結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜番外編7 |
番外編〜バレンタイン〜
2月14日。
それは女の子にとって特別な日、バレンタインデー。
意中の男性に向けて想いを込めたチョコレートを渡すという、西暦の時代から続く由緒正しきイベントである。
とはいえ恋愛的な意味が含まれていることの多いこのバレンタインといえど、必ずしもそういう意味を込めて渡す人ばかりではない。
世の中には友チョコと呼ばれるものもあるし、男性から女性へ、そして同性同士でといったように、日頃お世話になっている人へ向けて渡されることもある。
渡すものもチョコばかりではなく、それ以外のお菓子だったり、筆記用具だったり、手編みのぬいぐるみといったものを渡す人もいる。
中にはお昼や夕食をちょっと豪華にしてみた、などという家もあるだろう。
ようはバレンタインというイベント事にかこつけて、いつもとは違った気分を味わい楽しみたいだけなのだ。
特に日本人は、お祭り騒ぎが大好きである。
何かしらイベントがあれば、意味もなくソワソワし、始まれば意味もなくはしゃいでしまう。
もちろんその季節ごとのイベントを重要視し、しっかりと意味を見出して行っている人達もいるだろうが、はたして現在の日本ではどちらの割合が多いことやら……。
そしてそんな季節のイベントを前に、プレゼント選びに悩む人達がここにいた。
「うーん、やっぱり悩むよねぇ。今年はどんなプレゼントを渡そうかなぁ」
「ゆーゆはいつも悩み過ぎだよ〜。気持ちが籠ってたら、皆もらえたらなんでも嬉しいと思うけどな〜」
「そうかもしれないけど……せっかくプレゼントするんだし、やっぱり喜んでもらえるのをプレゼントしたいよ!」
「あはは、ゆーゆは相変わらず頑張り屋さんだねぇ〜」
商店街を歩き荷物を手に話をするのは、まだ幼さを残す顔立ちながらも大人らしさも表れ始めた女の子達。
こういったイベント事で一番やる気を見せる結城友奈と、乃木園子の二人である。
「でも、やっぱりどこも少し値段が高いね。お金、足りるかなぁ」
「物価もまだまだ高いままだからね〜。ん〜、ゆーゆは誰にプレゼントするの?」
「えっとね、お父さんとお母さんはもちろんだし、それに東郷さんでしょ? 夏凛ちゃんでしょ? 風先輩に樹ちゃんに……あっ! もちろん園ちゃんにも、ちゃんとプレゼントするからね!」
「それだけプレゼントしたい人がいたら、お金がいくらあっても足りないね〜」
「ほんとだよ! もぅ、もう少しでもいいから、値段安くなってくれたらいいのに!」
「そうだね〜」
肩を落とす友奈に、柔らかい笑顔で園子は同意する。
神樹が消えて早3年、もうそろそろで4年が経とうとしている中で、その恩恵のなくなった四国ではいまだに物資の供給は不足していた。
だからどの店でも品薄だったり、値段が高くなっている物もあったりと、誰もが日常の買い物をするのにも頭を悩ませてしまうことが多い。
園子を含め、友奈や東郷、夏凛は高校に通いながらも大赦の仕事を手伝い、風は高校を卒業後には神樹が最後に残した化石燃料の研究に携わり、樹も少し前に歌手としてデビューすることになったりと、皆が多少なりとも給金を貰っている立場となっている。
それでもやはり贅沢はできないのが現状であった。
世の中ではこういったイベント事は自粛するべきという人もいるが、こういう時だからこそ楽しめる時にはパーっと羽目を外して楽しんだ方がいいという人もいる。
かくいう元祖勇者部メンバーは資源の無駄遣いに気を付けつつ、仲間内でささやかな楽しみを共有しようという意見であった。
