様。

こんな日にはピクニックにでも行きたくなるような、そんな晴れやかな気持ちにさせてくれる良い天気だ。

しかし。

 

「……はぁ」

 

そんな天気とは裏腹に私こと黒井七海(くろいななみ)は、どんよりとした心持ちで重い溜息を洩らしていた。

 

(自分で決めたことなのに、いまだに引きずってるなんて。弱いなぁ、私って)

 

黒森峰で戦車道の道を歩んでから、西住流の教えを心掛けてきたつもりなのに、私の中の“鋼の心”は一体何処へ行ったのやら。

 

(大洗では、もう戦車道の授業が始まってる頃かな)

 

教室のカレンダーを見ると、新学期が始まってもう1週間が過ぎる。

オリエンテーションをする時期は黒森峰とそう変わらないだろうし、今頃は素人集団ながらも一生懸命戦車を動かそうと努力している頃だろうか。

 

「七海ちゃん、そろそろ行かないと始まっちゃうよ?」

 

「……あぁ、うん。そうね」

 

私を誘いに来た子に相槌をうちながら、のそっと椅子から腰を上げる。

その子を見ると、いつものように柔らかい笑みを浮かべて私を見ている。

 

「それじゃ、行きましょうか。みほちゃん」

 

「うん!」

 

私と一緒に歩きだす彼女、西住みほちゃん。

少し内気なところもあるけど、優しく友達想いな私の大切な友達。

前回の戦車道全国大会での活躍から校内外ともに更に人気が上がっていて、隊長であり姉でもある西住まほさん共々、尊敬や憧れの目で見られることも少なくない。

 

「……ねぇ、みほちゃん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「みほちゃんは……今、楽しい?」

 

「……え?」

 

そんな唐突な質問に、みほちゃんは一瞬キョトンとして、そしてよくわからないというような、少し困った表情になる。

それに私は苦笑いを浮かべながら、深く考えないで答えてほしいと頼んだ。

 

「うーん……そう、だね。ここだけの話しなんだけど、正直、ちょっと息苦しさは感じてるかな。中等部の時もそうだったけど、副隊長なんて私には向いてない気がするし。

それに周りから感じる期待の目っていうのかな、それも今まで以上に強くなってる気もするから」

 

それはそうだろう、と内心思う。

なにせ私達のいる黒森峰は、前回の戦車道全国大会で10連覇という偉業を成し遂げたのだ。

学内にとどまらず、黒森峰に出資してくれているスポンサー以外にも、学外にはうちを応援してくれている人はかなり多い。

皆の期待に応えるように、そして王者黒森峰の歴史に傷をつけないようにと、チームの気合もいつも以上に高く、そのせいか少しピリピリしてるようにすら感じられる。

正直なところ、この身に掛かる重圧のようなものには私も少し息苦しさを感じていた。

 

「だから学校だと……ううん、それ以外でも、ちょっと気が休まる暇がないっていう感じかな。応援してくれること自体は嫌じゃないんだけど……。

あ、でも休みの日とかに、七海ちゃん達とお出かけしたりするのは楽しいよ!」

 

「……そっか」

 

そこで私の名前を挙げてくれるのは、素直に嬉しいと思う。

だけど。

 

(やっぱりみほちゃんは、黒森峰の戦車道はあんまり楽しくないよね)

 

私は原作で、みほちゃんが話していたことを思い出していた。

みほちゃんは黒森峰にいる時、戦車道で楽しいと思ったことはなかったと言っていたのだ。

黒森峰戦車道の在り方はまほさんが隊長にいる事もあるけど、昔から西住流の教えにならって訓練を行ってきている。

西住流戦車道、それは日本に数ある戦車道の流派の中でも、最古の流派の一つである。

とはいえ小難しい教えがあるわけでもなく、むしろシンプルで、たった一言で西住流の在り方を表すことが出来る。

 

“勝利至上主義”

 

