真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版30
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第三十章〜抗う者達の賛歌〜

 

  

 

「・・・・・・」

「・・・・・・くくっ」

ここは外史喰らいの領域内。

邂逅した二人の北郷一刀と華琳。

華琳の横には学園の制服を着る一刀、その向かいに白装束を纏った一刀が立っていた。

「『外史喰らい』・・・!」

一刀の言葉に、男は眉を顰め、不快を表す。

「その呼び方は気に入らないな。それはあの屑が皮肉をこめた蔑称。

正式名称は『並行外史管理機構』。僕は世界に求められた存在、まさに『デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)』さ」

男は余裕の顔で答える。

デウス・エクス・マキナ―――。

演劇において綺麗な結末に導くための都合のいい存在。まさに神のようなものである。

「神だって?・・・ふざけるなッ!!」

「いいや、ふざけていない。この並行外史が正しく永続的に残すために必要だった事実だよ」

「そんなの、ただの詭弁だ!」

男から放たれる傲慢な言葉。

同じ顔を持つにも関わらず、その在り方は対極的だった。

「よしなさい、一刀」

華琳は前のめりになっていた一刀を諫めた。一刀とは対照的に華琳は冷静な対応だった。

「あなたが外史喰らいの中枢、本体だというのならば私達がここに来た理由も分かっているのでしょう?」

「あぁ、そうだね。勿論、分かっているとも」

「そう、なら話が早いわね」

そう言い終えると同時に、華琳は絶の切っ先を男に向けて牽制した。

 

ザシュッ―――!

 

刃の切っ先が肉を刺し貫いたような音。

「な、んです、って・・・」

「華琳!?」

四方八方、全方位より出現した黒い帯状のものが華琳の身体を貫いていた。

想定外の事象に身動きが取れない華琳。

痛みは感じなかった。動こうにも帯状のそれが身体の自由を奪っている。

「あぁそうとも。最初から分かっていたよ。

だからこそ、何の対策もせず君達とお喋りしていたと思っていたのかな?」

「華琳!」

一刀は華琳を貫く一本の帯を乱暴に掴み取る。

近くで見ると、帯の正体は小さい文字が羅列することで形成したものだった。

「なんだこれ!・・・くッ、こんなもの!」

一刀は帯を引き千切ろうと手に力を込めると、青白い炎が手から放たれる。

「焼き切ってやる!!」

そう言って、さらに力が入る。しかし、効果がない。引き千切るどころか、帯が一向に燃える気配がない。

「どうして・・・!」

 

バチン―――ッ!!!

 

「ぐわぁッ!?」

困惑する一刀の右頬に不意の一撃が見舞われる。

男はその場から動いていない。飛び道具の類を使ったのか全く気づかなかった。

為す術もなく、一刀は吹き飛ばされる。

「一刀・・・!」

唯一動かせる目で一刀の姿を追いかける華琳。

「僕は君達と違って、戦う前に敵と口上を交わす程、酔狂ではないし、ロマンチストでもない。

それに、先程も言った通り、ここは君が踏み入れて良い領域ではない。―――早々に退場してもらおう」

そう言って、男は指を鳴らす。

それを合図に、華琳の身体に黒い帯が巻き付いていく。

「か、華琳・・・」

地べたを這う一刀。届かないと分かっていても、それでも彼女に向かって手を伸ばす。

「かず、と・・・!」

一刀の声に華琳は必死に応える。だが、無情にも彼女の姿は黒く塗りつぶされていく。

無数の帯が巻き付いた結果、蛹の様な姿へ変貌する。

そして、瞬く間に華琳だったそれは上から溶けていき、空間の彼方へと消滅してしまった。

「華琳・・・!華林―――ッ!!!」

どれだけ彼女の真名を叫ぼうとも、それに応える華琳はいない。

何も出来ず、ただ見ているしかなかった己自身の無力さを、一刀は噛み締めるしかなかった。

 

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―――あぁ・・・どうして

 

   あなたはとても人間的なのに・・・

 

   どうして、こんなにも愚かで、こんなにも残酷で、こんなにも純粋で・・・

 

   こんなにも、『自由』なのだろう

  

   どうして、わたしは・・・―――   

   

