真・恋姫†無双〜黒の御使いと鬼子の少女〜 97 |
さて、一方。恋と合流した鈴々は北郷たちに追いつくために馬を走らせていたが、その表情は二人とも浮かなかった。
それもそうだろう。本来自分たちが守るべき雪華を危険な目に合わせ、尚且つあんな姿にしてしまったのだから。
「“………………”」
さらに言えば、そんな姿を兵たちも見てしまっている。
(……これは、よくないのだ)
鈴々の耳には兵たちのささやきが入り込んでいる。
“あれは、本当に天女なのか……?”
“あれが天女ならば、天とやらはあんな化け物しかいないのか?”
“もしや、劉備様はあれに操られているのでは?”
等々、完全に怪しまれている。
正直、鈴々も先程の姿を見て“雪華は人間ではないのでは”とは思っている。思ってはいるがそれが“悪”かどうかは別の話であり、そもそも答えは最初から出ている。
(雪華は悪くないのだ。悪いのは白装束なのだっ!)
恋からも話を聞いているし、自分もその場にいた。それに共に過ごした時間もある。だからこそ断じることができる。それに、もう一つ理由がある。
(悪い奴なら、玄兄ちゃんが守るわけないのだ)
玄輝に対する信頼。それが想いをより強固にしている。そして、それは共に駆けた者たちも同じだった。
「張飛様」
「にゃ、黄仁」
「……どういたしましょう。兵たちに説明しますか?」
「……多分、説明しても忘れちゃうと思うのだ。」
それに、今こうして話している自分もいつ忘れてしまうか分かったものではない。
「とにかく、お兄ちゃんに会って相談するまでは絶対に忘れないようにしないといけないのだ」
「ですが、どのようにして……」
「う〜ん……」
と、そこで思いついた。
「そうだっ! 体に書いてみるのだっ!」
「か、体に、ですか?」
「やってないことは試してみるのだ!」
そして、筆と墨を持ってきてもらい、早速お腹に書き始めるが……
「……う〜、うまく書けないのだ」
(そりゃそうでしょうよ……)
肌は墨を吸わないし、そもそも立っているので、墨が下に垂れる。上手く書けるわけはないのだ。
「……書く?」
と、そこで申し出て来たのは恋だった。
「お願いなのだっ!」
「ん」
何を書くのか確認した上で、筆を走らせる。
「ん、ひぅ……」
「鈴々、がまん」
「わ、分かってるのだっ!」
しかし、くすぐったいのは耐えようとしても耐えられるものではない。
「くひっ、ふひゃっ!」
腹をよじるのを耐え、逃げようとする体を抑え、笑いを堪える。そして、書き終わったと同時に腹を天にして倒れた。
「つ、辛かったのだぁ〜……」
「おつかれ、さま」
墨が乾くのを待ってから、再び移動を始める。
「……………」
移動の間、鈴々は5秒見たら前を一度だけ確認してすぐにまた見るを繰り返しながら進んでいた。
「張飛様、何もそこまで見なくても……」
「それで消えたら後悔しか残らないのだっ!」
確かにそれはそうだ。黄仁はそれ以上言わず、その成り行きを見守ることにする。
どのくらい交互に見たのか分からなくなった頃、ようやく先行して退いていた十文字の旗が見えた。
「あっ! お兄ちゃんの旗なのだっ!」
ぱぁっ! と鈴々の顔が明るくなるが、すぐに慌てて腹を見る。
「……よし、大丈夫なのだっ!」
腹にまだ書いたものが残ってるのを確認してから速度を上げた。もちろん、さっきまでの確認作業は欠かさずに、である。
そして、広く光る服を視界に捉えると、馬から降りて駆け寄った。
「お兄ちゃぁああああああああああああんっ!」
「鈴々っ! 無事でっええええええええええええええ!?」
飛び掛かってくる鈴々の腹に墨で書かれた何かを見つけた北郷は受け止める姿勢から、制止をかける姿勢へ変わる。
