ガールズ&パンツァー〜三者三様の生き方〜 3
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〜初めての親友〜

 

 

私の名前は秋山優花里。

周りより“ちょっとだけ”戦車が好きなくらいしか取り柄のない、どこにでもいる普通の女子高生です。

そしてこれは少し言いにくいことですが、高校に上がるまでは友達が一人もいないようなボッチでもありました……そう、“高校に上がるまでは”なのです!

ここ、大洗女子学園に入学して、きっと今までのように誰も友達のいない3年間を過ごすことになるんだろうなと寂しさ交じりの諦観を抱いていた私に、初めて友達と言える人が出来てしまいました!

彼女の名前は柊京子殿。

腰まで届くかという長い黒髪を左右に分けてリボンで結んだ、ちょっと釣り目なところがチャームポイントという、少し前に漫画で見たようなツンデレヒロインを彷彿とさせる可愛らしい女の子です。

実際話してみて本当にツンデレというわけではありませんでしたが、はきはきとしていて誰でも分け隔てなく接する明るい方で、地味目な私とは大違いです。

私たちの出会いは、入学して数日後の昼休み時間。

すでに周りで仲良しグループが出来ている中、一人で月間戦車道を読んでいた時のことです。

 

「へーい、そこの彼女。なに読んでるの?」

 

「……へ? わ、わわっ、私ですか!?」

 

近くで聞こえてきた声に顔を上げてみると、なんと京子殿が私に話しかけてくれていたのです。

まるで街中でナンパをする男のような軽い口調に少し戸惑ってしまいましたが、それ以上に私なんかに声をかけてくる人がいるなんて思わずアワアワしてしまい、みっともない所を見せてしまいました。

そのことに恥ずかしくなって縮こまってしまう私に、京子殿は小さくクスッと笑みを零すだけ。

それは私を馬鹿にする類のものではなく、友達が変なことを言った時に可笑しそうに笑う類のものに感じました。

……いや、友達とかいたことないのでイメージでしかないのですが。

 

「ははは、面白い反応だねぇ。えっと、秋山優花里さんだよね? 私、柊京子っていうの。それで、あなたが今読んでるのって……もしかして月間戦車道?」

 

「っ!? は、はい! もしかして、柊殿も戦車がお好きなんですか!?」

 

表紙も見ず今読んでいる雑誌のタイトルを当てた京子殿に、私は胸が弾んだのを今でも覚えています。

同年代で戦車が好きな人なんて、これまで会ったことがありませんでしたから。

戦車なんて野蛮だ、戦車なんて古臭い、鉄と油の不快な臭いが鼻について近付きたくもない等々、私の周りではそんな人達ばかり。

きっと高校で出会う人たちも同じだろう、そう思っていた所でこれです。

やっと私も友達と戦車トークが出来る! そう思ったら、浮かれずにはいられませんでした。

 

「おぉ、柊殿かぁ。実際に言われると、ちょっと変な気分……あ、私は別にそこまで好きってわけじゃないんだけど。ちょっと前に本屋で似たようなのを見たことあったから、それでね」

 

「そ、そうでありましたか……」

 

上げて落とすとはなんという策士でしょう、私には効果抜群です。

私が勝手に勘違いしただけではありますが、これには少しばかりがっかりしてしまいました。

 

「……んー、でも興味はあるかな? この大洗にも昔は戦車道があったって、おばあちゃんが言ってたしね。あ、そうだ! せっかくだし、一緒に探検してみない? もしかしたら、どこかに昔の戦車道の名残が見つかるかもしれないし」

 

「こ、この大洗に戦車道が!? はいっ! ぜひ一緒に探させてください、柊殿!」

 

「ふふ、私のことは名前で呼んでいいわよ。せっかくクラスメイトになれたんだし、仲良くしたいもんね。私も優花里ちゃん……ううん、ゆかりんって呼ばせてもらってもいい?」

 

「ッ!? ゆ、ゆか、ゆかりん!? そ、それはもしや、あの伝説の渾名というものでは!?」

 

「で、伝説?」

 

あぁ、京子殿はやはり策士であります。

落ち込ませておいて、その後に渾名で呼ぶという搦め手でくるとは。

こんなの、これまでぼっちだった私に大ダメージ必至です、私特攻です。

京子殿にとっては何気ないやり取りだったのかもしれませんが、この短いやり取りの中ですでに私にとって京子殿は掛け替えのない親友にランクアップしてしまいました。

自分のちょろさに呆れつつ、そんな事どうでもいいくらいに幸福を感じています。

もはやこれ以上舞い上がれないくらいに舞い上がり、今ならあの恥ずかしいあんこう踊りだって満面の笑顔で踊れることでしょう。

 

「そ、それでは! ごほんっ……きょ、京子殿っ!」

 

「……あ、あはは、やっぱり殿はつけるんだ。まぁ、よろしくね。ゆかりん」

 

これが私と柊京子殿が初めて出会い親友となった、忘れられない思い出の場面です。

 

 

 

 

 

最近、京子殿がどこかおかしい。

授業中でも、私と話している時であっても、どこか上の空で何か考え込んでいる様子。

たしか今月の月間戦車道を、穴が開くほどにガン見していたあの時からだったでしょうか。

話を聞こうにも、京子殿は曖昧に笑顔を浮かべて何でもないと言うだけ。

あの様子を見るに、何でもないことはないと思うのですが……。

心配です、なにか私に出来ることがあればいいのですが。

 

それから京子殿は、より一層戦車に、というより戦車道のことを熱心に調べるようになりました。

親友がもっともっと自分と同じ趣味に関心をもってくれるのは、私としてもこの上なくうれしい限りなのですが、いささか鬼気迫るものを京子殿から感じるのは気のせいでしょうか。

図書館で借りたり、書店で購入した様々な資料を京子殿と一緒に見ている時、ふと京子殿の横顔を見ると、とても真剣な表情をしていました。

つり目な人が真剣な表情をしていると、普段以上にかっこよく見えてしまうものですね……同性でありながらも、思わず少しだけドキッとしてしまうほどに。

しかしよく見ると、その横顔は好きなものをもっと知りたい、もっと身近に感じたい時に見せるような、楽しそうな感情はあまり感じられませんでした。

私自身自覚はなかったのですが、私が戦車関係のコレクションを手にして眺めている時、本当に好きなんだなということが簡単にわかるくらい楽しそうにしていると、そんな私を見ていたらしい母や父が言っていました。

そのことを思い出してじっと見てみると、京子殿の横顔はなんというか……そう、何かに追い詰められているような必死さを感じる気がします。

一体その心の内に何を秘めているのか気になって聞いてみても、京子殿からは以前聞いた時と同じようになんでもないと、曖昧に笑顔を浮かべるのみ。

それは私では解決できないと言われているようで、親友としてとても口惜しい限りです。

いつか京子殿が何でも気軽に相談してくれるような、頼れる秋山優花里となれるようにもっともっと精進しなければ!

 

 

 

 

 

年が明けて私達も、もう2年生。

楽しい時間は過ぎるのがあっという間というのは本当らしく、この1年は本当にあっという間でした。

引っ込み思案な性格は改善したとはいえませんが、京子殿以外にもクラスのみんなとは普通に話せる程度の仲にはなれたと思います。

これは結構な躍進ではないでしょうか? えぇ、そうに違いありません!

中でも武部沙織殿と五十鈴華殿のお二人はとても気のいい方達で、京子殿を除けばクラスで最も話すことの多い方達です。

武部殿などは京子殿を真似てか、私のことをゆかりんなどと気軽に呼んでくれるようにまで……こ、これはもはや京子殿と同じくらいの仲、友達、いや親友と呼べる域にまで来ているのでは!?

そう心の中で感情が爆発しそうになるのを、私は必死に抑えました。

変な勘違いをして馴れ馴れしい奴と思われたりするのは、私としても嫌ですから。

そんな話を京子殿にしていたら、苦笑いされてしまいました。

 

「あの二人はそんな人達じゃないから、もっと積極的に行っても大丈夫よ」

 

と背中を押してくれます。

その言葉だけでとても勇気づけられる私は、やはりちょろい女なのでしょう。

京子殿に背中を押してもらってから、今までの自分では信じられないくらい積極的に話しかけていくようになりました。

それから何日かした、ある日の事です。

 

「武部殿、五十鈴殿! わ、私と……友達になってください!」

 

そう口にしていました。

流石に急過ぎたでしょうか? もしかして引かれてしまったでしょうか? そう思ってオロオロする私とは裏腹に、お二人は心底不思議そうな顔で首を傾げます。

 

「え? 私達、もう友達だよね?」

 

「えぇ、私も以前からそう思っていましたが」

 

お二人の言葉に呆気にとられ、信じられない気持ちの私は京子殿の方を振り向きます。

京子殿が優しい笑みを浮かべて頷いているのを見て、ようやくこれが本当なんだと理解できました。

感動のあまり泣いてしまい、あまつさえ友達となってくれたお二人を困惑させてしまったのは、この秋山優花里、一生の不覚です。

それにしても、あぁ、やはり京子殿は本当に素敵な方です。

彼女のおかげで私は一歩踏み出す勇気を貰い、そして友達が出来ました。

この御恩、いつか絶対にお返しして見せます。

……だから、ほんの少しでもいいです。

ほんの少しでもいいから私を頼ってください、どうか私にあなたの悩みを話してください。

まだまだ頼りない私ですが、それでも少しでも京子殿の役に立たたせてください。

 

 

 

 

 

な、なんということでしょう! 

2年生になって今年はどんな1年になるのかと、期待を胸にしながら必須科目のオリエンテーションを受けたところ、なんと我らが大洗にかつて盛んに行われていた戦車道が復活することになったそうです!

ここまで嬉しいことは、京子殿達という掛け替えのない親友を得た時以来でしょう。

選択科目の用紙を貰いましたが、私は迷いなく戦車道の欄に〇をつけました。

数年後に日本で戦車道の世界大会が行われるらしく、文部科学省から戦車道に力を入れるよう各学校に要請があったそうで、戦車道を受講すると様々な特典があると言われたこともあるのか、受講しようという生徒は結構多いみたいです。

食堂で京子殿、武部殿、五十鈴殿と一緒に昼食をとっている時、周りでは戦車道の話題で持ちきりでした。

今まで大洗では戦車道のせの字も聞かなかったというのに、この変わりようには少し呆れる気持ちも沸いてきます。

しかしどんな切っ掛けであれ、戦車に興味を持ってくれる方が増えるのであれば悪いことでもないでしょう。

ちなみに京子殿はもちろんですが、武部殿と五十鈴殿も戦車道を受講することに決めたそうです。

武部殿はなにやら、戦車道を受講すれば異性からモテモテになれるからという動機でしたが……ま、まぁ、何であれ! 戦車に興味を持っていただけるのであれば大歓迎です!

仲良くなれた皆さんと一緒に、大好きな戦車を思う存分楽しむことが出来ることを考えると、今からワクワクが止まりません。

戦車道が始まる当日が楽しみです!

