ガールズ&パンツァー〜三者三様の生き方〜 7
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〜戦力強化:パート2〜

 

 

 

「あーれー!」

 

流石はここら辺を根城にしている不良達。

薄暗く入り組んでいる通路だというのに、目の前を行く彼女達の動きにまるで迷いがない。

 

「いやぁ、小柄とはいえ人1人抱えてるってのに早いなぁ」

 

「そんな呑気なこと言ってる場合か!」

 

「こんな入り組んだところで見失ってしまったら、私達では捜索は困難です!」

 

「西泉さんもしっかり追いかけてよぉ!」

 

「はいはい、わかってるって」

 

確かにこの通路を初めて通る俺達では、案内役がいなければ簡単に迷ってしまうだろう……そう、案内役がいなければ。

 

「(つかず離れず、見失わない程度の距離感……うん、ペースはこのままでいいな)」

 

皆が必死に追いかける中、俺は少し後ろについてちょっとしたジョギング気分で走っていた。

原作通りの道順なのか、それとも実際にはもっと複雑な道順なのかは俺も初めてここに来るからわからないし、柊ちゃんだってそれは同じだろう。

ならせっかく目的地に案内してくれるんだ、このまま同行させてもらうのが一番確実だ。

多分、柊ちゃんも俺と同じ考えのはず……。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……げほっ、ごほっ!」

 

隣を見てみたら、息を切らして辛そうにしている柊ちゃんがいた。

 

「……柊ちゃん、大丈夫?」

 

「だ、大、丈夫っ……じゃ、ない、かも……!」

 

「うーん、とりあえず戦車道の勉強もいいけど、柊ちゃんはもう少し体力も付けような?」

 

「は、はいぃ……!」

 

普段基礎トレーニングも欠かしてないはずなのに、思ったより体力のない柊ちゃんだった。

比較的体力がなさそうに思ってた沙織ちゃんですら、まだついて行けているというのに。

 

「(今の所、前の不良達を見失う心配はないだろうし手助けはいらないか)」

 

これもトレーニングと思って、柊ちゃんには良い汗をかいてもらうとしよう。

それからいくつもの角を曲がり、なるべく上を見ないように梯子を上り、また駆け出す。

そしてしばらく走った後、不良達は見覚えのあるすべり棒に掴まり降りていった。

普通の女子高生なら初めてだと尻込みしそうなものの、一番前を走っていた麻子ちゃんは一切の迷いなく飛び乗って不良達の後を追った。

 

「(戦車道なんてやってるからか、皆度胸はあるんだなぁ)」

 

麻子ちゃんに続き、次々と降りていく皆に感心しながら最後尾に俺も続く。

しかし度胸はあっても、やはりこういうのには慣れていないらしい。

どんどん皆の滑るスピードが加速していき、もはや滑ってるのか落ちてるのかわからないくらいになっている。

ちなみに俺のすぐ下には、上手い具合にスピードを調整して降りている優花里ちゃんがいる。

 

「(優花里ちゃん、すべり棒を使ったことあるのか? なんか妙に手馴れてる感じだけど)」

 

優花里ちゃんの運動神経の良さは知っていたけど、それだけでここまで上手くすべり棒を使えるものだろうか。

まぁ、俺も初めてで普通に降りれてるけど。

一応知識としては知ってたし、持ち前の運動神経でどうとでもカバー出来る範疇だ。

麻子ちゃんも悪くはないのだろうが、中間の柊ちゃんと沙織ちゃんに押される形で加速が止められないらしく、俺達からどんどん離れていく。

華さんは何とか加速を落とすのに必死になっているらしく、俺達との距離にそこまで差はないが。

 

「西泉殿! 少しだけスピードを落とします!」

 

「あいよ!」

 

優花里ちゃんは真下にいる華さんとの距離を見て、俺に声をかけながらスピードを調整し降りている。

やっぱり上手い。

色々サバイバル技能も豊富そうだし、それがここでも活きてるのかもしれない。

 

そしてずいぶんと長く感じたすべり棒だが、それもついに終わりが来た。

薄暗さに慣れた俺の目には、下の方にマット代わりなのかいくつも積み重なったダンボールが見えた。

そこに先に滑っていった皆が次々落ちていく。

そんな中、俺と優花里ちゃんは滑る速度を更に落としつつ、棒が無くなる直前に壁に横伝いに設置されているパイプに手をかけて、そのままの勢いでクルッと宙返り。

空中で態勢を整えつつ、丁度優花里ちゃんの隣に着地した。

 

「よっと……おぉ! お見事です、西泉殿!」

 

「秋山ちゃんこそ、中々やるね」

 

俺達が互いに称え合っていると、他の皆がダンボールの山から這い出てくる。

よほど怖かったのか、沙織ちゃんは少し涙目だった。

 

「……行き止まり、ですか?」

 

「いったいどこに消えたのよぉ」

 

辺りを見渡すと、まるで洞窟の中のような岩壁になっている。

軽く触ってみると本物の岩のように固くはなく、何か別の素材で岩壁のように見せているだけのようだ。

 

「船内、しかも船底近くなのに、よくここまで作り上げたもんだ」

 

「ですね。洞窟みたいな内装もあって、まるで奥に海賊のお宝が隠されてそうです。きっと凄い手間暇かけて作り上げたんでしょうね」

 

「だなぁ。1人の創作家としては、趣味のために全力投球する子達にはシンパシー感じちゃうねぇ」

 

「京子も西泉さんも、こんな状況なのにどうしてそんな平然としてられるの!?」

 

