〜薫る空〜46話(洛陽編)
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 最後に覚えているのは、虎牢関が目の前に近づいてきて、呂布が立っているのが見えた頃。明らかに不自然なほどに、突然意識が飛んだ。

 

 

【薫】「ん……ここ……」

 

 

 周囲を眺めると、ひどく真っ暗だった。音ひとつなく、自分の足元でさえ、はっきりと見えない。怖いほどに冷たくて、けれどとても安心できる、そんな場所だった。

 呟いた声は、耳ではなく、頭の中に響いて、とてもはっきりと聞こえた。見えない足を前に出せば、足音さえも、よく響く。硬い音が響きわっているのに、足から伝わる感触は何もない。どこかに閉じ込められたような孤独感。

 ふと、前を見ると、白い何かがあった。もやもやとした、煙のような何かが、一箇所に集まって輝いている。近づいて、触れてみる。見た目では触っているように見えるのに、手には何も伝わってこない。空を切った手は、そのまま光を通り過ぎる。

 

 

【薫】「何これ…………え――」

 

 

 突然、薫の手が突き抜けた光が、次第に大きさを増していく。

 

 

【薫】「え、え、何、何!?」

 

 

 包み込むような光は、暗かった世界を白く染め上げていく。放射状に伸びる光が、薫の全身を包むほどに広がると、白かった光は、色を持ち始めた。

 中から広がるように現れた光景は、見覚えのある街並み。けれどどこか違う街。

 

 

【薫】「これは……許昌……?」

 

 

 見たことのない建物がいくつか存在しているが、その配置や街並みは、紛れもなく許昌だった。そこは薫の知っているそれよりも、ずいぶん人が多く、栄えていた。

 そして、しばらく眺めていると、街の一角から、大きな爆発が起きた。よく見ると、そこから凪が姿を見せた。なんでとも思ったが、とりあえず黙ってみていると、どうやら誰かを追いかけているようだ。

 視界は人ごみを抜けて、路地へと入っていった。

 暗がりでかくれているんだろうか、視界はずっと路地の外を向いていた。しばらくして、景色が動くと、目の前に季衣と流琉が出てきた。

 何故二人が一緒にいるのかもわからないが、目の前におきていることに頭が着いていかず、ただ眺めるしかなかった。

 そして、画面の向こうの流琉が言った。”おとなしくつかまってください、薫さん”。

 

 

【薫】「かおる……って、あたし……?」

 

 

 しかし、視界は横に揺れる。

 それから、二人は何を言われたのか、急に仲たがいを始めて、その間に景色はまた動いた。

 別の道をとろうとして、少し歩いていったところで、動きが止まる。自分のものらしい腕が映って、その手首を誰かがつかんでいる。その視界をあげれば、そこにいたのは――。

 

 

【薫】「張遼!?なんで!?」

 

 

 たった今戦闘中の張遼が、許昌の街中で誰かの手をつかんでいる。

 しかし、またこの視界の主は何を言ったのか、張遼は顔を真っ赤にして手首を離したことに気づいていない。その間に逃げたようで、また景色はすごい速さで流れていく。

 次に入った路地はどうやら無事なようで、さっきいた季衣や流琉はいなかった。そういえば凪はどうなったんだろうと考えたところで、思考をやめた。

 あわせたように、目の前に凪が現れたからだ。

 そこからも実にどたばたした展開だった。

 凪をかわしたと思ったら、また張遼が出てきて、引き返したらまた凪の相手をして、やっとの事ですり抜けたと思ったら――

 

 

【華琳】『誰かと思ったら……』

 

 

 路地の抜け道には、華琳がいた。

 なぜかは分からないが、この視界の主は華琳達が逃げているようだった。そう思ったら、どうやら華琳はまた違うようで、手を引かれて着いていくと、自分と夏候惇しか知らない道だといって、隠し通路から逃がしてくれた。その上、体中土だらけだと、わざわざ湯浴みの用意まで。

 

 

 

【薫】「なんなんだろ、これ」

 

 

 なんだか軽いお話を聞かされているような気分だった。配役もぐちゃぐちゃだし、なにより主人公は誰なんだと。

 

 

【???】「一応、私の思い出なんだけど」

【薫】「うわっ……って、え」

 

