新・恋姫無双 〜呉戦乱記〜 第19話 |
呉と魏の休戦が結ばれ、幾ばくかの猶予を得た事を世間は知ってか知らずか、呉国内では憲法発布の記念ということで建業の雰囲気は明るく、祭りを催していた。
冥琳は寝室から漏れる明かりに気づき目を覚ます。
「・・・・・・・今日は祭りか」
一人呟くと顔を洗い、朝食をとり始める。
そして食べ終わると、寝間着を脱ぐと制服へと着替え外に出る。
「周瑜長官おはようございます!」
「うん、おはよう」
部下に敬礼を送ると陸軍長官室という札が掲げられた自分の執務室に入り、制服の上着を脱ぐと机に座り仕事を始めた。
情報部からきた書簡に目を通すと魏のダメージが思った以上に大きいことを報告しており、現時点では休戦を反故にして侵略をするということは当分ないとのことであった。
「我々に幾分の時間が手に入ったことが収穫だと・・・いうことか」
となると我が軍の北面方面戦略もまた軍の立て直しも悲観すべきではないだろう。
現在でも連合に加盟された国々は増えてきており、連合軍として戦力を考慮しても現在では今の倍以上の兵力増強は可能であることも意味していた。
冥琳は呉軍参謀総長として、初の華夷連合の会談に参加する予定でもある。その取りまとめを現在は行っている最中であった。
そうして一人黙々と仕事をしていること暫く、執務室の外から声が聞こえる。
「冥琳、すこしいいかの。黄蓋じゃが・・・・」
「ん?ええ構いませんよ。お入りください」
急な訪問に少し驚きながらも入室を促すと、祭が部屋へと入ってくる。
「水軍初代長官の就任おめでとうございます。黄蓋殿」
「お主もな。まぁ今来たのは仕事とは違う話での・・・・」
「何やら訳ありのようですね?」
「うむ・・・・・。まず初めに聞いておきたいのじゃが・・・・あの例の少年は・・・どうするつもりじゃ?」
「・・・・・彼ですか?・・・・・・呉の勝利に大きな貢献をしましたので、市民権を保証し現在ではこちらで保護をしております」
「お主はあいつと直に話したことは?」
「ありませんね。それが何か?」
それが何か?じゃないだろうと祭は内心ため息をはく。
冥琳が初めて彼を見たときの表情は今でも祭は鮮明に覚えている。
目を見開くと同時に、まるで自分を戒めるかのように口を強く結んでは懺悔の念をその瞳に宿していたくせに、と。
きっと冥琳はあの少年とは・・・・話せない、話すことができなかったのだろうと言うのは祭は良く分かってはいた。
だがそのことについて追求することはなく、戦の時に雪蓮に話した内容を冥琳にかいつまんで話してみた。
冥琳は終始じっと祭の話を聞いていたが、ひとつ質問をいいですか?と聞いてくる。
「なんじゃ?」
「雪蓮はどう思っているのですか?」
「策殿はまんざらでもないといった感じじゃったのう・・・・。まだ迷いはあるが・・・・」
「そうですか・・・・。私も彼とは一度話をしてみたいと思っていたところです。近々話し合いましょうかね」
「・・・・・・大丈夫か?」
「大丈夫ですよ・・・・。最初は驚きましたけどね・・・・・」
「なら結構!その事が心配であってな」
「お気遣いありがとうございます。ですがそろそろ戻られては?仕事を抜けてきたのでは、些か部下に示しがつかないのでは」
冥琳が言うと同時に何やら外が騒がしい。まるで何かを探しているようである。
「全く大げさに騒ぎおって!!」
そう言うと祭は外に出て、ここじゃ!!ここ!!と声を上げていた。
それからなにやらギャーギャーと言い合いになりながらも喧騒は遠ざかっていく。
「全く台風みたいなお方だ・・・・。だが・・・・ありがとう、祭さん」
冥琳は少し微笑むと、秘書に声をかける。
「なんでしょうか?」
「孫策 上級佐官をこちらに呼んで欲しい。至急だ」
「かしこまりました」
そう言うとそそくさと秘書が外に出ていく。
それから暫くして戻ってきたが、憔悴した秘書が頭を下げる。
「あの・・・・周瑜長官」
「ん?見つからないのか?」
「はい・・・・」
「バカな・・・・。今日は休暇を取っているのか?」
「休暇ではないようです。ただ演習場は部隊の訓練にも姿を見せていないようでした」
「あいも変わらずサボりか・・・・・。全く!昼からの会談は全て中止だ。少し孫策と話をしなければならない」
「は、はい。分かりました」
