真・恋姫†無双〜黒の御使いと鬼子の少女〜 104
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 数多の視線が注がれる中心で、愛紗と星は武器を構えていた。

 

「二人とも、準備はいい?」

「いつでも」

「こちらも」

「では、はじめっ!」

 

 この時、誰もがそんなに時間がかからないだろうと思っていた。なにせ、愛紗は雪華の件や白装束の件で体がボロボロになった状態で、昨日まで寝ていたのだ。対し、星はずっと起きていたし、白装束相手でも張り合っていた。そんな二人が戦ったらどうなるか、結果なんて最初から見えてると思われていた。

 

 だが、目の前で起きている光景に誰もが目を疑った。

 

「はぁああああああああああああ!!!」

「くっ!?」

 

 愛紗が押しているのだ。星も最初は多少手を抜いているように見えていたが、今は全力で戦っている。それでもなお愛紗が押している。

 

「せいっ!」

 

 愛紗の横薙ぎの一撃をひらりと飛び退いて星が距離を取ったところで、愛紗が切っ先を下ろした。

 

「さて、これでも不足だというか?」

「……いや、十分だな」

 

 一言言った後で、星も槍を下ろした。

 

「だが、腑に落ちん」

 

 その言葉はそこにいた全員の気持ちだった。

 

「あれほど休んで武に陰りがない、いや、むしろ精彩を増しているのはどういうことだ?」

 

 星からの問いに愛紗は悩ましげな表情を見せる。

 

「いや、私もよく分からないのだ」

「分からない?」

「夢の中で、何かが語り掛けてきて体が光ったと思ったらこのような状態に」

 

 愛紗は不思議そうに自分の手を見ているが、その場にいた雪華だけは知っていた。

 

(よかった。蛇さん、ありがとう)

『どういたしまして』

 

 そう、雪華が蛇に頼んで癒してもらったのだ。

 

『正直、人を癒すなんてやったことなかったけど案外うまくいくものね』

(そうなの?)

『ええ。でも、力の消費が大きいから、あまり使えないわね。出来ても一月に一回程度かしら』

(…………)

『そんなにしょんぼりしなくても大丈夫よ。あくまで力を抑える分を考えたらってこと。私の存在が消える程ではないわ』

 

 蛇の一言に安心する雪華は意識を外に戻す。

 

「だが、どんなことであれ、戦える。なら、今は感謝しかない」

「……うむ、そうだな。お主と共に戦えるのは私も嬉しい」

 

 二人は互いに喜びを伝えるために握手を交わす。それを見ていた北郷はそこにいた兵たちに告げる。

 

「皆! 劉備と関羽将軍は今回の行軍に参加するっ! これで、俺たちに負けは無くなったっ! いざっ!」

「“おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!”」

 

 兵たちの雄叫びが大地を震わせた後、軍は進軍を始めた。

 

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 進軍を始めたしばらく経った頃、桃香が雛里に確認をする。

 

「成都まではどのくらいのお城があるの?」

「私たちの本城である諷陵は益州の端の方なので、20個以上は……」

「う〜ん、やっぱりそのぐらいはあるよねぇ……」

 

 その多さにがっくりと項垂れる桃香だが、ある意味予想の範囲内ではあった。

 

「益州はこの大陸の4分の1を占めてるからね。大きければその分」

「お城も多いってことだよね」

 

 だが、果たして本当に20も越えなくてはいけないのかは別の話だ。

 

「ですが、この内乱の最中です。我らの進軍を阻む城がいくつあるかが肝要でしょう」

 

 愛紗の一言に星が頷いて返した。

 

「我らの事を気にせず、内輪揉めをしてくれていればよいのだがな」

「しかし、策を弄したとはいえ、余所者が国に入っても気にせず、疑うどころかこうも易々と城を明け渡すとは、劉璋の無能には呆れかえるしかありませぬ」

 

 ここで言っている策とは、諷陵に入った時に劉璋へ送った使者の事だ。“諷陵に入った正当性”それを手を変え品を変え、丸め込んで通したのだ。

 

「まったく、本当にここまでうまくいくと逆に怖くなるのです」

 

 ねねの言う通りだ。上手く事が運びすぎて軍師の面々は一時、策ではないかと考えを巡らせてしまったほどだ。

 

「それだけ力がないってことなんだろうさ。それに、民も無能って認めちゃってるしなぁ……」

 

