第16話「 エクス国王からの手紙」(シリーズもの)
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 ジュナチとダントンが住む島にルチアとパースも暮らし始め、数か月が過ぎていった。

 夜中にパースは妙な胸騒ぎがして目を覚ますと、壁越しに感じていたルチアの気配がいつの間にか消えていた。彼は前まではルチアと同室だったが、ルチアが変身を解いて女性に戻ったため、隣の部屋を使用していた。

(僕が、気づかないなんて…)

 彼は誰よりも鼻が敏感で、耳だって一般の人間よりも特化したケモノビトだ。だが、パースはルチアがどこへ移動したのかすぐにはわからなかった。ハラハラとしながら彼女の気配を探すために家の中を探れば、テラスから続く広い芝生に彼女の姿を見つけた。裸足のまま、ゆっくりと目的もなく歩いているように見えた。長い髪が月明かりに照らされキラキラと輝く。その姿はなんだか厳かな雰囲気で、パースはおそるおそるその背中に声をかけた。

「…どうされましたか?」

「やっと来たか、ケダマ」

「!」

 振り返らず月を見ているルチア。彼女が呼んだ「ケダマ」とは、パースが昔仕えていたミジュリス女王陛下だけが呼ぶ、彼のあだ名だった。

(まさか…?)

 パースは緊張しながら、彼女の背中を見つめた。すらりとした姿勢の良さは、かつての主人の面影がよぎる。

 理由は不明だが、ミジュリスの魂やそれ以外にも、世界最強の魔女『ゴールドリップ』の力を引き継いだ複数の魂たちが、ルチアの中に眠っている。そのせいで、ルチアにはさまざまな人間の記憶が入り交じっていた。

(記憶を引き継ぐうえに、魂の持ち主に体が乗っ取られた…?)

 そう思ったパースは、自分に話しかけている人物がルチアの姿を借りたミジュリスなのか疑う。

「陛下、ですか?」

 習慣のように、彼の体は自然と動いて跪いた。問いかければ、ルチアがふっと薄く笑みをこぼす。くるりと振り向くと、逆光で表情は見えにくい。

「間抜けな顔だ。麗しいお前はどこへ行った? 平和ボケが過ぎるな…」

 低くゆっくりと話す口調にパースは一気に緊張する。ミジュリスが怒りを意図的に他者へ伝えるときの癖だった。ピリピリと緊張した空気に包まれるのを、パースは肌で感じる。

「ケダマ、この儂の姿を見てどう思う? 小娘の体にしがみついて、天命を果たすことなく、無駄に生きている。儂がこの姿でいることを望んでいるとでも…?」

「そう聞かれたら、望んでいらっしゃらないってことですよね」

 いつも軽口で返事をしていたパースはそう言うと、

「は、口調を変えても変わらず生意気だ」

 彼女が見下す目を向ける。パースはそこで目の前の女性がミジュリスだと確信した。ルチアはこんなに冷たい表情はできない。

(ああ、懐かしいな…)

 ゾクゾクとパースの中で何かが疼いた。戦いに明け暮れて血気盛んな自分かもしれない。体が小さく震える。

「立て」

 短い命令に従って、パースは立ち上がった。彼女を見下ろす形になり、顔を覗き込まれる。その目線の鋭さに、まるで200年前に戻った感覚がして心がざわつく。

「命令する。儂の魂を自由にしろ、本来あるべき形に戻せ」

 そう言って、ルチアの手がパースの顎をゆるりと触れた。それはパースの記憶にある、ミジュリスの手つきそっくりだった。

「儂がこうしてのうのうと存在するなら、《キリカ》も同じだろう。アレも処分しろ」

 その言葉にパースは血がたぎるような怒りを覚えた。キリカはミジュリスの命を奪った人物の名前だった。

「必ず…」

 奥歯をかみしめながら低い声で返事をすると、彼女はゆっくりと目を閉じる。次の瞬間、体の力が抜けてふらりと傾いた。すぐに手を伸ばし、地面に倒れる前にルチアを支えたパースは、その体を一度強く抱きしめた。穏やかに眠るルチアの顔を撫でながら、

「必ず、ご命令に従いますよご主人様」

 ミジュリスに誓いをたてた。その瞳孔は開いて、怒りに燃えていた。この先どう動くか慎重に考えなければいけないと、気を引き締めて。

 

 