秘書にそう告げると、冥琳は苛立ちながらも立ち上がり執務室をあとにする。
「どーせ家で惰眠を貪っているのだろうさ・・・・」
冥琳は一人毒づく。
雪蓮は建業の少し町外れの場所に、小さな家を買いそこで暮らしていたので取り敢えずはそこに行ってみることにした。
一人暮らしはしてはいるが、自炊できているのかすら、あの性格であるから怪しいものではあるが・・・・。
家の前に着くと戸をドンドンと叩き雪蓮を呼ぶ。
「雪蓮!!!起きるんだ!!いつまで寝ている!」
わりかし大きな声で叫んだことに少し恥ずかしさを感じながらも、戸をドンドンと叩く。
すると家の中で何やら騒がしい雰囲気が伝わってくる。
冥琳は溜息をはくと戸を開けた。
「あ、あら〜おはようございますぅ。周瑜長官〜」
そこには制服に着替えている最中の雪蓮が、冷や汗をかきながら笑顔で出迎えてくれた。
冥琳はこめかみに青筋を立てながらも落ち着いて話す。
「職場でお前の姿が見えないと報告を受けてな。全く・・・・暫くは建業での勤務だからと気がたるんでいないか?」
「め・・・面目ないわ」
「酒もこんなに飲んで・・・・・。お前ももう若くないのだから、飲みすぎは良くないぞ。気だけではなく腹もたるんでくる」
大量の酒瓶を見て冥琳はため息をついて軽口を叩いた。
「な?!失礼ね!!冥琳だってもう若くないでしょ〜?それに私は相変わらずのこの美しい美貌を維持してるんだから!」
うっふん〜と変なポーズをする雪蓮に冥琳はどうでもいいとでもいう感じで無視をすると、勝手に椅子に座り乱雑に散らかった酒瓶を勝手に掴むと酒を注ぐ。
「今日、お前に話があってな。お前もこの時間に今更軍令部に行っても仕方があるまい。今日は私に付き合え」
「え?でも部隊のほうは・・・・」
「お前がいなくてもさして問題はないだろうに・・・・。まぁ少し私がお前と話したいのだ。構わないだろう?」
「あらそうなの。まぁ冥琳とこうしてお酒を飲むのは久しぶりだしね♪」
「・・・腹、出るぞ?」
「出ないの!!もう、意地悪ね」
冥琳は少し笑うと適当に置かれた容器に酒を注ぐと、雪蓮は笑顔でいただきますと言って一気に飲む。
「で?何を話に来たの?」
「うん、単刀直入に言うとだな・・・・。あの保護した少年のことだ」
「・・・・・冥琳はどう思う?」
「正直言うと驚かされたさ・・・・。声も顔たちもあれほどソックリな人間はそうそういないだろう。・・・・本当に・・・驚かされたわ」
「私もよ・・・・。実は一刀はまだ死んでなくて柩を壊して外に出てきた、なんて考えちゃったわ・・・・。でも違うのよね・・・・」
「そうだ。・・・・・今少年はこちらで保護しているが、私としてもこのままというわけにもいけないと思っている。祭殿から話は聞いたのだが・・・・お前があの子を引き取るという話をしていたそうだな」
「そうね。でも私・・・・迷ってはいるのよ」
そう言うと酒を新たに注ぎ、口に含むと溜息をつく。
「気持ちはわかる。私もお前も・・・・子を産んだ経験もなければ育てた経験もないからな・・・・」
「それもあるわね。あの年頃は多感な時期だから・・・蓮華も随分と手を焼いたしね。でもね・・・・」
「・・・・・・・・」
「あの子を一刀と見てしまう自分が恐ろしいと感じる。彼は・・・・彼、一刀は一刀なはずなのに・・・・。そうは思えないの」
「・・・・・・・・それでいいんじゃないか?」
「え・・・・?」
「子どもに愛した夫の姿を重ねることの何がおかしい?第一お前自身、あの子を守りたいとそう思っているんだろ?」
「ええ・・・・」
「なら簡単さ。それが・・・母としての母性だろう」
「でも彼も私を受け入れてくれるか・・・・心配で・・・・」
「話したのか?」
「まだ・・・・だけど・・・」
「ならきちんと話すことだ。お前は思い込むと考え込み、深みにハマる悪い癖がある。北郷とお前の痴話喧嘩でもそうだっただろ?言わないと、思うだけでは伝わらないんだ」
「痴話喧嘩って・・・・・。まぁそうね、本音を言わずして体のいい言葉を並べて、あの子は私を受け入れてくれるなんて思うのが・・・・虫のいい話よね」
雪蓮は苦笑しながらも、冥琳のアドバイスに耳を傾ける。
思うだけでは伝わらない。
雪蓮に密かに抱いていた想いを冥琳は伝えられなかった冥琳が言うと尚更言葉の重みがあり、雪蓮の胸に刺さる。
