ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第13話
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―――タン、タン、タン、タン

 

 

 

「ワン、ツー、スリー、フォー! ワン、ツー!」

 

「ふっ、ほっ、よっ!」

 

「少し遅れていますよ! もう少し動作を速めに!」

 

「は、はい!」

 

手拍子と掛け声に合わせてステップが踏まれる。

しかし、その動きはどこかぎこちなかった。

はじめて踏むステップなのだろう、慣れない動きに精一杯合わせようという必死なのはわかるけど……。

 

「腕の振りが小さいです! もっと大きく!」

 

再び園田さんの檄が飛ぶ。

本来はダンス担当の絢瀬さんがダンス練習の指揮をとるのだけど、今日は丁度生徒会の仕事が入っていてここに来ていない。

園田さんは普段はトレーニングメニューの作成や歌詞作りを担当しているが、少し前まではダンス練習も担当していたという。

そんなこともあり、絢瀬さん不在時にはこうやって代わりに指揮をとっているというわけだ。

それにしても……

 

「足が逆です! それでは次の動作に入る時に、バランスを崩してしまいますよ!」

 

……本当に動きがぎこちないな。

さっきから園田さんの指摘がおさまらない。

それに練習を始めてからまだそれほど時間も経っていないというのに、もう疲れたのか息も上がってきている。

なんというか、思っていたよりも体力がないようだ。

これには俺も、一から体力作りをして来いと言ってやりたくなる。

我ながら中々辛辣な意見だとは思う。

だけどそれほどの有様なのだから、俺がそう思ってしまっても仕方ないだろう。

こんなんじゃあ観客になんて、恥ずかしくて見せられたものじゃない。

 

(まったく、今まで何をやってきたんだか。この……)

 

 

 

 

 

「直樹さん! 集中力が切れてきてますよ! もう一セット追加です!」

 

「はっ、はひぃ……」

 

(……俺というやつは)

 

余計なことを考えていたのを園田さんに察知されたらしい。

もう少しで終わりそうだったというのに、ここでもう一セット追加されてしまった。

息も絶え絶えで、生気のない返事しか出てこない。

 

「直樹さんがんばれー!」

 

(……これというのも、全部高坂さんのせいだ)

 

日陰のところで声援を送ってくる高坂さんをキッと睨みつつ、俺は体を動かし続けた。

 

 

 

 

 

時は少し前に遡る。

放課後、アイドル研究部の練習が行われる屋上に見学に来ていた。

 

「はい、それでは少し休憩しましょう」

 

「うへぇ、つかれたぁ」

 

休憩の許しが出ると、グーッと体を伸ばす高坂さん。

小泉さん、ことりちゃん、矢澤さんと、メンバーの中でも比較的体力がない子達はグダーッと腰を下ろしている。

今日のメニューはダンス練習らしく、絢瀬さんが生徒会でいない代わりに、園田さんが目を光らせて皆の練習を指揮していた。

絢瀬さんが仕切って練習をしている所も見たことはあるけど、それと同様に的確な指摘をする園田さんに素直に驚いたものだ。

 

「園田さんって歌詞の方も担当してるのに、ダンスの練習まで仕切れるなんてすごいなぁ」

 

そう口に出すと園田さんは少し照れたような顔をする。

 

「い、いえ、すごいだなんて、そんな。私は家で日舞を習っていますので」

 

「日舞? ……あぁ、日本舞踊のことか」

 

確か日本の伝統芸能の一つだっただろうか。

そういえば、今では日本の伝統芸能は海外にも知名度を広めていてわざわざ日本に習いに来る人もいるらしい。

わかる人にはわかる、日本のわびさびの世界というやつなのだろうか。

まぁ、そんな日本に生まれ育った俺だが、舞なんてテレビでチラッとしか見たことはなく、どんなものかはよくわからないのだけど。

 

「えぇ。絵里も以前やっていたバレエの経験を活かして、皆の練習を指導しています。舞、バレエ、ダンスと言葉は違いますが、結局はどれも同じように見る相手に魅せる動作をするものです。

それぞれ違いはありますが、その基礎となるところはそう大きく変わるものでもありませんから」

 

そういうものなのか。

 

「でも、絵里ちゃんより海未ちゃんの方が厳しいって思うな!」

 

「……そうですか? 別にそこまで変らないと思いますが」

 

