四章六節:マミ☆マギカ WoO 〜Witch of Outsider〜 |
一瞬、笑いを確かに止めていた『ワルプルギスの夜』だったが、再び街中に響き渡る笑声を壊れたレコードのように繰り返し始めた。
その僅かな時間は、意思無き無機物に酷似した姿でありながらも"生命"を持つことの表れであったのだろうか。その絶対的な存在への自負を最も脅かすモノがいると、生まれ出でたのだと、知り得た故だったのかもしれない。
ほむら達の攻撃を受けながらなお漫然とした様子もあった『ワルプルギスの夜』ではあったが、今は確かにその身から溢れる威圧を接近しながら一点に注いでいる。破壊の度合いを深めていく街中に立つ、一人の少女へと。
超然の力が巨大魔女の周囲へ宙に巻き上げた礫の山と建造物の残骸と大量の降雨をじわじわと運んでいく。事態に対して機械的な能力の行使をした様相ではあったが、使い魔達と合体までした弱体化を補うあの状態でさえも不足があると断じているかのようでもあった。
「まどか……なんで……」
ぽつりと吐き出たほむらの問い掛けは、キュゥべえでなく人間からしても無意味に帰結するものだ。
どう少なく考えても契約しなければまどかは命を繋ぐことなど出来なかった。口にした本人もよく分かっている。暁美ほむらにとっては無慈悲極まりない程に、揺るぎない理不尽でしかなかった。
だとしてもそこに何かを感じ取るのも、また地球という星に生きる人類だからこそなのかもしれない。
まどかは息を荒げながらも、ほむらの問いに笑みを浮かべ小さく頷き続けた。
「……ほむらちゃんも、ダメだって言ってくれてたのにね……。わたしのこと考えてくれてたはずなのに……ごめんね」
「やめてよ! ごめんなんて言わないで! 聞きたくない!」
雨音は激しさを増していく。だが鹿目まどかの言葉はほむらには酷く澄んで聞こえた。滴の((帳|とばり))に遮られているはずの苦しげであろうと((朗|ほが))らかな笑顔もまた周辺の景色に反し鮮明に在り続ける。
知らずと"記憶"にある情景を重ね補完していたのだ。それは何ら慰めには繋がらない。どころか己で心に生じた悲愴を煽っているだけだ。鼓膜を破ろうと眼球を潰そうと届くことをほむらだけは知っている。
まどかは――胸の内にさえ逃げ場を見失い成す術無く小首を横に小さく振るだけになったほむらに向け口を開いた。((埒|らち))が明かないという呆れからは程遠く、ただただ残された時間に全てを伝えたいと切に願いながらもそれしか出来ない者の、決意と切迫を宿した言葉の響きであった。
「でもね。私は今ね、たぶん幸せなんだ」
「……どうして」
「やりたいことをやれてるから。怪我をしたときはそれで終わりだと思ってたけど……でもそうじゃなかった。咄嗟にだったからもっと別なことを願えば良かったんだろうって後悔もあるけれども……間違いとは言いたくない。まだできることを、まだやりたいことを、きっと沢山手に入れられる」
自責の念がほむらに首を縦には振らせない。まどかの言うことの細かな内容は分からずともどうにか理解しようという思いも確かに有りはしたが、それでも、何よりも守ろうとした存在が魔法少女と化した事実で言葉の行き着く先を想像するには足りていた。問い掛け求めるのは、相手が話したそうだったからが大きい。
「……なんでそんなこと」
「わたしね。友達も、家族も……大好きなこの街のみんなを救いたかった」
「……それは」
「でも平等なんて最初から無かったのかも。私の中でもそうだった。今だからこそ、今じゃなきゃ言えないことを言うよ。大事な人に嫌われても望まなきゃいけないことを見付けたの。出来る力があるからじゃない。わたしは、我儘だとしても、ほむらちゃんとマミさんを、独りぼっちになんてさせたくない」
「……」
まどかの前に『魔法の杖』が作り出された。杖は無数の小枝を各所から芽吹かせるや複雑に絡み合い次第に『弓』の形状へと至る。
集約した枝の末端から((彩|いろどり))の様に咲いたあたかも炎が形作ったかの如く揺らめく大輪の花――その場違いな程に美しいながらも内に秘めた荒々しさがこれが武器であることを何よりも表していた。
「大丈夫だよほむらちゃん。私も必ず、生きる」