 

 

 

 

 

戦車道が始まった当日、私達が最初にしたことは……新しい戦車探しでした。

まさか戦車道の授業をするというのに、戦車が格納庫に1輌しかないとは思いもしませんでした。

しかも大分使っていないらしく、装甲が錆びだらけの状態です。

確かに戦車は1輌購入するだけでも結構な値段はしますが、昔に比べて今は特殊カーボン技術の発達により破格の値段で購入出来るようになっています。

それに戦車道を始めるということは、大洗も戦車道連盟の加盟校に加わるということで、その場合だと割引されてさらに安くなるはず。

なのに安いものでも新品を買えないとは、そこまで大洗は貧乏だったのでしょうか。

ちなみに現在ある戦車は、戦車に詳しい私と京子殿が一緒に確認した限り、保存状態はそこまで悪くないため整備すれば問題なく動くはずです。

その戦車は“W号戦車D型”。

かつての世界大戦で続々と新型戦車が登場する中、最後まで主力戦車として活躍し、ドイツで最も生産されていた中戦車です。

現状では砲身が短くいささか砲力は不足しますが、購入の目途がたち長砲身を搭載することが出来れば、大会の上位校の戦車とだって引けは取らないでしょう。

もちろん今のままでも、乗組員の腕次第では十分やり合える力はありますが。

とはいえ大会に出るにしろ出ないにしろ、やはり1輌だけというのは集まったメンバーに対してあまりにも少なすぎる。

そのため生徒会の方々は、かつて大洗でも戦車道をやっていた名残で、どこかに戦車が残っているのではないかと考えているようです。

後日、外部から特別講師が来て本格的に練習が開始される前に、集まった全員で学校の周辺をくまなく捜索するという話になりました。

在るか無いかもわからない戦車に期待するなど、なんとも無計画で先行きが不安になる話です。

 

そんなこんなで、私達のあてのない戦車探しの旅が始ま……らないのですね、これが!

あてのないと言いましたが、あてどころかどこに戦車があるかなんて、とっくに確認済みなのですから!

実を言うと格納庫にあるW号の存在も、車体の状態も前もってすでに知っていましたし。

いやぁ、まさか大洗に入学した当初に京子殿とやっていた戦車探しが、こんなところで活きるとは思いもしませんでした。

今までに発見した戦車の場所、戦車の名前を得意げに生徒会の皆様に報告し、感心したような目で見られ「お手柄だねぇ!」と角谷殿に褒められた時など、うれしくてニヤニヤが止まりませんでした。

まぁ、ほとんど京子殿のお手柄なのですが。

最初は戦車探しというのは建前で、初めて出来た親友である京子殿とお出かけのつもりだったのですが、京子殿が行ってみようと指定したポイントの近くで探したら戦車が出るわ出るわ。

まさか池にまで沈んでいる戦車があるとは思わず、開いた口が塞がりませんでした。

まったく、戦車道を嗜むものならば、もっと戦車を大事にしてほしいものです。

いったい何を考えて当時の方達はこんなところに戦車を放置したのかと、小一時間問い詰めたいくらい憤りが湧いてきます。

まぁ、いろんな戦車を見つけることが出来て、その時の私はもう興奮のし通しでしたけど。

本当は事前に調べて知っていたのかとも思いましたが、京子殿は「ただの勘だよ」と笑っていました。

ただの勘でそこまで言い当てられるとは、どんな強運の星の下に生まれればそうなるのでしょう。

私もあやかりたい限りです。

 

それから自動車部の手を借りて戦車を回収し、各戦車に誰が乗るかを決めて、練習が始まるまでに自分たちで洗車することになりました。

格納庫前に並べられている戦車はW号の他に38(t)戦車、八九式中戦車、V号突撃砲、M3中戦車リーの計5輌。

他にもいくつか戦車は見つけていますが、今いるメンバー的にこれだけで十分ということで、他の戦車は後回しです。

いささか決定打に欠ける戦車ばかりで、出来ればポルシェティーガーも導入してほしいところでしたが、回収時にちょっとしたトラブルもあって整備の問題と取り扱いが難しいことから、今は自動車部の皆様の手に委ねている状況です。

ポルシェティーガーは見つけた中で唯一の重戦車にして、最も火力のある戦車です。

いつか練習に参加出来るようになったら少しだけ乗せてもらって、そのエンジン音を、その砲撃音を十分に堪能したいですね。

ちなみに私のメンバーは京子殿、五十鈴殿、武部殿の4人でW号に乗ることになりました。

一人が一つの役割に集中するためには、本当はもう一人いてほしいところでしたが、他のところでもすでにメンバー分けが済んでしまったようで、私達はこの4人で決定です。

仲の良いメンバーで固まれたので、これはこれで良かったのかもしれません。

このW号で私達の輝かしい戦車道生活が送れることを考えると、今からもう胸がドキドキしてきます。

……そんな私とは違い、京子殿はどこか緊張した面持ちでした。

 

 

 

 

 

そしてとうとう特別講師、蝶野亜美教官がやってきた最初の戦車道の授業の日。

まず私達がすることになったのは……校内練習試合でした。

乗り方の説明や注意でもなく。

教えてもらう立場でなんですが、私達が初心者の集まりだということを本当に理解されているのでしょうか?

 

「大丈夫よ、何事も実践実践! 戦車なんてバァーッと動かして、ダァーッと操作して、バーンと撃てばいいんだから!」

 

というのが、教官のお言葉です。

登場の仕方もそうでしたが、中々にアバウトかつ豪快な方のようです。

まぁ、習うより慣れよとも言いますし、こういうやり方も時には有効なのでしょう……たぶん。

教官の指示により格納庫から戦車を発進させ、私達の指定されたポイントへたどり着きました。

それにしても戦車を起動させた時、その体全体に響く大きなエンジン音に興奮して、少しハイになってしまったのは不覚でした。

京子殿の前では何度かしてしまったこの醜態、皆さんの前では初のお披露目です。

武部殿など、少し引いているようにも見えました。

今後は要注意です。

 

「よーし! それじゃあ、みんな頑張ろうね! 目指せ一番!」

 

「はいっ!」

 

「頑張りましょう!」

 

「……うん」

 

全車が指定ポイントに辿り着くのを待ちながら開始を今か今かと待っていると、車長となった武部殿がいつものように元気な声で私達へ声をかけてくれました。

なおそれぞれの役割は私が砲手、京子殿が装填手、五十鈴殿が操縦手、そして武部殿が車長です。

通信手の役割もありますが、乗組員が足りない場合は他と兼任することもありますし、とりあえず今回は京子殿が兼任するということになりました。

戦車が好きとはいえ実際に中に入り砲を撃つなど初めての経験、武部殿の激励に大きく返事して自分を奮い立たせようとしましたが、やはり緊張してしまいます。

 

「もうそろそろ始まりますね、京子殿」

 

「……うん、そうだね」

 

緊張を紛らわそうと、京子殿に話しかけます。

すると返ってきたのは、いつもよりも元気のない小さい声でした。

それは開始までエンジンを止めている今でさえ、下手すれば聞き逃してしまいそうなほどの小ささです。

よく見るとどこか浮かない表情にも見えますが、これは車内で暗いからそう見えるわけではないでしょう。

私達の会話で京子殿の様子が気になったのか、五十鈴殿や武部殿も心配そうな表情でこちらに顔を向けてきます。

 

「やはり緊張されているのですね」

 

「え? あー……まぁ、ね。実際に戦車戦するのは初めてだし。それに手袋してるとはいえ、いざって時に手を滑らせて落としたらって思うとねぇ」

 

「もー、緊張なんてらしくないよ! ていうか最初なんだから、失敗なんて当たり前だって! マイペースにいつも通りで行こうよ、京子!」

 

「その通りです! あ、でも、手を滑らせて足に落としたら危ないですし、遅くてもいいので確実に装填するように心がけてください。私も、なるべく一発で撃破できるように頑張ります!」

 

「わたくしも戦車の操縦なんて初めてですが、一生懸命頑張ります。なので京子さんも、あまり気負わずに一緒に頑張りましょう」

 

「……ん、そうね。ありがと、みんな」

 

私達の励ましで元気を出してくれたのか、少し顔色がよくなった気がします。

そして京子殿は何度も深呼吸をして、心を落ち着かせようとしているようです。

まだ緊張はほぐれてないようですが、多少の緊張は良いものと言いますし、きっと大丈夫でしょう。

 

『―――ジジッ―――みんな、スタート位置についたようね。それじゃあ、ルールを説明するわよ』

 

他の皆さんも指定されたポイントについたようで、無線から教官の声が聞こえてきました。

今回の練習試合のルールは、周り全てが敵のバトルロワイヤル形式のようです。

つまり最後に残ったもの、ただ一チームが勝利を手にするということ。

個人戦もないわけではないですが、大会で採用されているのはチームによる殲滅戦かフラッグ戦ですから少し珍しいですね。

 

『……戦車道は礼に始まり礼に終わるの。一同、礼ッ!』

 

「「「「おねがいします!」」」」

 

どこか大雑把で適当なイメージを抱いていたのですが、いざ始まるとその雰囲気が一転します。

静かではありましたが、凛としてそれでいて力強い教官の声に、これぞまさしく歴戦の戦車乗りという風格を感じました。

そしてそれを感じ取ったのは、私だけではなかったのでしょう。

教官の声に全員が背筋をピンと伸ばし、声をそろえて礼をしました。

五十鈴殿が再びエンジンを起動します。

それと同時に車内に盛大に響く、エンジン音と振動。

これによりさっきまでの緊張が嘘のように興奮してしまい、胸がドキドキしています。

こうして私達の初めての戦車戦が幕を開けました。

 

 

 

〜転生者達の邂逅〜

 

 

 

「来客なんて滅多に来ないから、紙コップで悪いな。あー、コーヒーで大丈夫だったか? さっき飲もうと思って、丁度淹れてたからさ」

 

「こっちこそ突然お邪魔したのに悪いねぇ。おかまいなくー」

 

「そっかー。じゃぁ、ミルクと砂糖も付けとくから、好きに入れて飲んでくれ」

 

来客をリビングに通してソファーに座らせ、人数分のコーヒーを淹れてふるまう。

彼女に言ったように元々うちに来客なんて滅多に来ない、来たとしてもリビングまで通すような来客は一人もいなかったから、うちには実家にいた時から使っている自分用の大きめのマグカップが1つしかない。

お茶、コーヒー、紅茶、他に酒だって色々飲みはするけど、その1つでやりくりしている。

流石に自分でも少ないかとは思うが、実際それでやっていけてるんだから別にいいかと思っていたのだ。

だから今回初めての来客らしい来客である彼女達へ出す飲み物の入れ物は、以前個人的に花見に行った時に買った安物の紙コップという有り様だ。

別段味が変わるわけでもないし、折角の来客に飲み物も出せない事態にならずに済んだため、これはこれで良しとしておこう。

……多分次なんてないだろうけど、今度どこかで来客用に2、3人分くらいはカップを買っておこう。

 

「よいしょっと。にしても、まさか直接礼を言いに来るとは思わなかったよ。俺としてはこんなの無くても気にしないし、なんなら手紙でもよかったんだけどな」

 

彼女達から貰ったサツマイモの菓子を茶請けとして出しながら、俺も彼女達の対面に座る。

唐突にやって来た来客は2人、どちらもさっきまで見ていた大洗のホームページに出てくる制服を着ていた。

1人は大洗女子学園の現生徒会会長、角谷杏ちゃん。

最初は初対面だからか敬語を使って話していたのだが、俺が話しやすい人間と思ったのか途中から結構気安い感じで話してくるようになった。

それが鼻につくことなく親しみを感じてしまうのは、俺がガルパンファンだからだろうか。

 

「いやぁ、丁度寄港する予定だったからね。せっかく大洗に来たわけだし、どうせなら直接お礼言いたいじゃない? 西泉さんには、結構な額を支援してもらったんだからさ」

 

「結構な、とは言ってもなぁ。戦車道やってる人からしたら、そこまで大金ってわけでもないだろ?」

 

戦車道などというものがあるからか、この世界では結構安価で戦車を買うことが出来たりする。

物によっては高級車並の値段を覚悟しないといけないのもあるが、戦車道連盟に所属していれば補助金も出るし、所属してなくても学生なら学割がきくから、前の世界的に考えても十分手頃な値段で手に入れることが出来るのだ。

というか自家用車として戦車を個人所有してる人もいるし、田舎だと荷運びや畑仕事等で軽戦車を使ってるところもある。

このガルパンの世界では、戦車が割と身近な存在となっているのだ。

俺が出したのは確かに普通の高校生からすれば大金かもしれないけど、戦車道をやってる人からすればそこまででもない、そんな額を出したつもりだった。

 

「だからって個人で簡単に出せる額じゃなかったと私は思うけどねぇ。この部屋見ても、結構いいところに住んでるみたいだし。

いやぁ、若そうに見えるのにがっぽり稼いでるんだねぇ、あやかりたい限りだよ。西泉さんって、どんな仕事してるの?」

 

「そんな大層な仕事じゃないさ。ただの物書き……って言えば少し恰好がつくかもしれないけど。まぁ、俺はどこにでもいる、ただの同人作家だよ」

 

「同人作家? ……へぇ、あれかな? えっちぃのとか描いてる感じ?」

 

ニヤッと悪戯な笑みを浮かべて、杏ちゃんは恥ずかし気もなく聞いてくる。

女子高生って、初対面の男相手でもここまで物怖じせず聞けるものなんだろうか?

