結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜個別ルート:結城友奈 前編
[全1ページ]

 

 

〜ラブレター事変〜前編

 

 

 

それはある日の夕方。

仕事が終わり、着替えのために大赦のロッカールームに向かう途中の事。

 

「ふんふふーん、ふふーん♪ ……ん? あ、友奈ちゃん。お疲れさん」

 

「あ、お兄さん。お疲れ様です……はぁ」

 

巷で有名になっている歌手、犬吠埼樹が出したファーストアルバムのメロディを鼻歌交じりに歩いていると、女性用のロッカールームから出て来た友奈ちゃんとばったり出くわした。

俺と同じく、丁度仕事終わりで帰る所なのだろうが……。

 

「なんか元気なさそうだけど、何かあったのか?」

 

「……そう見えます?」

 

「まぁ、そんな顔してたらなぁ」

 

今日の友奈ちゃんはどこか困り顔というか、いつもの元気がないように見えた。

いつもなら仕事が終わった後でも、疲れなんて感じさせない笑顔を見せてくれる。

もちろん友奈ちゃんだって疲れて元気がない日もあるだろうけど、こんなふうに溜息までしてたら俺じゃなくても何かあったと思うだろう。

 

「……実は少し困ったことがありまして」

 

「困ったこと?」

 

これは珍しい。

自分で聞いたものの友奈ちゃんの場合、困ったことがあっても基本1人でどうにかしようとするから「別に何もないですよ!」と、無理やり笑顔を作って言ってくるかと思った。

他人を頼りたくないというより、自分の事情で他人に迷惑をかけること、他人を巻き込むことを気にするタイプなのだ。

そんな友奈ちゃんが遠慮気味にでも、困った事があったと素直に口にするとは。

 

「俺でどうにか出来ることなら、相談くらいには乗るけど?」

 

「え?」

 

普段からよく懐いてくれているし、そんな友奈ちゃんを俺としても好ましく思っている。

なんというか銀ちゃんと一緒にいた時と似たような感覚を覚えるのだ。

歳の離れた妹が出来たというか、言い方は悪いが子犬が遊んでほしそうにじゃれついて来てるような、そんな心が温かくなる感覚。

そんな子が困っているのなら、俺としても出来る限り力を貸してあげたくなる。

 

「えっと、その……」

 

しかしここで友奈ちゃんの性分が出てるのか、話すのを少し躊躇してるようだ。

 

「あー、何なら東郷ちゃんとか呼ぶか? 男の俺より、同性の東郷ちゃんとかの方が話しやすいこともあるだろうし」

 

見る限り、今日は東郷ちゃんは一緒じゃないらしい。

だけど仕事の関係で、俺も東郷ちゃんの連絡先は知っているから連絡を取ることは出来る。

 

「あ、い、いえ! 東郷さんはちょっと!」

 

「……東郷ちゃんにも話し難いことなのか?」

 

「話し難いというか、東郷さんだとなんだか必要以上に心配しそうで……うん、そうだよね。それならお兄さんの方がいいのかも」

 

何やら1人で納得したように頷いているが、東郷ちゃんだと必要以上に心配する?

いったいどういう困り事なんだろう。

 

「えっと、実はなんですけど……」

 

どうやら話してくれる気になったらしい。

しかし1番の親友である東郷ちゃんにも、話すのを躊躇するような内容だ。

俺はゴクリと固唾を飲み、慎重に友奈ちゃんの話しに耳を傾ける。

 

「私、ラブレター貰っちゃいまして」

 

「ラブレター?」

 

「はい。今日戻って来てみたら、ロッカーに入ってて」

 

「へぇ、そうだったのか……ん?」

 

ラブレターなんて貰ったことのない俺としては、少しばかり羨ましいことだ。

どんな難しい悩みを聞かされるのかと身構えていて損した、と思ったが話を聞いていて違和感が。

友奈ちゃんは、ラブレターがロッカーに入ってたと言った。

それはつまり……。

 

「……男が女子ロッカールームに侵入したって事か? 困った事っていうか、もろにヤバいやつじゃないか!?」

 

仮にラブレターを入れるためだけとしても、侵入した時点でアウトだ。

ロッカーにはもちろん鍵もかけられるが、鍵自体は簡単な作りでその気になれば開けるのにそこまで苦労はしないだろう。

中には鍵を持ち歩いて無くす心配から、そもそも鍵をかけてない人もいる。

俺もその1人で、多分友奈ちゃんもそうだったのだろう。

で、俺もそうだが貴重品は持ち歩くようにしてるとはいえ、ロッカーの中には着替えやその他諸々が入れてあるのだ。

 

「これは俺じゃなくて、上に掛け合った方がいい問題だな」

 

盗難防止のために鍵の持ち歩きを呼び掛けてもらうのはもちろんだが、この際ロッカールームのセキュリティを強化してもらった方がいいかもしれない。

友奈ちゃんが東郷ちゃんに話したくない理由も納得だ。

女子ロッカールームに男が侵入した時点で問題だけど、今回の場合は友奈ちゃんが関っている。

普段は物腰の柔らかい東郷ちゃんだが、友奈ちゃんが関わるともはや人が変わると言っても過言じゃない反応を見せる。

おまけに真面目な性格で、犯罪行為は当然嫌う東郷ちゃんの事だ。

ラブレターを入れられただけとはいえ、どんな行動に出るかわかったものじゃない。

 

「あ、いえ、違うんです!」

 

「ん? 違うって、何が違うんだ?」

 

「えっと、男の人からじゃなくて、その……お、女の人からで」

 

「……何だって?」

 

一瞬、友奈ちゃんの言ってることの意味が解らなくて聞き返す。

 

「だ、だから、その、ラブレターの相手……女の人、なんです……」

 

「……お、おう、そっか。女の人、からか」

 

