なのはExtreme = Another Dimension = |
第三話
「母、参上ッ!!」
日本某所。とある場所にある空港のターミナルで、女性が一人そう言って両腕を掲げる。唐突に何を言ってるのかと不審がる者もいるが、それよりも周りを気にせずにはつらつとした声を響かせる彼女の元気の良さに降りてくる客は呆気にとられる。今、彼女が降りてきたのはアメリカとを結ぶ便で、丸一日をかけてフライトするのだ。狭い空間で、制限される行動で、動くこともできない機内で、普通なら気の滅入る状態。出てくれば元気でもそこまで騒げないだろう。
「うーん!」
それもそのはずだ。彼女は確かにアメリカからの飛行機から降りてきたが実際はアメリカでもない、それよりも遠く、そして近しい場所からやって来たのだから。
「久しぶりの日本だぁ! いやぁ日本語が懐かしいなぁ!」
ゆえに。有り余った元気で体を伸ばす女性は倦怠感はなく、単になまった体を伸ばして眠気をさます。両腕を左右に動かし、腰回りを何度か捻り骨を鳴らす。同時に彼女の整ったプロポーションが服の奥から露わになるので、道行く男たちはその姿を凝視していく。凹んだ腹、実った胸、しまりのいい臀部。体もさることながら、やはり男たちが目にするのは胸……ではなく顔だ。その体を持つにふさわしい、と言うだろう美女だ。
「さぁて、我が愛しの最愛の愛する息子であるリョウちゃんに会いに行こうかしらね!!」
彼女の名は不知火((魔理香|まりか))。不知火霊太の母親であり、彼と同じ魔導師である。
―――それから二時間と三十分後。
海鳴小に放課後を告げるチャイムが鳴り響き、生徒たちはホームルームを終えて帰宅の徒につく。友人とともに帰る者もいれば、独り俯いて帰る者などその顔は様々。
それが数分後には絶叫とともに爆走して帰る生徒がいるわけだが、これには理由があった。
「リョウ。一緒に帰ろう」
「ん。いいぞ」
下駄箱で靴を入れ替える霊太に先に入れ替えたフェイトが一緒に帰ろうと言う。特に嫌がることも予定もない霊太はそれを間を置かず、考えることもなく頷き、ともに帰ることにするが、二人でそろって校舎から出ようと靴を履き替えた丁度その時、霊太の服の中で何かが震えたので、手を伸ばす。制服の中には魔法で隠していた新型の携帯が顔を出し、それをさも当たり前のように弄りだす。
「あん? 誰だ、こんな時に……」
「誰かから連絡が来たの?」
「ああ。けどおかしいな、ブライトさんには報告は済ませてるしなんも悪いことしてねぇぞ」
悪い事とはまたなにかやらかしたのか、と思わす思ってしまうフェイトは苦笑いの顔で携帯を弄る霊太の背を見つめる。
ともかく何用でと、服の中に滑り込ませていた携帯を取り出す霊太はスリープから起動させ、画面に映ったメールの差出人相手を見るのだが……
「……………。」
「……? リョウ、どうかし―――」
刹那。霊太のボヤキが途中でピタリと止まり、同時に凍り付いたかのように動かなくなるフェイトは何事かと思い、手を伸ばす。
その当人の顔は青ざめ、この世の終わりを目撃しているかのような彼の顔をフェイトが目撃するまではそれから十秒もかからず、制止した霊太が動き出すまでは一秒もなかった。
そして、話は現在に至り、少年は絶叫暴走を起こす。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
突如、学校敷地内に聞こえてきた絶叫に誰もが驚き、そして目を向ける。反応は校舎内外どちらも同じで下校しようとしていた生徒は何事かと目を向けて驚き、激走する霊太の姿を目で追い、校舎内にいた生徒は窓から顔を出して外で起きていることを直接目で確かめる。零人となのはも例外ではなく、グラウンドを走る霊太とそれを必死に追うフェイトの姿に何事かと顔を見合わせた。
「あいつ……何してんだ?」
「さぁ……?」
叫ぶ霊太の姿を目につぶやく二人。そこに二人のクラスの担任である北村が戸を開き、顔をのぞかせると、窓側に居た零人となのはに向かい問いを投げた。
「……お前たち、八神の二人はどうした?」
「「…………あー……」」
二人の反応に北村は頭を抱えた。はやてとヴィータは早々に帰っていたのだ。
視点は再び霊太らに戻り、学校内を爆走して走り去った霊太に突如何事かと慌てるフェイトが後を追うが、身体能力では大きな差があるせいで追い付こうとしても差が開き、二人の間は街の中にある踏切に来る頃には十メートル近い差が生まれていた。
「り、リョウ待ってどうしたの!?」
必死に後を追い、霊太に声をかけるフェイトだが、当人は何を焦っているのか聞く耳を持たず走り続ける。このままではいずれ追いつけなくなるが、そう思った刹那霊太の足が止まった。
踏切に引っかかったのだ。
「ッ……もう!」
ようやく止まったと踏切の前で足踏みをする姿に思わず悪態を内心でつくフェイトは周りに気づかれない程度の魔力で脚を強化、補強し速度を上げて霊太に追いつく。
「リョウ、本当にどうしたの!?」
『無駄だフェイト。今のこいつは母親のことで頭がいっぱいだ』
追いついたフェイトに彼のデバイスであるゼクスが代わりに念話で答える。彼のデバイスが答えなければいけないというこの状況はどうやら彼にとっては相当深刻な問題らしい。その証拠に未だ霊太はフェイトの存在に気づいてないのか前しか見えていない。
「お母さん……お母さんのことってどういう……」
『まぁ……そこを説明するとなると色々と長くなるのだが……』