打ち付ける雨の音が静寂にすら勝りほむらから時間の感覚を奪っていく。弓より生じた熱無き煌びやかな花の燃え立ち、((嗤笑|ししょう))を振り撒きながら接近してくる巨大な影と起きる振動に耐え切れずどこかで不意に崩れ落ちる瓦礫が、時の流れがまだあることを示していた。
――開戦は唐突に。火蓋を切ったのは『ワルプルギスの夜』からであった。魔女の周囲で何重にも流動する大気。浮遊させられている残骸の隙間を縫うように、肥大化する竜巻が鹿目まどかに襲い掛かる。
「まどかッ!!」
応じ構えられた弓から力が解き放たれた。((弦|つる))を引くと生まれたか細い光の矢は、撃ち出されるや似つかわしくない程の衝撃波を起こす。威光に退くように散る砂煙と飛沫が射手の周囲より巻き起こる。
争いなど無縁といった人生を歩んできた少女のどこか不格好な一撃。だとしても((燦然|さんぜん))たる憧れの権化は、魔法少女の頂点にして王の相応しさを((伴|ともな))わせる。
正面から衝突する矢と竜巻。瘴気を吸い上げていく強風は悪意の塊そのものでもあった。片や人が原初より有する命の輝き。衝突の瞬間、僅かばかりの拮抗が生まれ――即座に圧倒した
『光』が風の刃を引き裂き吹き飛ばし勝利へと飛翔する。
究極の矢が最強の魔女を射抜く。
射線上に浮かぶ街の残骸さえ((悉|ことごと))く消し去り。竜巻を下した耳を打ち付ける轟音が遅れてほむらに届いた時には、衝撃波に乗せて振り撒かれる波動に忽ちに絶命させられた多くの合体使い魔達の亡骸が降り注ぐ中、『ワルプルギスの夜』の左の腕先が跡形も無く粉砕されていた。
それでも威力を余らせた矢は直進を止めず、ついには天にまで至る。巨大な魔女の遥か背後で暗雲に穴が穿たれた。覆い隠されていた清き((蒼穹|そうきゅう))が、一筋の柱のように大地を照らす。
『――ッ!!』
舞台装置の魔女が((放笑|ほうしょう))する。変わらぬ抑揚ではあるも、ほむらには悲痛を含み出したように思えた。あの一瞬の攻防の内に使い魔達との合体はほぼ原型を留めてはいない。身を守る術となりそうな風は再びすぐさま吹き荒れ始めたが、悪あがきにしかなりそうになかった。
勝てる――青空から降り注ぐ光の美しさが近くにあるだけで殊更矮小に目に映る巨大魔女を眺めながら、経験からも来るほむらなりの確信であった。
微かだろうと喜びもあるのはこの破魔の光景が間違いなく待ち望んだ結果に通じる道でもあるから。それを関わらせたくはないと切に願った友の手を借りず勝ち取れなかった。全てはいつもと変わりなく。己の不甲斐なさが世界の在り様を事実上の敗北と同じに感じさせる。また与えられる立場にしかならなかった。
「え!? なん……で……?」
軽く咳き込みながら漏れ出るようにまどかの口から出た言葉。ほむらは眉を((顰|ひそ))めた。治癒が効いてきているのか急速に顔色は良くなってきてはいたが、代わりに疑問の方が濃い素振りだったからだ。
弓を構え直し魔力を込めて撃ち出す。今度は完全に防御に回されている態の砂嵐を消し飛ばし、御伽の空中都市かの如く立ちはだかる元建築物を次々と破壊しながら『ワルプルギスの夜』へと矢は向かう。
だが再びの攻撃が最初に先端で貫いたのは別の(曇天|どんてん))でしかなかった。あれば消滅させていたはずの腕先はつい先程その末路を辿らせたばかりだ。またしても悲しみを降らせる雲が押し退けられる。それも本来の用途で何も意味を成さなかった破壊魔法によって。
ほむらの見解が正しいのならば放たれた矢の角度と虚空に消えていった方向が一致していなかった。自動的に飛び方が修正されたのならそれこそ妙である。気を奪われていたのもあって失念していたが……異常な存在とはいえなによりまず活力の源がありそうな胴体から狙わないのもおかしいからだ。
「だったら!」
ほむらと同じ((懐疑|かいぎ))は射手も抱いていたらしい。ならばと位置も変えまどかは数度弓を使う。虚実入り乱れた軌跡を残す光。がそのことごとくが目標に命中することは叶わずあらぬ方角に飛び去っていく。初めから敵の近くに出鱈目に飛ばされた矢も同じくである。
増える平穏の象徴足る空の青さに対し少女達からは清々しさは失われていく。
"逸らされている!?"
