Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)一巻の3
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第三章  教官

 

 

「わざわざ来てくれて悪いわね」

「いえ。この学園にはお世話になりましたから、これくらいのこと当たり前です」

二人の女性は学園にある来客室で話を始めようとしていた。

 

一人はしわ一つないスーツを着て、歳は四十くらいで少し白髪が見えているこの学園の教頭先生。

もう一人はとても歳が若く、紫色の髪を後ろで束ね、服装はこの世界では見ない和装姿を着ていた。

 

その教頭は女性に向かって電子盤を「はい」と言いながら差し出した。

女性はそれを受け取ると、真剣な顔つきでそれに目を落とす。

「あなたには兵士科の教官を担当してもらうことになります。その資料は生徒達の入学試験のときの実技試験の結果が載っているわ」

と、それを見ている女性に、教頭は説明した。

女性はボードを指でタッチしながら生徒一人一人を確認していく。

そうしていると、一人の生徒の前で手が止まった。

(・・・リョウ・カイザー。まさか、あの……)

と、リョウの結果をまじまじと見る。

女性の動きが止まったことに疑問になり、教頭は声を掛けた。

「どうかしたの?」

「え? いえ。何でもありません。少し気になっただけですから」

女性は少し驚いて答えると、すぐに電子盤を動き始めた。教頭は「そう」と言い、相槌を打つ。

 しばらくの間、教頭は女性の姿を黙ってみていると、やさしい笑みを浮かべながら女性に向かって話しかける。

「でも、まさかあなたといっしょに働くことになるなんてね」

女性はいきなりのことに「え?」と驚いた表情を浮かべて、電子盤から教頭先生に視線を移した。

「しかもわたしの後釜の教官になるなんてねぇ・・・あなたみたいな、やんちゃな子は教導隊じゃなく、機動隊に入ると思ったわ」

「べ、別に性格は関係ないじゃないですか!」

と、女性は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら抗議した。

「ふふ・・・でも、また会えてうれしいわ。あなたともう二人は、二年間しかここに居なか

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ったけれども、あなたなら生徒のことお願いできるわ」

教頭は笑顔のまま女性を見据える。

「わたしも安心して、あなたに任せて引退できるわ」

そう言われ女性は少し自嘲気味な笑みを浮かべ「またまた」と返した。

「先生には学生時代、いろいろ世話になりましたからこれくらいのこと当たり前です。だけど、まだまだわたしなんか、先生の足元にも及ばないので至らない点があるかもしれません」

と少し弱気のようなことを言ったが「ですが」と繋げたとき、表情は真剣な顔つきになった。

「わたしの持ってる力で生徒たちをこの学園に恥じることのないよう立派に育ててみせます!」

と力いっぱい宣言した。

 その女性の姿に、教頭は目を見開き驚くが、すぐにまた、笑みを浮かべると

「やっぱし、あなたをここに呼んでよかったわ。じゃあ、一年間、お願いするわね」

と言うと、女性は「はい!」と教頭にまっすぐ向いたまま答えた。

 

話が終わり、部屋を出た女性は学園から出ようと廊下を歩いていると、前を歩いている生徒になんとなく目に留まった。

その生徒は魔法科の校舎に行く為の渡り廊下の入り口を避けながら歩いていった。

女性はそれを不思議に思い、その入り口の前に立つと、辺りを調べてみる。

すると、そこには人払いの結界が張られていた。

「なぜこのような場所に結界が? この先に何かあるのか?」

と呟くと、女性は自分の腰の後ろに提げていた、二本の刀の一本抜いた。

 そして、目を閉じ、集中力を高めると、一気にその結界に向かって刀を振り下ろした。結界は両断され、切り口から霧散して消えていった。結界が消えると、女性は渡り廊下を進んでいった。

すると、中庭の方で金属のぶつかる大きな音が聞こえてきた。

女性はすぐさま音の聞こえる方へ視線を向けると、そこには、二人の生徒が激しいぶつかり合いをしていた。

それはどう見ても喧嘩じゃない私闘だ。

女性はすぐさまその場から駆け出す。そのとき、もう一本の刀を鞘から抜き出し、二人の間に飛び込んだ。二人の間に入ると、上段、下段からくる剣と刀を綺麗に受け止めた。

そして、女性は二人に向かって大声で一喝する。

「二人とも刀を収めろ!」

二人は驚いたのか、その状態で、

「サクヤ姉(ねえ)!」

「―――?」

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と各々違ったリアクションをした。

 