 

 背後から声がして、後ろを振り向くと、そこには――

 

 

【カオル?】「はじめまして、薫」

 

 

 ――あたしが居た。

 

 

 

 

 

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 ――曹操軍

 

 

 

 ざわざわと、兵達が浮き足立っている。その原因は、前線へと向かっていた者達の帰還。ただし、それが自力でないものだったからだ。

 

 

【一刀】「はぁ……はぁ……華琳!!!」

 

 

 琥珀を抱き上げ、華雄を背負い、一刀は主の下へと向かっていた。ある程度近づいてきたところからは、必死に叫びながら。

 そんな様子を見てしまった兵がうろたえないはずもない。何しろ、兵達は春蘭と琥珀の戦いを戦の前に見ている。負けたとはいえ、あれだけ闘っていた琥珀が、胸からおびただしい量の出血をして、一刀に抱えられているのだ。

 声は、兵達の足音にかき消されているのか、まだ、華琳には届いていない。

 

 

【一刀】「くっそ…………」

 

 

 とにかく、華雄だけでも下ろしてしまえばかなり違う。そう考え、一刀は近くに居た兵数人に声をかけ、眠る華雄を預ける。いくら兵卒とはいえ、数人がかりならば武器のない寝起きの華雄ぐらいは抑えられるだろう。念のために両腕は縛っておくように命じて、一刀は軽くなった身で軍の中を走り抜ける。

 

 本陣が見えて、一刀はさらに叫ぶ。

 

 

【一刀】「華琳!!!!」

 

 

 ようやく聞こえたのか、華琳の視線が一刀と重なった。

 

 

【華琳】「一刀?……琥珀!?」

【桂花】「な――」

【季衣】「そんな…!」

 

 

 一刀と琥珀の姿を見て、三人は驚きを隠せないで居る。一刀でさえも、既に自分の物か他人の物か分からないほど、制服は血で染まっていて、そんな一刀に抱きあげられる琥珀は、さらに出血がひどかった。

 

【華琳】「桂花!すぐに治療の準備をしなさい!」

【桂花】「は、はい!」

 

 

 状況を一瞬で把握して、華琳は指示を出す。桂花の指揮で衛生兵の何人かが集められる。

 

【一刀】「たのんだぞ」

【桂花】「あんたの為にするんじゃないわよ」

 

 琥珀を桂花に託す。こんな時でも出てきた憎まれ口に、一刀は少しの安心を覚えて、その場に座りこんだ。

 

【華琳】「あなたもこちらへ来なさい。その血がすべて敵のものというわけではないでしょう」

【一刀】「よくおわかりで……ごほっ…」

 

 必死になっていたが、実は今にも気絶しそうなほど、一刀も出血していた。抑えていた嘔吐感を解放すると、一気にむせ返して、咳と同時に赤いものが出てきた。

 

【華琳】「ほら、こっちへ」

【一刀】「あぁ……」

 

 

 華琳に誘導されて、一刀も治療を受ける。この時代の治療では、消毒し、血を抑える程度の物になってしまうが、それでもまったくの放置よりはよほどましだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・前線

 

 

 

【春蘭】「どうやら……こちらの勝ちの様だな!」

【張遼】「……せやからなんやねん……どうせ今の状態は長続きせえへんくらいわかってたんやから……ウチにはそんなん関係ないねん!!」

【春蘭】「ぐっ……」

 

 

 競り合う中で、張遼はどんどん力を増していっていた。思いきり振り切った偃月刀は、春蘭を剣ごと後ろへと下がらせた。

 

 

【張遼】「ええか惇ちゃん、よう聞きや。ちょっと前やったら、この状況や。ウチかて撤退して次で挽回するために立て直すわ。けどな……もうあかんねん」

 

 

 偃月刀を春蘭へと構えたまま、張遼は話し始める。

 

 

【張遼】「賈駆がこういう作戦とらなあかんほど、もう後ないねん。ここでボロボロになるまで戦って、勝って戻ってもな……」

【春蘭】「どういうことだ…」

【張遼】「”あそこ”から月連れ出すくらいの力なかったら意味ないんや!!!」

 

 