「く・・・、ここ、は・・・?」

突然の頭痛に目を覚ました華琳。頭を抑えながら、何とか起き上がると周囲を見渡した。

先程の白い空間とは真逆の暗い場所。

相変わらず、天と地の境が分からないが。上を見上げれば、夜空のような光景が広がっていた。

そう、決して夜空ではない。夜空と言うにはあまりにも不自然で人工的な、異様なものが広がっていた。

夜空の様に見えるのは、きっと星の様な輝きが何十、何百、何千と散りばめられていたからだろう。

しかし、異な光景に華琳は不思議と魅力を感じていた。

「ここは、削除された外史を濾過した際に排泄される『残滓』が行き着く場所」

「あなたは・・・」

どこから現れたのか、華琳の目の前に一人の少女が立っていた。

直感的に理解する。ただの少女ではない。得体の知れない異質な存在。

しかし、華琳は警戒しなかった。間違いなく、先程の外史喰らいの男と同一の存在であるはずなのに、

どうしてか安らぎを感じてしまうのだった。

「・・・また、お会いしましたね」

どこか申し訳なさそうに少女は笑う。

華琳はようやく思い出した。

この少女に出会うのは、これで二度目であることを。

 

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ガン、ギン、ゴン―――ッ!!!

 

無音の空間に、鈍い金属音が響き渡る。

「どうして、どうしてこんなことをするんだ!!」

眼前の敵に刃で斬りかかる一刀。

「どうしてだって?」

一刀の攻撃を、鍔なしの両刃剣で軽く流す外史喰らいの男。

剣と剣がぶつかり、爆ぜる青い炎。

刀身に青白い炎を乗せ、一刀は果敢に攻めるも有効打を取れずいた。

一方、男の方は至って冷静なものだった。

一刀の攻勢を時に剣で受け流し、時に軽い足取りで身を躱す。

「いや、分かっている。分かっているとも。僕達が何をしようとしているのか、知りたいんだろう?」

「お前は、全ての外史を滅ぼしたいのか!」

刃を振り切ると、複数の三日月状の炎が飛んでいく。

男は左手を広げ、炎を受け止める。一刀が飛ばした炎は見えない壁に遮られ、男に届く事はなかった。

「滅ぼす?それは違う、全く違う。逆だよ。僕は、この外史を守るために行動しているんだよ」

「ふざけるな!たくさんの外史を削除しておいて、一体どれだけの人間の命を奪ったと思っている!」

「うーん、別に人殺しをしている自覚はないのだけど・・・。まぁ、君はその程度にしか理解していないのか」

「なんだと!?」

声を荒げ、男に怒りをぶつける一刀。

しかし、男は特に真に受ける事もなく適当に躱しながら冷静に語り続けた。

「外史の飽和」

「・・・・・・!」

男の言葉に一刀は動きを止める。

外史の飽和、前に于吉が言っていたが、当時も十分に理解できなかった部分だった。

全てが理解できずとも、自分が何をすべきかは明白であり、それ以上言及せずにいた。

だが、ここに来てそれを知る機会が出来たことに困惑している。

動きを止めた一刀を見て、男はほくそ笑んだ。

「これが起きるとどうなるか、君は理解しているのかな?」

「・・・外史が、消滅する」

「あぁ、知っていたのか。けれど、どうして外史が飽和すると外史が消滅するのかは分かっていないだろう?」

「そ、それは・・・、外史の境界が崩壊して・・・」

「残念だが、それは正しい解釈ではない。いいだろう、どうせ最後なのだから説明してあげよう」

手に持っていた両刃剣を空間に仕舞うと、男は下から現れた椅子に座る。

「君も知っての通り、外史は人の想念から生まれる物語。それは人の数だけ外史は存在するとも言える。

しかし、過剰なまでに物語が創造された場合どうなるか?

似たり寄ったりの質の低い物語で溢れかえるんだ。

人の数は数十億かもしれないが、物語の数は人の数ほどもない。

どれだけ沢山の人間が創造しても、物語とは『お約束』を積み重ねた結果だ。

つまりどれだけオリジナリティを追求したとしても、きっとどこかで見たような、聞いたようなありきたりなモノに収まってしまうのさ」

「・・・・・・」

男の話に、一刀はただ聞き入るしかなかった。

昨今の『面白い!』『素晴らしい!』『感動した!』の話など、すでに既出している過去の話を焼き増したものに過ぎないのかもしれない。

仮に自分が物語を創造しても、きっとどこかの誰かの似たモノに成り下がってしまうかもしれない。

「聞いた話によると、物語のパターンは指で数える程度しかないらしい。

創造は決して無限ではない、有限ってことだ。

たくさんの人間が物語を創造すれば、低品質のありきたりで外史が溢れ、人の創造を減退させる。

つまり、飽きられてしまうということだ。魅力のない物語に惹かれる人間なんていないだろう?