「鈴々っ! ストップ、ストォオオオオオオオオオオオップ!」
「にゃ?」
言われて何となく制止の意図は伝わったのか、飛び降りる猫が如く空中で姿勢を整え、見事に目の前での着地に成功する。
「えっと、それ何?」
お腹を指さされた鈴々は不甲斐なさそうな表情でそれに答える。
「えっと、白装束の事なのだ……」
「白装束っ!? まさか誰かに何か!?」
北郷の言葉に鈴々が頷く。
「……雪華が」
「そ、そんな……」
膝から崩れ落ちる北郷。だが、慌てて鈴々が否定する。
「べ、別にやられちゃったわけじゃないのだっ! ちょっと、攻撃されたというか……」
「と、という事は、生きてるの?」
「生きてるのだ。でも、ずっと寝たままなのだ……」
“よかった”とは言えないが、それでも命があるだけでも安堵するには十分だ。
「それで、ここに書いたのだ。忘れないように」
「え〜と……」
鈴々の腹に書かれた内容を読み上げる。
「“白装束が、雪華を、化け物に、した”?」
「……なのだ」
「どういう、こと?」
北郷の問いかけに鈴々は長坂橋で起きたこと、そして、恋が元に戻るまでの経緯を話す。
「……鬼」
「にゃ?」
「……実は、皆には言ってなかったことなんだけど、俺たちの国には鬼って言う、なんて言えばいいかな? 麒麟みたいな生き物がいるんだ」
「じゃ、じゃあっ! 雪華は麒麟の友達なのかっ!?」
目を輝かせる鈴々だが、北郷の表情はあまり浮かない。
「……ちょっとこっちに」
そう言って北郷は鈴々と恋、ねね、そして黄仁を連れて人払いをさせる。
「……実は、鬼は俺の国だとあまりいい生物じゃないんだ」
「え?」
「昔話では、悪いものとして倒される生き物なんだよ。全部が全部そういった書き方をされているわけじゃないんだけどね」
「……でも、雪華は悪くないのだ」
「うん。それは分かってる。でも、その姿は俺の知ってる鬼の姿に近いんだ」
そして、北郷にはもう一つ懸念がある。
「玄輝って、龍と戦ったことがあるって話してたよね?」
「そう言えば、そんなことも言ってたのだ」
「ってことは、玄輝の世界だと鬼がいてもおかしくない」
北郷の世界では“龍”も“鬼”もいない。だが、玄輝の世界では“龍”は存在している。であれば、鬼がいてもおかしな話ではない。
「……お兄ちゃん。雪華は雪華なのだ」
鈴々の真剣な表情から出された言葉に北郷は頷く。
「うん。その通りだと思う。だから、あいつらに絶対利用されないようにする。何があっても」
北郷の力強い言葉にそこにいた全員が頷いた。
「とりあえず、鬼についての話はここにいる皆だけの話にして」
「分かったのだっ!」
「……わかったのです」
「……ん」
「御意に」
そして、このことをいかにして他の面々に伝えるか、それを武将たちが話し合うという事で、黄仁は一人離れる。
「…………」
誰もいないところで、黄仁は懐から暗器を取り出す。
「………………」
しばらく思い悩んだ後、その暗器を左肩に突き刺した。
「ぐっうぅぅぅ!」
そこへ偶然同じ隊の仲間が通りかかった。
「お、おいっ! 何してんだよっ!?」
「……燕張(えんちょう)」
「い、急いで医官をっ!」
慌てて探しに行こうとする仲間を黄仁は制止する。
「少しだけ、待ってくれ」
「何言ってんだっ!」
「……これは、戒めなのだ」
「戒め?」
「……天女様をお守りできなかった、俺への」
「…………黄仁」
(……御剣様、申し訳ありませぬ)
己が命を懸けてまでお仕えすると決めた相手の妹君を守ることができなかった。命はあれども傷つけたことは変わらない。
(我が命ごときで雪げぬこの失態。必ずや、必ずや白装束を討ち果たすことで塗りつぶしてくれるっ!)