 もはや真名で呼んでいることに気づかないほどに、張遼の感情は昂ぶっていた。

 叫ぶように言い放った張遼の一撃は、後ろへとさがった春蘭をさらにひるませる。受けに回った春蘭をさらに追い立てるように、連続して斬撃を放つ張遼。

 その速さに翻弄されながらも、春蘭はなんとか防いで行く。しかし、それでも攻撃に移る暇がなく、ただ降りかかってくる刃を押さえ続けていた。

 ここまでほぼ互角に戦っていた二人だったが、このときに、精神面で確実に張遼が春蘭の上を行っていた。そして、強い一撃を受け、春蘭の体が張遼から離れる。

 

 

【春蘭】「くっ……だが、ならばこうして戦っている意味などないではないか!」

【張遼】「――……武人同士が戦うんに意味なんかいらんわ」

【春蘭】「ちっ……」

 

 

 もはやある種の戦闘狂のような張遼に、春蘭は少しの怒りを覚え始める。それは――

 

【春蘭】「貴様のような奴に……なぜ華琳様は……」

 

 華琳は生け捕れといっていた。それは、張遼が欲しいと言っているのと同じことだ。そして、目の前の張遼が、華琳にふさわしいとはとても思えなかった。今の張遼は理性のかけらもない。ただ己の悔しさと味方の敗北で、自我を押さえ込んでいるのだ。

 そんな奴が、理知的な華琳にふさわしいとは、考えることすら、春蘭には苦痛だった。

 

 

【春蘭】「負けられんな……貴様にだけは……――行くぞ張遼!!!」

 

 

 普段叫んだり、吼えたりと言った春蘭だが、その怒りはとても静かだった。

 そして、春蘭は地を蹴り出す。

 

 

 

 

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 かつて妹のように思っていた子がいた。

 ある日をきっかけに別れてしまった少女。しかし、その子とは戦という場ではあるが、また再会することが出来た。

 その子とはいつも夢を話していた気がする。遊びに行っては遠くを眺めて、この世を悪者のいない世界にすると。単純な子供の戯言。けれど、私にとっては、それは生きる上でのすべての指針となった。その意思のおかげで、桃香様という人物にも出会えた。鈴々や朱里、雛里とも出会えた。あの時の言葉のおかげで、今の私があり、これからの私がある。

 そして、その指針は今も変わってはいない。

 桃香様の下で、その夢を共に果たしてみせる。

 願うならば、そこにはお前もいて欲しい。――琥珀。

 

 

 

【関羽】「っぁあああ!!」

【呂布】「っ!」

 

 

 なぎ払われた関羽の刃が、呂布を後退させる。引きずられるように後ろへと下がると、二人の距離は間合いの外にまで広がってしまった。一度広がった距離を維持するかのように、二人はその場から動かず、互いを眺めていた。

 足を止め、肩で息をしているが、二人の体にはほとんど傷はなかった。それは互いの攻撃をすべて防いできた結果。

 ――そんな時だった。

 

 

【陳宮】「恋どのーー!!」

 

 

 遠くのほうから高い声が響き渡った。その呼び声に呂布が反応すると、走ってくる陳宮は、賈駆からの伝言を伝えた。

 呂布以上に息切れする体を抑えながら、陳宮は呂布の前までたどり着く。

 

 

【呂布】「……わかった」

 

 

 陳宮から撤退の指示を受けると、呂布は踵を返して、関羽に背を向けた。

 

 

【関羽】「な、待て!」

【呂布】「……待たない。今は引く」

【関羽】「逃がすわけがないだろう…!」

 

 恨みすら孕んでいるような低い口調で、関羽は言う。しかし、関羽が前へと歩み出ようとしたとき、何かに腕をつかまれ、その場から動くことが出来なかった。

 

【張飛】「愛紗、朱里が言ってたのだ。いちどひくよーにって」

【関羽】「鈴々……しかし……!」

 

 振り向くと、つかんでいたのは鈴々の小さな手だった。その手には琥珀の血がこびりついていて、そんな彼女の姿は、関羽の正気を取り戻すには十分すぎる刺激だった。

 

【関羽】「…………」

 

 沸騰気味だった頭を冷やせば、自然と悔しさがこみ上げてくる。遠ざかる呂布の姿が、それを一層助長させていた。

 

