第2話「黄金のカーニバルへ」(シリーズもの)
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 ルチアーナという名の少年は、カーニバルで一番にぎわう大通りにいた。落ち着いた色合いの髪をして、暗い色のマントに身を包み、目立たない出で立ちだった。唯一の明るい色は、金のアイマスクだったが、この祭りでは金を身にまとうことがお約束とされているため、誰も気にしていない。マスクで見えにくいが目元にほくろがあり、背丈はジュナチより少しだけ高く、年は同じくらいだった。すれ違う笑顔の人々をマスクの下から観察している。

 (かわいそうに、この中には本当に魔法をもらえるかも、なんて思うナシノビトがいるんでしょうね)

 そう心の中で呟く。屋台でジュースを買い、ビンを受け取った。薄給の彼は、カーニバルの日だけ贅沢をする。いつも飲まないジュースを買って、美味しいものを食べようと決めていた。水に浸かっていたそれを飲み込むと、冷たいのど越しを感じることができた。柑橘の香りが鼻腔に広がり、幸せな気分になる。高い場所にある太陽の光は強く、首筋に少し汗が出てきた。それを瓶でぬぐいながら、歩き出す。

 通りは屋台に溢れ、人が溢れ、いつも閑散とした職人街のどの通りもガラリと変わる。色とりどりの紙吹雪がどこからか舞ってくる。きっと魔法で誰かが風を起こしているのだろう。昔はナシノビトのために開催されていた通称「黄金のカーニバル」は、今ではナシノビトもマホウビトも楽しむ祭りに変わっていた。

  山超え谷超えかけてゆけ、命を懸けろ弱きヒト

  すべてのケモノを蹴散らして、ゴールドリップに会いに行け

 遠くから、誰かが歌う童歌にルチアーナは薄く笑った。会えるわけがないという自信と、そんな伝説を少しでも信じている人への嘲笑だった。聞くと気分が悪くなる歌から逃げたかったのだが、それはどこからでも聞こえてきた。早足で歩き出そうとしたとき、たくさんの古本が積まれた屋台を見つけた。

 (『サイダルカ家の歴史』…)

 本のタイトルが目に飛び込んでくる。思わず立ち止まって、表紙を見つめた。それは世間で出回っている初代サイダルカが写った写真であり、ジュナチの部屋に飾っていたものと一緒だった。

 (初代サイダルカ…彼女が、僕たちを救ってくれた…)

 ルチアーナは感謝をしながら、それを舐めるように見ていると店主が話しかけてきた。

 「定価よりは安いけど、まけられないよ」

 「…もう持っているよ。サイダルカって文字を見るとつい目で追っちゃうんだよね」

 店主はその言葉に笑って、わかるよとうなずいて同意した。

 「この人らのおかげで今があるからね、私らナシノビトは名前を見るたびに拝んでもいい存在だ」

 自分をナシノビトだと認定した相手の口調に、ルチアーナはほっとして、つられるようにうなずく。自分はこの場所に紛れられていると自信が出て、たくさんの人がいる道を再度眺めた。ルチアーナの様子が、当てもなくふらふらしているように見えたらしく、店主は大広場で開催されているダンス大会が見ものだとオススメする。言われたまま、彼はそれを見学しようと屋台から離れた。

 (本当にサイダルカはこの祭りにいる? 途方もないけど、絶対見つけるわよ)

 ルチアーナは、ここに来た目的の「サイダルカ」を探した。強気な口調で宣言する心と裏腹に、この人ごみで見つけられる可能性が限りなく低いことも理解していた。サイダルカがこのカーニバルに来ているのか、彼には不明だった。曖昧な情報を頼りに、体力がないルチアーナはなるべく疲れないよう、のろのろと歩みを進めている。もしもあの一族に偶然出会えたら、一言お礼が言いたかったのだ。

 

 このカーニバルでは、ゴールドリップに関する出し物や歌がたくさん街に溢れている。ゴールドリップは、最強の魔力を持ち、世界で唯一「魔力を分け与えることができるマホウビト」と言い伝えがある。黄金の唇を持っているため、その名が付けられたらしい。好奇心旺盛で、騒がしい場所を好むという噂もあり、ずっとずっと昔にナシノビトはこの祭りを始めた。皆が金色を身にまとって楽しい音楽に乗っていれば、ゴールドリップが紛れ込むかもしれない、もしかしたら気まぐれに魔力を与えてくれるかもしれない、という目論見が祭りの発祥だとされている。魔法道具が現れた今では、「魔力を与えてもらう」という目的は忘れ去られ、ナシノビトもマホウビトも関係なく騒ぎ踊るカーニバルへと変わっていった。