当の犯人は変わらない踏切に焦りいら立っているようでだんだんと顔色が焦りから怒りへと変化する。かなり急いでいるようで、それならとフェイトは思うがゼクスの言う通りそれを考える余裕がないのだろう。苛立ちもそこそこに舌打ちからの暴言が出る、そう思われた時
「くぉら」
「いてっ、誰だこんな……」
「誰だちゃうやろ。なに一人で焦ってんねんリョウ君」
そこには零人たちに掃除を任せ、先に帰っていたはやてとヴィータの姿があった。先に霊太らの存在に気付いたのか、いつの間にか近くにいたことに二人が気づけず、特に慌てていた霊太はそこでようやく落ち着きを取り戻し、周りの様子を目にした。
「……落ち着いたか」
「……もしかして、俺迷惑かけてたか?」
「ウチらよりもフェイトちゃんがな。ちゃんと謝りや」
はやての言葉に振り返ると、彼の後ろには息を切らして佇むフェイトの姿があり、その姿に霊太はバツの悪い顔になり頭を掻きながら謝罪の言葉を言う。
「……わりぃ」
「……ううん。でも、せめてさ、理由くらいは聞かせてほしいな」
すなおに謝る霊太に怒りや失望はしてなかったようで息を整えながらも笑みを作るフェイトに、その彼女からの当然の疑問である急ぎの理由について尋ねた。
なぜここまで霊太が急ぐのか。話の経緯と内容をしらないはやてらもここまで急ぐ理由は知りたかったようで彼の背を見て耳を傾ける。
「急ぎの理由があるのは分かるけど……あのメールになにかワケがあるんだよね?」
「メール?」
「うん。それを見たらリョウが文字通り血相変えて……」
「ここまで全力ダッシュしてきたってワケだ。なにがあったんだ?」
前後三人からの問いに改めて投げかけられたことで無言になる霊太は俯き、頭を掻いて考え込んでいたが、やがて決心を固めたかのような真剣な顔で三人に事情を明かした。
その理由、ここまで焦るワケを笑われると覚悟して。
「実はよ……帰ってくるんだ。
おふくろが」
「「「……………はい?」」」
―――時は進み午後八時を回ったころ。
「……で。走った理由はそれだったと。お袋、母親が帰ってくるから……いや、それ理由になってねぇだろ」
自室に入った零人は携帯の電話越しに素早く突っ込む。母親が帰ってきたから慌てるというのはあまり理由として不十分なのは当然ながら、それに対して焦る霊太に対してもなぜと言わざるを得ない。
「単にお袋が帰ってくるならもう少し周り見るだろ」
『うん。だから私もなんでって聞いたんだけど、リョウが答える前に……』
「前に……どうした?」
電話相手であるフェイトが向こう側から声にもならない気恥ずかしそうな声を出して悶えるので、その声に零人は心配になり声をかける。
「……おーいフェイト?」
『あう……』
「ダメだ、話聞いてねぇ……」
何を思い出しているのか零人の声が聞こえず答えないフェイトに、零人は溜息をついて携帯をいったん離す。しばらくはフェイトはこのままか本人が現実に帰ってくるまで待とうとベッドに腰をかける。設定でスピーカーモードにしているので耳元から離していても聞こえる。それまではと思っていたが、タイミングよくドアが開き、ヴィータが顔をのぞかせる。
「おーい零人、風呂開いたぜー」
……そういって現れたヴィータは頭にタオルを乗せて髪をふき、寝間着の服という風呂上りの姿そのもので、まだお湯の熱も冷めず柔肌が潤う表面は部屋の明かりで煌びやかだ。その肌を眺めつつ何も考えてなかった零人は言葉をそのまま受け取り、言い返す。
「おーう」
で、済むわけもなく
「うぉい!! なんでお前ら二人そろってウチにいんだよぉ!!!」
ヴィータの風呂上り姿を見た瞬間、全力疾走で二階から駆け下り一階のリビングに突撃する零人はそこでソファの上で寝転がりクリスとランとともにテレビを見る人物に対し怒声を上げる。これにはアイルーらとともに一緒にのんびりとしていた二人も驚き、顔を振り向かせる。
無論、怒声の対象は二人ではなく、ソファに寝転がる人物。そう、ヴィータの主であるはやてだ。彼女も風呂上りであるらしく寝間着のラフな格好で寝転がっており、完全に自宅でくつろぐ体勢だ。
……が。ここは八神家ではなく零人の家である。
「んー? ああ、零人兄ぃ。風呂沸いてるでー」
「ああ、後で入るわー……じゃねぇだろ!! なに自分の家みたいにぐーたれてんだよ! 明日も学校だろうが! っていうかその寝間着どうやって持ち込んだ!?」
「ソルナちゃんに送ってもらった。今、ソルナちゃんが浴室使ってるで」
「あーそうなのねーって、んなことどうでもいいんだよ! なんでお前ら泊まろうとしてんだよ!」
「んー? なんとなくー」
「なわけあるかああああああああああああ!!!」
流れる会話でボケと突っ込みの応酬を繰り広げる零人とはやて。その会話のテンポは熟年コンビのようにスムーズで、二人の会話の間というのは一秒にも満たない。
相手が言ってすぐに返すを繰り返す二人の会話は一見してそのまま続くかと思われたが、零人が近所迷惑を考えずに叫んだのを最後に零人が息を整えて小さくため息をついた。
「………ったくお前が今日妙に足早だったのはこれが理由か」
「せいかーい♪ もうすぐ休みやし、お泊り会の準備をってなぁ」
「準備ってお前、何を……」
「ああ。前に兄ぃの家で雑魚寝した時の部屋のふすまの下を改造してうちらの寝間着とかの着替えを入れたタンスを増設してん」
「テメェ人の家を勝手に改造すんなあああああああああああああああ!!!!」
直後、風呂場から出てきたソルナに改造したのが自分であると言われた零人は激怒。しばらく大声が家から響いてきたので後日、近所から苦情を寄せられるのだが、それは少し後の話。