「あとは……そうだ、今年はお兄さんにもプレゼントしたいなぁ!」
「……そっか〜」
お兄さん、友奈が言ったその言葉に、園子は一人の男の顔を脳裏に思い浮かべていた。
それは園子にとって、それなりに長い付き合いのある桐生秋彦のことだ。
たまにメールをしたり、会って話したりもする、世間一般では友達と呼べる関係だろう。
今では大赦に就職して様々な方面で忙しく活動している、公私ともに関りのある相手であった。
そして実はその桐生、友奈にとっても昔からの関係のある相手だったのだ。
かつてまだ友奈が小学生だった頃、とある理由で大橋市に一人で行ったことがある。
その時にイネスに立ち寄り、帰り際にエレベーターを利用したそうだが、何らかのトラブルがあったのか長時間エレベーターの中に閉じ込められてしまったのだ。
狭い個室、一向に動かないエレベーター、いつまで続くかわからない不安で友奈は泣いてしまったらしい。
そんな時に慰めて、励ましてくれたのが、一緒に閉じ込められた桐生だった。
ようやくエレベーターが動き出し外に出られた時、解放された安堵感と時間も時間だったことで慌てて帰るために走り出してしまったため、結局桐生の名前すら知らないままだったそうだが。
だけどその時に慰めてくれた桐生の姿と、一杯のコーヒーの香りや味は、友奈の中にいつまでも忘れることなく残り続けていた。
いつかまた会いたい、そしてちゃんと名前を聞いて、あの時のお礼が言いたいと友奈はよく話していた。
だからだろう、本土上陸の準備のために主要メンバーが集まった時、友奈が桐生の姿を目にし感極まって泣いてしまったのは。
「(あの時は大変だったな〜。ゆーゆは急に泣いちゃうし、わっしーやにぼっしーは攻撃態勢に入っちゃうし)」
一緒にいた東郷や夏凜が、「「友奈(ちゃん)に何をした!」」と桐生に敵意をむき出しにして襲い掛かりそうになったり、周りにいた人達が桐生を危険人物扱いして取り押さえにかかったり。
園子もその場にいたのだが突然の事でぽかーんとしてしまい、場を収めるのが遅れて成り行きをただ見守ることとなり、桐生もいきなり自分を見て泣き出した友奈に戸惑いオロオロするだけだった。
しかし桐生のそれは、ある意味正解だったかもしれない。
パニックに陥った時、人間というのは何するかわからないもので、万が一その場から逃げ出すという行動をとったものなら、さらなる誤解を生んでいたかもしれないのだから。
そして桐生は取り押さえられて、これからさあ尋問を始めるぞといったところで、ある程度落ち着いた友奈自身の口から理由を説明されて、何とかその場は収まることとなった。
それからというもの友奈も桐生と連絡先を交換し、今では園子と同じくメル友となって良く連絡を取り合う仲になったという。
それをあまり面白く思わない東郷という友奈ガチ勢がいたりするが、今はただの様子見という意外にも大人しい姿勢を見せている。
というのも友奈本人が桐生の事をただの思い出のお兄さんであり、憧れはあっても恋愛感情はないと言っているからだ。
しかし、と園子は思う。
「(憧れか〜。憧れが恋愛に発展する事って、恋愛小説とかだとよくあるんだけどな〜)」
今はまだ憧れの段階かもしれない。
しかしそう遠くないうちに、その感情が恋愛感情に変わってしまうのではないかと園子は思っていた。
もちろん何も変わらず、今のままということも十分にあり得るけれど。
桐生と一緒にいる時の友奈の様子を見る限り、すでに無意識下で恋愛感情に移動しているのではないかと思えるくらいの懐き様を見せている。
それこそ東郷が影ながら般若の表情を浮かべ、桐生に睨みをきかせているくらいには。
とはいえ友奈という人間は、元々人懐っこい性格をしている。
