紫閃の軌跡 |
〜エレボニア帝国上空〜
上空を飛翔する三機の飛行艇―――星杯騎士団所有の『メルカバ』捌号機、アルセイユ級巡洋艦V番艦『カレイジャスU』、そしてファルブラント級巡洋戦艦一番艦『アルセイユ』。
新旧Z組と遊撃士協会、特務支援課に転移者組まで含むと大所帯となる為、話し合い自体は三隻の中でも最大の大きさを有するアルセイユの会議室で行われることとなった。
「改めて、シュトレオン・フォン・アウスレーゼだ。元の世界ではアリシアU世の兄の孫にあたり、王国宰相を務めている。A級遊撃士ライセンスはおまけだが」
「遊撃士をおまけ扱いって……」
アルセイユに搭乗しているシュトレオンだけでなく、同じ世界から飛ばされたアルフィンやエリゼの存在はリィン達を驚かせていたが、エステル達からすれば別の意味で驚いていたのはレーヴェとカリンの存在だった。
「ほ、本当に姉さんなの?」
「この世界のカリン・アストレイではないけれど、紛れもなく私よ。きっと、この世界の私が生きていたら弟の様なヨシュアが彼女を連れてくることを喜んだでしょうね」
「……うん、僕もそう思うよ」
この世界の住人ではないにせよ、ヨシュアからすれば血の繋がった姉と言葉を交わすことがとても嬉しかった。その様子をエステルは微笑ましく見ていた。
「えっと、カリンさんって呼べばいいかしら? そっちの世界のあたしやヨシュアってどんな感じなの?」
「そうですね……向こうのヨシュアはパワーアップしまくったエステルに振り回されていますね」
「……何だか、向こうの僕に同情したくなった気分だよ」
クロスベルでのエリィやエステルのパワーアップを考慮した時、それに振り回されているヨシュアの姿が脳裏に思い浮かび、同情を禁じえなかった。無論、それを聞いたエステルは不満げであったが。
その一方、レーヴェはアガットやサラといった面々に話しかけられていた。
「世界が違うとはいえ、アンタとこうやって言葉を交わすとは思いもしなかったが」
「そうだな。俺も元はといえばアスベルらに助けられたようなものだが。俺の知るクロスナーはラッセル家に振り回されてるようだが、そちらもそうなのか?」
「大体あってるわね……世界が変わっても趣向は変わらなかった様ね」
「俺を異常者扱いするんじゃねえよ」
世界の歴史が変わろうとも、変わらないものはある。流れにそのまま乗ったものもあれば、乗らなかったものもある。アガットの場合はティータとの付き合いで運命が決定的になったというだけだが。
アルフィンやエリゼについては互いに苦労しているお陰で意気投合していた……後者は主にリィンのせいというのが大きい訳だが。
今後の方針としては、エステルたちとロイドたちは各々で活動を開始する。そしてリィン達Z組メンバーは<七の相剋>に勝機を見出すための行動に移る。
そして、アスベルたち転移組の行動方針については、合流する前に『元の世界への帰還』を最優先とすることで合意している。なので、それまではZ組メンバーに同行することとした。
「中には正規軍の兵器を破壊しまくって戦力を削るプランもあったがな」
「アスベルたちがそれをやったら、帝国軍が負ける未来しか見えないんだが」
「大地の竜作戦どころではなくなるだろうね」
開戦時はいいかもしれないが、長期戦に持ち込まれると完全に意味を成さなくなる。なので、その案は没になった経緯がある。
「とはいえ、三隻で行動すれば色々目立つことになる。なので、<アルセイユ>は帝国南部を重点的に周る形を取りたい。いざとなれば『精霊の道』経由で移動することは出来るからな」
リィンの操縦するヴァリマールを中継点とすれば、<黄昏>によって活性化した霊脈を生かして<精霊の道>で移動することは可能だし、『アルセイユ』にしか出来ない高高度での高速移動で警戒網をすべて無視することが出来る。
「なら、『メルカバ』はバックアップに回そう。エステルたちやロイドたちを送り届ける必要もあるからな」
