ラブライブ! 〜音ノ木坂の用務員さん〜 第16話
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「……ん……むぅ」

 

重い瞼を僅かに開く。

カーテンの隙間から薄明りが差し込んでくるのが見えるが、いつもに比べて大分暗い。

起きたばかりで気怠い体を動かし、枕元の目覚まし時計を手に取る。

 

「……まだ5時前か。どおりで暗いと思った」

 

それはいつもなら、まだ寝ている時間帯。

しかし今日は少しだけ、早起きしてしまったようだ。

 

「ふ、ふわぁ……ねむ」

 

外から聞こえてくる鳥たちの声を子守歌代わりにし、ベッドの中で寝返りを打つ。

同時に、体を覆っていたタオルケットがベッドの下にずり落ちた。

夜も蒸し暑く寝苦しい日が続く最近では、掛布団はタオルケットのみで十分。

日によっては、タオルケットすら邪魔で掛けない日もあるくらいだ。

どうやら昨夜はそこまで蒸し暑くなかったようで、寝汗もあまり感じない。

部屋の中もまだ太陽が出始めた時間帯だからか、熱がこもっていなくて丁度いい具合だ。

まだ眠気もあるし、もう少しだけ寝ていようかと目を瞑る。

いつもの起床時間を考えると、まだ1時間以上寝ていられる。

前の職場に勤めていた時は大分距離があり、交通機関の関係で今の時間帯には起きて出勤の準備を始めなければいけなかった。

だけど音ノ木坂に勤め始めてからは、徒歩でも30分程度で行けるから余裕をもって寝ていられるのがうれしいところだ

 

「……」

 

十秒……二十秒……三十秒……時計の針の音と共に、時間が少しずつ過ぎていく。

そして5分近く時間が過ぎた所で、俺はゆっくりと体を起こした。

 

「……眠れねぇ」

 

まだ眠気もあるし、もう少しだけ眠れると思ったのに一向に夢の中に旅立てなかった。

どうやら今日は二度寝ができない日らしい。

たまにあるのだ、こういう眠くても眠れない時というのは。

眠気は確かにあるのだけど、頭の芯の方では起きてる時のように妙に冴えてるような感じだ。

こういう時いくら待っても眠れないのは、これまでにも何度か経験してきた事である。

 

「しゃーない、起きるか」

 

無造作に頭を掻きながら大きな欠伸を漏らし、重い体を引きずりながらベッドを抜け出した。

 

 

 

 

 

少し時間が過ぎて、6時を過ぎるころ。

程良い温度のシャワーをゆっくりと浴びて目を覚まし、簡単に身支度を整えて早めに家を出た。

いつもの家を出る時間までテレビかネットでもしようか悩んだが、久しぶりに早めに起きたことだし、散歩がてら少し回り道でもして学校へ行こうと思い立ったのだ。

 

「ありがとうございました〜」

 

家から少し歩いたところにあるコンビニで、朝食用にパンとコーヒーを買う。

本当はおにぎりにでもしようかと思ったけど、早朝でパンとコーヒーをセットで買うと少し割引きになるらしく、それに惹かれて買ってしまった。

そこまで大した差があるわけでもないのだが、こういった割引きという言葉に弱いのはきっと日本人の性質、そういうことにしておこう。

脳裏に浮かんできたお米大好きっ子の花陽ちゃんが、「なぜそこでおにぎりにしないのですか!? お米は一日の力の源ですよ!」と叱咤してくるのに平謝りしつつ、パンの袋を開ける。

買ったのは比較的安かったサンドウィッチだ。

 

「むぐむぐ……んー、まぁ、こんなもんだよな」

 

何処のコンビニでも置いてあるような普通のBLTサンドで、特別美味しくも不味くもない、至って普通の味。

最後の一欠けらを口に入れてコーヒーで流し込み、これで俺の朝食は終了である。

いくらか腹は満たされたが、少しだけ味気ない朝食だったかもしれない。

 

「……でも、こういうのも悪くないよな」

 

食後のコーヒーをゆっくりと味わいながら、俺はしみじみとそう思う。

少ない朝食がではない。

なんというか、こうして早朝の街を歩きながら一杯のコーヒーを飲むというシチュエーションに、一種の憧れのようなものがあったりするのだ。

 

「これで周りに誰もいなくて、俺だけが道を独占して歩いてる状態だったらもっとよかったんだけどなぁ。あと季節は……うん、やっぱり冬だな」

 