【関羽】「鈴々、琥珀はどうした?」

【張飛】「あのちびっこなら、ちゃんと曹操のところに届けたのだ」

【関羽】「……そうか」

 

 ――ならば、ひとまずは安心だろう。

 そんな思いと共に、ひとつ息を吐いて、関羽はなんとか、笑うことが出来た。

 

【関羽】「では、我らの軍師殿の指示に従おうか、鈴々」

【張飛】「おうなのだ!」

 

 

 

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 ――曹操軍・前線

 

 

 張遼はもう遅いといった。その意味を理解することは、今は不可能だろう。この戦の中、これほどの相手を敵にして、そんな事を考えている余裕などあるはずもない。

 しかし、一目見たときに分かった。張遼は、自分と同じだと。強い相手がいれば、無性に自分の力を試したくなる性分なのだ。

 だからこそ、全力を出せる戦いは気持ちが高揚して仕方がない。何をしている時よりも充実している瞬間になる。それは誰を相手にする時も同じ。ただ全力でぶつかれるかどうか。相手がそれにふさわしいかどうか。それだけだった。

 けれど、今はどうだろう。

 たしかに張遼は強い。これだけの大きな武器で、剣を持つ自分と同等かそれよりも速く攻撃を仕掛けてくる。

 春蘭とて本気で戦っている。だが、そこに充実感などはなく、それほど大きなぶつかりだからこそ感じる、密度の高い虚無感。硬い何かにぽっかりと明いた大きな穴。それを否応無しに感じさせられる。

 武人の戦いに理由はいらない。張遼はそういっていたが、彼女はこの戦いに理由をつけている。そうせざるを得ない状況なのかもしれないが、少なくとも、それは春蘭には関係なく、また理解する必要もない。

 連続して鳴り響く金属同士のぶつかり合う音。ひどく空しく響き渡るそれが、次々と春蘭の期待を裏切っていく。

 強い武なのに、人がこれほど弱く見えたのは、このときが初めてかもしれない。

 一合終えるたびに、張遼の攻撃はどんどん強くなる。防ぐのが精一杯。なぎ払い、斬りおとしてくる豪撃を剣で受けながらも、春蘭は隙をうかがう。

 張遼ほどの者になれば、隙など探して見つかるものではないが、今は別のよう思えた。

 強引過ぎる攻撃が、春蘭の目にはひどく不安定に映る。

 

【張遼】「ほら!おらぁっ!どないしてん!」

【春蘭】「――」

 

 張遼が偃月刀を大きく振り上げる。決めにかかろうとしているのだろう。

 だが、それは決めるどころか、春蘭の待ち望んだもの。

 

【春蘭】「うぉぉぉ!!!」

【張遼】「なっ……ちっ!」

 

 

 振りかぶったところを、春蘭が剣を構えて突撃する。二人の距離は一気に縮まり、張遼の間合いの内側へと入り込んだ。

 

【春蘭】「であああっ!!!」

【張遼】「ぐっ――」

 

 強制的に防御に入った張遼は、ただ守ることに手一杯となる。春蘭の刃が、上から、左から、右から、弧月を描くように、流れていく。

 

【春蘭】「張遼!お前はもう遅いといったな!救い出さねばならない者がいると!」

【張遼】「いきなり何を――!」

 

 

 下段から、右肩から、左から、剣は張遼の偃月刀に、その刃の痕を残していく。

 

【春蘭】「ならば――」

【張遼】「――っ!」

 

 さらに右から、その偃月刀を空中へと打ち上げ、張遼の腹部に、回し蹴りを入れた。

 

【張遼】「がはっ……げほっ……」

【春蘭】「その力、華琳様の下で使い、その者も救い出せばよい」

【張遼】「な……」

 

 咳き込みながらも立ち上がり、構える張遼だが、春蘭の言葉に動きが止まる。

 

【張遼】「自分…何言うてるかわかってるん?」

【春蘭】「あ、当たり前だ!私だって自分の言っていることくらいは理解できる!」

 

 ――言われなれてんねんな……

 春蘭がそんな言い方をするものだから、張遼にはそんな事は容易に想像できた。

 

 