「え? いや、別にそういうわけじゃないよ沙織さん。とりあえず先に来たはずの人達がいないってことは、どこかに隠し通路があるんじゃないかな?」

 

「……京子殿の言う通りのようです」

 

「え?」

 

コツコツと、壁をノックするように調べていた優花里ちゃんは、ニヤリと笑い柊ちゃんの言葉に同意した。

優花里ちゃんが見ているのは、一見他の岩壁と変わらない場所。

 

「ここですね」

 

暗さと岩壁で巧妙にカモフラージュしているが、近づいてよく見ればその周囲には四角く小さな淵があるのがわかる。

 

「よし。そんじゃ、行ってみますかね」

 

「え?」

 

「秋山ちゃん、ちょっと退いててくれるか?」

 

「あ、はい!」

 

優花里ちゃんを退かせると、俺はその岩壁を勢いよく蹴りつける。

するとあっさりと岩壁は蹴りぬけ、いや回転してクルクルと回った。

 

「おぉ、忍者屋敷みたいだな。こういう仕掛け、結構好きだわ俺」

 

「私にはその感覚よくわからないけど、男の人ってそういうところありますよね。ていうか、西泉さんワイルド過ぎ」

 

「そうか?」

 

とにかく道は出来たし、俺達は壁の仕掛けを通って奥へ進んでいく。

少し歩いた先には、1つの扉があった。

中からは音楽とともに、陽気な歌声が聞こえてくる。

皆が戸惑っているが、柊ちゃんと俺は気にせずさっさと扉を開けて中に入っていく。

中はさっきまでの散らかった通路とは真逆に、綺麗に整理されているバーのような場所だった。

 

「……ほんと、船底によくこんな場所作ったもんだ」

 

ぽつりと呟きながら店内を見渡すと、目に見える範囲にいるのは全員で5人。

1人は大柄な女性がソファー席で寝そべっていて、1人は銀髪長身の女性がカラオケで歌を歌っている。

カウンター席には2人。

隅の方で静かにグラスを傾けている女性と、頭がちりちりの赤いパーマにしている女性が酒瓶のようなものを手にし、酔っ払っているようにフラフラ体を揺らしている。

そしてそのカウンター向かいには、シェイカーを振るバーテンダー姿の小柄な女性が1人いた。

彼女達こそ原作に出ていたサメさんチーム、お銀、ラム、ムラカミ、フリント、カトラスの5人だ。

 

「……店に入ったら、まず注文しな」

 

入ってきた俺達をジッと睨みつけながら、カトラスは注文を促してきた。

皆はどうしようかと慌ててる。

 

「あ、じゃあ、とりあえず生で」

 

「普通に注文してるし! しかもバーでビール!?」

 

「あと唐揚げ」

 

「まだ言うの!?」

 

俺が普通に注文すると、いい感じに沙織ちゃんのツッコミが入った。

この子、結構ツッコミ気質だな。

 

「……ここをどっかの居酒屋と勘違いしてるんじゃないの? それにうちで出してるのは、一応全部ノンアルコールだから」

 

「そっか、そりゃあ悪い。前に行ったことのあるバーで、普通に出してくれたからつい、な」

 

「西泉さん、物怖じしなさすぎだよ……」

 

「……じゃあ、地上に戻ってそのバーにでも行けば?」

 

俺達のやり取りが気にくわなかったのか、カトラスはムスッと顔を顰めた。

 

「用が済んだら帰る……そど子はどこだ?」

 

周囲を見渡しそど子ちゃんがいないことを知った麻子ちゃんは、前に出てここにいる皆に聞こえるように言った。

 

「そど子ぉ?」

 

気持ち良く歌っていたフリントが、歌を中断して訝しげに見てくる。

麻子ちゃんが、そど子ちゃんの特徴を伝えると。

 

「あのおかっぱなら、あそこで掃除してるよ」

 

ラムがパチンと指を鳴らすと、ひとりでに奥に繋がる扉が開いた。

そこには足かせに重りを付けられ、デッキブラシで掃除しているそど子ちゃんの姿があった。

 

「(あれ、どうやって開いてるんだろうなぁ)」

 

皆がそど子ちゃんを取り返すために言い合っている間、俺はそんなことを考えていた。

いや、そういう場合じゃないのはわかってるんだが。

それでも原作で見た時も、どうやって開けてるんだよと思ったものだ。

まぁ、深く考えることでもないんだろうけど。

 

「行くぞ、西泉さん。用件は済んだ」

 

「ん? おう、わかった」

 

そど子ちゃんを連れて出て来た皆を見て、俺の考えは中断させられる。

俺も皆に倣って動こうとした時。

 

「ちょい待ちぃ」

 

目の前にラム、フリント、ムラカミの3人が立ちはだかって来た。

他の子達よりも背が高く、それでも俺より少し小さいムラカミは、ジッと俺に睨みを利かせてきている。

筋骨隆々といった感じで、喧嘩も強いんだろうなということが何となくわかる。

 

「ただで帰れると思ってんのぉ?」

 

「だいたいお前ら、何しにあたいらの縄張りに入って来たんだよ?」

 

「(さぁ、ここからだぞ柊ちゃん。どうやってこの状況を切り抜ける?)」

 

チラッと柊ちゃんの方を見る。

すると柊ちゃんは1つ頷き、グッと親指を立てて俺を見た。

 

「(っ!? こ、こいつ、やっぱり俺頼みか!?)」

 

予想してたとはいえ「嘘だろ……」と驚愕の顔を向けると、パチンパチンと何度もウィンクをしてくる。

その悪びれもしない態度にイラッと来るけど、俺はデカいため息を吐いて視線を前に戻した。

 

