主従が別れて降りるとき 〜戦国恋姫 成長物語〜 |
20話 章人(17)
「あなたが強いのは知ってたけど、まさか刀で銃弾をいなせるなんてね……。どうやったらその域にいけるのかしら?」
鉄砲から放たれた銃弾を刀でいなし、方向を変えたことが辛うじて見えていた帰蝶は呆れたようにそう言った。
「こればかりは私にしかできんだろうな。本多忠勝やら馬場信房あたりができるんなら、私の楽しみも増えるんだが、果たしてどうかねえ。しかし、よく見えたな」
「いなす、って……?」
「私が見えたのは一発だけよ。ほら、そこに銃弾があるでしょ? 刀を銃弾に当てて、行く先を変えるなんて、どうやったらできるのかすらさっぱりわからないわ」
蜂須賀正勝の質問に帰蝶が答えつつ、ある一点を指さすと、確かにそこには銃弾がめり込んでいるのだった。
「! 早坂殿すごすぎです……。」
「あなたは」
「ひよ!!」
竹中半兵衛が章人に、先日の「試しに来た」の真意を問おうとしたが、その前に章人はひよを怒鳴りつけていた。理由は単純で、無造作に鉄砲を拾う、という行為をしたからである。
「は、はい!」
「鉄砲を扱うにあたっては、やってはいけないことがいくつかある。その中で一番大事なことは、何があっても銃口を覗いたり、味方に向けたりしてはいけない。鉄砲は、常に『暴発』と隣り合わせだ。よく覚えておきなさい」
「ご、ごめんなさい……」
「鉄砲三丁とは、ちょうどいい手土産だ。久遠に献上するか、許可がでれば我々で使おう。弾薬は久遠か和奏に聞けば手に入るだろう」
帰りは馬に乗って帰ることができ、しかも竹中半兵衛と鉄砲を三丁も手に入れる、というのは武功としてはすばらしすぎる、そう思った帰蝶たち三人であった。
「で、詩乃さん、君はさきほど言いかけたことがあるね。知りたいのは、この間の言葉の真意だろう?」
「はい」
『必ず、一度、君を試しにいく』かつて章人は竹中半兵衛にそう告げていた。その言葉の真意がわからず、直接聞くほかないと腹をくくったのである。
「そうだね……。君は新加納の戦いとやらで織田軍に苦杯をなめさせている。それ以外にも基本的に織田を倒しているのは君の策らしい。その敵陣にたった一人で行く覚悟はあるのかい?」
「!」
「ちょっとあなた……」
「すまんが結菜、口をはさまんでくれ」
本気で竹中半兵衛を仲間にする気があるのか、疑問に思えた帰蝶は口を挟もうとしたが、章人に止められたのだった。
「もちろん、身の安全は保証しよう。基本的に、そこにいるひよところと一緒に我々早坂隊の長屋で暮らしてもらうことになるだろう。私はいわずもがな、織田の客将で、武に関しては、自分で言うのもなんだが織田家最強だ。柴田勝家やら丹羽長秀、あとは前田利家らにしても、私の部下に横から口を挟むほどのことはできん。君にどの程度織田の情報が流れているかは知らんが、城の文官も大半は私の部下のようなもの」
帰蝶と木下秀吉たちは、そこまで言うのか、と多少の呆れを持ちながらも、事実であったし、何より章人から口をはさむなと言われた以上、ただ無言で聞いているしかないのであった。
「もし……」
「もし?」
「わたくしがここから逃げたいと言ったらどうなさいますか?」
「今日だけは見逃そう。次に会うときは斬り捨てる。それと、もしいま命をすてたいというのなら、斬る、あるいは介錯してやっても構わんぞ」
「っつ……!」
本気だ、そう竹中半兵衛は理解し、またそこに恐怖を覚えていた。美濃にいたときのように、毎日、命を狙われるかもしれず夜も安眠できないという恐怖とは別種の、この人物には絶対に敵わない、という意味の恐怖である。
「ついでに言っておいてあげると、織田では君のことを凄いと思うことはあれど、遺恨があるだの、そういうつまらんものはない。
あとは……。そうだな、君がもし降るというのなら、織田信長個人の補助をする部下で、そこから出向して身柄を早坂隊で預かる、最初はそんな形になるだろう。そのうち変わるかもしれないが、それを受け入れられるかも含めて考えてほしい」
それを聞いた帰蝶は耳を疑っていた。自ら来て、配下に引き抜こうとしている人物を、形式上は信長直属の部下にする、そこにどんな意味が隠されているのか、全く理解できなかったのである。
「そこにいらっしゃる二人のように、あなた様の、早坂殿直々の部下、に、すぐはなれないのですか?」
「残念ながら。まあ、そんなものは形式的なものに過ぎん。やってもらうことは私の手足になって働くだけだ。ちなみに、私は美濃攻めでも君を容赦なく早坂隊の最前線なり、私の補助をする場所まで連れて行く。
その覚悟はあるかい?