 しかし、考えてみればそちらのほうがいいのかもしれない。

 連合軍に勝利したところで、洛陽に戻れば、また以前からの繰り返しとなる。月は相変わらずしがらみにがんじがらめにされたまま、あそこで一生を過ごし、それを守るために詠も恋も音々音も望まない暮らしをしなければならない。

 今洛陽での実権は月にあるが、事実上李儒がもっているようなものだ。彼の下につく部下は多く、いざというときの力比べでは、向こうが遥かに上なのである。

 もういっそのこと、李儒を殺してみんなで逃げるという選択肢はどうだともおもうが、それは月の望むことではない。それぞれがどう思っていようと、皆、月を慕って彼女についているのだから、彼女の悲しむ選択など出来るはずもない。

 動くに動けない現状を変えるには、この連合に乗ってしまうほうがいいのではないか。

 すべてが一から始まる乱世に乗じて、月のしがらみも、無かった物に出来ないだろうか。

 

 

【張遼】「はぁ…」

 

 

 既に考えが連合寄りになってしまている自分にため息がでる。

 この作戦を聞いた時に、何故こんな圧勝か完敗かの二択を選ぶのかと考えたが、戦場にでて、ようやく分かった。

 この連合は、異様なほどに強い。連携がまったく取れていないにもかかわらず、個々の軍が強すぎるのだ。将一人ひとりですら、こちらと同等。あの恋でさえも互角に戦えるものがいたほど。

 噂を聞いた者は何人かいた。関羽などがその代表に近い。実際自分もその関羽にあこがれてこうして武器を持っているわけであるが、まさか恋と同等に戦えるとは思っていなかった。

 それに、ここで夏候惇、夏候淵の二人を抑えておけば、華雄は自由に動けるはずだった。曹操軍を抜くことも出来ると思っていたのに、華雄を負かすほどの者がまだ残っていた。

 情報不足が完全に敗北を招いている。

 その事を詠は既に感じていたんだろう。兵数が互角なのにも関わらず、質が明らかに違っている。都を守る兵が、地方の軍兵に劣っているなんて、とても笑えない冗談だった。

 

 

【張遼】「曹操に言うとき。うちはそっちの趣味はないから閨に呼ぶとかせんといてなって」

【春蘭】「ふん……当然だ」

 

 

 

 

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 ――劉備軍

 

 

 

【関羽】「桃香様、ただいま戻りました」

【劉備】「おかえりなさい、愛紗ちゃん」

 

 申し訳なさそうに帰って来た関羽を、劉備は笑って迎え入れた。もともとの性格もあるだろうが、彼女自身、仲間を咎めるという行為をあまり好まない。むきになって戦っていた関羽の事も、こうして無事に戻ってきてくれた。そのことが彼女にとっては何より嬉しかった。

 そんな彼女だからこそ、皆彼女を慕い、ついていく。何よりも、人が傷つくことを嫌う彼女だからこそ。

 

 

【諸葛亮】「ご無事で何よりです、愛紗さん、鈴々ちゃん」

【張飛】「ただいまなのだ〜」

 

 

 戦中とは思えぬほど、本陣には笑いが溢れていた。

 しかし、それも長続きせず、皆の顔が引き締まる。

 戦はまだ終っていない。むしろやることはここからが本番だ。呂布がさがった。この事実は連合にとっては大きな好機となる。動かないものなどいないだろう。

 だからこそ、機先を制する必要がある。他の誰よりも早く。

 

【鳳統】「今、前に出ているのは我が軍だけですから、正面から門を破るよう動きます」

【諸葛亮】「敵に撤退の意思が見えるといっても、難攻不落の砦であることに変わりはありませんから、十分気をつけていきましょう」

【張飛】「おうなのだ!」

【劉備】「はーい♪」

【関羽】「と、桃香様……」

 

 皆が決意を新に兵を動かそうとした時、伝令が入った。

 ――曹操軍が門前まで迫っている、と。

 その知らせは、沸きあがろうとした空気を一瞬にして凍りつかせた。

 

【関羽】「な――」

【鳳統】「もうこんなところまで上がってくるなんて……いくらなんでも速すぎます…」

【諸葛亮】「呂布将軍が退いたのはついさっきの事…それから動いても、こんなところまで来られるはずがない……という事は、退く前にあらかじめ軍を進めていたことになりますね…」