そんなどんちゃん騒ぎな岡本家の様子を電話越しに聞いていたフェイトは騒ぎでようやく現実に意識が帰ってきたようで、恐る恐る電話越しに声をかけ続けていた。
『も、もしもし零人? おーい……』
零人がフェイトの声に気づくのはそれから少し経ってからで、その時には電話を切ろうかと迷い泣きじゃくっていたので、零人が今度は慌てふためくこととなる。
一階で彼らが騒いでいるのをよそに、ヴィータが階段付近でその騒ぎ声をBGMに携帯を用いて電話をしていた。魔導師である彼女は念話の方が楽に思えるが、携帯は携帯でメリットがあると知り、日常ではこちらを使って連絡をとったりしていた。
『な、なんかすごい騒いでるけど大丈夫なの?』
「ああ、気にすんな。はやてと零人が騒いでるだけだ」
『そこにソルナちゃんとかの声も混じってるんだけど……』
電話相手はなのはで、彼女の場合はヴィータに今日の出来事、霊太が走って帰ったわけを聞いていた。ただならぬ様子で爆走した彼の姿はなのはでも気になり心配になったようで、こうして連絡してきたのだ。ちなみになぜヴィータに聞いたかといえば、はやてと一緒に帰っていたので霊太のことも知っているのではないか、というなのはの勘であり、それを聞いたヴィータは一瞬、彼女の勘の強さに恐れを持った。
「で、話の続きなんだけどよ」
『あ、うん。霊太くんのお母さんが帰って来たってことだよね。わかりやすく言うと』
「っていうかまんまだな。アイツ本人がそう言ってたんだ。「おふくろが帰ってくるからヤバイ」って」
『……でも話だけ聞けば単にお母さんが帰ってくるってだけなのになんで焦ってたんだろ。お母さんが厳しかったから……なのかな。プレシアさんみたいな』
「さぁな。アイツ本人が「言葉にできねぇ」って言ってたから相当キツイんだと思うがよ、言うわりに恐怖はしてなかったな。顔は」
『そっかぁ……』
……が。恐怖はしてないが心底面倒であるという顔であったので、そういう相手なのだろう。と口にはせず思うだけのヴィータはふと思い出したかのように「あ」と言うとなのはに問いを投げた。
「そういやよ。なのは、お前んとこにフェイトから連絡来たか?」
『え? まだだけど、どうかしたの』
「……まぁそうなるわな」
話は霊太が事情を説明した放課後の時間にまでさかのぼる―――
◇
「―――え。つまり、お母さん帰ってくるから焦ってたん?」
はやての言葉に霊太が弱々しく頷く。いつになく気弱な顔で返す彼の顔は三人にとっては珍しく、その表情の雲りように心配になってしまう。
だが、それよりも先に聞きたいこと。なぜ母にそこまで焦り、慌てるのかだ。
ただ母親が帰ってくるだけなら、そう思いはやてが続けて尋ねる。
「え、なんでなん。単にお母さん帰ってくるだけなら慌てる必要ないんと……」
「ところが、あるんだよ。俺には」
そこまで焦る理由にはやてはまさか、と脳裏で可能性を考える。親が帰ってくるだけで焦り、気弱になる。それは原因が親にあるわけで、普段は明るい彼がここまでとなれば、考えられるのは一つ。
虐待、モンスターペアレント。前者は霊太の体を見てないと思いたくなるが仮にも彼も魔導師だ。傷を隠すことぐらいは容易だろう。
つまり彼が焦燥する理由は
「……んだよ。急に黙って」
「……いや、言うに言えんことだからよ」
ヴィータが黙った霊太に食いつく。
言うに言えないこと、という彼の言葉にはやてはやはり。と頷く。普段彼がここまで明るくしているのだ。その理由もストレスや本心を開けるのがここだけだからというのであれば納得がいく。そして今まではその親もいなかったのだ。それだけでどれだけ羽を伸ばせたことか。
自由と言う時間が終わり、牢獄の日々が始まる。それがどれだけ辛く、厳しい物かは親のいないはやてには想像もつかない。ただ言えるのは彼がここまで気を落とすほどの相手、ということなのだろう。
「しょーじき、お袋はもう少し帰らないで欲しかったけどな……仕事が嫌いじゃないっていってたし」
「なんや、出張で家開けてたんか」
「まぁな。んで帰ってるのは半年に二回ってペース……だった」
―――だった?
最後につけられた単語に三人は訝しみ、どういう意味かと問う。
「最近……っていうか一昨年辺りから、妙に帰ってくる回数が増えてきてな。半年に四回になったんだよ」
「半年で四回ってことは……一か月半くらいに一回ってペース……だよね?」
「で、最近はそのペースが崩れたと思ったら急なコレになったってわけ」
霊太の母親は帰ってくる期間と時期が決まっていたようで、それを参考に彼は予定を組んでいたらしい。しかし、予定が変わり、さらに早まったので対応が追い付かず、結果こうなってしまった。
彼の今までの焦りはこうした予想外の出来事が原因だったのだ。
「なん。ってことは霊太君とこのお母さん帰ってくるから慌ててただけなんか」
「案外しょーもない理由で慌ててたんだな」
からかうヴィータの言葉に「うるせぇ」と反論する霊太は
「しょーもなければ良かったんだけどな」
……とつぶやいたのですかさずフェイトやはやてが食いつく。
「……お母さん、厳しいの?」
「それか持病持ち?」
「そのどちらでもねぇよ。あのお袋が病気になったとこなんて生まれてから一度も見てねぇしな」
すぐさま否定する霊太にならば、とさらに問う三人。その彼女らの目に隠すことも黙秘もできないと考えた霊太は溜息をつくと、観念した顔で話し出す。
「……教えてやるよ。ウチのお袋の何が面倒って―――」