 パースの胸の奥で青い炎が燃えだしても、日常は特に変わることはなかった。あの夜のことをルチアに確認したところ、彼女は何も覚えていない。そして、ミジュリスらしき人物もあれ以降現れなかった。

(ボクがどう動くべきなのか、わかんないな。頭の動きが鈍くなってる。平和ボケってこれか…)

 リビングのソファーで日向ぼっこするパースはそんなことを考えている中で、ふと視界に入ったダントンが目に入った。

「………、」

 ふむと考えてから、近くにいたルチアへ確認をした。

「ダントンに触る許可…をなんでわたしに確認するのよ?」

 パースの言葉をいぶかしげに返して、勝手にすれば?と呆れていた。

(あなたが命令したんですけど…)

 と愚痴を言いたくなったが、本人に言うのはやめておいた。ケモノビトへの命令は絶対なんて知って、ルチアが自分へ命令することを遠慮しては困る、とパースは思った。

 そうして、パースはダントンに稽古をつけることにした。するとこれが、悶々とした気分を晴らす良い気分転換になった。城で行っていたときと違い、広い場所で動き回れることに開放感を覚える。ダントンも同じ思いのようで、目を輝かせながらパースとの稽古を前向きに行っている。

 彼ら2人は、200年前に滅んだはずだったケモノビトという人種の生き残りだ。高い身体能力を持つ。そのため、体を動かすことを好む2人は、約束をした覚えもないが毎日稽古をし始めた。朝早くから森の奥では、彼らの気合いを入れる声が響く。

 一方のジュナチは、魔法道具に興味があるルチアのために、研究室で話してばかりいた。そこには未発表の魔法道具が山のようにあり、それらにルチアは目を輝かせてジュナチの説明を聞いていた。

 それ以外の時間は、ノートを広げる日々だ…

 

 ザアアアァァ―――、

 

 波の音が心地よく聞こえる。ジュナチは青く澄み渡った青空を見ていた。風がさらさらと頬を撫で、キイが太陽に向かって飛んでいった。彼女はそれを見ながら、芝生に放り投げた四体を思い切り伸ばした。はあ!と息を吐いて、深呼吸をする。

「…平和だなぁ」

 そして眠りに着こうと目を閉じる。

「先生、進捗いかがですか? 何か思いつきましたか?」

 ルチアの声にパチリと目を開いた。上から彼女が笑顔で覗き込んできている。

「うう、そんな言い方しないでよ」

 ばつが悪い顔をしたジュナチは、自然とうめき声を出した。

「締め切りに追われた作家先生の気持ちを味わわせてあげたわ」

「いらないよ〜」

 ジュナチは目を思い切りつぶって、横を向いた。現実から逃げるように小さく丸まる。

 その様子に声を出して笑ったルチアは、ジュナチの横に座る。

「まあ、時間はいくらでもあるんだから楽しみましょ?」

「でも、なんにも出てこないんだもん…」

 ジュナチは来る日も来る日も、新しい魔法道具を考えていた。ルチアという新しい同居人兼友人ができて、自分の中で何か変わるかもと淡い期待をしていた。だが、いつもどおり一向にいい案は思い浮かばない。

「焦らないでいいのよ」

 励ますように、ぽんぽんとジュナチの頭を撫でると、ジュナチはくすぐったそうに微笑んだ。

 

 

 2人が平和な時間を過ごしている一方、耳が良すぎるダントンがちっと舌打ちをした。稽古が終わって、キッチンで昼飯の準備をしていた。遠く離れた2人の会話を聞いて、ルチアがジュナチに触ったことを察していた。

