恋姫†夢想 李?伝 10
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『迎撃』

 

 

 

 

 

 ?州の西河東で西涼軍五万と袁紹軍十万は対峙していた。

 太原にある城に籠り、冀州からの増援や豊富な兵站による籠城を顔良は提案したが、倍の兵力である為真っ向から戦うと袁紹は言って聞かなかった。?州は比較的草原が多い。特に北側へ行くとそこはもう五胡の世界に広がる草原と大差ない程。その為平地で、相対することとなった。

 

「まさか打って出てくるとは。予想外です」

 

「風もびっくりしてます。流石は袁紹さんですねー」

 

 冀州に最も近い太原。そこに籠れば袁紹の本拠地である冀州はすぐ東。

 籠城という守りの形から一転して攻めに回る場合、外部からの援軍の存在はとても大きい。太原であればいつでも冀州から増援が見込め、城攻めで攻めあぐねる西涼軍が疲れたところを援軍と共に一気に攻めるという方法が取れる。

 特に西涼軍は騎兵が多く、城攻めには全くと言って良い程向いていない。城攻めに置いて必須となるのは梯子。これは城壁から登り、上から矢や岩を落としてくる兵を無力化させる他、内側に侵入して城門を開ける等、様々な事が出来る。

 それを行うには歩兵でなければならない為、李?軍が有する三万の歩兵では、十万を有する袁紹軍が籠城する城を落とすのはほぼほぼ不可能と言っても良かった。

 だが、今回は反董卓連合で対峙したときとは真逆。袁紹たちは待つだけで良い。そして西涼は何としてでもこれを打ち破らなければならない状況である。

 

「さてさて、では軍議は始めるとしましょー」

 

 天幕の中で程cが口火を切った。

 

「まず袁紹さんの陣営ですが、歩兵が多いですね。およそ八万。残る二万が騎兵。また、騎兵のうち三千程が弓騎兵のようです。これは公孫?さんの白馬義従を吸収したものと思われますー」

 

 公孫?は袁紹に敗北した後消息不明となっているらしい。袁紹軍も公孫?を討ち取ったとは言っておらず、どうやら逃げられたらしい。

 

「それで、相手の動きですがー。たぶん打って出てきますー」

 

 柵を配置し弓兵を多く前面に備えている袁紹軍。どう見ても守りの体勢で、騎兵を前に出すような形ではない。

 その言葉に李?達は皆驚いた。郭嘉は動揺こそしないものの、眉をひそめていた。

 

「本来なら絶対に前に出てこないでしょう。こちらがこれだけ騎兵を多く有しているのですから、布陣は今のままで膠着状態にすれば良いだけです、が―――」

 

「袁紹さんはお兄さんの事をきっと恨んでいます。あれだけ酷い事を檄文で大陸中にばら撒かれたんですから当然ですよねー」

 

 檄文とは。自分じゃない。知らない。済んだこと。

 李?はそうすっとぼけたい気持ちで一杯だった。洛陽から西涼に帰還し、祭りが終わった後の事。あの檄文を何故か馬岱が持っており、それを治無戴に見せたのだ。李?から相手を閨に誘う文言が彼女の目に入り、李?は再び追い回されることになった。

 そして戦の最中は皆戦に集中していたため余り気にしていないようだったが、西涼へ帰ってきてそれぞれが改めて檄文を読み、李?に対しやれ女の敵だの、やれすけこましだのと言葉を投げかけてきたのだ。

 今も程cがその話題を出すと、将達からの視線が痛い李?であった。

 

「そもそもにおいて袁紹さんは、派手好きで一気に攻めるというのがお好きな方なので、こういう守りの戦いは好みではありません」

 

「今の陣形はおそらく高幹の献策によるものでしょう。彼女は今までに幾度となく匈奴や鮮卑との戦いを経験しています。ですが数日このまま膠着状態を続けていれば、袁紹はおそらく焦れて全軍を動かします」

 