―――刹那。
「――――――――――――――――!」
「ん……」
「うん?」
「あん?」
どこからともなく、声が聞こえてくる。
街の中で、それも多少ではあるが喧騒とした場所の道で響くその声は、人の声や車、自転車の音、その他の雑音が不規則かつ乱雑に響くというのに聞こえており、確かに耳に入ってくるその声に三人の少女は気づき
「……………やっべ……」
霊太の顔は一気に真っ青になってしまう。
それは本当に一瞬、刹那のできごとだった。
霊太は何かにつかまれ、そのまま何かによって連れ去られてしまう。
フェイトやヴィータがかろうじて見えるという速さ、はやてには光速にも見える速さで彼女たちが気づき目で追おうとした時には、既に霊太との差は十メートル以上離れていた。
「「「―――――へ?」」」
この一瞬の出来事に三人は呆けた顔で唖然とするしかなく、それから数秒ほど絶叫とともに離れていく霊太の姿を見ていた……
『え゛。それで……』
「残念だがそこで終わりだな」
『割と他人事だね!? いや他人の話だけども!?』
黙って聞いていたなのはの突っ込みにヴィータも否定はせず、まぁそうだよな、と相槌を返す。
『ってことは、フェイトちゃんが何も言ってこないのは……』
「言わないんじゃなくて言えないってワケだ。文字通りな。アタシもあそこまでマッハで拉致られるのなんざ見たことねぇし」
『でも、拉致、じゃなくて連れて行ったのがお母さんだってよくわかったね』
「アイツが「離せオフクロ」だ「このクソ〇〇〇」って叫んでたからな。アタシらにも聞こえる声量で」
『それもはや木霊ってレベルじゃ……』
なのはの脳裏には連れ去られる霊太の姿が浮かび、それから二度と帰ってこないのではないか、と考えてしまうがヴィータがそれだけではないと話を続ける。
「安心しろよ。一応、あの後連絡っつーかメールが来たからよ」
『え。そうなの? ってことは無事なんだ』
「……まぁ無事だな。多分」
「……ほえ?」
メールには一言。
―――――たすけて
……とだけ書かれていたという。
『……………。』
「つまり少なくともメール送信前後までは生きてたってワケダ」
『もう勝手に殺してるよね!? 霊太くん死んだ扱いになってるよね!? 死んでないよね!?』
「さぁ?」
『さぁってそんなアッサリと!?』
拉致された時点で諦めているヴィータになのはが言い寄り、無事ではないかや霊太だから大丈夫だ、と生存を信じさせようと説得するがその言葉にヴィータは電話越しに目を丸くして返す。
「ま。生きてはいるだろうよ。様子からしてそう悪い奴ってわけじゃなさそうだったし」
『まずそう思われる時点でおかしいと思うの……』
「そらな。自分の息子を高速移動して拉致るなんざ聞いたことねぇよ。とはいえ、アイツの顔はそこまで青ざめてなかったからな。少なくとも悪意はねぇんだろうよ。……オフクロ側からはな」
『悪意とか言われている時点でおかしいって』
もはや素の突っ込みであるなのはに返す言葉がなく、乾いた笑いだけしか出てこない。なにせヴィータらあの場にいた三人は一瞬の出来事で母親についての判断などできなかったので、こういった場当たり的な言葉しか出てこないのだ。なので言葉もいい加減、感覚などが根拠となってしまう。
が、一つだけ確かなのが先ほども言った悪意がないということ。これだけはヴィータの直感が確かであると言っていたので彼女にとっては絶対的な理由に他ならないらしい。
「零人が言ってたぜ、親ってのは無意識な悪意を持つってよ」
『零人くんの目には親ってどう見えてるんだろ……』
「親の願いってやつだろ? アイツにゃそういうロクな思い出がないってだけじゃね」
『そういうものかなぁ……』
親というものについてわからないヴィータは他人事のように言い、それにはなのはの顔も電話越しに曇ってしまう。だが、その曇り顔も刹那、ふと浮かび上がった疑問に今度は上の空へと変わり、無言になった声に今度はヴィータが呼びかける。
『おーい、なのは?』
「あ。ゴメン。つい考えちゃった」
『考えたってなにをだよ?』
「いや……
―――零人くんのお父さん、お母さんってどんな人だったのかなって」
同時に、ふと考えてしまう。
なぜ、零人はソルナとの二人暮らしなのか。
なぜ、彼ら二人、当たり前のように生活しているのか。
零人は、なぜ、親が居ないのだろうか。
……そもそも、零人はいつから
「零人の親……ああ。前に聞いたぜ」
『え、そうなの!?』
「ああ。闇の書のごたつきの時にな。なんでもうるさかったってよ」
『……へー』
電話越しのなのはの声色が少し低くなり、直接話してもないというのに伝わる悪寒に背筋を凍らせ、身震いをしてしまうヴィータはなんとか軌道修正を図ろうと思い出したかのような言い方で話を続ける。
「あ、で、でも本人が適当にはぐらかしてよ。それ以上は聞けなかったんだよ」
『へぇ……?』
「……嘘じゃねぇからな。あとではやてにも聞いてみろよ」
『本人じゃないんだ』
なのはも分かってはいたが、零人に聞くのではなくはやてに聞くことに疑問を投げかける。
「……嫌そうだったからな」
少し言葉を濁して答えたヴィータは脳裏にその時の記憶を呼び起こし、刻まれた記憶をなぞるように再生させる。
闇の書事件での出来事、零人がはやてのために力を貸し、闇の書を完成させはやてを助けようとした時のこと。ふとはやての両親の話が出てしばらくしてからヴィータが何の気もなしに訊ねたのだ。
―――零人の親ってどんなのだったんだ?
