ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第3話 |
音ノ木坂の用務員となって三日が過ぎた。
実際にやってみたところ用務員の仕事というのは、いわゆる雑用係の様なものだな。
少しかっこよく言えば、学校の何でも屋のようなもの……かっこいいかな?
最初は用務員なんて何をすればいいのかと不安だったけど、弦二郎さんと二人三脚で何とか頑張っている。
校外に数多くある草木の手入れ、校内の見回り、設備の点検、雑貨用品の仕入れ等々、ほんと色々あって目が回るようだ。
というか設備の点検はわかるけど、動かなくなった機械の修理なんてこともするとは思わなかった。
本来ならばちゃんとした整備の人を呼んでやるところなのだろうけど、「わしらで出来る範囲のことはやらんと……お金が、ね」と言っていた。
世知辛い世の中だ。
しかし流石は何十年も勤めている弦二郎さん。
教えてもらいながらしどろもどろ仕事する俺とは違い、教えながらでも仕事をてきぱきとこなしている。
しかも……。
「学食の蛍光灯は、温かい色合いのにしておきましょうか。明るすぎると目も疲れますし、せっかく休憩に来てるのに、それでは休まりませんので。
そっちの奥の方のやつを準備しててもらえますかな?」
「これですね? わかりました」
こんな感じで、ここで過ごす学生や教職員が過ごしやすいように細かな配慮までしている。
最初に事務室で見たあののんびりした姿は、弦二郎さんのほんの一面でしかなかったことを、一緒に仕事を始めてこれでもかというほどに理解させられた。
(……そんな弦二郎さんも、あと一月くらいでいなくなるのか)
脚立に登り蛍光灯の交換をしている弦二郎さんを見上げながら、俺は少ししんみりとした気持ちになる。
弦二郎さんはすでに70歳は過ぎているという。
定年を過ぎても働き続けたけど、齢のせいで体がうまく動かせなくなってきたから、そう遠くないうちに退職するということは以前から考えてていたらしい。
音ノ木坂が終わる日まで何とか続けたかったのだけどと、少し残念そうにしながら弦二郎さんが話してくれた。
「ほいっと。よし、外れた。松岡君、新しいのを貰えますかな?」
「はい、どうぞ」
(あと一月。その間に弦二郎さんレベルの仕事ができるように……無理だよなぁ)
更にここに事務員の仕事までプラスされるのでは、慣れるだけでもどれだけ時間がかかることやら。
本来なら事務員と用務員は分けられているはずだけど、年々人員が減っていく中で新しく募集をかけてもなかなか集まらない。
そのことから長年働いてきて勝手知ったる弦二郎さんが、少しずつ事務員の仕事も手伝うようになっていき、今の形に収まったというわけだ。
まさに年季が違うというやつだ。
(こんな大変な仕事を何年も……ほんと、すごいな弦二郎さんは)
◇◇◇◇◇
―――コツ、コツ、コツ、コツ
小気味よい足音が響く階段を上る。
そのてっぺんに着くと、鉄製の扉が一つある。
長いこと取り換えられていないのだろう、所々に少し錆が浮かんでいる。
俺はノブに手をかけ、その扉を開く。
―――ガチャッ
予想していたよりも、ずいぶんと軽い手応えで開いた。
これも弦二郎さんが、しっかりと整備をしていたからだろう。
扉を通ると、その先には誰もいない広い空間があった。
ここは音ノ木坂の屋上である。
「……んー、気持ちいい風だ」
しばらく雨が降っていなかったからだろう、ジメジメした感じもせず気持ちのいい風が通り過ぎていく。
今は放課後に入ったくらいの時間帯で、俺は別の仕事をしている弦二郎さんと別れて屋上の巡回を任されていた。
……その途中、ここに来る階段の前くらいのところで、変な女性と鉢合わせしたのを思い出す。
『あんたは……確か新しく来た用務員だっけ。そういえば、理事長とも古い知り合いなんだって?』
『え? そ、そうですね』
『ふぅん、そっか……うん、あんただったら任せられそうだね』
『え、なにがです?』
『大変だろうけど、しっかりやりなってこと。それじゃ、これから頑張りなよ』
そう言いたいことだけ言った後、手をひらひらとさせながら去っていった。
あまりにも唐突すぎたせいで俺は呆気にとられ、最初から最後まで相手のペースに流される感じのやり取りだった。
「……そういえば、あの人なんて名前だっけ?」
思い返してみて、今更ながらにふとそんなことを思った。
一応、初出勤日の時に開かれた職員会議で、音ノ木坂ににる教職員とは顔合わせはしている。
だけどほかの高校よりは少ないとはいえ、十数人の名前を一度に覚えるというのは流石に難しいだろう……難しい、よな? ……俺が特別物覚えが悪いわけでないことを願おう。
まぁ、なんにしろだ。
あの人とも同じ職場で働いているのだし、今度また聞く機会はあるだろうから、その時に聞くとしよう。
……それにしても、一体なんだったのだろうか。ただ新人を激励しに来ただけ?