いや、この子だからかな。

そんな杏ちゃんに、苦笑いを浮かべながら答える。

 

「は、ははは、まぁ、そういうのも描く時もあるけど。別に同人作家の皆が皆、成人向けばかり描いてるわけじゃないからな? 普通に一般向けのだって描くし、俺なんてむしろ割合的にはそっちの方が多いくらいだ」

 

「またまたぁ、別に恥ずかしがらなくてもいいのに」

 

「いやいや、本当だって。なんならサークル名教えるから、時間がある時にでも調べてみればいいよ」

 

同人作家はエロい物ばかり描いているとでも思っているのか、それともただの冗談なのか、杏ちゃんの表情からは読み取れない。

とはいえ本気でそう思われてるのなら、そこは1人の同人作家として訂正しておかなければならないと、変な義務感が湧いていた。

昨今では一般の人達からしたら、同人誌=エロ本的な認識が強いのかもしれない。

実際コミケとかではR指定の本も数多く出されているのは否定しないけど、それ以外の健全な本だってたくさんあるのだ。

同人誌には面白い本がたくさんあるというのに、エロ本ばかりだと思われて忌避されたり、感心を持たれないのでは悲しいではないか。

だから杏ちゃんには、ネットに作ったサイトの名前を教えておいた。

そこで作品を見てもらい、少しでも興味を持ってもらえたら万々歳だ。

 

「……ところで、えっと……そっちの子は?」

 

さっきから俺の方をジーッと、まるで睨むように眉間に皺を寄せて見てくる少女を指差して杏ちゃんに聞く。

その少女は原作とかでは見覚えのない子だった。

杏ちゃんと同じ大洗の制服を着ているから、大洗の生徒ということはわかるけど、本当にそれだけ。

 

「あぁっと、紹介がまだだったね。こっちの子は柊京子ちゃん。うちの学校の2年生で、大洗戦車道の隊長をやってもらってるんだ」

 

「……大洗の、隊長?」

 

杏ちゃんの紹介に俺は軽く目を見開き、柊ちゃんの方を見る。

その子は腰まで届くかもしれないという黒髪を左右後ろ寄りにツインテールにした、少し釣り目の女の子。

少しツンデレっぽい雰囲気、それに苗字も相まって、何となくらき☆すたの柊かがみを彷彿とさせられた。

 

「……」

 

「……?」

 

目を向けた瞬間から、俺達は無言で見つめ合ったままとなった。

もちろんそこには、ラブな感じの桃色の雰囲気は一切ない。

さっきから睨んでばかりで口を開かない柊ちゃんだが、その目はなんとなくだけど俺のことを探っているようにも見えた。

 

(何処かで会ったことあったっけ? そんでその時に、何か恨みを買うようなことを仕出かしたとか?)

 

そう思って過去を振り返ってみるが、やはり柊ちゃんに見覚えが全く無い。

最近のことならそう簡単に忘れないだろうし、昔としても5歳くらい年下の女の子に睨まれるようなことをしたら流石に覚えてるだろう。

そうなると、今日の初対面で嫌悪感を抱かれたという線が濃厚だろうか。

 

(なんか対応間違えたか? 別に意識して丁寧にしようってつもりはなかったけど、そこまで気分を悪くするような事してないと思うんだけど。てことは、外見か? いや、でもなぁ)

 

自分評価ではあるが西住の血筋のおかげか、外見レベルは周囲に比べても決して劣っていないと自負している。

それこそフツメンだった前世と比べたら、間違いなくイケメンと言える部類のはずだ。

とはいえ周りも顔立ちが整ってる人が多かったし、多分この世界基準だと平均よりちょっと上くらいなレベルだと思うけど。

 

(……ん、前世? ……あー、もしかして“そう言う事”か?)

 

「……ッ!」

 

色々考えた後、少しティンと来るものがあり口の端が僅かばかり持ち上がる。

それに反応したのか、俺を見ていた柊ちゃんの体がビクッと一瞬こわばったように見えた。

わかりやすいなぁと、思わず苦笑い。

 

「えーと。改めて、初めまして柊ちゃん。2年生になったばかりなのに、隊長なんて大変だねぇ。しかも戦車道は復活したばかりで、やることなすこと手探りときたもんだ」

 

「……えぇ、まぁ」

 

なるべく軽い口調で言う俺と違い、柊ちゃんの口調はその表情の通り少し固め。

えらく警戒されてるものだ。

 

「まぁ、隊長だからって、あんまり気負わないようにな。確か、明日は聖グロとの練習試合があるんだろ? 相手は強豪校だけど、ぜひ頑張ってくれよ。俺も応援に行くつもりだからさ」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

柊ちゃんの変わらない反応にどうしたもんかと悩みながらも、俺は在り来たりだけど応援の言葉を送るだけにしておいた。

初対面なのだし、まぁ、こんなものだろう。

 

「……ふぅ。ご馳走様っと」

 

そんなやり取りをしているうちに、杏ちゃんはコーヒーを飲み干していた。

ついでに杏ちゃんに出した芋菓子も、全部無くなっていた。

中々にマイペースな子だ。

 

「それじゃ、お礼も言ったし長居するのもあれだから、そろそろお暇しよっか。柊ちゃん」

 

「……はい」

 

反対に柊ちゃんの方は、コーヒーにも芋菓子にも一口たりとも口を付けていない。

ずっと俺のことを警戒していたからだろうが、せっかく出したのにもったいない。

杏ちゃんに促され、柊ちゃんもソファーから立ち上がる。

 

(うーむ、こうも一方的に警戒されるのは、流石に少し傷付くなぁ)

 

こちらはなるべく刺激しないように、始終軽めの口調で話しているというのに。

もしかしたらそんな俺の気遣いが、逆に柊ちゃんを警戒させてしまっているのだろうか。

いろんな作品のいろんな女性を描いてきた今でも、女心というのはやっぱり難解だ。

2人を玄関まで見送り、ひらひらと手を振ってドアを閉める。

ドアが閉まるその瞬間まで、柊ちゃんは俺を睨み続けていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「いやぁ、いい感じの人で良かったねぇ」

 

「……そうですね」

 

西泉さんのマンションを出て学園艦に帰る途中。

いつものように軽い口調で話す杏さんに、私は沈んだ声で返した。

 

(結局、西泉さんが何者なのかわからず仕舞いだったなぁ)

 

正直どう話を切り出せばいいのかわからず、ずっと緊張しっぱなしで全然話せなかったけど、杏さんの言う通り悪い感じは受けなかった。

というか途中から杏さん、いつもの調子で話してたし。

ぼさぼさした栗色の短髪に、少し眠そうというかぼんやりとした雰囲気の年上の男性。

平均的な顔立ちに見えたけど、髪を整えて目つきがもう少しキリっとしていたら結構かっこよくなるんじゃないだろうか。

そんな印象を西泉さんに抱いていた。

彼は端的な受け答えしかできなかった私にも苦笑いを浮かべるだけで、杏さんほどではないけど気安い感じで接してくれた。

反対に始終探る様な目で見てしまっていた私は、今では申し訳なさが湧いてる。

西泉さんは復活したばかりで無名な私達に多額の義援金を出してくれて、私達はそのお礼を言いに行っていた立場だというのに。

今更ながら、かなり失礼なことをしていたと反省する。

 

(っていうか杏さんもいるのに、「貴方も転生者なんですか!?」とか、「貴方がみほちゃんに何かして、大洗に来ないようにしたんじゃないですか!?」なんてこと、聞けるわけないじゃない。あぁ、よかったぁ。気が動転して変なこと言わなくて)

 

ある程度冷静になって、今ではそう思える余裕も出てきていた。

考えてみれば、そもそも相手も自分と同じ転生者だと決まったわけでもないのだ。

仮に杏さんがいない状況だったとしても、感情に任せて根拠も証拠もなく口に出していいことではない。

眠ってない状態の毛利小五郎のように呆れられるだけならまだしも、頭の残念な子に思われて黄色い救急車なんて呼ばれたら一大事だ。

 

「……あ、本当にえっちぃ物ばっかりじゃなかったんだ」

 

「……はい?」

 

その時、杏さんが突然変なことを言い出した。

怪訝な表情を向けると、杏さんはスマホをいじくって何かを見ていた。

 

「なに見てるんです?」

 

「うん? あぁ、さっき西泉さんに紹介してもらったサイトをね。柊ちゃんも見てみなよ、結構面白そうだよ。今まで同人誌なんて買ったことなかったけど、今度買ってみよっかなぁ」

 

「はぁ」

 

女子高生(見た目小学生でも通じそうだけど)がえっちぃだとか同人誌を面白そうとか、往来であまり話さないでほしいなぁと思いつつも、差し出されたスマホに視線を移す。

 

「……ん? ……え?」

 

そこに映っているものを見た時、一瞬自分の目を疑った。

目を擦り、何度も見返す。

しかしそこに映っているものに変わりはなく、そのことの意味を必死に考えていく。

そして、一つの考えに思い至った。

 

「……杏さん。先に帰っててもらえますか?」

 

「ん? 別にいいけど。柊ちゃん、なんか用事でもあるの?」

 

「え、あ、えっと……そ、そう! せっかく陸に降りたんですし、少し実家に顔を出してこうかと思いまして?」

 

内心、今にも走り出したい気持ちはあったが、それはグッと抑えて平静を装い杏さんに伝える。

咄嗟だったとはいえしっかり言い訳も考えついてしまう私は、結構アドリブも得意なんじゃないだろうかと思う。

 

「……ふーん、そっか。まぁ、いいんじゃない? でも、あんまり遅くならないようにね? そんじゃ、また明日」

 

なぜか少しニヤッと笑った後、立ち止まった私に軽く手を振ってのんびりした足取りで歩いて行った。

杏さんの態度が少し気になるけど、それよりも今私の頭の中にある考えの方が優先順位は上だ。

 

「……よし!」

 

その姿を見送った後、私はこれまで来た道を逆走する。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

―――ピンポーン

 

 

 

カップの片づけを終えて、再び執筆作業に入ろうかと思っていた矢先。

再びインターホンのチャイムが鳴った。

まさか1日に2度も来客があるとは、明日は雪でも振るのだろうか。

今度は誰が来たんだと思いながらも、なんとなく誰なのか予想はついていた。

俺は外部モニターを確認することもなく玄関に向かい、ドアを開ける。

そこにいたのは、やはり予想していた通りの人だった。

 