その問いに、しばらく零人は沈黙をすると先ほどの答えが返ってきた。そして、同時に一瞬だが振り向いた顔は反応の困りつつも嫌悪などを混ぜた、負の表情で、それにはヴィータも不意に謝った。
「……ヴィータちゃん?」
『ん。ああ。すまねぇ。アタシも考えごとしててよ』
「私への言い分?」
『んなワケあるか! 話はホントだっての!!』
向こう側から響く声に思わず耳を少し離したなのはは小さく苦笑いを返し、一旦話を切るが向こう側から聞こえる溜息にまた苦笑いをしてしまう。
「にはは……まぁ零人くんのことはこのくらいにして……霊太くんについては……」
『大丈夫じゃね? アイツがあんなメール寄こせるってことは少なくとも平気だってことだしよ』
「まぁそうかもしれないけどさ、一応連れ去られたんだしもう少し心配しても……」
『アイツをどう心配するよ?』
その返事になのはは沈黙した。まぁそうだよね、と心配すらしていない自分の気持ちを自覚して。
『ほっといても明日にゃ学校に来るだろ。魔力にも乱れはねぇし、アイツならなんかして切り抜けられるだろうしよ』
「それもそうか……なぁ」
『心配しすぎ……って下がなんか騒がしい……おい、ランなにして―――』
何かに気づいたヴィータが携帯を離し、彼女の目の前に顔を出したのであろう零人の同居人であるランに訊ねている。その声は電話越しにも聞こえており、それを聞くやヴィータの声は一気に跳ね上がる。
『ゲームしてるよ。お兄ちゃんたちが喧嘩をゲームで決着つけようって』
『あ!? なんでアタシも呼ばねぇんだよ!!』
『ヴィータお姉ちゃんいなかったから』
『クッソ! 抜け駆けかよ! んじゃななのは、また明日!! おいアタシも混ぜやがれ!!』
最後にはどたどたと階段を駆け下りていく足音とヴィータの声で電話は切れ、これには電話越しのなのはも携帯を離し通話切れの画面に映る彼女の名前に絶句するしかない。
「向こう……楽しそうだなぁ……」
羨ましくも呆れつつ、なのはは携帯を枕元に置くとベッドの上に寝転がり小さく息をつく。
零人たちの家は騒ぎ立てているが、なのはの自宅は夜も更けっていることもあり静かで、月明りの夜と同じ物静かな空気が流れており、わずかに聞こえる自身の吐息と時計の駆動音しか聞こえなかった。
「…………あれ。なんでヴィータちゃんとはやてちゃん、零人くんの家にいるのかな。っていうか、なんで当たり前のように遊んでるのかぁ!?」
が、それもつかの間。すぐに違和感に気づいたなのははベッドから起き上がり、独りセルフ突っ込みを入れてはやてたちが零人の家にいる事に今度は思考を巡らせる。……わずかだが私怨の炎を交えて、だが。
「オイ、なのは。もう十時だぞ」
「わかってるの! わかってるけどさぁ……!」
独り騒ぐなのはにクシャルが顔を上げて半開きの目で注意する。無論なのはも時間については承知なのだが、それにしても当たり前のように零人の家にいるはやてたちにジェラシーを感じており、彼らの距離感にはなのはも嫉妬してしまう。
なのはも零人に淡い思いを抱いている一人なので、こうも当然の如く―――ではないが―――一緒に居るのはいい気分ではない。加えてそこにヴィータもいるのだからなおさらだ。
「そういうのは明日聞けるだろう」
「そりゃそうだけど……なんかさ、こうさ……」
明らかに一歩リードされているということになのはも涙目になっており、これにはクシャルも溜息をつくしかなく、呆れながらも言葉を繋ぐ。
「とりあえず今日は早く寝ろ。明日も早いんだろ」
「ううう……」
かくにも今はと、なのはに寝ることを促したクシャルは再び寝床である籠の中で丸くなりゆっくりと目を閉じる。
なのはもクシャルに諭されて溜息をつくとそれ以上は何も言うことなくしょげた顔で毛布を手に取るとリモコンで部屋の照明を消して包まるように毛布の中で丸くなって床へ就いた。思うことは色々あるが、なのはも就寝の体勢になるとそれらが馬鹿馬鹿しくも思えてしまい、また明日でもいいかな、と自分に言い聞かせると湧きあがる微睡みに身を任せ眠りへとついた。
「おやすみ、クシャルぅ……」
「ああ。おやすみ」
二人のその会話を最後に高町家には静寂が訪れた。
―――はずだった。
―――時計が深夜三時を刺し示す。
人々の多くは未だ眠りにつき月明りもまだまばゆく夜を照らす闇の時間は多くの人に静寂と安眠を与える。なのはも例外ではなく、小さな寝息を立てて眠りについており彼女の意識は夢か一時の闇の世界へと落ちている。このまま日が昇り朝焼けの日差しが部屋に差し込むまで彼女は眠り続ける……が。
―――――。
白い月明りが夜の世界をうっすらと照らし、わずかな月光をカーテンの隙間から差し込ませる。弱くも透き通った月明りは一条の線を描き、時に不規則になって窓から部屋の中へと入っていく。消灯されたなのはの部屋に薄く白けた光だけが差し込み、わずかにだが窓を照らす。
ゆっくり、雲が一つ、月明りを遮る。
やがて雲が過ぎ去り再び月が顔を出すと、薄く白けた窓が浮かび―――影が一つ。
窓の明かりに照らされてその姿を映し出す。
影がいつから居たのかは分からない。だが、その影の濃さからなのはの部屋の窓に向かい((逆さ|・・))に立っているのは確かでカーテンの向こう側からは姿は見えずとも一瞬にして静寂の中に僅かだがその存在感を示し揺らぎを生み出す。
「…………。」
しかし、影はあたかも最初からそこに在るか、影もまた光と同じ自然のものであるかの如く存在しており、突如現れたにも関わらずその存在感でなのはだけでなく、古龍であるクシャルにすら気づかせず彼女らの安眠を邪魔しない。
ただそこに居るはずだが、居ないという現状はいつもと変わらない夜の風景を描き出し、世界に溶け込んだ影は未だなにをすることもなくそこに佇んでいた。
「―――ふうん」
しかし、影は自ら静寂と世界との同化をやめて、小さく一言だけつぶやいた。その瞬間、確かに彼女という異分子がそこに現れた世界へと変化するのだが、それでもなのはたちが起きることはない。眠らされているわけでも、もうすでに遅いわけでもない。ただいつもと同じように小さな寝息を立てて眠っている。
揺らぐことのない影の存在感はやがて影に次の揺らぎを行う。逆さ向きの体からだらんと垂らし腕を一本影から外すと、ゆっくりカーテンの上を滑り蛇が獲物を狙うかの如く静かに、それでいてしなやかに近づいて行く。
腕の目標は眠っているなのはだ。
「すー……すー……」
だが当然ながらこれになのはが気づくことはなく、それどころか彼女の安眠は未だ破られず寝相が変わることすらない。それどころか安眠によって表情が穏やかで寝息もゆったりとしていた。
静寂が乱れ、その姿が近くにあるというのに目を覚まそうともしないのは、深い眠りだからではない。影の存在を彼女らが感じることができないほどに同化しているからだ。
カーテンを揺らす室内の小さなそよ風のように、雲の影が映し出され流れるように影は腕をカーテンからなのはの眠るベッドへと伸ばした
―――なのは!