冥琳は静かに酒を飲んではいるが、表情には出さない彼女のことだ。
内心自分を戒めていることは雪蓮には想像ができた。これ以上友人の思いを踏みにじることは不義理であろう。
「冥琳、ありがとう。私・・・・彼と話してみようと思うわ」
「それがいい。それでもしダメならダメで、彼の生活に幸あらんことを祈ればいいのさ。まぁ・・・・気持ちの切り替えは難しいとは思うが・・・・」
雪蓮は少し笑顔で答えると、冥琳も微笑んで彼女の背中を押してくれた。
「さて・・・どうする?」
「今から彼のところに行こうと思うわ。そして話してみる」
制服を着なおすと、吹っ切れた笑顔を冥琳に見せる。
「うん、いってこい!まぁ・・・私はここで酒でも飲みながら待っているさ」
ありがとう、と雪蓮は再度礼を言うと外に勢いよく飛び出した。
それを冥琳は眩しいものを見るかのように目を細め、悲しみを秘めた微笑みを彼女の背中に投げかけるのであった。
建業の軍令部に私は赴くと、少年の居場所を聞き出そうとするも聞き覚えのある声が自分を呼び止める。
「孫策佐官!!遅刻ですよ!!」
副官が珍しく目をつり目にして、怒気のはらんだ声で雪蓮に迫る。
「え?だって冥琳が・・・・・」
「周瑜長官ですか?私からは何も聞かれてはいませんが?」
冥琳め・・・・と内心毒づくも副官に平謝りをする。
「ごめんなさいね。ちょっと酒の飲みすぎで・・・・ははは・・・・」
「まぁ・・・嗜好品を嗜むことは否定はしませんが・・・・。佐官には自分の体をいたわってもらわないと―――――」
「わかった!わかったわよ!もう若くないって言いたいんでしょ!?・・・耳が痛いことを言わないでちょうだい。・・・反省してるから」
「いえ、そこまで言うつもりはありませんが・・・・。すみません・・・・言いすぎました」
「いいのよ。もとは私がいけないんだから。話が変わるけど・・・ちょっと聞きたいことがあるのよ。いいかしら?」
「?構いませんが?」
「ありがと。あの保護した少年なんだけど・・・・気になってね、居場所はわかる?」
「ああ、あの少年ですか?彼は軍病院で治療を受けています」
「どこか悪いの?」
「いえ・・・・ただどうやら無茶な生き方が祟ったようでして。栄養不足で今療養中です・・・」
「そう・・・・。ありがとう」
「軍病院に行かれるのですか?」
「ええ。少し話をしたくてね」
「・・・・・・構いませんよ。部隊の運営は私におまかせください」
「すまないわね。いつも無理をさせて」
「・・・・・無理は北郷隊長の頃から日常茶飯事でしたからね。今では慣れましたよ。ご心配なく!」
そう言うと彼は片手をひらひらと振り、背を向けた。そんな彼に少し頭を下げると、陸軍病院に走り出した。
病院に着くと近くにいた看護助手に声をかけた。
「ちょっといいかしら?」
「孫策佐官ですか?どのような御用で?」
「先の戦いで保護された少年なんだけど・・・・・」
「あの少年ですか?周瑜長官の計らいで、個室にて治療を受けていますね」
「そう・・・・。案内してもらえる?」
「もちろんです。どうぞ・・・・・」
「はぁ・・・・暇だなぁ・・・・・ん?孫策?!」
「あ、あら!元気そうね。・・・案内ありがとう。席を外してもらえると助かるわ」
「分かりました」
「どう?我が軍の最高峰のおもてなしは?」
「・・・・暇過ぎて死にそうだ。あいつら体も動かすのも許してくれないんだ」
「それだけアンタの身体は危ない橋を渡ってたってことよ。ただ顔色は良くなったわね」
「そうなのかなぁ・・・・・。まぁ体の調子は良くなっているのは実感できるけど・・・・」
「まぁ今はしっかりと休みなさい。そのあとの事は心配しなくても大丈夫よ。治療後も貴方は呉の市民として正式に生きていけるようには便宜は図ってあるわ。路銀もさきの戦で貢献したことからも、当分困らない額はもらえると思うから」
軍令部としては要塞攻略戦での勝利に大きく貢献をしたこの少年を無下にはできない事からも、相応の報酬は出す姿勢は見せているようである事は雪蓮は知っていた。
行政府としても今回の戦での相応の手助けをした住民には、十分な謝礼は出すようであり一部でいる荊州の民たちの不満もそれで逸らしたい意向もあるようでもあった。