「もう〜…」

 キッチンを覗き見るパースはため息をついた。自分の主であるルチアに攻撃的な態度を取られるのが面白くなかった。そして、彼がジュナチに懐きすぎているのを気にしていた。

「不快な感情は表に出さない、みっともないですよ」

 いざというときに彼女の存在は弱みになると考え、パースはダントンに注意した。

「うっせ」

 ダントンがフライパンを返すと、中に入っていたホットケーキがくるりと回転する。パースの顔は全く見ずに、低い声で返事をした。

「好きな子が誰と仲良くしようといいじゃないですか。ダサいなぁ」

 ピキ、とこめかみに力が入るのが自分でもわかったダントンは、努めて冷静に言った。

「昼飯は自分で作れよ?」

「そんな美味しそうな物を作っといて、食べられないなんてありえません。人生の先輩として今後もあなたを強くするために全力で支援しますから、お昼は絶対いただきます」

 パースはそう媚びて、ダントンの肩をたたいた。それを邪魔だと肩を動かして振り払い、ふんわりとホットケーキが焼きあがる様子を眺める。

 おいしそう〜と高い声で言うご機嫌なパースはまるで子供のようで、自分よりはるか年上だなんてダントンには信じることができなかった。

「お前さ、食って寝て食って寝てくりかえしてるけど、運送の仕事はいいのかよ」

 家に引きこもりがちな子供を心配する親になった気分だった。パースがこの島に住み着いてからやっていることと言えば、ルチアのあとについて回るだけだ。かつて働いていた都市に行く様子もない。

「土の手紙で辞めるって連絡入れましたよ」

「はあ?」

 思いがけない言葉に、パースの方を見る。視線が合った彼はいつもの胡散臭い笑顔になった。

「ボクは君の成人の儀式をするために、あの仕事をしてました。儀式が終わればお役御免ですよ」

 ひょうひょうと言ってのけた。ダントンは呆れながら、フライパンからホットケーキを皿に移す。種を広げ、4枚目を焼き始めた。

「仕事ってそんなあっさりやめるもんじゃねぇだろ」

「いいんですよ〜。ボクの変わりはごまんといますし、ボクの仕事もごまんとあるんですからね」

 その言葉を聞き、ダントンはかつて自分がした仕事を思い出す。1年ほどバーに在籍していたが、ジュナチの両親が冒険に出掛け、島にジュナチ1人でいさせるのが心配だと言われて、あっさりと辞めた。自分が退職を願い出たとき、店長は慣れたように了承したのを思い出した。

「…そんなもんか」

 パースの言葉に納得して、フライパンを眺める。滞りなく焼きあがりそうだ。

「それに、この島って離れがたいんですよ。勝手にご飯出てくるし」

 その言葉にカッとしたダントンは叫ぶ。

「勝手じゃねぇ! 少しは動け! あいつらに昼飯できたって言ってこい!」

 本当は魔法を使えば、外にいるジュナチにもルチアにも言葉は伝えられるのだが、当てつけるように命令した。パースもそれを知っていながらも、

「はいはーい、わかりました」

 といって姿を消した。怒鳴る彼をうっすらと笑いながら。

「くそ…」

 自分の気の短さを自覚したダントンは、声を荒げたことを恥ずかしく思って、舌打ちしそうになるのをこらえた。悔しそうな表情をしながら、火の加減を見ると、

「…ん?」

 パサッとダイニングにある机に、土の手紙がどこからともなく現れた音が聞こえた。この島には、限られた人からの手紙しか届かない。ダントンは一度火を止めて、手紙を確認する。

「…エクス国王」

 初めて届いた差出人の名前に驚き、つい声に出した。

 

 

 4人は額を突き合わせ、机の上に広げた手紙を穴が開くほど見つめていた。

『ゴールド狩り用の魔法道具の補充を頼む。以下道具5種を来週までに一式用意してくれよ。よろしく!』

 手紙の続きには魔法道具が羅列されている。人を捕らえるため、または攻撃するための物ばかりだ。くだけた口調で書かれたそれは、まるでお使いでも頼むような文章だった。

「ど、道具を補充するってことは、ゴールドリップの討伐が始まるってことでしょ。わ、わたし見つかったの…?」

 ルチアは不安からキョロキョロと目が泳いだ。ゴールド狩りとは、国家専属の騎士たちが、国内に身を潜んでいるゴールドリップを探し出し、処分をすることを指していた。

「お前を見つけたなら、わざわざここに手紙を送らないだろ。なんにも言わずに上陸して、お前を捕まえるはずだ」

 ダントンが強く否定すると、ルチアは少し安心したように息をついた。

「ルチアのことが、外に漏れるわけがないよ」

 ジュナチも、自信たっぷりに言う。なぜなら、彼女はこの島に住みだしてからこの3人以外に会っていない。出かける場所はサイダルカの私有地である島だけで、部外者は絶対に入れない場所だった。

「…誤情報があったのかな。誰かがゴールドリップって勘違いされて、捕まえようとしてるのかも」

 ぽつりとジュナチは呟いた。

 ゴールドリップを追いかける国王に、ジュナチは疑問を覚える。かつて、ゴールドリップであるミジュリスに仕えていたパースなら、何か知っているかもしれない。そう思い、彼女は彼を見つめる。