あるのならば、歓迎しよう。美濃などという狭く、つまらん地では見られんものを、いくらでも見せてやろうじゃないか」
「つまらん地……ですか」
それを聞いた竹中半兵衛は思わず笑っていた。自分がいた美濃は確かに、話にきく日の本全土とくらべれば狭いといえるが、そこをつまらんとまで言い切れるのは、この世のどこを探しても、目の前にいるこの人物だけだろう、と思ってしまっていた。
「きっと、曹操と出会ったときの郭嘉のように、あのときから私の進む道は決まっていたのでしょう。我が名は竹中半兵衛。真名は詩乃、と申します。これより、早坂殿と織田家に忠節を尽くしましょう」
「ああ。よろしく」
出会った瞬間に「あなたこそ私の主君である」と、郭嘉が言ったという逸話を知っていた竹中半兵衛はそう告げた。章人は手を差し出して笑顔だった。その手を握り返し、本当に、刺激的な未来が見られそうだと心底思った竹中半兵衛であった。
「一時はどうなることかと思ったけど……。なんとか丸く収まったわね……。しかしどういうつもりなの?」
「保険はかけておかないとねえ。ところで結菜よ。馬には乗れたか?」
「私を誰だと思ってるわけ?? 乗れるに決まってるじゃない!!」
帰蝶の問いはそう誤魔化した章人であった。せっかく、馬が二頭いても乗れなければ宝の持ち腐れであるのだった。
「ちと乗ってみろ。なかなか気性は荒いぞ」
「わかったわよ……。
どう?」
「ころ、ならなんとかなるか……? 結菜。絶対に急発進、急加速はするな。あと、私の馬と同じくらいの速度で操るんだ」
「と、いうことは……?」
「私の馬の前と後ろに詩乃とひよ。結菜の馬にころ。銃は3人が天向けて持てばいい。さて、帰ろうか」
結菜様の操る馬に私が乗るのか……と、内心ひっくり返りそうになった蜂須賀正勝であったが、こうなった以上乗るしかないと覚悟を決めたのだった。柴田勝家と丹羽長秀の二人ほど上手ではないが、運動に最も慣れた蜂須賀正勝ならばなんとか乗れるだろうと章人は判断したのだった。
「そういえばなんだが……。そもそも結菜。何をしに着いてくることにしたんだ? 結果論からすれば助かったが、尾張からわざわざついてくるほどの用事があったとは思えんぞ?」
どちらかといえば暴れ馬の類いに入るこの馬を、苦もなく操れる人物がいるというのは、この美濃から早く織田に帰還するためには非常に助かることだったのだが、そもそもなぜ危険をおかしてついてこようとしたのか、その理由を聞いていなかった章人は、思いだしたかのように帰蝶へそう聞いた。
「はぁ……。あなたがいることが本当に久遠のためになるのか、それを見たかったのよ! 何がおかしいの?」
「よもや、この私を試そうなどという小娘がいるとはな。これが笑わずにいられるか。
で、結果のほどは?」
「それどころじゃなかったわよ……。でも、来た意味はあった」
それを試す意味の問いに、まさかあんな回答が飛んでくるとは夢にも思っていなかった帰蝶だった。
「それは結構」
「信長様がどんな人なのかは、まだ会ったことがないのでわかりませんが、早坂殿がこの調子で帰蝶様と話しているということは、そういうことなのでしょうね……」
「白河上皇と呼んでくれたまえ」
本当に、とんでもない主に巡り会ってしまったのだろう、そう思った竹中半兵衛であった。
「おや、これは珍客がおる。どうした壬月、何かあったか?」
織田の領内へ入ると、他ならぬ柴田勝家が章人と帰蝶ら一向を出迎えたのだった。
「ない。ただ、久遠様はだいぶ心配しておられたからな。帰りが馬だとしても、今日か明日には着くだろうと待っていたのだ。その様子だと、戦果はあったらしいな」
「やれやれ……。もちろんあったとも。鉄砲三丁と、美濃の出来人、竹中半兵衛殿のご登場〜」
久遠のそこがいかんよ、と言いかけてそれをやめ、美濃での戦果を戯けた口調で告げた章人であった。
「な……」
柴田勝家は、竹中半兵衛だけならまだしも、まだそこまで流通していない鉄砲を三丁も持ってくるとは思っていなかったため、心底驚いていた。
「口を閉じなされ。そら、詩乃。挨拶なさいな」
