ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第8話
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彼女達、アイドル研究部の顧問になると決めてから数日が過ぎた。

俺は用務員の仕事の真っ最中で、花壇の水やりをしているところだ。

その片手間に、そういえばと頭に一つの疑問が浮かんだ。

 

「……顧問って、なにするんだろう?」

 

あれから何日も過ぎて、我ながら今更感のある疑問だと思う。

顧問になると言ったはいいが何をすればいいのやらわからず、ひとまず彼女たちに言ったように用務員の仕事優先で今までやって来た。

だけど顧問になるといった手前、流石にこのまま用務員の仕事を優先してるばかりでは不味いだろう。

 

取り敢えず、俺がまだ高校時代のことを思い出す。

一応、部活に入ったこともあったけど……思い出す限り、顧問の仕事風景を見ることはなかった気がする。

というのも俺が加入した部活は文芸部というところで、人数が足りないからと数合わせに名前を貸していただけだからだ。

実際に部活に出席したことなんて、入部手続きをした最初の時くらいしかない。

それに学年が上がって新入部員が入ったと聞き、俺はすっぱり文芸部を退部したし。

人数が足りてるのにいつまでも在籍してるのもどうかと思ったし、かといって今更参加する気も起きなかった。

というかこれまで幽霊部員だった奴がいきなりやって来て、先輩風吹かせるとかちょっとかっこ悪いだろう。

まぁ、別に先輩風なんて吹かせる気もなかったけど。

とにかくそういうわけで文芸部は退部して、それ以降はどこにも所属せず帰宅部で3年間過ごしていたから、結局顧問の働きぶりを見たことはなかったのだ。

 

次に大学時代。

大学では、一応合気道の同好会に参加していた。

これは試合に向けてガチな練習をする運動部と違ってそこまでハードでもなく、時間がある時に参加するだけでもOKと勧誘された時に言われたので参加することにしたのだ。

だけど大学を卒業するまでの4年間、顧問がいるところはあまり見たことがなかった。

まぁ、実際に参加したのなんて、全体の半分にも満たなかったと思うけど。

あの時は運動不足にならないようにという軽い気持ちで加入し、それ以降も気分が向いた時にたまにしか参加していなかった。

その少ない参加日ではあるが、俺が知ってる限りでは基本的に前に立って指導していたのは、学外で合気道教室に通っている黒帯の先輩達だった。

聞いた話だと、顧問の人は合気道の経験があるわけでもなく、たまーにふらっと様子を見に来る程度で、高校時代の俺のように名前だけ貸してくれているような人だったらしい。

というか俺がいた学科と違うところの講師だったからか、実際にその人の顔を見たのは両手で数えられる程度でしかなかった気がする。

今ではもう名前どころか、顔すら思い出せないありさまだ。

 

「……ろくな参考になりゃしないな」

 

今更ながら、もう少し真面目に部活をやってればと思う。

そうすれば顧問の働きぶりを知らなくても、多少は自分の経験を活かして何らかの指導が出来たかもしれないのに。

そんなわけで、最後の頼みの綱は今まで見てきた漫画知識だ。

漫画でも部活物はいろいろあるけど、登場する顧問もまたいろいろなタイプがいた。

運動部の顧問だと始まりから終わりまで付きっ切りで教えていたりするし、文化部だと大学時代の顧問のように部員と極力かかわりを持たず、時々顔を出す程度の顧問もいる。

スクールアイドルを取り扱った漫画なんて見たことないけど、ジャンルとしてはたぶん運動部に入るだろう。

練習での運動量、本当に半端ないし。

だからとりあえず、漫画で見た運動部の顧問と似たような感じでやれば間違いはない……のだろうけど、結局どの顧問も自分のかつての経験をもとに指導してるわけで。

生憎ダンスや歌の知識なんてほとんどない俺では、彼女達の練習に指示なんて出せそうにない。

というか練習風景を見てた限りだと、園田さんや絢瀬さんがビシバシ指示を出してたし、素人の俺が下手なこと言ったら逆に邪魔にしかならないだろう。

そもそも最初から俺の指示なんて、期待されてないかもだけど……。

とは言え、顧問を任された以上、何もしないというのはなんだか座りが悪い。

 