確かに、それは困った問題だ。

優しく、誠実で、誰かが悲しんでいたら迷わず手を差し伸べる。

そこに打算なんて含まれてなくて、そんな友奈ちゃんだからこそ周りからも好かれやすい。

だからその中に恋愛感情を持つ人が現れても、なんら不思議ではない。

流石に、相手が同性ということには少し驚いたけど。

 

「ラブレターを貰ったのなんて、中学生の時以来で。実はその時も、女の子からだったんです」

 

「そ、そっかー」

 

同性にモテやすい性質なのだろうか、友奈ちゃんは。

でも男の俺の目から見ても、普通に魅力的な女性だと思うのだけど。

 

「(……あー、多分、東郷ちゃんがガードしてたんだろうなぁ)」

 

友奈ちゃんが気付いているかは知らないが、東郷ちゃんは友奈ちゃんに対して並々ならぬ感情を抱いている。

友達以上恋人未満、何なら本人はもう恋人でもいいとすら思ってるかもしれない。

それほどに東郷ちゃんからの、友奈ちゃんへの距離感は近い。

俺も友奈ちゃんとはよく話したりするけど、その度に鋭い目で睨まれている。

あんな目で睨まれたら、まず大抵の男は話しかけることも出来ないだろう。

 

「(思えば東郷ちゃんっていう前例があるし、やっぱり同性からモテやすいのかな友奈ちゃんって)ちなみに、東郷ちゃんに相談出来ないって言うのは?」

 

「理由はわからないけど、前に私がラブレターを貰ったって言ったら、東郷さんすっごく動揺してて。東郷さんは大切な友達だし、あんまり心配かけたくないんです」

 

「(それ、別の意味で動揺してたんだろうなぁ)」

 

自分が好意を向ける人が、別の誰かに盗られるかもしれないという意味で。

普段から一緒にいると、自分に向けられる好意というのは中々気付かないものなのかもしれない。

 

「えーと、それで? そのラブレターの返答は、どうするつもりなんだ?」

 

「前の時もそうだったんですけど。私、あんまり恋愛とかよくわからなくて、お友達として付き合っていこうって答えたんです。今回もそうしようかと」

 

「……友達として、か」

 

「えっと……私、何か間違った答え方しちゃいましたか?」

 

「あ、いや、別に悪くはないと思うぞ? そういうのも一般的な断り方だとは思うし。ただ、なぁ」

 

「ただ?」

 

「……同性の場合はそれでいいのかもしれないけど。異性、男からラブレターを貰ったり、告白された時だと、そういう答えはちょっと勘違いされそうだと思ってな。いや、無かったら別に気にする必要もないんだけど」

 

「勘違い、ですか?」

 

「あぁ。同じ男の俺が言うのもなんだけど、男ってのは案外諦めが悪いというか、馬鹿な生き物でなぁ。中には「お友達? だったらもっと親しくなっていけば、付き合ってもらえるかも!」なんて思う奴も出てくるかもしれない。実際、俺の高校の時の知り合いがそんな感じだったし」

 

「えぇ!?」

 

三好たちほど親しい関係ではなく、偶然席が隣同士でたまに話す程度の間柄だったけど。

そいつが「前から気になってた子に、ついに告白したんだけどフラれてさぁ。だけど、お友達から始めましょうって言われたんだ!」なんて、フラれたというのにあんまり落胆したようには見えなかった。

きっと内心では、まだ自分にもチャンスがあると期待していたのだろう。

だけど結局その告白した子は、その後少ししてサッカー部だかバスケ部だかの先輩と付き合うことになったそうな。

しかも相手はイケメンだったらしく、「男は結局顔かよ、ちくしょう!」なんて悔し泣きをしていた。

 

「本当に人を好きになると、断られても中々諦めきれないもんだろうし。あ、もしかしたらその中学の時の子も、そう思って友奈ちゃんと接してた可能性もあるのか?」

 

「そ、そんな!」

 

「いや、ただの予想だけどな? それに男心と女心じゃ、若干違うだろうし……」

 

それでも諦めが悪いのなんて、男性でも女性でもそこまで変わらないものだろう。

ただの予想とは言ったけど、友奈ちゃんくらい魅力的なら告白して断られても諦めきれず、心に想いを秘め続けていた可能性は十分ある。

 

「まぁ、ここまで言ったけどさ。友奈ちゃん自身に付き合う気が無いなら、何度告白されたりラブレターを貰っても、同じように対応してればいいだけだと思うぞ? そうすりゃ、相手の方もいつかは諦めてくれるだろ」

 

「……」

 

流石に何度も断られ続けたら、友奈ちゃんにその気がないと気付くはずだ。

 

「(それでも諦めないなら、その気概は買うけど……しつこ過ぎると友奈ちゃんの身近な子達に何か言われて、自然と離れていくことになるだろうしな)」

 

諦めてというよりも、心が折れてかもしれないけど。

特に東郷ちゃんなんか、そういうしつこい相手にはかなりキツイ言い方をしそうだ。

 

「……あのお兄さん、ちょっとお願いがあるんですけど」

 

「ん? なんだ?」

 

友奈ちゃんは何か考え事をしていたらしく少し口を閉ざしていたが、意を決したように口を開いた。

 

「練習に付き合ってもらえませんか? 男の人に告白されても、ちゃんと断れるように」

 

「……なんだって?」

 

 

 

 

 

 

夜、家のベッドの上。

疲れた体を脱力させながら、俺はスマホと睨めっこしていた。

画面はメールの送信画面、相手は友奈ちゃん。

 

「……はぁ、どうしたもんか」

 

仕事終わり、友奈ちゃんと会った時のことを思い出して深いため息を零す。

友奈ちゃん曰く。

 

『私、男の人に告白された経験がなくて、いざっていう時どうしたらいいか困ると思うんです。だから、お兄さんに練習に付き合ってほしくて!』

 

