主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜 |
19話 章人(16)
「突然現れてびっくりさせないでくれないかな。君はどちらさん?」
「詩乃、と申します」
噂の天人が、美濃に来ている、その情報を聞いていた竹中半兵衛は、自らその人物の前へ出向くことにした。そして、実際に見て言葉を交わし、思った。“やりにくい”と。突如現れてそう言えば、会話の主導権を握りやすい、そう考えてもいたのだが、果たしてこの人物相手に主導権をとれるのか、不安になってもいた。
「私は早坂章人。この子はひよ。こっちがころ。よろしく」
もちろん、その不安な心を読み取っていた章人ではあったが、そんなことは一切表情にも出さず、あくまで友好的に演じることにした。おそらく、この人物が竹中半兵衛なのだろう、という見当もつけていたが、どうやら場数を踏み慣れていなさそうだ、という若干の失望を覚えてもいた。
「よろしくお願いします」
「ところで、先ほどの君の言葉が気になっているんだけど、竹中さまは、斎藤氏を追い出して君主になる気はあまりない、そういうことなのかな?」
「あまり、ではなく全くないでしょうね。あの方に野心はありません。おそらく、愚者に占拠されている稲葉山城を見ているのが悲しくなったのではないでしょうか」
「それで難攻不落の稲葉山城を落としたと?」
「難攻不落の城などというものは、この世にはあらず。城を落とすことなど、さほど難しいことではない、そう仰っていました」
その言葉が、上辺ではなく地に足のついた言葉に聞こえた章人は、少なくとも、自分の能力に慢心して自滅していくような人物ではなさそうだ、そう見ていた。
「竹中さまは本当にすごい方なのだろうね。そうだな……。君は竹中さまと連絡が取れる位置にいる。そう考えて間違いないかな?」
「はい」
「一つ、伝言を頼みたいんだ。必ず、一度、君を試しにいく、とね」
「試す、ですか?」
「ああ。これだけ大それたことをした以上、おそらく竹中さまは美濃にはいられなくなるだろう。どこかに身を隠すしかないのだろうけど、あの稲葉山城を落とすほどの能力を埋もれさせるのは非常にもったいない。その能力が、私の力になってくれるか、それを一度見極めたいんだ。必ず、会おう、そう伝えてくれ」
「わ、わかりました……」
章人のその強い視線に射貫かれた竹中半兵衛は、なんとかそう返した。返すだけで精一杯だった。
「今日はありがとう。さて、我々は次の目的地に向かうとしよう。ひよ、ころ。行こうか」
「はい!」
章人と、詩乃、という少女のやりとりをあっけにとられながら見ていた二人は、本来の目的を思いだしていた。要はさっさと戻らねば、と。
「面白い収穫があった。行った甲斐はあったね。」
「あの、詩乃、さんでしたっけ……? 竹中さまとすごく近い位置にいるみたいでしたけど、まさか本人じゃないですよね?」
「どうだろうね。とりあえず久遠に報告して、あの件がどうなったか聞こうか」
織田の領内に入ってからそんな会話をしつつ、信長のところへ行った章人であった。
「戻ったぞ。
というわけで、首謀者は竹中半兵衛。そこに西美濃三人衆が協力してやった、そんなことらしい。例の件はどうだった?」
「うむ。遣いをだしてみた。“私利私欲で奪ったわけではないから売るつもりはない”と返ってきた。ただ、その翌日。西美濃三人衆から、“高値で売るから買え”と返ってきた」
「なんとまあ。竹中半兵衛もよくあんなところにいるな。あやつ、敵だらけではないか」
半分呆れたように笑いながら章人はそう返した。
「さて……。一仕事してくるかね」
「というと?」
「おおかた、龍興に城を返して自分は野に下るのだろうが、あの小娘が一人で生きていけるほどこの世は甘くはないのでな。上手くいけば、織田の力になるだろうよ。ところで結菜よ。いつまでそこで盗み聞きしているつもりだ?」
「!?」