言葉の電撃がなのはの意識を覚醒させた。
「ッ………!?」
刹那。なのはは跳び上がる勢いでベッドから起き上がり、部屋に風を吹かせる。恐怖や疑問ではない、声によって反射的に意識が覚醒したなのはの体は半ば無意識にアクションしたが、その動きは俊敏でとても寝起きの状態とは思えないほどに素早く体を起こした。
意識と体が同調するには若干の時間を要したが、声によって覚醒したなのはの意識ははっきりとしており、やがて思考が始まるとゆっくりと呼吸と体の状態を整え、辺りを見回した。
毛布を重ねることで生じた風はクシャルの目を覚まさせ、眠気を纏いながら首を持ち上げた。
「どうした?」
「…………ううん。でも、誰かに……呼ばれた気がして……」
眠そうなクシャルが問いかけ、同時に周囲の気配を探るが別段の異常は見当たらない。窓の向こう側にもだ。
だが、跳び上がる勢いで目を覚ましたなのははこめかみに僅かだが冷や汗をにじませ、整いつつある呼吸を落ち着かせながら暗い部屋の中を見回す。ドアを、机を、クローゼットを、天井を、そして最後には窓をとぐるりと首を動かし自分の部屋を見ていくが、どこにも異常はない。
やがて落ち着きを取り戻したなのはは、気のせいだったか。と自分の感覚を疑いつつ異常のない部屋を見て呟き、クシャルにも問題はないと返す。
窓にはもう、影の姿はない。
―――翌日
ホームルーム前の教室で、昨夜の出来事を零人たちに話したなのはは最初はみんな半信半疑だろうと思っていたが、その反応は意外にも深刻に受け止める面々の顔であった。
これには笑われるのを覚悟で切り出したなのはも面喰う反面、事の異常さを改めて知ることとなる。
「……え。零人くんたちもなの?」
一番驚いたのは話を切り出したなのは自身だ。
教室の端の一角に集合したのはまだ登校していない霊太以外の全員で、そのいずれもが曇った表情をしている。零人とマサキは例外で考える仕草で黙り込んでいるが、彼らの顔も事をしっかりと受け止めているとわかる仕草と目の動きをしていた。
「……みんな、何かに呼ばれて夜中に起きたってこと?」
「私は呼ばれたって気はしなかったけど、急に嫌な気配がして起きたのよ。なんて言うか……突き刺すような、視線っていうか……感覚っていうか」
いつもならハッキリと言うアリサも具体的な説明ができない、というより正体がわからないものが相手なので言葉が時折つまってしまい、最後にはまた頭を掻いて苛立ちを見せる。その姿にいつもの零人の姿を重ねるなのはは、その当人の顔を窺うと、零人が質問を投げかける。
「なのはは声が聞こえたんだよな。誰かはわからねぇが」
「うん。……ってことは零人くんも?」
「ああ。というより、俺とはやてが、だけどよ」
零人が自分だけではなくはやてもだというので、なのはの目が今度ははやてへと移り、それを感じてはやてが今度は答える。
「ウチもなのはちゃんとおんなじやな。寝てたら急に誰かに呼ばれてなぁ。目ぇ開けたらフッって」
「煙のように……か?」
はやてが頷き、なのはも同意する。
「でもアリサちゃんやすずかちゃん、ヴィータは聞こえてなかったなぁ」
「あ。私も呼び声は聞こえたよ」
「うえ、フェイトちゃんもかいな」
フェイトも昨夜の事を言い、それにははやても驚愕の色を隠さない。この場に居る全員が、昨日なんらかの理由で反応し目を覚ましたのだ。
全員の証言ともいえる昨夜の出来事についてを聞き終えた零人は一歩後ろに下がり全員の不安げであったり不満げな顔を見てしばらく考え込み、ぽつりとつぶやく。
「…………馬鹿となんとかで、か?」
「それどういうこっちゃ零人兄ぃ」
とうぜんながら零人はそんなことは半分ほどしか思ってもいないが、それ以上に気になっていたのはその人選。声が聞こえたのは零人やなのはら、一方でアリサ、すずか、ヴィータの三人だけが聞こえなかったというのは、それこそ聞こえが良すぎる話だ。まるで選ばれた、あるいは知っているかのようなこの分け方は零人に在る可能性を示す。
(いやに正確な分け方だな。まるでこいつらの((配役|ロール))を知ってるかみてぇな……まさか……)
―――本当にその配役を知っている?