 戦は好みの問題で軍を動かすものではないだろうと李?は思ったが、自分達の利になる行動ならば何をしてくれても構わないとも思った。

 何せ今の状態を正面から打開するなら、鉤爪を付けた縄を使い、柵の除去を行わなければならないからだ。

 騎兵による柵の除去。それは縄に鉤爪を括り付け、それを持って柵まで突撃し、横に方向転換をしてそれを投げ、柵を引っ張るというもの。当然柵の裏には弓兵が矢を構えており、受ける被害はそれなりに大きくなる。勿論現状の構成を考えれば、柵を除去さえしてしまえば最終的には袁紹軍の方が多大な被害が出るはずだが、こういう出来はするが被害が大きいという方法は極力取りたくなかった。

 正面から攻めないとなれば、そもそも今目の前にいる袁紹軍を迂回するという方法も郭嘉から提言された。騎兵だからこそできる方法。真正面から戦わず、相手を無視して先に進む。そうなれば相手は追いかけてくる。そこを狙う。

 しかし程cと郭嘉の二人は袁紹が軍を動かすことを見抜いているため、敢えてそうする必要も無いと言った。

 

「本当に、良くも悪くも底殿の檄文の効果と言えます」

 

 郭嘉は苦笑する。そう言われるのであれば、檄文を書いて白い目で見られた甲斐があるというものだ。李?は少し現実逃避をした。ただし、視線は相変わらず痛い。

 

「では、敵が打って出てくることを想定し布陣しよう。凪と沙和は初手の弓兵による斉射後その場に待機。華雄。翆。碧殿、紅殿そして自分がそれぞれ騎兵一万を率い、弓兵の斉射終了後に突撃。出来る事ならここで決めたいものだが……」

 

 西涼軍の将らは頷いた。

 戦いは長引かない方が良い。

 兵力の温存という面からしても、手の内を残すという意味でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 布陣してから数日。袁紹と高幹陣営の天幕は袁紹の苛立ちの声が上がっていた。

 

「じれったいですわ! 斗詩さん、全軍突撃ですわよ!」

 

「麗羽お姉さま! お気持ちはわかります! ですが敵は騎兵が多く居ます。それに異民族と繋がりがある者達が多く、今の布陣で待機していればいいのでは―――」

 

「いけませんは艶羽さん! それではあの憎き李?を討ち取れませんことよ」

 

 高幹は守りに徹し、西涼軍が攻めあぐね撤退させるつもりでいた。戦いにおける最も目指す場所。それはいかに被害無く相手を退けるか。そこに焦点を置いている高幹は袁紹を窘めようとした。

 しかし彼女の大好きな叔母―――袁紹は李?を討ち取りたいと躍起になっていた。

 反董卓連合が水関で戦っている際に発された李?の檄文は、高幹の手元にも届いていた。酷く袁紹を貶める内容のそれに、高幹は激怒した。

 彼女は元々州牧になれるような地位では無かった。袁家と血筋は繋がっているものの、袁家から枝分かれした家。その数は数多あるし、せいぜい袁紹の治める領地のどこかの城を任されるくらいの存在であった。

 そんな高幹を袁紹は?州の州牧に推薦した。袁家の棟梁たる彼女の言に逆らえる者は周囲に居らず、また朝廷もその勧めに頷きその地位を与えた。

 ある種それは、五胡の侵攻が数多くある領地を朝廷と袁紹が押し付けたという見方も出来る。当の袁紹としては仲の良い血縁者が隣の領地を治め、しかもその領地は五胡の襲撃がある大変面倒な土地。それを押し付ければ実質そこは袁紹が五胡と戦わずとも自分の領地。彼女には得だけが存在するといえた。

 だが高幹は袁紹にとても感謝していた。この広い?州を治める地位を袁紹から貰った。それは袁紹が、異民族より漢を護る重要な地にこそ高幹が必要だと見出してくれたのだ、と思っていた。それが例え勘違いであろうと、高幹にとってはそれが嬉しかったし、袁紹にも感謝していた。

 その袁紹が貶められたのだから彼女にも李?を討つべしという思いは当然強くあった。しかし急ぐ必要はない、とも。兵糧が減れば士気は下がり、狙うならその頃合いが一番である。

 待ち過ぎれば敵は撤退してしまう。その際相手は騎馬が多いので、おそらく取り逃がすことは想像に易い。

 今は防衛に徹し、敵が弱るのを待ちながら時期を待つ。被害を少なくして敵に打撃を与えるには、それが一番だと考えていた。

 

「猪々子さん! 斗詩さん! 軍をお進めなさいな!」

 

「姫、本当に良いんですか……? あたいも待っている方が良いと思うんだけどなぁ……」

 

 文醜がちらちらと高幹の顔色を伺う。

 しかし何事においても袁紹最優先の高幹。窘めはするものの、袁紹の決定には従ってしまう。高幹は頷き口を開いた。

 

「わかりました。では軍を進めましょう。顔良さんと文醜さんは、万が一敵に押し切られてしまう場合、兵を連れて私の軍の方へ逃げてきてください。私の軍は攻める事は出来ませんが、迎撃することは出来ますから」

 

 高幹は袁紹の麾下である顔良と文醜にとって、年下でもあり目上の人物である。逃げる際に味方の方向へ向かう。それはある意味敵を引き連れ、逃げた先の味方へ敵を擦り付ける様なものだ。

 それを目上の、まして年下の少女が率いる軍に擦り付けるとなれば、彼女達の気持ちは察せられよう。

 しかし、文醜も顔良も、もはや反論の余地はなかった。

 この場における絶対の権限を持つ袁紹からは進軍を命じられた。そして次なる権限を持つ高幹からは、その進軍を認める許可が出てしまっている。これはもう覆りようが無い

 

「はーい……いってきまーす」

 

 文醜は天幕を出て大きな溜息をついた。

 隣には彼女の愛する顔良が居り、同じように溜息をついている。

 

「なぁどーするよー斗詩ー。あたいまだ死にたくないよー」

 

「私もだよー……。」

 

 二人はちょっぴり涙目になりながらそれぞれの持ち場へと向かっていく。

 袁紹が引き連れてきたのは七万。高幹軍が三万である。

 いつになく増えてしまった兵士達の元へ向かい、弓兵を前面に配置して次に騎兵。そして歩兵らに指示を飛ばす。

 文醜、顔良らにとって不幸なことは、袁家という大陸でも屈指の名家の力により兵がすぐに集まる事。それは袁紹その人の魅力―――とは決して断定はできないが、とにかく兵は集まる。しかしそれを率いる将が足りていなかった。二人は袁紹麾下の二枚看板。

 文醜、顔良の名前を聞けば『ああ、袁紹麾下の』とほとんどの人々が知っていること。が、その二人以外に武官が―――将といえる将が居なかった。加えて軍師という存在も居ない。いや、居たとしても袁紹に進言を受け入れてもらえないので来てくれない。

 また袁紹がこの二人さえいれば良いと言わんばかりに厚遇し、一向に傍へ別の者達を置こうとしないのも、嬉しい反面、不幸な事であった。そのため二人は異なる兵科の兵を纏めて指揮しなければならなかった。その何と大変な事か。

 

 

 

 

 袁紹の突撃の指示が行き渡り、二人は行軍を開始した。前面に袁紹軍、後詰に高幹軍。移動が開始されると西涼軍からぶぉぉ、という音が鳴った。彼女達二人は聞きなれない音であったが、それが合図であることに気が付いた。

 西涼軍が一斉に動き始める。

 お互いの弓兵が矢を放ちあい、歩兵たちが手に武器を持ち、雄叫びを上げながら進んでいく。

 そして西涼軍の主力ともいえる騎兵が、動き出した。顔良の目に見えたのはあの時見た将の姿。

 戦斧を片手に先陣を切って進んでくる。

 水関の戦いでその力を示した、戦神華蚩尤。

 

―――うわぁっ……。

 

 後方から指揮していた顔良は心の中で呟いた。それはもう嫌なものを見た、とばかりである。

 噂にたがわず恐ろしい武と馬術。袁紹軍の前衛があの時のように吹き飛ばされ、陣が割れていってしまう。

 

―――こんなの無理ですよー、麗羽様ぁぁ……。

 

「斗詩ぃ! 前から来てる! 下がれ! 早く!」

 