その結果、国家への忠誠心からか荊州からの軍の志願数は増加傾向にあるようだ。
だが少年はそんな事は知る由もなく、ただ目を輝かせ雪蓮に頭を下げる。
「ほんとか?!ありがとう孫策!!やっぱりアンタ、偉いさんだったんだな」
「やっぱりってなによ・・・・・。心外ね」
「ごめんって。孫策佐官殿」
「まったく調子いいんだから・・・・・。ねぇ?」
「ん?」
「この病院を退院したあとは、お前はどうするつもり?」
「そうだなぁ・・・・。住み込みで働ける場所でも探そうかな考えてる。金も手に入るんだ。時間もあるし、ゆっくり自分がしたいことをじっくりと探そうかな・・・・って」
「・・・・一人で平気?」
「俺はいつだって一人だった。今更なんともないさ」
「そう・・・・・強いのね・・・・・・。あの・・・・もし迷惑じゃなかったら・・・・なんだけど・・・・」
「・・・・・・?」
「私と・・・・一緒に暮らさないかなって・・・・・。そう思ってるんだけど・・・・・・・どう?」
「・・・・・・どうして?」
「どうして・・・・って。そりゃ・・・・・・」
「俺が心配だからって?そりゃアンタに心配されるのは嬉しいけど・・・・。そんな理由だけでこんな餓鬼を引き取ろうなんて酔狂な事は普通しないだろ?」
「・・・・・・・・」
「言っちゃ悪いけど、そうやって甘い言葉に騙されて慰み者にされ、ボロ雑巾のようにされた仲間を俺は見てきてる。だから俺は一人で―――――」
「お前といると私が救われるのよ」
「救われる?」
「ええ・・・・。私は・・・・私にも守るべきものが・・・・失ってはいけない大切な何かがあるって・・・・そう感じたいから・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「正直言うとね・・・・私は貴方とのこの出会いが偶然ではないとそう感じている。私の心の叫びを・・・・貴方が知ってくれていたこと。そして・・・・貴方が私の愛した男に似ていること。だから私は・・・・・」
「だから・・・・・?」
「ごめん、頭がごちゃごちゃで整理がつかないけど・・・・。ただ・・・・私は・・・・家に帰るときにおかえりって言ってくれる温かい存在を・・・・貴方に・・・・・」
「・・・・・」
「・・・ごめんなさい。私が愚かだったわ。忘れてちょうだい」
「待てよ孫策!!逃げるのか?」
「・・・・だっていやでしょ?見ず知らずの女と家族のママゴトに付き合えって・・・・」
「いいから聞けよ!俺・・・・孫策があの時助けてって言っていた時・・・・お前の思いも俺の頭に入ってきたような気がする」
「なんですって・・・?」
「ずっと泣いていた。そして『かずと』ってずっと呼んでいた。それと同時に・・・・違う声も聞こえた」
「違う声・・・・?」
「うん・・・・・男の声だった。俺にそっくりな声で・・・・・『雪蓮を助けてほしい』ってそう俺に囁きかけたんだ。だから俺・・・・あの時いてもたっていられなくて・・・・って孫策?!」
「・・・・・・え?ああ・・・・・なんでもないのよ。なんでも・・・・・ないの。・・・・・一刀・・・・・やっぱりあなたが・・・・・ありがとう・・・・・」
雪蓮は指輪を大切に撫で胸に抱ええるように、大切なものを扱うかのように優しく包み込んだ。
やはり彼との出会いは、そして彼の存在は恐らく何かある。
そして・・・・私は・・・・・彼となら・・・・・失った大切な諸々を今度こそ取り戻すことができるかもしれないと根拠のない確信をする。
「・・・・孫策、『かずと』って・・・・いったいどんな男だったんだ?」
「そうね・・・・。私もお前には知ってほしいし、話そうと思うわ」
それから彼に一刀の事の経緯をかいつまんでではあるが全て話した。
少年は終始信じられない表情を浮かべてはいたが、私と北郷の関係と彼の突如の死を聞くと些か沈痛な面持ちとなっている。
(そんな表情ができるのね・・・・。この子はまだ・・・・引き返せるわ)
彼は慈しみ、愛、そして人を想う尊さを理解できている。
そして彼の闇が広がる死んだ目の奥に、僅かではあるが小さな炎を灯っているのを私は感じていた。
「・・・・これで私が知っていることは全て話したわ」
「・・・・・・・・北郷って男はすごいな」
「・・・・・・・そうかしら」
「ああ、なんというか・・・・・大きい男だなぁ・・・・て、そう感じるんだ」