頬を膨らませながら言う高坂さんに、園田さんはよくわからなそうに小首をかしげる。

本人としては高坂さんが言うような自覚はないようだ。

俺も何度か練習を見せてもらったけど、そこまで大きく練習内容に違いは見られない。

決められたダンスの型を全体で共有する所から始まり、リズムに合わせて踊り、間違ってたり遅れてる動作があったらそこを指摘して直していく感じだ。

それを完璧にできるまで、何度でも繰り返していく。

学校の勉強だろうと部活の練習だろうと、結局のところはそういう反復練習がものをいうのだ。

 

(……若干、園田さんの方がその練習量が多い気はしなくもないけど。まぁ、そこらは性格の問題なのかな)

 

チラリと時計を見ると、休憩が予定されていた時間は大分前に過ぎていた。

練習になると熱が入りすぎる性質なのか、自分が納得できるところまでやらないと気が済まない性質なのか、俺が見る限りでは多分後者だと思うけど。

確かにもう少しで何か掴めるっていう時に休憩時間だからと休憩したことで、何か掴めそうな感覚がどこかに飛んでいってしまったということもよくある話だし。

対して絢瀬さんはというと、練習時間と休憩時間はきっちり分けてる感じに見える。

練習する時は集中して練習、休憩する時はしっかり休憩、そういうメリハリをつけることで、練習に身を入れさせているということだろうか。

俺はどちらかというと絢瀬さん派だけど、きっとどちらも間違ってはいないと思う。

 

「まぁ、今のうちに動けるだけ動いほうがいいよ。大人になったら、中々運動もできなくなるしね」

 

「そうでしょうか? やろうと思えば、運動なんてどこでもできますし。私としては、そういう方々はただ面倒臭がってやらないだけではないか、と考えているのですが」

 

「……そう、かな?」

 

いや、言われてみれば確かにそうかもしれないのか。

以前の職場で俺は、仕事で疲れて動きたくなかったから、帰宅後や休日はグデーっとだらけていたし。

でも、大抵の人ってそういうものじゃないかと思うんだ。

通勤時間が長い人だったり、残業が多くて帰る時間が遅いような人なんて特に。

その通勤時間中でも十分に運動らしい運動はできるという人もいるけど、流石に俺はそこまで意欲的にはなれなかったな。

 

「……今からでも運動を始めればいいんじゃない?」

 

「……なんだって?」

 

ポツリとつぶやく高坂さんに目が行く。

 

「運動不足は体に悪いって授業で習ったし、直樹さんも少しくらいは運動した方が良いと思うよ?」

 

「……えぇ」

 

今更改めて運動をするなんて、少しきついと思うんだけど。

それに以前ならともかく、今では用務員の仕事でそこそこ体も動かしてるし、それでじゅうぶんじゃないだろうか。

というか、正直面倒臭いし。

 

「あ、そうだ! どうせだし、海未ちゃんに直樹さんの運動メニューを考えてもらえばいいんじゃないかな!」

 

「いや、それは「なるほど」……え?」

 

「確かに直樹さんが運動不足で体調を壊してしまうのも、目覚めが悪いですね」

 

高坂さんは「名案!」と言いたげに、両手を胸の前でパチンと叩く。

その言葉を受けた園田さんは思ったよりも乗り気だった。

 

(……なんか、やばくね?)

 

「やはり基本はランニングを……」「むしろ筋トレから?」などとブツブツ呟いている園田さんに、俺は嫌な予感しかせず慌てて待ったをかける。

 

「い、いや、待とう? あ、そうだ! 君らは君らで忙しいだろうし、俺のことは気にしなくていいから! 俺も気が向いたときに運動するようにはするから、な?」

 

「直樹さん、そう言って貴方が気が向くのは何時ですか? 気が向いた時と、そう思ってどんどん時間だけが過ぎていき、次第に忘れていくなんて言うことはざらです。そんなことでは、穂乃果みたいになってしまいますよ?」

 

「そうそう……え?」

 

「テレビでも言っていたじゃありませんか。「いつやるの? 今でしょ?」と」

 

「た、確かに言ってはいたけど」

 

「ねぇ、海未ちゃん? 穂乃果みたいってどういうこと?」

 

「そういえば、お母さんも言ってたなー。夏休みの宿題とか面倒臭いことは後に回して、結局最終日まで残っちゃっていつもギリギリになってたって。だから少し強引にでもやらせてたんだって」

 

「ことりちゃんまで!? 泣くよ? 穂乃果、泣いちゃうよ?」

 

小鳩さん、ことりちゃんになんてことを教えてるんだ。

スルーされてむすーっと不貞腐れた表情になる高坂さんだけど、今はかまってやる暇はない。

ことりちゃんの言葉に園田さんは「やはり」と、どこか決意を固めたような表情を浮かべている。

もはや嫌な予感しかしない。

 