 「毎年変わらず、すごい人だね」

 ジュナチは裏路地からそっと大通りの様子を覗き見て、呆れたように言った。ゴールドリップに大変執着しているジュナチは、祭りの発祥理由を忘れてはいなかった。四方八方から流れてくる騒がしい音楽を聞き流しつつ、人ごみを見る。

 これから、カーニバルの参加者たちの唇に注目して、街を歩く予定だった。大通りへ出る前に、魔法道具のゴーグルを取り出す。

 「本当の姿を見せて」

 ミントが香るスプレーをかけて、そう道具にお願いした。特殊な方法で作られた茶色のグラスが反応して、透明に変化する。この魔法道具は、グラスの色が変化している間、誰しもの「本来の顔」を見ることができるものだと言われ、家族から譲り受けた。世間には未発表で、国王さえもその存在を知らない。初代がゴールドリップを探し出すためだけに作ったものであり、代々伝承されている物だった。ゴーグルをかけたままダントンを見れば、マスクは消えて素顔の状態になる。

 「準備はいいな、行くぞ」

 ダントンの掛け声をきっかけに、ジュナチはきょろきょろと周りを見回す。そしてその手は、前を歩くダントンのジャケットの裾を握っていた。人波の中を歩くことが得意な彼に足取りは任せて、ゴールドリップ探しに夢中になっていた。

 (会えたらいいけど、そんな簡単に会えないよな…来年もきっとこうしてる…いや、チャンスはどこかに転がってるよね、きっと、いつか…)

 先が見えない未来をうじうじと思いながら、ジュナチはすれ違う人の唇をチェックして、キラキラ光る色を探していた。だけど、どこにもそんな人は見つからず、体力がどんどん削られていった。

 「足痛い…」

 大通りを練り歩いても、結局ゴールドリップは見当たらなかった。厚いブーツの裏が地面に着くたびに、体から元気の粒がぽろぽろと落ちているような気分になる。街の南にある大門から中央の広場へ向かって歩き続けた。ここは一番人が集まる。ジュナチは普段島に引きこもっているせいか、カーニバルの人ごみに体力をかなり奪われていく。喉が乾いてきたジュナチに、何も喋らずにいたダントンはタイミングよく声をかけた。

 「カフェに行くか?」

 見慣れた小道を指さし、提案する。ジュナチがうなずくと、すぐに方向転換した。今までは人の流れに沿って歩いていたが、それを横切るように小道に向かわなくてはいけないため前に進みづらい。

 「くそ、」

 ダントンが小さく舌打ちをする。

 「杖、使うね」

 彼のいらだちに反応したジュナチは、場所を交換した。魔法道具を使うために立ち止まった彼女が、人に当たらないよう守りながら、ダントンはその背中を見ていた。

 「揺らして」

 小さく願い、ジュナチは素早くトンッと杖で軽く地面をノックした。途端、小道へ風が吹き少しだけ地面が揺れて、行き交う人々がほんの一瞬立ち止まる。もう二度ノックすると、人々の体がずれて、小道まで誰にも気づかれない獣道のような空間ができた。ダントンはそこへ滑り込むようにジュナチの手を引いて歩き、目的の道に入った。後ろで小さく「いた…」という誰かの呟きが聞こえたが、自分たちには関係ないと決めつけ、それを流した。

 「ここは静かだねぇ」

 ほっとした声で話すジュナチに、ダントンはつまらなそうに返事をした。

 「地味なカフェしかないからな」

 「落ち着いていいカフェじゃん」

 「俺は、もっとデカくて煌びやかなカフェが好みだ。あそこは家具からカップまで渋すぎるだろ」

 「ダントンて本当下品なものが好きだよね」

 「下品じゃねぇ、煌びやかっつってんだろ。まあカーニバルにそんなシンプルな服ばっかり着るお前には、なんも理解できねぇか」

 少しイラついた声でダントンがジュナチを睨む。その強い眼光は初対面の人が見ればおじけづきそうなものだったが、ジュナチには慣れたもので嫌味もすべて無視した。

 小道の行き止まりにあるカフェ前までやってきた。日陰になった道には雑草が生い茂り、壁は一面植物のツタに覆われている。店の入り口も点々とある窓も、緑の中に埋もれそうになっていた。観光客ならまず近づこうとは思わない不気味な雰囲気だった。毎年、ジュナチたちはこのカフェの3階から大広場を一望して、望遠鏡でゴールドリップを探すことにしていた。