 文醜のその言葉に顔良は華雄に向けていた視線を正面に向けた。

 それは誰なのかわからないが、恐ろしい速度で一直線に顔良の方へ進んできていた。

 二千程だろうか。他に比べれば少数の騎兵を伴い迫ってくる。

 その背後を馬超が多くの兵を従えて追ってきているが、突出したその一団は顔良へ一目散に迫っていた。

 顔良は思わず馬を翻して逃げ出した。

 

「下がります! 退却です!」

 

 顔良が率いていた兵士達は総崩れとなり後方へ下がっていく。

 後ろをちらちらと確認しながら進む先は高幹軍。

 顔良とその兵達は高幹軍の兵士とぶつからないようにその間を抜けていく。その何と恥ずかしい事か。この後の軍議で袁紹や高幹から叱りの言葉を受けるかもしれない。

 そんなことを思った顔良であったが、ふと高幹その人の姿が、高幹軍の兵士達の先頭に立っていることに気が付いた。

 袁紹の血縁故か、風になびく金色の髪。背はまだ低いが、腕を組み真っ直ぐ敵軍を見据えるその顔は険しく、しかし怯えてはいない。

 

「……えっ?」

 

 思わず声が出た。

 顔良は思った。何故、彼女はこんな場所にいるのか、と。

 いや、そんなことよりも何故、彼女は顔良と文醜に自分の兵の方へ逃げるよう言ったのか。

 いや、そんなことよりも、だ。何故、彼女の兵達は―――。

 

 

 

 何の武器も持っていないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼州、幽州、?州。異民族から漢を護る大切な防衛線。

 この三州は、異民族の風習であったり、あるいは州を治める者の性格などが反映され、それぞれが異なる兵を扱っていた。

 涼州の馬騰。

 羌族の血を引き、何かと羌族に合わせようとする彼女。彼女は涼州へと略奪に来る羌族の騎兵に対し、真っ向から騎兵で対抗していた。それは若き日の彼女もまた、突撃馬鹿という不名誉なあだ名を貰ってしまう程短絡的であった為でもある。

 騎兵には騎兵を。何も間違ったことでは無い。お互いの騎兵同士でぶつかり合い、強い方が勝つ。とても単純で、勝ち負けがはっきりとそこに現れる。羌と漢も関係ない、とても簡単な意思疎通。故に馬騰は羌族の間で名が上がった。彼女は強いと、羌族の人々は言う。

 幽州の公孫?。

 彼女は烏桓という弓騎兵を主力とする異民族と相対した。騎兵で追いかければ逃げられ、歩兵を連れて行けばひたすら武器の届かないところから射かけられ、一方的に相手へ打撃を与えてくる弓騎兵。公孫?が白馬義従という弓騎兵隊を作ったのは必然的な事であった。

 烏桓と公孫?の戦い。それは勝ち負けがはっきりと提示されるものでは無かった。

 烏桓の弓騎兵は軍として動かず個として動く。一般的な騎兵のように軍として動くと、それは蛇のように列を為してしまい、先頭は敵の前で方向を変えて矢を放ち逃げれるが、後方の弓騎兵は列が長ければ敵と接触してしまう。

 かといって密集するわけにもいかない。矢を放たなければならないのだから、密集してしまっては味方が邪魔になってしまう。その為、烏桓は個として分散する。

 それぞれが思い思いに動き、決して敵を自らに近寄せず、広い戦場を我が物顔で駆け回り敵を襲う。

 公孫?はそれを真似た。

 それはある意味彼女らしい堅実な方法であった。

 どのように相対すれば烏桓を打ち破れるかという解決案を、彼女は思いつかなかった。だから相手と同じように戦えば良い、という妥協案でもある。しかしこれは功を奏し、烏桓を退けるとまでは行かなくとも、今までより少ない被害で相手に被害も与え、最終的に戦闘をうやむやにして烏桓が退却するという状況を作り出した。