と、いうことらしい。

 

「いざという時の練習、それも告白を断る練習か。てか、そんなもんの練習相手を頼まれることになるなんて」

 

身近な異性で、たまたま相談に乗っていたから丁度良かったのだろうけど。

そもそも俺だってろくに女性と付き合った経験もない、というか告白した経験もされた経験もない、年齢=彼女いない歴な人間だというのに。

そんな我ながら恥ずかしい事実を、思わず友奈ちゃん相手に暴露してしまうと。

 

『それじゃあ、交代でやってみましょう!』

 

『交代で?』

 

『告白する側、される側を私達で交代してやってみるんです。そうすれば私だけじゃなく、お兄さんにとっても練習になるじゃないですか。それに私もちゃんと、告白を断られた人の気持ちも考えないとって思ってたんです』

 

そんなことを言われてしまった。

一瞬「何言ってるの、この子は?」と思ったけど、どうやら本気でお互いにとっていい練習になると思ってるらしい。

それは友奈ちゃんの目を見てわかった。

 

「東郷ちゃんみたいに眼力が凄いってわけじゃないんだけど、友奈ちゃんってほんと真っ直ぐ見つめてくるんだもんなぁ」

 

曇りのない目というか、純粋な目というか。

だからこそ冗談ではなく、真剣だというのが伝わって来るのだ。

友奈ちゃんのあの真剣な目を間近で見せられては、俺には断ることが出来なかった。

 

「……はぁ、生まれて初めてのラブレターが断られる前提か。気乗りしないなぁ」

 

練習とわかっていても、である。

 

「とりあえず、まずは俺からか。さて、なんて送ろうかねぇ」

 

俺と友奈ちゃんとで話し合い、そんな長く続けてもしょうがないということで、告白する役とされる役を3日ずつの計6日間やることになった。

まずは俺が告白する役である。

 

「えーと……」

 

頭の中で内容を考え、ポチポチと画面を操作して文章を打ち込んでいく。

 

 

 

――――――――――

宛先:結城友奈

件名:ラブレター

君のことが好きだ、俺と付き合ってくれ

 

――――――――――

 

 

 

「うーん、流石に短すぎか? ……まぁ、最初だしこんなもんでいいか」

 

ポチっと、送信ボタンを押した。

暫く待つ。

5分、10分、15分……。

ゆっくりと時間が流れていくが、いつまで待っても一向に返信がない。

あの短い内容に返信するにしては、少し時間がかかり過ぎではないだろうか。

 

「まだメール見てないのかな? 今の時間なら、まだ寝てないとは思うけど」

 

今は21時を少し過ぎた所。

友奈ちゃんくらいの年頃なら友達と連絡を取ってたり、漫画を読んでたり、テレビを見てたりで、まだ起きてそうな時間帯だけど。

 

「まぁ、ずっとスマホ持ってるわけじゃないだろうしな」

 

そう納得して横にスマホを置き、グーッと伸びをする。

 

「眠気もいい頃合いだし、少し早いけど寝るか」

 

部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んで目をつむる。

最近はどうにも疲れが出やすくなって、早目に寝ることが多くなった。

おかげで昔から好きだった漫画やアニメも買うだけ買って、録画するだけして、休日くらいしかろくに見ることが出来ない。

ゲームとかになると興味があって買ったものが、もういくつもやらずに積んである状態だ。

 

「ゲームもアニメも漫画も、昔は寝る間も惜しんで楽しんでたもんだけど。これも歳を取ったせいか……」

 

まだ三十路にもなってないというのに、体の状態からもう自分は若くないんだと実感させられて嫌になってくる。

色々と無茶がきいた学生時代が懐かしい、そう思ってしまうのも齢を取った証拠なのだろう。

そんなことを思いながら、夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、友奈の部屋。

夕食を終え、お風呂に入り、少し子供っぽいかなと思いながらも気に入って買った淡い桃色のパジャマを着て、もう寝る準備は万端だ。

いつもならこの寝るまでの時間は気になるテレビ番組を見たり、漫画を読んだり、長々と友達ととりとめもない話をしてたりするのだが、今はただベッドの上で落ち着かない様子でゴロゴロしてるだけ。

なぜこんなことをしているのかと言えば、それは桐生からのメールが来るのを待っているからだ。

 

「……まだかなぁ、お兄さんからのメール」

 

これから桐生から友奈へ向けて、ラブレターが送られてくる。

もちろんただの練習で、本当のラブレターではない。

それはわかっていても、友奈はそわそわして落ち着かなかった。

たまにチラチラとスマホを見てメールが来てないか確認し、来てないとわかると手持無沙汰にベッドの上をゴロゴロしている。

そんなことを何度か続けていると。

 

「あっ! き、来た!」

 

スマホから着信音がなり、急いで確認する。

それは待ちに待った桐生からのメールだった。

 

 

 

――――――――――

送信者:お兄さん

件名:ラブレター

君のことが好きだ、俺と付き合ってくれ

 

――――――――――

 

 

 

そこに書かれていたのは、たった一行だけの短い文章。

確かに告白というのは自分の気持ちを率直に相手に伝えるものではあるが、これは一応ラブレターというていで送られてきたもの。

大抵の人なら自分の想いを少しでも相手に伝えようと、少しでも良い印象を持ってもらおうと、もっと内容を捻って飾り気を出そうとするだろう。

それなのに桐生からのラブレターときたら飾り気など一切ない、あまりにもあっさりとした内容だった。

おそらく恋愛の先輩を自称する犬吠埼風ならば、色々と駄目出しをすること間違いなしだろう。

しかし。

 

「う、うわぁ……練習ってわかってても、ドキドキするよぉ……な、なんて返そう」

 