「直樹さん。せっかくですし、ここは思い切って運動を始めましょう。私も微力ながら協力しますので」

 

あの練習風景を見せておいてそういうか。

“微力ながら”という言葉を聞いて、ここまで恐ろしく感じるなんて先にも後にもこれっきりだろう。

 

「あ、だったらにこ達みたいにダンスの練習をすればいいにこ! 仮にもにこ達の顧問なんだしぃ、少しくらい踊れるようになってもらわないと!」

 

「いや、別に顧問だからって踊れるようになる必要は……」

 

「にこちゃん、流石にいきなりは無理じゃないかな?」

 

「こういうのって、徐々にやってかないと体痛めるわよ?」

 

「あ、だったら簡単なステップからやったらいいにゃ!」

 

矢澤さんになけなしの反論をしてみたけど聞き入れてもらえず、それどころかなんか休憩していた他の子達まで口を出してきた。

というかあんなに疲れてたのに、もう回復したのか。

 

「なるほど、良い案ですね。ダンスは様々なところで体力維持の目的でも取り入れられていますし、体全体のトレーニングにもなります……直樹さん?」

 

そう言うと、園田さんは思わず見惚れてしまうような綺麗な笑顔を向けてくる。

その笑みに、胸が少しドクンと跳ねる。

……けど、これはきっと別の意味で跳ねたんだろうなと、自分のことなのにどこか他人事のように評価している俺がいた。

 

「少し、ダンスをしてみましょうか」

 

(……もう、どーにでもなーれー)

 

そして俺は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

そして、時間は現在に戻る。

 

(っていうか、“簡単なステップ”って言ったじゃないか!)

 

いや、最初は本当に普通だったのだ。

体を痛めないように準備運動は入念にやらされたし、実際に指示されたのも前後や左右の簡単なステップをリズムに合わせて動くくらいだった。

ある程度慣れてきたら上半身のほうも合わせて動かし、「程良い汗がかけたなー」っていう感じでいたんだけど。

 

『……なんか直樹さん、簡単そうにやってるね。これじゃあ、あんまり運動にならないんじゃないかな?』

 

高坂さんがこんなことを言い出したんだ。

その表情はまだムスーっとしたままで、さっきのことをまだ根に持ってるように見える。

だけどそれを俺で晴らすのはいかがなものだろうか。

もちろん園田さんは、最初なのだからこんなものだろうと言ってくれたんだけど……。

 

『最初にどのくらい体力あるのか分かったほうが、ちゃんとメニューも作れるんじゃないかな?』

 

『……なるほど、確かに』

 

(確かにじゃないよぉぉぉぉぉぉ!!!)

 

なんでこんなに簡単にノせられてしまうのか。

そうと決まったらどんなことをやらせようかと考え出した園田さんに、周りもまたのっかって「こんなのはどう?」「それじゃあこれは?」などと、試しでいいからとやらされていく始末。

いや、律儀に言われた通りこなした俺も俺なのだけど。

 

『思っていたより、結構動けるんですね』

 

(……結構動けちゃったんだよなぁ)

 

俺の動きを見た園田さんが少し感心したようにつぶやいた。

それからだ、どんどん内容がハードになっていき、ついには皆が踊っているダンスの振り付けで踊らせてみようということになり、今に至るというわけだ。

しかも、皆に指導している時と同様の厳しさで。

 

「そ、園田さん! あの、もうそろそろいいんじゃないかなぁ!? 俺、すっごくいい汗かいたよ! もう十分運動できたと思うんだけど!?」

 

「……直樹さん、最初にマックスでどれだけ動けるのかわかっていたほうが特訓のメニューが作りやすいのです。といいますか話す元気が残ってるのですし、まだまだ大丈夫のようですね」

 

……園田さん、マジ鬼軍曹。

 

(というか、“特訓”でなんだよ“特訓”って!?)

 

運動不足解消のためのメニュー作りがされると予想してたら、いつの間にかアスリートを養成するような特訓メニューを考えられてそうな気がしてきた。

 

「あ、そ、そうだ! お、俺、この後まだ仕事が残ってるから! それ方付けないといけないから!」

 

「……確か、最初来た時に『今日の分の仕事はもう終わりだから』と言ってましたよね?」

 

(言ってたね! 俺の馬鹿! 少し前の俺の馬鹿ぁ!!!)