簡潔だが空恐ろしい嫌悪をほむらは導いた。続けて飛ばされた矢は敵に向かう最中で次々と分裂を行う。これぞ魔法と呼ぶに相応しい様から瞬く間に敵を取り囲むだけの本数が用意され順々と襲い掛かった。全て必滅の威力――それ等はまたしても各所で小規模爆発を連続的に発生させ掠りもするが命中まではしない。
増殖を止めない矢の幾本かが魔女付近の地表に落下し微音と閃光を発するや十数メートル先にある地下街までを暴く深い穴を作り出す。あまりに瞬時の出来事に、断面の一部が連鎖的に瓦解するのは間を要した。
静けさに反した破壊力。暁美ほむらの眼にはさらに気をやるべき点として映っていた。確かに絶大ではあるがそれでも小さ過ぎたからだ。弓より離れた直後からすれば遠目でも減衰があまりに早い。
次第に緩まっていく攻撃の只中を凝視しほむらは答えを得た気がした。先刻ほむら達が加えた攻撃は確かに魔女本体に直接命中し――対しこの場で与えられている全ての攻撃は魔女の近くまで迫った瞬間波紋の如く景色を揺らしている。一度見えない何かに衝突しているかの様であった。続く爆発もその為が主だ。
無理な関連付けは危険と((弁|わきま))えながらも覚えがあった。道端に重症で倒れていたまどかに駆け寄ろうとして多重結界に捕獲された時だ。あそこでも不可視の結界が障壁として間に挟まることで目前の風景が目に届く経路さえ異なっていた。
いざ疑えば理解はすぐに。『ワルプルギスの夜』は結界を展開していた。が出現時にもそうであったが凡庸な魔女が生み出すものと比べ桁違いである。瘴気での認識阻害等も多少有りはしたが、その巨大さは零れ出るただでさえ僅かな邪気を方々に広範囲で散らせ探査に時を要した理由のほぼを占めさせる程だ。
現在いつの間にか張られている結界は、魔女から溢れる波動が減少したにしても非常に高く、漠然と掴むには陰に隠れてしまっていた。並の魔女の使用法からすれば結界と呼べるかどうかも怪しい有り様。
だとしても身を潜めたり引き籠る目的が無さそうなのもまた見て取れる。単純に屈折した場景により狙いがずれているというのは命令次第で飛びながら幾らでも動きを変えられる矢からすれば些細な問題でさえない。巨大魔女が知性を有するかは謎であるが、使い方が行き着いているのは明確な脅威だ。
結界がもたらしているのは外部との隔たりではあるが壁には満たない。内に侵入した矢が衝突を繰り返すことになっているのは絶え間無く『ワルプルギスの夜』周辺に運ばれている瓦礫等であった。
だが取り込まれた物体へ単純に矢が当たっている訳ではない。内部では空間自体が拡張と圧縮をほむら達からすれば出鱈目に繰り返している。ビルの残骸一つ貫くにしても時に矢じりと同程度まで収縮させられた建物部分全体や時にそこまで膨張させられた瓦礫の先端の原子一粒などを破砕せねばならなくなっていた。
まともに結界の入り口から矢が侵入すればそのような事態にはならないはずではあるが元より出口が魔女へと通じる様には作られていない。一方無理やり道を作ろうとも今度は捻じれた距離の中で異常な塵芥が延々と立ちはだかる。そこに外界との隔絶と瘴気の汚染まで加わり矢は徐々に進路を狂わせられていた。
ほむらそしておそらくまどかの眼には矢が時々爆発をしながら僅かに角度を変えて素通りしたように見えているがそれはあくまでそう目に映っているだけでしかないのだ。
精細に物事を捉え切れてはいなくともほむらは原因だけは勘付いた。察せられたのはそこまで奇怪な使用をして中心にいる魔女とて無事では済みはしないだろうということ。