「・・・・・・・・ありがとう。一刀もそう言ってくれてきっと喜んでいるわ。この指輪はね・・・・彼が始めてくれた贈り物だったの・・・。指の寸法なんていつ測ったのは分からないけど・・・・ぴったりで・・・・・彼の故郷では愛する人に指輪を送るの風習だったそうなの・・・。だから・・・・・」
「そうだったのか・・・・・。なぁ孫策!」
「ん?」
「俺、もっとさ・・・・もっとお前の話が聞きたい。知りたいって思うんだ・・・・・」
「ありがとう・・・嬉しいわ。じゃあ私の家でどう?私がいれば外出も許可してくれるでしょうしね」
「そうか!じゃあ・・・・行ってみよう!」
「じゃあちょっと待ってなさい。許可を取り付けてくるから」
そうして病院の許可を取り付けると、二人で城を出て建業の華やかな街並みを見る。
喧騒が凄まじい建業に少年の顔は驚きと興奮の表情で呟く。
「・・・・・・これが建業?!」
「そうよ〜。まぁ・・・・今日は憲法発布の記念という事で一日祭り状態だけど・・・・」
「へぇ〜。けんぽうってなんだ?」
「それは私の家にいる先生に教えてもらったほうが早いわ」
「先生?」
「そう、周瑜っていう私の友人なんだけど・・・・。長髪で眼鏡をかけた女性なんだけど知ってるかしら?」
「ああ・・・・。でもチラッと見ただけだ」
(冥琳は顔を合わせられなかったのね。まぁ・・・・仕方がないか)
冥琳が彼を始めてみた時の反応を知っている身としては、気さくに話しかけるという事は出来なかったのであろう。
ただそれを彼に話したとしても、気持ちのいいものではないだろう。私は適当に誤魔化すことにした。
「まぁ軍を指揮する立場の人間だからね。忙しい身なのは仕方がないわよ」
「そうか。だといいがなぁ・・・・・」
(察しがいいわね。その表情だと一刀絡みである事は察しているってことね)
「今私の家で休暇を取っていると思うから・・・ゆっくり話しましょう。大丈夫よ、周瑜はお前を恐れたりはしないから。むしろ・・・私と同じ気持ちだと思うわ」
「・・・・・・うん」
「さぁ!こっちよ!ついて来なさい!!」
「冥琳!!帰ったわよ!・・・・ってあら!?」
「すげー料理・・・・」
家の戸を勢い良く引き、中に入ると居間から甘美な匂いがするため、足を運ぶとそこには豪勢な食事がこれでもかと並んでいた。
「遅かったじゃないか雪蓮。あ・・・・・お、・・・・・お前が我々に勝利をもたらし、雪蓮を救ってくれた少年だな。私は周瑜 字は公瑾という。私の親友を救ってくれたことをまず礼を言わせてほしい」
一瞬どもる冥琳ではあったが、その後は何事もなかったのように修正するあたり流石だなと雪蓮は思う。
自分の感情を制御下に置き、冷静な姿勢を崩さない冥琳。
「い、いや・・・・あれは俺は何も・・・・・」
「フッ・・・・謙遜するな。お前のような少年が、江東の小覇王相手に逃げずに対峙できたのだ。誇っていいくらいだぞ?」
「そうかな・・・?あ、ありがとう・・・・・」
冥琳は笑顔を浮かべて少年を見つめる。冥琳は表情を表には出すことはなく気さくに振舞う姿に、流石だなと内心関心をする。
「さて・・・・・ここで立ち話もなんだ。雪蓮、お前の厨房を勝手に借りて、料理を作らせてもらった。いいだろ?」
「え・・・?ええ、大丈夫だけど」
酒も勝手に拝借し、お猪口を三人分。
「まだ子供だけどいいの?冥琳」
「構わしないさ。今日はお祭りだ。無礼講といきたいからな。お前、酒は始めてか?」
「お、おう。そうだけど・・・・」
「ではまず一滴。ほら」
冥琳が酒を少年に注ぐと少年は恐る恐るチビチビと酒を口に入れる。
「どう?美味いでしょう?」
「・・・・・マズイ。お前らよくこんなの飲めるな」
「ハッハッハ!まぁ最初はそんなものだ。これが美味しいと思えたときが、大人になったという事だ」
「まぁ最初はこんなもんよね〜。いきなり美味いとか言われたら、逆にそれはそれでねぇ・・・・」
「むぅ・・・・・・・」
「すまないな。まだ飲むか?」
「飲む!!俺は子どもじゃないからな!」
そう言うと酒をグビグビと飲んでいく。
「まぁ・・・・それくらいにしておけ。飲みすぎは良くはない」
「なんだよ。まだ飲めるって!」
「そう張り合うな。飲み過ぎると今お前の目の前にいる女のように我を忘れて見境がなくなるぞ?」