「えっと、運動部だったら他の学校との練習試合のスケジュール調整だろ? 公式試合の時期とかも把握してないとだし。

……いや、確か皆は今まで何度かライブはしたことがあるんだよな? だったらそのスケジュール調整とかも……普通に自分たちで出来てる?」

 

大抵のことは自分たちでやってのけて、ほんと手がかからない子達だ。

……手がかからな過ぎるのも考え物と思ってしまう俺は、きっと顧問失格なのだろうな。

 

(うーん、やばいなぁ。本格的にもう、俺に出来そうなことが思いつかないぞ)

 

「おやおや、直樹君。なにやら悩んでいるようですな?」

 

やることが思いつかずに悶々としていると、突然声を掛けられた。

振り向くと、柔らかい笑みを浮かべた弦二郎さんがそこにいた。

 

「……えっと、わかります?」

 

「えぇ、そりゃもう」

 

そう言って頷くと、スッと人差し指を向けてくる。

それは俺の方ではなく、少し下にずれていた。

不思議に思い弦二郎さんの指先を追ってみる。

 

「さっきからぼーっとして、同じ場所にばかり水をやっていたらね。そりゃ、誰だって何かあるなぁと思いますとも」

 

「……あ」

 

そう言えば水やりの最中だった。

 

「す、すみません!」

 

慌ててホースを花壇から遠ざけるが、すでにその場所は水浸しになっていた。

 

「……あっちゃぁ、どうしよう」

 

「ほっほっほ。まぁまぁ、そう慌てずとも大丈夫ですよ」

 

弦二郎さんは笑みを絶やさず、花壇のそばにしゃがみ込んで水浸しになった場所を見る。

 

「ふむ、このくらいなら少し周りの土と混ぜてやれば大丈夫でしょう。幸いここは日の当たりもいいですし、今日は温度も高いですからな」

 

花壇の状態を観察してそう判断をすると、シャベルを持ち土をいじり始める。

 

「さ、流石、手慣れたもんですね」

 

「いえいえ、このくらいは何でも……ふむ、こんなものですかな」

 

最後にひとすくい土をかぶせて地面を均す。

どうやらこれで大丈夫なようだ。

 

「……はぁ、よかった。ありがとうございます、弦二郎さん。それと、ボーっとしてしまってすみません」

 

「なぁに。まだまだ直樹君は若いんですし、そういうこともありますよ。それに用務員とは別に、アイドル研究部の顧問もしてるのですからな。色々と、気疲れでもしてるのでしょう」

 

「あ、いえ、そんなことは……」

 

そう言われて、少しだけ気まずくなる。

そんな気疲れするほど、顧問らしいことなんてした覚えなんてないのだから。

弦二郎さんにはあの後、すぐに顧問の件は伝えている。

温厚な弦二郎さんでも、まだまだひよっこな俺が顧問まですると言ったら、流石になにか言われるかと思ったのだけど……。

 

『なるほど、アイドル研究部の顧問に……』

 

『すみません、まだ用務員の仕事に慣れてないのに勝手に引き受けてしまって』

 

『ん? あぁ、別に気にせずとも構いませんよ。何事も経験、というやつです。若いうちの苦労は、買ってでもしろと言いますからな。

これから忙しくなってくると思いますが、困ったことがあればいつでも儂に頼ってくだされ。若者の助けになるのも、年長者の務めというやつです』

 

と、なんだか少し考えこんでいたようだけど、弦二郎さんはいつもの笑顔で応援してくれた。

……応援してくれたにもかかわらず、顧問らしいことなんて一つもしてないのだ、そりゃ気まずくもなるだろう。

 

「……直樹君。草花というのはね、中々に繊細で扱いが難しいものなんです。知ってましたか?」

 

「へ?」

 

ため息を零す俺を見て、唐突にそんなことを聞いてくる。

笑みを絶やさずにいても、本当はさっき俺がしたことについて怒っているのだろうか?