空が薄明るく太陽がまだ顔を見せない時間帯に、まだ眠りにつく街並みを眺めながらゆっくりと歩く一人の男の姿を想像する。

そこは男以外には誰もいなくなってしまったかのような、静寂が支配する街だった。

街の中で見つけた唯一光を放つ自動販売機。

男は自動販売機の前で佇み、眠る街並みを見つめながら買った温かいコーヒーをゆっくりと飲み込む。

一息ついて吐き出された白い吐息が、街並みに溶けるようにして消えていく。

まるで自分までもが、この静寂の中に溶け込んしまうのではないかという錯覚を覚えながら、男は消えていく白い吐息越しに街並みを見つめていた。

そんな、まるでドラマのワンシーンのような情景が頭の中に映し出されていた。

何だかキザったらしいというか、ハードボイルド気取りというか、少し柄じゃないかもだけど、実際にそんな場面に俺が立つことが出来たら、さぞかし特別な気持ちに浸れることだろう。

俺は想像上の男と同じように、コーヒーを一口飲み込みながらこのリアルの街並みを眺める。

 

「……はぁ」

 

そして頭の中で描いていたものとは似ても似つかない街並みに、現実を見せつけられて少しだけ落胆するのだった。

周囲ではすでにシャッターを開けて開店準備をしている店もチラホラあり、車も人の通りも少なくはない。

6時過ぎればすでに活動している人はそこそこいて、7時ごろには車の通りも多い。

もしそんな特別な気持ちを少しでも味わいたければ、それこそ休日の朝の4時くらいから外に出てなければ到底叶わないだろう。

確かにそういうシチュエーションに憧れはあるが、正直そこまでして味わいたいかと聞かれれば微妙なところだった。

 

 

 

 

 

あてもなくフラフラと街を練り歩いていると、いつの間にか神田明神の近くまで来ていた。

神社の前には境内まで長く続く石段があり、それは男坂といって全部で68段もあるらしい。

それよりもっと長い石段なんて探せばいくらでもあるだろうけど、俺からしたら68段でも十分に長い。

上まで歩いて行くだけでも、ちょっと息切れしてしまいそうだ。

そして今現在、その石段を全力疾走で駆け上がっている少女達がいた。

少し遠目ながらも、それが誰なのか俺にはすぐに分かった。

何せ彼女達のその服装は、俺も普段からよく目にする服装だったから。

 

「……こんな朝早くから練習してるのか」

 

その見慣れた服装、練習着に身を包んでいるのはことりちゃん達、μ'sのメンバー。

普段の練習でもここらを利用する時があるのは知っていたけど、こんな朝っぱらからもやっていたのか。

流石に練習内容が運動部染みているだけある。

 

「あれ、直樹さん? どうも、おはようさんやね」

 

「あぁ、おはよう。希ちゃん」

 

近づいてきた俺に気付いて話し掛けてきたのは、皆のように練習着姿ではなく、白と赤の巫女装束を着た希ちゃんだった。

希ちゃんは竹箒を持って、石段周辺の掃除をしているらしい。

 

「皆、朝から頑張ってるんだな」

 

「次のライブのこともあるし、皆やる気が溢れてるみたい」

 

「そっか。希ちゃんは、巫女さんのバイトかな?」

 

「うん。うち、神田明神で巫女さんの見習いやってるんよ。本当は今朝は別の子が担当だったんだけど、急に都合が悪くなったって言われてね。その子の代わりに、うちが掃除を頼まれたってわけや」

 

「へぇ、朝早くから大変だねぇ」

 

「1年の頃からやってるから、もう慣れっこさんやね。それに、これはうちが好きでやってることだから、全然大変だなんて思ってないんよ」

 

そういってニコッと微笑む希ちゃん。

巫女服を着て竹箒を持ち、優しく微笑むその姿はまさしく“巫女さん”って感じだ。

3年生で他の子よりも少しだけ大人びた雰囲気があるからだろうか、言われなければ見習いとはとても思えないだろう。

メイド服を着たことりちゃんと同じように、巫女服を完璧に着こなしている感じだ。

 

「あ、直樹さんも来てたんだ! おっはよー!」

 

希ちゃんと談笑していると、朝っぱらだというのに清々しいほどに元気な声が聞こえてくる。

見ると小走りで石段を下りてくる穂乃果ちゃんに、その後ろをことりちゃんと花陽ちゃんがついてきている。

流石に全員で階段ダッシュをするのは狭いのか、2班か3班くらいに人数を分けて行っているようだ。

 

「おはよう、みんな」

 

「直樹お兄さん、おはよう。こんな時間にどうしたの?」

 

「お、おはようございます。練習を見学に来たんですか?」

 

「ははは、そうだったら顧問として面目が立つんだけどなぁ」

 

花陽ちゃんの疑問に、俺は苦笑いを浮かべて違うと否定する。

 