「竹中半兵衛。真名は詩乃、と申します。よろしくおねがいします」
「柴田勝家。真名は壬月だ。よろしく頼む。まさかあの新加納の相手がこんな小娘とは」
「人は見かけによらん、とよく言うじゃないか。小娘だから弱者と侮ってはいかんよ」
俗に“鬼柴田”とまで呼ばれている猛将が目の前にいることは、もちろん竹中半兵衛も気づいており、まして新加納の話をされてかなり緊張していたのだが、常と何も変わらない章人が後ろにいることが何よりも心強く、そこまで萎縮せずにすんだのだった。
「とはいえ助かった。いくら馬でもこう何人も連れていては遅くなるからな。柴田衆が守ってくれるのならばのんびり眠れる」
「承知仕った。馬の世話もやっておこう」
「すまんね。さて、飯の用意でも手伝ってくるか」
「そういえばあなたの料理の腕前見たことなかったわね……。」
帰蝶がそう呟いた。信長邸の台所を譲ったことはないため、帰蝶が章人の料理の腕前を見ることはないのであった。
「早坂殿−!! 釣れましたよ!!」
「ああ、ああ、ああ……。」
「ええ!?」
木下秀吉と蜂須賀正勝が、川で山女魚と岩魚を手に入れて戻ると、章人は悲痛な声を出していた。
「はよ締めにゃ……。これでいいか」
「は!?」
帰蝶が驚くのも無理はなかった。木下秀吉たちが手に入れてきた魚を、これほど短時間で締め、焼ける状態まで持って行くのに相当の慣れが必要なことくらいは、今さら言うまでもなくわかっていた。
「あなた、私より……」
「いや。まあ、私が四六時中台所に立っていないからということもあるだろうが、結菜のほうが食料の扱いや料理の腕ははるかに上手い」
「ありがと」
どこの恋物語ですか……と竹中半兵衛は言いたくなったが、それよりも自分が大好きな焼き魚を食べられる喜びのほうが大きかった。
「おや、焼き魚が大好きと見える。ならば一匹目は詩乃にあげようか、もう少しだな」
章人は、焼き加減が香りと見た目で完璧にわかるのであった。
「一応、下味はついてるけど、好みでもっと振ってもいいよ。川魚はなんといっても塩焼きが一番美味い。炊くほど米がないからその辺は勘弁してくれ。雨風防げる畳の上で雑魚寝だが致し方ない」
宿まではだいぶ距離があったため、人里離れた、井戸のある廃屋で蚊帳を使って寝ることにした章人たちであった。
そして翌日、無事織田の本拠地清洲城まで帰還したのである。
「さて、疲れているだろうがさっさと謁見だなんだを済ませちまおう。重要な部下は……麦穂と三若と久遠か。とりあえず城へ行くか。結菜は家に戻って良いぞ。馬は壬月、任せる。ひよところは、長屋で休んどれ」
「は、はい」
帰蝶ら四人が頷いたのを見ると、章人は竹中半兵衛を連れて城へ行くのだった」
「おお、いたいた。和奏、犬子、雛。一緒だったか。ほれ詩乃。自己紹介自己紹介」
「は、はい。竹中半兵衛。真名は詩乃、と申します。よろしくお願いします……。」
「ほんとにあの竹中半兵衛なの!? 佐々成政。真名は和奏。よろしく!」
「前田利家! 真名は犬子! ねえ早坂殿、どうやって仲間にしたの?」
「竹中半兵衛ってあれだよね? 新加納の……。滝川一益。真名は雛〜 よろしくね〜」
これまでの自分であれば、この間まで敵だったこの三人の前で自ら自己紹介をするなどということはできなかったろう、そう竹中半兵衛は思った。しかし、この早坂章人という人物とともにいると、やはり不思議と恐怖は抱かなかった。
「天運が上手いほうに転んでくれただけですな。そういえば、麦穂と久遠の居場所を知らんか? 執務室にいるか?」
「麦穂様はいらっしゃったかと。久遠様がいらっしゃるかはわかりません。ごめんなさい……。」
「わびるほどのことじゃないさ。なら先に麦穂か。ありがとね〜」
手をひらひらさせながら三人と別れると、一路麦穂の執務室を目指す章人たちであった。
「麦穂、ちょっと今時間とれるかい?」
「え、ええ……。? そちらの方は……?」
「竹中半兵衛。真名は詩乃、と申します」
「あら、あの竹中半兵衛さんでしたか。私は丹羽長秀。真名は麦穂と申します」
「皆、わたくしのことを知っているのですね……」
「そらぁ、織田を常にボコボコにしてきた立役者ですし?」