「なんで王様はゴールドリップを、ずっと追い続けてると思う?」

 腕を組んでパースはだんまりしたままだった。首を傾げる。知らないからそうしたのか、知っているのに知らないふりをしているのか、彼の心は読めない。

「あんたの考えを話して」

 ルチアが横から命令するように言えば、パースは口を開いた。

「ここからは踏み込んだ話になるけど、いいんですか? 前は聞かないっておっしゃってたじゃないですか」

 以前、パースは忠告をしていた。初代女王陛下ミジュリスの存在は、悪とされている。だが、その歴史は湾曲されているとパースは知っていた。この真実を深く知ることは、ゴールドリップであるルチアだけでなく、ジュナチもダントンも国王に命を狙われる可能性がある。

 その話を聞いたとき、ジュナチは怖気づき、ルチアも彼女のために話題に出すことはやめていた。けれども、

「今が聞くべきタイミングだと思う。国王がゴールド狩りを始めるなら、何かが動き出したんだよ」

 ジュナチが強く言えば、ルチアも横で深く頷いた。

「教えて、パースさん」

 ジュナチのまっすぐな瞳を避けるように、パースは目を伏せて一度黙った。

「お願い」

 ルチアにも強く頼まれ、しぶしぶといった感じに口を開いた。

「…200年前に起きた『反乱騎士戦争』で、ミジュリス陛下は『無知強欲の女王』という蔑称で呼ばれるようになってしまいました。この理由は、学校で詳しい話を聞いてますよね?」

「陛下が一部の国王騎士たちと一緒になって、国王と対立したんだよね。かなり無謀な状況だったから、そんなあだ名がついたって習ったよ」

 教科書をそのまま暗記していたジュナチは言う。

「そう、だったかしら…?」

 ルチアは学校の途中でゴールドリップとして生きることになったせいで、きちんと教育を受けていなかった。歴史をきちんと理解していない。

「知らねぇ」

 ダントンは小さい頃に記憶がなく、あっさりとそう言ってのけた。パースはジュナチ以外は教育が必要だと思いながら、話を続ける。

「それじゃ、ミジュリス陛下は自分の夫である国王と戦い、戦死したって覚えてください。その戦争はどんなものだったかというと…」

 パースは自分の記憶を思い返しながら、ゆっくりと当時自分が見たものを話しだした。

 

 

 国王は、ミジュリスの強力な魔法力に嫉妬していた。最初はその気持ちを隠していたが、だんだんと態度に出し、最終的には「お前の力は悪だ、この国を破滅に導く」と主張し始めた。国王に同調する人間が城内には多かったせいで、ミジュリスは幽閉されそうになった。彼女は味方の騎士や護衛であるパースとともに城から逃げ、そこから『反乱騎士戦争』が始まった。

 王宮から遠く離れた北の別邸に逃げ込み、魔法を使って強力な砦にした。だけど、国王側にも強力な魔法が使える味方がいたため、砦は崩された。そして、ミジュリスは最期を迎えた。

 

 

 一通り話して、パースはため息をついてから、

「…ボクは彼女の死体を確認することはできませんでしたが、あのとき、確実に彼女は亡くなりました」

 遠くを見る。昔を思い出しているのか、悲しみから暗い気持ちになっているようにも見える。

「そんな戦争があったから、現国王もミジュリス陛下であるゴールドリップの魂を追い続けているんでしょう。彼女を確実に始末したい、といったところでしょうか」

 パースが話し終わると、しばし沈黙があった。ルチアはぽつりと疑問をつぶやく。

「国王は、ゴールドリップが生まれ変わるって知ってるのね。どうしてかしら…?」

 ゴールドリップは、その魂の持ち主がこと切れた瞬間、別のマホウビトへとランダムに移動していく。その事実を、ゴールドリップ本人であるルチアはずっと隠して、信頼できる今この場にいる3人にだけ打ち明けていた。そんな貴重な情報を、国王はどうやってつかんだのだろう。

「そういえば、もしルチアが魔法を使ったらゴールドリップだって気づかれて、国王の追手がやってくるんだよね?」

「ええ、そうよ…」

 ジュナチがルチアに確認をし、彼女はうなずいた。過去の記憶を持つルチアは、ゴールド狩りが始まるのは「ゴールドリップが魔法を使ったタイミング」であることを知っていた。なので、国王の追手から隠れるために魔法を使わないようにしていた。

 ジュナチは情報を整理しようと、一度黙った。

(国王は、ルチアも知らないゴールドリップの情報を持ってる…?)