「今日はちょっとだけ、早めに起きちゃったからさ。折角だし、散歩しながら学校に行こうと思ってな」

 

「そうだったんだー」

 

「わかります。ありますよね、時々早めに起きちゃう日って」

 

「あるある。そういう時は二度寝に限るんだけど、なかなか寝付けない時もあるんだよねぇ」

 

まさしく今朝の俺と同じ状況。

穂乃果ちゃんにもそういう時はあるようで、しみじみと頷いている。

 

(……それにしても、みんな結構体力ついたよなぁ)

 

彼女たちと会話の傍ら、俺はふとそんなことを思った。

穂乃果ちゃんは元々活発な感じだったから何ら不思議でもなく、おっとりとした見た目とは裏腹にことりちゃんも意外と体力がある方なのだ。

この中で気になったのは花陽ちゃんである。

彼女は少し前まで部活をしてない女子高生と比べても体力がない部類で、μ'sの中ではにこちゃんと最下位争いをしているレベルだった。

それなのに今の彼女を見れば、大分汗もかき、息も少し乱れているのに、それでもまだまだ元気そうに見える。

多分まだまだμ's内では最下位争いをしている一人だろうけど、それでも着実に他の子達との距離を縮めているはずだ。

 

(それだけ真剣にやってるってことか。まだ皆と出会ってからそんなに経ってないのに、ほんと子供の成長ってのは早いなぁ……あれ、なんか今の俺、おっさんっぽいこと考えてた?)

 

まだ三十路にもなってないのに、自分の考えがおじさんっぽく思えて少しだけ悲しくなってきた。

若い子たちから見れば十分おじさんかもしれないけど、これでもまだまだ若いつもりなのだ。

 

「それじゃ、早起きしたついでに直樹さんも練習に参加していく?」

 

「……あー、いや、着替えも持ってきてないしなぁ。うん、俺は遠慮させてもらうよ」

 

皆は上の方にでも着替えを準備しているのだろうけど、俺は散歩がてらブラブラしながら学校に行くつもりだったから、着替えなんて持ってきてない。

一応学校に用務員の作業着は置いてあるけど、みんなと同じノリで朝練なんてしたら仕事の時がしんどいだろうなと思ったのが正直なところだった。

……若いつもり、というのはどこへ行ったのか。

 

「えー、残念」

 

「これが放課後だったら、まぜてもらってもよかったんだけどなぁ。そのまま帰って風呂入ればいいだけだし。まぁ、俺の分まで皆が頑張って練習してくれ」

 

「みなさーん! そろそろ次を始めますよー!」

 

「あ、はーい!」

 

上でストップウォッチを持っている海未ちゃんが、手を振りながら合図を送ってくる。

皆の息もすでに整っているようで、体を解しながら一列に並んで走る準備に入った。

このまま皆の練習を見てるのも悪くないけど、そろそろ学校に向かうには良い時間だな。

 

「それじゃ、俺はもう行くよ。皆、遅刻しないように程々にな」

 

「はい!」

 

「頑張ります!」

 

「直樹お兄さん、また学校でね」

 

「ほな、またね」

 

軽く手を振り俺は再び歩きだす。

それと同時に海未ちゃんのスタートの声がかかり、皆が一斉に階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

「……あのさぁ? 確かに遅刻はしてないけど、こんなギリギリになるように来なくてもいいんじゃないか?」

 

『す、すみませーん!』

 

校門で毎度のようにあいさつ運動をして丁度予鈴が鳴ったころ、息を切らせて走ってきたことりちゃん達に呆れ混じりに小言を漏らす。

練習に熱を入れるのはいいけど、遅刻しても立場上見過ごすことは出来ないのだ。

しかも俺は理事長である小鳩さんと親しく、住んでる場所も近いから学校外でも結構出くわすことは多い。

理事長としてだけでなく、一人の母親としてもことりちゃんを常日頃から気にしているから、会った時に話す内容としてはことりちゃん達のことで7割を占めている。

たとえるなら授業参観、もしくは家庭訪問で保護者と話す教師の心境といったところか。

昔からの付き合いとはいえ、理事長や保護者の立場としての小鳩さんと話すのは少し緊張するものだ。

 

「やっぱり、朝練にも顧問として参加した方がいいのかねぇ」

 

簡単に注意をして学校に送り出した彼女達の後ろ姿を見ながら、ちょっと真剣に考えるのだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

放課後、日も暮れて皆がすでに下校している時間帯。

校内を巡り戸締りの確認をしていると、2年生の教室にまだ明かりが灯っているのが見えた。

消し忘れか、それともまだ誰か残っているのか。

 