「ちょっと!?冥琳?!」
「ハッハッハ!取り敢えずは食事にしよう。さぁ腕によりをかけて作ったんだ。今回は自信作だぞ」
からかう冥琳を咎めるも上手いこと躱され、渋々食事にありつく私ではあったが相変わらずの友人の腕前に目を見開いてしまう。
少年も同じ思いを抱いたようで、目を見開くとバクバクと威勢良く食事をしていく。
「・・・・・う、美味い」
「やっぱ冥琳って料理上手いわよね。露店でも開いたら?」
「それはいい考えだな。私が引退したら、のんびりと店でも開こうか」
「引退するの・・・?」
「まぁ・・・・・そうね。ここまでは意地もあったし・・・・北郷のこともあったから・・・・。基本法もでき選挙も適切に行われた。私はこれからは身を引くべきだと思っている」
「・・・・寂しくなるわね」
「そう言うな。このまま私は建業にいるんだ。今生の別れというわけではないだろう?」
「そりゃ・・・・そうだけど・・・・・。ここまで冥琳は頑張ってきたのに・・・・・」
冥琳は渋い表情でため息をついて眼鏡を外すと、遠い目で外に目を向ける。
「・・・・・政治家としてこのまま残る事は出来ても、それは皆にとって良いことではないわ。私の顔色を伺い政をされても困るからな。これからは新しい者たちで民と話し合い、共栄を図って欲しい。そういった思いもあるのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・なぁ周瑜」
「ん?なんだ?」
「・・・・周瑜ってその・・・けんぽうってやつを作ったんだよな?」
「そうだ」
「その・・・・教えてくれないか?」
「そうだな・・・・。お前ももう呉の市民であるからな・・・・知ってもらおうか」
それから冥琳は食事を取りながらも、少年に憲法の内容を教えた。
少年は理解できているようであり、法の概念を即座に理解できる機転の良さに私は少し驚く。
「・・・・以上が呉の憲法、国家基本法という概念だ」
「法という決まりごとで国を規定する。それは自分たちの決まりごとというわけではなく、民に対して・・・・という事か」
「そうだ。この憲法発布は官僚たちの所詮道徳向上のために作られたわけではない。国が国民に対して負うべき権利義務と国民が国に対し持つ権利と義務、それらを明確に決めていることが重要なんだ」
「難しいな・・・・」
「まぁ・・・この法概念や体系はそう簡単には理解は出来るものではないさ。ただ驚いたな、お前は飲み込みが早い。大したものだ」
「あら?冥琳もそう思う?」
「そうだな、私の下で修行を積めば優秀な政治家になれるかもしれんな」
「でたでた。冥琳のいつもの癖」
「いつもの?」
「そ、冥琳って見込みのある人を見つけるとこうして弟子にさせたがるのよね〜」
「癖って・・・・そんなに弟子にしてるかしら・・・・」
「してるわよ〜。自覚ないの?」
「そうなのね・・・・」
「俺は教わりたい!」
「え・・・・?」
「周瑜の作ったその法という考えを俺も知りたいんだ」
「ほぉ?それはどうして・・・・なかなか。なぜ学びたいと思ったのだ?」
「俺は確かに文字も読めないし、書けない。でも・・・だからこそ自分を世界を深く知りたいと思ったんだ。俺は今まで悪行を重ねてきた。実際、この国に来るまではそれが当たり前だった。力による支配。それが俺の生きる世界だった」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でもこの国は違う。力の支配はなかった。この違いはなんだろうって思って・・・・。俺はそれが知りたい。これからは人を殺める事はやめて、人を生かせる知識を身につけたいんだ」
「・・・・なるほどな。どうする雪蓮?」
「どうして私に聞くのよ。彼がやりたいっていうのなら反対する理由はないでしょ?呉は有志ある者を門前払いするほど人材が豊富というわけではない、って冥琳よく言ってるじゃない」
「では・・・・そうだな、お前・・・・そういえば名前が無いのだったな・・・・。このまま私が教える手前、名無しというわけにもいかないだろう。雪蓮、お前この子に名前をつけてやったどうだ?」
「・・・・・いいの?」
「少年、お前はどう思う?」
「俺は・・・・・この呉で新たな生活を築いて行きたいと思ってるんだ。新しい自分として、名前のないコソ泥から生のある一人の人間として生きたいと思ってる。孫策お願いだ!」