サクヤは二人を武器ごと弾き飛ばし、後退させると、二本の刀を鞘に収めた。

そして、サクヤは怒りの表情を浮かべたまま、二人の方を見ず、怒鳴りつける。

「二人ともこれはどういうことだ? 学園での私闘は禁止されているだろう! しかも真剣勝負など言語道断だ!」

と、サブを睨みつけると「説明しろ!」とさらに怒った。

サブは引きつがらせた笑みを浮かべながら、言い訳をする。

「いやー。これはその・・・そう! 友達同士のじゃれ合い見たいなもんだよ」

「じゃれ合い? それにしては派手なじゃれ合いだったな?」

サブの言い訳にサクヤは、怒りでこめかみに青筋を浮かべながら、サブとの距離を詰めていく。

 あまりのサクヤの凄みに、サブはじりじり後退しながら、

「それは・・・俺たちの友情を確かめるのには少し激しい―――ギャァァァ!」

「どう見ても私闘だろうが! しかも武器にセーフティーも付けずにやるなどもってのほかだ。この馬鹿者が!」

と、サクヤは等々怒りが爆発し、サブの言い訳を聞き終わる前に頭を右手で掴むと、万力のように締め付けていく。

アイアンクロー

 そのまま持ち上げられたサブは、足をバタつかせる。

だが、足はむなしく空を切るばかりだった。

 中庭にはサブの悲痛の叫びが響きわたった。

 

リョウは少し離れたところでそれを呆れながら見ていたが、脱力した溜息をつき、刀を鞘に納めると帰ろうとした。

「どこへ行く?」

サクヤはサブを持ったまま、リョウの方へ顔だけ向けると呼び止めた。

「まだ、お前の方は終わってないぞ」

「・・・最初にふっかけてきたのはそいつだぞ」

リョウは振り返ると「俺は悪くない」と言わんばかりの表情をして、サクヤが持っているそれを指差した。

「だろうな」

と。サクヤはあっさり同意すると、サブの頭を離した。サブは地面に落ち、痛みで頭を抑えながら転げ回った。

 そんなことには目もくれず、サクヤはリョウのほうへ歩み寄る。

「それについてはすまなかった。こいつの保護者として、謝らせてもらう」

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と予想とは違うこと言い。リョウに向かって頭を下げた。

「べつに、気にしないからいい」

それに対し、リョウは興味なさそうに答えると「じゃあ」と言い残し、また、サクヤに背を向け帰ろうとした。

 すると、サクヤは顔を上げると、呆れた表情が浮かべて溜息をついた。

「まったく。そういう自由なところは、お父さん似たんだなぁ」

と、言ってきた。リョウは気になる単語を聞き、足を止めるとサクヤの方へ振り返った。

 振り返ったときの目は、さっきとは違ったとても冷たく、憎しみがそこには浮んでいた。

「・・・親父を知ってるのか?」

「ああ、知っているぞ。ファンズさんはわたしの兄弟子だか―――ん?」

次の瞬間、サクヤの答えを聞き終わる前に、一気にサクヤとの距離を詰めると、胸倉を掴んで問いただす。

「どこだ? 奴はどこにいる?」

「・・・」

「答えろ! 奴はどこに―――っ!」

気付いたときには、リョウの視点は急に上下逆さになり、地面に叩きつけられていた。

 リョウは上を見上げると、そこには真剣な目をしたサクヤが見下ろしていた。

「まったく、それが目上の者にする態度か? やはり、ルナは甘やかしすぎだな。どんな教育をしたんだ?」

と呆れながら言うと、疲れたような溜息をついた。

「だが、根性はありそうだな。これなら鍛えがいがある」

と、すぐに苦笑を浮かべた。

「鍛えがいがある?」

その言葉にリョウは、少し頭が冷めたのか、立ち上がりながら、引っかかった単語を訊き直した。

「明日からお前たち、兵士科の戦闘訓練の教官をやることになった。サクヤ・ハーネストだ。とりあえずよろしくな」

と答えると、リョウに手を差し出した。

「あんたが俺たちの教官なのか? そういえば、まだ、教官が決まってないって言てたなぁ」

リョウは素直にサクヤの手をとると、そのまま立ち上がった。

「いきなり話が来たんでな。返事が遅れてしまったんだ。まあ、明日からしごいてやるから、覚悟しとくんだな」

と楽しそうに言うと、少し離れたところに居るリリの方に視線を向けた。

 