そう思ったが、特に怒ってるようには見えない笑みを浮かべながら弦二郎さんは続ける。

 

「水が少なすぎれば枯れてしまいますし、逆に多すぎれば根腐れを起こしてしまう。その日の天気によって、土の具合を見て、その草花の種類によって、どれくらい上げればいいのかの見極めも慣れないうちは大変かもしれませんね。

あぁ、それと草花も病気にかかることもありましてね、そうならないための対策も必要になってくるんですよ」

 

「は、はぁ」

 

「ふふ、どことなく人と似てると思いませんか?」

 

「人と、ですか?」

 

「えぇ。人も十人十色というように、一人一人が違っています。例えば、ある人は“頑張れ”と言われたら、勇気づけられて一生懸命頑張れる人もいるでしょう。しかしまたある人は、同じ“頑張れ”という言葉でも『今でもこんなに頑張ってるのに、なんでそんなことを言うんだ!』と激高してしまう人もいるかもしれません。

同じ元気づける言葉なのに、受け取り方は人それぞれで、それぞれに与える影響も異なっている。言葉掛け一つとっても、中々に難しい。

人も、草花も、そういう扱いが難しいところは、とても似ていると儂は思うんです」

 

「……」

 

「その中で大切なのは、一人一人をよく観察をして、一人一人をよく理解してあげること。そしてその時その場において、その人にはどのように対応したらよいのか、自分なりによく考えてやることですよ」

 

「……今の弦二郎さんと同じように、ですか?」

 

今の。

それは花壇の花にしたことだけでなく、俺に言ってくれた言葉も含めて。

 

「はっはっは。まぁ、そんなところですかな……よっこいしょっと」

 

立ち上がった弦二郎さんは、俺の目をまっすぐと見つめてくる。

それはいつもの優しい笑みのようだけど、今は少しだけ意味合いが違って見えた。

……いや、もしかしたらいつもと同じなのかもしれない。

ただ俺が今まで気づかなかっただけで、弦二郎さんはいつだってこんな目で俺を見ていてくれたのではないだろうか。

まるで教師が教え子を優しく導くような、親が子を見守るような、そんな温かさを感じる目だった。

 

「年頃の女の子ばかりで、色々と悩むことも多いしょう。でも焦らなくてもかまいません、ゆっくりでもかまいません。

直樹君なりに精一杯考えて、彼女たちに接してやってください。考えて、考えて、考え抜いて、その先に見つけた答えならば、きっと一番良い結果に繋がると儂は信じています。彼女たちにとっても、直樹君にとってもね」

 

「……はい」

 

俺の返事に弦二郎さんは「うむ」と頷くと、自分の仕事を片付けるために戻っていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……それで、小鳩さんはどう思います?」

 

「うーん、そうねぇ」

 

弦二郎さんとのやり取りの後、自分の仕事に一段落つけてから、小鳩さんにも話を聞きたくて理事長室に来ていた。

困った時の小鳩さん頼みというやつだ。

本当は他の顧問をしてる先生に聞くことも考えたけど、昔は何か困ったことがある度に小鳩さんに助けてもらっていた。

そんなこともあり、いざという時にはなんだか頼りたくなってしまうのだ。

もちろん小鳩さんが忙しそうだったら、大人しく諦めるつもりではいたけど……。

そう思って理事長室に来ると、普通に歓迎してくれたのにはちょっと拍子抜けだった。

むしろ「いつでもウェルカム!」とでも言いたげな歓迎具合である。

それでいいのか理事長と、頼りに来ておいてあれだけど、思わず頬を引きずらせてしまった。

すると俺の考えを察したのか、小鳩さんが不満顔になりプクーっと頬を膨らましてくる。

 