「(最初にどんな策があるかも聞かずに来た俺も悪いか……いや悪くないよな? うん、俺は悪くないはずだ。ったく、仕方ねぇなぁ。後で覚えてろよ)」

 

面倒臭く思いながらもなんと言うか考え、チラッと壁に掛けられている海賊船が描かれた絵を目にする。

 

「……そうだな。君ら風に言うなら、お宝を探しにここまで来たってところか?」

 

『……宝?』

 

俺の言葉に5人がピクリと反応する。

 

「はっ、おもしろいじゃない。あたいらの縄張りからお宝をぶん捕っていこうってかい?」

 

「そのために女連れでこんな所まで来るなんて、ずいぶんと度胸があるみたいだねぇ」

 

「それで? そのお宝って、いったい何のこと?」

 

「まぁ、君らにとっては大したことない物だよ。戦車って言ってわかるか?」

 

「戦車ぁ?」

 

目の前の3人は訝しげに首を傾げる。

チラッと他を見ると、カトラスとお銀も同じ様子だった。

 

「(原作でも不思議だったけど、この戦車道のある世界で戦車を知らない人っているもんなんだな……)」

 

まぁ、何事も人によるということだろう。

興味がなければ、わざわざ関ることも知ろうともしないだろうし。

それでも試合や練習試合が行われる時は街中がフィールドになることもあるから、知名度的には結構大きいはずなんだけど。

そこら辺はガルパン世界の7不思議的なものなのだろう……7つで収まるとは思えないけど。

 

「……あぁ、確か地上のどん亀だっけ?」

 

「どん亀!?」

 

「ゆかりん、どーどー」

 

戦車をどん亀呼ばわりされてムッとした優花里ちゃんを、後ろで柊ちゃんが落ち着かせている。

そっちをフォローする暇があるなら、こっちを手伝ってほしい。

とにかく俺は話を続ける。

 

「そう、そのどん亀だ。地上で調べてみて、ここら辺にその反応があったらしくてな。そいつを回収したら素直に出ていくから、どこかにそれっぽいのがなかったか教えてくれないか?」

 

「ふっ、タダで教えてやるほど、お優しく見えるのかい? あたいらがさ」

 

「でもぉ、勝負に勝ったら教えてあげないこともないよぉ?」

 

「……勝負かぁ」

 

穏便に済ますことは出来ないものかと思っていたが、結局こういう展開になってしまうのか。

思わずため息が漏れてしまう。

 

「よし! じゃあ、まずはあたいから行くよ?」

 

「いや、まだやるなんて言ってないんだけど。なんだかんだで君ら、暇を持て余してたのか?」

 

「……別に、そんなんじゃないよ?」

 

さっと視線を外すフリントに図星かと当たりを付ける。

彼女達が拠点としてるここは学園艦の最下層。

例の戦車やここの飲食物を考えると、どこぞに搬入経路はあるのかもしれない。

それでも普段からここを縄張り扱いして屯して彼女達が、頻繁に地上まで遊びに行ってるとは思えなかった。

 

「……まぁ、何でもいいけど。とりあえず、話は付けといたから後は皆に任せた」

 

「え、西泉さんが何とかしてくれるんじゃないんですか!?」

 

沙織ちゃんが信じられないといった感じで言ってくる。

 

「あのなぁ、俺はあくまでお目付け役で付いて来たつもりなの。それに子供同士の遊びに、大人が出しゃばるのは大人げないだろうが」

 

「……遊びとは言ってくれるじゃないかい」

 

「遊びだろ? 実際、君らにとっても」

 

「……チッ」

 

否定の言葉はなかった。

俺は皆の間を通り抜け後ろに下がり、皆を前に押し出して勝負の成り行きを見守ることにする。

 

「ずいぶんと彼女達の事を信じてるのね」

 

「ん?」

 

コトンとカウンターにアイスコーヒーが置かれる。

カウンター向かいにいるカトラスが、ジッと俺を見てくる。

 

「言っとくけど、勝負するからにはこっちも本気で行くつもりよ?」

 

「そりゃ当然だろ。遊びは全力でやるから楽しいんだ」

 

「……まだ、遊びって言うんだ」

 

元々ジト目気味なカトラスの目が若干鋭くなる。

それだけで怒ってるんだろうとはわかるが、俺は自分の言葉を撤回するつもりはなかった。

 

「俺からすれば暴力や金の絡まない勝負事なんて、遊びとなんら変わりないさ。そもそも勝負する理由が片や情報収集、片や暇つぶしなんだから。まぁ、時間的にあんまり長引かれると困るし、出来れば早目に終わらせてほしいとは思うけどな」

 

「それなら、暴力が入ったら? うちのムラカミ、あの一番大きいのだけど。彼女は結構喧嘩っ早い方だよ?」

 

「あぁ、確かにそう見えるな。まぁ、その時はその時だよ」

 

「……そう」

 

一応顧問で柊ちゃんにも手伝うといった手前、戦車の整備や今日みたいな事に付き添ってはいるけど、元々ここは彼女達の舞台だ。

俺のような脇役は一歩引いた所で観戦してるのが一番いい。

まぁ、流石に怪我しかねない事態になったら、俺も手を出させてもらうけど。

 

「一応自己紹介しておくわ。私はカトラス。生しらす丼のカトラスよ」

 

「(原作でも思ったけど、何だろうなこの子達の変な肩書き)俺は西泉幸夫。彼女達、戦車道の顧問をしてる……まぁ、よろしくな」

 

「えぇ、短い付き合いになるでしょうけど」

 

「……さて、それはどうかね」

 

「?」

 