結界内部で巻き起こる衝撃波は敵にも届いているはず。仮に偶発的に利用することになっているのではないとしても大きな力を相手にするには存在が長くは持たない。かといって根競べとなれば切って捨てられる程度の痛みでしかないのだろう。解除の必要は無しと敵なりに全てを賭けて挑んでいる。
魔女相手に決定打となるのは魔法少女が攻撃に込めた純粋な破壊力かあるいは聖なる希望の魔力だ。
高次元まで干渉する力は魔女の不浄の力と反発し合い、言わば毒となって魔女を魂まで蝕み壊す。
まどかの攻撃は対消滅の勝者となれるだけの絶大な効力をどれも有していた。『ワルプルギスの夜』が恐れるのは今となってはそれが最たるものである。だとしても余波程度が当たったところで亡き者にはさせられはしない。猛毒を塗った剣は大型動物さえ倒すが、その前にぶ厚い壁が幾枚もあれば関係無いのだ。
"でも……なんだろう、さっきから何か、違う? いやっ、でもっ!!"
「まどかっ!!」
もう何を言っても邪魔でしかないとも思えていたが、ほむらは自分が気付いたことが伝わってほしいと声を掛けずにはいられなかった。
果たして、既に少女は知り得ていたのか、もしくは無意識のテレパシーで状況分析の私見を送り込んでいたのか、たった名前を呼んだだけの言葉にまどかは視線だけほむらにやると力強く頷いて返す。
その意味が深く続くほど事態は待ちはしない。空いてある手を掲げるやまどかの前に出現する魔法陣。解き放たれた力が作り出す巨大な光の防護はほむらの位置まで伸び少女等の頭上を一瞬で覆っていく。
開花した花のような形状で完成した瞬間、発動者目掛け次々と襲い掛かり"盾"に滅ぼされ消滅していくのは、雨((霰|あられ))と落ちてくる杭の形を取った生き残りの使い魔達。
だが身を焼かれても消し飛びまではしなかった何体かが慌てながら撤退するのはほむらには不思議でしかなかった。そのどれもがまどかの近辺と呼ぶには少々遠い場所から攻めてきた敵だ。
そういった防御魔法であった可能性もある。ほむらにはそうとは思えなかった。これだけでは無い――最愛の友が戦い始めてからずっと"何かが足りていない"気がしてならない。
『疑問かい? まどかの力、その不確かさが?』
ほむらの隣に音も無くいた白い姿はキュゥべえだった。
『君も知っているだろ。魔法少女の持つ固有の魔法はその契約の内容によって変化が生じる。怪我を治したいと願えば回復に特化し、概念を他者に信じさせようとすれば幻さえもより容易に操れる。だがそれは何かを実現"する"という意志があるからこそだ。鹿目まどかはそうじゃ無かった』
「……え?」
まどかは胸に手を当てる。
さらにスカートの内側。フリルの一部が膨張しながら左右へ展開し巨大な翼へと変化した。羽ばたき一つで小柄な身体を危ぶみも無く天に持ち上げていく。
ほむらは心の中で手を伸ばしていた。自分達があれだけ準備しようやく成し遂げていた飛行を軽々しく行えるのはそれだけ魔法少女としての格が違い過ぎるからだ。
友が遠くへと行ってしまう。まだ戦いも終わっていないのに。目で見ているはずの、上空で舞う強風が……止まない雨が……放たれ続ける閃光が……『あの子』に通じる何もかもが、自分と同じ場所から離れ続けていく。認めない術はもう想像の中だけにしかない。心から離れた意味の無い手だけが、ただそこにあった。
天上で綴られていくのは御伽噺を超えた神話。それは、まだこの世界に生きた誰もが現実として見たことのない、魔法少女と魔女の物語。人の身が触れられるものでは無い。
数多の煌めきが――稲光が――氷結した水分が――爆発が――空をさながらステンドグラスと化し聖と魔の狭間で彩っていく。