 そして、?州の高幹。

 高幹は己に武の才が無い事は重々承知であった。

 それでも匈奴や鮮卑という騎兵ばかりを扱う異民族を相手に、彼女は戦って来た。初めはそれなりのものであった。定番ともいえる馬防止の柵によって騎兵の突撃を防ぎ、弓兵により敵を撤退させてきたが、決定打が足りなかった。

 確かにこれは敵を退けさせるには適している。騎兵は通れないし矢が飛んでくるならこれ以上前に進めない。だから匈奴や鮮卑は無暗に攻めず、もっと数を増やして、力を蓄えてまた来る。彼等は来てしまう。

 一度完膚なきまでに叩き潰し、大きい被害を彼等に与えなければ、高幹に先は無かった。

 そして彼女がたどり着いた先は迎撃。

 馬騰のようにひたすら攻めるわけでも、公孫?のように相手を真似て双方に被害を出し、戦闘によってうやむやにするのではない。守り、そして討つ。

 高幹の元へ迫ってくる一団。約二千。その後ろを八千だろうか。さらに騎兵が迫ってきていた。

 高幹は腕を組んでじっと迫る一団を見つめた。指揮官を狙う者。突撃は何よりも強いと信じて疑わない者。

 匈奴や鮮卑の兵士達は、広大な草原を移動して暮らす民であるので、馬の存在は欠かせない。そして戦いになっても、やはり騎兵としての方が歩兵より強いと信じて疑わず、彼等は騎兵として戦い続ける。

 高幹も確かに騎兵は強いと理解していた。

 その機動力や突破力。確かに強い。それは認めている。

 だが、決してそれが最強ではない。

 

―――麗羽お姉さまは、私こそがこの漢の防衛線である?州の州牧として相応しいと認めて下さった!

 

 尊敬する袁紹が高幹ならばやれる期待し?州州牧へ押し上げたと信じて疑わない。そして彼女の期待に応えるために彼女は奮闘し続けてきた。

 その結果

 

 

 

「拾え!」

 

 

 

 高幹は指示を出した。

 この戦場は普段人の通りが無く、また街路からも外れていたため草原であった。それは匈奴や鮮卑を迎え撃つあの広い草原と酷似している。

 『それ』は草原の中に隠されていた。

 兵士達は草原の中から『それ』を手に取り、すぐに立ち上がった。

 この動作を、彼等は何百、何千と繰り返して練習している。いかに素早く、いかに正確に構えられるか。それだけをひたすら訓練していた。

 異民族と戦うために。

 高幹の背後から一斉に伸びたそれは、長槍。本来の槍の倍はある程の長さである。

 それは、しゃがみ込み立ち上がった彼らによって、まるで剣山のような槍衾が一瞬にして出来上がった。

 迫る一団は驚愕に目を剥いたが、もう遅い。

 高幹はこの槍の長さを良く知っている。

 どれくらいの距離でこの長槍を構えさせれば最も効果があるかを彼女は熟知していた。それだけの回数を異民族と戦ってきたのだ。

 そして相手はこの槍の長さを知らない。回避行動など、とれるはずもない。

 突撃しようとする馬は止まれない。必然的に槍衾の中に身を投げるという投身自殺が発生する。絶対の威力を持つ騎兵の突破力が己の命を奪うことになることの、何と皮肉なことか。

 先頭を走っていた少女は槍から逃れようとしてのけぞり、馬から落ちた。彼女の乗っていた馬は自ら槍に進み、串刺しになっていた。

 背後から続いてくる騎兵達が瞬時に避け、踏みつぶされなかったのは幸運と言えるだろう。

 そしてその後を続いていた一団は、止まりきれず自ら槍衾の中へと進み、誰も彼も串刺しになっていく。

 後ろを進んでいた者達だけが、慌てて馬を止めて何とか生き延びた。

 突撃は止まった。戦場がまるで一瞬止まったかのような静けさが、ここにはあった。

 先頭を走っていた、馬から落ちた少女はおそらく将。

 高幹はしたり顔で、殺せと命じた。

 

―――まずは一人。

 

 尊敬する袁紹に歯向かう愚か者の首が、まず一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬超は何か嫌な雰囲気を感じ取っていた。