首を傾げるカトラスに、曖昧に笑いながらも貰ったアイスコーヒーに口をつける。

味は結構おいしかった。

もしかしたら俺が淹れるよりおいしいかもしれない。

 

「なぁ、君の勝負が始まるまで、ちょいとコーヒーの淹れ方について聞いても?」

 

「……やけに食い気味ね」

 

「俺もコーヒーはよく飲むからな。専用のカップだけじゃなく、最近はサイフォンまで買ったんだ。上手く淹れられるなら、それに越したことはないだろ?」

 

「……まぁ、別にいいけど」

 

それからカトラスの勝負が始まるまで、コーヒーの淹れ方について話し合った。

それだけでもここに来た甲斐はあったな。

 

 

 

 

 

「えぇい面倒ね! こうなったら腕っぷしで勝負よ!」

 

フリント、ラム、そしてカトラス。

3人が続々と負けたことに怒りをあらわにするムラカミ。

 

「(というか、まだ今の段階でもちゃんと勝てたんだ)」

 

お題は原作で見知ったものそのままだった。

第三者が大きな関わりを持とうとしなければ、なんだかんだで原作と同じような展開になるものなのかもしれない。

これなら優花里ちゃんや麻子ちゃんなら何とか勝てるかなくらいに思ってたけど、まさか沙織ちゃんまであの手旗信号をあっさり答えてしまうとは。

 

「(この短い間でも、皆ちゃんと成長してるんだなぁ。関心感心……ん?)」

 

そんなことを考えていたら、突然嫌な感じがして顔を少しそらす。

すると俺の目の前をゴウッと風を伴って、太い腕が通り過ぎていった。

見ると、そこには続けて拳を繰り出してくるムラカミの姿が。

 

「……なんで俺?」

 

咄嗟に立ち上がり、ムラカミの拳を避ける。

 

「(え、いや、マジでなんで? ここは柊ちゃんに向かっていくはずだろ?)」

 

原作では手近にいたからか、戦車道の隊長をしていたからか、ムラカミの標的はみほちゃんだった。

だから位置的にも立場的にも、柊ちゃんが狙われると思っていたのだが。

 

「なぁ、ムラカミだっけ? なんで俺に向かってくるわけ? 柊ちゃんの方に行けよ、戦車道の隊長だぞ? 言ってみればうちのボスだよ、ボス」

 

「な、なんてこと言ってるんですか西泉さん!? か弱い女の子に向かって! こういう時のための西泉さんじゃないですか!」

 

「……えぇ」

 

こういう時と言いつつさっきの事といい、自分が出るような場面は全部俺任せにするつもりだったんじゃないのか?

流石に今の柊ちゃんにみほちゃんの真似が出来るとは思えなかったから、元々この暴力沙汰になったら止めるつもりではいたけど。

こうも最初から他人任せにされると、なんだか助ける気が少し薄れてしまう。

そんな俺と柊ちゃんのやり取りを見て更に苛ついたのか、ムラカミの勢いがどんどん増していく。

 

「お前がっ! さっきからっ! 澄ました顔してっ! むかつくからだっ!」

 

「……マジかぁ」

 

そんな理由で攻撃対象にされるとは思わなかった。

ブンブンと力強く振るわれる拳を避けながら、不意打ちで投げられたのか飛んでくる白い帽子を受け止めてソファー席に放りながら、どうしたもんかと考える。

 

「(みほちゃんと同じように対処するか? ……いや、止めとこ。ちょっと店への被害がデカそうだ)」

 

思い返せばカウンター奥に吹っ飛ばした後、衝撃で落ちた店の商品が大分割れてたっぽいし。

おまけにカトラスまで巻き添えにあっていた。

個人的にカトラスはさっきコーヒーの淹れ方について話した仲で、あまり睨まれるようなことはしたくない心境にある。

別方向に投げることも考えたけど、そもそも原作で投げ飛ばしたのが同じ学生のみほちゃんだからまだしも、成人してる俺だとなんか大人げなく見えないだろうか。

 

「んー、どうしたもんかねぇ」

 

「くっそぉ! 余裕かましやがって! いい加減っ! 当たれっ!」

 

「え、やだよ。絶対、痛いやつじゃんそれ。とりあえず落ち着いてさ、暴力以外の方法で勝負付けない?」

 

「こんのぉ! 舐めやがって!」

 

駄目だ、説得が通用しない。

こういう時こそ、柊ちゃんの言葉による能力が活躍するはずなんだけど……。

 

「頑張れ西泉さん! そこだ! いけぇ!」

 

「そこ! 応援してんじゃないっつうの!」

 

自分に攻撃が向いてないからって、柊ちゃんはこっちを応援してきている。

そのせいで妙にやる気になりだしてる俺がいるけど、何とか気力で抑え込む。

ここで流されて手を出すなんて、絶対に後で後味が悪くなるやつだ。

 

「(とりあえず暴力を使わず解決したいところだけど……ろくにいい考えも浮かばないし、もうこのまま相手が疲れるまで避け続けるか)」

 

面倒だけど、俺は持久戦に持ち込むことに決めた。

見た感じさっきから力任せに殴ってるせいで、少し息が上がってるようだし。

多分、そう長くはかからないだろう。

 

「……そこまでよ」

 

「ん?」

 

『お、親分!?』

 

と、そこで待ったをかけたのは、さっきからカウンターの奥に座りこちらの勝負を観戦していた女性。

この学園艦の底に屯する不良達のリーダー、お銀。

 

「ふっ、そこの兄さん。ムラカミが力尽きるまで、避け続けるつもりだっただろ? その気になれば、簡単に鎮圧出来たはず。違うかい?」

 