その率直で飾り気の一切ない文章が、逆に純粋な友奈の心に刺さっていた。

「好きだ」と書かれてるのを見た瞬間から胸が高鳴り、顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

だけどこれは練習、いざ異性からラブレターを貰った時、告白された時の練習なのだ。

そう自分に言い聞かせ、断るための文章を考える。

 

「えっと、今まで通りでも……あ、でもそれじゃあ、練習にならないかな? でも、最初だし、それにもし何か問題があったら、お兄さんに聞けばいいんだもんね」

 

今日を含めて人生で2回貰ったラブレターでの返事を思い出しながら、それをメールに打ち込んでいく。

 

「……よ、よし、出来た。これで……あ、あれ?」

 

文章を打ち終え、いざ送信という所で友奈に異変が起こった。

送信ボタンを押そうとした瞬間、どういうわけか指が動かなくなってしまったのだ。

いや、動かないと言うと語弊はある。

動きはするし、ボタンを押そうと思えば押すことも出来るだろう。

だけどなぜか友奈の中で「この返事を送りたくない」という感情が湧いて来て、ボタンを押すことを躊躇させてしまっていた。

 

「お、おかしいなぁ。なんで、こんな……」

 

どうしてこんな気持ちが湧いて来るのか、それは自分でもよくわからなかった。

だけど返事は返さなければならない。

これは自分から頼んで始まった練習なのだから。

それがわかっていても、中々送信ボタンを押すことが出来なかった。

 

「……も、もう少し、考えた方がいいよね! せっかくの練習なんだし、うん!」

 

そう自分に言い聞かせ、友奈は一度打ち込んだ文章を全て消去した。

 

「……えっと、どうしよう……なんて断ればいいんだろう……」

 

断りの言葉なら、すでに幾つか頭に浮かんではいる。

だけど自分でもよくわからない感情が湧いて来て、打ち込んでは消し、打ち込んでは消しの繰り返しで中々送信することが出来なかった。

そして考えに考えて日付が変わるころ。

結局、最初に考えた内容を改めて打ち直し、再び先ほどと同じ感情に苛まれながらも、なんとか送信ボタンを押した。

送信を確認した友奈はほっと一息つき、ベッドに倒れ込む。

 

「……男の人だからかな、なんだか今までと全然違うや……それになんだろ、この気持ち……なんか、モヤモヤする……」

 

まだ1回目の練習が終わったばかり。

後は2回、そして役割を交代して3回の計5回あることに、ちゃんと練習をやり遂げられるか今から不安になる友奈であった。

 

 

 

 

 

 

翌日、目が覚めてスマホを見ると、友奈ちゃんから返信があるのに気が付いた。

送信されたのは日付が変わるくらいの時間のようだ。

結構夜更かししてるんだな、そう思いながら見たメールの内容はというと……。

 

 

 

――――――――――

 

送信者:結城友奈

件名:Re:ラブレター

こんな私を好きになってくれて、ありがとうございます。

だけど私、恋愛とかよくわからなくて……ごめんなさい、貴方の気持ちに応えることは出来ません。

でも、友達ではだめですか? 

告白を断っておいて勝手だとはわかってます。

だけど私、これからも貴方と仲良くしていきたいんです。

これが私の精一杯の気持ちです。

どうか友達として、これからもよろしくお願いします。

 

――――――――――

 

 

 

「……練習とはいえ、何でもっとちゃんと文章考えなかったんだ。馬鹿、俺の馬鹿!」

 

ただの文字でしかないが、それでもこの内容から友奈ちゃんの相手への真剣な想いが伝わってくる。

最初だからと、無難で短い内容で送った俺とは大違いだ。

 

「……漫画、あとネットもだ。俺の恋愛知識だけじゃ、ちゃんと練習に付き合ってあげられない!」

 

友奈ちゃんが本気で練習を望んでいるのだ、俺がこんなことでどうする。

友奈ちゃんの想いに、俺も真剣に応えよう。

俺は、俺が持ちうる全てを持って友奈ちゃんへ告白、そして後半の告白を断るための文章を作ろうと決めた。

 

 

 

 

 

 

夜、友奈の部屋。

友奈は今、これまで桐生から送られてきたメールを読み返していた。

もう何度も読み返しているが、その度に顔が赤くなる。

自室で誰も見ていないというのに、友奈は赤くなった自分の顔を両手で包み込むように隠しながらベッドの上で悶えていた。

 

「あぅ……何度見てもドキドキするよぉ。お兄さん、日に日にラブレターの内容が情熱的になって来るんだもん」

 

最初はたった1行の文章でしかなかった桐生のラブレターは、2日目、3日目には、1日目とは比べ物にならないくらい、情熱的な愛の言葉が書き綴られていた。

練習とわかっていても、本気で自分のことが好きなのではないかと錯覚してしまうほどに。

友奈としては最初の率直な文章が一番心に刺さったが、それ以外の桐生らしくない飾ったような文章も、桐生なりに言葉を尽くしてくれたのだと思うと自然と心がポカポカする。

 

そして今日からは自分が桐生に向けてラブレターを送る番。

それはすでに先ほど送っていた。

どういう内容にするかは、練習をすると決めてから少しずつ考えてはいたのだ。

だから少し恥ずかしくなりながらも、文字を打ち込む指に迷いはなく、あっという間に打ち終わり送信してしまった。

少し長くなってしまったかと思ったけど、桐生が送って来たラブレターと比べてもそこまで大差はないだろうと納得しておいた。

 

「……ま、まだ、かな?」

 

メールを送信してからどれくらい時間が経っただろうか。

スマホを見てみると、あれからまだ5分も経っていなかった。

 

「……返事を待つのって、思ってたより時間が経つのが遅く感じるなぁ」

 