 本来、学もなければ戦う力もない民が自分の国を治める太守を無能と考えることは少ない。だが、この国では大半の民がそう思っているのだ。

 

「……民の声が聞けない太守って、どうなのさ」

 

 北郷の呆れとも怒りとも受け取れるような呟きに雛里は同意する。

 

「ご主人様の言う通りです。民からの評価を聞くだけでも劉璋さんは国を治める資格はないと思います……」

 

 雛里の言葉はまさに全員の気持ちだ。しかし、当人の能力と国そのものの能力は別の話だ。

 

「でも、油断はできません」

「うん。分かってるよ」

 

 そう。国の広さは人の多さにつながる。国が広ければ広いほどそこを守る兵たちも多くなるのだ。

 

「数で完全に押し切られたら俺たちは厳しい戦いを強いられる。だからこそ、最短距離で成都の喉まで食らいつかなきゃいけないんだ」

 

 短期決戦。それこそがこの戦に勝利する条件だ。しかし、最短距離という事は敵にとってはまさに急所。ならば、守りは当然のごとく厚い。

 

「この先にいる将の名前、確か黄忠さんでいいんだっけ?」

「はい、その通りです……」

「聞かん名だな。どういった将なのだ?」

 

 星の問いに雛里は答える。

 

「慈悲深く、徳望高い人物と言われています。もちろん、将としても有能だとも……」

「ふむ、つまりは優秀な将という事だな」

 

 星の言葉に内心頷く北郷。

 

(まぁ、三国志でも文武両道の名将って出てるもんな)

 

 ただ、と北郷は疑問に思う。

 

(でも、黄忠っておじいさんなんだよな。劉備軍に加入した時点で)

 

 何せ“老黄忠”という言葉があるのだ。演技だと60歳程度と言われている。

 

(……やっぱり、おばあちゃんなのかな?)

 

 まぁ、そもそも劉備たち一行が全員女の子たちだったことから、その可能性は非常に高い。

 

(にしても、この時点で五虎将がほとんどそろっているって、どうなんだろ?)

 

 今更と言っては今更なのだが、北郷の知っている三国志とはすでに大きくかけ離れている。

 

(……まっ、考えても仕方ない。俺は少なくてもここで生きているんだ)

 

 ならば、自分の知っている歴史よりも、目の前の現実の方がはるかに重要だ。思考を一段落させた北郷は意識を表に戻し、白蓮に問いかける。

 

「そういえば、袁紹たちはどうなってる?」

「今のところはおとなしくしてるよ。観光気分でね」

「そっか」

 

 おとなしくしてくれているのであれば問題はない。

 

「……一応聞くけど、戦力として数えられると思う?」

「……本気で聞いているならここにいる全員から拳骨が落ちると思うが、聞くか?」

 

 白蓮がやけに圧のある笑顔を見て北郷は予想通りだという事を確認した。

 

「だよねぇ。このまま大人しくしていてもらおうか」

「賢明だな」

 

 “うんうん”とそこにいた全員が頷いている。もちろん、華雄ですらも。

 

「して、北郷よ。黄忠のいる城まではあとどれくらいなのだ?」

 

 頷いていた華雄の言葉に北郷は顎に手を当てて思い出す。

 

「え〜と、城を出てから……。あと、一日ってところかな?」

 

 雛里に目線で確認すると、彼女も頷いた。

 

「はい、そのぐらいです」

「ふむ、となれば黄忠の斥候にはすでに補足されているだろうな」

「そうだと思います。状況が状況ですし」

 

 そこへ白蓮が加わる。

 

「てことは、夜襲の警戒が必要ってことだな」

「だね。雛里、ここらで野営できそうな場所って目星ついてる?」

「はい、あと少し行った先でできるかと……」

「よしっ! そこで野営の準備をしよう。皆、あと少し頑張ろうっ!」

 

 そして、目的地に着くと兵たちが野営の準備を始める。その中で雪華は愛紗の傍を離れなかった。

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「ああ、それは私が、」

 

 と、愛紗が何かしようとするたびに

 

「私が持ってくっ!」

 

 横から仕事を持っていく。

 

 はたから見ている分にはかわいいのだが、当人からすれば真剣そのものだ。お姉ちゃんになにかあっては大変と目を爛々と光らせている。

 

