紙の月28話 |
太陽都市の執政室。本来はこの部屋で市長が都市の運営を行うのだが、壁のガラスもはじけ飛び、痛々しい血痕や弾痕がこの部屋で起きた惨状を物語っていた。
机は跡形もなく、残っているのは市長の椅子だけだ。その椅子に王の様にふんぞり返るスタークウェザーの姿があった。
「50年だ」
椅子に身を預けながら、フライシュハッカーは独り言のように呟く。
「この作戦を行うためにアンチの奴らに従い、各地を転々としながら紛い者を集め、ブルメの様な超能力を探しだしてようやくここまで来た……」
椅子をきしませて正面に向き直ると、そこにはデーキスたちの姿があった。
「それなのにまさか同じ紛い者の裏切り者どもに邪魔をされた。そんな僕の落胆ぶりは理解できまい」
「ああ、フライシュハッカー……君の計画は失敗したんだ」
デーキスは強い意志でもって答えた。超能力者になりたての頃の不安で怯えた表情はもはや見えない。
「ヴァリスもこっちの味方だぜ。お前の味方はもう誰もいねえ!」
「これ以上の戦いは無意味だ。君ならもう分かっているはずだ!」
「そうか……」
この状況でもフライシュハッカーは冷静だった。もしかしたら、穏便に終わるかもしれないという期待が生まれる。
「じゃあ、この太陽都市を破壊するしかないな」
さも当然のように宣言する。その言葉で、彼がまだ諦めてない事が分かった。
「そんな事しても待ってるのは破滅だけだ!」
「どうだろう? 紛い者と呼ばれた超能力者が如何に強力か、世界中が理解するはずさ。そしてこれまで紛い者と呼ばれた超能力者たちも、きっと立ち上がるだろうね」
「嘘だ! 君の目的はただ世界を混乱させたいだけだ……でも、君の悲しみも僕は知っている。ニコという子が教えてくれた!」
ニコの名前を聞いて、フライシュハッカーの表情が曇る。
「彼も悲しんでいた……君の力があれば、もっと他に方法だってあったはずだ。こんな悲しい方法は、君の妹だって望んでいないよ!」
戦った後、ニコが超能力でフライシュハッカーの過去も教えてくれた。妹の死が、彼の心に深い傷を残していることを。
「誰もみんな、みんなが平和を願ってる……それは人間も紛い者も同じなんだ。でも、色んな事があって、時には間違いを起こしてしまう……」
「ふざけるな!」
フライシュハッカーが声を荒げる。
「誰もが平和を願ってるって……それならどうして僕の妹は死ななきゃいけなかった? 僕らのためだとか、平和のためだとか、そんなことを言って戦争を続けていたのは誰だ? 挙句の果てには超能力者は魂が汚れてるだって? 僕らはただ生きたかっただけなのに……それすらも許さいなら、魂が汚れてるのは大人たちの方じゃないか!」
この言葉が、フライシュハッカーの本音だとデーキスは思った。どうしようもない絶望と、怒りが彼の中で渦巻き続けている。この言葉がその一端だ。
「話はもうたくさんだ。お前たちに教えてやる。圧倒的な力の差と、やってきたことが全て無駄だったことをな。己の無力さを思い知らせてから、この都市を消してやる」
怒りと悲しみで自分の行動を止めることができない。それなら、誰かが止めてやらなければならない。デーキスたちは身構えた。
「行くぜデーキス!」
ウォルターが飛び出す。続いてアラナルドが構える。
「僕らで隙を作る! デーキスはその瞬間を狙ってフライシュハッカーを無力化してくれ! それしか方法はない!」
ウォルターが背後に回り、アラナルドが攻撃するタイミングを見計らって飛び掛かる。
アラナルドは手をかざしながら握りしめる。念動力でフライシュハッカーの首を絞める。
だが、フライシュハッカーは振り向きもせ、デーキスとアラナルドをにらみつけている。
飛び掛かったウォルターが見えない壁にぶつかるように、空中で跳ね飛ばされる。アラナルドも腕が弾かれ、念動力が無効化される。
「どうした? 今何かしたのか?」
全く動じていないようにフライシュハッカーが挑発する。
「ウォルター、アラナルド! 今度は3人で同時だ!」
体勢を整え3人で取り囲むとデーキスは強く念じた。3人分の超能力を同時にぶつければ、フライシュハッカーの超能力にだって打ち勝てるはずだ。
意志の強さが超能力の強さに現れるならば、フライシュハッカーの超能力だって打ち破れるはずだ。
全身から電撃がほとばしっている。他の二人に目で合図を送ると、デーキスは腕をかざした。
「行けえー!」
バリバリと音を響かせながら、デーキスの腕から稲光が放たれる。それに合わせて他の二人も超能力を使って3方向からフライシュハッカーに攻撃を加える。
「貧弱だな」
デーキスのたちの渾身の一撃も、フライシュハッカーには届かなかった。放たれた電撃は彼に届く前に、見えない壁に弾かれて霧散する。
逆に、フライシュハッカーの方から強力な力が放たれ、3人は壁際まで飛ばされてしまった。
「そんな……」
3人がかりでも全く歯が立たない。力の差に愕然とする。
「どうした、お前たちの超能力はその程度なのか? その程度の力で僕に歯向かったのか? これでもまだ人間と紛い者は同じだとほざくか?」
ゲーキスは言葉が出なかった。こんなに彼が人間離れしているとは思わなかった。人間と紛い者は全く違う存在……言っていた通り彼はデーキスの思いを完全に否定するつもりなのだ。
「ああ、人間と紛い者は同じだよ」
答えたのはデーキスではなかった。いつのまにか、ヴァリスの作業用ロボットが市長室に入ってきていた。
「私も力を貸そうデーキス」
説明 | ||
首謀者フライシュハッカーとの対決。紛い者の王を止めることができるか | ||
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