無印判戦国恋姫の続きを妄想してみた(復活版)
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「「エーリカぁああああああああ!!!!!!!」」

 

 燃え盛る本能寺の中、一組の男女の叫び声がこだまする。剣を一人の少女に向け、走っていく。少女はそれを受け入れるように両手を広げて微笑みを浮かべている。

 

「剣丞殿…久遠様…さぁ、終わらせましょう」

 

少女の名は、ルイス・エーリカ・フロイス。自身を外史から解放するために、日ノ本の国を混乱に陥れた哀しい女。狂気の果て、滅びの運命を受け入れた者。

 

 あの刃を受け入れれば、この世界から解き放たれる…解放される。最後の最後であの少年に救われるとは…運命とは皮肉なもの。少女は利用し続けた少年の顔をじっと見つめる。運命のまま出会い、運命のままともに過ごし、運命を捻じ曲げて自分を救ってくれようとしている。

 

もはや、救いがないのは彼のはずなのに…どうして、こうも…

 

 

「愛おしいの…でしょうか…」

 

 

 消え入るような声でつぶやくと同時に、少女の胸に剣が突き立てられた。

 

「(剣丞殿…いずれ、どこかの外史で…。

 

そのときは、この想いを…)」

 

彼女意識は光の中に消えていった。

 

そして、時は少し流れ。連合軍が逆臣明智を討ってから1年の歳月が流れた。時代は穏やかさを取り戻し、人々の心には笑顔が戻った。

 

あの時までは…

 

 時代の中で一人じっと潜伏し、天下を狙う少女が動き始めた。松平軍大将、松平葵は京都の公家と通じ、足利幕府から政権を謀略の果てに奪取。足利幕府将軍足利一葉姉妹は良人である剣丞の元にいた為、事なきを得たが、京に残されていた足利幕府の臣や一族は松平により捕らえられ、都より追放された。

 

松平葵は再建途中の京都を容赦なく焼き払い、江戸へと遷都した。自身を新皇と名乗り江戸幕府を新たに開き、各地の勢力を吸収。新田剣丞を国逆者として指定。その討伐を命じた。剣丞の妻たちも家族を人質にとられ、葵の命令を聞かざる得なくなり、剣丞の討伐に乗り出した。

 

 新田剣丞は妻の一人である織田久遠に離縁を告げ、一人国を出奔した。愛する人を巻き込まないために…

 

剣丞は早すぎる葵の行動に違和感を覚えた。彼女の背後に得体の知れない大きな影がついているのではないか…国を救った英雄から、一気に国逆者となった剣丞の行方は誰も知らない。

 

剣丞が去って数ヵ月後、尾張は江戸幕府に降伏し、日ノ本の国の殆どは松平のものとなった。

 

 剣丞は名を『田中与四郎』と変え、茶人として荒れ果てた京の都に潜伏していた。天性の人誑しである彼は、都の人々と仲良くなり京の一角に廃材を利用した小さな小屋を建ててもらい、一人で住んでいた。

 

 剣丞は鍋を火にかけながら、味噌汁を作っている。

 

「あ〜ぁ〜…なんで、こんなことになっちまったのかね?結菜の手料理が恋しいよ…。」

 

 国に置いてきた妻の一人の名をつぶやきながら、つい愚痴をこぼす。鍋にお玉を入れ、適量をすくい取りおわんに移す。

 

「さて、できたっと…。いただきま〜…」

 

 お椀と雑穀米、自家製の漬物を机に置き、手を合わせたときだった。

 

「だんなぁ〜利休のだんなぁ〜!」

 

 ドタバタと転げ込むように数人の大人と少年たちが扉を開けて入ってきた。

 

「おいおい…どうした?そんなに慌てて」

 

 剣丞はお椀を置いて、彼らに近づいていく。

 

「利休の旦那!たいへんでさぁ〜!幕府の野郎どもがぁ…」

 

「市場で…暴れてるんです!年貢を出せって!!」

 

 剣丞は何!っとつぶやく

 

「馬鹿な!年貢はもう納めたじゃないか!?」

 

 剣丞の言う通り、実は今年の年貢は幕府に殆どを取り上げられていた。荒れ果てた田畑を開墾し、一年がかりで育てた米の7割を取られているのだ。

 

「もう…あいつら無茶苦茶だぁ!!」

 

 泣き始めた父親たちに代わり子供たちが剣丞のすそをつかみすがりつく。

 

「先生ぇ…先生は、元お侍様でしょ!あいつらをやっつけてよ!」

 

「先生は…先生は強いんでしょ!?弱いものの味方のお侍なんでしょ?」

 

「先生!利休先生!!!このままじゃ、父ちゃんたちが兵役に取られちまう!

 

助けてよ…先生ぇーーー!」

 

 泣き叫ぶ子供たちの頭をなでながら、剣丞は思考する。

 

「(あいつらには恐らく俺のことは割れていない。だが、ここで暴れたら俺は死ぬ…俺はただの武士でしかない。

 

 久遠たちのような一騎当千のちからも…無い!どうすれば…どうすればいい!?どうすればいいんだ!一刀伯父さん!)」

 

 そんな時、一人の男性が血相を変えて駆け込んできた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「あぁ!一発屋の親父さん!!」

 

 彼は京都の一角に格安の食事どころを作るために来た一発屋の主人であった。

 

 剣丞とも面識があったが、剣丞の身を守るため彼のことは口外せずかばい続けてくれた恩人の一人だった。

 

「け、剣…いや、利休先生!お助けください!!!」

 

「親父さん。いったいどうされたんですか!?」

 

 剣丞は慌てて子供たちとともに、親父さんに駆け寄った。

 

「む…すめ…が。娘の…おきよが…幕府の連中に…年貢の代わりに連れ去られたんです!!」

 