『……ねぇ、そんなに心配しなくても大丈夫よ?』

 

 蛇からの言葉に小声で答える。

 

「でも……」

『気持ちは分かるけど、あんまり心配しすぎるのも相手には良くないわ。準備が終わったぐらいでやめときなさい』

「……はぁい」

『あと、私の声には頭の中で答えてくれればいいわ。声に出すと変に思われちゃうわよ?』

 

 言われて口を押さえて周りを見る。幸いというべきか、周りの兵は慌ただしく動いているので、そこまで気にしている兵もいなかったようだ。

 

(……次から気を付ける)

『そうなさい』

 

 優しくたしなめられた雪華は蛇との約束通り、準備が終わったころには見守るのをやめ、野営地の中を散歩し始める。

 

 空には星が輝き始め、月も光を増している。

 

「…………」

 

 夜空を見上げて、雪華はあの外套を思い出す。

 

「……玄輝、大丈夫かな」

 

 自分と同じ、この星空をどこかで眺めているのか、そう思うと涙が込み上げてくるがぐっと我慢をする。

 

「……鍛練、しよ」

 

 泣いていても会えるわけじゃない。なら、玄輝が教えてくれたことを頑張る。気持ちを切り替えて少し広めの場所へ移動して、釘十手を振るう。

 

「やっ! やっ!」

 

 玄輝から教えてもらったことだけじゃなく、愛紗や星、鈴々、みんなに教えてもらったことを思い出しながら、想像の敵を相手に何度も振るう。

 

「やぁっ!」

 

 そして、最後の敵を仕留めたところで足音がした。音の方へ振り向くとそこには愛紗が立っていた。

 

「愛紗お姉ちゃん」

「見事だったぞ」

 

 笑顔でそう言うと、近づいて雪華の頭をやさしく撫でる。

 

「…………♪」

 

 “にへへ”と嬉しそうにする雪華を見て、愛紗も顔をほころばせる。

 

「それにしても、本当に雪華は筋がいい。最初のころと段違いだ」

「本当っ!?」

「ああ」

 

 憧れの姉に褒められて本当にうれしそうにする雪華だが、ふと、愛紗の顔に曇りが見えた。

 

「愛紗お姉ちゃん? どうしたの?」

「…………いや、大丈夫だ」

 

 しかし、そんなのを信じる程、雪華は愛紗を知らないわけではない。

 

「……大丈夫?」

 

 “大丈夫”と答えようとしたが、雪華の目に見つめられてその口を一度閉ざす。

 

「…………」

 

 しばしの沈黙の後に愛紗は重く閉ざしていた口を開いた。

 

「……すまない」

「え?」

「……守れなかった」

 

 その言葉に雪華は首を振った。

 

「大丈夫だよ。私、ちゃんとここにいるもん」

「だが」

「玄輝、よく言ってた」

 

 雪華は飛び切りの笑顔で続きを口にする。

 

「“生きてりゃ上出来だ”って。どんなに傷ついても生きていれば次がある、生きていればどうにかなるって」

「雪華……」

「だから、大丈夫っ! もし、玄輝が怒ったら私がやっつけるっ!」

 

 なんとも可愛らしく頼もしい言葉か。滲んできた涙を拭い、雪華を抱きしめる。

 

「そうだな。その時は頼めるか?」

「……うんっ!」

 

 微笑ましい光景を月は優しく照らしている。まるで二人を守ろうとするかのように。そして、その光は遠く離れた木陰で休んでいる玄輝の外套も照らしていた。

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はいどうもおはこんばんにゃにゃにゃちわ。作者の風猫です。

 

いやはや、ようやっと進軍までこぎつけました。

 

そして、ようやく主人公が再登場です。と言っても状況が状況なんでそんなに長い話にはならんのですがね……

 

あと、もうすぐ3月も終わりを迎えますが、この時期は新しい場所へ向かい人が多い時期です。別れもあれば出会いもある。皆さまに良き出会いがあることを願っております。

 

さて、今回はこの辺で。また次回っ!

 

説明
オリジナルキャラクターが蜀√に関わる話です。

大筋の話は本編とほぼ同じですが、そういったのがお嫌いな方はブラウザのバックボタンをお願いします。
































ちゃんとオリジナルの話もありますよ?(´・ω・)
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鬼子 蜀√ 真・恋姫†無双 

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