「やぁ、さっきぶり。何か忘れ物でもしたのかな?」

 

彼女、柊京子ちゃんはさっきと同じように、俺のことをじっと見つめている。

そんな彼女に、俺もまたさっきと同じように、なるべく優しげな口調で対応する。

 

「上がらせてもらってもいいですか? 少し、お話があります」

 

「……話ね。あぁ、いいとも。どうぞ」

 

真剣な顔で言う柊ちゃんを、俺は快く迎え入れた。

 

 

 

〜同郷の人〜

 

 

 

ソファーに座ってもらった柊ちゃんに、俺はさっきと同じようにコーヒーを淹れる。

早く話がしたい雰囲気だったけど、サーバーに入れておいた物を温め直しただけだから、あまり時間はかからない。

というか、折角淹れたのだから一口くらいは飲んでほしいという、ちょっとした意地のようなものもあったり。

このコーヒー豆は、俺のお気に入りの銘柄なのだ。

まぁ、もちろん無理強いはしないけど。

 

「さて、待たせたな。俺に話があるんだっけ? いったい何の話かな?」

 

彼女の前にカップを置く。

対面に座ってコーヒーを一口啜りし、聞く体勢を整える。

 

「……単刀直入に聞きます」

 

しかし柊ちゃんはカップに目もくれず、一つ深呼吸をして意を決したように口を開く。

……少し悔しかった。

 

「西泉さん、あなたも転生者ですね?」

 

それは正しく単刀直入な一言だった。

普通の人にそんなことを言ったら、何を言ってるんだこいつは? と怪訝な反応を見せる所だろう。

だけど俺は彼女の言葉に、少しだけ笑みを深めて

 

「あぁ、そうだよ」

 

素直に肯定した。

そんな俺に、柊ちゃんは少し拍子抜けしたようなポカーンとした表情を見せる。

 

「……あ、あっさり認めるんですね」

 

「わざわざ自分から言ったりはしないけど、同郷の人がいたら別に隠さなくてもいいかなぁって思ってたしね。それに仮に俺が否定しても、何かしら根拠があって来たんだろ?」

 

さっき杏ちゃんと一緒に来た時と違い、再びここに来てからの彼女の目には、もはや探るような感じはしない。

例えるなら、すでに証拠を押さえたコナン君が、真犯人を追いつめる時のような感じだ。

きっとこれがテレビだったら、あのちょっとテンションの上がるBGMが流れてるところだろう。

……柊ちゃんが拍子抜けしたあたりから、ギャグっぽいBGMが流れてそうだけど。

 

「ちなみに聞きたいんだけど、どうして俺が転生者だって思ったんだ?」

 

「……それこそ、隠す気なんてないんじゃないですか?」

 

軽い感じの俺に肩の力が抜けたのか、柊ちゃんはさっきよりも少し脱力して溜息をついている。

確かに本当に隠すつもりなら、同じ転生者と思しき柊ちゃんがいる所で自分が描いた同人誌の載っているサイトを教えたりはしないか。

よくある同じ転生者を攻撃するタイプの人だったら危ないかもしれないけど、少なくとも柊ちゃんがそういうタイプの人には見えなかったし。

というかこれは偏見だけど、そういう人ってリリカルな魔法少女世界に多いというイメージがある。

……とどのつまり、何の根拠もないただの勘だったわけだけど。

 

「サイトに載せられてるのは一通り見ましたけど、どれもこれも私が前世で見て知ってるタイトルばかりでしたからね。

それぞれを別の誰かが描いているならともかく、一人の人間が描いているとなれば怪しくも思いますよ。

どれもこれも作風が違いますし……というか、よくそれだけ違う作品をいくつも描けるなって感心します。神様に転生特典で、何かチートでも貰ったんですか?」

 

「ははは、残念ながらそんなチートは貰ってないね。というか覚えてる限り、神様っぽい人に会った覚えもないし。そういう君は、神様に会ったりしたのか?」

 

「あ、いえ、私も会ってないですけど。チートだって、貰えるなら貰いたかったですよ……」

 

「そっかぁ」

 

(……ふむ、柊ちゃんも神様には会ってないのか)

 

少し不貞腐れ気味に言う柊ちゃんを見ながら、俺だけではなかったんだと考える。

転生者2人とも神様に会っていないということを考えると、よくある神様転生というわけでもないのだろうか。

俺達が神様に会った事実を忘れさせられてる、という可能性もあるけど。

とはいえ別に神様転生だろうとそれ以外だろうと、生活になんら支障があるわけでもないし、さして問題はないか。

 

「ま、俺は前世でも絵を描くのは好きだったし、小さいころからよく描いてたからね。それに俺の絵の先生は、今まで見てきた漫画達なんだ。

新しく気に入った漫画を買うたびに、その描き方を身に付けたくて沢山練習したもんだよ。何十回、何百回ってね。そうしてるうち、いつの間にかその漫画の作風のまま描けるようになってたんだ」

 

「……マジですか? 普通練習したからって、違う作風でそんな幾つも描けるものなんです? 転生チートなしで?」

 

「実際出来てるしねぇ、慣れでしょ慣れ」

 

小さい頃からの学習は、身につきやすいというし。

おまけに今生では、西住の家に生まれたからというのもあるのかもしれない。

西住の血のなせる業なのか、うちの一家ってみんなスペック高いし。

そして例に漏れず、この体のスペックも結構高い。

後は俺にそういう模倣というか、描き方を真似る才能があったのか……。

 

(……才能、か。出来ればもう少し違った才能が欲しかったけどな。誰かの真似するんじゃなく、ちゃんとした俺だけの……はぁ、周りから見たら贅沢な悩みかもしれないけどな、これ)

 

少しだけ苦笑いを浮かべる俺に、柊ちゃんは不思議そうに首を傾げた。

何でもないといいながら、そう言えばとさっき気になったことを口にする。

 

「俺が言うのもなんだけど、君も結構オタクだったんだね。色々知ってそうな感じだし」

 

「……ほ、ほっといてください」

 

少し頬を赤くして柊ちゃんはそっぽを向く。

結構趣味が分かれるようなジャンルも幅広く描いたつもりだったのに、さっきの口振りは柊ちゃんも結構なオタクだったんだろうなと予想させられた。

 

「って、そんなことを話しに来たんじゃないです!」

 

「え、そうなん?」

 

同郷のオタク同士ということで、一緒に漫画談義が出来るとちょっとワクワクしてたのに。

ハッとしてここに来た目的を思い出したらしい柊ちゃんは、テーブルを強く叩きながら声を荒げ、体を乗り出してくる。

 

「率直に聞きますけど、西泉さんは何か知ってるんじゃないですか!? 大洗にみほちゃんが来なかった理由を!」

 

「来なかった理由? そんなの、戦車の滑落事故が起きなかったからだろ?」

 

「いや、そうなんですけど、そうじゃなくて! その事故が起きなかった理由ですよ!」

 

「……は? その理由を俺が? いや、俺は何も知らないけど」

 

何故そんなことを聞いてくるのかわからず、眉をひそめる。

取り敢えず素直に答えるが、それでも柊ちゃんはジッと疑いの目を向けてきている。

……そこまで怪しく見えるだろうか?

 

「いやいや、本当だからな。そもそもの話、俺をよく見ろよ。男だぞ? 柊ちゃんの目には、俺が女にでも見えるのか?」

 

「……そんなことは、ないですけど」

 

「だろ? 歳だって離れてるし、職業も同人作家で戦車道とは全く関係ない。それに普段からここで作業をしてる俺に、遠く離れた黒森峰にいるみほちゃんをどうこう出来るわけないだろ」

 

「……それは、そうかもですけど」

 

そう言われて多少は納得したのかソファーに座り直すが、納得しきれてないという表情だ。

原作を知っていて大洗にいるなら、みほちゃんが大洗に来てない現状に色々と不安があるのはわかるけど、それでも身に覚えのないことを俺のせいされては堪ったものではない。

 

「……あの事故が起きなかったのって、何が理由なんでしょう」

 

「んー、なんなんだろうなぁ。それは俺にもよくわからないけど……多分、何らかの偶然じゃないか?」

 

「偶然? そんな、だってそんな偶然なんかで、こんなに大きく原作が変わるなんて「柊ちゃん」っ! ……はい」

 

ヒートアップしそうになる柊ちゃんの言葉に、一端割って入り止める。

 

「いいかい? 確かにここはガルパンの世界かもしれないけど、同時に現実でもあるんだ。思い出してもみなよ。君が今まで出会ってきた人たちは、決められたセリフ、決められた動きしかしない、作り物みたいな人達だったか?」

 

「……そんなこと、ないっ! みんな自分の意思を持って、ちゃんと生きてる! お父さんも、お母さんも、ゆかりんもみんな!」

 

「そう、みんな生きてるんだ。ここはアニメみたいな作り物なんかじゃない、血肉の通った奴らが生活する現実の世界。現実に決まったシナリオなんてない。だったら俺たちの知ってる、あの原作の道筋を辿らなくても何ら不思議じゃないだろ? 

未来はいつだって、誰にだってどうなるかわからないんだ……きっとこの世界はさ、みほちゃんが大洗に来ない世界だったんだ。ただ、それだけなんだよ」

 

「……っ」

 

俺の言葉に柊ちゃんは俯き、何かを我慢するかのようにギュッと拳を握りしめる。

見ると少しだけ、肩が震えているようにも見える。

それを見て気まずくなりながらも、俺は内心彼女が言った“理由”に考えを巡らす。

現実に決まったシナリオなんてないと言った手前あれだが、同時に起こる物事には何かしらの因果関係があるものだとも思う。

あの事故が起きたことにも、そして起きなかったことにも何かしら理由はあるはずだ。

一時期、俺がまだ西住家にいる時に何かやらかして、展開が狂ったのではと考えたりしたこともある。

だけど、そもそも崖から落ちた戦車はみほちゃんが乗ってたのとは別のだし、その戦車に乗ってるメンバーとなんて、覚えてる限りでは一度も会ったことはないはずだ。

つまり、やっぱりどう考えても、その事故が起きなかったことに俺が関係してるとは思えない。

他に何か思いつくものがあるとすれば……。

 

「……もしかしたら、黒森峰にも俺達と同じ転生者がいたのかもな」

 

「……黒森峰にも?」

 

パッと頭に思いついたことを口にすると、意気消沈していた柊ちゃんがピクッと反応を見せる。

実際、俺という前例がいる以上、別の転生者がいる可能性は前から考えてはいた。

そして俺達という前例がいたのだ、もう一人くらいどこかにいてもおかしくはないだろう

 

「……黒森峰にも……転生者が……」

 

「あの事故があった後、みほちゃんは周りに大分責められたっぽいしなぁ。仮に黒森峰に転生者がいたとしたら……うん、それを防ごうと考えるのもわからなくはないな」

 

原作だかスピンオフ作品だかまでは忘れたけど、確か周りの風当たりに耐えられずに、転校までしてしまった生徒もいたというし。

黒森峰で心に受けた傷が大洗に来ることで払拭されるとしても、そんな未来を知っていれば変えたいと思う転生者がいてもおかしくはない。

仮に黒森峰にも転生者がいれば、だけど。

 

「……そう、ですよね」

 

(というか、そもそも柊ちゃんは何しに来たんだろう。俺が仮にみほちゃんに何かして、あの事故が起こらなかったとしてもだ。ここで俺を追及することで、歴史が元に戻るわけでもないし)

 

もしかして俺を追及して真実を暴くことで、何か事態が好転するとでも思っていたのだろうか。

はたまたただ俺が疑わしいからという理由だけで、ここまで乗り込んできただけなのか。

それならそれで考えなしというか、猪突猛進というか……。

 