「……まぁ、そうだなぁ」

 

「なにっ!?」

 

「ムラカミ、止めな。その兄さんが1回も手を出してきてない時点で、手加減されてたのは明白だ。素直に負けを認めなよ」

 

「……くっ」

 

流石にリーダーの言葉に逆らってまで攻撃を続けるほど、猪ではないということか。

俺が素直に頷いたことに苛立ちながらも、お銀の制止に悔しそうに睨みつけてくるだけで、ムラカミはあっさり引き下がった。

 

「で、だ。本来ならここで、最後にあたしが勝負してやるところなんだけど。少しあんたに興味がわいたね。兄さんは顧問、だっけ? 戦車道の? その顧問とメンバーが揃ってこんな船底まで来て、いったい何が目的だい?」

 

「さっきも言ったけど、戦車を探してるんだよ。今戦車道の大会に向けて準備中でな、少しでも使える戦車が欲しいってわけだ。どこかで見なかったか?」

 

「戦車、ねぇ。はて、どんなもんだったっけ。名前は聞いた覚えはあるんだけど……確か陸の船だったかい? 生憎と、とんと覚えがないねぇ」

 

「そんなはずないです! レーダーの反応は、確かにこの辺にあったはずなんですから!」

 

「……うるさい奴だねぇ、知らないって言ってるだろ? それに、そんな陸の乗り物なんかに興味はないね」

 

優花里ちゃんの言葉に、少しだけ苛立たしそうに顔を顰めるお銀。

多分、自分が嘘をついてわざと話さないでいる、そう言われていると思ったんだろう。

 

「別に嘘をついてるとは思ってないさ、本当に知らないんだろう? そもそも戦車自体、見たこともないのかもな。だけどこの子が言ったように、ここら辺にあるらしい反応があったんだよ。何かそれっぽいのを見た覚えはないか? 大きな鉄の塊で、長い砲身がついてる感じなんだけどさ」

 

「……大きな鉄の塊、長い砲身、ねぇ」

 

俺が間に入り落ち着かせるように説明すると、お銀は顎に手を当てて考え込む。

優花里ちゃんと俺が言ったことはほとんど同じだが、言い方次第で相手に与える印象というのは変わってくるものだ。

不良のトップ張ってることもあってこの手のタイプは頭ごなしに否定されたり、悪感情を向けられると容赦なく反発してくる。

逆にこちらが少し下手に出たり、相手に譲歩するような態度を示せばそこまで反発される事はまずない。

もちろん場合に寄るが、今回はなぜか素直に俺の話しを聞いてくれているようだ。

そしてお銀が考え込んでいると、それに合わせて周りのメンバーも一緒に考え始める。

 

「んー……あっ! もしかして!」

 

「ん? ムラカミ、何か思い当たるものでもあるのかい?」

 

「ほら、その奥にある燻製に使てるやつ!」

 

ムラカミが指差すのは、カウンター向かいにある扉。

それを見て一瞬、考えたお銀は。

 

「……あぁ、あれか」

 

そう言って、納得したように頷いた。

その正体を知ってはいるが、知らない振りをして聞く。

 

「あそこに何かあるのか?」

 

「……まぁ、いいか。あんたらの力は十分見せてもらったし、良い暇つぶしにもなったからね。礼と言うほどでもないが見せてやるよ。ついてきな」

 

暇つぶし、そう言いながらチラッと俺を見たお銀。

その口元はニヤリとしていたが、もしかしてさっきの俺の“遊び”や“暇つぶし”発言が気に障っていたのか、それとも本心で言ってるのか。

読心術なんて使えない俺に、彼女の真意は読み取れない。

とにかく見せてはくれるらしく、歩き出したお銀の後ろを皆でついて行く。

それにしても。

 

「(まさかお銀と華さんの勝負が無くなるなんてな。しかも素直に見せてくれるときた)」

 

そのこと自体に不満はないけど、少しだけ複雑な気持ちになってしまった。

 

「(なんだかんだで、原作再現に期待してたのかもな。今更原作なんて関係ないとか思ってたくせに、やっぱり俺もガルパンファンの1人なんだな)」

 

そんなことを思いながら、案内されたカウンター向かい側にある扉の奥。

そこに入ると、中には多くの燻製が作られていた。

 

「……美味そうな香りだな」

 

「うち特製の燻製だからね、香りだけじゃなく味も保証するよ。味見してみる?」

 

「お、いいのか? サンキュー」

 

カトラスが渡してくれたソーセージの燻製を口に運ぶ。

 

「ムグムグ……うん、すっげぇ美味い! 酒が欲しくなるな!」

 

「そう、それはよかった」

 

そんな話しをしている俺達を他所に、他の皆は優花里ちゃんを主体として戦車の状態を確認している。

とはいえ原作でも問題なかったんだ。

それより早い時期に来れたし、整備すればちゃんと動くようになるだろう。

……彼女達が整備させてくれれば、だけど。

 

「あの、これを譲ってもらうことは出来ないでしょうか!」

 

「……それは無理な相談ね。これのおかげで、美味しい燻製が作れてるんだから」

 

早速柊ちゃんが交渉に乗り出していた。

しかしやはりというかなんというか、主にこの戦車を利用しているカトラスは拒否を示した。

そもそも燻製を作れるようにまで色々改造したのだろうし、これまで使って来てそれなりに愛着もあるはず。

これが戦車だとわかったからって、いきなり来た俺達に「はい、どうぞ」と簡単に渡してくれるわけがない。

 

「え、えっと、あの……に、西泉さん……」

 