自分が最初にメールを返信した時のことを思い出す。

色々考えて日付が変わるくらいにようやく送ったことを考えれば、もしかしたらそれくらい時間がかかるかもしれない。

ゆっくり待てばいい。

そう自分に言い聞かせるが、それでも友奈は時々スマホをいじり、桐生から返信が来てないか確認する。

ここ数日ずっと桐生から温かい言葉を送られてきたせいか、どうやら自分で思っていた以上に桐生からのメールを楽しみにしているようだ。

その事を自覚して、少しだけ照れ臭くなりスマホを手放そうとした。

まさにその時。

 

「っ! 来た!?」

 

スマホが鳴り、すぐに確認する。

メールが送信されてきた。

それはさっきからずっと待ちわびていた、桐生からの返信メールだった。

友奈は桐生の名前を見て嬉しくなり、顔をほころばせながらメールを開く。

……これがあくまで練習で、今日から自分がどんな役割になっていたかも忘れて。

 

 

 

――――――――――

 

送信者:お兄さん

件名:Re:ラブレター

告白してくれてありがとう、その気持ちは素直に嬉しいよ。

だけどごめん、俺と君じゃ齢の差もあるし……。

悪いけど、君の気持ちには応えられない。

ごめんな、だけど友奈ちゃんには俺よりもずっといい男が見つかるよ。

友奈ちゃんの素敵な所は、俺もよくわかってるから。

 

――――――――――

 

 

 

「……ぁ」

 

桐生からの返信を見た時、さっきまでの浮かれた気持ちは消えてなくなってしまった。

まるで冷たい水底に落ちてしまったかのように、体が重く息苦しく感じる。

指の力が抜けて、そのままスマホはベッドの上に落ちてしまった。

 

「……そっか、そうだよね。辛いのは、告白を断る側だけじゃないんだ。真剣に、本当に好きになった人にラブレターを書いて、告白して、それで断られたら……辛いよね、悲しいよね」

 

初めて自分で書いたラブレター。

本物のラブレターと違ってメールで、しかも練習とはわかっていても、どんな内容で伝えれば相手の心に届くのか必死に考えた。

心を込めて文字を打ち込んだ。

返信が来るまで気が気じゃなかった。

多分、今までで一番その時が来るのが待ち遠しくて、同時にその時が来てほしくないという矛盾した時間だっただろう。

練習でこれだ。

本当に自分にラブレターを送ってくれた人達は、断られた時いったいどれだけ辛かっただろうか。

どれだけ悲しかっただろうか。

 

「……お兄さんも私の返信を見て、こんな気持ちになったのかな? もしそうなら、悪いことしちゃったな」

 

本気でないにしても真剣に考えて送ってくれただろう桐生の事を思い、申し訳ない気持ちで一杯だった。

友奈の目にジワリと涙が浮かぶ。

申し訳ない気持ちがあるからだけじゃなく、なんだかよくわからないモヤモヤとした気持ちが自分の中で渦巻いている。

返信を見てからずっと、胸が締め付けられるように苦しい。

始めて書いたラブレターだからか、送る相手が自分が昔から憧れていた人だからか。

 

「……お兄さん」

 

さっきからずっと桐生の顔が脳裏に浮かんで離れない。

 

「……もう寝よう」

 

部屋の明かりを消し、ベッドに横になる。

胸を締め付ける苦しみは、目から零れる涙は、眠りにつくまで収まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「え、ゆーゆの様子がおかしい?」

 

「そうなの、少し前から変だとは思ってたけど。なんというか……そう、まるで「我が世の春が来た!」って感じの幸せそうな、むしろ私が幸せな気持ちになる素敵な顔を見せてくれてたの。でも昨日や今日なんて、まるで「世界が終わっちゃう!」って感じの絶望的な顔をしていたわ」

 

「どんな例えよ。世界規模とか、流石に盛り過ぎでしょ……」

 

「実際に世界が終わりそうな時に、間近で友奈ちゃんを見てたのよ!? その時に近い顔をしてたんだもの、わからないはずないでしょ!?」

 

「そ、そう」

 

東郷のテンションに若干引いてしまう夏凛。

ここにいるのは園子、東郷、そして夏凛の3人。

先程、もう暫くしたら始まる何度目かの本土任務のための会議が行われ、その後東郷から相談があると言われて集まったのだ。

本当なら東郷としては風や樹といった、元祖勇者部を総動員したいところだったが、風は研究所で缶詰、樹は今度歌番組に出演するということで更に練習に力を入れている真っ最中。

流石にそれは邪魔出来ないと、泣く泣く諦めることとなった。

園子達ももちろん忙しくないわけではないが、他の2人よりも距離的に話しやすい場所にいる。

だから思い切って相談することにしたのだ。

 

ちなみに友奈も会議には参加したのだが、それが終わったらそのまま真っ直ぐ帰っていった。

その友奈の様子に園子や夏凜も、少しおかしいとは思ってはいたのだ。

どこか疲れたような、いつもの元気がない俯き気味な友奈。

歩く姿はフラフラと力なく、今にも倒れそうで心配になってしまった。

かつて天の神から祟りを受けて苦しんでいた時でさえ、皆に心配をかけまいと普段通りに振舞っていたのに。

今の友奈には、そんな取り繕う余裕すらないように感じられた。

 

「これは由々しき事態よ、早急に何とかしなければ!」

 

「うーん、そうねぇ……というか東郷、なにか心当たりとかないの? 私達よりあんたの方が、友奈の近くにいること多かったでしょ?」

 

「ヒントは欲しいよね〜。全くのノーヒントだと、流石にどう元気付ければいいかわからないもん」

 

「心当たり……5日くらい前から、かしらね。友奈ちゃんの様子が変わったのは。その頃から、なんだかスマホを持ってそわそわしてたわ」

 

口元に指を当てながら思い返すと、友奈の様子がおかしくなったのはその頃からだったと東郷は思い出す。

 

「スマホ? 誰かからか連絡を待ってたのかしら」

 