『ほら。見えるだろ。大量の魔力で補えてはいるが、それを集約してこの世界に確かなものとして形にするのが決定的に欠けてしまっているんだ。言ってみるなら鹿目まどかという人間がした願いの弊害と言って良いかな。おそらくこの事実で結論を導けるのなら、魔法の効率性を
優先する行為を知り鍛錬したとしても、どうやっても会得出来ないはずだ』
「何を……言っているの……?」
気にも止めず話し続けるキュゥべえの説明がほむらの胸を騒がす。圧倒的な光景が意味を知ることでようやくおぼろげでもほむらの理解出来る次元まで下りてきたのだ。
最強の魔法少女の不意を透明になり突こうとした使い魔達は近寄っただけで看破の波動にその身を露見させられ自動で主を守る幾千の矢に阻まれる。
まどかが射る矢が魔女に接近するや恒星の輝きのような大爆発を起こした。焼け焦げていく敵の側面。防御の((要|かなめ))となっている新たな都市の残骸も一部は灰燼に帰した。
直接届かなくともダメージを与える方法はあると考えたのか。確かに見た目に影響は現れているようではあった。それはほむらからしても非効率ではないかと思える行為ではあったが。
『何か助けでもあれば話は違うだろうけど……魔女を滅しうる最大の力を持ちながら、この世界の状態はあのまどかでは介入と改変を仕切れないだろう。あのままいけば魔力の完全消費よりも早く、いずれは……』
戦いは早々に最終局面を迎えようとしていた。
込めた力を表すように巨大化した弓。
未だに残る結界に向け一際強風が吹き荒ぶ。魔女を核とし、空を埋める大量の((土塊|つちくれ))は歪な見え方をし始め、あたかも禍々しい霊峰を――あるいは星の命を吸い上げる巨木を――外界に示していく。
「そんな……」
矢が大気を割いて轟音を鳴らす。敵の口より噴き出された極彩色の火炎を四散させた。
分裂が起こったのは直後。今度は矢の真後ろに新たな矢が生じる。まるで一筋の光となって連なる百の攻撃が加速しほぼ同時に結界へと攻め入った。
穿つ全てを滅ぼし逸れたのなら後続が取って代わる。瘴気と混ざりながら威力を増していく再びの火炎攻撃と強風は魔法障壁で阻む。あらゆる破壊が溶けあい虚空を白く染めていく。
「そんな。契約までして、それが叶わないっていうの?」
『僕にそれを抗議されても困る。なぜなら――』
「まどかがそうしなかったからって言いたいの!? でも、でもあの子はみんなのことを考えて。それに、わたしに生きるって。そんなのあんまりじゃ――!?」
キュゥべえへの叫びは眩い輝きと共に出た爆音に掻き消された。ついに膨れ上がった双方の力が限界を迎えたのだ。
大爆発が収束し白から青へと変わる空にほむらは黒点を見付けた。
徐々に大きく――落ちてきてもいる。
「――ッ!!」
手が届くと思った頃には駆けていた。認識阻害の魔法を二人分準備。自分にだけ当たるようになった中空に漂う雨の残りに身を濡らしながら、ほむらは((膂力|りょりょく))の限り跳び落ちてきた"少女"を抱く。
何も意味は無い。少なくとも今こうしてもう一度遠くにいってしまった存在へと手が触れられるのはただそれが無力な自分と同等になっただけだからだ。
喜びなど何処にも無く……それでもやらねばならないことだった。受け止めた勢いで代わりに地面に背中を打ち付けることになろうとも些細なことでしかない。魔法少女が強靱だからというのはほむらにとって理屈にすらなっていなかった。たとえ庇ったところで少女の状態に一切関われなくとも。
「まどか……?」
呻き。腕の中のまどかは気絶しているようだった。怪我は見られるがどれも浅い。あれだけの爆発に巻き込まれてもこの傷の度合いは奇跡――否、強大な魔法少女が故だった。