無論、根拠もないことから偶然の域を出ないので零人も可能性の一つとしてそれを上げるが、彼の中ではそれが真っ先に上がったと同時にそれしかない、と決めつける自分の意思が存在しており、彼の中で叫んでいた。
他の可能性としては全員目立った事件に関わっているという点だが、それならヴィータが外れることに今度は合点がいかなくなる。また、強い魔力を持っているという点では今度はそこにはやても加わる。彼女一人の魔力総量は呼ばれた面々の中では実はアリサらとそう大差はないのだ。
(ってなると、やっぱそうなるよな。配役を知っているからこその人選。これが二次元作品を元に作られた世界であるってわかっているからこその。てなると……)
―――自分らと同じ、転生者。それも((原作|メタ的な内容))を知っているヤツの仕業
やはりそこしかない、と確信を持ち、口には出さないが内心で強く頷く零人は半分思ってもないことを口にして話を長引かせてお茶を濁す。
「その辺は半分冗談として、呼ばれたメンツは何かしら事件起こしてるからな。おまけに首も突っ込んでるし、何が因果で絡んだかって可能性もある」
「うーん……まぁせやけどなぁ」
はやても同じで矛盾点に気づいているとみて、零人は適当なところで話を切り上げる。
「……ま、声ありメンツは色々問題があるからな。何が理由でこうなったかはサッパリだ」
思い当たる節という言葉で話を区切った零人は口を閉ざすが、それで納得や話をつなげられるほどの答えではないので、アリサやヴィータ、なのはを中心に零人に対しさらに助言を求めてくる。
「アンタでそうなら私らはもっとよ。なんかないの、こう魔法使いならではのとか」
「ありゃ苦労しねぇっての。俺も魔導師してそんな長くねぇんだから、そこまで分からねぇしよ」
とはいえ、ただ一人口を閉ざすマサキだけは零人の言いたいことを察しており、零人に集中していた視線を見て口を開く。
「このメンバーでそう言った夢を見たんだ。なら、そのことに詳しいヤツに聞けばいい。だろう?」
「詳しい……あ、そっか。ユーノくんやクロノくんに聞けばいいの」
「……そう言うことだ」
転生者の可能性を自分の中で示してはみたが、零人も結局はあくまでも可能性、そうかもしれないという一つの意見を思ったまでにすぎない。実際はどうなのか、なぜ自分やなのはたちなにかは零人自身、ほんとうにサッパリでお手上げといった状態だ。なので、なのはらと同じくユーノ、クロノといった魔法に詳しい面々にこの出来事に対する有益な情報、という点では淡い期待感をもっていた。
「リョウはどうなんだろう。まだ来てないから、聞けないけど……」
「そういえば今日、不知火君遅いね」
フェイトがふと気になったのかここにはいない霊太のことを出し、彼も昨夜起きたのかと疑問をつぶやく。隣に居たすずかはフェイトの話に対する答えを考えつつも未だ現れない彼の姿を確認するために教室の扉の方へと目を向けた。
その次の瞬間だ、ガラリと教室のドアが開き、見知った顔の少年がやつれた表情で入ってくる。
「噂をすればってやつだな」
「ああ。……てか霊太のやつなんかやつれてね?」
零人とヴィータが続き、ドアの方へ振り返るとそこにはようやくの登校でなのか疲れ切った顔の霊太が入ってくる。そのあからさまな疲労感と歩き方に零人たちはかける言葉すら見つからず、他の面々も絶句するしかない。
「り、リョウ?」
「精根尽き果てたって感じだな。歩き方ゾンビだぞ」
心配するフェイトをよそにもはや生きているかすら怪しい表情の彼の姿をみて零人は声をかけて安否を確かめる。
「おーい、生きてるかー」
「……………………あ?」
帰ってきたか細く小さな声は疲労困憊の彼の中からようやく絞り出された声で、これには零人らも昨夜何があったのかという問いの方が強くなり、昨夜のできごとについて聞くに聞けない雰囲気になっていた。
「死に体かじいさんみたいな反応だなオイ……」
「し、不知火君、大丈夫なん? 保健室行くか?」
「……ああ。大丈夫だ。てか教室にいさせてくれ。マジで。頼むから」
生気のない顔で懇願をする霊太に零人とはやてがたじろぎ、切れの悪い返答をして席への道を開ける。屍のような歩き方で机の間を進み、自身の席へとたどり着いた霊太はカバンを置いて座ると、そのまま机に寝そべる形で前のめりになる。
空気が抜けてしぼんだ風船の如く机に伏せる霊太に、フェイトが声をかけるが、若干不機嫌でもあるようで返ってきた言葉には少しとげがある。とはいえ、霊太も底は自覚しており、すぐに修正を加えて言葉を返した。
「あああああああ………」
「……リョウ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だと思うか? 昨日、ほとんど寝てねぇんだぞ」
「あ……ゴメン」
「気にすんな。お前が悪いわけじゃねえんだからよ」
顔をうつ伏せのままひらひら手を動かし、手振りを加えて返事をする霊太に心配気味なフェイトは弱く頷きしばらく二人のぎこちない会話が続く。
「ホントに……平気?」
「寝不足なだけだ、まぁ授業中寝てりゃ平気だ」
「そんなに寝てないのならやっぱり……」
「いや、マジで……やめてくれ。頼むから」
「う、うん……」
そんな二人の会話を邪魔しないように零人の席の周りに集まるなのはたちは、彼らをよそに霊太の状態を見て昨夜の出来事は嫌でも感じられてないだろうと予想し、話を再開する。
「霊太くんがあれじゃ、昨日のは見れてないっぽいね」
「むしろあれで起こされるのは悪魔だな。俺なら死ねる」
「ウチも流石にキツイで……」
「アタシも……っていうかよく学校来られたわね、アイツ」
もはや起きているだけでも限界であろう霊太の姿から、彼の状態を気遣いつつもここにいることに疑問を覚えた零人たちは彼のことをフェイトに任せようと無言のまま考え、自分たちは昨夜の出来事についての話をまとめ出す。
誰かに呼ばれた者、そうでなかった者、関連性はまったくもって不明だが零人とマサキには思い当たる節はある。だが、それも確証はないため彼らもクロノらへの相談による進展を望んだ。
そんな時、また教室の扉が開きクラスメイトの一人が教室一帯に聞こえる声量でなのはに呼びかける。