 

「ふむ、なんだかんだと話しながらこれだけ動けるのですし……予定していたものより、もう少しレベルを上げても大丈夫そうですね」

 

少し前の自分の発言を後悔していると、なんか物騒な言葉まで聞こえてきた。

きっとそれは疲れた俺の耳が幻聴でも聞いてしまったのだろう……そうであってほしい。

できれば他の子達に園田さんを止めてもらいたいところだけど。

 

「でさ? にこたちが今まで踊ってきたダンスも知ってほしいじゃない?」

 

「実際にダンスを踊ることは、身を以てそのアイドルたちに近づくいい手段だと思います!」

 

「それじゃあ、この後は原点に戻ってオープンキャンパスの時に皆で踊ったあれやってもらおっか?」

 

「でも穂乃果ちゃん。原点っていう意味じゃ、私たち3人で講堂で踊ったのが最初じゃないかな?」

 

「どうせなら音楽もつけてみましょうか?」

 

「おぉ! きっと疲れも忘れて盛り上がるにゃ!」

 

なんかもう次のことで話が弾んでいた。

 

(……もう、誰でもいい。誰でもいいから、みんなを止めてくれぇ!)

 

心の中で絶叫する。

それは誰にも届くことなく、俺の心の中にのみ響き渡るのだった。

このまま俺は疲労でぶっ倒れるまで踊り続けることになるのだろうか。

 

「皆、遅れてごめんなさい……え、なに? この状況」

 

そう思っていたその時、救いの女神がやってきた。

 

 

 

 

 

「あはは。災難やったなぁ、直樹さん」

 

「……はぁ、はぁ……うん……まぁ、ね」

 

苦笑いしている東條さんに、何とか息を整えて返事する。

あの後、生徒会で遅れていた東條さんと絢瀬さんがやってきて場を収拾してくれたおかげで、どうにか俺は疲労でぶっ倒れずに済んだ。

絢瀬さんが皆を止めてくれた時、俺の目には彼女が本気で女神に見えた。

 

「まったく、海未がついていながら」

 

「す、すみません」

 

今は絢瀬さんのお説教タイム。

その場にいた皆が正座して、腕を組んでクドクドと言葉を紡いでいく絢瀬さんの声に黙って耳を傾けている。

流石に今回は悪乗りが過ぎたと思ってはいるのだろう。

特に園田さんは流される形ではあったけど、我を忘れて暴走してしまったことでかなり落ち込んでいるらしい。

正座をしている園田さんの姿はシュンとしていて、なんかいつもより小さくなってしまったように見える。

 

(……まぁ、なんにしろだ。なんとか収まってくれてよかったよかった)

 

 

 

 

 

ちなみに。

俺の運動メニューを作る件はひっそりとお流れになったと思っていたら、翌日に園田さんから改めてメニューを手渡された。

どうやら忘れられてはいなかったらしい。

一体どんな内容なのかと戦々恐々だったけど、暴走してない状態の園田さんが作ったメニューは比較的常識の範囲内だった。

冷静な状態の彼女だったら、そこまで無茶なものにはならないようだ。

正直今更運動なんて面倒だなと思わなくもないけど、色々と忙しい園田さんがわざわざ考えてくれたものだし、暫くは続けてみるのもいいかもしれない。

 

……ただ、『週に一度、μ’sの体力トレーニングに同行』なんてメニューもあったけど、これは大丈夫なのだろうか。

若干の不安を抱えたまま、俺の何日坊主になるかわからない運動不足解消のメニューが日常に加わった。

 

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(あとがき)

あんまりμ's出せてなかったので、今回はμ's出してみました。

ストーリー的にあんまり進んでないのは変わりませんけど。

まぁ、こんな感じでのろのろと物語は進行していきます。

 

ちなみに、みんなの一人称は基本「私」とか「あたし」とかなんですが、スクフェスだと一人称自分の名前で呼んでる子もいるんですよね。

なのでというのも変ですが、その時のノリとかで一人称自分の名前で行こうかと思います。

のんたんみたいに「うち」とか特徴あるとわかりやすいんですけどねぇ

 

それと、現在の皆の直樹への呼び方としては以下のような感じです。

なお、今後変動在り。

・直樹お兄さん

ことり

 

・直樹さん

凛、穂乃果、海未、にこ、希

 

・松岡さん

花陽、真姫、絵里

 

・マっさん

ミカ、ヒデコ、フミコ、その他数人の生徒達

 

・松岡

片桐先生

 

・直樹君

田中喜美代、源弦二郎

 

・直くん

南小鳩

 

 

 

 

 

 

 

説明
明けましておめでとうございます(ちょっと遅い)
新年最初の投稿、13話です
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