「……私、どうしたらいいんでしょう」

 

「ん?」

 

ぽつりと小さく、柊ちゃんが口を開く。

 

「私じゃ、大洗を優勝に導けない。みほちゃんみたいに、うまく隊長なんてできないよ……」

 

その声は震えていて、涙声になっている。

 

「……えっと、だな。別にみほちゃんの代わりには、ならなくていいんじゃないか? どれだけ頑張っても、みほちゃんと同じ成果を上げるなんて無理があるってもんだ」

 

それは才能の面だけでなく、再現性の面でも難しいだろう。

みほちゃんと1から10まで同じ考えを持ってるわけじゃないし、同じ経験をしてきてるわけでもない。

完全に別人で、別の思考で動いるのだから、どれだけ似せて行動しても齟齬が生じるのは想像に難くない。

 

「勝ち負けは考えずにさ、とにかく自分なりに精一杯頑張れば、それが一番いいんじゃないのか?」

 

「……それじゃ、意味がないじゃない!」

 

「うぉ!?」

 

しかし俺のそんな在り来たりな励ましは、柊ちゃんには逆効果だったらしい。

テーブルを乗り越えて、俺の胸倉をつかんで怒鳴り散らしてくる。

その目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 

「みほちゃんがやったように、大洗を優勝させないとダメなの! じゃないと学校が、ううん、学園艦自体が廃艦になっちゃうのよ!? そこに住む人たちだって大勢いるのに! ずっと住んできた、住み慣れた場所を急に降ろされるなんて、そんなの皆嫌に決まってるでしょ!?」

 

「あ、あぁ、うん。そうね、そうだよね、うん。誰だって嫌だよね、住んでるところ追い出されるなんて!」

 

涙声で訴えてくる柊ちゃんに、俺はアタフタとしてしまう。

というか、本当に勘弁してほしい。

泣いている女の子を落ち着かせるなんて、みほちゃんたちが小さい時くらいしか経験がないというのに。

 

「……ぐすっ……ヒック……」

 

「……あー、えーっと」

 

胸倉をつかんだまま、力なく顔を俯かせて嗚咽を洩らす柊ちゃんに、俺は気まずげに後ろ頭を掻く。

どういう経緯で彼女が隊長なんて任されているのかはわからないけど、彼女なりにみほちゃんの代わりとして、精一杯隊長の勤めを果たそうとしていたのだろう。

それでもみほちゃんの代役というのは、前世で普通のオタク(予想だけど)でしかなかっただろう彼女にとっては、流石に重すぎる荷だったようだ。

正直、俺だってそんな立ち位置にはなりたくない。

なんというか西住家に生まれた責任だのなんだのと、そんなもの放って家を出て好きに生きてる俺には、彼女の心からの叫びは中々に突き刺さるものがあった。

 

「……無理だよ……私には……無理……助けて……もう誰でもいいから……助けてよ……っ!」

 

辛そうに声を洩らす彼女に、俺は深いため息を吐く。

 

「……えーっとだな。少し厳しいことを言うかもしれないけど、許してくれな?」

 

そう前置きをして、一つ咳をする。

さっきもそうだったけど、こういうSEKKYOUっぽいことを言うのは、あまり俺の柄じゃないんだけど……。

 

「君も漫画とか好きだったら、こんな言葉を知ってるだろ? 『諦めたら、そこで試合終了ですよ』って。隊長の君が諦めて、どうするんだよ。

どういう理由で隊長になったのかは知らないけど、皆が任せられるって思えたからこそ、君は隊長に選ばれたんだろう?

なのに君がここで諦めてどうするんだ。まだ、試合すら始まってないじゃないか。それじゃぁ、始まる前にすでに負けてるようなもんだよ」

 

「貴方に、何がわかるっていうんですか、ヒック……気持ちだけで、グスッ……勝てるほど……戦車道は甘くないですよっ!」

 

「そりゃそうだろうね。君たちに足りないものは沢山あるし、それは原作でも同じだったじゃないか。そこに「気持ちだけは負けません!」って言っても、未熟者の戯言にしか聞こえないだろ」

 

「だったら!「だけど!」」

 

反論しようとする柊ちゃんを制し、俺は言葉を続ける。

 

「気持ちは大切だぞ? 気持ちで負けてたら、それこそ練習に身が入らなくなっちまう。負けないっていう、勝つんだっていう強い想い。それが頑張るための原動力になるし、人を強くすると俺は思うよ」

 

そんな俺に、柊ちゃんは歯を食いしばり忌々し気に言う。

 

「……ほんと、勝手なこと言いますよね。大人で、男で、戦車道もやってないくせに」

 

「まぁ、自覚はしてる」

 

自分でも勝手なことを言ってるとは思う。

今日会ったばかりの相手、しかも戦車道をしていない男がいったい何をわかったふうな口をきいてるのかと。

それでも、何もかも足りていない現状で、気持ちすらも負けていたらお終いだと思う。

 

「大人ってのはな、無責任なことを言わないもんだ」

 

「え?」

 

そう言い、俺は柊ちゃんの頭をやさしく撫でる。

 

「まずは明日の練習試合、それに集中してくれ。それから、一緒にどうするか考えよう」

 

「……西泉さんも、一緒に?」

 

俺としても出来る事なら、大洗の学園艦には廃艦になってほしくない。

ガルパンファンとしても、学園艦に住む多くの人のことを考えても、それは少し酷だと思うから。

それに同郷の人であり、妹たちと同年代の女の子が涙を流しながら頑張っていたら、手伝ってあげたくなる気持ちも湧いてくるというものだ。

今更ここで「はい、さようなら」、と言う気持ちにはならなかった。

 

「……は、はいっ! よろしく、お願いしますっ!」

 

「あぁ、微力ながら力にならせてもらうよ」

 

再び泣き出してしまった柊ちゃんの頭を撫でながら、俺は今後の事について考えを巡らせていくのだった。

 

 

 

〜悔し涙〜

 

 

 

―――ピンポーン

 

 

 

大洗と聖グロとの練習試合が終わった午後の事。

マンションに帰っていつも通りの創作活動に励んでいると、唐突にインターホンが鳴った。

昨日に続いて2日続いて来客とは珍しい、これは本格的に雪が降ってきてもおかしくないかもしれない。

 

「……夏に降る雪、なんかの話しのネタになるかね?」

 

―――ピンポーン! ピンポーン! ……ピピピピピピンポーン!

 

「って、おいおい、連打しなくても聞こえてるっつうの! なんだよいったい……って、もしかして柊ちゃんか!?」

 

宅配の人ならまずこんなことしないだろうし、さしもの宗教やセールス、新聞の勧誘でもここまであからさまな迷惑行為はしないだろう。

で、消去法で昨日会った柊ちゃんじゃないかと思ったわけだが、それならそれで疑問はある。

確か原作だと今日の午後は華さんの家に行って、話が終わったころには学園艦の出港時間が迫る時間帯のはずだから、今日の所はそのまま戻ってもらう予定だった。

昨日、お互いの連絡先は交換したから、何か用事があれば携帯にと話していたのだ。

だから今日、柊ちゃんが来ることはないはずなのだが。

 

―――ピピピピピピピピピピピピピピピピンポーン!

 

「……16連打って、お前は何名人だよ。ったく、うちのインターホンで遊ぶなよなぁ」

 

これが知り合いでも何でもない赤の他人がやってたら、問答無用で即通報してただろう。

 

「まったく。はいはい、今開けますよっと」

 

玄関のカギを開けてドアを開く。

そこには予想通りに柊ちゃんがいて……

 

「にじいずいみざーーーん!!!」

 

ガチ泣きしていた。

涙なりなんなりで顔が酷いことになっていて、年頃の女の子がしていい顔ではなかった。

漫画とかなら、“見せられないよ!”な感じので隠されてるだろう。

 

「……取り敢えず入ってくれ」

 

このまま玄関で泣かれ続けたら、この場面を見た誰かに通報されかねない。

内心面倒臭いという思いを隠しながらも、仕方なく柊ちゃんを中に招き入れた。

 

 

 

 

 

「ひぐっ……えっぐ……ずずっ……」

 

「……えっと、ほら、ティッシュ。顔、酷いことになってるよ」

 

「うっ、うぅ……ありがどぉ、ございましゅ……ズビー!」

 

「……」

 

手渡したティッシュ箱から何枚も取り、豪快に鼻をかむ柊ちゃん。

取り敢えず少し待ってもらい、昨日と同じようにコーヒーを淹れて柊ちゃんの前に置いた。

ちなみに今は紙コップなんかじゃなく、ちゃんとしたコーヒーカップに入れている。

今日の試合が終わってちょっと街中を散策しながら帰ってくる途中、うちからそこまで遠くもない場所に、ひっそりと佇むような小さな店を見つけた。

気になって入ってみると、そこはイギリスやフランスから直接取り寄せた品を扱っているアンティークショップのようだった。

普段あまり使わない物ばかりで物珍しさばかり感じる店内を見て回っていると、一つのコーヒーカップを見つけた。

それは白を基調に青い色の花が描かれている、どことなく上品で落ち着いたデザインのカップだ。

ソーサ―もついてそこそこな値段だったが、一目見てそれが気に入り値段なんて気にせず3セット程購入してきた。

味は同じでもこういう入れ物で飲むと、いつもよりおいしく感じるから不思議なものだ。

食事というのは味だけじゃなく見た目も大事というし、これもそういうことなのだろう。

 

(んー、うちじゃぁ、手間のかからないドリップ式で淹れてるけど、思い切ってサイフォンでも買ってみようかなぁ。本格的な方が、また一層味わい深くなるかもだし)

 

カップを手に香りを楽しみながらそんなことを考えていると、少し時間を置いたおかげで柊ちゃんの方もある程度落ち着いてきたようだ。

涙もおさまり、さっきの醜態を思い出してか少し気まずそうにしている。

あんな「見せられないよ!」な顔をさらしたわけだから仕方ないけど、そんなことをいつまでも引き摺っていても時間がもったいない。

俺は気にせずさっそく話を振ることにした。

 

「それで? 今日はいったいどうしたんだ?」

 

「は、はい。それが……西泉さんも見てたならわかりますよね? 今日、私達……その、すっごい負けっぷりで」

 

「あぁ、うん。まぁね」

 

柊ちゃんはその時のことを思い出したのか、零れる涙を新しく取り出したティッシュで拭いながら、どこか言い辛そうに話す。

そんな柊ちゃんに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

今日の午前中に行われた、聖グロリアーナ女学院vs大洗女子学園の練習試合。

その結果は……まぁ、散々なものだったと言えるだろう。

大洗の作戦は柊ちゃんが提案したのか他の人によるものか、原作でみほちゃんが使ったのと同じ手で行くことにしたらしい。

まず敵情を偵察、囮として柊ちゃん率いるW号が聖グロの戦車を引きつけ、他の大洗チームが待機する峠で迎え撃つというもの。

みほちゃん風にいうなら、“こそこそ作戦”だ。

 

流れとしては、峠の所に誘き寄せるところまでは上手くいっていた。

ただそこで予想外のハプニングが発生してしまった。

いや、予想外というよりも、ある意味予想通りかもしれないけど。

何が起きたのかというと、原作で大洗が待ち伏せしている時に、桃ちゃんが焦れて発射命令を出してしまったあれである。

原作通りであれば、あの初弾は外れていたはずだった。

それがどういう訳か、その砲弾がW号の履帯部分に命中してしまったのだ。

それにより運悪く履帯が外れ、更に運が悪いことに、次に発射された砲弾が転輪を撃ち抜いてしまった。

これが敵戦車への砲撃であれば素晴らしいコンビネーションだっただろうが、現実ではそうではない。

この砲撃は大洗にとって、戦況を左右するほどの最悪の誤射となってしまった。

 