そう西住流とはただ勝つこと、それだけに重きを置いている流派といえる。

西住流に敗走はなく、ただ勝利に向けて前に進み続けるのみ。

そのためなら仲間を見捨てることすら厭わず、原作でみほちゃんが行ったような窮地に陥った仲間を助けるための行動は邪道とみなされる。

武道としてどうなのかと思わなくもないが、それで実際に戦車道大会で10連覇という偉業を飾ることが出来ているのだ。

仲間達や応援してくれている人達はそれを喜んでいるし、自分たちが西住流戦車道を学んでいることを誇りにも思っている。

武道としてどうなのか? そんなこと、その輝かしい勝利の前には些細なことだ。

しかし生来の優しい性格であるみほちゃんにとって、その西住流の教えは受け入れにくいものだろう。

そしてその西住流の教えが根底にある黒森峰の戦車道が、みほちゃんにとって楽しく思えないのも無理もないことだ。

今、みほちゃんが黒森峰で戦車道をしているのは、自分が西住の人間であるという責任感によるものが大きいのではないだろうか。

 

「……」

 

「七海ちゃん、どうしたの? いきなりそんなこと聞いてくるなんて」

 

「……うぅん、何でもない。ただ、ちょっと聞いてみたくなっただけ」

 

「? ふふ、変な七海ちゃん」

 

おかしそうに小さく笑うみほちゃんに、苦笑いしながら変なこと言ってごめんと謝っておく。

そして内心、それでもいいじゃないかとも思う。

 

(戦車道じゃなくても、今の生活の中で楽しいと思えるものはあるんだ。なら、それでいいじゃない)

 

一から十まで全部楽しい人生なんて、そんなの誰であっても在り得ないことだ。

辛いことと楽しいことが半分ずつとは言わないまでも、辛い日々の中にもちゃんと楽しいと思える事がある。

きっと原作でみほちゃんが黒森峰にいた時よりは、よほどマシな心境で生活出来ているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みぽりん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

(あぁ、まただ)

 

そう思った時、私は少しだけ顔を俯かせる。

前回の大会が始まるより前から、時々私の中に聞こえてくる声があった。

それは大会が終わってからというもの、より頻度を増して私の中に響いてくる。

 

『みほさん』

 

それは本来のみほちゃんが歩む未来で、彼女が出会い仲を深めていく人達の声。

 

『西住さん』

 

それは次第に声だけでなく、彼女達の姿まで鮮明に浮かんでくる。

 

『西住殿!』

 

そんな彼女達の中心には、いつだって笑顔のみほちゃんがいた。

それは今のみほちゃんからは見たことのない、いきいきとしたとてもいい笑顔だった。

その声が、その姿が浮かんでくる度に、私は本当に正しいことをしたのかと不安を感じてしまう。

いや、間違ったことはしていないはずなのだ。

現に今、みほちゃんは何の問題もなく、黒森峰での生活を送れているのだから。

なのにどれだけ時間が過ぎても、彼女達の事が脳裏に浮かんでくる。

振り払おうとしても、決して消えることがない。

それはまるで在り得たはずの未来の彼女達が、幻覚となって私を責め立てているかのようだ。

 

「……結局、後悔は尽きないってことかしらね」

 

「え? 何か言った?」

 

「……うぅん、なんでも。早く行きましょ?」

 

首を傾げるみほちゃんに、無理やり作り笑顔を浮かべて何でもないと答える。

そして少し早歩きになって、みほちゃんの前を歩く。

 

「……ッ」

 

胸の奥からなんとも言えない感情が込み上げてきて、しかし私は奥歯を思いきり噛み締めて堪える。

 

(何もかも、全てがもう遅いのよ。私が、私自身がこの道を選んでしまったんだから。みほちゃんは、大洗には行かない。皆とは出会わず、友達になることもない。

そしてみほちゃんがいなければ、大洗が黒森峰を撃ち破って優勝することだって……っ!)