【劉備】「さすが曹操さんだね〜」

 

 

 関心する劉備を関羽がジト目で制する。あう、なんてうめき声と共に、劉備は落ち込んだ。

 

 

【諸葛亮】「(……しかし、華雄将軍や張遼将軍の攻撃を受けている最中にこれを見越して進軍していた…。あまりにも都合がよすぎるような……)」

【鳳統】「――……朱里ちゃん」

【諸葛亮】「雛里ちゃん……うん」

 

 

 何かを訴えるような鳳統の瞳を見て、諸葛亮は頷いた。

 

 

【諸葛亮】「急いで隊を編成します!早いとは言っても後方から上がってきていますから、こちらも急げば十分に間に合うはずです」

 

 

 その体に似合わないほど声を大きく張り上げて、諸葛亮は兵達に指示を与えていった。

 

 

 

 

 

 

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 ――曹操軍

 

 

 

【桂花】「それにしても、よく敵が撤退しそうなんて分かったわね」

【薫】「……うん、なんとなく…ね」

 

 馬を走らせ、今出せる最高の速度で曹操軍は前へと走っていた。本陣にはけが人も多く、当然速度は出せないが、それ以外の部隊は確実に強行軍となっていた。

 前線での指揮のために、薫と桂花も共に前へと進軍している。

 張遼軍と戦っている春蘭、秋蘭がいないことが少し痛手ではあったが、今は何よりも時間が優先された。

 

【薫】「あんなもの見せられちゃ……動かないわけ…行かないよね」

【桂花】「――え?何か言った?」

【薫】「あ、ううん。なんでもない〜」

 

 思わず呟いた言葉を引っ込めるように、薫は首を振った。

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・本陣

 

 

 

【一刀】「痛っ…!!」

【華琳】「少しくらい我慢しなさい。華雄の攻撃に比べたらたいしたものじゃないでしょう」

【一刀】「あれとこれは別物のような……」

【華琳】「あら、なら遠慮なくやっていいのかしら?」

【一刀】「心から感謝しております、華琳様」

【華琳】「ふふふ」

 

 君主自ら治療するという異様な状況ではあるが、天の御遣い様ならではの特権という事になっていた。特に一刀が頼んでいたわけではないが、自然とこういう流れになっていた。特に嫌だというわけではないが、やはり周りの兵に気にされるのは少し恥ずかしい。

 

 

【一刀】「琥珀、どんな感じ?」

【華琳】「……少しまずいわ」

【一刀】「まずいって――…っ!」

【華琳】「おとなしくしなさい、傷がひらくわよ」

 

 華琳の言葉に思わず振り向こうとして、懲りずに痛みが走る。

 

【華琳】「出血がひどいのよ。なんとか血は止められたようだけれど、気絶している以上、栄養を取ることも出来ないし、せめて目が覚めれば…」

 

 言葉が進む毎に、一刀の体を拭いている華琳の手から、力が抜けていく。

 

【一刀】「華琳、ある程度でいいから……」

【華琳】「…もうすんだわ。行って来なさい」

 

 そういうと、一刀の体から華琳の手が離れた。

 

【一刀】「……ありがとう」

 

 立ち上がりそれだけ言った後、一刀は琥珀が眠っている天幕へと向かった。

 

 

 

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 ばさりと天幕のしきりをあけると、そこには地面に敷かれた布の上で眠る、琥珀の姿があった。

 

【一刀】「……どう?」

 

 そばにいた兵の一人に声をかけると、伝えられたのはやはり華琳と同じ言葉だった。

 琥珀の胸には薄い布のようなものがまかれ、それはまるで、”さらし”のようになっていた。

 息はしている。

 当然の事なのに、それが確認できた時、ひどく安心した自分がいた。

 小さい吐息を聞きながら、俺は琥珀の隣に座りこんだ。

 

【一刀】「ふぅ……何してんだよ。お前、強かったんじゃなかったのか?」

 

 琥珀の髪をなでながら、気づけば自然と呟いていた。

 相手が呂布では仕方がないのかもしれない。けど、やはり俺は、どこかで琥珀がこんな姿になることはないと信じきっていた。それくらい、こいつは強かったし、それは春蘭との戦いでもはっきりと分かっている。それが、見事に現実は否定してくれた。