「……う〜ん…………う〜〜〜ん……」

 

「……あれ、ことりちゃん? 何を唸ってるんだ?」

 

覗いてみると、教室にはことりちゃんが残っていた。

なにやら机に向かい、頭を抱えてうんうん唸ってる。

 

「おーい、ことりちゃん。もう帰宅時間だぞ。居残りで勉強でもしてたのか?」

 

「え? ……あ、直樹お兄さん。ううん、勉強じゃないよ」

 

近付く俺に気付いて、ことりちゃんは顔を上げる。

顔に隠れていて気付かなかったけど、何かを描いている途中のようだ。

覗いてみるとメイド服を着たμ’sのメンバーたちが、可愛らしくデフォルメされた絵で描かれていた。

以前ことりちゃんたちの着ていたメイド服に似ているが、それぞれに合わせて色合いを変えたり、アクセサリーを付けたり、スカートの丈を短くしたりと、清楚さよりも可愛らしさを前面に出したデザインになっている。

 

「へぇ、うまいもんだな。それで、さっきは何をあんなに唸ってたんだ?」

 

「あ、見てたんだ。えへへ、なんか恥ずかしいなぁ……えっとね、私達って衣装は自分達で作ってるんだけど」

 

「うん、ことりちゃんがほとんど手掛けてるんだよな」

 

「とはいっても、皆にも色々とお手伝いしてもらってるんだよ? えーと、それでね。やっぱり衣装を一から作るのって、結構お金がかかって」

 

「……あぁ、そういう」

 

ことりちゃんが何に悩んでるのか理解できた。

要は作りたいものは決まっていても、それに必要なものを買うお金が足りていないということだろう。

 

「ただ衣装を作るだけだったら、今の予算でもなんとでもなるんだけど。やっぱり皆には、可愛い衣装を着てもらいたいから。それであれこれ考えてデザインしてたら……予算が全然足りませんでした」

 

ガックリと肩が落ちる。

ことりちゃんは可愛い物も好きだから、色々と凝ってしまうのだろう。

特に衣装のことになるといつも以上に情熱を発揮する所があるし、みんなの衣装を作るとなるとそれも殊更だろう。

 

「というか、そんなに足りないのか?」

 

「うん、全然足りないの。本当は肌触りのいい生地を使いたかったけど、そう言うのはやっぱり高いし。他にも可愛いひらひらのレースを入れたり……」

 

あれをしたいこれをしたいと、案が次々と上がっていく。

俺からしたらそこまでやるのかと思ってしまうほどに、だいぶ細かいところまでことりちゃんは考えているようだ。

 

「えっと、少しくらいだったら俺も融通するけど?」

 

「ううん。そう言ってくれるのはうれしいけど、でも大丈夫! その気持ちだけで十分うれしいです!」

 

「そう?」

 

「他の部だって、限られた部費でやりくりしてるから。私達も少ないけどお小遣いを出し合ってるし、それで直樹お兄さんにまで貰ったら、なんか狡いんじゃないかなぁって思うから」

 

「……うーん、そういうもんかな」

 

部によっては他より部費を多く振り分けられてるところもあるし、そういう面では平等ではないのだから多少はいいのではと思うのだが。

後援会やらOB、OG会といった、その部の活動をいろいろな面で応援してるところもあるし、アイドル研究部でも現状μ'sファンクラブで色々な手伝いはしているわけだし。

俺だったら、喜んで出してもらってるところだ。

お金関係だからだろうか、気にする人は気にするということだろう。

ことりちゃんの基準はよくわからないけど、とりあえずそういうものだと納得することにした。

 

「それにね、今回の衣装は一から作るとお金も時間も結構かかりそうで、私が働いてるお店の店長に相談してメイド服を貸してもらえることになったの。おかげで今回使うはずだったお金は、次の衣装製作に繰り越しになりました!」

 

「あ、そうだったんだ。てっきり、まだ衣装が仕上がってないのかと思ったよ。ということは、前に着てたあのメイド服がライブの衣装ってことになるんだな」

 

「うん。予算に余裕が出来るし、次こそはすっごくかわいい衣装を作って見せます! ……だからこれは、本当はこうしたかったなぁっていう、ことりのちょっとした未練のようなものなの」

 

「……そっか」

 

ちょっとした、そういうことりちゃんを見て、それで済む程度の未練とは思えなかった。

ことりちゃんが言ったように、今回使うはずだった予算は次の製作費に回せるから、次の衣装作りではことりちゃんの考えを十分に反映したものが作れるだろう。

しかし、やはりことりちゃんにとっては「それはそれ、これはこれ」というやつなのだ。

次のライブではこういう衣装にしたいという考えがあるように、今回のライブではこういう衣装にしたいという考えがことりちゃんの中にはあったのだから。

一着一着の衣装に想いを込めて、全力をかけて作る。

そんな職人魂ともいうべきものを、高校生の身でありながらも、すでにことりちゃんは持っているように思えた。

 