「だって、せっかく同じ職場にいるのよ? なのに直くんったら、全然会いに来てくれないし。何かあったら頼るのは、いっつも弦二郎さんばっかり。

仕方ないとはわかってるけど、なんだか直くんが弦二郎さんに取られたみたいで、少し寂しかったんだもの」

 

……ということらしい。

そこはまぁ、同じ用務員だし。

普段どちらを頼るかと言われれば、どうしても弦二郎さんの方に比率が多くなるのは仕方ないだろう。

 

「……コホン。それで、顧問の仕事についてだったわね」

 

(あ、理事長モードに入ったな)

 

小鳩さんは一つ咳払いをして取り繕い、さっきまでよりも少しまじめな表情になる。

公私を切り替えたということなのだろう。

 

「はい。彼女達が担ってる仕事を、こちらで請け負うのも一つだとは思うんですが」

 

「そうね、確かにそれも顧問の仕事でしょうね。でも、今まで問題なく出来ているのなら、わざわざ直樹さんが肩代わりしなくてもいいと思うけれど。

別に直樹さんに、大変だから何かを手伝ってほしいって、頼んできたわけでもないんでしょう?」

 

「そ、それはそうなんですけど。でも、それってなんだか、無責任過ぎやしませんか?」

 

「これは無責任じゃなくて、信頼してるというのよ。彼女たちなら大丈夫、ってね。それに自分たちで考えて、作っていくステージって素敵じゃない?

色々と大変でしょうけど、これもきっと彼女たちにとっていい経験になるわ。生徒たちの自主性を育むことも、学校としての役割の一つですからね」

 

「……そう、ですか。でもそれじゃ、俺が彼女達にしてあげられることが……」

 

本当に何もなくなってしまう。

彼女達の担ってる仕事をこちらで請け負って、少しでも負担を和らげてやることもできないなんて。

それこそ俺がいる意味とはなんなのだろうか。

俺は彼女達の顧問で、彼女達を応援すると約束したのに。

 

「んー、そうねぇ……それじゃ、時間がある時にでも、彼女達の練習を見学に行くっていうのはどうかしら?」

 

「……皆の練習を見学に?」

 

「えぇ、そう」

 

満面の笑みを浮かべる小鳩さんだけど、俺は少しだけ困ってしまう。

そんなことは言われるまでもなく、今までもしてることだからだ。

つまり今までのように、俺は何もしなくていいということだろうか?

俺が困っているのを感じたのか、小鳩さんは続けて言葉にする。

 

「顧問の仕事で、スケジュール調整や練習の指導も大切よ? だけど、それよりも大切なことがあると私は思うの」

 

「大切なこと? ……と、言いますと?」

 

「それは、彼女達の支えになってあげること」

 

「……支え、ですか?」

 

それは困った時に相談にのったりする、ということだろうか?

彼女達とのかかわりはそこまで多くないけど、俺が思うに彼女達は何か困ったことがあっても自分たちで解決しそうなのだけど。

 

「確かに、彼女達は今でも十分立派に頑張ってると思うわ。顧問の手も借りずに、自分たちに必要なことを自分たちで判断して、足りなければ補って、ライブに向けて取り組んでいる。ほんと、とても素晴らしいと思うわ」

 

「そうですね、俺もそう思います」

 

彼女達は今でも十分に自主性は持っている。

衣装作りから始まり作詞に作曲、それにダンスの振り付けと、自分たちで考えてこなしてしまうのだから。

もしかすれば、そこらの大人なんて目じゃないくらいしっかりしているのではなだろうか。

少なくとも俺が高校生、いや大学生の時と比べても、彼女達の方がずっと立派に振舞えているように思う。

……むしろ今の自分と比べても、年下の女の子に負けているんじゃないかとさえ思える所もあったりして、少しだけ傷ついてしまうこともあったり。

 

「それでもね、彼女たちはまだ子供なのよ」

 

「……子供?」

 

「そう。義務教育を終えているとは言っても、高校生なんてまだまだ子供だもの。自分たちがしてることを信じて突き進む行動力はあるけど、それと同時に不安だってあるはずよ」

 

(……あの子達が?)