 

そうなればその後は、そう考えて暗い気持ちが私の中に広がっていく。

私の「友達の悲しむ顔は見たくない」という我儘が、在り得たはずの未来をぶち壊してしまった。

もう二度と、かつて見た彼女達が一緒に笑いあう光景を見ることはできない。

私が好きで何度も見ていた、あの作品のあの光景を。

そうなってしまったこの現実がどうしようもなく辛くて、苦しくて、私の胸をギュッと締め付けてくる。

 

(……これは罰なんだ。自分勝手な我儘で、未来を変えてしまった私への罰)

 

きっと私はこの想いを、一生抱えて生きて行くことになるのだろう。

隣に追いつくみほちゃんに作り笑顔を向けながら、私はそう思った。

 

 

 

〜大会の予想〜

 

 

 

4月もそろそろ半ばに近付く、ある夕方の事。

俺は相も変わらず自宅で作品の執筆に勤しんでいる。

その休憩の傍らで、ネットで大洗女子学園のホームページを見ていた。

 

「とうとう明日かぁ。自分が出るわけじゃないとはいえ、結構待ち遠しいもんだな」

 

ホームページを開いて最初に目に付いたのは、大洗女子学園と聖グロリアーナ女学院の戦車道チームが、この大洗の地で練習試合を繰り広げるという知らせだった。

その知らせはすでに街中に知れ渡っていて、近所ではその話でもちきりになっている。

特に大洗女子学園は20年以上ぶりに戦車道が復活したこともあり、住民の注目度はかなり高い。

観客席となっている付近では出店の準備までしていて、ちょっとしたお祭り騒ぎだった。

練習試合が行われる時間帯は、住民がこぞって見学に行くことだろう。

かくいう俺も、その時は観客の一人として会場に行こうと思っている。

戦車道に関わっていないとはいえ俺も一人のガルパンファン、やはり大洗の戦車道メンバーの頑張りはこの目で見ておきたいところだ。

 

「……みほちゃんはいないけど。まぁ、それはそれだしな」

 

例えみほちゃんのいない大洗だとしても、これでも俺も大洗に住む一人。

もちろん大洗の応援をするつもりだ。

……そう、現在大洗には、みほちゃんがいないのだ。

それというのも、どういうわけか昨年の戦車道大会において、みほちゃんが大洗に転校することになった事故が起きなかったのだ。

そのおかげというか、そのせいというか、みほちゃんは大洗に来ることはなく、いまだに黒森峰で生活している。

実際に見てきたわけではないけど、黒森峰は前回で10連覇を成し遂げたこともあり、試合後しばらくはマスコミが騒いでいたから、ある程度の情報は入ってくる。

少し前にも今年の戦車道大会が間近ということで、マスコミが黒森峰を取材していたようだし。

その時に映されたみほちゃんがテンパってワタワタしながらも、黒森峰の生徒としては少し控えめな意気込みを語っていた。

それがまた可愛いくて、「流石は俺の妹、みほちゃんマジ天使」などと思ったものだ……まぁ、勘当されてる身だけど。

 

「はてさて、大洗は一体どこまでいけるのかねぇ」

 

椅子の背もたれに寄りかかり、グッと伸びをして天井を見上げながら今後の大洗の行方を予想する。

みほちゃんがいないことは、大洗にとってかなりの打撃になっているはずだ。

ただでさえ貴重な戦車道経験者であり、みほちゃんほど緊急時に臨機応変に対応できる指揮官としての資質のある生徒は、大洗だけでなくどこでも喉から手が出るほど欲しい人材だろう。

なにより短い期間で、素人集団を一端の戦車道選手に仕上げたその手腕は、目を見張るものがある。

大洗が優勝旗を手にすることが出来た一番の立役者は、間違いなくみほちゃんだと言えるだろう。

もちろん他の皆の頑張りも忘れてはいないが。

時々無茶ぶりと思える指示を出したりするみほちゃんだが、それについていける彼女達もまた、優秀なメンバーであることに違いはない。

一応未経験とは言え戦車道の知識のある子もいるみたいだし、みほちゃんがいない現状でも、ある程度の試合が出来るまでは練度を上げられるのではないだろうか。

もしかしたら8位、いやうまくいけば4位くらいまで入賞してしまうのでは? などと、予想していたりする。

……まぁ、あくまで大穴狙い、希望的な予想でしかないけど。

 