 その情報はどんなものか想像する。なぜ魂は引き継がれているのか、なぜゴールドリップの魔法を感知できるのか、なぜ彼女は存在するのか。理解できていない疑問が、ぽんぽんとジュナチの頭の中に浮かんでいく。

「………、」

 彼女が首をひねる中、パースはミジュリス陛下の記憶を手繰り寄せていた。今まで、寂しさから必死に忘れようとしていたが、ここにきて何か役に立つものがあるのではないか、と思い出そうとしている。

(…彼女と晩年、どんな会話をしたかな?)

 最も気分が悪くなる記憶にもぐっていく。

「???、」

 4人とも黙っている中で、ジュナチが最初に沈黙を破った。

「…ミジュリス陛下ついて、くわしく調べてみる? 歴史を湾曲したとしても、隠しきれない何かが出てくるかも」

 ジュナチの言葉にルチアはすぐに反応した。期待を込めた瞳で彼女を見つめると、ジュナチはその視線を受け止めて話をつづけた。

「ミジュリス陛下がどうして強力な魔法を持っているのか理由を知れたらいいよね。それにさ、もしかしたら彼女自身が魂や記憶を引き継ぐ魔法をかけたってことはない?」

 彼女の話を聞いて、ルチアはうむと眉間にしわを寄せる。

「そんな魔法、聞いたことないわね…」

「じゃあ、彼女は何か特別なことができるのかも。あるいは誰かにされたのかも」

 ジュナチの推測は何の確証もない、大雑把なものだった。だからこそ、情報収集をしたいと考えた。そして、ジュナチがもっともミジュリスのことで興味があることを、最後にぽつりとつぶやいた。

「唇の色が変わったタイミングとか、知れたらいいけど…」

 ゴールドリップに選ばれた瞬間に、唇は黄金色に輝く。ルチアも今は魔法道具でピンク色になっているが、その下には金色が隠れている。

「そういえば、」

 ミジュリスとの会話を思い返していたパースは、顔を上げて会話に参加する。

「彼女はいつも赤い口紅を引いてましたね」

「ずっと? 金色だったときは見たことないの?」

「たまに…」

 湯あみとかで見ちゃいけない状況だったしなぁとつぶやいて、ルチアはギョッとする。

「変態」

「直視しなかったから、記憶が曖昧なんですよ〜」

 大したことじゃないと考えているパースは淡々と言う。

「ふーん…」

 なぜか自分の裸を見られた気がして、ルチアは少し嫌な気分になった。パースを睨みつける。

 そんな2人を横目に、ジュナチは唇に人差し指を乗せて、考え出す。

(もっとミジュリス陛下の情報が欲しい…)

 この国の歴史に明るい人、といえば宰相のカレバが最初に思い浮かぶ。だが、彼に会えばダントンの話題が出るだろう。最後に会ったときに「ダントンに関わる刑罰を考える」と言われていたこともあり、彼との接触は避けたかった。

(うう、会いたくないな)

 怖気づいて、ほかの案を考え始めた。

(人に会う方法以外で…)

 ハッとすぐに、歴史を調べることに適した場所を思い出す。

「国立図書館に行ってみようか。あそこなら、書物がなんでも揃ってるもん」

「わたしは行ったことがないけど…ミジュリス陛下の本ってあるの?」

 ルチアが聞けば、ジュナチは自信満々に返事をする。

「歴史書に彼女のことは書かれているよ。王族が亡くなるほど大きな戦争だもん。たとえウソの情報が載ってても、何かヒントがあるかも」

 ジュナチはかつて家族と国会図書館に通い、ゴールドリップの文献を読み漁っていた。そして同時に、家族が本から魔法道具発明のヒントを見つけた姿も思い出した。自分も真似をしていたが、同じようにはいかず、不貞腐れていつの間にか遠のいていた場所だった。

「明日とか、さっそく行ってみる?」

 こうして図書館に行くことで話がまとまりそうになったとき、

「…それなら、ボクは別行動をしてもいいでしょうか?」

 突然のパースの提案に、3人は驚きながら彼を見た。ジュナチの顔には「なんで?」という言葉が浮かびそうなほど、目を見開いていた。ルチアとダントンはじっと睨んでいた。彼が何を言い出すのか警戒していた。