「い、いつから……?」
自分が盗み聞きしていることは気づかれていないだろう、帰蝶はそう思っていたため、驚いていた。
「私の前で気配は隠せんよ。で、何の用かな?」
「私も連れて行きなさい。」
何を馬鹿な、と一瞬思った章人だったが、帰蝶の目を見て、これは翻意を促すのは難しいだろう、と直感した。
「そうだな……。久遠の許可があることと、あのときの約束を果たして貰おうか。私の言うことに絶対服従してくれるのならば連れて行こう。今いる久遠がひよところだとして、私と久遠に銃が向けられていようとも、何十人敵がいようとも、私が隠れていろと言ったならば隠れている。それができるのなら構わん。それができんのなら、命の保証はせん。邪魔だから斬るかもしれん」
あの鍛錬の時の約束を思いだし、また章人の言葉を聞いて心底恐怖を覚えた帰蝶だった。言うことを聞かなければ、容赦なく斬り捨てる、そう聞こえたのである。
「わ、わかったわよ……。久遠、良いわね?」
「構わん。ただ、章人の言うことには絶対に従うのだぞ! 我はお主の死など見たくない!」
信長の了承をとった章人と帰蝶は、長屋へひよところを迎えにいったのだった。
「馬を使うか悩んでいたのだが、やめた。なるべく早く、向かおう」
「はい」
乾飯と塩があればなんとかなるだろう、ということで食料はそれだけ用意して足早に美濃へ向かうのだった。
「ようやく井之口か。竹中半兵衛の在所ってどこだっけ?」
「不破郡の菩提城ですね。ここから西です。確か、井之口から続く道が二本、合流してたかと。」
「仕方ない。危ないけど二手に分かれるか。鏑矢の打ち方ってわかる?」
「はい!」
「敵から見えないとこで打ってね。じゃ、行きましょか」
そうして、章人は帰蝶と、木下秀吉は蜂須賀正勝と行くことに決めた。少し経つと、章人の歩く速度について行けなくなった帰蝶は休憩を要求したのだった。
「武家の娘がだらしないぞ」
「あなたの歩く早さがおかしいのよ!! ねえ、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「あなたは、どうして久遠のために色々しようとするの? 袖振り合うも他生の縁、なんていうけど、尽くしすぎじゃない?」
「それは買いかぶりだろう。そうだな、久遠にはまだ言わんと誓えるか?」
「え、ええ……。」
「一つ、拾って貰った恩がある。この地に来たときに、自分がどうするかは成り行きに任せるつもりだったが、久遠に取り立てられ、今の地位がある。“天からの客人”といったような扱いをせずとも、私自身に価値があると思っている、それはありがたいことだよ。ここではだいぶ表に出てはいるが、私のやり方の本質は院政と大差ない。今、私が思っているのは、あの子を教え、導くことだ。
二つ、私と、私とともに来た人物と、道は分かれているが最終目標は変わらん。この日の本の怪異を消し、“鬼”とやらを駆逐し、元いた場所へ帰ることだ。その最終目標に到達するためには、強大な群雄のところにいるのが一番良い」
「え……。今、なんて……?」
「元いた場所へ帰る、と。この地の平穏の先に、私がいる未来はない」
それを聞いた帰蝶は血の気が引いていた。それを信長が今知ったらどうなるか、考えるまでもなかった。
「他にもあるが、まだ言わんでおく。聞いたことは、壬月たちにもまだ言うなよ」
「わ、わかってるわよ……。」
他が何なのか、それを聞く気力は帰蝶には残っていなかった。
「休憩が長すぎたな。また疲れられても困るし、背負っていくか」
章人はそう告げると、有無を言わさず帰蝶を背負うのだった。
「鏑矢が!」
「向こうに引かれてしまったか。さて、間に合うかね」
「わ、私をおいていきなさい! それで助け損ねたら……」
「そのときは、あやつに天運がなかっただけのこと。勝手な行動をされては困るし、折角だから、我が力の一端を見せておきたいのでな」