「原作の通りとすると、初戦はサンダースだっけ。元々数で劣ってるってのに、みほちゃんもいないと来れば……うーん、厳しいよなぁ」

 

それが俺の本音であった。

相手は数が多く、経験も豊富のはず。

正面からぶつかっても普通に強いだろうし、いざという時は受信傍受までしてくる。

今の大洗メンバーの中で、その受信傍受を見破り、しっかりと対処出来る人はいるのだろうか。

みほちゃんがいないとなれば、全体指揮を執るのは3年で生徒会長をしている角谷杏ちゃんか、もしくは作戦立案とかをしていた河嶋桃ちゃんあたりだろう。

杏ちゃんだったら、もしかしたらワンチャンあるかもしれないという期待はある。

なんだかんだで、キレ者なイメージがあるし。

桃ちゃんは……まぁ、考慮に入れておいてなんだけど、即行で外していた。

理由は原作を見てる人ならば、推して知るべしというやつだ。

理知的でクールな見た目にモノクルまで付けてて、最初見た時はよくある参謀系、指揮官系な子だと思っていた。

しかし見た目にそぐわず桃ちゃんの沸点はかなり低く、一度感情的になったらもう目も当てられない。

後半になるにつれて多少はマシになっている(気がする)が、この時期だと……。

 

「……ちゃんと落ち着いて試合できればワンチャン……あるといいなぁ」

 

―――ピンポーン

 

そんなことを考えていると、唐突にインターホンが鳴った。

 

「ん? 客か?」

 

うちに訪問客とはまた珍しい。

少し前にネット通販で注文したものがあるから、もしかしたらそれだろうか。

ちなみに宅急便なら出るが、それ以外なら居留守を決め込むつもり満々だった。

宗教や新聞の勧誘だったりしたら、対応が面倒なだけだし……知り合いが来ることを考えてない所が、なんかボッチみたいで少し悲しくなった。

 

―――ピンポーン

 

「……はぁ。はいはい、一体誰でしょかね」

 

再度鳴るインターホンに渋々重い腰を上げ、廊下にある外部モニターを覗き込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んん!?」

 

そこに映っていたのは、俺が予想だにしない人物であった。

 

 

 

〜未熟な私〜

 

 

 

去年の夏季から時間が流れ、私達は順調に2年生に進級した。

だけど結局みほちゃんは、新学期になっても大洗に転校してくることはなかった。

まぁ、それも当然だろう。

去年の全国大会決勝で起こるはずだったあの事故が起こることなく、みほちゃんが持ち場を離れることもなく、順調に黒森峰が優勝を果たしたのだから。

この世界において、彼女が黒森峰を抜けて大洗に来る理由なんてないのだ。

それでも大洗では私が知っている知識の通りに戦車道が復活し、この時点で集まる予定のメンバーも、みほちゃんを除いて全員集まっていた。

みほちゃんと友達になっていた、五十鈴華さんと武部沙織さんもそこにはいた。

確か彼女達は、オリエンテーションの時にはすでに戦車道に興味を抱いていたはずだ。

だから仮にみほちゃんがいないとしても、戦車道の履修はしていると思っていたけど、実際にいるのを確認できて内心ほっとした。

華さんの砲手としての実力は作中でもトップクラスだろうし、沙織さんは社交的でムードメーカーとして仲間たちの心の支えになってくれていた。

その2人が欠けただけでも、ただでさえ少ない大洗の戦力がガクッと落ちてしまうだろう……大洗の指揮の要であり、全体の士気を盛り上げてくれていたみほちゃんがいない時点で、勝負になるかどうか怪しいところだけど。

その後、戦車が足りないため学園艦内をまわって戦車探しをして、それぞれが乗る戦車を決める中、みほちゃんが抜けた穴を埋めるように私がW号に乗ることになった。

みほちゃんがおらず、変わりに私が皆と一緒の戦車に乗る……これは私が彼女に代わって大洗を優勝に導けという、神様からの導きなのだろうか。

だとしたら、私は神様を恨むしかない。

こんな今まで戦車道なんてやったこともない、他の皆同様に初心者な私にいったい何を望んでいるのかと。

 