 それが何か説明は出来ないが、それとなく嫌な感じがするという感覚的なもの。決して彼女に第六感があり、目に見えない物を察知できるというわけではなく、今までの経験や知識から感じ取れるものだ。

 目の前にいる一団は逃げることも無くただそこに立ち尽くしている。そして手には武器らしい武器を持っていない。

 普通に考えれば、単なる的。武器も持っていない哀れな雑兵と思うだろう。しかしこの場においては、そう考えるのは余りにもおかしなことだ。高幹は袁紹の縁戚であるという。つまるところ、彼女もそれなりに金を持っている。

 その従える兵が武器を持っていないとは、余りにも考え難い。義勇兵のように自分で用意した武器を手にする一団ではなく、彼等は?州の正規兵である。

 何かがそこにはある。

 ならば近づく必要はない、と馬超は思っていた。

 幾度となく一人突出する閻行は、馬超の必死の説得により何とか部隊を率いるため自らの速度を落とすことを了承してくれていた。代わりに軍全体から騎兵としての速度に秀でた者を集めて率いるという条件を飲まされたのだが。しかしそれは大きな前進であった。あの自分一人で突撃する閻行が、麾下の騎兵の速度に合わせて馬を駆り、戦う。少し前まで誰も想像すらできないような快挙を馬超はやってのけた。

 とはいえ閻行の突撃癖は治っておらず、速度を少し落とし二千の騎兵を率いて突撃するようになった。その為馬超は常日頃から、相手を推し量るようになってしまっていた。本来考えるのが苦手な彼女であるが、閻行がどの敵に突撃したら危険か、あるいは安全か。それを常に気にするようになり、出来る限り彼女を補助しようと立ち回っている。

 だから今目の前の高幹軍に突撃しようとする閻行が、おそらく危険であることに彼女は気づく。

 

「おい! 燈! 戻れ!」

 

 突出した閻行を引き戻そうと声を掛けた馬超であったが、閻行は聞こえていないのか無視しているのか、一目散に敵陣へと駆けて行ってしまった。

 

「ああもう!」

 

 馬超は仕方なく彼女の後を追いかけた。彼女が現在率いている二千の軍勢は、西涼軍で最も速い者達といっても過言ではなく、全く追いつける気配が無い。

 馬超の予感は当たっていた。高の旗がはためく軍―――高幹軍は突然しゃがみ込んだかと思えば、突然長槍を足元の草原から出現させた。

 隠していた。

 あえて敵が突撃するのを待ち、最も被害が出る距離を推し量っていた。

 目の前では閻行率いる二千の軍勢が長槍の槍衾の中へと自ら突撃して行ってしまう。

 

「燈!」

 

 閻行は長槍を避けようとのけぞり、運よく槍に貫かれるということは無かった。しかし落馬して強打したせいか、起き上がるのが遅い。長槍を持っていた兵士達の後ろから、通常の槍や剣を持った兵士達が前進し、落馬した閻行や馬の動きを止めた者達に躍りかかろうとしていた。

 馬超は閻行を助けに馬を走らせた。

 長槍がもう間もなくという位置で、馬超は麾下の騎兵に方向転換の指示を出した。馬は直角に曲がれないので、少し早めに指示を出さなければならない。

 しかし馬超本人はまだ曲がらない。

 己の馬術を信じ、閻行の元へと向かう。

 

「燈! 掴まれ!」

 

 手綱をしっかりと握り、体を傾け地に向けて手を伸ばした。

 馬超の言葉が聞こえたのか、閻行は手を伸ばし、その手をしっかりと取った。

 一瞬ぐっ、と閻行の体重で馬から落ちそうになるのを必死にこらえる。そして勢いよく引き寄せ、体の小さい閻行を自分の前に座らせた。

 

「翆……」

 

「燈。無事でよかった」

 

「……ごめん」

 

「次からはちゃんとあたしの指示に従えよな?」

 

「……うん」

 

 閻行は珍しく素直だった。

 後一瞬で死んでしまうという場面に出くわしたからなのか、それとも引き連れていた部下が大勢死んでしまった事への後悔なのか、それは馬超にはわからなかった。

 馬超は先に方向転換した麾下の騎兵へと合流すべく馬の向きを変える。

 そんな時だった。

 激痛が、脇腹に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼州出身の閻行は、その地を治める馬騰という人物の話を良く聞き及んでいた。