「ひとつ、気になることがあるんですよ」

 パースは隠すほどのことではないと思い、ミジュリスとした会話について正直に話す。

「…陛下は、いつも日記を書いていました。でも城から逃げるときには持ってなかったんです。たぶん、城の中に隠したんじゃないかなって思ってます」

 パースは、彼女が自分の机に優しく触れたのを見ていた。いつもは日記を書き出す時間なのに、その日はしていなかったのだ。

 

 

 部屋の端に待機しているパースは、机を見つめたままのミジュリスに聞いた。

「書かないのか?」

「どこかに行ってしまったな」

 パースのほうを振り向いた彼女の声はどこか弾んで、困っているようには見えなかった。大きな宝石のイヤリングについた金のタッセルが、ゆらりと揺れる。

「日記をなくしたってことか? あれ、大切なもんだろ。探すか?」

「いいんだ」

「…なんで笑ってるんだ?」

 妙な胸騒ぎがしたパースが首をかしげて聞けば、彼女は薄く笑って、

「楽しみだからさ」

 と言った。その目は本気で喜びにあふれているようにきらめいていた。

 

 

 その会話をした次の日に国王が騒ぎ出し、地獄のような戦闘に突入したため、記憶に蓋をしていた。

(何を書いていたんだろう…)

 思わせぶりな彼女の言葉のおかげで、パースは彼女の日記が読みたくて仕方なくなっていた。

「日記には、陛下の秘密が書かれているかもしれません」

 その言葉を聞いた瞬間、ルチアの大きな目が揺れた。ミジュリスの秘密、つまり「ゴールドリップの秘密」がわかる。それは吉報なのに心が揺さぶられた。ルチア自身か、自分の中にいる誰かの魂か、それともすべてのゴールドリップたちの魂がそうしたのかは、わからなかった。

「日記が入っていたのは、陛下の部屋にある机の中でした」

 パースはミジュリスの部屋を思い出していた。一枚板で作られた、豪華な装飾がされている大きくて重厚な机があった。

「彼女の遺品はすべて宝物殿に入っています、なので机もそこにあるんじゃないかなって思ってます」

「宝物殿って、白い建物の…?」

 ルチアが頭の中に浮かんだ建物を伝えると、パースは一度大きく目を見開いてから頷いた。

「陛下の記憶で見えましたか? そうですよ」

「警備がいつもいるでしょ。危ないんじゃ…」

 不安げにルチアが聞くと、パースはいつもの笑顔のまま返事をする。

「かもしれません、行きますけどね」

「そんな…」

 言い切る彼をルチアが止めようとしても、表情を何も変えずに口角を上げていた。

「い、」

「行くなとは言わないでください。彼女の魂を助けるヒントがある気がするんですよ」

 パースは子供に言い聞かせるような口調でルチアをなだめる。

「………、」

 ルチアは気付いた。パースの目は、自分の中にいるミジュリスを見ていると。彼と彼女の絆はとても深く、自分には入り込めないのだと。

「失敗したら…」

 その先は口にしてはいけない気がして、ルチアは話の途中で黙った。ダントンはその会話に割って入り、

「失敗前提で動くなんてナシだ」

 そう言ってジュナチを見た。成功率を上げる方法は、彼女にあると確信していた。

「ゴールド狩りの道具を納品するなら、城に行くことになる。ついでに、国王の謁見を取りつけよう。そしたら宝物殿の探索する時間が増えるだろ」

 ダントンは、自分の提案はジュナチに危険が少ないと確信しているため、ハキハキと話した。

「謁見するためには、新しい魔法道具を持っていけばいい。つまり、ジュナチがなんかしら発明しろよ」

 ニヤリとダントンが笑えば、それにジュナチはさあっと顔を青くさせる。彼女の表情に気づいていないルチアとパースは、おお!と喜びの声を上げた。

 

 

 

つづく…

 

 

 

閲覧いただき、ありがとうございました。

次回は4月7日(来月の第1金曜日)の夜に更新します。

どうぞよろしくお願いします。

説明
ファンタジー小説シリーズ「魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ」
【最強魔女?ネガティブ発明家?冒険】

1話はこちらから→https://www.tinami.com/view/1092930

挿絵:ぽなQ氏 (https://twitter.com/Monya_PonaQ )
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