「といってもねぇ・・・・。う〜ん・・・孫昭ってどうかしら?」
「その名前の意味は何か意味はあるのか?」
「別に・・・・・・意味はないわ。ただ・・・思いついただけ」
どうだか。という含め顔で冥琳は雪蓮を見つめた。
(多方・・・・自分の子どもが出来た時につけようとしていた名前だろうな・・・・)
北郷そっくりの少年を、雪蓮はきっと特別な出会いであると思っていることは間違いはないであろうからだ。
「孫昭・・・・。俺は・・・・孫昭か」
嬉しそうに自分のもらった名前を唱える孫昭に、雪蓮は一瞬悲しそうな表情を浮かべるも直ぐ様笑顔に戻る。
「いい名前でしょ〜。さぁ飲みなさいな!」
そう言って自分の感情に蓋をするようにワザと明るく振舞う雪蓮に冥琳は胸を痛める。
だがそんなこと言っても空気を悪くするだけだ。冥琳も笑顔で酒を飲み、食事をとる。
それから孫昭は自分のこれまでの過去を話してくれた。
自分の過去や犯してきた多くの過ち、そして奴隷からの脱走劇など十四〜五の少年が送るには過酷であり、まさに波乱万丈な内容でもあった。
雪蓮も冥琳も孫昭の話をただ黙って聞いていた。
犯した罪を責めることもせず、泣いて慰めることもしない。
ただそういった二人の姿勢が同情を嫌う孫昭からしても、顔には出さないが内心嬉しかったのは確かでもあった。
孫昭の生き方を否定せず、受け止め尊重しようとする二人の姿勢に暗い過去があり、他人に話そうとしなかった孫昭も口を軽くし、饒舌になっていった。
それから今度は孫昭は彼女ら二人の過去を聞いた。
雪蓮の親の急死からの仲間の裏切り、離反。そして没落した孫家を復興しようと奮闘した立ち上がった二人。
だがそのためには決して他人には言えないようなこともしてきた。
裏切りやだまし討ち、そして見せしめによる処刑、私刑を雪蓮と冥琳は行ってきた事。
そして当時の心情も隠さずに吐露する。
良心の呵責や使命の重荷に耐え切れず何度逃げ出したいと思ったか、など二人は懐かしがるように語ってくれた。
孫昭が雪蓮にいつかに聞いた、
『私の手は血で汚れている』
といった雪蓮のセリフを今更ながら理解する。
きっと彼女らは孫家の悲願を果たす、という使命のためだけに身を燃やし、粉にし戦ってきたんだろう。
過去を語る雪蓮の、冥琳の荒んだ目が彼女たちの犯してきた所業の深さを物語っていた。
それが当たり前だ。それが私たちの背負わなければならない責任である。そう考えていたのに・・・運命的な出会いが彼女たちを変えた。
そうした過酷な戦いを狂っている、おかしいと声高に叫び、剣を持ち戦乱に身を投じ戦う一人の男との出会ったこと。
当たり前だと思っていた雪蓮や冥琳の行いを、重荷をおかしいと庇い、戦う決意を持った男。
彼に雪蓮も冥琳も救われ、深い友情と愛情を育んだこと。
北郷には自分たちは幸せになってもいいのだ、自由になってもいいのだと気づかせてくれた、と二人は語った。
国家の繁栄と個人の幸福は同意義ではないということを北郷は憂慮していたようでもあり、二人を使命から解放するとよく言っていたようだ。
そして・・・・その男との永遠の別れ。
彼女らが背負っている宿命の重さ、過酷さを孫昭は幼いながらも理解すると同時にこの二人に対し尊敬の念が芽生えていたのもまた事実でもあった。
と同時にその男、北郷一刀に対しても大きな存在であったことを感じていたも事実であった。
彼女たちがどれだけこの男のことを信頼し、愛していたのか。
『人を愛する』という尊さをまだ完全には理解が出来てない孫昭ではあったが、その男のことを語る際の二人の温かさ、そして深い悲しみが無性に彼の胸を刺激したからだった。
特に雪蓮は北郷の事を思い出したのか、時折目を潤ませ熱い溜息を吐く姿を見せる。
それは雪蓮が孫昭に初めて見せた女としての姿であり、酒でほのかに火照る顔に潤んだ目、そして汗ばんだ褐色の肌、組まれた脚から覗く引き締まった大腿部がチラリと見える。
それがやけにアダルティックであり孫昭は胸を躍らせた。
初めて見る雪蓮の『女として』の妖艶さが彼には刺激が強かったようである。
冥琳は少し頬を赤らめる孫昭に気づき、ニヤニヤと笑う。
「・・・・どうした孫昭、顔が赤いようだが?」