「……考えてても仕方ないか」
どうせ考えてもわからないだろうと、さっきのことは頭の隅に追いやり改めて屋上を見回した。
最近の学校では屋上への出入りは危険だからと禁止されることが多いのだが、どうやらここは屋上への出入りを禁止してないらしい。
2mは超えるだろうフェンスがあるからか、最低限は安全だと考えているのかもしれない。
「えっと、見る限りごみのポイ捨てとかは……ないみたいだな」
学校の屋上というと、どこか寂れていてゴミがポイ捨てされているというイメージがあったのだが、目に見える範囲でそういうのは見当たらなかった。
フェンス沿いに歩きながら巡回を続ける。
「……隅の方にたばこの吸い殻とか……も、ないな」
俺が高校の時など、自称不良が見栄を張ってたばこを吸っては隠蔽しようとトイレに流したり、こういう屋上の隅の見え難いところ、あとは排水溝とかに捨てたりしていた奴もいたのだけど、どこにもそれらしいものも見当たらなかった。
まぁ、女子高と共学だった俺の高校を比べるのは、少し違うかもしれないけど。
とりあえず一通り屋上を見回ってゴミや汚れの有無、どこかが破損してないかをチェックしていく。
校舎の面積分もあるかなり広い屋上で、隅々までチェックするのは少し骨が折れる。
これだけの広さがあれば、ちょっとした運動会とかもできそうだ。
「これだけ広くて、いろんな設備があるってのに。なんか、もったいないなぁ」
ここ数日で校内をあらかた見て回ったけど、少なくとも俺の母校よりは設備が整っているのは間違いないだろう。
図書館の蔵書も豊富で、学食も結構おいしい。
敷地の広さも相まって、ちょっとした大学くらいの規模はあるのではないだろうか。
子供の頃に学園祭で来た時に、広すぎて歩き疲れた覚えがあるけど、大人になった今でもこの広い学校を歩きまわるのは少し疲れるくらいだ。
そんな場所があと3年でなくなってしまうとは……。
「ほんと、もったいないよなぁ」
そうこうしているうちに、屋上を一周回ってしまった。
考え事をしながらだからチェックが万全ではないかもしれないが、目に付く修繕が必要そうなところもなかったし、多分大丈夫だろう。
「さて、それじゃ弦二郎さんに合流するか。確か日用品のチェックで事務室に戻るって言ってたっけ」
弦二郎さんの向かった先を思い出しつつ、屋上の入口に向かう。
「よーし! 今日もいっぱい練習するぞー!」
……と、ノブに手をかけようとしたら、向こう側から元気いっぱいな声が聞こえてきた。
どうやら誰か来たらしい。
その時、漫画とかでよくある開く扉に顔面をぶつけるという描写が一瞬脳裏に浮かび、そうなってはたまらないと俺は一歩下がる。
それと同時に、勢いよく扉が開かれた。
下がった俺の判断は間違ってなかった、そう思える勢いに少し冷や汗が流れる。
ほんと、下がっておいてよかった。
「……あれ?」
俺を見た瞬間、屋上に入ってこようとした女の子はキョトンとした表情で立ち止まった。
「……あー、元気がいいねぇ」
「え? は、はい。ありがとうござい、ます?」
ばったりとお見合いをしたままの俺と彼女。
とりあえず何か言おうと言葉にしたものの、少し外してしまった感がある。
こんなことなら一言挨拶だけして、そのまま素通りしてしまえばよかっただろうか。
「あれ、穂乃果ちゃんどうかしたの?」
「入り口で立ち止まって、どうかしましたか?」
穂乃果、と呼ばれた女の子の後ろから二人の女の子が顔を出す。
と、後から来た女の子の一人を見て……。
「……ことり、ちゃん?」
「え? あ、直樹お兄さん!」
なんとその二人のうちの一人は、俺の知っている子だった。
南ことりちゃん、この音ノ木坂の理事長である南小鳩さんの娘さんだ。
(そういえば、音ノ木坂に通ってるって小鳩さんに聞いた覚えがあるな)
たしか結構前に聞いたことがあったのだけど、今の今まですっかり忘れてしまっていた。
とはいえ、かつて小鳩さんが通っていた母校なわけだし、その娘のことりちゃんが音ノ木坂に通っていても何ら不思議には思わなかったけど。
「ことりちゃんの知り合い?」
「ことり?」
「うん! 直樹お兄さんはうちの近くに住んでる人で、小さい時に家庭教師をしてくれてたんだよ!」
そう言い、小鳩さんに似たやわらかい笑顔を浮かべる。
家庭教師というと、俺が大学に入ってしばらくした頃、小鳩さんに頼まれたのがきっかけで時々していたあれのことか。