それと、先日の戦闘でメルカバを集中的に狙われたことも考慮して、修理するために一時離脱する。修理先としてはリベールのZCFを当てにするらしい。最終局面には間に合う程度のものなので、特に問題はないだろう。
「メイン巡回は『カレイジャスU』に任せて、そのサブを『アルセイユ』が担う―――どうだい、もう一人の僕?」
「それに異論はない。僕としてもこの艦を使ってもらうためにここまで持ってきたのだから」
「話が速いのは助かりますけど、なんだか調子が狂いますね」
「全くだな」
そして、ローゼリアから『全ての真実を引き出す』ためにミルサンテ郊外の月霊窟―――魔女が代々管理してきた唯一の精霊窟にZ組のメンバーが来るよう指示を受けた。そして、それは転移組のZ組メンバーであるアスベル、ルドガー、セリカ、リーゼロッテの四人も含まれる形となった。
今回は別に<相克>関連ではないため、騎神は必要ないと判断して単身で乗り込むこととなり、残りのメンバーは各々の艦で留守を任せることに。
そうして月霊窟の異空間に足を踏み込むこととなったが、アスベルが飛ばされたのは最奥の広間。周囲にはリィン達がいないため、一人だけここに飛ばされる格好となった。そして、その場には元の姿をしているローゼリアがいた。
「済まぬな。少し扉に細工をして、其方を含めた四人には『闘争』を盛り上げてもらうこととしたのじゃ」
「それは別に構いませんが、せめて事前に説明位はして欲しいです」
確かに、リィン達新旧Z組はかなり強化している。<黄昏の贄>として一番出遅れる格好となったリィンも着実に成長を積み重ねている。そんな彼らを相手にするとなれば、相応の相手でなければ『闘争』を盛り上げることも出来ないだろうと考えたようだ。
「でも、大丈夫なんですかね……加減は考えるから問題ないでしょうし」
「一応、ヴィータとオーレリア将軍に頼んで置いたから、問題は無いと思うておる」
「……」
一抹の不安は拭えなかったが、暫く経った後にリィン達が姿を見せたことで少し安心した。なので、アスベルは大剣を引っ張り出して片手で振り翳した。
「えっ……もしかして、ローゼリアさんとアスベルさんの二人ですか!?」
「それについては悪いと思うが、隣にいる輩が何も説明しなかったのも原因だから」
「成程、このことが終わったら説教は覚悟してくださいね」
「アタシはエマの成長を喜ぶべきなのか分からないわ……」
アスベルの言葉で全てを察したエマは凄味のある笑顔を見せており、それを横目で見てしまった獣人形態のセリーヌが冷や汗を流していた。そしてそれは、ローゼリアの表情が青くなっていたことでリィン達も冷や汗が流れていた。
「闘争の果てに見せる光景。それは、決して俺たちも他人事ではないだろう。ヴァンダール流・アルゼイド流奧伝、アスベル・フォストレイト・ブライト。お前たちが貫き通したい意地を見せてみろ!!」
そうして始まるリィン達とローゼリア&アスベルの戦い。だが、これはあくまでも命のやり取りをする場ではないため、水鏡が必要とする『闘争』が満たされた段階で戦闘は打ち切られた。
疲労困憊となっているリィン達だけでなく、ローゼリアも床に座り込んでいた。その一方、アスベルは平然としていた。
『お前も腑抜け過ぎだ! 一遍その根性を叩き直してやる!!』
『うえええええっ!?』
『…………』
最初はまだしも、流石に魔女の長としてやっていいこととやっていけないことの区別とか色々鬱憤が溜まった結果、アスベルはローゼリアに対して<光凰剣>をゼロ距離で炸裂させた。これにはリィン達が唖然としていたが、エマはアスベルの行いに対して『身内の不始末に怒って頂き、ありがとうございます』という台詞を言い放ち、周囲がドン引きしていた。
そんな一幕はあったが、無事に水鏡が起動してこれまでに見せた映像の断片の真意を目の当たりにすることとなった。
―――ゼクトールに選ばれたルトガー・クラウゼル。その前に起きた<闘神>バルデル・オルランドとの死闘。それを手引きした黒のアルベリヒ。
―――老いたドライケルスを執拗に追い求める不気味な黒い影。そして、タイミングよく姿を見せたリアンヌ・サンドロットの姿。