「それじゃ、俺は見回りに戻るよ。ことりちゃんも、あんまり遅くならないようにな?」

 

「はーい……あっ、もうこんな時間だったんだ」

 

どうやら集中しすぎて気づかなかったらしい。

窓の外を見て、次に教室にある時計を見て、今の時間に少し驚いている。

時間を忘れて考えこんでしまうほど、今回の衣装作りへの未練が強かったということだろう。

次の衣装作りの時こそ、ことりちゃんの望み通りの衣装が作れることを心から願うばかりだ。

 

 

 

 

 

「……あれ、絵里ちゃん?」

 

「え? あ、直樹さん」

 

二年生の教室から出てしばらく歩いていると、生徒会室から出てきた絵里ちゃんと鉢合わせした。

 

「まだ残ってたんだな」

 

「はい。少し個人的に気になるところがあって、それを調べていたらこんな時間まで。本当はすぐに終わらせるはずで、希には先に帰ってもらっていたんですけど……」

 

つい時間を忘れて、と苦笑いを浮かべながら言う。

 

「あ、あはは。絵里ちゃんもか」

 

どうやらこの子達は、揃いも揃って熱中しやすい性質のようだ。

俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

そんな俺を見て、絵里ちゃんが小さく首を傾げる。

 

「私も?」

 

「あぁ、さっきことりちゃんも似たような理由で残っててね」

 

さっきのことりちゃんとのことを軽く説明する。

 

「……そうですか。衣装作りはことりに任せてばかりだから、やっぱり負担を強いてるわよね」

 

「いやぁ、本人は別に気にしてないと思うけど……まぁ、とにかくあれだ。生徒会と掛け持ちもしてて色々と大変かもしれないけど、無理しない程度に頑張ってな。

これ、他の皆にも言っておいてよ。どうにもμ'sのメンバーは、時間が過ぎるのも忘れて頑張ろうとする子が多いみたいだからな」

 

「……耳の痛い話しですね。えぇ、しっかりと伝えておきます。ですので、私が遅くまで残っていたことは、どうか御内密に」

 

「あぁ、2人だけの秘密だな」

 

口元に人差し指を当てて、絵里ちゃんが困ったように微笑む。

その話をする本人がこんな時間まで残っていたことが知られれば、説得力も何もあったものではないからな。

生徒会長という役職故か、3年生故か、絵里ちゃんの言葉は中々に身が引き締まるものがある。

そんな彼女からしっかりと注意を促してくれるのなら、このくらいの秘密なんて安いものだ。

 

「それではもう遅いですし、私はこれで失礼します」

 

「あぁ、お疲れさま。大丈夫だと思うけど、外もそこそこ暗くなってきてるし、気を付けて帰るんだぞ?」

 

「はい。それでは、さようなら」

 

そう言って軽く頭を下げると、絵里ちゃんは昇降口の方へ向かっていった。

 

「さてと、俺も見回りを続けるとするか……流石に、もう誰も残ってないよな?」

 

あと少しで7時になりそうな時間。

もうどこの部活も片付けを終えて帰宅している時間帯だし、もう残って練習している人はいないとは思うけど。

とはいえ、さっきμ'sメンバーの2人に会ってしまったことを考えると、3人目のμ’sメンバーがまだどこかにいるのではとも思えてしまう。

 

「……いるとすると屋上か、はたまた部室か」

 

俺は少し早足で見回り作業を行いつつ、いないことを祈りながら彼女達がいつもいる場所を目指して歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「……嫌な予感ってのは、結構当たるもんなんだな」

 

見回りで屋上にいくと、なんとドンピシャだった。

まだ練習したりないからと体を動かしていた穂乃果ちゃんを見つけ、俺を呆れさせることとなった。

もちろん時間も時間でこれ以上練習なんて続けさせることは出来ないから、もう少し続けたそうにしていた穂乃果ちゃんを半ば強引に帰宅させた

しぶしぶ校門に向かうその背中を見つめながら、二度あることは三度あるという諺は本当なんだなと思った。

 

 

 

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(あとがき)

実際、μ'sの衣装って結構お金かかってそう(小並感

あれを他の子達の手を借りてるからって、練習の傍らでライブごとに異なる衣装を9人分作り、質も落とさないのだから、ことりちゃんマジ職人

 

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