 入り口に手をかけようとした瞬間、「あの!」と通る声が背後から聞こえた。思いがけない声に、ジュナチはびくりと肩を震わせたが、ダントンは気づいていたらしく動揺せず声の方へ振り向いた。

 マスクを手に持った少年が立っている。緊張しているのか、何度も浅く息を吸っているのをダントンは確認した。ジュナチは目の前にある、その黄金の唇から目が離せなかった。

 「え、あ、うそ…」

 言葉が出てこなくて、慌てながらジュナチは自分がゴーグルを身につけているか手で探り、その感触を確かめる。ゴーグルを何度も触り、話しかけてきた人物の「本来の顔」が目の前にあるのだと認識した。ダントンには少年に見える人物だが、ジュナチの目には、いやに顔が整っている髪の長い女性が映っていた。

 (会えた。いやそんなわけがない。でも唇がキラキラ…キレイ…本物? 本当?)

 声がうまく出せないジュナチの様子に、ダントンが気づいて小さく聞く。

 「…こいつか?」

 目を泳がせながらジュナチは慎重にうなずき、少年を見つめていた。

 「僕は、ルチアーナって言います」

 ジュナチの様子を気にかけることもなく、静かな声で丁寧に少年は自己紹介をした。ジュナチたちは緊張しながら、言葉の続きを待っていた。

 「あなた、サイダルカさんでしょ? その杖を見て気付きました。本の表紙で持っていた杖と一緒ですよね」

 ジュナチは自分が持っていた杖を見て、頷いて肯定した。そして、ルチアーナにおそるおそる声をかけた。

 「…まさか、サイダルカの本を読んでくれたの?」

 「もちろんです! ナシノビトなら絶対に読んでいますよ」

 あなたはナシノビトではないだろう、そう言いたくなるのをこらえて、ジュナチはうなずいた。

 「…そっか、そんなふうに言ってくれてありがとう。あなたの言うとおり、この杖はあの表紙に載っていた物と一緒だよ。よく気づけたね…」

 「何度も読んで、眺めていました。それにあなたが、なんだか表紙の人の雰囲気に似ていたから…」

 「初代に?」

 その瞬間、ジュナチは茶けたノートの記述を思い出した。初代とゴールドリップは会ったことがあるという言葉だ。

 だから、目の前の彼は初代の雰囲気を知っているのかもしれない。そのノートには他にも、初代と会った後にゴールドリップは殺されたこと、だけどその後も何度かゴールドリップが見つかった噂が流れたことが書かれていた。童歌には「ひとり」と歌われているが、どうやら違ったらしい。だから、ジュナチはゴールドリップ探しを毎年続けていた。

 そして今、そのゴールドリップが目の前にいる。ジュナチはなんとか会話の間を埋めたかった。相手にほんの少し違和感を与えただけで、感づかれ逃げてしまうかもしれない。緊張してダントンを見ると、いつもの調子で雑談が思い浮かぶ。

 「あの写真が出回ってこの杖持ってたら、サイダルカってばれちゃうのかな…?」

 「だから言ったろ、一枚も写真は使うなってよ。危機管理がなってねぇんだよ」

 ダントンはジュナチと違って何も緊張していない様子で、いつものように舌打ちをしてきた。彼の頭の中には、表紙の写真を適当に選んだジュナチの両親の顔が浮かんでいるのだろう。あの2人は探検に行く前は、気がそぞろになる癖があった。それをダントンが注意しているところを、ジュナチは何度も見ている。本の表紙を選んでいたときも、ケンカをしていたのを思い出すした。

 「はは、そうだね…」

 ルチアーナをちらりと見る。逃げるそぶりもなく、キラキラした瞳で2人を見ていた。黄金の唇が再び視界に入ったジュナチは、何度も、落ち着け落ち着けと心で唱えた。

 (ゴールドリップが現れたときを何回も妄想した。段取りを決めて捕まえるんだよ。…何するんだっけ? 冷静に説得、なんてできるわけない! もっと他の方法を考えてたはず! …ヘビを使う? うまくいくの? 失敗したら終わりだ。きっとこれが一生で一度のチャンス。私が成功できる? したことない、するわけない。でも…!!)