固く、固く心に誓う。何を失くそうとも必ずやと。その眼に焔を宿して。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日も暮れ、星々が輝く頃。北郷たちは先行して城に入っていた桃香たちと合流し、城で顔を合わせていた。
「ご主人様っ!」
北郷の胸へ飛び込む桃香。仲間想いの彼女からしたら永劫とも思える時間だったろう。それを知っている北郷は受け止めてその頭を撫でる。
「……ただいま」
「よかった、お帰りって言えて、よかった……!」
胸の中で泣きじゃくる桃香だが、北郷の影のある表情に気が付く。
「ご主人様……?」
「……実は、みんなに話さなきゃいけないことがある」
北郷と一緒に行動していた面々の表情が暗いことに気が付いた桃香たちのグループは顔を見合わせるが、そこで愛紗があることに気が付く。
「ご主人様、雪華はどうされたのですか?」
「…………」
「ご主人、様?」
愛紗の言葉に北郷は重い口を開いて事実を伝えた。
「……雪華が、白装束に化け物へと変えられた」
一瞬の静寂。
「……うそ、です。うそと、おっしゃってください」
愛紗の嘆願に北郷は首を振る。
「命に別状はないそうだけど、未だ目を覚まさないんだ」
「あ、ああ……」
愛紗は後ろに2,3歩よろめいてそのまま倒れそうになる。
「愛紗ちゃんっ!?」
慌てて桃香が体を支えるが、その表情は今まで見たことがないほど動揺していた。
「そんな、そんな……」
それも無理はない。何せ玄輝の前で誓ったのだ。“命をかけて守る”と。決して違えることは無いと。
「私は、玄輝殿との約束を……」
「愛紗ちゃんっ!」
パンっ! と音を立てて桃香は愛紗の頬を両手で抑え込んで顔を上げさせる。
「っ!?」
上がった顔に桃香は目を見て話し始める。
「愛紗ちゃん。あの約束の事は私も覚えてるよ。でも、それを守れなかったことを悔やむのは“今”することなの?」
「っ!!!」
「悔やむことも、謝ることも、泣くことも今できるよ。でも、この今、この瞬間に必要なの?」
「桃香、さま」
「……愛紗ちゃん。もう一度聞くよ? それは今すること?」
何も知らない人から見れば冷淡にも見えるだろう。だが、桃香を知っている人間なら今までの言葉は優しい我慢の上で出した言葉というのは痛いほどに分かる。それを義妹が察せないわけがない。
「……申し訳ありません。取り乱しました」
今すべきことはこれではない。すべきことは……
「これからどうするか、話し合いましょう」
約束を違えてしまったことは再会できた時に地に頭をつけて許しを請う。後悔は乗り切った後に自責で立てぬほどする。
でも、それでは前に進めない。今、足を止めたらきっと立ち上がれない。
「愛紗……」
北郷はそんな彼女に言葉をかけようとして飲み込んだ。
(今言うのはたぶん、愛紗の気持ちを踏みにじることになる)
飲み込んだものを別の言葉にして口に出した。
「じゃあ、始めよう。これからの話を」
大なり小なり、ここにいる面々は思うことがあるだろう。だが、その中で全員一つだけ絶対に同じことを思っているという確信があった。ここで止まることこそが一番の裏切りだと。
「朱里、現状の報告をお願い」
「御意」
指示を受けた朱里は説明を始める。
「現在、私たちがいるのは益州と荊州の国境を守る城、“諷陵(ふうりょう)”です。入城は非常に穏やかかつ、ゆっくりとしたものでした」
「……それだけ民心が離れているという事だね」
北郷の言葉に頷く。
「ご主人様のおっしゃる通りです。それに、ここに住まう方々は諸手を挙げて歓迎をしてくださっています」
その光景が目に浮かぶ。
「それで、長老さんたちとは話はできた?」
「はい。ですが、着いたときは夜も遅かったので、明日の朝にという事になっています」
「分かった。同席者は、桃香と俺と、朱里ってところ?」
「それで問題ないかと」
「よし。他に報告事項はある?」
「いえ」
「なら、俺たちの方の状況も報告するね」
その言葉に皆に緊張が走る。
「じゃあ、鈴々お願い」
「頼まれたのだ」
まず最初に鈴々は腹を指さす。
「ここに書いてあるけど、雪華が白装束に化け物にされちゃったのだ」
「怪我とかはどうなの? 命に別状はないって聞いたけど……」
まず、桃香の問いに答える。
「……短剣が左肩に刺さったはずだけど、見たところはないのだ」
「ない? 刺さったのに?」
「そうなのだ。それで、刺さったら真っ黒な影みたいな二本の角の生えた赤い目の化け物になったのだ」
「角の生えた化け物、龍のような形か?」
星の質問に今度は北郷が答える。
「実は、そのことなんだけどその姿に思い当たる節があるんだ」
「主がですか?」
「ああ。俺が住んでいた天、いや、玄輝もいた国にも語られている化け物にそっくりなんだ」
「して、その名は?」
「……鬼」
「鬼、ですか」
そこで白蓮が話に入る。
「鬼って、あの、若い娘の霊魂とかのか? その、じょ、情交とか、してくる」
恥ずかしそうに言った白蓮の言葉を北郷は否定する。
「日本では鬼って言うのは日本の角が生えた筋骨隆々の生き物で、金棒を振り回したり、人を食べたりするような化け物として語られているんだ」