 若き日より馬術に精通し、羌族の侵攻を止めるべく戦い続ける人。そんな馬騰に娘がいるとも知っていた。

 名を馬超。彼女は閻行より少し年上。彼女もまた、馬騰のように馬術に精通し、馬上の武は大陸一というような噂をも聞いたことがあった。

 閻行はそれが気に入らなかった。

 自分こそが馬術に最も秀で、最も馬上の武に優れた者であると信じて疑わない。姿を見たことも無い馬超という人物に敵対心を燃やしていた。

 馬超はきっと、馬騰という親の七光りで周囲にもてはやされているだけだ、と。実際に戦えば自分の方が彼女より上。そう思っていたのだ。

 初めて馬超に出会ったのは涼州と雍州が合併し西涼という国に変わった後の事。

 何やら競馬という馬の速さを競う賭け事が始まるとのことだった。

 馬と聞いて彼女は興味を抱き、現地へと向かうと、どうやら馬はただ走らせるだけではなく騎手が必要なようであった。

 他者と関わりが無く、友人と呼べるものも居なかった彼女は、誰かと速駆けで競い合った事が無い。それはきっと面白そうだと思った彼女は騎手として参加を申し出た。

 そしてそこには、馬超の姿があった。

 彼女は躍起になった。自分の方が優れていると示す、絶好の機会であった。

 結果は閻行の圧勝であった。閻行は一着。馬超は三着。

 やはり自分の方が上。閻行は優越感に浸っていた。

 彼女は李?に誘われるまま西涼軍の将として迎え入れられた。そして演習場で馬超と対峙する。競馬での結果を鑑みて、閻行は苦も無く馬超を叩き伏せられると思っていた。しかし、その思惑は外れた。

 馬超は強かった。どれだけ閻行が馬を速く走らせ、勢いをつけて攻撃しても全て正確に弾かれる。

 悔しかった。

 自分は彼女より格上の存在ではないと、突き付けられているようだった。

 西涼の匈奴侵攻。閻行にとって初戦であるこの戦いで、彼女は騎兵として奮闘した。手柄を挙げて馬超より自分が上であることを示すために。しかし敵の将は華雄が討ち取ってしまい、目立った戦果は上がらなかった。

 そして迎えた?州攻め。閻行は躍起になった。

 何としても将の首を上げ、馬超よりも上であることを示す。ただそれだけの為に。

 結果は、無様だった。

 突然現れた槍衾に、彼女は為す術もなく馬から落ちた。背中を強打し、息が肺から意図せず漏れ、目の前が一瞬白くなった。背後からは閻行を避けつつも止まることが出来ず、槍衾の中へ突っ込んでいく配下の騎兵達を見た。

 馬の悲鳴が、兵の悲鳴が、間近にいた閻行には良く聞こえた。

 それが自分の仕出かした事。馬超に対抗心を燃やすあまり、周りの命を無為にした。

 ここで自分が討ち取られるのは仕方の無い事。迫ってくる高幹軍を見ながら閻行はそう思った。

 

「燈! 掴まれ!」

 

 馬超の声が、背後から迫っていた。

 

―――翆……。

 

 自然と手を伸ばしてしまったのは、何故なのだろうか。

 馬超が嫌いだった。

 彼女は所詮親の七光りで弱いと思っていた。

 馬超が嫌いかもしれなかった。

 彼女は自分に並ぶ武の持ち主だった。

 馬超が嫌いだと思っていた。

 まるでもう居ない閻行の親のように口やかましかった。

 馬超の手を掴むとぐいと引き寄せられ、彼女に抱えられるようにして馬に跨った。

 

「燈。無事でよかった」

 

 叱られると思っていた。だが馬超からかけられた言葉は自分を心配するもので、何かにつけて彼女に対抗心を燃やしていた閻行は己を恥じた。

 だから、謝罪の言葉がすんなりと出てくるのだ。

 