 そんなやり取りに、リリはそわそわしながら見ていると、サクヤが目で「もういいぞ」と合図をしたので、すぐにリョウのところに駆け寄った。

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「リョウ君、大丈夫?」

「ああ、肘擦りむいたぐらいかな」

と、リョウは平然と答えると、肘をリリの目線の位置まで持ち上げた。

 すると、リリは急に焦りだし、

「まだ、血が出てるじゃない! すぐに治療を―――」

「べつにいいって、こんなのほっといても治る」

と、リョウは言うが、リリは「ダメ」と、リョウの意見を却下すると、傷口に手をかざし、短い詠唱した。

すると、リリの手の平から暖かい光を放ちだした。

ヒール

リリの回復魔法でリョウのどんどん傷口は塞がっていた。

傷口が完全に塞がるとリリは手を下ろす。

「……わるい、な」

リョウは治った肘を見ながらぶっきらぼうにお礼を言った。

お礼を言われ、リリは「べついいよ」と答えるが、少し頬を赤く染めていた。

 すると、いつの間に復活したのか、サブがリリに声を掛けてきた。

「リリちゃ〜ん。俺の体も直して〜。できれば心の方―――」

「心配するな。後でわたしがゆっくり手当てをしてやる。その腐った精神の方も」

と、サクヤは笑みを浮かべながら言うと、

「いえ。けっこうです」

と、サブは額に変な汗を浮かべながら断った。

そんなやり取りを見て、リリはクスっと笑うと、サクヤの方に近づいた。

「お久し振りです。サクヤさん。」

「ああ、しばらく振りだな。リリ。少し見違えたぞ」

サクヤは笑みを浮かべて言うと、リリの頭の上に手を乗せて少し乱暴に撫でた。

「サクヤさんもお変わりなく。二年ぶりぐらいですね」

そして、二人は楽しそうなやり取りを始めた。

それを見たリョウは、疑問が浮かびリリに訊いた。

「知り合いだったのか?」

「うん。お姉ちゃんと同期でここの卒業生だよ」

と、リリは答えた。それを聞いたリョウは、サクヤの方へ視線を移した。

「ルナに前あったとき「家族が増えた」とうれしそうに話していたが、まさかお前だったとは、な」

と、サクヤは苦笑を浮かべた。

 リョウは「わるかったな」と言うと、真剣な表情してサクヤにさっきの事を聞き直した。

「さっき、親父を知っているみたいなことを言ってたけど。今どこにいるか判らないか?」

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サクヤは質問を投げかけられ、少し間、目を閉じると

「5年前に急にいなくなって、それっきりだ。今どこで何をしているのかわからない」

その答えに「くそ」とリョウは吐き捨てると、悔しそうに顔を歪めた。

それを見たサクヤは、

「どうしてそんなに、ファンズさんにこだわる?」

と疑問に思ったことをリョウに訊いた。

それに反応し、リョウはサクヤに視線を戻すと、

「・・・あいつのせいで大切な人が死んだ」

その目はとても冷たく。

「俺はやつをゆるさない」

そして、憎しみが込もっていた。

「……リョウ君」

リョウの言葉にリリは心配そうにつぶやいた。

その場に沈黙が訪れる。

そしてしばらくすると、サクヤは真剣な表情して、リョウに向かって、

「わたしに付いて来い」

と言うと、リョウの横を通りすぎて、出口の方へ歩いて行った。

サクヤの行動に、リョウは訳が判らず、立ち竦んで目で見送っていると、サブが後ろから、リョウの首に手を回してきて、

「行こうぜ。じゃねぇとあとがこぇーぞ」

と笑みを浮かべて言ってきた。

 リョウはその手を払いのけると、サクヤのあとを追う。

リリとサブもそのあとについていった。

 

 

リョウたちは学園から出ると、電車に乗った。そして、電車から降りたところは、学校がある町から少し離れた区域に着いた。

そこは大きな建物があまりなく、緑がまだ少し残っているいわゆる、田舎町だった。リョウたちは駅から少し歩くと、周りを雑木林で囲んだ一軒の家の前に着いた。

その家はとても古風な建て住まいであり、門の横に掛かっている立て札には《ハーネスト》と書かれていた。

門をくぐり、目の前に大きな本邸が建っていた。

リョウは少し間それを見上げていた。

しかし、サクヤは横に立っている建物の方へ足を向けた。

着いたのは道場だった。

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サクヤは靴を脱ぎ、入っていく。リョウたちもそれに続いた。