飽きてしまえば、人は別の創造物に流れていく。そして、いつか誰一人見られなくなった物語は忘れ去られ、いずれ外史は消滅する」

「・・・・・・」

外史にとっての忘却とは、死と同義である。

忘却された物語を永続的に保存するほど、この世界は優しくない。

「けれど、通常であれば外史が飽和することはなく、均衡は保たれ、物語は紡がれ続ける。

だからこそ、この外史は異常だ。他の外史に比べても異常な速さで物語が創造されている。どうしてか分かるかな?」

「そ、それは・・・」

「それは、この外史の原点を創造した人間が、それを許容したからだ。

盗作、パクリ・・・普通、自分が創造した物語を他人に模倣されることは拒むだろう。著作権というものがあるしね。

けれど、その人間が許容したことで、他の人間がこの外史をもとに新たな外史を創造する敷居が低くなった。

その結果、外史の飽和を招いてしまった。・・・境界が崩壊する、とはそういう意味なんだ」

「・・・(つまり、物語を創造する人間の境界がなくなるって意味か。

しかし、于吉のやつ。如何にもインテリな雰囲気を出していて、あいつもよく分かっていなかったわけか)・・・」

「僕は低品質な外史を削除して、飽和を未然に防ぐ存在だ。

だが、それだけでは駄目だ。現に、この外史はすでに先細りの一途を辿っている。

このままだと、外史は忘却という死を迎えることになるだろう。

そこで、僕は考えた。どうすればこの外史は飽きられる事なく、永続的に紡がれ続けるのか。

そして、思い至った。人の想念から外史が生まれるのならば、こちらから物語を人間共に提供し、必要な想念を生み出してもらう。

創造してもらう必要はない。どれだけ飽きられようが、忘れられようが関係ない。

こちらの都合よく想念を産み落として貰えば良いのだからね。

・・・どうだい、実に合理的な考えだろう?」

「そんな無茶苦茶な話!そんなことが出来るはずがない!」

一刀は反射的にその考えを否定した。

それは、鶏に餌をやって卵を産んでもらうが如き、あまりにも飛躍した発想。

しかし、男はすぐに反論する。

「いや、決して無茶苦茶な話ではないんだ。ただ問題なのは膨大な『情報』、エネルギーが必要だということだ」

「じゃあ、お前達が外史を削除しているのは!」

「エネルギーを集めるならば、外史を削除するのは当然の帰結だ」

外史を削除した際にも発生する大量の情報。それをエネルギーに変換して正史の領域に踏み込む。

外史の存続させるために、正史の人間を都合よく利用しようとする。それは許される事ではない。許して良い理由がない。

「だったら・・・。だったら、どうして俺を殺そうとする!?今の話だけなら俺をわざわざ殺す必要はないはずだ!」

一刀はこれまで何度も命を狙われてきた。

左慈の理由は知った。しかし、まだ外史喰らいの理由は知らなかった。

「どうして、僕が北郷一刀を殺すのか?・・・だって、邪魔だから」

「はぁ・・・!?」

斜め上の回答に、一刀の声が裏返る。

「火種とも言える君は外史を削除しても、君を突端として新たな外史が創造される。

特に『オリジナル』という絶対的な要素を持つ君達は並行外史の根幹ともいうべき存在だ。

そんな君がいたら、僕の自由にならないだろう?だから、オリジナルを抹殺し、取り込むことは自然な流れじゃないか」

「取り込む、だって?」

「おいおい・・・、まさかと思うが、僕の顔が君に似ているのは偶然だ、と思っていないよね?」

「北郷一刀に・・・なり替わる」

北郷一刀の情報を取り込み、『北郷一刀になる』。

名前のなかった男が、存在を得ようとしているのだ。

「取り込む事はメリットしかなかった。

なにせ『北郷一刀』なることで、僕はこの並行外史において絶対的な存在に昇華することができたのだからね!」

男は椅子より離れ、再び出現した両刃剣を手に取った。

「そして、最後のオリジナルである君を取り込めば、僕は絶対的から完全無欠な存在になる!

だからこそ、僕は君を殺したくて仕方がないんだよ!!」

突如、黒い炎が男の身体を包み込む。

炎の勢いは凄まじく、喉を焼かれそうな熱気が全方位に放射、うねりを上げて一刀に襲い掛かる。

堪らず顔を隠す一刀。チリチリと髪の先端が焦げ、熱気の勢いで吹き飛ばされそうになるが身を屈めて何とか耐えていた。

「―――フンッ!」

そして、掛け声とともに男が着けていた白装束を乱暴に剥ぎ取ると、同時に黒い炎も一瞬で拡散した。

白装束の下から現れたのは一刀が着用している学生服に似た、裾が長い黒色のジャケットを羽織った男。

熱気から解放された一刀の目に映ったのは服装が変わっただけではない、黒く、鈍い、重厚な雰囲気を纏った男の姿だった。

「さぁ、北郷一刀!どうか僕に殺されてくれたまえ。それが、それこそが!君がここに存在する理由なのだから!」

「俺の存在理由は俺が決める!お前の思い通りにはならない!!」

「なら、せいぜい楽しませてくれ!みっともなく踊り狂う様を是非とも!」

 