「ムグムグ……ゴクッ……俺は口を出さないぞ」

 

「えっ!?」

 

咀嚼していたソーセージを飲み込んでそう言うと、驚愕の表情を柊ちゃんは浮かべる。

多分、さっきのように俺に交渉を任せようと思っていたのだろう。

だけど、そうはいかない。

 

「柊ちゃん、俺は最初の自己紹介の時に言ったはずだ。君達のやり方に口を出すつもりはないって。練習もそうだし、試合での作戦もそう。なら誰かがもう使ってる戦車を見つけた時、それを譲ってもらう交渉だって君達がやるべきなんだ……最初に少しだけ口出ししちまったけどさ」

 

思えばあの時も、こうして突っぱねるべきだった。

何処か縋るように俺を見てくる柊ちゃんを出来るだけ見ないようにしつつ、内心自分のスタンスを崩してしまったことに少しだけ後悔していた。

気を付けてはいたつもりだったけど、あの時は柊ちゃんの力で「仕方ないなぁ」と自然と流されてしまったのだろう。

何度目かわからないが改めて思う、本当に厄介な力だ。

 

「あたしが言うのもなんだけど、兄さん案外冷たいんだねぇ。この子達の顧問ってことは、この子達の頭張ってるってことじゃないのかい? さっきから一歩引いた目で見てたのは気付いてたけど、もっと口出ししてもいいんじゃない?」

 

「うちは顧問=ボスじゃないんだよ。さっきも言っただろ? うちのボス、戦車道の隊長はそこの柊ちゃんだって」

 

お銀の言葉にきっぱりとそう言い、いまだに期待しているのかこっちを見続けている柊ちゃんに向けて口を開く。

 

「柊ちゃん、君が交渉するんだ」

 

「で、でも、私じゃ……」

 

「本当に欲しいものがあるなら、それは自分の力で手に入れるしかないんだよ。ただ黙ってたって、他人任せにしてたって、状況はよくならない……君ならわかるだろ?」

 

「……」

 

この中では柊ちゃんくらいにしか伝わらないだろう意味を込めて言い放つと、それを理解したのか柊ちゃんが俯いてしまう。

これまでの事を振り返って考えても、柊ちゃんは俺に頼り過ぎなきらいがある。

どうにも柊ちゃんは、自分に自信が持てないタイプの人間らしい。

だから同郷であり、年上の俺につい頼ろうとしてしまう。

だけどこの場で彼女達相手に交渉するなら、この交渉を成功させるためには、柊ちゃん自身が矢面に立たなければいけない。

 

「……わかり、ました」

 

少しして、柊ちゃんは顔を上げた。

まだ迷いはあるようだが、その目を真っ直ぐここのリーダーであるお銀に向ける。

 

「……お願いです、この戦車を私達に譲ってください」

 

「へぇ、さっきまでこの兄さんに頼り切りだったのに、勇気出してあたしに意見してくるのは褒めてやりたいところだね。だけど悪いけど、さっきカトラスが言ったろ? こいつはうちの燻製を作るために必要なんだ」

 

「それはわかってます。それでも、それでもどうしてもこの戦車が必要なんです!」

 

「わからない奴だねぇ。あんたがどれだけこいつを必要と思っていようが、あたし達に関係「この学園艦を存続させるために!」……なんだって?」

 

柊ちゃんの言葉に、お銀は言葉を止め眉をひそめる。

それはお銀だけでなく、この場にいる俺や柊ちゃん以外も同じだった。

俺としては、ここでネタバレしちゃうのかと少し驚いてしまったけど。

でも確かにこのネタを持ち出せば、彼女達も無視出来る話ではなくなるか。

 

「なぁ、隊長さんよ。あたしの聞き間違いかい? なにやら聞き逃せないことを言われた気がしたけど……今、あんたなんて言ったんだ?」

 

「……この学園艦を存続させるために、この戦車が必要なんです」

 

「え、ちょ、京子? それ、どういうこと?」

 

「学園艦を存続?」

 

「どういうことだ?」

 

「きょ、京子殿、いったい何の話をしているのですか?」

 

初めて聞いただろう4人は柊ちゃんに詰め寄り、お銀は真相を話せと言うようにジッと柊ちゃんを睨んでいる。

そして風紀委員故に噂としてか、元々知っていたのか、そど子ちゃんは少しだけ苦虫をかみつぶしたような顔をして黙っていた。

 

「……言った通りよ。この学園艦の存続が掛かってるの、私達の戦車道の活動には。大会で優勝出来れば学園艦は存続して、優勝出来なければ……この学園艦は廃艦になる」

 

言い辛そうにしながらも、柊ちゃんははっきりとそう口にした。

その言葉に誰もがすぐに口を開くことが出来なかった。

だけどお銀は俺の方に目を向けて来て。

 

「なぁ、兄さん。こいつの言ってること、本当なのかい?」

 

そう聞いてきた。

嘘を言ったらどうなるかわかってるだろうなと、そんな気が籠ったような鋭い目で。

 

「あぁ、本当だ。まだ正式には発表されてないみたいだけど、上の方ではほぼ廃艦になる方向で話は進んでるはずだ。文科省から直々にお達しがあったようだからな」

 

「そ、そんな!」

 

「それでは、私達はこれから……」

 

「……廃艦……いや、そうか。そうさせないために、戦車道の大会で優勝する必要があるんだな。だから生徒会も、それを知った柊さんも躍起になっていた」

 

「その通り」

 

比較的冷静に情報を整理した麻子ちゃんの言葉に俺は頷く。

元々こんな所でバレる予定はなかっただろう柊ちゃんとは違って、俺としては別にいつバレても同じだろうと考えていたからあっさりとしたものだ。

 