すぐに誰とでも仲良くなれるし、仲良くなった人とは距離感も近くなる。
特に元祖勇者部メンバー内では、彼女からスキンシップという名の抱きしめ攻撃を受けていない者はいないくらいだ。
それがかつての憧れで、いつか再会を夢見ていたような相手なら、今のような態度にもなるのだろうか。
「(……って、私も人の事は言えないよね〜)」
ウィンドウショッピングをしながら、うーんと唸る友奈を見ながら園子は自分の心境に苦笑い。
そもそも園子の場合、憧れという感情から始まった桐生との関係ではないけれど。
桐生と初めて会った時、園子は桐生のことを警戒心を持って見ていた。
初対面で、自分の名前を知っていて、しかも一回りも年上の相手だから仕方ないのかもしれないが、そもそもの理由が園子の家柄に問題があった。
園子の家は大赦内でもツートップといえるくらいの家柄で、大人の腹の探り合いや、家に取り入ろうと近寄って来る手合いと両親が対応しているのをたまに見たことがある。
その取り入ってこようとする人間の中には、園子自身を標的にする者も少なからずいたが、事前に両親に注意されていたこと、そして持ち前の勘の良さや両親の対応を見様見真似で実践し、のらりくらり躱してきた。
勇者になってからは不思議とそんな手合いはいなくなっていたが―――園子達は大赦が影ながら見守っていたことは知らない―――、とにかくそんなこともあり見知らぬ相手に対しては表情には出さずとも、内心で僅かな警戒心をもって対応するのがもはや癖になっていたのだ。
そんな園子があの日、初対面で自分の名前も知っていた怪しい桐生に対し、あっさりと話し合いの場を作ったのは、桐生のその目を見てだった。
桐生が園子を見る目は大赦の神官達のような、まるで神を崇めるかのような目でも、家に取り入ろうとする汚い大人の目でもなかった。
どこか懐かしい相手を見ているような純粋で、それでいてどこか寂しそうな目をしているように見えた。
警戒心から入った桐生への感情が、その時点でちょっとした好奇心へと変わっていた。
どうしてそんな目で自分を見るのか、一体何を考えて自分に話しかけてきたのか。
それを知りたくて、園子は桐生と少しだけ話してみたいと思ったのだ。
話をしていくうちに、桐生が園子にとって大切な親友の一人、銀と親しい関係だったということを知った。
それを知った瞬間から、好奇心から興味へとまた感情が移り変わっていった。
一体どんな話をしていたのか、桐生とどういう付き合いをしていたのか、自分達が知らない所での銀の一面を垣間見たい。
そういう理由から桐生と園子のメル友という関係が始まった。
銀という共通の話題のおかげか、そもそも相性が良かったのか、二人の話しは中々に盛り上がっていった。
メールだけでなく実際に会って話すこともあったし、銀と行ったという場所を一緒に見に行ったりもした。
街で偶然会えば特に用事もないのにちょっとお茶に誘ったりして、ただまったりと時間を過ごすこともあった。
きっと銀もこのようにして、桐生との仲を深めていったのだろう。
まるで桐生と銀の関係を自分が銀の立場になって追体験してるようだ、そんな感慨に耽っていた時、ふと園子は思った。
あのロケットを見た時から想像力が豊かな園子には何となくだが察してはいた、銀はおそらく兄妹へ向ける感情を越えた感情を桐生に抱いていたのだろうということを。
ならば銀と同じ立場で桐生と交流していき、関係を深めていった今の自分が桐生に向けている感情は何だ?
家にいる時にふと桐生の顔を思い出し、桐生からメールを貰ったら嬉しくなって心がポカポカして、次に会った時には何の話しをしようかと毎日のように考えている、今の自分の感情は?