「そうかもしれないわ。友奈ちゃんに聞いても何でもないと言って、慌ててスマホを隠して。何かおかしいとは思っていたのだけど……」

 

それが何か辛いこと、悲しいことを隠す様子なら、東郷は無理にでも聞き出して問題を解決しようと動いていただろう。

だけど5日くらい前から、友奈の表情はそれとは反対で嬉しそうな、でも少し残念そうな初めて見るよくわからない表情をしていた。

そのことで東郷自身も戸惑って、行動を見送らせてしまったのだ。

 

「……ゆーゆがスマホを持ってそわそわ……嬉しそう? ……誰かからの連絡を待って? ……それって、もしかして」

 

「そのっち、なにかわかったの!?」

 

「あー、えーとー……別に確信があるわけじゃなくて、ただの勘なんだけど〜」

 

「園子の勘は樹の占い並みに適格というか、かなり無視出来ないレベルなのよねぇ。いいから、まずは言ってみなさいよ」

 

「……うーん(これが当たってたら、私としてもちょっと残念だけど……でも、それでゆーゆが幸せになるなら)」

 

園子は勘とは言ったが、何となく察してはいた。

友奈が連絡を貰って嬉しい相手、しかもそわそわしながらという恋愛小説ではありがちな仕草をしながらという。

園子にはそんな相手は1人しか思い浮かばなかった。

 

「多分だけど、桐生さんと連絡を取り合ってたんじゃないかな〜?」

 

「桐生、さんと?」

 

「なんであの人と連絡を取り合ってるのよ? まぁ、昔からの知り合いで仲が良い、っていうか友奈が一方的に憧れてる相手ってのは知ってるけど」

 

「やり取りの内容はわからないけどね。だけどきっとゆーゆにとってすっごく嬉しい事、それも幸せな気持ちになれるような内容っていうと……」

 

「ま、まさか!?」

 

「……え、嘘でしょ? マジで!?」

 

園子の話しぶりから、何が言いたいか察した2人。

夏凜はそういう話題に慣れてないのかカァッと頬を赤らめて、東郷はまるで漫画みたいに白目をむいた状態で固まってしまった。

 

「ただの予想だけどね〜。でも、もしかしたらゆーゆ、私達より一足早く大人の階段を昇っちゃったのかもしれないね〜」

 

「大人の、階段を……!?」

 

内心「あーあ、ゆーゆに負けちゃったか〜」という残念な気持ちを隠しながら、普段通りのほほんとした表情で園子が言った。

東郷がまさに世界の終わりだと言わんばかりの、絶望的な表情を浮かべているのを横目で見ながら。

ただ。

 

「(それが本当なら、じゃあどうしてあんなに落ち込んだ顔してたんだろう?)」

 

その事が気がかりだった。

園子の予想通りだとすれば、そんな表情を浮かべる要素などないはずだ。

 

「……っ!」

 

「あれ、東郷?」

 

「わっしー?」

 

その時、唐突に東郷は意を決したように立ち上がり、勇者に変身した時を彷彿とさせる素早さで部屋を出て行ってしまった。

 

「あいつ、いったいどこ行ったのよ?」

 

「さぁ……でも、この状況だとゆーゆか桐生さんの所くらいしか思いつかないけど」

 

思い立ったら即行動。

東郷の良い所でもあり、悪い所でもある行動力を発揮したのかもしれない。

そして東郷が出て行って数分後。

 

「待たせてごめんなさい!」

 

「あ、帰って来た」

 

「おかえり〜」

 

2人は少し話をして、このまま待ってても仕方ないし帰ろうかと話していた所。

東郷が少し息を荒げながら帰って来た。

 

「全く、いきなり飛び出して。どこに行ってたのよ?」

 

「友奈ちゃんの所よ!」

 

「……あ〜、やっぱりか〜」

 

園子の予想は当たっていたようだ。

 

「2人とも、とりあえずこれを見て」

 

「え、なによ?」

 

「ん〜?」

 

そう言って東郷が差し出してきたのは、いつも東郷が使っているスマホ。

そこにはいくつかのメールが送信されてきているようだ。

 

「友奈ちゃんのスマホから今日までの5日分、送受信されたメールを私の方に転送してきたの……そのっちの言う通り、桐生さんとやり取りをしていたみたい」

 

「よく友奈が見せてくれたわね」

 

「話してる時に隙を見てやったに決まってるじゃない! 直接見せてなんて言っても、今の友奈ちゃんは絶対見せてくれないもの!」

 

「えぇ……」

 

「わっしー、手際いいねぇ〜」

 

園子はかなりオブラートに包んで言った。

東郷のスマホを見る限り、どうやらメールは1件や2件ではなく何件もあるようだ。

それを会話の隙を見て、気付かれないように転送作業をしたという。

小さい頃から武術を習っていて動体視力に優れ、普段から目端の利くあの友奈を目の前にして。

調子が悪かったことを考慮しても、全く気付かれずに出来ることではない。

もはや手際がいいを通り越して怖いレベルだった。

 

「……まぁ、今は東郷の変態的行動力は置いとくとして」

 

「夏凛ちゃん、変態的ってどういうこと?」

 

「置いとくとして! 2人はどんなやり取りしてたのよ」

 

「メールを勝手に見るは気が咎めるけど……少しだけワクワクしちゃうね〜」

 

「そのっち! これは遊びではないのよ!」

 

「わかってるよ〜」

 

「もぅ……それじゃあ、見るわよ」

 

のんびりとした見た目とは裏腹に、決める所はしっかり決める園子。

だから今回もちゃんと真剣であることは疑っていないし、信頼しているからこそ相談しているのだ。

だけどこの昔から変わらない緩さに乗せられ、若干ペースを崩されて東郷は小さく溜息を零す。

気を取り直して、東郷は2人に見せるようにしながらスマホを操作する。

メールのやり取りは日付や時間からして、まず桐生から送られてきたものが発端のようだ。

 