道場は床の板がとても綺麗に磨かれ、奥に掛け軸があり、いかにも、といった感じだった。

リョウは道場に入ると、いきなり目の前に木刀が飛んできた。

それを受け取り、前を向くとサクヤが同じように木刀を持ってリョウの正面に移動した。

そして、サクヤはリョウのほうへ木刀を突き出す。

「それでわたしにかかって来い」

「・・・・・はぁ?」

いきなりのサクヤの言葉に、リョウは「何言ってんだ?」といった表情を浮かべる。

「お前はさっきファンズさんを倒すと言ったな? お前がそこに至るかどうか、わたしが見てやる」

「俺、別にそんなこと頼んでないんだけどなぁ・・・」

でも、と言葉を続けると、リョウは右足を一歩前に出し、木刀を中段に構える。

いつもの正眼の構えをとる。

「あんまり上から言われるのも癪だ」

と、サクヤを睨みつけた。

二人の間に緊張感が高まる。

次の瞬間、リョウは地面を力いっぱい蹴り、弾丸の様に飛び出すと、サクヤに左から右への横一閃で攻撃を繰り出す。その動作はとても速く、常人では防ぐことが不可能なほどだった。

しかし、サクヤに攻撃は届かなかった。

サクヤはリョウの攻撃に木刀を使い軌道をずらすと、リョウの攻撃は明後日の方へ言ってしまった。リョウは勢いよく振りぬいたため、大振りになり、隙だらけになる。

次の瞬間、サクヤは地面を蹴ると、リョウに襲い掛かった。

鈍い音が道場に響いた瞬間、リョウは吹き飛ばされ、床の上に投げ出された。

リョウの体に痛みが走る。すると、だんだん気が遠くなってきた。

(今・・・九発・・・だったか?)

 先ほどのサクヤの攻撃を考えるが、段々瞼が重くなってきた。

「リョウ君!」

リリが近寄ってきて、叫んでいるがリョウの耳にはあまり届かない。

リョウは力尽き、意識が切れた。

 

 

リョウの目覚めは最悪だった。

原因の一つは水をかけられ、無理やりたたき起こされたからだ。

 意識が段々戻ると心配そうに見下ろしているリリと、バケツを片手に持っているサクヤの

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姿が目に映った。

「気絶してたのか?」

「気分どう?」

すると、リリが心配そうに訊いてきたので「最悪」と、リョウは答えると、まだ靄がかかっている頭を傾けて、サクヤに視線を移した。

「今のは―――」

「高速で九発の斬撃を叩き込まれたんだ」

と、サクヤではなく、に少し離れた位置に居たサブが答えた。

「普通の奴には同時に九箇所に斬撃が飛んでくるように見えるけどな」

と、サブは付け足した。

「わたしには一振りしか見えなかったよ」

「おまえはもっと目を鍛えろ」

リョウはリリに軽く突っ込むと、ゆっくりと体を起こした。

「今のが鳳凰流奥義《九鬼襲》だ」

すると、不意にサクヤがリョウに向かって口を開いた。

「スピードは悪くない。だが、技術はまだまだだな。重心の使い方もぜんぜんダメだ・・・だが、筋は悪くない。誰がお前に剣術を教えたんだ?」

「誰にも教わってない。自己流だ」

リョウはサクヤの問いに素っ気無く答えると、サクヤは少し険しい表情を浮かべた。

「まさか、お前の足捌き、あれは間違いなく鳳凰流のものだぞ」

「そうなのか?」

と、リョウは逆に驚いて訊き返した。

 リョウが本当に知らないと判ると、サクヤはもう何も言わなくなり、最後に「やはり血は争えないか」とだれにも聞こえない大きさで呟いた。

「親父もここにいたのか?」

と、リョウは考え事をしていたサクヤに訊いた。

「・・・ん? ああ、わたしなんか足元に及ばなかったがな」

と、サクヤは苦笑を浮かべて答えた。

「じゃあ、あんたを超えなきゃ親父にも勝てな・・・」

「そういうことになるな」

と、サクヤは即答で返した。

「俺をここに入れろ」

すると、リョウは真っ直ぐサクヤの目を見て言った。

 しばらくの間、二人は目が合ったまま動かなかった。

すると、サクヤは「ふっ」と笑みを浮かべると、

「わたしの教えはキツイぞ。苦情は聞かんからな」

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「それはどうか、な?」

リョウも笑みを浮かべて答えた。

「そうか、明日から学園が終わったらここに来い。これから毎回、床を舐めさせてやる」

「それは楽しみだ」

「それと、敬語の使い方も教えてやる」

と、サクヤが言うと、リョウは苦笑を浮かべ「それは別にいい」と断る。

 その姿を見て、横でリリがクスクス笑う。

 そして、サクヤは改めてリョウに向かって言う。

「ようこそ。わが道場へ」

「道場(じごく)の間違いだろ」

と、サブがぼそっと突っ込んだ。

すると、いらんこと言うな、と言わんばかりにバケツがサブの顔面に直撃した。

リョウはそれを見て、呆れながら、

「口は災いの元だな」

と胸の中で呟くのだった。

 