章人が冗談交じりにそう言うと、これまでは感じていなかった若干の恐怖を覚えた竹中半兵衛であった。
「章人殿、怖がらせてはダメですよ」
「これは失敬」
これまでずっと固い表情を崩さなかった竹中半兵衛は、このとき初めて笑っていた。
「ああそうだ。久遠を知らんか? 一応伝えねばならんことがある」
「久遠様なら庭のほうにいらっしゃったかと」
「ありがとう。ではまた」
「はい」
「おお、久遠、いたいた。竹中半兵衛の紹介をしたくてな。こちらだ」
「竹中半兵衛。真名は詩乃、と申します。よろしくお願いいたします」
「我は織田信長。真名は久遠だ。早坂隊、お主がいればさらに強くなろう。よろしく頼む」
「それなのですが……」
「ああ、まだ誰からも聞いていなかったか。詩乃は、形式上は久遠、お主直属の部下、という形をとる。そこから、早坂隊に出向、とな」
「は……?」
そんな話をされた信長は心底驚いていた。わざわざ自分で出向いているのだがら、当然章人自身の家臣とするためなのだろうと思っていたが、そうではなく、自分の家臣としようとしていることの意味が全くわからなかったのである。
「なんだ? 殿様がよりにもよって鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしよって」
「お主直々の家臣になるのではなく、我直々の家臣にする、というのか?」
「左様。実際、私が戦場にいて久遠が城にいるとき、詩乃がどちらの側にもつけるというのは大きいだろう? まあ、そのうちその形式も変わる可能性はあるが、今はそのほうがよいと判断した」
「それは、そうだが……。ちなみにお主は納得しておるのか?」
「はい。もとより美濃に残れば死んでいた身。早坂殿に救われ、この地へ来たときより、生きて早坂殿と織田に忠節を尽くす覚悟は決まっております」
竹中半兵衛は、一切の迷いなく断言した。それで信長も理解したのだった。それと同時に、あの竹中半兵衛をどうやって引き抜いたのか、家へ帰ってから章人と帰蝶に詳しく聞きたくてたまらなくなっていた。
「良かろう。よろしく頼むぞ、詩乃」
「承知いたしました」
そんな具合で謁見も終わり、ひとまず早坂隊の長屋へと行くことにした章人たちであった。
「本当に、皆、遺恨などはないのですね……」
「そりゃ“勝敗は兵家の常”なんて言うしね。しばらく仕事云々までさせる予定はないから、ここでの暮らしに慣れなさいな」
「は、はあ……?」
「はりつめた緊張状態で、その糸が切れるとどっと疲れが襲ってくるからなぁ。ひよところに城下の案内でもしてもらいつつ、ゆっくり休むといい。とりあえず、戻ったら『戻りました』くらいは言ってあげなされ」
「わ、わかりました……。しかし、美濃の間者と思う人もいないのですね……」
「他ならぬワタクシが身分の保障をしておりますのでね。間者かどうかなんざ、見りゃ一瞬でわかるし、無駄なことは考えんでいいさ。ただ、そうだな。詩乃から見れば、まだ半分敵陣みたいなものだろうが、自分から挨拶できるくらいの度胸はあったほうがいいだろう」
「ど、努力します……」
仕事云々をさせる予定もない、そう聞いてかなり驚いた竹中半兵衛であったが、何か考えがあるのだろう、と素直に言うことを聞くことにしたのであった。
「ひよさん、ころさん、ただいま戻りました……」
長屋へ着くと、敢えて章人は何も言わず、先に竹中半兵衛に喋らせることにしたのだった。
「ひよ、でいいよ。詩乃さん」
「私も、ころ、でいいよ」
「では、私も『詩乃』で構いません。改めてよろしくお願いします」
「うん! 詩乃、よろしくね!」
この二人に任せておけばなんとかなるだろう、改めてそう思った章人であった。そして、先ほど本人にも言った町の案内やひとまずの世話などを二人に任せることにして長屋を辞したのであった。
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第2章 章人(1) | ||
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