 自分を否定する言葉が頭を埋め尽くした瞬間、初代のノートの文字をふと思い出す。「ゴールドリップとナシノビトのために全てを懸けろ」という言葉がよぎった瞬間、ジュナチの中で暴れていた心の声は、聞こえなくなった。

 何度も、「このタイミング」をシミュレーションをしていたジュナチは、相手を近くに来させるための手はずを思い出した。杖を差し出して声を出そうとしたとき、ルチアーナが勢いよくしゃべり始める。それは熱がこもっていて、どうしても伝えたかった気持ちが読み取れた。

 「僕、サイダルカさんにお礼を言いたかったんです。だから本に、このカーニバルについて書かれていたから、もしかしたらいつか会えるのかもって思って、毎年探していました」

 「…そうなんだ」

 本の中で、カーニバルに行ったことへ触れたのはたった1行だったのだが、それに賭けていたと知り、その執着に驚いた。ジュナチがぽかんと口を開けたままでいても、ルチアーナは止まらない。

 「僕はあなたたちのおかげで、素晴らしい生活ができています。水の石で喉が渇いて苦しむこともないし、火の石であたたかいスープが飲める。ほかにもいろんな道具のおかげで、ナシノビトは昔よりもずっとずっと生きやすくなっています。本当に、本当にありがとうございます…」

 ルチアーナの丁寧なお辞儀とその言葉に、ジュナチの心が温かくなった。「ゴールドリップとナシノビトのために」発明をしていたサイダルカ一族の気持ちが、本人に届いていたのだと。喜びながらも自分の目的を達成させようと、ジュナチは杖を強く握り、前に差し出した。

 「会えた記念に、この杖触る? 魔法道具でね、ヘビが少し動いて面白いよ。頭撫でるくらいなら、別に触っても平気」

 「いいんですか?」

 少年がぱっと笑顔になる。素直に喜んでいる様子に胸が痛くなった。けれど、もう後に引けないとジュナチは覚悟を決める。成功しろ成功しろと強く願っていると、近づいてきたルチアーナがそろそろと杖に手を伸ばしてくる。ヘビの頭を撫でた瞬間、

「捕まえて」

囁いたジュナチの願いによって、ヘビが踊りルチアーナの腕に巻きつき固まった。杖とヘビとルチアーナが一直線につながる。

 「…え!?」

 ルチアーナの頬が歪む。

 「私の部屋へ連れていって!」

 そうジュナチはマントへ力いっぱいお願いをして、そこに杖を投げ入れた。杖に引っ張られてルチアーナはマントの中に吸い込まれていく。その叫び声を聞きながら、ジュナチは深呼吸をした。ダントンは彼女の計画が成功したことが嬉しくて、笑いかける。

 「よかったな」

 「ここからが勝負だよ、絶対に逃がさないようにしないと…絶対に失敗できない…」

 自分を追い込む言葉をつぶやき出したジュナチの頭を、頭が揺れるくらい乱暴に撫でた。ジュナチの瞳孔が開き、感情が高ぶっている様子を眺める。

 「落ち着けよ、お前のペースでやればいい」

 ジュナチの両親が、彼女に何度も伝えていた言葉をかけてやる。ジュナチは、ごくりと唾を飲み込んでからうなずいた。

 遠くを見ていたジュナチときちんと目が合ったのをダントンは確認して、マントの中に飛び込んだ。そして、ジュナチも体をひねり、マントの中に吸い込まれる。しゅるり、と風を切る音が小さく辺りに響いたあと、遠くから群衆たちの童歌が聞こえる。黄金の紙吹雪が数枚、誰もいない裏路地に落ちていった。

 

 

つづく…

 

説明
ファンタジー小説シリーズ「ジュナチ・サイダルカ〜連鎖する魂と黄金の唇〜」の2話となります。
【世界最強の魔女?ネガティブ発明家?冒険】
あらすじ:ゴールドリップ探しをするジュナチは、お世話係のダントンとカーニバルへ出かけた。人混みから逃げると、謎の地味少年ルチアーナに話しかけられて…?!
1話はこちらから→https://www.tinami.com/view/1092930
挿絵:ぽなQ氏 (https://twitter.com/Monya_PonaQ)
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