そう考えていくうちに、園子は一つの結論に至った。
園子が桐生に抱いているのは、すでに興味などではない。
甘く情熱的で、そしてとてもロマンティックな感情、それは銀が桐生に抱いていたものとおそらく同じものだ。
そう、いつしか園子も、桐生に対して恋愛感情を抱いていたのだ。
「ねぇ、園ちゃんはお兄さんに何か送らないの?」
「……え、私? うーん、そうだな〜。どうしようかな〜」
少し悩むような仕草をしつつ、実際には何かを送ろうと内心では決めていた。
桐生へ向ける感情に気付いてからというもの、園子は毎年こういった恋人同士が行いそうなイベントでは、必ず桐生に贈り物をしてきたのだから。
時には手作りのお菓子だったり、時には友奈に教えてもらいながら押し花の栞を作ったり、そもそもこういうイベント以外で普段からもそれとなくアピールもしてきた。
桐生の友達である三好や安芸に、こっそり桐生の好みを聞いたりもして。
そんな園子の努力を桐生が気付いているかどうかは、いまいち不明な所ではあるが。
「(桐生さん、ちょっと鈍感だからな〜……それにきっと私の事は、妹みたいに思ってそうだし)」
かつて桐生は園子の事を友達だと口にしていたが、実際には妹のように思ってるだろうと園子は思っていた。
実際に園子に姉妹はいないから予想でしかないが、桐生が園子を見る目はまるで兄が妹へ向けるような優しい目に見えた。
そういう目には覚えがある。
身近では風が樹に向ける目がまさにそれだし、勇者をしていた当時から神官の中でも比較的交流のある三好春信が、妹である夏凛の話しをする時もそのような目をしていた。
桐生と接するうちに園子は気づいていた、桐生が自分を通して銀の存在を想起しているのを。
だから最初に会った時に桐生はあんな懐かしそうな、そして寂しそうな目をしていたのだ。
銀を重ねて見られている、銀と同じく妹のように思われている……それでもいい、そう園子は思っていた。
まだまだ自分は子供で桐生は一回りほど年上の大人、そう簡単に意識を変えられるとは思っていない。
神樹が消えて、勇者でなくなり、お役目も無くなった今、これから先まだ機会はあるのだから。
大赦での家柄や地位の問題もあるが、そこら辺は桐生にそれなりに功績をあげてもらって周りに認めさせていこう。
なんなら無理やりにでも認めさせてやる、そういう気概を園子は持っていた。
……そんな矢先に、友奈と桐生の関係を知ったのだ。
これには普段心を乱さない園子も、かなり焦ってしまった。
今まで桐生に女性の影らしきものはなかった。
話の中で、かつて勤めていた会社でも特に親しい女性がいないことはリサーチ済みだったし、それは大赦に勤めてからも同様だ。
そんな中でこんな身近に伏兵が潜んでいたとは、園子一生の不覚である。
それも桐生の友奈への対応が、自身とそう変わらないことで安堵へと変わることになったが。
「……んー、コーヒーか。ちょっと高いけど、せっかくのバレンタインだし……」
「わぁ、前に比べて倍以上してるね〜。大丈夫? お金足りる?」
「ん、何とかなると思う! ここはいざって時のためにヘソクリしてた、秘蔵のうさぎさん貯金箱を!」
「ガシャーンとするんだね! うさぎさん、どうか安らかにお眠りください。な〜む〜」
「し、しないよー! ちゃんと下の方に取り出せるところあるから!」
朗らかに笑いながらそんなやり取りをしつつ、友奈はコーヒー関係で贈り物を考えているらしいと情報を入手する。
コーヒーは友奈にとって、桐生との大切な思い出の一つだ。
それを真っ先に考えるのもわかる。
が、何気に自分も同じような事を考えていたから、贈り物を変えようか思案する。
桐生は特別コーヒーが好きというわけではないらしく、その時その時の気分で飲み物は選んでいるらしい。