「ある程度の実績のない学園艦は統廃合するって文科省が決定したらしい。学園艦を維持するのにも莫大な費用が掛かるみたいだからな、1つ廃艦するだけでもかなりの財源が確保出来るだろうさ。それを他の政策に回したりするのが目的なんだろ。お国のための苦渋の決断ってわけだ。まぁ、それを素直に聞き入れるほど、うちの生徒会は聞き分けがよくないわけ。そこの柊ちゃんもね。だから文科省の役人に条件を出した」

 

「なるほど、それがその戦車道とやらの大会で優勝することってわけだ」

 

ようやく合点がいったらしく、お銀は口の端を少し上げた。

 

「で、それには生徒会も関わってると」

 

「そういうこと。というか生徒会の皆も大会に出場するために、練習に参加してるんだけどな」

 

「……てことは、桃さんも、か」

 

小さく呟くと、お銀はまた顎に手を当てて考え込む。

そう、彼女達のウィークポイントは桃ちゃんにある。

彼女達はかつて、いつかはわからないけど、素行不良で退学させられそうになったことがあるらしい。

それを助けたのが桃ちゃんだとか。

義理堅いお銀やその仲間達は、それ以来桃ちゃんに対して恩を感じている。

だから……。

 

「なぁ、隊長さんよ」

 

「な、なんですか?」

 

「さっき言ってたよな? この燻製機、いや戦車がどうしても必要だって。こいつがあれば、その戦車道の大会とやらで勝てるのかい?」

 

「それは……わかりません。うちは新しく戦車道が出来たばかりですし。練習は続けてますけど、慣れてる人達に比べたらまだまだで。それに戦車道を受講してる生徒自体、少ないですし……」

 

「……そうかい」

 

「で、でも!」

 

「でも?」

 

「負けるつもりで戦う気はありません。やるからには、絶対勝つつもりです。この学園艦には私も思い入れがありますし、ここを廃艦になんてさせたくない。そのためにも、今は少しでも戦力を集めたくて戦車を探してるんです」

 

「確かに数で劣ってて力でも劣ってるときたら、せめて数くらいは揃えたいところだろうねぇ……よし、そう言うことなら話は早い」

 

「え?」

 

「こいつをくれてやってもいい、って言ってるんだよ。それと、あたしも手を貸してやる!」

 

ロングコートを肩に掛け、お銀は不敵な笑みでそう言った。

その他のメンバーに何の相談もしてないようだけど、お銀の言葉が何より優先されるのか誰からも文句は上がらない。

それどころか皆も協力する気になってるらしく、各々が拳を鳴らしたり、腕を回してやる気を表現している。

 

「い、いいんですか!?」

 

「あぁ、学園艦が廃艦になるかもしれないとあっちゃ、大人しくしてろってのが無理ってもんだよ」

 

「それに桃さんも協力してるってことだからね、ここらで少しでも恩は返しておかないと」

 

「桃さん? 河嶋先輩の事? どうしてそこで河嶋先輩が出てくるのよ?」

 

フリントが桃ちゃんの話題を出したところで、沙織ちゃんが疑問に思って口にする。

 

「桃さんはね、あたいらの恩人なんだよ。あたいらが退学になりそうになったところを庇ってくれてね」

 

「ここで飲んだくれてられるのも、桃さんのおかげだからねぇ」

 

「……いや、恩があるってんなら、もう少し態度を改めなさいよあんた達」

 

そど子ちゃんのツッコミが響いたが、彼女達は聞かないふりをしてそっちを見ない。

 

「あ、そうだ。なぁ、隊長さん。さっきの廃艦についてだけど、そっちの子達の反応を見るに、他の子達も知らないってことだね?」

 

「え? あ、はい。知らせて皆を不安にさせたら練習に響くと思って、あえて知らせないようにしてましたから」

 

「だったら、そのことをしっかりと皆に教えてやりな。それがこいつと、あたしらが協力する条件だ」

 

「え、えぇ!? いや、でも、そんなことしたら皆が!」

 

「隠し事ってのは隠そうと思っても、ひょんなことでいつかバレちまうもんだ。むしろ試合中にバレちまった方がよっぽど厄介だろ?」

 

「そ、それは……」

 

柊ちゃんが口籠る。

試合中にバレても問題なかった、そのことを原作で俺達は知っている。

試合に勝てるように自分なりに工夫はする、とはいえなるべく原作寄りにした方が勝率が高いのではないか、そう考えてるだろう柊ちゃんからしたら色々と複雑な心境だろう。

とはいえすでに原作から大分変っている現状、同じように試合中にバレて皆のモチベーションがどうなるかなんて誰にも分からないわけだが。

 

「というかこんな重大な事を仲間に隠してて、あんたは少しも後ろめたいとは思わないのかい?」

 

「ッ!」

 

お銀の言葉に柊ちゃんはたじたじだった。

確かに柊ちゃんの性格からしたら、かなり後ろめたい気持ちはあるだろうな。

 

「……まぁ、確かに不安に思うかもしれないさ。自分達の出した結果次第で、この学園艦の行方が左右されるなんて知らされて落ち着いていられるわけない。だけど、だからこそなんだよ。いいかい、隊長さん。人ってのは背負うものが大きいほど、本当の力を発揮するもんなんだ」

 

「本当の、力?」

 

「今でも勝ちたいとは思ってるんだろうさ。だけど、どこかにまだ甘えがある。だって皆は知らないんだ、この学園艦が廃艦になるかもしれないなんて。負けてもまた次がある、次に勝てればそれでいい、そう心のどこかで思ってるはずだ」