「何!?」

 

「おきよちゃんが!?」

 

「あいつらぁ〜!慰み者にするつもりか!!!」

 

 剣丞は頭が真っ白になった…この町で唯一、自分を癒してくれた娘…おきよちゃん。この町で再会したときも、変わらず接してくれた。全てを奪われた自分に、笑顔をくれた。この半年で急速に近づき、親公認の仲になった恋人。その彼女が…

 

「ふざけんな…葵。

 

俺から…なにもかもを…奪い取る…つもりか」

 

 剣丞は家に上がり、押入れを開ける。その奥から取り出したのは一振りの剣と白く輝く服だった。それを無言で羽織り、剣を腰に挿す。

 

「…みなはここにいてくれ。俺が、おきよちゃんを取り返してくる!」

 

 剣丞は草履ではなく、ブーツを履き、家から出て行った。

 

「「「「「先生(利休の旦那)!!」」」」」

 

「剣丞君…すまない。娘を…頼む!」

 

 剣丞は頷き、市場のほうへ駆け出した。

 

 その様子を家の影からじっと見守る男がいた。剣丞を見つめる男の瞳には、年を感じさせない強い意志が宿っていた。

 

「剣丞…お前は、再び修羅の道を自ら歩むのか…?かつての俺と同じ、終わりの見えない道を…。

 

それがお前の決めた道ならば、俺はそれを見守ろう。お前の師として…父として…」

 

 剣丞はただただ走る。

 

 この一年半必死に鍛え続けたのは何のためか?

 

「(やらせない!これ以上…大切なものを、奪われてたまるか!!!)」

 

 大通りにある一発屋京支店まで距離はある。だが、関係ない。今の剣丞にとって大切なのは、己の命ではなく愛する者。だから、彼は走り続ける。

 

「はぁ…はぁ!はぁはぁ…っう!!待ってろ…おきよ!!!」

 

 剣丞は息が切れても、足を止めなかった。全てを捨ててきた男は、唯一手に入れた安らぎを守るためにただ走った。何時か、エーリカに言われた…過酷な運命を背負っていると。だが、そんなことは百も承知だ。愛する妻たちと離縁させられ、義理の娘を人質に取られ、この町で腐っていた俺を彼女は救ってくれた。そんな彼女を失うわけにはいかない。今度こそ…今度こそ

 

「俺が…守る」

 

 剣丞が目的の場所にたどり着いたときには、松平幕府の兵たちは回収した税を荷台に乗せ、暴れまわっていた。煌びやかな服装をした集団が、村人たちを殴り、蹴り、剣で脅し金を、米を、女を…奪っていく。そんな地獄のような光景だった。

 

「おきよ…おきよちゃんは?」

 

 剣丞は必死に周りを見渡した。だが、彼女の姿は発見できない。そんな時だった。

 

「いやぁああ!!!離してぇ!!剣丞ぇ〜!剣丞!!!」

 

 引き裂くような絶叫がこだまする。それは、聞き間違えるはずがない。彼女の声だ。

 

「おきよちゃん!?」

 

 剣丞は声のした方へ走っていく。そこにはおきよを羽交い絞めにしている武将の姿があった。

 

「おらぁ!いい加減に大人しくしやがれ!」

 

「いや!いやぁ!離して!!」

 

「お前は松平さまが作る江戸城下の遊郭で遊女になってもらう。俺達松平の優秀な子孫を残すための道具となれるのだ、ありがたく思え。」

 

 その言葉を聞いたおきよは顔を青くした。遊女…にされる。そうなれば、体を穢されて、子を…。そうなっては…

 

「剣丞に…愛してももらえない…。い、いやぁ!!そんなのいやぁ!剣丞以外の子どもなんてお断りよ。」

 

 暴れるおきよを一人の武士が頬を張る

 

「きゃぁ!」

 

「大人しくしろ!運命を受け入れるんだな。この世界は俺達松平衆のものだ!貴様ら愚民どもはただただ黙って管理されてりゃあいいんだよ」

 

 おきよは涙をボロボロと流しながら武士をにらみつける。

 

「おお…怖い怖い。」「「「ぎゃははははっはは」」」

 

 大笑いする松平幕府軍の兵士たち。そんな彼らをただ黙って見つめるしかない人々。これが、今の世の中だった。

 

「待て!その子を離せ」

 

 その時、剣丞が彼らの前に飛び出した。

 

「なにもんだ、ぎゃぁああ」

 

 剣丞は剣を抜き去り、そのままの勢いでおきよを殴った武士を斬り倒し、あっけにとられた武将から隙をついておきよを取り返した。そして、そのまま武将の右腕を斬り飛ばす。

 

「ぎゃぁあああ」

 

 剣丞はおきよの手を引き、彼らから離脱する。彼らの間合いの外に来ると、剣丞はおきよの手を離し、背中に庇いながら剣を松平軍に向けた。

 

「剣…丞。剣丞ぇ」

 

 おきよは剣丞の背中にすがりつく。剣丞もおきよの手を左手でそっと握る。剣丞は慈愛に満ちた声でおきよを気遣う。

 

 おきよも緊張の糸が切れたのか、剣丞を力いっぱい抱きしめた。

 

「ごめんね。遅くなった。おきよちゃん。少し、離れていてくれ。どうやら、このまま帰してくれそうにない。」 

 

 剣丞の声に気がついた女性がおきよに声をかけ、そっと剣丞から離す。だが、おきよの右手は剣丞から離れない。

 

 剣丞が振り向くと、彼女は大粒の涙を流して、死なないでっとつぶやいた。こくりと頷いた剣丞からゆっくりと離れていく。

 