そして蝶野教官が来た時に行われた模擬戦の結果は、もう散々なものだった。

一応事前にゆかりんと一緒に戦車道の勉強はしていたけど、みほちゃんのように実際の経験やそれに基づく直感力、そして指揮官としての能力など私にはない。

初めての戦車戦に興奮しながらも、実際始まってみれば緊張から頭が真っ白になり、他の戦車に集中砲火をされ始めてもう訳が分からなくなってしまった。

そのせいで興味本位で車長となったものの、初めての戦車戦で混乱する沙織さんに対し、碌なフォローもできなかった。

むしろ私の方がゆかりんに宥められて、フォローされる側となってしまうしまつ。

道中で居眠りしていた冷泉麻子さんが加わり、何とか言いくるめて操縦を麻子さん、砲手を華さんに代わってもらってから大分動きが良くなったものの、結局あの吊り橋の所で挟み撃ちに合い、どうするか躊躇しているうちに撃墜されてしまった。

通信を聞くと私達にとどめを刺したのはV突を操る歴女チームらしく、そして模擬戦に勝利したのも彼女達だった。

終わった後に蝶野教官からもらった評価としては、初心者の集まりなのに周りから狙われてここまで持ったのだから及第点だという。

ただ、怖がって縮こまり、大胆さが欠けている点は赤点評価を受けることとなってしまった。

この及第点は実質、ゆかりんと華さん、そして途中参加の麻子さん達3人の評価だろう。

ほとんど何もしていない私と沙織さんで、大幅減点されているのは確実だった。

というか、周りから狙われているのにそれでも模擬戦に勝利できた原作は、結局のところ経験者であるみほちゃんが、しっかりと周りをフォローしていたからこそ勝てたようなものだと思う。

みほちゃんの存在の大きさを改めて確認するとともに、何もできず縮こまっていた自分の未熟さも突きつけられてしまった。

そんな悔しさの残る、私の初戦車戦だった。

 

 

 

 

 

「おーい、柊ちゃーん」

 

「あ、はい! ごめん皆、ちょっと行ってくるね!」

 

今日で4回目の戦車道の授業が終わった夕方の事。

生徒会長の角谷杏さんに呼ばれて、一緒の戦車に乗っているメンバーに一声かけて駆けていく。

 

「いやぁ、疲れてるところ悪いねぇ」

 

「いえ、それは別にいいんですけど。それで、どうしたんですか?」

 

杏さんの所に行くと、特に悪びれもなく言ってくる彼女に私は気にせず先を促す。

 

「今度の日曜日に、聖グロと練習試合するって言ったでしょ? で、土曜日の夕方には大洗に寄港するんだけど、その時にちょっと付き合ってほしいところがあるんだよ」

 

「私にですか?」

 

「そそ、柊ちゃんに」

 

はて、一体どうしたのだろうかと首を傾げる。

私が覚えている限りでは、聖グロとの練習試合の前に何かしてた記憶はないのだけど。

まぁ、私の持ってる情報はあくまで原作で見た内容くらいだし、その他の漫画とか小説とかは色々と多くて見てないものもあるから、私の知らない何かがあってもおかしくはないのだけど。

 

「実は2日くらい前に学校に、というか私達のやってる戦車道になんだけど、お金を支援してくれた人がいるんだよ」

 

「……え?」

 

それを聞いて更にわからなくなった。

戦車道が復活したばかりで知名度もなく、まだ何の活躍もしていない私達を支援してくれる人などいるのだろうか。

たしかに物語の中では他の部活で義援金を出してくれた話しはあったはずだけど、それはもう少し先だったはず。

それに杏さんの話しぶりからすると、学校の誰かではなく外部の人のようだ。

 

「まぁ、この時期にってのは、私も少し変だとは思うけどさ。それでも、貰っておいてそのままっていうのも流石にあれだし。ていうか、額が額だしねぇ」

 

杏さんも肩を竦め、よくわからないといった表情を浮かべている。

 

「いったい誰から、どれくらい頂いたんですか?」

 

「えっと、名前は西泉幸夫(にしいずみゆきお)って人だね。額は……」

 

「っ!?」

 

杏さんがその人の名前を口にした瞬間から、私は驚きでその後の事を聞き取れなくなっていた。

 

(西住!? ……いや、西泉? 字が違う)

 

話しながら杏さんは、名前の書かれた封筒を見せてくる。

それを見て、自分の聞き間違いかと小さく息を洩らした。

 

(……でも、似てる。これって、ただの偶然なの?)