「――!!」
安堵へは繋がらなかった。
今ならほむらがそう望めばまどかを連れどこか遠くへ逃げてしまうことも出来たかもしれない。過った考えに不意を突いてきたのは寝かせた少女から妙な魔力を感じたからだ。
まどかの胸元。輝くのはソウルジェム。濁りは濃いがぎりぎり危険域では無い。そこに何か魔法が施されていた。だが疑問に思うよりも先に視界からの情報が勝る。
ソウルジェムには大きな亀裂が生じていた。
「嗚呼……」
反射的にほむらは持っていたグリーフシードを全て使い浄化にあてる。
が瞬時に危険を孕む"魔女の卵"に比べソウルジェムは全く濁りに変化が見られない。まどかの総魔力量からすれば、今日までに勝ち得た全てを仮に使えても、ほむら達程度の魔法少女が一喜一憂する回復量はあまりに微々たるものだったからだ。
『――――――――』
そして、もう気付いてしまっていた。
笑い声が止んでいないことを。
消し飛んだ雨空の向こう。蒼天を背負って『ワルプルギスの夜』がいた。
全身に細かな罅。歯車の左半分が破壊し尽くされている。だとしてもそれは深刻なダメージとまではいってはいない。
世界が美しく光で照らされる。勝ち取ったはずなのに、だが最強の魔女はそれさえも我が物としているかのようにほむらには思えた。あたかも神々しい後光となって身を飾る。
あと一押し。それがほむらの持てる範疇ではないのは己が一番よく分かっていた。そして逃げたところで、強大な力を封じ込めているまどかのソウルジェムの破損を自己修復出来るほどこれ自体に力が残っているかどうか。あったとしてキュゥべえの言葉を信ずるなら……。
今生きている"この時間"が失敗なのはほむら達で結果を出せなかった時点から認めるしかない。
だとしても。まだこうしてほむらが此処にいるのは、折れそうになっている精神を鹿目まどかが救ってくれると否定しながらも心のどこかで縋り付きたかったからだ。
強大な『ワルプルギスの夜』でさえ滅びを迎える時はあるのだと。見限る時期を誤ったなりに、何も手に入らないならせめてと欲を抱きいつか己の努力もそこに繋がるのだと力になる夢を見たかった。まどかの勇姿にいつか至れるであろう姿を重ねたかったのだ。
だが目にしてきたのは――人を超え、それでも理解が及んでしまう程度の強さが、破れる様ではないか。
あの魔女を倒す役割は自身では無い。ほむらが最も認める訳にはいかない答えだった。なのに意地だとしても否と言うのを許さない材料だけがある。共に戦ってくれた仲間はおそらく"逝って"しまった。避難所は間も無く破壊される。暁美ほむらは、一人だった。
「……」
絶望はしない。"次"を知る者故のひどく乾いた徒労感だけがそこにある。
結界が修復されていく『ワルプルギスの夜』は見失った目標への興味などすでに殆ど失っているかのようだった。落下地点が竜巻でまばらに破壊されたのみで、再び移動を開始する。
ほむらの耳には、『ワルプルギスの夜』の笑いが、率いられていく使い魔達の声が、凱歌に聞こえた。
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四章七節 https://www.tinami.com/view/1023203 ← → https://www.tinami.com/view/1023201 四章五節 【あらすじ】 https://www.tinami.com/view/1023211 |
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