 

「(実際に見たわけじゃないのに、よくわかるもんだなぁ)」

 

俺が来た時に色々焚き付けて、杏ちゃんの後押しもあって、皆もこれまでより一層練習に力を入れ出した。

とは言っても、やっぱり心のどこかでそう思ってそうだとは俺も感じていた。

もちろん普段から見てて、真剣に練習してるのはわかってるけど。

 

「駄目なんだよ、そんなんじゃ。今回の大会で優勝するためには、皆がそれぞれ心に持つ必要があるんだ。“勝てたらいい”じゃなく、“絶対に勝つ”っていう強い意志を、渇望をね」

 

「……」

 

「本気で勝ちたいなら、甘えを捨てさせな。本気で優勝をかっさらいたいなら、自分達がどれだけの大きな責任を背負ってるのか気付かせてやりな。それが皆の背中を後押しするだろうさ……本当ならその役目は、顧問の兄さんの仕事だと思うんだけどねぇ?」

 

「さっきも言ったけど、俺は口を出すつもりはないよ。顧問なんて名乗っちゃいるが、やってることなんて危ないことしてないか見張ってるだけで、戦車道の指導もしてないし。所謂お飾り顧問ってやつだよ」

 

むしろ戦車をいじってる時間の方が多くて、自動車部の顧問みたいな扱いを学園では受けてる気がする。

実際の自動車部の顧問は整備の知識もろくに知らない人らしく、俺と同じようなお飾り顧問のようで、あまり部活に顔も出してないみたいだし。

 

「そもそも俺は途中から入ってきた人間だ。生徒会の皆も、事情を知ってる柊ちゃんも言わないときたら、来て間もない俺が勝手に話していい内容でもないだろ。何様だって話だよ」

 

「いや、顧問様だろ? お飾りでも、顧問は顧問だと思うんだけどねぇ……まぁ、ってことなら、やっぱりこれは隊長のあんたの仕事だ。あんたが隊長ってことは生徒会が、桃さんが認めたってことなんだろ? どういう理由でそうなったのかは知らないけど、自分が少しでも隊長だって自覚があるならもっとしゃんとしな! こんなお飾り気取って放任してる顧問の背中に隠れてたって、なにも良いことなんてないよ?」

 

「……は、はい」

 

堂々としたお銀の言葉に気圧されながらも、柊ちゃんは自信なさげに、だけどしっかりと頷いてみせた。

 

「……いや、だから、責任云々言ったり、生徒会を立てたりする気があるなら、もう少し真面目に学生やりなさいっての」

 

そんなそど子ちゃんのツッコミは、虚しくこの狭い空間に木霊するだけだった。

とにもかくにも、こうしてサメさんチームという新たな戦力を加え、試合に向けての練習の日々が始まることとなった。

 

後日、生徒会の皆と話合い、廃艦問題については全校生にではなく、戦車道のメンバーにのみ通達することが決定された。

生徒達を動揺させたくないという思いや、知らせたことで必要以上に戦車道のメンバーに期待をかけ過ぎて、責任に押しつぶされる危険を考えての事らしい。

皆も思春期の女の子達だし、責任や外圧に耐え切れなくなった結果が原作のみほちゃんが転校に至った要因だろうし、これは妥当なところだろう。

そして真実を知らされた戦車道のメンバーは一様にして驚きはしたものの、一層負けられない理由が出来たと、より練習に力を入れるようになったようだ。

心折れることなく邁進していく、ほんと頼もしい子達だ。

 

「……あの海賊旗は取り外します。ただでさえ車体が大きいのに、あんな目印まであったらどこにいるかまるわかりじゃないですか」

 

「そ、そんな!? 旗印はあたし等の魂だよ!?」

 

「皆と同じくチームのマークを戦車に描いてもらうので、それで我慢してください」

 

「すまない、これも大洗が優勝するために必要な事なんだ。辛いだろうが、どうか受け入れてくれ」

 

「うっ、くぅ……!」

 

後日、あのMk.W戦車の上にデカデカと掲げられた海賊旗は、柊ちゃんの隊長権限を持って取り外すことが決定された。

彼女達―――主にお銀だけだが―――はどうしても付けたそうにしていたが、柊ちゃんだけでなく桃ちゃんにまで頼み込まれては強く反発できないらしく、口惜しそうに決定を受け入れていた。

まぁ、残当である。

 

-2ページ-

(あとがき)

・西泉幸夫の顧問としてのスタンスについて。

顧問ではあるが自身はどこまで行っても第三者、傍観者、なんならガルパンの舞台を間近で見ることが出来る視聴者と思っている。

戦車道の練習はあくまで蝶野教官の仕事、それ以外―――自主練、試合での指揮、戦車探し、戦車を所持してる相手との交渉等―――は当事者であり隊長である柊の仕事。

自身がするのはアドバイスを求められた時に応えられる範囲で応えたり、危険なことをしてないか監督する事。

あとは顧問らしく皆がどこかに行く時の付き添いをしたり、柊に協力すると言った手前、戦車道の勉強の手伝いや練習試合相手の紹介、戦車の整備は率先して行っている。

練習試合相手の紹介や戦車の整備に関しては断られたら素直に引き下がるつもりだったが、意外とあっさり受け入れられたため、日々戦車の整備や練習相手との日程、場所の調整、日本戦車道連盟への諸々の手続き、遅くまで柊の戦車道の勉強に付き合わされたりと色々やってはいる。

おそらく作業量に関しては、どこの顧問よりも多いだろう。

 

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