 

西住(にしずみ)と西泉(にしいずみ)。

その苗字について、私の中で小さな違和感が残り続けていた。

本来大洗に来るはずだった西住みほちゃん、大洗に住むという西泉幸夫。

ガルパンという作品を知らない杏さんからすれば引っかかることはないのだろうけど、知っている私にとってはかなり気になってしまう。

きっとここにみほちゃんが来ていたら、私も特に気にすることはなかったと思う。

多分、「みほちゃんの名字に似てるね」「そうだねぇ」などと、ちょっと話題に出る程度。

だけどこの場にみほちゃんはいなくて、だから余計に気になってしまうのだろう。

そしてもしかしたら、みほちゃんが大洗に来なかった理由にその人が何か関係しているのではないか、なんていう考えすら頭に浮かんでしまう。

流石に飛躍しすぎとは自分でも思うけど、一度頭に浮かんでしまえば止めることが出来ず、どんどんその西泉という人を疑ってしまう私がいた。

 

「まぁ、そんなわけでさ。結構な額を貰っちゃったし、大洗に寄港するついでに一言お礼を言いに行こうと思ってね」

 

「……なるほど」

 

つまり杏さんに付いていけば、その西泉という人と直接会うことが出来るという事らしい。

それなら。

 

「で、私一人で行くのもなんだし、柊ちゃんも「行きますっ!」……え?」

 

「私も一緒に行かせてください!」

 

言葉が終わる前に、私は一緒に行くと力強く言い切った。

話しを途中で遮られた杏さんは、少し驚いた感じで目をパチクリさせている。

 

「……えっと、あー、うん。じゃぁ、よろしくね?」

 

「はい!」

 

少し杏さんに引かれてしまったかと思ったけど、今はそんなことどうでもいい。

ここまで気になってしまったのでは、もう確かめずにはいられなかった。

 

(うーん、武部ちゃんもそうだったけど、女子高だからかなぁ? 柊ちゃんもやっぱり、男性との出会いは欲しいんだねぇ)

 

そんなことを考えられているとはつゆ知らず、私はグッと拳を握りしめる。

杏さんは一つ息を洩らし、苦笑いを浮かべながら私の肩をポンポンと軽く叩いてくる。

 

「ま、気合入ってるのはいいけどさ。あんまりがっついて、恥ずかしい所を見せないように気を付けなよ?」

 

「え? あ、はい」

 

(がっつく?)

 

杏さんが何を言ってるのかはよくわからないけど、確かに少し冷静ではなかった。

どういう相手が待ち受けているのかわからないんだ、もう少し落ち着いて行かなければ、いざという時にちゃんと対処できない。

……対処って、何をどうすればいいのだろう。

 

「なんといっても柊ちゃんは、うちの隊長なんだからさ」

 

「……はい」

 

そう続ける杏さんに、私は若干小さくなった声で返事する。

その声は、自分のことながら自信無さ気に聞こえていた。

まだまだ未熟で、いい所など全然見せられていない私こと柊京子(ひいらぎきょうこ)。

そんな私がどういうわけか、本来みほちゃんがなるはずだった大洗戦車道チームの隊長になっていた。

 

(ほんと、恨むよ神様)

 

この胸中に浮かぶ遣る瀬無い憤り、これをいるのかもわからない神様に向けてぶつけるしか、私には晴らす術がなかった。

 

 

-2ページ-

(あとがき)

こんな感じで2は終了です。

2を書くにあたり、それぞれ名前を付けてみました。

名前の元は特になし。いや、丁度その時らきすた見てたから、少し影響は受けてるかも?