片側の走行能力を失ったことで碌に動くことのできないW号は、その場での応戦を余儀なくされる。

その後は、また悲惨なものだった。

聖グロはまず崖の陰に隠れ、大洗戦車の射線に極力入らない位置で停車してW号に集中砲火を浴びせた。

大洗はW号と、最初から峠の中央に位置して射線に入れることが出来たV突が応戦する。

しかし遮蔽物がない上に、碌に回避行動をとることもできないW号。

砲塔を回転させたり、残ったもう片方の足を懸命に動かして着弾位置をずらし、何とか決定打を避けていたが、結局は只の悪足掻き以上の成果は得られなかった。

中央に集まってきた他の大洗戦車の援護射撃もあったが、結局聖グロの戦車に碌に被弾させることも出来ず、W号は数分後には敢え無く撃破されてしまった。

俺からしたらむしろ聖グロから集中砲火を浴びていたにもかかわらず、数分はもったのが凄いと思う。

 

その後の聖グロの動きは、これまた原作と同じような感じに進んでいった。

W号を撃破した聖グロの戦車は、無駄弾を撃たないように砲撃を止めてゆっくりと前進していく。

それは客席で見ていてもわかる程に、一切の焦りも緊張も見えない余裕のある行進だった。

一連の交戦で聖グロの誰もが大洗の実力を見極めたのだろう、その車内では優雅に紅茶を啜っているところが目に浮かぶ。

隊長車を失った大洗も反撃するものの大洗の練度が低かったこと、そして精神的な焦りもあったのだろう。

碌に聖グロに砲弾を当てることも出来ず、ただ接近を許してしまうこととなった。

 

聖グロは原作で見たように峠の左右に分かれて大洗を取り囲むように位置をとり、岩陰に車体を隠しながら砲身を向ける。

しかし、すぐには撃たない。

この程度の相手に焦る必要はないとばかりに、聖グロの砲手達はゆっくりと狙いを定めていく。

大洗は自分たちが追い詰められていることに気付いてはいるのだろうが、その経験の浅さからどのように動けばいいのかわからずバラバラな動きを見せていた。

ある戦車では狙いの不十分なまま無駄に砲撃を繰り返し、またある戦車では後退しようとして近くの戦車にぶつかり行動出来なくなり、そのぶつけられた戦車は衝撃で狙いを大きく外して砲弾を飛ばしていた。

そんなあたふたとする大洗を嘲笑うかのように、機は熟したと判断した聖グロの隊長の指示により無情にも砲撃は再開された。

自分達の砲撃はまったく当たらず、相手の砲撃は一撃必殺とまではいかずとも、ほぼ百発百中と言っても過言ではない精度で自分たちの装甲を傷つけていく。

それは乗員にとって、中々に恐怖心を煽られる状況だろう。

恐怖がピークに達したのか、M3リーに搭乗していた1年生チームが戦車を放棄して逃げだし、それと同時に砲弾が当たって撃破判定の白旗があがった。

原作でも思ったが、よくあんな砲弾飛び交う戦場で外に逃げようと思ったものだ。

車内にいれば特殊カーボン製の装甲で守られ、大怪我は免れることは知っているだろうに。

それだけ一杯一杯だったのだろうが、誰か怪我しないかと見てるこっちがひやひやしてしまった。

 

原作ではこのままでは全滅してしまうことを察したみほちゃんが、全車輌に指示して市街地まで撤退し、市街地戦に持ち込むことになるのだが、そのみほちゃんはここにいない。

だから代わりに作戦を知っている柊ちゃんが指示するつもりだったのだろうが、当の柊ちゃんが乗るW号はすでに撃破されて、指示を出すことが不可能となってしまった。

つまり現状の指揮を取っているだろう桃ちゃんに皆は従うしかないのだが、桃ちゃんはすでに極度の興奮状態にあるらしく、あたりかまわず砲撃するばかりで撤退する様子はない。

するとそんな生徒会チームの乗る38(t)戦車の履帯に砲弾が当たって外れてしまい、そのままバックしようとして窪地に滑り落ちていった。

俺は頭を抱えて「あちゃぁ」と小さく声を漏らしてしまった、というW号が撃破されたあたりからすでに頭を抱えていた。

本当ならどんな劣勢でも最後まで諦めたらいけないものだろうけど、流石にこのメンバーでここからの巻き返しは厳しい。

周りで応援していた大洗住民の皆様も俺と同じことを思ってるのか、俺と似たり寄ったりな反応をしていた。

そして事態は好転することなく、聖グロは1輌1輌、着実に大洗の戦車を撃破していき、最後に窪地を脱出しようとしていた38(t)戦車が集中砲火を受けて大洗戦車は全滅。

聖グロリアーナ女学院vs大洗女子学園の練習試合は、市街地まで行くことなく峠での戦闘をもって終了することとなった。

 

 

 

 

 

(……そういえば柊ちゃんはこっちに来ちゃったけど、華さん達はちゃんと母親と会えてるのかねぇ)

 

もしくは鉢合わせしないで、そのまま街を散策しているのか。

喧嘩イベントなんて早めに済ませておいてほしいという身勝手な理由ではあるが、せっかく大洗に来てるんだし今日出会っておいてほしいものだ。

精神的に結構強いところのある華さんだから大丈夫かもしれないけど、今後大会中に家族と諍いが起きたらと思うと少し心配になってしまう。

砲手である華さんが悩みで集中を切らしてしまえば、それだけで大洗の殲滅力はガクッと落ちてしまうのだから。

再び感情が高ぶってきたのかティッシュで鼻をかんでいる柊ちゃんから目をそらして、彼女がもう少し落ち着くまで今日の試合結果に思考を向ける。

 

(やっぱりテンパった桃ちゃんじゃぁ、駄目だったかぁ。ある意味予想通りだけど、なんだかなぁ。あれって、杏ちゃんが指揮を代わってれば、もう少しまともな試合内容になったんじゃ……ていうのは、期待しすぎなのかな)

 

モニターから選手の声は聞こえてこないから試合の状況で予想するしかないが、多分原作と同様に彼女はこの試合でも特に目立った働きはせずに周りに任せていたのだろう。

原作を見て彼女のことを多少は知ってる身としては、少なくとも桃ちゃんの砲撃一辺倒の指示よりはマシな案を閃くことも出来ただろうし、それを指示することも出来たのではと思うのだけど。

砲撃だって桃ちゃんより断然上手いはずだし。

 

(覚えてる限りじゃぁ、なんで普段から実力出さなかったのかは語られてなかったはず。面倒臭かったのか、はたまた何か考えがあっての事か……あぁ、もうっ! 杏ちゃん視点の小説とかあればよかったのになぁ!)

 

「……ぐすっ。それで、試合が終わった後に、聖グロのダージリンさんからこんなこと言われたんです。「もう少し、歯ごたえがあることを期待したのですが。残念でしたわ」って!」

 

「あー、そっかぁ。まぁ、うん。取り敢えず、お疲れさん」

 

まだ幾分か感情的な柊ちゃんに、俺は簡単に労いの言葉を送っておく。

しかしダージリンが言っていたという言葉は、口にははっきり出さないけど、俺も少なからず感じていたことではあった。

観客席にいた地元の人達からは「皆、初心者だから仕方ないさ」「始めたばかりなのに、あれだけ戦車を動かせるんだから大したものだ」といった好意的な声もあったけど、その表情からはどこか物足りなさのようなものがあるように見えた。

一人のガルパンファンとしても、一人の大洗に住む者としても、もう少し大洗メンバーには奮闘してほしかったというのが俺の本音だ。

それはきっと、地元の人達も同じだったと思う。

 

「うぅ、あんな目に見えて期待外れって思われてたら、絶対紅茶なんてもらえないよぉ」

 

「……ふむ、ちょっと待ってて」

 

「ふぇ?」

 

悔しそうにすすり泣く柊ちゃんに、俺は少し考えてから立ちあがって台所に行く。

そしてちょこちょこと準備を済ませて、お盆にクッキーと合わせてのせて運ぶ。

ソファーに座り、クッキーと一緒にそれを柊ちゃんの前に差し出した。

 

「こちら、お紅茶になりますお嬢様。今日はダージリンにしてみましたの」

 

「あ、ありがとうござ……って、別に紅茶が飲みたいわけじゃないですけど!?」

 

「あら、何か違いまして?」

 

「違いましてよ!? ていうか、なんで女口調!? しかもダージリンって、負けた私に対する嫌がらせですか!?」

 

素直にカップを手に取って口を付けようとした瞬間、ガバッと顔を上げてツッコミを入れてきた。

残念、これも飲んでもらえなかったようだ。

コーヒーカップを見た時、一緒にティーカップも買ったから入れてみたというのに。

ちなみにこのティーカップは白が基調なところはコーヒーカップと同じだが、飲み口や持ち手が金色で彩られ、側面の濃い青色で描かれた大理石模様がなんともゴージャスな雰囲気を醸し出している。

そんな見た目相応に値段も高かったが、その色使いから何となく某騎士王を連想させられ、これも一目で気に入ったのでソーサ―と合わせて3セット程購入した。

今日だけで結構な散財だったが、良い買い物だったと後悔はしていない。

 

「そういう意味じゃないですって! わかってやってるでしょ、西泉さん!」

 

「あらあら、うふふ。そんなに声を荒げて、淑女としてはしたないですわよ?」

 

「それはもういいですって!」

 

カップをテーブルに置いて、不満気に頬をふくらます柊ちゃん。

どうやら、お気に召さなかったらしい。

取り敢えず、多少は元気も出て来たみたいだから、これはこれで良しとしておこう。

 

「そうじゃなくって、紅茶はそこまで重要じゃないんですよ! 大切なのは、ダージリンさん達に大洗の印象が悪く映ったとしたら、大学選抜チームとの試合の時に手を貸してくれないかもしれないってことです!」

 

「おぉ、そんな先のことまで考えてるとは。でも……んー、そうかなぁ?」

 

昨日言ったように、聖グロ戦で負けてもちゃんと大会で勝つ気持ちを持っていることには感心するけど、そこまで悲観することかと首を傾げる。

 

「そうですよ。原作でも今回の練習試合で聖グロに興味を持たれて、話がプラウダの方にも流れて行って、大洗の注目度が少しずつ大きくなっていったじゃないですか。この試合は聖グロだけじゃなく、他の高校へアピールする絶好の機会だったんですよ!」

 

「まぁ、そう取れる所もあるけどさ。多分、それって少し違うと思うんだよ」

 

「違う? ど、どういう意味です?」

 

「確かに原作では、今回の事で聖グロに興味を持たれたのは間違いないと思うけどさ。プラウダに関しては、まず前回の大会で黒森峰が負けたっていう前提が無いと、「大洗? 何処それ?」って印象しか持たれないと思うぞ? だって、大洗にはみほちゃんがいないんだから」

 

「……ぁ」

 

思うに有名どころである西住の名を持ち、前回の大会で結果的にプラウダの勝利につながる行動をしてしまったみほちゃんが大洗に来ていたからこそ、プラウダのカチューシャも大洗に興味を持ったはずなのだ。

いや、試合をするまでは、大洗というよりもみほちゃん個人にだろうか?

みほちゃんが大洗に来てない時点で「西住みほが大洗の戦車道チームに入って大会に出る」という特ダネ自体が存在しないし、そんな中で多少興味を持たれたからと言ってもダージリンがわざわざ大会前にカチューシャに会いに行くとは思えない。

流石に言葉通りに、おいしい紅茶を飲むためだけにわざわざ行かないだろうし……行かないよな? 