 

それを聞いて、俺は少しだけ信じられない思いもあった。

俺が見てきた皆は、いつだって目標に向かってまっすぐで、その目には強い意志が秘められているように見えたから。

確かに普通の高校生ならそういうこともあるだろうけど、少なくともあの子達にとっては無縁のように感じていた。

 

「自分の進んでる道が本当に正しいのか、もしかしてそれは間違っているんじゃないか。

そばには仲のいい友達が一緒にいるといっても、その子達だって同じ子供。不安を拭いきることなんて出来やしないわ。

そんな時こそ、一番頼りになるのは何時だって大人の存在よ? わからないこともあると思うし、直樹さんにだって不安はあると思う。

だから最初はね、ただ傍にいてあげて? 彼女達もきっとそれだけで、だいぶ安心していられると思うから」

 

「……はい」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……大人の存在、か」

 

放課後。

仕事の合間を縫って、少しの気分転換に彼女達の練習を見学に行くことにした。

その途中、小鳩さんの言っていた言葉を口にする。

確かに傍に大人の人がいるというのは、それだけで幾らか安心感は違うのかもしれない。

それでも、ただ傍にいることしかできないというのは、なんとももどかしく感じてしまう。

 

「……だめだな。こんな辛気臭い表情、皆に見せられない」

 

屋上の扉の前で立ち止まる。

あの子達はきっと、今日も頑張って練習に励んでいることだろう。

そんな中で俺がこんな気分でいたら、彼女達にも悪い影響が出かねない。

そう考え俺は目を閉じて、気分を落ち着かせようと深呼吸をする。

一度、二度、三度。

ゆっくりと深呼吸を繰り返して、少しだけ時間を置く。

 

「……よし」

 

以前、小鳩さんに言われて思い出したこともあり、心が落ち着かなくなったらこうして深呼吸をするように心掛けている。

そのおかげか、さっきより多少はマシな気分になったと思う。

ゆっくりと目を開けて意気込み、改めて屋上のドアを開いた。

 

「みんな、今日も頑張ってるか?」

 

「あ、直樹お兄さん!」

 

屋上で最初に出迎えてくれたのはことりちゃんだった。

周りを見ると、どうやら皆揃っているようだ。

 

「お疲れ様です直樹さん。お仕事はよろしいのですか?」

 

「あぁ。まだ仕事は残ってるけど、その前に少し見学でもと思ってね」

 

「そうでしたか」

 

準備体操をしていたらしく、一度中断して俺の周りに集まってくる。

……別に中断しなくてもよかったのだけど。

 

「……あ〜、練習の邪魔になってもあれだな。俺は端の方で見学させてもらうから、皆は続けてくれ」

 

「邪魔だなんて、そんなことないですよ!」

 

「そうだにゃ!」

 

「お、おう。そうかい?」

 

大げさにぶんぶんと手を振り回したりしながら、邪魔じゃないと言ってくれたのは高坂さんに星空さん。

彼女達がそういうのならば、きっとそうなのだろう。

この二人はウソがつけないタイプというか、なんだかわかりやすいところがあるし、今もこちらに気を使ってという風には見えない。

 

「よーし! それじゃぁ、直樹さんも見てくれてることだし、今日も練習ガンバロー!」

 

「頑張るのはいいけど、準備運動と柔軟はしっかりね? 穂乃果はまだ少し硬いところがあるんだから、それじゃ怪我するわよ? ほら、座りなさい」

 

「おっとっと。うん! お願いするね、絵里ちゃん!」

 