「……ごめん」

 

「次からはちゃんとあたしの指示に従えよな?」

 

「……うん」

 

 彼女の静止を振り切り突撃した閻行に、馬超は怒らない。優しく諭そうとする声色に、閻行は素直に頷いた。

 何故彼女を嫌っていたのか、彼女に対抗心を燃やしていたのか、思い出せない。

 好き勝手我儘をする閻行に、馬超はいつも付き合ってくれていた。そしてこんな状況でも見捨てず助けに来てくれた。

 彼女の存在は、随分と前に亡くした母という存在を思い出させる。

 閻行を諭そうとし、叱り、どれだけ我儘をしても離れていかない。

 不意に背後の馬超が閻行にもたれかかるように体重を預けてきた。座高は頭一つ分馬超の方が高く、閻行の頭の上に馬超の頭が乗っかり、背中には柔らかい感触が伝わってくる。

 

「翆?」

 

 突然どうしたのかと振り返った閻行は目を見開いた。

 馬超の右脇腹から血が流れ出ていた。傷は、かなり大きい。顔は苦痛に歪み、意識を手放しそうなのか目が細められていた。

 

「翆!」

 

 馬超は閻行の声にも反応を示さず、ぎりぎり意識を繋いで馬を駆らせていた。

 閻行は槍を扱うにあたって、人の急所というものを知っていた。右脇腹にある臓器は、即死こそしないものの致命傷。自分が何も考えず突撃などしなければこんなことにはならなかった。

 西涼軍には軍医という医師達が従軍しているが、奇跡でもなければ致命傷を治すことは出来ないだろう。血を止めたとしても、死は間逃れないかもしれない。

 閻行は馬超から手綱を奪い、自陣へと馬首をめぐらせた。助かるかはわからない。それでも諦めることなど出来なかった。

 馬超が死ぬ。

 そのことを考えただけで閻行の頭の中は真っ白になった。

 

―――私の、所為だ。

 

 自分が突撃などしなければ。自分が馬超の言葉に従っていれば。こんなことにはならなかった。

 

「燈、あたしは、大丈夫だ」

 

「翆……」

 

「あたしの、心配をするなら、自陣に……」

 

「喋らないで。必ず、すぐ着くから」

 

 背後からは袁紹軍の騎馬が迫っていた。馬超が率いていた騎馬隊の後続は続々と追撃され、命を落とし、落馬していく。

 閻行は馬超の体重を背に受けながら、手綱をしっかりと握りなおした。

 今回の失敗で閻行が命を落とすのなら、何も感じることは無かった。しかし自分の失敗で馬超が死ぬというのは、到底許容できるものではない。

 一人ならばいつものように早く馬を駆けさせられるのだが、今は他の者達のように普通に乗らなければならない。刻一刻と、焦る気持ちが閻行の頭の中を覆いつくしていく。

 今の感じている感情が、閻行にとっての全てだった。

 馬超を嫌っていたはずの自分は、いつの間にか馬超の事が―――。

 馬超を失いたくない。

 そして失ってしまった二千の騎兵。今も尚続々と背中を追われ命を落としていく八千の騎兵。誰の、勝手な行為の所為か。

 将としてあるべき姿を、ずっと傍で見ていたはずなのに、それを真似ようともしなかった己は何か。

 馬超が治ったら、元気になったら、心から謝罪しようと閻行は思った。そして二度と彼女がこのような目に会わないよう、自分が一歩を踏み出さなければならない。

 誓いは静かに、そして強く、たてられた。

 

説明
もう少しゆっくり書きたかったけど途中でバッサリ書き直してちょっと急ぎ足。短いと思います。

華雄さんが大変お強い小説だけど空気。
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>ドーパドーパさん そう言って頂けると嬉しいです。製紙業が西涼で続いているのは知りませんでした。賢くなってしまった。(どっきりビンキー)
因みにだけど西涼の地域では桑を使った製紙業が2000年もの間続いてるらしいよ。今現在でも養蚕と合わさって枝から大量の紙を作ってるらしい(ドーパドーパ)
めちゃくちゃ面白いね(ドーパドーパ)
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