―――ゲオルグがジョルジュとして、トールズ士官学院の生徒として過ごした記憶。効率とは言いつつも、どこかで捨てきれなかった甘さ。
―――若き頃のオズボーン夫妻と息子。その様子を影ながら見つめつつも“あの方”からの誘いを決めようとするリアンヌ・サンドロット。
―――アルベリヒもといフランツ・ラインフォルト。影の言葉によって目覚めてしまった彼は、研究結果の引き渡しにきたシャロン・クルーガーと対峙したこと。
―――そして、影の声に悩み続けてきたオズボーンは、妻と息子の喪失に瀕して叫んだ言葉によって、それに応えた声が全ての元凶であることを悟り、何かを覚悟したかのように黒の騎神<イシュメルガ>の名を叫んだ。
<黒の史書>に刻まれた歴史。それが仮に預言書だとしても、<黄昏>以降の歴史が刻まれていないことが余りにもおかしい。女神の加護の一端によって生まれ出たものだとしても、そこまでしか残っていないのは不自然にも程がある。
「アスベル?」
「皇帝陛下は<黄昏>以降の歴史が刻まれていないと述べていた。預言書の類だとしても説明がつけられない事ばかりだ。まるでその時点で“<黒の史書>が認識していた歴史が終わった”としか言いようがない」
「それは、確かに……」
だとしたら、この世界が<黄昏>以降も続く可能性を残している以上、この世界線ではないゼムリア世界の歴史を記録していたとしか思えない。そうなると、この世界には“この世界に居ない筈の人物”がいる可能性も浮上する。
<イシュメルガ>の妄執を考えれば、目的は<七の相克>による<鋼>の再統一。悪意に溢れた存在が力を持ってしまえば、自ずと辿り着く先は世界の破滅以外に存在しない。そしてそれは、アスベル達のいる世界も喫緊の課題と言えた。
聞かされた内容に驚きを見せている一行。そんな中、怒りを露にするリィン。何せ、自分の実の両親を嵌めた存在を聞かされて怒りを見せない筈がない。それを諭すように周囲の景色が変わり、姿を見せたのはヴァリマールと剣の意思として残っているミリアムの姿。
彼らによって黒の騎神を倒せる可能性を見出してもらい、リィンは落ち着きを取り戻したのだった。
◇ ◇ ◇
リィン達が<カレイジャスU>で話している頃、アスベルらも<アルセイユ>に戻って月霊窟での出来事を語った。
「……オズボーン宰相がドライケルス帝の生まれ変わり、か。確かに、あれほどの重用を考えれば納得できる話でもあるか。そして、彼がそうしている目的の先には間違いなく<イシュメルガ>の存在が避けられない」
「自分の妻や息子の復讐の為に全てを捧げての行動か……自己犠牲も甚だにして欲しいがな」
シュトレオンが冷静に呟き、マリクは冷淡に言い放った。だが、この世界でこうなっている以上は自分たちの世界にも間違いなく迫ってくる問題だ。シュトレオンは少し考えてからこう言い放つ。
「元の世界へ帰り次第、不戦条約の凍結と宣戦布告の受理と共に戦端を開く。準備に時間は掛かるが、こちらは<百日戦役>時の密約書を手に入れている。貴族連合で統率が取れていない以上は攻撃を仕掛けてくるだろうから、その反撃という形を取る。その際はルドガーとリーゼロッテに城の警護を頼む」
「……誘拐紛いの可能性か。確かに裏の連中ならやりかねんな。報酬は要相談にしてくれるか?」
「ああ。最悪ミストヴァルトにお前専用の別荘でも建築するけど」
「それは割と頼みたい案件かも知れん」
シュトレオンとルドガーのやりとりで大体の事情を察してしまい、周囲の人間はルドガーに対して同情の視線を向けていた。
「まあ、ルドガーの安寧絡みの案件はさておくとして、ローゼリアさんからの霊視によって目的地は決まった」
「それは無視しないでくれ……」
ローゼリアから聞き及んだところでは、紫の騎神ゼクトールはサザーラント州南部、銀の騎神アルグレオンはクロスベルに陣を張った。奇しくも特異点関連で訪れた二か所だが、アスベルは難しい表情を浮かべていた。
「アスベル、何か気に掛かるの?」