そのまま練習に取り掛かりそうな勢いの高坂さんを絢瀬さんが落ち着かせ、さっきまでの続きをするために床に座らせる。

それに倣い、他の子達もそれぞれの準備に戻っていく。

そんな彼女達を見ながら、小鳩さんとの話を思い出す。

 

(……ただ傍にいるだけ、か)

 

ただ傍にいるだけではもどかしい、そう思っていたのだけど。

 

「……焦ってただけなのかな、俺」

 

彼女達には聞こえないくらいの、ほんの小さな呟きが漏れる。

小鳩さんも、弦二郎さんも、そしてことりちゃん達も、周りにいる人達皆が優しい人たちばかりで、ここでの仕事も大変だけど楽しいと思える日々を過ごせている。

だけど、そんな楽しい日々だからこそ、以前の仕事で失敗したことが常に頭をよぎってしまう。

そのせいで「また失敗したら」、「皆に迷惑が」、「よくしてくれた皆に申し訳が立たない」、「失望されたくない」……。

そんないろんな不安が常に心の片隅にあって、少しでも皆の役に立てるようにならなければと焦っていたのかもしれない。

 

「……焦らなくてもいい、ゆっくりでもいい。俺なりのやり方で……」

 

弦二郎さんがくれた助言を思い出していく。

その中で、ふと思ったことがある。

 

(そういえば俺、まだ皆の事よく知らないんだよな)

 

比較的付き合いの長いことりちゃんのことだって、知ってることと言われてもかつて大学時代に家庭教師をしていた時のことくらいで、それだってだいぶ昔の話だ。

家が近くで時々食事に呼ばれたりすることもあったけど、あんまり頻繁に呼ばれるのは南家の家族団欒に悪いと思って遠慮していたし。

仮に呼ばれても、話すのはもっぱら大人組の空さんや小鳩さんとだった。

思えば、ことりちゃんと会話らしい会話なんて、大学の頃以来あまりなかったかもしれない。

 

(……そうだな。まずは、皆のことをもっとよく知ることから始めるか。それからゆっくり、一歩一歩進んでいこう)

 

焦らなくてもいい、ゆっくりでもいいんだ。

だって俺の音ノ木坂での生活は、まだまだ始まったばかりなんだから。

 

 

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(あとがき)

顧問とは何をするのか、それについて悩む回です。

なんというかそれぞれのキャラの考えを予想してセリフ回しするのってどうにも苦手なんですが、特に人を導くような人のセリフにすっごい頭悩まします。

参考に使用にも身近に中々ない、もしくはあっても思い出せないものですね、人生の教訓とか名言とかって。

私の中に残ってるのって、どれもこれも漫画やゲームやアニメ、そしてこれまで見てきた二次創作のものばかりですね(汗

 

さて、今回はそういえば何度も出てきてる源弦二郎の紹介ってしてなかったなぁと思い出し、少し遅いかもですがここに載せようと思います。

 

 

○源弦二郎(みなもとげんじろう)

何十年も音ノ木坂の用務員を続けてきた、ベテランのおじいさん。72歳

見た目は有頂天家族の下鴨総一郎をイメージ。

器の大きい人で滅多なことでは怒ったりしない、少なくとも音ノ木坂では教職員、生徒含めて怒ったところを見たことはない。

気さくで少しおちゃめなところもあり、生徒達からはまるで実のおじいちゃんのように親しまれている。

定年を過ぎても働いていたが、体の不調があり松岡直樹が就任してから一月後くらいに退職を予定。

短い間ではあるが、それまで後任の直樹の教育に勤しむ。

下町在住。木造建築で少し広めの庭付きの家に住んでいる。

その性格もあり近所仲も良好。

健康に気を使っていて毎朝の散歩が趣味だったが、体の不調もありそれも減ってきているのが少し残念に思っている。

 

 

 

こんなところです。

例によって、見た目に関しては何となく。

 

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