幸夫の姓については本当は変えるのに凄く面倒な手続きが必要らしいですが、そこら辺は御都合ということで。

勘当するんだし、やっぱり姓も変わるよなって調べてみたら、そう簡単な話しじゃないみたいですね。

 

ちなみに今私がガルパン関連で持ってる作品、知識は以下の通り。

・アニメ1〜12話(視聴)

・これが本当のアンツィオ戦です(視聴)

・劇場版(購入)

・最終章1章(視聴)

・最終章2章(未視聴)

・コミック版(購入)

・フェイズエリカ(密林の試し読み&レビュー知識)

・もっとらぶらぶ作戦(11巻まで購入)

・戦車道ノススメ(4巻まで購入)

・小説&劇場版の小説(密林で注文中)

 

こんな所。

いやぁ、ガルパン作品の多いこと多いこと。

他にもコミカライズ版は色々あるんですよねぇ、流石に全部は手が出せませんでした。

今回書いたしほさんの話しについては、もっとらぶらぶ作戦時空のしほさんが少し混ざってる感じ。

流石にあそこまで親馬鹿ではないですが。

原作だと決勝戦や劇場版で少しデレが入ったかな? ってくらいしか分かりませんが、小説版を読めばしほさんの心境もまた書かれてるんでしょうかね?

とまぁ、そんな感じであっちこっちの設定を、ちょこちょこ混ぜ込みながら書いてみました。

 

正直なところ、ガルパンは好きなんですが、戦車知識があまりないので戦車戦書けずに連載物にしなかった私です。

コミックやネットで色々と書いてはありますが、私には少し難しくて目が滑る……。

転生者達のガルパン世界での生き方だったり、決勝戦でこういう展開は燃えるかなぁ?とか妄想してたりはするんですがねぇ。

中々書けないものです。

そんなわけで、前述しましたように3については未定。

もしまたちょくちょく書くことが出来て、ある程度溜まったら投稿するかも? という感じです。

 

最後に付けたしで、転生者3人の現在の心境。

・西泉幸夫

みほちゃんが大洗にいないのは残念だけど、俺、大洗応援するよー!

あ、創作活動で幾らか余裕があるし、この時期だと金欠で困ってるだろうし、多少お金送っておこうかな。

戦車の修繕の足しにでもしてね!

 

・黒井七海

みほちゃんの心は救われたけど、そのせいで大洗終わっちゃうぅ(涙目

あぁ、原作の皆の幻覚が見えてくる……ごめんね、皆、ごめんね……

 

・柊京子

え、何でみほちゃん大洗来てないん? え、じゃぁ、誰が大洗を勝利に導くん? 

え、私がW号の戦車長? え、私が大洗の隊長?

い、意味わかんない! どうしてこうなった!?

無理無理無理無理! 私に出来るわけないじゃない! 

 

 

 

 

正直、女の子ズと男の心の余裕的に差をつけすぎたかなぁと思わなくもない。

でも、色々なss読んで思ったけど、未来を変えることに対する恐怖だったり不安だったりて、そこまで描かれてない印象。

特にガルパンだと、大洗負けると大勢が悲しむ結果になるわけで。

なので、私の作品では原作に関わる女の子ズにはそこら辺の心境を持ってもらいました。

幸夫がなんか軽い感じなのは、直接自分が原作に関わってないから責任感をあんまり感じてないというのと、別に負けても人が死ぬわけじゃないし、というのが理由。

……なんか、君たちばかり重い物背負わせてごめんね、京子ちゃん、七海ちゃん。

 

 

 

説明
短編だったはずなのに、ちょこちょこ思いついたこと書いてたらそこそこの量になったので2つ目投稿。
特に続編とかは書く気はなかったのになぁ。
短編はその後の話は「読者様の想像力しだい」という、投げっぱなしな考えの下に書いていたり。
だから色々と突拍子もない設定でも、勢い任せで書けるんでしょうね。
そんなわけで、「3を書くかどうかは完全に未定」ということを念頭にどうぞ一読ください。
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