だけど比較的多いのはやはりコーヒーで、だから園子もコーヒーを使ったお菓子でも作ろうかと考えていたのだ。
別に被っても桐生は気にはしないだろうが、先に選んだ友奈に悪いかなという思いが園子には僅かにあった。
「あ、そうだ! ねぇ、園ちゃん。ここは割り勘でどう!?」
「え?」
自分はどんな贈り物にしようか、そう考えていたら友奈のその提案にきょとんとする。
「私がコーヒーを淹れるから、余った豆で園ちゃんがコーヒーのお菓子を作るっていう感じでどうかな? 甘いの食べたら、きっと口直しにコーヒー飲みたくなるだろうし。きっとどっちも喜んでくれると思うんだ!」
「……え〜と〜」
ジッと園子は友奈の目を見ながら考える。
「……ゆーゆはそれでいいの? コーヒーで被っちゃうけど」
「え? 大丈夫じゃないかな? お兄さんもコーヒーは大好きだし、お金の節約にもなって良いと思うけど」
「ん〜、大好きは言い過ぎな気がするけど……でも、そう、だね。うん、ゆーゆがそれでいいなら、私もOKだよ〜」
「やった! それじゃ、さっそく買いに行こう!」
タタタッと店の中に入っていく友奈の背中に続いて、園子もゆっくりと追いかける。
そんな友奈の背中を見て、園子は思う。
「(……ほんと、ゆーゆってば周りのことをよく見てるよね。今のも、絶対私の事を思って言ってくれたんだろうな〜)」
友奈と付き合いの浅い人から見れば、単純で物事を深く考えていないように見えるかもしれないが、実際の友奈は誰よりも周りをよく見ている人間なのだ。
家柄故に小さい頃から人を見る目が自然と養われた園子をして、たまに友奈の人を見る目には驚かされるほどだ。
今回も園子がコーヒー関係の贈り物をしようと思っていたことは、コーヒー店の前を通った時の園子の様子を見て何となく察していたのだろう。
そして友奈自身もコーヒー関係の贈り物をしようかと口にした時、園子が遠慮して別のに変えようとしたことも。
だから友奈は何かと理由をつけて、同じコーヒーを使った贈り物をしようと言ってくれたのだろう。
「(……こういう所も、ミノさんにそっくりだよね〜)」
そんな友奈の姿が、どことなく銀と重なって園子には見えていた。
困ってる人を放っておけないことも、勇者になった時に自分が傷つくことをいとわず率先して突っ込んでいったことも。
姿は違っていても、その言動には驚くくらい共通するところが多いのだ。
東郷も無意識にだろうが、友奈の姿とかつての銀の姿を重ねて見ているのだろう。
銀のように無茶をしないか心配で、銀のようにいなくなってしまわないか不安で。
だからこその異常なまでの友奈への執着、依存、愛情を向けている節が園子には見て取れた。
そしてそれは何も東郷だけではなく、自分もそうだという自覚があった。
もちろん東郷ほどに過剰にではないが。
しかしそうなると、銀と付き合いのあった桐生も……。
「(……あぁ、自分が嫌になるんよ。友達に嫉妬しちゃうなんて)」
自分も友奈も桐生にとっては妹のように思われているだろう。
だけど銀とよく似ている友奈なら、きっと自分以上に桐生から想いを向けられているのではないか。
そう想像した時、友奈へ向けて僅かな嫉妬をしてしまったことに、園子の胸中に僅かな罪悪感が生まれていた。
「よっし、これに決めた!」
そうしていると、買うものを決めたのか友奈がその商品を持って園子の方へ戻ってきた。
「これにしようと思うんだけど、大丈夫かな?」
「私はあんまりコーヒーに詳しくないし、そこはゆーゆに任せるんよ。ちなみに、どうしてそれにしたの〜?」
「えっとね、この豆ってお兄さんが気に入ってた銘柄なんだって。今じゃあ、高くなってたまにしか飲めないって言ってたから」
「そっか〜。うん、私はそれでいいと思うよ〜」
「よかった! それじゃ、さっそくお会計いこう!」