そう章人は答えた。帰蝶に要らぬ行動をされること、それがこの救出作戦にとって一番の危険因子だと考えていたのだった。
「間に合いそうだな。よし、ここで伏せていろ。何があっても動くなよ。加勢しようなどと、間違っても思うな」
帰蝶が頷いたのをみた章人は、木下秀吉と蜂須賀正勝の位置を確認しつつ、加勢に入る機を見計らっていた。そして小さく「行くか」と呟いた。竹中半兵衛が敵に囲まれ、自決しようと、小刀を自らに突き立てようとするのを、いわゆる“お姫さまだっこ”の形で助け、自らの刀で止め、返す刀で取り囲んでいた足軽を二人、斬り殺した章人であった。
「お待たせしました、竹中さん」
「あ、あなたは……」
「な……!」
その乱入者に一番驚いたのは、兵の指揮をとって竹中半兵衛を殺そうとしていた、斎藤飛騨だった。
「何者だ貴様ら!? 我ら、美濃国主、斎藤龍興さまの臣なり! それを知っての狼藉か!」
「“貴様”なんぞと三下に呼ばれるとは。あいにくだが、弱者に名乗る名などもちあわせてはおらん。
ひよ、ころ。おいで」
「はい!」
「じゃ、詩乃ちゃん連れて、私から見える範囲で、下がれる位置まで移動してくれ。掃除してくるから」
「し、しかし……!」
残ろうとする竹中半兵衛を無理やり連れていった二人であった。
「さーて。少しは楽しませてくれるのかな?」
「たかが小僧一人! 取り囲んで槍で突き殺せ!!」
そう檄を飛ばした斎藤飛騨だったが、目論見は一瞬で消え去ることになる。
「弱すぎる」
槍兵は一瞬で死体と化すのだった。章人のあまりの強さに、戦場は阿鼻叫喚の様相を呈し始める。
「な……。ならばあれを出せ!!」
「おやおや」
出てきたのは、鉄砲隊であった。三丁の鉄砲を構えていた。
「ひよ、ころ、詩乃。命令だ。そこから一歩たりとも動くな」
「え……。は、はい」
章人が自分たちを見殺しにするはずはない、そう思ってはいたが、あまりの命令に恐怖を感じた三人であった。とはいえ、全滅の危機でもあり、命令を厳守するしかない、そう腹をくくったのだった。
「ふはははは! 鉄砲を前に動くな、などと笑止千万!! ? 貴様、何のつもりだ!」
刀を抜いてはいたが、鉄砲を持つ相手に近寄るという、一般的にはあり得ない行動をとった章人であった。
「ずいぶん近づかせてもらったが……? まだ撃たんのか?」
「そんなに死にたければ、撃て!! 撃ち殺せ!!」
そして鳴り響く銃声が三発。しかし、章人にも、無論木下秀吉たちにも、銃弾が当たることはなかった。
「な、何が起きている……!?」
「遅い」
そう呟きつつ、鉄砲を持った足軽三人を斬り殺した。木下秀吉たちには、何が起きているのかが全くわかっていなかったが、帰蝶には辛うじて、章人が、刀で銃弾をいなしたことが見えていた。
「一人になったな」
「我が名は斎藤飛騨! ここで逃げるくらいなら貴様に討たれるのも本望なり!」
図に乗った弱き文官を一人殺すだけのはずが、なぜこうなったのかはわからなかったが、討ち死にする覚悟を決めた斎藤飛騨であった。
「おや、鴨が葱背負ってやってきたなぁ」
「お逃げください飛騨様!! 我らが少しでも時間を稼ぎます!!!」
その戦場へ現れたのは、騎兵が三人。斎藤飛騨に古くから仕えている、忠臣三人であった。
「お前たち!! すまぬ。この借りは必ず、奴を討って返す!」
「追わぬのか? あの方の首をとれば、貴様の勲功となろう」
「三下の首を取ってもね。他にほしいものもできたし、今は追わんよ」
「ぬ……! 死ねぃ!」
「なかなか骨はあるじゃないか。ただ、実力が伴っておらんな」
そう言いつつ、三人を一瞬で討ち取った章人であった。
「おーおー。暴れるな、よしよし。結菜、出てきていいぞ。ひよたちもおいで」
いななく馬を落ち着かせつつ、帰蝶と木下秀吉たちを呼んだ章人であった。ほしい物、それは言わずもがな、二頭の馬である。
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