「ッ……こ、これは……!」

 

「お、おぉ」

 

「うーん、直球だね〜」

 

メールのタイトルは、シンプルに“ラブレター”。

そこには友奈へ向けての告白が書かれていた。

飾り気もなく、ただ自分の気持ちをそのまま書いたような短い文章でしかない。

しかしだからこそと言うべきか、その直球な内容は3人を唸らせるものがあった。

そして東郷にショックのあまり、白目をむかせるほどのものもあった。

 

「(まさか桐生さんの方から告白するなんてね〜)」

 

桐生の恋愛対象は同年代、もしくは少し上くらいの女性だ。

情報収集をしてそのことを知っていたからこそ、園子は時間をかけて少しずつ桐生にアプローチをかけ、年下へのストライクゾーンを広げていく努力をしてきた。

そして仮にストライクゾーンが広がったとしても、10歳近く年下の女の子に告白するのは桐生の性格からして難しいだろう。

だから告白するとしても、それは自分か友奈の方からになるだろうと考えていた。

 

「(私のしてきたことに、ちゃんと意味はあったってことかな。だけど私じゃなくて、ゆーゆの方に好意が向いちゃったか……)」

 

そういう可能性も考えていたとはいえ、いざそうなってしまうと少しだけ悲しくなってくる。

それでも以前から決めていた。

もし桐生と友奈が付き合うことになったら、ちゃんと2人を祝福しようと。

 

「あ、でも友奈の返信では断ってるみたい」

 

「……え? あ、ほんとだ(でも、どうしてだろう? ゆーゆって桐生さんの事、好きだと思ってたのに。私の勘違いだったの?)」

 

「ッ! そ、そう! 友奈ちゃん、しっかりと断れたのね!」

 

「……なんでそんな嬉しそうにするか。まぁ、それが東郷よね」

 

「ゆーゆ大好きっ子だからね〜」

 

絶望から歓喜の極端な表情の変化に苦笑い。

そして園子自身も、まだ確定していなかったことに密かに安堵する。

 

「でも、桐生さんも諦めてないみたいね」

 

「……うわぁ〜、最初のメールよりすっごく情熱的になってるね〜。こんなこと言われたらドキドキしそう〜!」

 

「くっ! 桐生秋彦! 一度断られておきながら、なんて諦めの悪い!」

 

「それだけゆーゆが魅力的ってことだよ〜。知ってるでしょ、わっしーだって」

 

「当然よ! そんなこと誰よりも一番、私が知ってるに決まってるじゃない!」

 

「……友奈、また断ってるわね」

 

告白して、断られて、それでも諦めずに再度告白を行う。

メールを見るに、その繰り返しらしい。

3度目のメールでも、同じく友奈は桐生のメールに断りの返信をしていた。

しかし回を重ねるごとに、友奈の断り方に迷いが見えるような気がするのは気のせいだろうか。

まぁ、メールでとはいえ何度も告白されては、流石に友奈も困ってしまうだろう。

3人はそう思っていた。

 

「……流石にこれ以上は見過ごせないわ。何度も断られてるのに、こんなメールを送り続けて友奈ちゃんを困らせるなんて。これは私が直接行って引導を渡すしか!」

 

「落ち着きなさいって。あんたが行ったら、シャレにならなそうで怖いのよ」

 

「……ぁ」

 

東郷が立ち上がり再び部屋を飛び出そうとしたまさにその時、園子の小さな声に2人は目を向ける。

 

「どうしたの? 園子」

 

「……次のメール、ゆーゆから桐生さんに告白してる」

 

「「……え?」」

 

園子の言葉に一瞬固まり、2人同時に画面を見る。

そこには確かに友奈から桐生への告白、ラブレターが綴られていた。

 

「そ、そんな! 友奈ちゃん!?」

 

「桐生さんの情熱的な告白に、ついに友奈も陥落したってことか。桐生さんの粘り勝ちね」

 

「……う、うぅ……うえぇ……友奈ちゃん……友奈、ちゃぁん……」

 

「って、東郷!?」

 

「友奈ちゃんが……私の、友奈ちゃんがぁ……!」

 

「うわぁ、ガチ泣きじゃない……」

 

「あ、あはは〜」

 

それだけ東郷の友奈へ向ける想いが本気だったということだろう。

今まで見たことない東郷の表情に、夏凛は若干引き気味になり、園子は困ったように笑った。

 

「……って、あれ?」

 

「ん? 今度はどうしたのよ?」

 

「え、うそ……なんで?」

 

「グシュッ……どうしたの、そのっち?」

 

「……桐生さん……ゆーゆの告白……断っちゃった」

 

「「……は?」」

 

スマホを見て固まっていた園子が口にした言葉に、2人は一瞬思考が停止してしまった。

 

「……え? ご、ごめん園子。ちょっと聞き取れなかったみたい。今なんて?」

 

「えっと、だからね。メールの返信見たら桐生さん、ゆーゆからの告白を断ってるの」

 

「……うそ、でしょ?」

 

「ほんと。ほら」

 

そう言って園子自身、信じられない気持ちで見ていたスマホの画面を2人に向ける。

そこには確かに、桐生から断りの返事があった。

 

「え? は? ど、どういうこと?」

 

「……どう、して?」

 

「次も見てみるね」

 

意味が解らない、あれだけ告白を続けておいてなぜ?

