紙の月30話 |
フライシュハッカーが倒れた。それはアンチと紛い者の太陽都市への攻撃が終わることを意味するはずだが、それを喜ぶ声は上がらない。
デーキスの下へヴァリスが歩いてくる。彼の目の前に息絶えたフライシュハッカーを差し出す。
「私の役目は終わりだ。後は君たちの番だ」
そう言って、ヴァリスは引き上げる。
「やったのか? 太陽都市はこれで安全なのか?」
ウォルターが不安そうにつぶやく。フライシュハッカーも倒れ、外のアンチたちも鎮圧された。だが、決して喜ぶことはできなかった。
「これからはどうなるんだろうね。紛い者に対する偏見が深まりそうだけど……」
アラナルドの言葉を聞きながらデーキスはフライシュハッカーを見下ろす。死んでなお、その表情は憎悪に歪んでいる。これで終わりなのか……?
ヴァリスが言っていた言葉を思い出す。後は僕たちの番だと……デーキスは頷いた。
「ねえ二人とも、僕は彼を……フライシュハッカーを蘇生しようと思う」
デーキスの突拍子もない言葉を聞いて、二人は驚きで目を丸くした。
「はぁ? お前、何言ってるんだ!?」
「いきなりどうしてそんな事を?」
「彼をこのまま死なせてしまったら、紛い者の超能力は危険なものだって彼の言っていたままだ。でも、それだけじゃないはずなんだ!」
紛い者の超能力は人を傷つけるだけの危険な物ではない。それを証明したかった。
「そんなこと言ったって、どうやって蘇生させるつもりなんだ?」
「僕の超能力で、心臓マッサージを行う」
フライシュハッカーは殆ど外傷もなく、心臓だけが止まっている状態だ。それならば、電撃を与えれば止まった心臓を再び動かすことができるかもしれない。
「例え出来たところで、また彼が暴れ出すかもしれないぞ」
「でも、一回だけでいいから、チャンスを与えて欲しい。きっとヴァリスもそのために、僕たちに託したんだ……!」
後は君たちの番だ。その言葉はこの事を意味しているのだとデーキスは信じていた。
「……ちっ、どうせ止めてもやるつもりだろ? 一回だ、一回だけお前の好きにさせてやるよ」
「一応、ホースラバーさんにも連絡しておくよ。救護を呼んでもらうように頼んでみる」
「ありがとう二人とも!」
二人に礼を言うと、デーキスは目の前のフライシュハッカーの胸に手をかざした。
ここまでの出来事を思い出す。超能力者になってしまった日、太陽都市の外まで逃げた事、張りぼての月を見つけた事……。
フライシュハッカーの身体に電流を流す。びくりと彼の身体が大きく動くが、目を覚ます様子はない。
「もう一度」
ブルメ、アラナルド、ウォルター、双子、ロイド、ヴァリス、ハーリィ・T、ハーブ……色んな人に出会った。人間も紛い者も……いったい何が違うと言うのか、そんな疑問をヴァリスから教えてもらった。
まだフライシュハッカーは目覚めない。彼は紛い者を、超能力に目覚めた新人類だと言っていた。
「もう一度」
でも、それは少し違うとデーキスは考える。超能力を使える紛い者の中でも、人間の中でも全く異なる生き物のような人もいる。スタークウェザーやゴウマ市長のように。
ならば、人間と紛い者の違いなんて決定的な物ではないとデーキスは思った。他者から見たら色や形が異なるが、その本質自体が変わっているわけではないのだ。月がどんな色に見えようと変わらないように……。
「もう一度!」
助けられる命ならば、人間でも紛い者でも助けたいという思いが、デーキスを動かしていた。紛い者と人間の違いについて考えるのは命あってこそだ。それからでも遅くはないはず……。
そう思い流した電流が、ついにフライシュハッカーの心臓を再び動かし、その鼓動をデーキスは感じ取った。
「やった、成功した!」
フライシュハッカーが目を開けた。何が起こったのか分かっていないようだ。ぼんやりとしたまま、周囲に目を向ける。
「何故、僕は生きている……? 生かしてどうするつもりだ……?」
デーキスは顔を引き締める。
「超能力者と人間が争うなんて事は起きない。その様子を君自身の目に見てもらうためだ」
まさかそんな事のために自分を助けたのか? フライシュハッカーが信じられないと思っていると、ウォルターが身を乗り出してきた。
「おい、このお人好しに生かしてもらったのに、もう一度今回みたいなことをやってみろ。次は俺たちが容赦しないからな!」
「ふん……助けたからって、素直に言う事を聞くはずがないだろう」
「てめえ!」
「うるさいな……僕は疲れた。これからの事は、後で考えるよ……」
そう言ってフライシュハッカーは目を閉じた。とりあえず彼にもう敵意はない事がわかった。
外は日が暮れ始めていた。長い太陽都市の一日がこれで終わりを告げた。
説明 | ||
既に書き溜めてあるので早めの投稿。恐らく次回で完結となりますのでよろしくお願いします。 | ||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
385 | 385 | 0 |
タグ | ||
超能力 少年 小説 オリジナル SF | ||
ツバメ趣味さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |