「らくだ」
説明
談春師匠のらくだは数年前に浅草公会堂で聴いて以来。席が前の方だったので、物語後半の屑屋と、らくだの兄弟分である丁斧目の半次が酒によって別々の酔い方をしてくる過程を間近で観ることができた。素人意見だが、改めてここの部分を一人の演者がやり切るのはとてもスゴい事だなと思う。

らくだといえば「雨ん中のらくだ」。志らく師匠の著書のタイトルにもなっているが、酒に酔った屑屋が生前のらくだを回想する場面。「この雨はいくらだ」と雨宿りするらくだが屑屋に尋ね、屑屋が勘弁してくださいと懇願すると、フッと笑って立ち去るらくだ。
いつも殴られ脅され、とても値段なんかつけられないものを買わしてくるらくだとは違う顔を、あの雨の日一瞬だけ見せた。
どこか叙情的で、悪漢の別の人間性が見えるという、談志師匠が作り出したこの場面だが、浅草公会堂で聴いた時にはあったそれが今回無かった。

その代わり新しく聴いたのが、らくだの無茶に屑屋が笑顔で応対したのに血が出るまで殴られて、何で笑ったのに殴られたんだろうと、怒りながら振り返る場面。酒が進むに連れてハッと気づく。「アイツ笑ったことなかったんだ!」と。
時々いる。人の笑顔に対して怒りを覚える人。単純に虫の居所が悪いというわけもあるんだろうが、人が楽しそうにしているのがとにかく気にくわないという人間性を持った者も、いるにはいる。
この屑屋の気づきによって、人生でろくに笑ったことがないのだろうというらくだの境遇が見えたような気がする。らくだはやはり虚しくなるくらいの悪漢だったのか・・・。

と思うと、実は酒に弱かった兄弟分の手斧目の半次が、酔って泣き叫びながら
「らくだは本当はお前が好きだったんだよ!ああいった形でしか愛情を表わせなかったんだ!」
聴いた時は会場みんなで笑ったんだけど、らくだに一番近い人物が言うのならば、らくだは人によってはそう悪い人物ではなかったのかもしれないと想像させるセリフでもある。
屑屋と長屋の人達には死んで喜ばれた悪漢だが、そんな彼も気の合う人物からしたら・・・。

自分の嫌いな人物も、そして自分という人間も、他人から見ればもしかしたら。笑って聴きながら、そんな事を考えてしまった。今回の「らくだ」も大変に素晴らしかった。

来月の独演会では小猿七之助が聴ける。講談や談志さんのCDで何度も聴いた好きな噺なので非常に楽しみにしている。
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