「ほんとね。酒の飲みすぎかしら?」
大丈夫?と近づいてくる雪蓮に孫昭は更に頬を赤くさせるも、冥琳の見え透いた態度に腹が立ったのか早口で反論をする。
「大丈夫だって!ちょっと・・・・ちょっと・・・飲みすぎただけだってば」
「そう?無理しなくてもいいのよ?体壊してまで飲むもんじゃないからねぇ」
「それはお前が言うべきことなのかは私は敢えて言わんよ」
「経験談よ、経験談」
雪蓮と冥琳が笑い合うとそれに乗じて孫昭も笑顔になり、楽しい歓迎会を過ごすことができた。
雪蓮は飲みすぎたのか、酒瓶を抱きしめて寝息を立てていたなか、冥琳は酒に酔い今にも意識を手放そうとする孫昭の頬にコツンと水の入った容器を当てる。
「え・・・・?」
「水だ。少し楽になる。飲みなさい」
「あ、ありがとう・・・・」
「飲みすぎたな・・・・。まぁ若いうちはこんなものだ。どうだった?孤独じゃない食事も悪くはないだろう?」
「・・・・・・うん」
冥琳は彼に優しく微笑むと、頭を優しく撫でる。
「雪蓮はどうだった?」
「・・・・・優しい女だった」
「信じられないだろう?剣を持たせたら天下一品の剣技を見せるアイツが」
「うん。周瑜・・・・俺・・・孫策に一緒にここに住まないかって言われたんだ」
「・・・・・・ほう。それで?」
「最初は嫌だった・・・・。同情されているみたいで・・・・・。だけど・・・・今は違う気がする」
「雪蓮は・・・・お前を正面から見つめてる。お前をかつての夫だと重ねての行為ではないのは、わかるだろう?」
「そうだな・・・・。それがわかるから俺も・・・孫策と一緒に暮らしたいって思ってるんだ」
「孫昭・・・・ありがとう。私もお前たちを最大限支えていくつもりよ。何かあったら私を頼りなさい」
「・・・・・・うん」
「それにこれからは私のことは冥琳でいい」
「いいのか?真名をもらっても」
「良いも悪いもないさ。お前の人柄を信頼してのことだ。もらってくれるな?」
「ああ・・・・。冥琳・・・ありがとう。俺、頑張るよ」
「・・・いい返事だ。さぁもう夜遅い、しっかり休みなさい」
笑顔で孫昭を見送ると、冥琳は付近に誰もいないことを確認し、酒瓶をもって外に出るとフラフラと歩き出し、ドサりと腰を落とす。
一人寂しい表情で酒を再度注ぎ満天の星空を見上げる。
北郷がいなくなりもう半年が過ぎるが、未だに傷は癒える事はなく冥琳の心を深くえぐった傷が夜風に滲みているかのように痛む。
「北郷・・・・私は・・・・私は未だに阿漕な事をやっている。先の荊州の戦も数多くの血を流しすぎたわ・・・。なのにこの悲しみが癒えることはなく、むしろ虚しさだけが私を満たす・・・。私怨を晴らせばこの胸の重みが取れると、救われると戦ってきたのにな・・・。全くふざけた将軍だよ私は・・・」
冥琳は一人月夜に杯を高く掲げ、乾杯と小さく囁いた。
「私一人が未だに前に進めずにいる。孫昭にお前の姿を重ねているのは他でもない、私よ。・・・・多くの命を弄び、希望を奪った私が・・・弟子をとるなどと・・・・馬鹿げている」
雪蓮やほかのみんなは前に進んで生きようと藻掻くなか、過去に引きずられたままの今の自分が醜悪な者だと自分を責める。
「私が絶望をしたように、私が起こした戦争で絶望し、私を憎む人間も数多くいるだろう・・・。分かっているさ・・・・」
と寂しく笑い、苦い酒を一人流し込むのであった。
説明 | ||
遅くなり申し訳ございませんでした。 引っ越しや、仕事がかさばり時間を確保するのが困難な状況ですが、完結まで頑張っていきます。 |
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コメント | ||
mokiti1976-2010さん、コメントありがとうございます。ゲーム本編と同じように冥琳が一番引きずっている状態ですが、何とか立ち直れるようにしていきたいと思っています。この外史も終わりが近づいてきていますが、これからもご支援のほどよろしくお願いいたします。(4BA-ZN6 kai) 孫昭のこれからの成長が、少しでも雪蓮と冥琳の心の傷の癒しになると良いですね。(mokiti1976-2010) |
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