 おきよが安全な所へ行ったのを確認すると、剣丞は改めて殺気を松平軍へと向けた。 

 

「お前ら…覚悟はいいな。」

 

 剣を構えながら近づいていく。だが、彼らの顔からは余裕が見て取られた。頭がやられたからと言って、彼らは天下を取った者の軍であり、さらに相手は一人という事実が心を増長させていた。

 

「「「「ぎゃははっははは」」」」「馬鹿じゃのぉ!たった一人でワシら5人と戦うつもりか!?」

 

 剣丞は音もたてず、一人に近づき斬り伏せる。ぎゃっという断末魔をたてて、男は倒れた。そこで、ようやく彼らは悟った。この男は武士…それも、前大戦の生き残りだと。

 

「やっちまえぇ!」

 

 武士の一人が掛け声をかけ、一気に襲いかかってきた。だが、剣丞はあわてることなく、間合いを見切りながら一人の武士に狙いを定め、一気に間合いの中に飛び込んだ。

 

 そして、「チェストぉおお!!」乾坤一擲…斬り倒した。

 

「さあ、あと三人だ!」

 

 さすがに歩が悪いと悟った松平軍は一旦引くため、剣丞めがけて石を投げつける。鞘で軽くたたき落とすが、そのすきに彼らは逃げ始めた。

 

「覚えていやがれ!この借りは、ぎゃぁああ」

 

 その男の言葉は最後まで続かなかった。男は、背後から一刀両断に斬られていた。

 

「な!?」「敵前逃亡は…反逆…とみなす。」

 

 男を斬った影は、ゆっくりと剣丞に振り返る。そこにいたのは…

 

「…ご主人様」「お前は…小波!」

 

 自分の妻の一人、服部小波であった。小波はそのまま、ゆっくりと剣丞に近づき…抱きついてきた。

 

「小波…」

 

「ご主人様…。」

 

ドスン…

 

「ぐぅ…」

 

突如、剣丞の腹部に痛みが走った。痛みどころではない。激痛と言えるものだった。ゆっくりと、見下ろすとそこには無表情で自分に刃をつきたてる小波がいた。

 

「こ…なみ?」

 

「さようなら…新田剣丞。我が、主…松平葵様の命により…ここで死ね」

 

 彼女のものとは思えない…冷たい言葉とともに、刃が引き抜かれ、剣丞はゆっくりと倒れこんだ。

 

「こ…な…み…。なん…で…」

 

 おきよは茫然とその様子を見ていた。だが、ゆっくりと彼の体から出ていくものを見るうちに、彼が刺されたということに気がついた。

 

 慌てて剣丞のもとに駆け寄り、抱き起こすも剣丞の息は絶え絶えだった。

 

「剣丞!剣丞ぇ!!しっかりして!剣丞ぇ」

 

 愛おしい人の名を叫ぶおきよ…だが、それも空しく剣介の意識は薄れていく。薄れいく意識の中…剣丞の頭にはこれまでのことが映像のように流れ込んだ。

 

 ここで死ぬのが、運命なのか?運命には逆らえないのか?いや…違う。彼は、答えを知っている。

 

 運命なんて知ったことではない。誰かにそれを決まられるなんて以ての外だ。運命は己の手で変えられるもの。それはかつて、伯父から教わったことだ。

 

 人誑し、節操無、そうやって馬鹿にし続けた伯父は…いつも笑っていた。その笑顔には時々、哀しみが浮かんおり、その度に伯父は剣丞にこう語りかけた。

 

「いいか、剣丞。世界にはどうしてもつらいこと、苦しいことが転がっている。人生もそうだ。俺の手から零れ落ちたものなんて多すぎて数えられん。

 

 ん?また、あのホラ話かって?まぁ、聞けよ。いいはなしだからさぁ?えっと、どこまで話したっけ?

 

 えっ…あぁそうだったな。零れ落ちる度に、俺は心を殺した。だが、それも結局限界に来た。俺の心は壊れかけたんだ。

 

 だが、そんなときに支えてくれたのはや華琳や桃香、雪蓮に蓮華…そう奥さん達さ。彼女らに支えられ、俺は戦場を生き抜けた。

 

 守りたいものを守るために戦えたんだ。剣丞よ…これだけは覚えておけ、お前が何時か、全てを失ったと思ったとしても、それは勘違いだ。

 

 人間、一度手に入れたものは決して失うことはない。この世から失せても、それは思い出や絆に昇華してその人を支えてくれる。

 

 この世に残っているものならば、必ずその縁はつながっていく。俺が長い闘いの中で手に入れた世界の真実ってのはそれくらいだ。ん?どした。聞き飽きただぁ?あはははは!

 

 娘たちには好評かなんだがな!えっ?俺の娘?あぁ、そうだな。何時かあわせてやろう。正史の意思が…外史がお前を必ずあの子たちのもとへと導く。

 

 そんときは、俺の秘密を教えてやるよ。」

 

 伯父の教えを聞き流すことはできなかった。彼の言葉の一つひとつには決して聞き逃してはならないという重みがあった。

 

 今なら分かる。伯父は…あの人は、偉大な剣士だったんだ。誰かを守るために戦う、認められない運命に歯向かう、そんなことを平気でやってのける偉大な剣士だったんだ。

 

「俺も…俺も…守りたい。俺の、大切なものを。」

 

 だが、彼の意識はさらに霞んでいく。自分の名を叫ぶおきよの声が聞こえる中で、剣丞の脳裏に伯父の言葉が蘇る。あれは、いつのことだったか。そう、あれは…伯父と剣道場で鍛錬をした時だ。伯父にボコボコにやられ、倒れ伏した剣丞にこう告げた。

 

「なぁ…剣丞。運命とは、河の流れとは違うものだ。運命とは、これすなわち俺達を形作る粒、一粒一粒といったところだ。己が宿命を運命とするのならば、運命とは己の生きた道そのもの。誰に命じられたわけでなく…な。では、お前の運命とは何だと思う?」

 

「俺の運命。運命?」「俺達、北郷に連なる者の宿命。それは守ること…だ。」

 

「どういうこと?伯父さん」

 

「ははは!まぁ、大人になれば分かる。大丈夫だよ。」

 

 そういいながら、伯父は剣丞の頭をガシガシと撫で、今日の稽古はここまでと告げた。

 

「運命とは…俺達を形作る粒子一粒一粒…。人を守りたいと思う心…それが集まって…俺になる。俺は、俺は…守るもの。」

 

 だが、何だ!?この体たらくでは…!