「うん」
少し先を軽い足取りで歩く友奈を見ながら。
「(桐生さんの好きな銘柄、かぁ。私は知らなかったな〜)」
そこまでコーヒーを飲む方ではないから話題にあまり出なかっただけだが、そういう自分の知らない話題を楽しそうに話しているところを想像して園子は少し胸が痛んだ。
もちろん友奈の知らない話題だっていくつも話したことはあるはずなのに、そんなちょっとしたことで嫉妬してしまう自分が少しだけ醜く思えてしまう。
「(……きっと、ゆーゆの方が桐生さんとお似合いだろうな〜)」
脳裏で桐生と友奈がそろって歩いているところを想像する。
想像の中では二人とも楽しそうに笑い合っていた。
自然と二人の手は重なり、まるで恋人同士のように指と指を絡める。
そしてゆっくりと人生という名の道を一緒に歩いていくその後ろ姿は、本当にお似合いに見えた。
自分なんかが間に入れそうにないくらいに。
「園ちゃん!」
「っ! ど、どうしたの? ゆーゆ」
「えへへ、お兄さん喜んでくれるといいね!」
「……うん、そうだね〜」
そんな想像は、急に振り返って声をかけて来た友奈の声でかき消えてしまった。
その友奈の屈託のない笑顔を向けられ、自分のさっきまで沈んでいた心がゆっくりと浮かんでいくのがわかる。
園子はふっと微笑み、友奈に向けて小さく呟く。
「……ねぇ、ゆーゆ」
「ん? なーに、園ちゃん?」
「もし、ゆーゆが選ばれても……私、ちゃんと祝福するからね〜」
「え?」
キョトンと首を傾げる友奈に、園子はニコニコとただ微笑みを見せるだけ。
園子は別に諦めたわけではない。
ただ他の誰でもなく、もし友奈が桐生に選ばれたのなら……。
「(いつだって自分よりも他の人優先で、自分の幸せよりも周りの皆が幸せになれるように頑張ってるんだもん。そんなゆーゆが幸せになれないなんて、そんなの嘘だよ)」
いつだって友奈の言葉は周りの人達を元気にしてくれる、勇気を与えてくれる。
そしてその笑顔は、周りの人達を笑顔にしてくれる。
今だって知ってか知らずか、沈んでいた園子の心を助けたのだ。
そんな友奈が、園子も大好きだった。
だからもし桐生と結ばれて幸せになれるのなら、園子は涙を呑んで祝福しようと思った。
まぁ、とはいえだ。
「(ゆーゆ、私達は友達だけど恋のライバルでもあるんよ! 私だって諦めたわけじゃない。油断してると、私が桐生さんを先に奪っちゃうんだから!)」
それはあくまでも、そうなったらの話し。
園子も園子で、そうなる瞬間まで諦めるつもりはまったくない。
よくわからなそうな顔で首を傾げる友奈を微笑みながら見つめ、勝手にライバル宣言をする園子であった。
◇
2月14日当日。
大赦の仕事で丁度帰ってくる時間を見計らい、二人は桐生を待ち構えていた。
「はい、お兄さん! ハッピーバレンタイン!」
「これが私達からの〜」
「「プレゼントだよ!」」
「お、おう。わざわざありがとうな、二人とも」
園子からは毎年貰ってはいるが、今年は友奈からも貰えて少し嬉しそうな桐生。
年下とはいえ、バレンタインに女性からプレゼントをもらえるのは、やはり男として嬉しいことに違いはないのだ。
「私は簡単だけど、コーヒーを作ってみました! 前にお兄さんが好きだって言ってた銘柄のやつなんですよ!」
「え、マジでか!? 高かったろうに、無理させちまったなぁ」
「いえいえ、せっかくのバレンタインですから気にしないでください! それにこれ、実は園ちゃんと割り勘してるんで、実際は半分の値段なんですよ!」
「園子ちゃんと?」
「うん。私とゆーゆで、コーヒー尽くしのバレンタインプレゼントにしよ〜って話になったんよ〜」
「へぇ、そうだったのか」
感心しながら、まずは友奈のプレゼントをもらう桐生。
友奈は水筒に入れて来たらしく、その水筒を桐生に手渡していた。