いまいち否定しきれないのは、アンソロ時空のはっちゃけ具合が頭に残ってるからだった。

 

そんなわけで、みほちゃんのいない大洗というのは他の学校からはすれば「昔、戦車道をやってた学校だっけ?」「あ、戦車道復活したんだ」「ただの無名校でしょ」「大洗? ……あんこう鍋?」くらいしか印象を持たれないだろう。

まぁ、聖グロ相手に万が一にでも接戦ないしは勝ててたら、原作程と言わずとも相当の反響はあっただろうけど。

しかし原作でもみほちゃんがいてあの結果だったのに、隊長の柊ちゃんはやる気はともかく実力が全然足りてないことから、今回接戦出来る可能性自体が実は最初から俺の頭にはなかったりする。

そんなことを話してやると、柊ちゃんがズーンと沈んでしまった。

今回聖グロに接戦できれば、みほちゃんがいなくても原作と同じように物語を進めることが出来るかもと思っていたのだろうし、仕方ないといえば仕方ないけど。

……とはいえ、負けたからこそ出来ることもある。

 

「時に柊ちゃん。君はもう、大洗の学園艦が廃艦になることは知ってるのか?」

 

「え? そりゃ知ってますけど。ていうか、何を今更なことを言ってるんですか?」

 

怪訝な表情の柊ちゃんに、俺は自分が少し言葉足らずだったことに気付いた。

 

「あぁ、いや、そうじゃなくてさ。原作知識とは別に、生徒会メンバーの誰かからその情報を教えてもらったのかってこと」

 

「あぁ、そういう。えぇ、隊長に任命された日に聞きましたよ。ネットでそういう噂が流れてるっていう理由で、私一人で杏さんに聞きに行って教えてもらいました。

一応、原作情報が間違ってないかの確認も兼ねてでしたけど、はぐらかされずに教えてもらえましたよ」

 

俺の聞きたいことを理解して、柊ちゃんが話してくれた。

その時の言い訳かどうかはわからないけど、確かにネットではそんな噂がまことしやかに流れているのは事実だった。

原作でもサンダースのアリサがそんなことを言っていたから、もしかしたらと思って調べてみたら、噂だけは少し前から流れているらしい。

というか流石に学園艦を廃艦するなんて一大事、誰にも知らせず秘密裏に進行出来るわけない。

多分学園艦の方でも子供達には知らせてないだけで、大人達は知ってることなのではないかと思う。

でなければ流石に色々と問題だろうし……いや、子供たちに知らせないというのも、それはそれでどうかとは思うんだけどな。

と、それは置いといてだ。

 

「そっか。ちなみに、文科省の役人からは誓約書とか書いてもらったりはしたのか?」

 

柊ちゃんも劇場版を知っているならば、「口約束は約束ではない」という言葉は知っているはずだ。

しかし柊ちゃんは、難しい顔を浮かべて顔を横に振る。

 

「いつ学園艦が廃艦になることを伝えられたのかなんて、流石に知りませんし。それに今、いきなり誓約書を書いてくれなんて言っても、軽くあしらわれそうな気がして」

 

「うんうん、なるほどねぇ」

 

多分今の段階で、すでに関係各所に色々と話は通して進んでいる計画だろう。

今から撤回なんて相当大事だろうから、役人だって出来ることなら分の悪い約束事なんてしたくないはずだ。

そんな中で誓約書を書いてくれなんて言っても、突っぱねられるだけならまだしも、下手したら「優勝したら〜」という話も取り消されていたかもしれない。

なにせ昔とはいえ、大洗も戦車道をしていた当時は結構実力のある学校だったのだ、警戒しないわけがない。

だから。

 

「じゃあ明日か、もしくは明後日。なるべく急いで杏ちゃんと一緒に文科省に行って、役人さんに誓約書を書いてもらっておいで。そうすれば、大学選抜チームとの試合をする危険も減るだろうし」

 

そう言ってやった。

役人がどう出てくるかわからないから何とも言えないから、危険が無くなるとは言えないのが辛いけど。

それでもちゃんと書面として残しておけば、色々とやりやすいだろう。

そう考えていると、柊ちゃんは何を言ってるんだこの人はというような、呆れた目で見ていた。

 

「あの、話を聞いてました? というか、あの役人ですよ? 素直に書いてくれるとは思えないですけど」

 

「大丈夫大丈夫、少なくとも取り消される心配はないと思うから」

 

「は? いや、意味が解らないんですけど。なんでそんなこと、西泉さんにわかるんです?」

 

「それは……あぁ、めんどくさい! とーにーかーくー! そう言う事だから! 今日の所はもう帰りなさい。必要なことは電話で伝えるし、それに今日は華さんの大事なイベントがあるかもしれないんだから。

途中で皆と合流するか、もしくは学園艦に戻った時にちゃんと話を聞いておくこと!」

 

「……は、はぁ」

 

少し強引だけど無理やり納得させ、とりあえず今日の所は解散することにした。

帰る時まで、最後まで意味が分からなそうにしていた柊ちゃんだった。

あれはきっと「無理に決まってるじゃん」とか考えているのだろう。

まぁ、俺も普通なら無理と思う……そう、普通なら。

 

 

 

〜振り切る想い〜

 

 

 

「……」

 

巨大なモニターからもたらされる情報に、会場から様々な声が飛び交う。

目の前で行われているのは、聖グロリアーナ女学院vs大洗女子学園の練習試合。

始まってから1時間も経ってない今、すでに試合は終盤へと向かっていた。

私の知る、いやそれ以上の大洗の劣勢の方向で。

途中までは原作でもやっていた敵を誘き寄せる戦法を取っていて、みほちゃんがいなくてももしかしたら原作と同じ展開に進んでくれるのではと、そんな淡い期待を持っていた。

仮に負けるとしても大奮闘してくれる、多くの人達に評価してもらえる、それくらいの底力は発揮してくれるだろうと。

しかしそれはただの甘い考えでしかないことを、私はまざまざと見せつけられた。

モニターには峠に登る前に撃破されて白旗の上がったW号と、聖グロに包囲されて為す術なく撃破されていく大洗の戦車が映し出されている。

 

「……もう、いいや」

 

すでにこの試合の結末は見えた。

次々と撃破されていく大洗の戦車が映るモニターから目を離し、席を立って歩き出す。

どうあがいても結果は変わらないというのに、それでもまだ声を上げて応援を続ける観客達の間を通り過ぎ、そのまま会場を抜け出した。

 

 

 

 

 

会場の喧騒が遠退いていく。

多くの人達が会場に集まっているからだろうか、大分静かに感じる大洗の街並み。

立ち入り禁止区域に入らないように注意しながら駅に向けてゆっくりと歩く中で、今日来たのはただの無駄足だったかもしれないと、さっきまで見ていた試合内容を思い出しながら考える。

昨日、黒森峰の学園艦から母港へ飛ぶヘリに乗って陸へ降りて、大洗まで飛行機や電車を使って約半日、そしてホテルに泊まって一泊。

時間をかけて、お金をかけて、この試合を生で見ようと頑張って来たというのに、その結果があんな試合と呼ぶのも躊躇うような一方的な展開だったのだ。

私と同じ手間をかけてきた人がいれば、きっと誰だって無駄足だったと思うだろう。

 

「……それでも私だけは、無駄足だなんて言っちゃダメだよね」

 

なぜならそんな試合内容にした原因の大半は、間違いなく私にあるのだから。

あれこそが、私が招いてしまった結果の一端だ。

本来なら途中で席を立つべきではなかった、自分の招いた結果を最後まで見届けるべきだった。

だけどそれは出来なかった。

彼女たちの現在を目の当たりにし、あまりの理想と現実の隔たりの大きさに、それを受け入れることが出来ずに逃げ出してしまったのだ。

戦力が大きく削がれることはわかっていたけれど、みほちゃんが大洗にいないだけでここまで違うとは。

彼女たちを見ていてわかったのは、戦車の動かし方も、砲撃の仕方も、指揮系統も、メンバー一人一人の心構えも、どれもこれも初心者丸出しのものということ。

原作でもそう大差はなかったのかもしれないが、黒森峰の生徒として実力のある人達を見てきたからか、今の大洗の実力は顔をそむけたくなる程のものだった。

 

「にしても、みほちゃんがいなかったら蝶野亜美って人が教えてるんじゃないの? 何してんのよ、あの人は」

 

大洗に特別講師として呼ばれていたはずの、蝶野亜美のことを思い出しながらごちる。

原作ではあまり練習に口を出してるようには見えなかったけど、それは多分みほちゃんがいたからだろう。

みほちゃんがいないなら彼女が主導で教えていると思っていたのだが、間違いだったのだろうか。

本人はかなり大雑把な性格をしているとはいえ、それでも自衛隊員で現役の戦車乗り、おまけに聞いた話では結構な逸話もある人らしい。

そんな人がいながらどうして大洗はあの有様なのだろう、もしかして特別教師というのはそこまで付きっ切りで練習を見れる立場にはないのだろうか。

もしくは彼女がいて、このレベルということなのだろうか。

色々な考えが脳裏を駆け巡るが、どれもこれも予想に過ぎず、そして自分の行いを他人のせいにしているだけに過ぎないことに気付き、私は考えるのを止めた。

現在の大洗を実際に目にして、ようやく事の重大さが実感出来たからだろうか、どうにも頭の中がごちゃごちゃする。

だけど一つだけ、私の中で決定的なものとなったことはある。

 

「……大洗は、1回戦で消える」

 

私自身が生み出してしまった、大洗学園艦の廃艦へ向けてのシナリオ。

それはもう、誰にも止めることは出来ないだろう。

 

 

 

〜隠されし真実〜

 

 

 

夕方も6時が過ぎて、窓の外には薄暗い空にチラホラと星が見えてきている。

作業を途中で止めて、そろそろ夕飯にでもしようか考えていると、普段あまり鳴らない携帯に着信があった。

見てみると、そこには柊ちゃんの名前が表示されている。

 

「お、もしかしてもう行ってきたのか?」

 

今日は聖グロとの練習試合から2日後、結構早く役人との対話が出来たようだ。

はてさてどうなったかと、通話ボタンを押した。

 

「はいはい、西泉『どういう事ですか、西泉さん!?』……言葉は最後まで言わせてくれよ」

 

耳元で聞こえてくる大声に少し携帯を離し、小さく愚痴を零す。

そんな愚痴なんて知った事じゃないとばかりに、柊ちゃんは再び大声を上げてくる。

 

『ちょっと、聞こえてるんですか!? 聞こえてるなら、ちゃんと説明してください!』

 

「聞こえてる聞こえてる。だからそんな大声出さんでくれよ、耳が痛くてしょうがないって」

 

『そ、それはすみませんでした。 だ、だけど! 私、本当に訳が分からなくて……いったい、どうしてあの役人が!』

 

「誓約書を書いてくれた?」

 

『は、はい』

 

柊ちゃんの戸惑いがちな返答に内心ほっとしながらも、少しだけやっぱりなという思いがあった。

 

『……あの、西泉さん? もしかして、西泉さんが何かしたんですか?』

 

「いーや、なんもしてないよ。そもそも俺に、あの役人との繋がりなんてないし」

 

伝手としては実家の関係で無いわけではないけど、それはあくまで実家の伝手であって俺自身のものではない。

というか勘当されてるし、今では実家との関係だってない。

柊ちゃんにちょっとアドバイスはしたけど、俺がしたのは本当にその程度だ。

 

「あの人もさ、本心では廃艦することをためらってたんじゃないか?」

 