 

「なるほどねぇ。そんなことがあったの」

マリアは食後のお茶を飲みながら、相槌を打った。

リョウとリリが帰宅したあと、リョウは夕食を食べて終わると「疲れたから寝る」と言って自室に入っていった。そのあとリリが食べ終わったものの後片付けをしているとマリアとルナ帰宅し、二人は夕飯をとった。今はルナが食器の後片付けをし、リリが今日あった出来事をマリアに話していた。

「ぜんぜん楽しくないよ! こっちは、ハラハラしたんだから!」

と、リリは少し怒った様子で反論した。

「でも、サクヤも強引ですね。リョウさんは大丈夫なんですか?」

ルナはそう心配そうに言うと、洗い物が終わったのか、エプロンで手を拭きながらキッチンから出てくると、自分の籍に付いた。

 だが、マリアは平然と答える。

「いいのよ。自分より強い相手に会うのもあの子にとってもいい経験になるのよ。それに一

度くらい痛い目見るのもいいかもしれないわね」

と言うと、楽しそうに笑った。

 そう言われ、リリは呆れたように溜息をつき「もう、お母さんは無責任ですよ」とルナは苦笑いを浮かべて注意をした。

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 ルナはお茶を啜ると「そういえば」と思い出したかのようにリリに質問する。

「その話に出てきたサブって子。どんな子なの?」

「妹さんと二人兄妹で今はサクヤさんの家に居るんだって。それで・・・」

 

リョウが気絶しているとき、サブがリリに今日のことを謝罪してきた。

リリはそれを許し、リョウが目を覚ますまでの間、サブと少し話をした。

サブの両親は魔連に所属しており、とても優秀な局員だった。

しかし、二年前に住んでいた町が何者かに襲われ、そのとき両親は殺された。生き残ったサブとサブの妹は、そのあと駆けつけた魔連の局員に保護された。行く当てのないサブたち兄妹はサクヤと出会い、拾ってもらったのだと言った。

「でも、妹さん。元々体が弱いみたいで、今は入退院を繰り返しているみたい」

「そう・・・」

三人が暗い話で少し沈みかかったとき、不意に扉が開いた。

三人はその方を見るとリョウが部屋に入ってきていた。

リョウはまだ眠そうにあくびをした。

ルナはすぐに、

「リョウさんもう体の方は大丈夫ですか?」

と心配そうに聞いた。

 リョウはそれに気付くと、

「寝たから平気」

と答え、首を左右に傾け、鳴らした。

 安堵したのかルナは笑みを浮かべると、

「何か飲み物でも作りますね」

とうれしそうにコーヒーの用意を始めた。

リョウは座っているマリアの後ろを通るときに、

「学園も悪くないかも」

と笑みを浮かべて言い、ベランダの方へ進んだ。

リョウの言葉に後ろでマリアがクスクス笑っているのが判ったが無視をした。

 

リョウはベランダから空を眺めていると、リリがカップを二つ持って、隣に来ると、一つを差し出した。

「はい。コーヒー」

「サンキュー」

リョウはカップを受け取ると、それに口を付けた。

二人は話をすることなく外を眺めながらコーヒーを飲んだ。

しばらくすると、リョウはコーヒーを飲み干したカップを床に置くと、おもむろにポケッ

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トから消しゴムぐらいの小さな塊を出した。その塊に魔力を注ぐ。すると、その塊は光り、みるみる大きくなった。

その塊の正体はオカリナだった。

「あ、久しぶりに吹くの?」

と、リリはそれに気付き、うれしそうに訊いた。

だが、リョウは何も答えず、オカリナを吹き始めた。

とてもやさしい音色が響き渡り、夜に溶け込む。

その音色にリリも合わせて歌い始める。

その歌声は聞く人の心をやさしく包み込んだ。

音が止むと、後ろから二つの拍手が鳴った。

「へぇ〜。あんたがそれ吹く姿、初めて見たわぁ。以外にうまいじゃない」

と、マリアが感想を言った。

「わたしもですよ。リリの歌も曲に合っていましたし、二人は練習でもしているんですか?」

と、マリアは二人に訊いた。

「初めて・・・つぅか。歌詞。勝手に付けんな」

「・・・ごめん・・・」

リリは申し訳なさそうに言うと、下を向いてしまった。

リョウはその姿を見て、ため息を突いて、立ち上がった。

「べつに悪くないからいいけどな」

と言い残し、部屋から出て行った。

そのときチラっと見えた、リョウの横顔には笑みが浮かんでいた。

それを見て、リリはうれしそうに微笑んだ。

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