3人が同様にそんな疑問を抱きながらも、その答えを知るためにとりあえず園子の操作するスマホを見る。

その次の画面は、また友奈からの告白のメール。

桐生が諦めずにメールを送っていたように、友奈もまた諦められずにメールを送ったのだろう。

しかし、そのメールに対する桐生の返事は……。

 

「……桐生さん、また断ってる」

 

「「……」」

 

戸惑いの混じる声で言葉を紡ぐ園子。

それを聞いて今までの困惑から一転、頭がカッと熱くなったような感覚を覚えた夏凜は怒りをあらわにする。

 

「なによ、どういうことなのよ!? 向こうから先に告白しておいて、友奈が告白したら断るって意味わかんない! 何考えてんの!?」

 

そして反対に東郷の方は一見冷静そうで、しかしその目は氷のように冷たく、さっきまでの嫉妬とは違い軽蔑、侮蔑といったものを感じさせた。

 

「……つまり、今までのあの人の告白は全て嘘だった。そういうこと?」

 

「わ、わっしー?」

 

「友奈ちゃんの事なんて本当はどうでもよくて、ただ友奈ちゃんの純情を弄んでいただけ。そういうこと?」

 

「そ、それは……」

 

違う、そう園子は口に出すことが出来なかった。

2人がこんなやり取りをしていたと知って、友奈にいつもの元気がない姿を見ていて、僅かでも東郷の言ったことが真実なのではと思えてしまったからだ。

それでも園子は、東郷の言った事が間違いだと信じたかった。

桐生と過ごした日々の中で見知ったその人柄を思い返せば、例え冗談でもこんな酷いことをする人とは到底思えない。

そんな人なら銀も、友奈も、そして園子自身も、桐生に対して僅かでも想いを寄せることはなかっただろう。

何か理由があるはず、そう信じてメールの内容を再確認する。

 

「……?」

 

何度か見返した時。

園子はふと、この一連のやり取りに妙な違和感を覚えた。

 

「……どうして2人とも、こんな内容にしたんだろう」

 

「はぁ?」

 

「どういう、こと?」

 

「2人とも、もう1回メールを見てみて。この桐生さんとゆーゆのやり取り、なんか変じゃないかな?」

 

「変?」

 

「そのっち、どこが変だと思ったの?」

 

「どこがって言えば、文章全体なんだけど……うん、やっぱり変だよ。まるで今までのやり取りが全部なかったみたい。どれも初めて告白して、初めて断っての繰り返しに見えるんよ」

 

よくわからないことを言う園子に、2人は眉を顰める。

しかし勘の鋭い園子が疑問を抱いた、それだけで一考するだけの意味はある。

2人は大切な仲間を弄ばれた怒りでどうにかなりそうだった感情を精神力で無理やり静め、園子の言葉を意識してもう一度メールのやり取りを見返してみる。

 

「……これは」

 

「……確かにそのっちの言う通り、毎回初めて告白して、初めて断っているように見える、かしら?」

 

少し冷静になった2人が、また困惑の表情に逆戻りする。

 

「何回も見てると、尚更おかしく感じてくるわ。普通、断ったのにまた告白されたら、前の事を話題に出すもんでしょ? なのに友奈は一切その事に触れてない。桐生さんの方も同じ……これ、いったいどういうこと?」

 

「私にもさっぱりよ。そのっち、貴女にはわかる?」

 

「うーん、はっきりしたことはわからないかな。でも私には、桐生さんがゆーゆを弄ぶつもりでこんなメールを送ったなんて、どうしても思えないんよ」

 

「……まぁ、確かによく考えればそうよね。あの桐生さんだし。私としたことが、熱くなり過ぎてたわ」

 

「……私も、少し冷静さを欠いてしまっていたわ」

 

この中では園子に次いで、桐生と関りのある夏凜。

仕事の話しだったり、兄の事での相談だったりで話す機会はそれなりにあった。

一度冷静になって考えれば、桐生が友奈を傷つけるような人間でないことは、夏凛にもすぐに思い至ることが出来た。

桐生と付き合いの少ない東郷だってそうだ。

桐生に対しては個人的に思う所はあるが、少なくとも友奈が憧れ、想いを寄せる相手が悪い人間であるはずがない。

友奈は見ていて心配になるくらいお人好しだが、人を見る目はしっかりある。

そんな友奈が非道な相手に憧れるか? ましてや想いを寄せるなんてありえるか?

東郷には否と、はっきり断言出来た。

 

「それで、どうする?」

 

「これだけじゃ情報が少ないし、これ以上となるともう本人達に聞くしかないと思うけど……」

 

「……そうしましょう」

 

「「え?」」

 

そう言うと東郷はさっきと同じく決意の籠った目で立ち上がり、さっきと同じく勢いよく部屋を飛び出していった。

 

「……どこに行った、ってのは意味のない質問ね。どっちの方に行ったと思う?」

 

「ゆーゆはもう帰っちゃったと思うし、多分桐生さんの方かな?」

 

桐生も同じく会議に出席していたが、すぐに帰ってしまった友奈と違い、今日は大赦内にある運動施設で軽く汗を流していく予定のはずだ。

だから今の時間帯なら、桐生はまだ大赦内にいるだろうと予想を口にした。

しかしそれを園子が知ってるのは桐生の情報を把握するために調べたからであり、このことは東郷には知る由もないことのはずだ。

いったいどこに探しに行ったのやら。

しばらく待って数分後、東郷は帰ってきた。

 

「待たせたわね!」

 

「んー! むぐー!」

 

「「……」」

 

猿轡と目隠しをして、ついでとばかりに体をローブでグルグル巻きに縛った桐生を肩に担いで。

 

「重要参考人兼容疑者を確保して来たわ」

 

いい仕事をしたといった感じで、ニッコリと微笑んだ東郷を見た2人は視線を合わせ。

 

「流石は東郷ね」

 

「流石わっしーだね〜」

 

その仕事の速さに、もはやそれしか言葉が出てこなかった。

 

 

 

説明
個別ルートの友奈ちゃん編です。
書いていたら長くなったので、前編後編に分けました。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
321 317 0
タグ
結城友奈は勇者である 大満開の章 独自設定 オリ主 冴えない大学生(社会人) ヒロイン 結城友奈 

ネメシスさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com