 

 立てよ!体…。力入れろよ…おれの腕、おれの脚!

 

「俺は…守るものだろ!!」

 

 剣丞の絶叫は一つの奇跡を呼び起こした。

 

 剣丞の目に見覚えのある影が飛び込んできた。

 

「良くその答えにたどり着いた。剣丞。この場だけは、俺が戦おう。だから、少し休め。」

 

 彼を冥府から引きずり出す声が響く。皆が声の主を探すも、見つからない。だが、小波だけは感情の無い瞳で声の主を見つめていた。

 

 そこは、剣丞の隣…長身の男であった。長い髪を後ろに流し、腰に剣丞の物と同じ型の剣をさして剣丞を見下ろしていた。

 

「て、てめぇ…服部様!こいつもやっちまってください。」

 

 生き残りの松平軍が小波に命令を出す。小波は無表情で、剣丞を見つめ続けていた。

 

「お嬢ちゃん…君は、そいつの治療を頼む。急所は外れているようだから、すぐに治療すれば助かるはずだ。この町に医者はいるか?」

 

「う、うん。いるよ。」

 

 おきよの声は震えている。だが、その腕はしっかりと剣丞を抱き続けていた。そこに、数名の村人がやってきて剣丞を抱えてくれた。

 

「俺たちに任せとけ!」「利休先生は必ず助けるぜ!行こう、おきよちゃん!」

 

 きよは一瞬男のほうを振り向くが、すでに男は謎の男は視線を小波に向けており、視線を離さずにおきよに話しかけた。

 

「お嬢ちゃんはそいつのそばにいてやってくれ。彼女の説得は俺が引き受ける。」

 

 きよは一瞬戸惑うも、「ありがとう」と呟いて剣丞の元へと走り出していった。

 

「…排除…排除。」

 

 忍者刀を抜ききよを追う小波。だが…

 

       ギャン!

 

 金属同士がぶつかる音が鳴り響く。男の表情は長い髪に隠れてよく見えないが、小波から眼を離さなかった。

 

「…なるほどな。薬で意識を奪い去り、そこに強力な催眠術をかけて操っているようだ。こんなことを出来る奴は、人間にはいない。

 

 となればやはり…貂蝉の言っていた通り、やつらが関係しているようだ。」

 

「…………。殺……否定、剣丞様…保護…、否定…殺…」

 

 小波の瞳からは涙があふれていた。男は、剣圧で小波を弾き飛ばす。

 

「すぐに…元に戻してやる。待っていろ、お嬢さん。

 

 (彼女の中の気がズタズタに引き裂かれている。ガス抜きではないが…一度、全てを吐き出させた方がよさそうだな。)」

 

 一気に賭けだし、刃を振り下ろす小波。剣と剣が再び打ち合わされる。一撃、二撃、三撃と打ち合わせるたびに小波は後ろへ後ろへと後退を余儀なくされる。男は脇差を抜いている。その剣筋を小波に合わせながら、戦う。小波の小刀の速さに手数で感情のない小波の顔が少しずつ曇っていく。感情がなくとも分かるのだろう…自分が押されていることに。そして、目の前の男は自分以上の強さと場数を踏んでいること、男の太刀筋は研磨され、一分のすきもないということを…。

 

「…強…敵!反撃…不可能…」

 

「ば…ばかな!?服部様が…完全に押されている?」

 

 松平軍の兵士たちは信じられない様子だった。自軍きっての使い手であり、忍びでもある服部小波が完全に押されている。いや、目の前の男に飲まれている。こんなことは、初めてだった。

 

「なるほど、なんと軽い剣か…。速さ、重さ、剣に込められた思い。全てが感じられない。今の君の剣にはなにもない。ただ、闇雲に剣を振り回す子供と同じだ。」

 

「……」

 

 何故、こんなことになったのか。主である、葵に剣丞討伐を取り消すように進言をしようとした時、味方であるはずの松平軍に捕えられた。そして、怪しい術者に薬を盛られ…苦しみのあまり絶叫し、気絶したところまで思い出せる。だが、何故、一瞬意識が戻った瞬間に愛する良人が刺されている。いや、なぜ…刺してしまった?わからない…わからない…わからない…。

 

「その隙、もらった。」

 

「!?」

 

 男の体が一瞬で消えた。と、次の瞬間には小波の目の前で大きく腕を振りかぶっていた。

 

「かはぁ!」

 

 小波が一瞬苦しむかのような声を出す。男の手が小波の頭をつかみ、地面に引き倒す。小波は身動きが取れなくなり、手から剣を取り落してしまう。

 

 「活!!」

 

 男が気合と同時に自身の気を、小波に送りつけた。

 

「がぁ…ぁぁぁ…ああああああ!!…ぁぁ…。」

 

 男の気が小波の体内を駆け巡り、渦巻いていた負の気を押し流していく。それと並行するように、苦しんでいた小波の声がだんだんと小さくなっていく。うつろだった眼に光が戻り、男の顔を見つめた。「ご主人…さ…」そうつぶやき、意識を手放した。