『えぇ? うーん、そんなふうには見えませんでしたけど……』

 

「そりゃ、国の役人だしね。内心どう思ってても、役人の立場として厳しく徹してたんだよきっと」

 

『……そういう、ものですかねぇ?』

 

納得がいかないという声色だけど、俺は軽い調子で「そういうもんだよ」と答えておいた。

というか昔の事で詳しくは覚えてないけど、確か前世で見た劇場版の小説かコミックでは、役人も大洗学園艦の廃艦について、再考のために動いていた話があったような気がするし。

若干適当に言ったけど、その記憶が間違ってなければそこまで的外れな言葉でもないと思う。

だからさっき俺が言った言葉に嘘はない。

 

「まぁ、とりあえずだ。誓約書も書いてもらえたことだし、後は大会で優勝するだけだな」

 

『だけって……それが一番、大変なんですけど。まぁ、廃校なんて嫌ですし、必死にやるだけですけどね』

 

「あぁ、それでいい。君が一生懸命やれば、その頑張りに皆も一緒に頑張ろうって気持ちになるだろうさ。俺も、出来るだけ協力はするから」

 

『……ちなみに、協力ってどんなことをするんです?』

 

「ふっふっふ、それは……」

 

『そ、それは?』

 

ごくりと生唾を飲む音が聞こえてくる。

ニヤリと口元をゆがませ、俺は……。

 

「秘密です♪」

 

『……西泉さん?』

 

おちゃらけた調子でもったいぶる俺にイラッとしたのか、少し声が低くなりドスが聞いたような声が聞こえてくる。

うん、我ながら今のはないかなと思った。

 

「まぁまぁ、どうせ後でわかるんだし。サプライズとでも思って、楽しみに待ってなよ。大船、は言い過ぎかもしれないけどさ、少なくとも無駄にはならないはずだから」

 

『……はぁ。まぁ、いいです。いろいろ相談にものってもらってますし、西泉さんの事は信じてますから』

 

「……そうかい」

 

疲れた様な溜息交じりの中でも、「信じている」という言葉には彼女からの信頼が伝わってくる。

まだ出会ってそんなに経っていないというのに、これだけ気を許してくれるのは素直に嬉しいものだ。

一人のガルパンファンとしても、同郷のよしみとしても、出来るだけのことはしてあげよう。

 

 

 

 

 

それから少しだけ話し、柊ちゃんがそろそろ夕飯にするということで携帯を切った。

通話の切れた携帯を見て、俺はふっと息を漏らす。

 

「……やっぱり、気付いてないんだな柊ちゃんは」

 

俺は手近においていたペンを手に取り、さっきまで書きかけていた漫画の原稿に目を向ける。

ペンを持つ手に力を込め……次の瞬間、ものすごい速さで腕が動き出した。

 

「……よっと、こんなもんか」

 

時計を見ると、十分ちょっとしか経っていない。

描きかけだったこともあるだろうが、それを考えても普通の人よりもずっと早く、そして時間をかけたような丁寧な仕上がり。

今の光景を誰かが見てれば、ちょっとした早送り映像でも見てるかのように感じるだろう。

これが俺の持つ“能力”。

この世界に生まれてから今まで、家族にすら秘密にしてきた俺だけが持つ力だ。

 

こんな特殊な力、ガルパンの世界にはないはずだし、多分転生した時に得た力なのだろう。

どんなことが出来るかといえばあれだ、とらハで言うところの神速みたいなもの。

脳のリミッターを任意で解除し、思考速度とか体の動作とかが早くなるというやつだ。

この能力のおかげで、俺が普通に漫画を書いてるつもりでも、いざ能力を解いてみれば短時間で仕上げることが出来るという寸法だ。

もちろん力加減とかで結構注意は必要だが、そんなものとっくの昔にもう慣れてしまった。

とはいえこの力、神速というにはあまりに見劣りする気がするし、普通に“加速”と俺は呼んでいるけど。

 

柊ちゃんも転生者ということ知った時から、俺と同じく何かしら能力があるとは思っていたのだ。

どうやら本人は気づいていないようだけど、俺には何となくその力がどういうものなのか予想がついた。

多分、相手の心に働きかける系の能力だ。

あくまで洗脳ではなく誘導するみたいな? そういう気持ちを持たせるみたいな? そんな力に見えた。

それに気が付いたのは、初めて彼女と会った日のこと。

なぜ気が付いたのかは単純明快、それは俺が柊ちゃんの手伝いをしようという気持ちになっているからに他ならない。

 

そもそも俺は今回のことに、お金を寄付する以上のことをするつもりなどなかったのだ。

ガルパンは好きだし、大洗メンバーも好きとはいえ俺はみほちゃん推しだし、みほちゃんのいない大洗に過度な干渉をするつもりはなかった。

そりゃ、手を貸さなければ大勢の命が危険にさらされるとかなら話は別だけど、最悪でも学園艦が廃艦になる程度。

確かにそうなれば多くの人達が困ることになるだろうけど、役人だって乗艦していた人達の次の仕事先を斡旋してくれると言っているのだし、それなら原作通り進まなくてもいいんじゃね? 大洗が負けてもそれはそれじゃね? というのが俺の考えだ。

それはあの日、柊ちゃんがうちに来て泣き出した時もその気持ちは変わらなかった……変わらないはずだったのだ。

それなのに柊ちゃんを慰めていくうちに、少しずつ「少しくらい、この子に手を貸してあげようかな」という気持ちが俺の中に湧いてきた。

 

能力のことが頭になければ、ただ単に情に流されただけと思っただろう。

しかし同郷とはいえ、見ず知らず他人のためにあれこれ手を焼いてやるほど、俺はお優しい人間ではない。

そんな人間なら今生の親であるしほさんに、勘当なんてさせるような道を歩もうとはしないはずだ。

家族と一緒にいることより、自分のやりたいことを優先して家を出ようとはしないはずだ。

俺は悪逆非道な人間ではないつもりだが、他人よりも自分のやりたいこと優先する自分勝手な人間だという自覚はある。

そんな俺だからこそ、彼女の能力が相手の心に働きかける系の力だと気付けたのだ。

 

「……気付けてても、この気持ちは消えないときたもんだ。んー、感覚的に抗おうと思えば簡単に抗えるっぽいけど、手伝うって言った手前なぁ……って、こう思うことも柊ちゃんの能力のせいなのか? 

……わかんねぇけど、まったく厄介な力だよ」

 

無自覚でこれだ、本人が能力を自覚して使ったらどれほどのものになるのだろうかと、うすら恐ろしいものを感じる。

幸いあの性格から悪用とかはしないとは思うけど、世の中何が起こるかわからない。

出来るだけ本人には知らせない方がいいだろう。

 

 

-2ページ-

 

(あとがき)

 

この作中で3人転生者が登場していますが、彼らは皆、何らかの特殊能力というか、才能を持って転生しています。

とは言え、そこまでぶっ壊れ性能のあるチート能力ではないつもりですが。

ちなみにどんな能力かというとこんな感じ。

 

 

 

・西住幸夫

能力:集中

集中力を向上させ、作業効率を上げる。

集中力が上がることで記憶力、判断能力に補正がかかる。

所謂スポーツ選手がなるという超集中状態、ゾーンに自分の意志で入れるようになるもの。

幼少期から漫画を描くのに集中していると、前世と比較して明らかに短時間で描くスピードが上がっていることから、自身にそういう転生特典のようなものが宿っているのではと気付く。

それから色々と試しているうちに、「これ神速っぽい? とらハの」と思うようになった。

それから更に色々と試していく中で、能力を使用した際に周囲の動きが若干ゆっくりと見えるようになり、そのゆっくりとした時間の中で多少早く動けるようになった。

能力に気付いてから暇を見て練習は続けていて、ゆっくりとした時間の中での動く速さは少しずつ上がってきている。

とはいえ御神の剣士のようにガチで鍛えてるわけではなく、いまだに御神の剣士には到底及ばない程度の速さしか出せない。

御神の剣士(高町恭也)が仮に神速レベル10だとして、現状の幸夫の神速レベルは3くらい。

周囲の景色がモノクロになって止まってるようになんて見えないし、突然消えるようなスピードで動けもしない。

現状、主に漫画を描く速度を上げることに使っているが、能力を強めて使い続けると腱鞘炎になったり頭が痛くなったりするため、普段は少しだけ能力を発動させて漫画を描いている。

 

(大体の描く速度)

一般人<新人漫画家<漫画家=主人公(神速:未使用)<熟練漫画家<主人公(神速:レベル1(普段))<主人公(神速:レベル2)<主人公(神速:レベル3)<<(人外の壁)<<露伴先生

 

・柊京子

能力:説得

その言葉、行動に説得力を持たせることが出来る。

使い方によっては困っている人を励ましたり、心が弱っている人を勇気づけたりもできるし、逆に人の心を貶め、傷つけることも出来る。

正しかろうとも間違っていようとも、どれだけ強い心を持って行うことが出来るかによって、能力の強さが変わってくる。

しかし本人が自分に自信が持てない系女子なので、日常ではほとんど能力を発動できていない。

そんな性格も災い(もしくは幸い)して、自分が持つ能力にも気付いていない。

ちなみにこの能力、ガチでその力を発揮したら、最低系主人公張りにまわりに言う事を聞かせることも出来る。

本人が“自信が持てない系”なので、どれだけ頑張ってもそこまで行くことはできないだろうけど。

 

・黒井七海

能力:騎乗

乗り物系なら車、バイク、飛行機、そして馬でも乗りこなすことが出来る。

あくまでその乗り物の性能を最大限まで発揮して操ることが出来る力であるため、出来ないことは出来ない。

本人は子供の頃に自転車には簡単に乗れたり、戦車も楽々乗りこなすことが出来たけど、原作知識的に「操縦がうまい子なんていくらでもいるし、私程度大したことない」と思っていて、能力の自覚はない。

なお七海が比較対象にしてるのは、冷泉麻子やミッコといった人達。

 

 

 

と、こんな感じですかね。

京子が役人の“説得”に成功したのは、この能力によるものが大きいです。

でなければ大洗学園艦を廃艦にする気満々な役人が、態々誓約書なんて書くことはまずないでしょうね。

ちなみに幸雄はちょっとだけアドバイスもしていたり。

内容としては、聖グロとの練習試合でボロ負けしたことを引き合いに出し、お涙頂戴の三文芝居(京子にすれば真剣だけど)の台本を用意したこと。

口約束とは言え学園艦の廃艦の撤回を約束した手前、きっと大洗の練習試合も役人は見ていたんじゃないかなぁと。

で、その試合での無残な負けっぷりを見れば、多少は侮ってくれるかもしれないと思いました。

というか大洗に西住流の娘がいなく、3話での市街地戦が無く、みぽりん戦車vsダージリン戦車の戦いも無くて聖グロに負ければ、まず大洗が大会でいい試合が出来るとすら誰も思わないでしょう。

役人もその一人。

そんなことで、京子の説得能力+役人の慢心で誓約書をもぎ取った形です。

……そんなもん本文で書けや! って我ながら思いますけどね(汗

 

 

さて、短編のはずなのに妄想が働いて少しずつ書き溜めてきた今作もこれで3話目。

このまま未完になるのか、はたまた完結させることが出来るのか。

私にもそれはわかりません。

だからいつ打ち切ってしまってもいいように、短編タグを外せないチキン野郎です。

まぁ、ガルパン最終章も年単位でやってますし、こちらもそのくらいの気概で腰を据えてやってみますかね!(完結させられるとは言ってない

 

 

説明
3話目なのに短編タグを外さずにいる私です。
しかも今回は多分今までで一番長いという……それでも、一応短編ということで(汗
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