その時は確かことりちゃんはまだ小学生で、俺としては家庭教師というより子供のお守り的な感覚で引き受けていたのだけど。
相手が小鳩さんの娘だからか、余計そんな感覚が強かった覚えがある。
今思えば小鳩さんも、その旦那さんの空さんも共働きだったし、勉強面というよりは長期休暇中に小さいことりちゃんが一人で寂しくないように、という意味合いの方が大きかったのではないだろうか。
「ことりの家庭教師を?」
「あ、ということは……もしかして、音ノ木坂の新しい先生!?」
「そうなの? 直樹お兄さん」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
何か勘違いしだした彼女たちに、慌てて待ったの声を掛ける。
「違うんですか?」
「あぁ。確かにここに就任したことに違いないけど、教師じゃないよ。ほら、ここの用務員の弦二郎さん。いい年齢だろ? だからその代わりに用務員としてね」
そう説明すると、彼女たちはなるほどという顔で頷く。
「……そっか。そういえば弦おじいちゃん、もう少しでいなくなっちゃうんだよね」
「えぇ。確かもう、70歳は過ぎていたはずですからね」
「寂しくなるねぇ」
彼女達は一様に残念そうな表情を浮かべる。
その様子を見るに、弦二郎さんとは結構親しかったようだ。
確かに弦二郎さんは教職員や生徒問わず、分け隔てなく接する人だからな。
俺も口には出さないけど、仕事場の上司というよりは、かつて祖父に感じていた親しみやすさのようなものを感じる時があるし。
「あれ、皆してどうしたにゃ?」
「お、屋上で、何かあったんですか?」
ことりちゃん達が少ししんみりとした空気になっていると、入口から次々と生徒たちがやってくる。
(えっと、リボンの色があれだから……1年から3年までいるのか)
屋上にやってきた総勢9人の女の子達。
彼女たちを見て、学年関係なく集まれる友達がいるなんてすごいなと内心感心した。
「あら、あなたは確か……」
「あ、絵里ちゃん。この人はね」
「知ってるわ。新しく用務員になった人よね?」
「あれ、絵里ちゃんは知ってたの!?」
「それはまぁ。これでも生徒会長ですから……というか、確か掲示板にも知らせが貼ってあったはずよ?」
「……掲示板に?」
「……あったかにゃ?」
ちなみに掲示板には、ちゃんと俺の就任に関して書かれた紙が貼られていたのを俺も確認している。
……端っこの、本当に隅の方にだけど。
「あ、あなたたちねぇ。掲示板のチェックくらい、しっかりしておきなさい」
何人か頭に?を浮かべてるのを見て、絵里と呼ばれた少女は呆れたようにため息を零す。
「……ねぇねぇ、掲示板のお知らせなんてあったっけ?」
「ありましたよ?」
「あったわよ」
「えー!? 私全然知らなかったよ!」
「あはは、私も気付かなかったなぁ」
ことりちゃん達が話始め、少し置いてけぼり間を感じてしまう。
そんな所在なく皆を見てる俺に気づいた絢瀬さんが、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「自己紹介がまだでしたね。私は今期の生徒会長を任されている、絢瀬絵里といいます。これからよろしくお願いします、松岡さん」
「あ、生徒会長さんか。こちらこそよろしく頼むよ、絢瀬さん」
綺麗なお辞儀をしてくる絢瀬さんからは、その育ちの良さというものが垣間見えるようだ。
すると他の子達もこちらに加わってくる。
「あ、私は高坂穂乃果です! うちは昔から続いてる、穂むらっていう和菓子屋なんだ! 今度ぜひ寄って行ってくださいね!」
「園田海未です。園田道場の娘で日舞・園田流の家元の娘でもあります」
「凛は星空凛だにゃ!」
「えっと、小泉、花陽です」
「西木野真姫、西木野総合病院の娘よ」
「うちは東條希っていいます。神田明神で巫女さんしてるんよ? 見習いだけどね!」
「私は宇宙一可愛い超絶スーパーアイドルの矢澤にこでーす! にこにーって覚えてほしいにこっ!」
「私は南ことりです! 理事長の娘やってます!」
「あ、うん。俺は松岡直樹、三日前から用務員をしてる。まぁ、よろしくな? ……あとことりちゃん、君のことは知ってるから」
「うふふー」
いきなり始まった自己紹介タイム。
矢継ぎ早に言われた紹介に、曖昧だけど何とか頭に叩き込む。