「……だいぶ、違うんだな」
恥ずかしがり損じゃないかと内心思う白蓮だが、そんな感情を持っている暇はない。
「で、その鈴々の言っていた化け物を仮に鬼と呼ぶとして、なんで雪華がそんな姿に? 確かに雪華にも角が生えているけど、筋骨隆々なんて程遠いなんて次元じゃないだろう?」
「……それはよくわからない。でも、そこで恋からも気になる話があるんだ」
北郷に促され、恋が口を開く。
「女が、いた」
「女? 白装束か?」
「(フルフルッ)」
首を横に振ってから続きを口にする。
「白装束を、変な技でやっつけた。多分、敵じゃない」
「白装束を変な技で?」
それをねねが補足する。
「なんでも、言葉を唱えたら勝手に地面をのたうち回って事切れたそうなのです」
「……まさか妖術使いか?」
「わからない。でも、雪華の事を見て、白装束に怒ってた」
なるほど。その情報を聞けば少なくても敵ではない、とは言えるだろう。
「そう言えば、恋。その女は何て言ってたの?」
「えっと……」
北郷に言われ、思い出しながら口にする。
「人に逢はむ 月のなきには思ひおきて 胸はしり火に心やけをり」
「っ!?」
それを聞いた北郷の顔が変わる。
「ご主人様? どうしたの?」
「恋! その人、本当にそう言ったのっ!?」
「……(コクッ)」
頷いた恋を見て、北郷は顎に手を当てる。
「主よ、何か思い当たる節があるので?」
「…………ある。でも、なんで?」
北郷も整理ができないのだろう。しかし、自身では考えが及ばないと思い至った彼は今まで考えたことを口にする。
「まず、恋が言ったのは俺の世界の文化で“短歌”って呼ばれるものだと思う」
「短歌、ですか?」
朱里の問いかけに頷く。
「うん。漢字は短い歌って書いて短歌。昔の貴族が手紙の代わりに送り合ってた歌なんだ」
「ずいぶんと粋な話ですが、それがなんで……」
「俺も分からない。それに、もっと分からないのがなんでそれが人を死なせる力を持ってるのかってこと」
昔の短歌には恋の歌が多い。そんな中に人を呪い殺す歌なんて北郷が知っている中にはない。
「……それに、短歌を知っているってことはもしかしたら俺や玄輝の世界から来ている可能性が高いと思う」
「……聞けば聞くほど不気味ですな。敵ではないにしても」
そこで会話は途切れる。少しの静寂が流れるが、朱里が手を叩いて空気を変える。
「このことは一度不確定要素として保留しておきましょう。恋さん、その女性は他に何か言っていませんでしたか?」
「……短剣を、呪物って言ってた。また、会うとも言ってた」
「呪物という事は、雪華ちゃんは何かしらの呪いを受けた、という事ですね。その短剣は?」
「…………持って行った」
「なるほど。そして、また会うと言っていたと……」
朱里の言葉に頷いたのを確認してから朱里は考えを話す。
「……私の推測ですが、その女性も白装束とは相対する存在だと思われます」
「白装束の敵、ってこと?」
「敵、とまで行くかは断言できません。ですが、少なくとも恋さんを助け、雪華ちゃんが受けた呪いに対して怒りを見せ、また会うつもりがあることから、相対していることだけは間違いないかと」
「……そうだね。もし、また会うことになったら恋に確認してもらおう。いい?」
恋は北郷の言葉に頷きを返す。
「わかった」
「お願いね。じゃあ、こちらからの報告は、」
「あ、ちょっと待ってほしいのだっ!」
「鈴々?」
「実は曹操お姉ちゃんからお姉ちゃんへ伝言を預かっているのだ」
「私に?」
ぎりぎりのところで思い出した鈴々は桃香に向けて曹操からの言伝を伝える。
「“今回は民を想う心に免じて見逃す。だが、次に相まみえた時は決着の時。それまでに力を溜めよ。そして、あなたの理想の力を見せてみろ”だって」
「っ!」
言伝を聞いた桃香は一度目を閉じてから、意志を宿して目を開く。
「……言われなくても、やってみせるよ。曹操さん」
その小さくもはっきりとした声を聞いた面々は表情を引き締める。
「よしっ。それじゃあ今日はここまででいいね?」
北郷が確認すると全員が頷いたので、その日は解散になった。
だが、夜の闇は彼女たちの心を休ませてはくれなかった。
はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。
いやぁ、何とか七夕に公開を間に合わせることができました……
え? なんでって?
そりゃあ、97回目で7月7日に公開された作品になるからですよっ! 7が3つで縁起がいいっ!
という理由です。ええ、それだけでございますはい。
というか、書いていて思ったんですけど、なんか黄仁がどんどん重要キャラになってきてしまったような……?
モブキャラのつもりだったんですけど、書いていくうちにあれよあれよと……
……まぁ、いっか。なんだかんだで使いやすいし。
と、こんなところでまた次回という事で。
誤字脱字等がございましたら、コメントにお願いします。
では、また次回っ!
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