 俺のような弱い奴が、こうして軽い怪我で済んで、琥珀のような子が、こんな傷を負っている。

 そんな事が、ひどく理不尽に思えてしまう。

 

【琥珀】「…………ん…」

【一刀】「あ……」

 

 

 琥珀が一瞬動いたように見えたが、どうやらただの寝相だったようで、すぐにまた寝息をたてていた。

 しかし、そんな安心も、途端に消えうせた。

 

【琥珀】「ぃ……嫌……」

【一刀】「琥珀…?」

 

 突然呟き始める琥珀。相変わらず意識はないようだが、声はそこで終らなかった。

 

【琥珀】「やめ……っ……嫌……痛っ……やぁ…っ……」

 

 悲鳴のようにも聞こえる寝言に、俺は完全に言葉を失っていた。

 閉じられた瞳から、涙を浮かべながら、琥珀はまだ、声をあげている。

 

【琥珀】「ぁ……っは……ぃ……たす……け……」

【一刀】「琥珀…!」

 

 息すらまともに出来なくなってきたところで、はっとして、俺は琥珀の手をつかんでいた。

 それで、少しは落ち着いたのか、ゆっくりとだが、次第に琥珀の呼吸は落ち着いていった。

 

【琥珀】「すぅ……すぅ……」

【一刀】「…………心配させるなよ…お前強いんだから」

 

 

 苦痛に歪んだ琥珀の顔が頭から離れなくて、俺は少しの間、琥珀の手を握り続けた。

 

 

 

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・あとがき

 

 

46話でしたー。

なんかやっと虎牢関戦にも終わりが見えてきました。

主人公のはずなのに一刀視点が少ないのがちょっとつらい(´・ω・`)

あと、予定では春蘭vs霞はもう少し濃く書く予定だったのに、こうなってしまった。反省してます。

 

 

 

さて、ここからは作者の心の呟き。

この虎牢関戦を終えて、洛陽での色々片付けたところで、ようやく薫る空も半分といったところなんですが、このままの予定だと軽く100話超えそうです。

なので、ちょとだけ質問。あ、これは気にしているだけで、答えてくれというものではないですので(’’

 

えと、さすがにそこまで話数増えるなら、1話の量を増やしたほうがいいですかね。とは言っても、増やすとなると、どう考えても投稿ペース落ちるので結局掛かる時間は変わらないんですが。

 

まぁ、作者が自分で考えないといけないことですので、あくまで参考までに(

 

 

ではでは(`・ω・´)ノ

説明
さすがにそろそろ長くなってきた。
長編過ぎるのって大丈夫かな…w

46話です。
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コメント
今までどおりで大丈夫です。(ブックマン)
今のままで願います(スターダスト)
kanade様:今までどおり、了解です(`・ω・´)b(和兎)
PANDORA様:琥珀の回復はもう少しお待ちを(´・ω・`)(和兎)
今まで通りで是非・・・(kanade)
今まで通りでお願いします!!さて・・早く元気な琥珀を見るために願いますかな・・(PANDORA)
フィル様:お祈りあざっす(`・ω・´)(和兎)
jackry様:了解です〜w(和兎)
BLUE様:絡ませすぎて忘れ物がでないように気をつけますwがんばりますZE(和兎)
ジョージ様:クオリティ維持できてきるのか不安なところですが、その通りですよねw次も早く投稿できるようにしますw(和兎)
冨美様:了解です(`・ω・´)b(和兎)
これまで通りに賛成!琥珀の無事を祈って(−Φ−)(フィル)
同じく、そのままでいいに一票。色々絡んでますね〜、意識を取り戻した後の琥珀がどうなるのか気になります。続き頑張ってください。(青二 葵)
あくまで自分のペースで続けてくださいな。 自分も公開こそしてませんが書き手なので、そこらへんの難しさってのはよ〜くわかります。 ですが、下手にいじってクオリティ下がっちゃ元も子もないですからね。 気長に更新待ってますよ、次も楽しみ〜♪(峠崎丈二)
いままでどおりで構わんですたい(冨美)
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