何度かお互いに名前を言い合っているから、教職員を覚えるよりも比較的覚えやすい気がする。
というか、結構いい家柄の子もいるようだ。
日舞についてはよく知らないけど、園田流という名前は前の会社の上司が話していたのを聞いたことがある。
取引先との会食で座敷を利用した時に、大層素晴らしい舞を見せてくれたそうだ。
そのあと別嬪さんにお酌してもらっただの、話が弾んで楽しかっただのと、上機嫌に自慢話をしてきたのを覚えている。
「きっと高いんだろうなぁ」という感想しか浮かんでこない俺には、豚に真珠とか、猫に小判といった類のものだろうと、上司の話を聞きながら考えていたものだ。
そして西木野総合病院といったら、ここらでも大きな病院の一つだったはずだ。
田舎とか地方の村々ではなく、この日本の首都にして最新鋭の技術が集う場所において“大きな”病院。
つまるところ西木野さんは日本有数ともいえる大病院の娘、いわゆるお嬢様というやつなのだ。
よくこんな廃校寸前の学校に入ることを親が許したな。
「それで、皆はどうしてここに?」
放課後にわざわざ違う学年の生徒が集まってこんなところに来るなんて、いったい何の集まりなかと頭をひねる。
そういえば、高坂さんが入ってくるときに練習がどうのこうのと言っていた気がするけど、もしかして部活か何かだろうか。
「直樹お兄さん、私達μ’sっていうスクールアイドルをしてるんだよ。ほかに練習できる場所が見つからなくて、普段から屋上を使って練習してるの!」
「……スクール、アイドル?」
あぁ、なんか聞いたことはある。
たしかプロのアイドル活動ではなく学生たちが集まって野良ライブをしたり、学園祭とかでステージに立ったりする、学生によるアマチュアのアイドルグループだっただろうか。
テレビとかでも話題に上がることもあるから、少しは聞き覚えもあるのだ。
まぁ、特にアイドル関係に関心を寄せていた訳でもなかったから、詳しくは知らないけど。
(そういえば前に音ノ木坂を調べた時に、スクールアイドルがどうのこうのっていうのがあった気がするな)
用務員になる前、ちょっと調べた時のことを思い出す。
音ノ木坂のホームページを開いた時、最近の活動覧の新しいところにスクールアイドルがどうのこうのというものを見たような覚えがある。
その時は学校の概要をちょっと見ようと思っただけだから、行事だの部活だのといった細かいところは見てなかったけど。
それにしても、ことりちゃんもそのスクールアイドルグループに入ってるとは思わなかったな。
いや、アイドルやれるんじゃないかってくらいに可愛いとは思うけどさ、昔からの付き合いによる贔屓目抜きにしても。
「直樹お兄さんは、アイドルとか興味あるの?」
「いやぁ、そういうのは俺、さっぱりだな」
「ということは、μ'sのことも知らないんだ」
「うん。正直、今初めて知ったよ」
素直に言うと、見るからに落ち込んだり、苦笑いで仕方なさそうにしてたりといった反応が返ってきた。
……なんだか、少しだけ申し訳なくなってしまう。
「くぅっ、同じ学校の人ですら知らない人がいるなんて……っ! だめよ、にこ。全宇宙数兆人のファンが応援してくれてるんだから! ここで落ち込んでたら、宇宙ナンバーワンアイドルにこにーの名が泣くわ!」
「……数兆人って、盛り過ぎにもほどがあるわね」
「うっさいわねぇ、それくらい目標を大きく持っていこうっていう意味よ。大きな夢を実現させるためには、まず最初の明確な目標立てが肝心よ?」
いいこと言った、という感じで胸をそらす矢澤さん。
それで宇宙ナンバーワンというのは、まさしく空の先まで飛躍しすぎな気もするけど。
「それに私たちには、廃校の阻止っていう大きな目標があるんだから。こんなところで、躓いてなんかいられないのよ!」
「……ん? 廃校の、阻止?」
「えっと、それはね……」
矢澤さんが言った言葉に、どういうことかと首を傾げる。
そんな俺にことりちゃんが説明してくれた。
なんでも音ノ木坂の廃校の知らせを知った高坂さん達は、いろいろと思い入れのある音ノ木坂の廃校を何とか撤回できないか考えていたそうだ。
そこで最近流行しているスクールアイドルに目をつけて、音ノ木坂でスクールアイドルグループ、μ'sを結成したということらしい。
……というか、廃校ってもう決まってるものだと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