 

「…少しおやすみなさい。起きたら、剣丞の力になってやってくれ…頼んだよ。」

 

 その様子を見ていた松平軍たちは一気に青ざめる。

 

「服部様がやられたぁ?!」「も、もうだめだぁ〜!逃げろぉ〜!」

 

 一目散に逃げ出し始めた。奪い取ったものにも手をつけず、逃げ出した。

 

「あぁ〜あいつらぁ逃げる気だ」「にがすなやぁ!わしらの痛みを思い知らせてやるんやぁ!」

 

 子供の一人が逃げる松平軍の兵士を指差し、男たちが武器を持ってそれを追う。捕まった兵士たちは散々に殴られ、けられ…泣きながら許しを請うたが許されず、気絶するまで殴られ続けた。

 

 そんな様子を尻目に、男は小波を抱き起こし、その場にいた一発屋の店主に歩み寄る。

 

「すみませんが…この娘の手当てもお願いします。」

 

「えっ?で、ですが…こいつは、剣…利休先生を刺したやつですよ。」

 

 店主は男の言葉に驚きを隠せず、怒りを込めた目で小波を睨みつけ、ふるえる手で指差した。

 

「いいえ。この娘は、気を乱されて操られていたんです。きっと、あやつを刺したのも彼女の意志ではありません。この娘は必ず、剣丞の力になってくれます。だから…お願いします」

 

 男は店主に頭を下げた。

 

「わかり…ました。しかし…貴方様は剣丞君を御存じなのですか?…お侍様は一体?」

 

 男は何も答えようとしない。その代り、小波を店主の腕に預けるともう一度頭を下げた。「お願いします…。」男はゆっくりと町の出口へと向かっていく。

 

「…この事件…根が深そうだ。松平に組した者が誰かを…貂蝉に調べさせなければな。剣丞…今は休め。そして、時が来たら、再びこの外史で天高く舞い上がれ。その時こそ、我が御家流の継承の時だ。」

 

 男の姿はいつの間にか消えていて、不思議な銅鏡が光を放っていた。そして、その銅鏡も一瞬光を放つも、すぐに消滅していった。

 

 一方、 天下人松平葵の居城である江戸城では、その巨大な城の外壁は一面を金で覆われており、外堀も巨大な溝に覆われ天下一の城と呼ばれていた。その江戸城の頂点に葵はいた。夜ということもあり、彼女は寝巻きの薄着を着ており、その服から白い肌が薄っすらと透けて見えていた。

 

「葵さまぁ〜万事上手く言っておりますよ。小波がきっと新田剣丞のしるしを持ち帰りましょう。これで、我らの天下は安泰でございますぅ〜」

 

 そう葵に語りかけるのは、葵の臣下にして愛人である本多悠季正信、通称悠季である。何も身につけていない彼女は、葵にしだれかかり勺をしている。

 

「えぇ…新田剣丞、本当に目障りな人だったわ。久遠お姉さまが変わってしまったのも、この世界がこんなに乱れたのも…全てはあの男のせい。でも、これで、終わるのね。私が…いえ、松平こそがこの世界を平和にできる唯一の勢力。そして、唯一の統治者です。貴女には感謝してます。」

 

 葵は悠季を抱き寄せ、唇を奪い押し倒した。

 

「…葵様ぁ〜」「悠季…貴女が紹介してくれた術者。あの者が来てから、私の人生は大きく変わりました。言葉通りにするだけで、連合軍の家族を人質に新田剣丞を孤立させることができたのですから。」

 

 葵は悠季の胸元に顔を埋め、続けた。

 

「民たちはきっと喜んでくれるわ。松平による…統治と平和を…」

 

 悠季はとろけた顔で葵に返事をする。

 

「葵様ぁ〜」

 

「うふふふ…可愛がってあげましょう。私の悠季。」

 

 葵はその唇をもう一度合わせた。彼女たちは気がついていなかった。彼女らの様子を不気味な薄ら笑いとともに嘲笑う一人の男の存在を…。その男は日本人ではなかった。西洋人のような青い瞳と金髪…だが、その顔はどこか東洋人のようだった。

 

「ふふふふふ…ふははははは…こいつは良い!人形共が正義の味方面して、ご立派な演説であるが…結局は毒蜜がほしかっただけじゃねか。くくくく…少しあの女に刷り込みをしてやっただけで、こうも上手くいくとは。本当に人間ってやつは御し安い。なぁ〜エーリカ?」

 

 男の目の前には一人の少女が拘束されていた。少女は何も答えず、空ろな瞳を空中にさまよわせるだけだった。

 

「くくく…苦しいか?エーリカよ?だがな、この俺…フランシスコ・ザビエルを裏切った罪は消滅だけでは許されん。

 

 人形の癖に外史の意思に楯突いた報いを…その手で払わせてやる。」

 

 少女の肩が一瞬震えた。

 

「くくく…そうだ。あれだけ殺したがっていた新田剣丞を……貴様の手で葬らせてやる。

 

 だが、今回はラッキーだ。まさか、あの新田剣丞が…奴の…奴のぉ…くくくくく!我が復讐の対象者であったとはなぁ!」

 

 その言葉を聴いた少女の目から涙が溢れ出す。しかし、男はかまわず言葉をつむいだ。

 

「くくくく…いい気味だ。その手で想い人を殺させてやる俺の寛容さに感謝しろよ。あぁ…助けなら来ないぞ。

 

 法王庁には、俺を殺し日の本は平和になった。エーリカ・フロイスは暫く布教に専念すると伝えておいてやった。」

 

 男は大笑いしながら、部屋を出て行った。残されたエーリカの口が微かに動く…「け…ん、す…け…どの…ぉ…。…にげ…て…。わ…た…しの…愛…おし…い方」。

 