「どうにも腑に落ちなくてな。具体的にはロイドたちの手配を解除したことだ」
確かに、国家の強大な力からすればロイドたち特務支援課の力など微々たるものに過ぎない。だが、彼らは心強い協力者の助けを借りて困難を乗り越えた、と聞いている。特筆すべき力を有していないが故に、誰よりも“諦めない”ことで真実を掴み、困難を突破した。その力を軽んじているとしか思えない行為に、アスベルは疑問を呈した。
「万全を期すべきならば、ロイドたちの動きを封じることは目的を達する上で必要な事。ましてやロイドたちには<風の剣聖>を筆頭に強力な助っ人までいる。その穴を鉄道憲兵隊や結社で埋めるとしても、<黄昏>の因果強制が無いと上手くいかない時点で悪手でしかない」
「まあ、それは確かに。それじゃあ、アスベルは何か目的があると思ったの?」
「その答え合わせをするために、ゼクトール方面はリィン達に任せてアルグレオン方面を偵察する」
その答えが正しかった場合、仮にゼクトールの<相克>が上手くいったとしても、アルグレオンの<相克>で何かしらのトラブルに見舞われる可能性がある。何せ、1200年間一切行われてこなかった<七の相克>における条件と、クロスベルにある星の霊場の出現場所次第では、その可能性が現実味を帯びると睨んだ。
「そして、ゼクトールでの<相克>もその信憑性を高めることに繋がる、というわけか」
「そういうこと」
<七の相克>における闘争の力場。ここに厳密なルールが課せられているとは考えにくい。その具体例はヴァリマールとオルディーネの<相克>において、本来吸収される取捨選択をリィンが取れているという点。つまり、眷属としての契約がその取捨選択の結果だとすれば、結果が確定するまでのタイムラグは確実に生じる。
そして、現状<黄昏>によって龍脈の異常な活性化が起きている以上、<相克>そのものに影響が生じても仕方がない。それこそ霊場そのものが移動したとしてもおかしくは無いと思われる。
「こんな非常識な状況で真っ当な事態など期待できない。クロスベル方面に先行するのは、オルキスタワーを掌握する必要があると考えてるからだ」
ロイドたちには悪いが、転移者側からすれば衛士隊の命など二の次。オルキスタワーに侵入して魔導区画を使用不能にする。結社には関係者もいるため、立ちはだかれば殺すことすら躊躇わない。
「それと、ルーファス・アルバレアの企みを阻止するためだ。場合によってはエル=プラドーを再起不能にする。俺の予測が全て的中した場合、ルーファスがリィンとアリアンロードの<相克>を狙ってアルグレオンの力を奪う可能性があるからな」
「……成程。ユーシスから聞いた話を信じれば、その可能性は極めて高いか」
ルーファスが実家のアルバレア公爵家を切り捨てた理由―――彼自身が実父だと思っていたヘルムート・アルバレアの実子ではないということ。ユーシスから事情は聞いていたが、それに加えてマリク自身も思うところはあったようだ。
「マリク、何か知ってるのか?」
「ルーファスが産まれた時はまだアルバレア家の人間だったからな。愚兄と正妻の仲はそこまで良くなかった筈なのに、仲直りでもしたのかと思ったが……猟兵となった後、追放された次兄と出会う機会があって、そこで問い詰めた」
ルーファスの容姿からして『どうにもヘルムートに似ていない』と思う節があったようで、全ての事情を把握したことでマリクはアルバレア公爵家を本格的に断罪すると決めていたようだ。
明けましておめでとうございます。
いくら女神の奇蹟と言えども、セプトテリオンは一部の例外を除いて“現在”を基点とした未来の改変を起こしていました。リアル世界にも預言書の類はありますが、それはかなり漠然とした内容が殆どです。そもそも“史書”と名付けられている時点で“世界の歴史を記したもの”なのは間違いないでしょう。
最新作の画像にはそれを仄めかすものもありますので。
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