「最初は私たち三人だけだったんだぁ。でも一人、また一人って集まっていって、今じゃ9人も集まったんだよ?」
「私たちは9人しかいませんけど、音ノ木坂を守りたいという思いは皆、同じですから」
「……そっか」
正直、廃校の知らせが貼られた時点でその撤回は至難に思うけど。
まぁ、それをわざわざ言いはしない。
生徒会長の絢瀬さんもいるんだし、彼女たちだってそれはわかってやってるはずだ。
見てるだけでも皆のやる気が伝わってくる中で、新参者の俺があれこれ言うのは野暮というものだろう。
「それじゃぁ、俺はそろそろ仕事に戻らないとだから。ことりちゃん、それに皆も、練習頑張ってな」
「うん!」
「はーい! あ、できれば直樹さんも私たちのこと応援してください! 身近に応援してくれる人がいたら、すっごく励みになると思いますし!」
「……あー、そう、だね。うん、俺も君たちのことを応援してるよ」
「ほんとですか!? わーい、やったぁ!!! ことりちゃん、海未ちゃん! これでファンが一人増えたよ!」
「……んん?」
ファン? 応援するって言ったけど、これってファンなのか?
ことりちゃんと園田さんに抱き着き、うれしさを全力で表現する高坂さん。
なんともパワフルな子だなと苦笑しながら、「まあ、いいか」と俺は屋上を出た。
◇◇◇◇◇
階段を5つほど降りたあたりで立ち止まり、屋上の方を振り返る。
扉はすでに閉まっているけど、そこからは彼女達の元気な声が聞こえてくる。
「……すっごい子達だったなぁ」
あの子達に会って、俺の感じた感想がそれだった。
スクールアイドル活動をしてることもそうだけど、その理由がこの音ノ木坂の廃校を阻止するためというのが一番の驚きだった。
きっと俺が彼女たちと同じ年頃で、同じ状況になっていたとしても、彼女たちのように自分の時間を削ってまで学校のために何かをしようとは思えなかったと思うから。
他の誰かが何かしらの活動をしていたら応援くらいはしたかもしれないけど、多分、本当にその程度だっただろう。
だってそこまで頑張っても結局苦労が報われなかったら、なんだか頑張り損ではないか。
我ながら冷めてるというか、捻くれてるような気がするけど、どうしてもそんな考えが浮かんでしまうのだ。
やる前に失敗した時のことを考えてしまう、これは俺の性分なのかもしれない。
(……はっ、そんなんだから、俺は小鳩さんに……)
一瞬、昔のことを思い出して暗い気持ちになるが、それを頭を振って強引にかき消した。
「……にしても、廃校を阻止するために皆で部活を盛り上げていくとか。なんかの漫画みたいだなぁ」
彼女たちの現状を思い返してみて、そういえば最近読んだ本の中に似たような話があったのを思い出す。
結構ありふれた展開ではあるけど、そういう皆で頑張って何かを成し遂げるという青春ものは結構好きな方なのだ。
自分に持ってないものを持ってる人、自分が出来ないことが出来る人への羨望の現れなのかもしれないけど。
そのせいか、漫画の主人公たちのように一生懸命頑張っている彼女たちに、少しだけ期待している自分がいるのに気が付いた。
もしかしたら……
「……本当に、あの子達ならなんとかしちゃったり? ……はははっ、まっさかなぁ」
心の中に生まれた、そんな淡い希望が口から出てくる。
自分で言ってておかしくなり、少しだけ笑ってしまった。
現実は漫画のように都合よくはできていない、努力すれば必ず報われるわけではないのだ。
「ま、ことりちゃんもいることだし。時々、見学に行ってみるかな」
そう気楽に考えながら、俺は事務室に向かって歩みを進めた。
(あとがき)
関係ないですけど、誰が言ったかは知りませんが「リアルはクソゲー」というのは真理だと思いました。
はじめの一歩に出てくる鴨川会長の「努力した者が(ry」っていう言葉もわかるんですけどね。
自分がそこまでの努力、できるきがしない。
多分だから私は好きなんですよね、ちゃんと努力が報われる系の作品。
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3話目。 毎日、もしくは2、3日ペースで投稿できる人ってホントすごいなって思います。 |
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