「高町さーん! 山田先生がホームルームで配るプリントを取りに来てほしいってー!!」
「うにゃ。はーい!」
そう言えば今日は日直だったな。と黒板に書かれた自分の名前を確認してなのはは返事を返すと零人たちに軽く挨拶をして教室を出ると、職員室に続く道を小走りに駆け出す。職員室までの距離はそう遠くないがホームルームまでの時間が惜しい。残り時間をおおよそ脳裏で計算しながら、人込みを避けつつ目的地へと駆けて行く。
目的地は職員室。それを見つめる視線を、この時のなのはは気づけなかった。
◇
「失礼しましたー!」
両腕に一杯のプリントを抱えてドアの前で一礼と退出の挨拶をしたなのはは職員室を出て、片腕と胸でプリントの山を抱えながらドアを閉める。わずかにズレたプリントからバランスの崩壊を危惧してすぐに抱き寄せて山を整える。
職員室にまで呼び出されたのは担任である山田から連休の課題を知るしたプリントを先に運んでほしいとのことで、生徒の人数とは合わない紙束の大きさと分厚さになのはも失笑しか出なかった。
「うにゃあ……これは辛いの……」
そして、失意のため息とともになのはは重みのある紙束を抱えて人気の少ない朝の廊下を教室の帰路へと歩き出す。
「紙束はバラけやすいからなぁ……うっかりはしたくはないの……誰か一緒に来て欲しかったよ……とほほ」
独り言をつぶやき、抱えた紙束が崩れないように意識を向けているので歩く速度は来た時よりも遅く足取りもやや不安定。紙束の量もあるが、なにより大きさがA4サイズということでなのはの体格的に辛いところなので、それが大きな一因となっている。胸元に立てて持つというのもあるが、それはそれで不意に落ちてしまうという経験をしているので初めから彼女の中には選択肢には入っていない。
かくに横にして抱えるという安定性重視の持ち方で歩くなのはは職員室を通り会談へと向かう、がまさにその時というタイミングで職員室に隣接している応接間のドアが開く。
「ひゃっ……!」
危うく出てくる人とぶつかりそうになったのをとっさの判断で脚に制動をかけ動きを止める。同時に手に抱える紙束を確認し、無事を確認したなのはは正面へと向き、ドアから出てくる二人の人物、担任である北村と黒い髪を朝日に光らせる妖艶な雰囲気漂わせる女性が姿を現した。
「むっ、高町か。気をつけろ」
「あ、はい」
廊下に出てすぐになのはの姿を目にした北村は特に尋ねることもなく紙束を抱える彼女の姿におおよそを察すると軽く注意を促し、直ぐに目の前にいる女性に目を合わせて挨拶をする。
「では、本日はこの辺で。もうすぐ授業ですので」
「はい。ありがとうございます、北村先生」
礼を述べ、一礼をする女性は柔和な笑みで答える。
すらりとした体とまっすぐに伸びた背筋、そこから垂れ下がる黒髪はわずかに差し込む日の光だけで淡く輝いている。絶妙なプロポーションのボディは黒のスーツの中へと隠されているが腰や胸部には若干の余裕が見え隠れしている。相当絞られているが、健康的な肌ツヤから不健康さと健康的状態、その分水嶺ギリギリを攻めているという体つきだ。
なのはですらそこまで絞られつつも豊かな肉付きの女性は見たことがない。
スーツ姿でゆったりと余裕のありつつも主張をする女性的部分は同じ女性であるなのはにとっては憧れ、尊敬を持てるプロポーションだ。一体、何を食べ、どんな生活をしたらあんな体を維持できるのだろうか。目の前にいる女性の美しさに見とれたなのはがしばらくは意識が上の空だった次に瞬間
「それでは私はこれで。本日はご足労ご苦労様です、不知火さん」
(―――……え。しらぬい……不知火……不知火!?)
なのはの意識は現実へと引き戻され、表情は一気に驚愕の色へと変化する。幸い声までは出ず、とっさに抑えて我慢したがそれでも女性の正体にはなのはもショックを受け、言葉を失う。
(ってことは……霊太くんのお母さん!? この人が!? こんなすっごい美人さんが!?)
が、なるほどすぐに冷静さを取り戻したなのはは女性の横顔を見て彼女が霊太の母であることに納得する。息子である霊太と目の前にいる母親と顔つきが似ており、特に目つきは母親似であるようで、すぐに一致する。
加えてベースである顔つきそのものが極めて整っており、目元だけを見て判断しようにも顔という一つの形として成立しているために他の部分を見つめてしまう。絶世の美女という言葉が彼女のためにあるような顔立ちだ。
「―――あら。ごめんなさい。邪魔しちゃったわね」
「え、あ……いえ、大丈夫です」
そんな霊太の母がなのはを一瞥し声をかけてくる。澄んだ声色で肌筋をなでてくる感覚はこそばゆくもあり、透き通る息は遮られることもなく耳の奥へと入っていく。抵抗はできない、する意味もない声色に自然と警戒心や緊張がほぐれ溶けるように入り込んでくる声になのはは一瞬呆けてしまう。
魔性。まさにその言葉がふさわしくただ目を合わせているだけだというのに、顎筋に手が置かれ、目と鼻の先に彼女の顔があるという感覚だ。
「―――――。」
しかし。一瞬。霊太の母の顔が曇り、やわらかな笑みが消える。平静を装い、普段通りの顔つきというのになったのだろうかとなのはもその違和感に気づくが、どうにも腑に落ちない。
そばに居た北村が「先に行くぞ」となのはに声をかけ、それに応じるかの如く彼女もまた逆側に歩き出し、なのはの向こう側へと歩き去ろうとする。
なのはと霊太の母、二人が交わり互いの方角へと歩き出したその刹那
「アナタ、魔導師やめなさい。でないと、死ぬわよ」
「―――――え?」
透き通る音色は一本の槍となってなのはの胸を突きさした。
?
次回予告
零人「うおーい久方ぶりにもほどがあんだろ」
なのは「作者さん、色々聞きたいことがあるんですけど。少し……オハナシが、ね?」
零人「あとなのはのこれどういうこった。てか何考えてんだ作者ァ!!」
なのは「次回。「未来、現在、過去」。ところでこれちゃんと連載できるのかな……?」
零人「無理じゃね?」
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久方ぶりの。 ストーリーの流れを思案してるのでグダってます。 |
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