……そしてそんな嬉しそうにプレゼントをもらう桐生を、血涙を流しながら睨みつける東郷。
「そのっちと何か打ち合わせしてるみたいだから、隠れて様子を見ていれば……そのっちだけでは飽き足らず、まさか友奈ちゃんまで……許すまじ、桐生秋彦! ……かくなるうえは磔にして……いえ、ここは市中引き回しを……ふふふ、じっくりと味わうがいいわ……最高の御馳走でしょう? ……それがあなたの最後の晩餐……」
「……ゆーゆ、確保!」
「え? あ、東郷さん!? ら、ラジャー!」
東郷の存在を察知していた園子は、すかさず友奈に確保指令を送る。
油断していたのか、東郷はあっという間に羽交い絞めにされてしまった。
「く、放して友奈ちゃん! 私にはやらなければならない使命があるの!」
「な、なんかよくわからないけど、落ち着いて東郷さん! ほら、どうどう!」
「ゆーゆ、それじゃ落ち着かないよ! ここは奥義を使うしかない! わっしーの弱点のツボを刺激してあげて〜!」
「え、ツボ? う、うん、わかった! そりゃ!」
「んひゃぁ!?」
「……あれ、東郷さん結構凝ってる? 久しぶりに、ちょっと解してあげよっか。そりゃそりゃ!」
「ひゃ、はぅ! だ、だめぇ、友奈、ちゃん! こ、こんな所、でっ! ん〜っ!」
さっきまでの殺意に満ちた表情は霧散してしまった。
一瞬ビックリしたような反応の後、その後に続々と襲われる刺激に表情はトロンと緩んでいく。
それほどまでに気持ち良いのか、その声は次第に艶の掛かった嬌声に近いものに変わっていった。
「す、すげぇ。あの東郷ちゃんをこんなあっさりと」
「ゆーゆの指には、神様が宿ってるんじゃないかって言われるくらいだからね〜。あっちは放っておいて……これが私からのプレゼントなんよ」
「あぁ、園子ちゃんもありがとうな」
「今回はビスケットの周りに、コーヒー入りのチョコを絡ませたお菓子を作ってみたんよ! トッピングでホワイトチョコパウダーをちょっと振りかけてみたり。ちゃんと味見はしたから、味は保証するんよ〜」
「それは疑ってないよ。園子ちゃんの作ってくれた料理は、毎度美味しいからな」
「えへへ〜、そう言ってくれると作り甲斐あるんよ〜」
照れながらも嬉しそうに笑う園子。
そんな園子を微笑ましく見つめながら、桐生は優しくその頭を撫でた。
「いつもありがとうな。友奈ちゃんにもだけど、ホワイトデーにはしっかり返すから」
「うん! 楽しみにしてるね〜」
頭を撫でられながら、少しだけ幸せな気持ちを独り占めにできてラッキーと思う園子だった。
「んしょ、んしょ……ふ〜、こんな感じかな? どう、東郷さん? 結構解れたと思うんだけど」
「ひ、ひゃい、しゅ、しゅごく……」
「よかったぁ、気持ちよくなってくれて! あ、そうだ! そう言えばお兄さんの事はまだマッサージしたことないし、ちょっとやってあげるよ!」
東郷のマッサージを終えたらしい友奈。
その顔はどこか達成感を得たような、満足そうな顔をしていた。
逆に東郷は放心したような顔で、その場に力なく崩れ落ちてしまう。
若干汗をかいたのかしっとりとした肌に髪が張り付き、頬が赤くなっているところが少し扇情的だ。
そんな東郷はそこに置いておいて、友奈が次に目標に定めたのは桐生だった。
「え? マッサージ? それは……」
「それはだめ〜!」
「ら、らめぇ〜!」
さっきの東郷の反応から、どんなものか少し興味があった桐生だが、それに待ったをかけられる。
相手はもちろん、東郷と園子の二人である。
東郷はまだ回復していないのか、いまだに呂律が回っていない。
「えー、どうして!? 私のマッサージって、結構気持ちいいって評判だよ?」
「だからだよ〜!」
「だからにゃのぉ!」
「……い、意味が分からないよぉ! こうなったら一回やってみて……って、何で二人ともそんな必死に押さえるの!?」