 エーリカは暗い部屋で泣き続けた。自身の運命を呪って、そして想い人の無事を願って。

 

 場所と時間はとび、世にいう三国志の時代。

 

 中華風の雰囲気を漂わせる巨大な王宮、その一室にこの世のものとは思えない轟音が響く…

 

「ぶぅるぅあぁあああああ!!!ご〜主人様ぁ〜!!今ぁ〜、愛しの貂蝉がぁ〜…帰ったわよ〜ん!!ついでにぃ〜、下手人もわかったわぁ〜ん!!」

 

 轟音……もとい、貂蝉の声が王宮内に響きわたる。その声は廊下を一直線に進み、玉座の間へと進んでいく。だが…城中の誰も彼も気にすることはなく、またか?っとあきれ顔をしていた。そこに、一人の影が現れ、貂蝉に声をかけた。

 

「おかえりなさい。貂蝉さん。ちょっと…いいかしら?いい加減、その登場の仕方はやめてくれませんか?心の臓に悪いわ…」「でちゅ!」

 

 腰に手を当てながら、あきれるようにつぶやく少女は小さい妹の手を引いていた。

 

「あらぁ〜ん。お久しぶりね?平ちゃんに索ちゃん!お元気だったかしらぁ〜?」

 

 クネクネと身をよじらせる貂蝉を冷たい目で見ながら、少女…平はやれやれと笑う。

 

「お父様をおさがしなのでしょう?お父様でしたら、今…あの方とお買い物に行かれましたよ?」

 

「あらぁ〜残念、入れ違いだったかしら〜?でも…そうなのぉ、彼女もう帰る気なのねぇ〜?」

 

 貂蝉の言葉に頷きながら、平は続けた。

 

「はい。もうすっかりお元気なご様子で…今朝もお母様達と手合わせされていました。

 

 今朝も…『剣丞が心配だ。俺はあの世界に戻る!その為の武器探しに付き合いやがれ!』っと、無理やりお父様を連れ出されておられました。」

 

 あはは…っと乾いた笑顔で話す少女に、貂蝉も苦笑いをする。だが、その顔は心底安心した様子であった。

 

「そう…この世界に運んだ時なんて、半分死人だったのにねぇ〜。すぅんごい、回復力だわぁ〜!」

 

「ええ…華佗様も同意見でした。これも、剣丞様へのお気持ちがそうさせるのでしょうか?」

 

「愛の力かしら?素敵ねぇ〜。ねぇ、貴女も…会いたい?剣丞ちゃんに…?」

 

 貂蝉の問いに平は頬をほんのり赤く染め、こくりと頷く。

 

「えぇ…そうですね。でも、私たちとの別離は…あの方がご自身で選ばれたこと。私が自分の我がままを通すことなど、許されません。」

 

 悲しそうにつぶやく平の頭を、貂蝉はやさしく撫でる。

 

「貴女のその想い、ご主人様もご存じよ?あの子を送り出す前の日なんて、ご主人様…おお泣きだったもの。『オレは…娘の幸せを奪い、甥っ子を地獄へ送り出そうとしている。すまん…剣丞、そして平よ。この無力な親父を許してくれぇ…』って。」

 

「お父様…が。そうですか…。ありがとうございます、貂蝉さん。先ほどのお父様の言葉を聞けただけで、この関平。救われた気持ちです。それに、二度と会えないと決まったわけではありません。お父様の前例もありますし…ね?」

 

 力強く微笑む少女に貂蝉はより一層笑顔になり、頷いた。そして、その少女の顔は…関羽雲長の面影を残していた。

 

 そして、その城下町を一人の男と、二人の女性が歩いていた。女性の片方は関羽雲長愛紗。この国の大将軍にして天の御遣いの伴侶の一人。男の方は剣丞を救った男…北郷一刀その人だった。

 

「やれやれ、傷が回復したからって…少し無茶しすぎだぞ?」

 

 一刀は前を歩く女性に声をかけるが、帰ってくるのは「うるせぇ〜な!あいつがひどい目に合ってんだ。なにもしてねぇ松平の小娘に好き勝手させてたまるかよ!」っと聞いてくれそうにない。一刀はため息をつきながら、となりを歩く妻に耳打ちする。

 

「愛紗、君からも止めてやってくれないか?」

 

 一刀の言葉に対し、愛紗は苦笑いしながらこう返答した。

 

「されど…ご主人様。私には彼女を止める言葉がありません…私も、いえ私たち妻も…ご主人様が同じ状況に置かれたらきっと同じことをしています。ですから…彼女の剣丞と娘を想う気持ちを大切にしてあげたいのです。」

 

 やれやれ、とため息をつく一刀であったが、再び視線を女性に移した。

 

「剣丞と自分の娘のため…か。オレも…分からなくはない…かなぁ。」

 

 オレも世間的に言うと親馬鹿のようだっと、一刀は自分自身を笑う。

 

「さぁーてと、ではお嬢さんに合う武器選びに戻ろう。お嬢さん、この先に一軒オレの行きつけの武器屋がある。そこに行ってみよう」

 

 三人は町の雑踏の中へと消えていった。

 

 それから二時間後、王宮の一刀専用の執務室にて、一刀付きの侍女の一人である大喬がお茶を運んでいた。

 

「では、ご主人様。また、お声をおかけくださいませ。私は、娘の元に行ってまいります。」

 

「あぁ。ありがとうな。俺も顔を出せるようにするから、雪蓮と小喬、それにあの子によろしくな?」

 

「はい。なるべく、早く来て下さいませ?ご主人様…いえ、旦那様。」

 

 彼女は一刀に抱きつくも、すぐに離れて部屋から出ていった。さてっと、一刀はそうつぶやくと貂蝉の方を向き、お茶を渡した。執務用の椅子に腰かけ、報告を聞いていた。

 

「ご主人様ぁ〜あの外史で暗躍しているのは〜神仙よん!それもぉ〜、か〜なり凶悪な奴だわ。」

 

 一刀は目を細めながら、やはりっとつぶやく。元々、貂蝉から噂を聞き剣丞のいる外史に赴いたのが約1年前。その時、一刀は一人の女性を救ったが、それ以上の深追いはしようとしなかった。いや、正確には犯人の尻尾がつかめなかったのだ。自身の調査によって外史の選定者に仕立て上げられたルイス・エーリカ・フロイスが、織田信長を殺そうと暗躍していることは分かった。だが、これは剣丞に与えられた試練。過去の者となった、三国の御遣いである自分が手を出してはならない。

 

「だが、今回は事情が違う。神仙が動いてきたということは…奴らの狙いはあの世界の破壊だろう。そうなれば、あの世界の『過去の世界』であるこの外史にも影響が出てしまう。」

 

「えぇ。だ〜から、私もぉ本気で捜査したのよん?大切なぁ〜この外史をまもるためにぃ〜。昔馴染みの八仙の長、呂厳ちゃんにも出張ってもらってね?」

 

「呂厳?」

 

「えぇ。八仙と呼ばれる八人の肯定者の神仙を頭としている大組織よん。実は、この外史のぉ〜管理者もしてくれているのよん。」

 

 八仙呂厳…聞いたことがない名前だったが、貂蝉の言葉からは親愛を感じさせられた。

 

「分かった。では、貂蝉。報告を続けてくれ。」

 

 一刀に話の続きを促された貂蝉はこくりっと頷くと、話を再開した。

 

「あの外史でぇ〜、暗躍している神仙はぁ〜、呂厳ちゃんにかつて封印されたぁ〜とある神仙よん。彼は、北郷一刀とその血筋のモノを嫌っているわぁ〜。」

 

「なぜだ?」

 

「全てはぁ〜始まりの外史からぁ〜はじまったのぉよ〜。そして、あの男もぉ〜始まりの外史に関係しているわん。」

 

 貂蝉の顔は少し、悲しげな様子だった。一刀もそれ以上は何も聞かず、そうかと呟くと、お茶で口を潤した。

 

「始まりの外史…始まりの俺…全ては繋がっているのか。剣丞…この根は深い、無事でいろよ。」

 

 再び時代は、戦国時代の外史。

 

 剣丞たちがいる戦国の外史。

 

 小波に重傷を負わされるも、何者かに救われ、一発屋に運ばれた剣丞は親交があった天主教の金創医によって治療されていた。

 

 剣丞の額の汗を手ぬぐいで拭きながら、おきよは剣丞に寄りそう。剣丞の隣には小波が寝かされており、こちらの処置はすでに済まされていた。

 

 両手は縛られているが、きよの父が世話を焼いていた。

 

「あの…」「ん?気がついたか?」

 

 小波が目を覚ましたようだった。小波はあたりを見渡し、自分の置かれている状況を把握しようとする。

 

「あ!あの!ご主人様は?剣丞様は、ご無事ですか!?」

 

 それに答えたのは剣介を治療していた医師だった。

 

「大丈夫、利休先生は無事じゃよ。おそらく、君が無意識のうちに薬に抵抗した結果じゃろう。急所が外されていたよ。じゃが、不思議なのがここからじゃ」

 

「えっ!?」何事かと小波は目を見開いた。おきよは小波に向き直り、状況の説枚を始めた。

 

「医者を呼んでくるまでに、私たちでせめて応急処置はしようと思ったの。でも、剣丞の傷は半分以上が消えて無くなっていたわ。医者の先生が処置したらほとんど治ってしまったの。」

 

 なんですって?っと驚く小波に医師も苦笑いしながら続けた

 

「ワシも…医者をやって長いが、こんなことは初めてじゃよ。これが、天人の血がなせる奇跡なのじゃろう。」

 

 ありがたやありがたやと剣丞を拝む医師に、小波は笑顔になる。

 

「では、ご主人様は…ご無事なの…ですね!?」

 

 小波の瞳に涙がたまる。だが、それをぐっとこらえたが…「えぇ…安心して。」と言うきよの言葉を聞いた瞬間、小波は耐え切れなくなり、声をあげて泣き始めた。自身の過ちが未然に防がれたことへの安堵か?いや、それは良人が無事だったことへの喜びだった。

 

 一方、剣丞は一人、何もない空間を漂っていた。

 

 真っ暗な空間に不安を抱くも、何もすることができない。

 

 一体、どれくらいたったのか?一時間?一週間?一年?いや、一秒か?とにかく、ここが現実世界ではないことは分かる。

 

「あれぇ〜?俺…死んだ?」

 

 冷汗を垂れ流しながら剣丞は空間を見渡した。ここが天国…いや、地獄ならなにかあるかもしれない。そんな剣丞に突如、後ろから声をかけるものがいた。

 

「おいおい…何いきなりキョどってんだ、お前?」「へっ?」

 

 後ろにいたのは、見たことのない服を着た青年だった。その男は中華風の導着を着ていた。そして、顔をフードで覆ていた。

 

 

「え〜っと、どちら様で?」

 

「第一声がそれか…?貂蝉からマイペースな奴とは聞いていたが、ここまでとは。まぁ、いいだろう。オレは…呂厳。神仙呂厳、この外史の管理と維持を司る者だ。初めまして…かな、天の御使いを継ぎし者新田剣丞よ。」

 