気持ち良いのになぜ駄目なのか、困惑の表情を浮かべる友奈。
とりあえず一回マッサージをして感想を聞いてみようと桐生に近づこうとするが、その下半身を崩れ落ちた東郷が必死で押さえ込み、更に上体を園子がギュッと抱きしめるように押さえた。
「(私の方がまだリードしてるとは思ってるけど、ゆーゆのマッサージなんてされたら、あっという間に逆転されそう! 私だってまだ諦めてないんだから、ここは何としても阻止しないと!)」
「(友奈ちゃんのマッサージは気持ちよすぎるのよ! それを男の人に、ましてやあの人にしたらどうなるか……あぁ、考えただけで恐ろしい! 断固、断固として阻止するのよ!)」
東郷と園子は視線を合わせ、頷く。
友奈の桐生へのマッサージ阻止同盟が、ここに結成された。
「……ムグムグ……んー、やっぱ園子ちゃんの作ったのだけあって美味いなぁ、このチョコ菓子。それに……ズズッ……うん、コーヒーも中々。二人には感謝だな」
仕事終わりに甘い菓子とコーヒー、まさに至福の一時である
少女達の熾烈な争い? が行われる傍ら、一人のんびりと貰ったプレゼントを実食していた桐生だった。
(あとがき)
バレンタイン話は少し前からちまちま書いていましたが、前の番外編を書いていて少し遅れました。
以前、友奈ちゃんの桐生に対する独白は少し触れた気がしましたが、園子ちゃんのはお初ですね。
前回の番外編でちょっと思わせぶりな態度を見せた以上、その内心も何らかの形で書かないとと思いバレンタイン話を使い書いてみました。
〇ちなみに、勇者部と桐生との関り
・結城友奈
本土調査の主要メンバーが招集された場所で再開。それ以降、桐生と連絡先を交換してよく連絡し合っている。
恋愛感情はないと、本人は言っているが……。
・東郷美森
園子から銀のロケットを通じて話には聞いていた。実際にあったのは、友奈と同じく本土調査の主要メンバーが招集された場所。
最初の印象は友奈を泣かせた下郎、塵、抹殺対象等々。誤解が解けて、友奈にとっての憧れの人と知って複雑な心境でいる。
友奈にとっての憧れの人ということで我慢しているが、大好きな友奈が自分以外の人、しかも男に懐いているのを見て毎度血の涙を流している。
・三好夏凜
初めて会ったのは本土調査の主要メンバーが招集された場所。最初の印象は友奈を泣かせた不審人物&敵、今では誤解が解けて普通に人のいい年上のおじさんと思っている。
本土調査作戦の隊長と部下の関係。兄の友達と知って、兄についての相談をたまにしている。
・犬吠埼風
話しには聞いているが、特に会った事はない。
・犬吠埼樹
風同様に話しには聞いているが、特に会った事はない。
桐生は街中で路上ライブをしている樹の姿を見たこがあり、CDが出たら買おうと思っているくらいにはその歌を気に入っている。
・乃木園子
最初は警戒していたが、話しているうちにどんどん心境が変わっていき、今では恋愛感情を抱いている。
安芸や三好に聞いて好みの把握をしたり、それとなくアプローチをしているが、桐生本人があくまで友達&年下の女の子は範囲外ということで恋愛関係にまでは至っていない。
桐生のストライクゾーンを広げるために、虎視眈々と桐生の隙を狙っている。
友奈がもし万が一桐生と付き合うことになっても、泣く泣く応援するつもりだが、一気に形勢が逆転しそうなゴッドハンドだけは使わせないように警戒している。
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少し時期が過ぎましたがバレンタインの話しです。 ゆゆゆい時空ではありません。 |
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