 いつの間にか、周りは荒野になっていた。月の無い新月だった。だが、なぜかは知らないがこの男からは伯父…北郷一刀と同じお日様のような温かさが感じられたのだった。

 

「ここは…どこなんだ?」

 

「ここか?ここは地獄だが?」

 

滝のような汗が再び流れ出した。ここが地獄だとすれば、この剣丞はすでに死んで…

 

「冗談だ。やれやれ、ここんとこ忙しくて笑いの一つでもっと思ったのだがなぁ。」

 

思いっきりその場でずっこけた。そんな剣丞を見ながら、男はやれやれっと困ったようなしぐさをしながら剣丞に向き直る。

 

「ここは…お前の心の中だ。」

 

そう、ここは剣丞の心の中。本来であれば、他人は入れないはずの絶対領域のはずだった。

 

「何!?俺の心の中だとすれば…お前はどうしてここにいられるんだ?」

 

男は驚いたような顔を一瞬したが、ふっと笑みを浮かべた。

 

「ほぉ〜、マイペースな奴かと思ったが…これは意外だ。どうして随分と頭が回ることだなぁ」

 

男の動きにいつでも対応できるように、腰の刀に手をかける。しかし、その剣は白い光となって消滅し、一瞬で男の手の中に納まってしまった。

 

「あんた…何者なんだ?」

 

「何者…か。それは、オレの名を聞いているのか?それとも、オレの正体(中身)を聞いているのか?」

 

笑み浮かべながら、男はゆっくりと剣丞に近づいていく。

 

「安心しろ。オレはお前の味方だ。少なくとも、今のところはなぁ?それに、この剣は本来はオレのもの。忠誠心の高い剣が、持ち主の声に従うのは当然だろう?」

 

今のところ。

 

男はそう言ったが、その言葉には悪意は一切感じられなかった。それが、むしろ剣丞に安心感を与えてくれていた。この男はうそをついていない。そして、何故かは分からないが、信用しても良いっと。

 

「先ほどもいったが、オレは…呂厳。神仙呂厳、この外史の管理者だ。」

 

「管理者?まさか…エーリカと何か関係があるのか?」

 

「いや。彼女はあくまでもこの世界のファクター(因子)の一つでしかない。管理者…神仙の力の一部を与えられ、お前を導く因子…であったはずだ。本来ならば、なぁ。」

 

一度そこで言葉を切ると、男は歩を止める。そこは剣丞の2メートルほど手前。

 

呂厳はその場から動かず、説明を続けた。

 

剣丞のいるこの世界(外史)は人々の心が生み出したもう一つの世界。無限に連なるパラレルワールドのようなもの。そして、ファクターとは剣丞やエーリカのように外史に影響を与える人々のこと。

 

「呂厳…だいたいは分かったよ。でも、何で真名を教えてくれないんだ?ニックネームみたいなものだろう?」

 

「小僧、一つ教えておいてやろう。それは、この日ノ本のみの風習だ。真名の発祥地である大陸において、この真名はその人の真実の名前。故に、初対面で真名でよぶようなことがあったら、切り殺されても誰からも文句は言われん。それくらい重い罪なのだ。日ノ本のように気軽によんでいいものではない。」

 

呂厳のことばに、一瞬で顔を青くして謝罪した。呂厳はふぅっとため息をつき、大陸の人に会うときは気をつけろよっとやさしく諭してくれた。そして、もっていた剣を投げ渡す。

 

「それとな…小僧。お前は先ほど、ルイス・フロイスのことを言っていたが…彼女もお前と同じ、ファクターの一人。しかし、何者かによってその存在を歪められ、異なる役割を与えられた人形となってしまっていたのだ。」

 

「なん、だと…?それじゃ、エーリカは?」

 

「あぁ…本来ならば、お前たちと共に歩み続け…そして、この外史を正史とはまったく異なる結果に導くことこそが…この世界における彼女の存在意義だった。だが…とある男の手によって…彼女は壊された。心を、体を、そして愛を壊され…絶望にのみしがみつくようになったのだ。」

 

剣丞は怒りに震えていた。あのエーリカを壊したやつこそ、本来斬るべき相手だったのかもしれない。大切な仲間を利用され、そして殺してしまった。故に、剣丞の怒りは自分自身にも向けられていた。

 

「お前の責任ではない。責があるとすれば、このオレ、呂厳にある。」

 

眼をつぶりながら、男は続ける。曰く、100年近く前のこと呂厳は一人の神仙をこの外史に封印した。その男の名前はフランシスコ・ザビエル…いや…

 

「左慈…。神仙左元放、オレの住んでいた外史を俺の仲間たちごと消し去り、オレと幾度と無くぶつかり合った最凶の神仙だ。」

 

「左慈?三国志に出てくる、あの仙人のことか?」

 

「あぁ。そうだ。だが、演技に出てくるような甘いやつではない。狡猾で、冷酷で、目的のためならば手段を選ばん…。否定派の神仙とはそういう連中だ…。

 

(かつてのオレを含めてなぁ)」

 

「話だけ聞くと…恐ろしいな。だが、あんたの話を100%信じることはできないぞ。」

 

「当然だ。オレも100を教えるつもりはない。お前の眼で、耳で、体すべてで感じ、そして判断しろ。オレの言っていることが正しいのか否かをなぁ」

 

そういうと、男はくるりと背を剣丞に向けた。

 

「剣丞…死ぬなよ」

 

そう呟くと、光の中に消えていった。

 

つづく

説明
誰も覚えていないでしょうが、戻ってきました。たっちゃんです。

戦国恋姫EX発売発表記念。無印判の続きを妄想してみました。
※あくまでも、無印判の続きですのでいろいろとX版と矛盾が生じています。
※過去作の修正・加筆作品となります。
皆様からのご感想をお待ちしております。
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