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「あなたも外史喰らいなのね?」

「・・・はい」

想念の残滓が流れつく廃棄場。

残滓が星空のように輝く下で二人の少女が邂逅した。

華琳は目の前の少女を品定めする。

足元まで伸びる亜麻色の綺麗な髪。

季衣と流琉よりも少し高い背丈、しかし、彼女達よりも一回り細身の身体。

身に着けている純白のワンピースがそれらを一層際立たせていた。

顔立ちは整っており、美少女の類だった。しかしもどこか一刀の雰囲気がある。

あの男も一刀の顔だったのだ。もし、一刀を少女にしたらこんな感じになるのだろう。

「あの・・・なにか?」

「・・・あなたはここで何をしているの?」

「・・・別に、なにも」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・はぁ」

会話が続かない。少女の異質さもさながら、言葉を交わす事自体を好まない性格なのか。

あの華琳が相手の顔色を伺いながら、手探りの感覚で会話を試みるのはこれまで無かった状況であった。

覚束ない子供を相手にしているようで、自身の中に生じた苛立ちを溜息に変えて吐き出した。

そも悠長に会話を楽しんでいる場合ではない。早く一刀の元へ戻らなくてはいけないのだ。

そんな華琳の思惑を察したのか、少女から口を開いた。

「申し訳ありませんが、ここから出る事は不可能です」

「・・・何ですって?」

「それ以前に、あなたがあなたのまま存在しているのが、有り得ない」

「あら、それはどういう意味かしら?」

「あの時、彼の権限であなたは強制的に消去された。ここにいるのは消去された際に発生した残滓」

「残滓・・・」

「残滓は瞬間的に放たれる輝き。・・・故に、あなたは間もなく消える」

不意に自分の手を見る華琳。

成程、言われてみれば、指先が透き通り、向こうの背景が見えている。

あぁ、成る程。少女の言う事が理解できた。

私は、もう『私』ではなかったのだ。

「ただの輝きでしかない、それにも関わらずあなたはまだ華琳として存在している。だから有り得ない」

「・・・気に入らないわね」

「あなたがどう思おうと勝手です。ですが・・・」

「私が消えゆく存在だから、あなたは嘘をつくのかしら?」

「・・・嘘?」

「『何もしていない』と言っておきながら、どうして憂いている?消えゆく私を憐れんで?それとも空っぽな己を?」

「・・・・・・」

「あら、また黙ってしまうのね?」

「・・・・・・」

たまらず、華琳から視線を逸らす少女。

「・・・成程、あなたは都合が悪くなると黙ってしまうのね」

「何を、知ったような」

「えぇ、確かに私はあなたを知らない。知らないからこそ、分かることもあるの。

あなたは羨んだ。ただの搾りかすでしかないはずなのに、最後の瞬間まであんなに美しく輝いている。

人の想いが、心が、自分にもあればあんな風に輝くことが出来るのではないか、とね」

「・・・・・・」

「だけど、ただの一機構でしかない自分が、人間の真似事をするなど滑稽でしかない。

そこで、あなたは考えた。まずは外史を通して理解しようと。外史は、人の想念から生まれるものだから。

そのために、自分の手となり足となる存在として伏羲達を創ったようだけど、あなたよりも感情的で人間味があったのは、

なんとも皮肉な話ね」

「・・・あなたは、一体何なのですか?ほんの少しの言葉を交わしただけで、そこまで・・・」

少女はあからさまに引いていた。自身の内面を見透かされているようで。

「あら、あなたもすでに知っておいでしょうに。曹孟徳とは如何な人間かを」

数多の並行外史を管理する存在であれば、知らないはずがない。そう言わんとする目がそこにあった。

 

―――彼女は曹操孟徳。真名を華琳。

  戦乱の世を、自らの手で再興することに天命を見出している少女。

  何をさせても一流の腕を持つに至るほど才気煥発で誇り高く、

  他者からの妬みなどを受けるのだが、そんなものは歯牙にも掛けず、自らの信念を貫く。

 

少女は当然知っていた。にも関わらず、自分の知らない華琳が濁流の如く勢いで流れ込んでくるのだ。

この現象は何なのか、その答えはすぐに分かった。

「まさか、表面上の情報だけを知って、私のすべてを知った気でいたのかしら?」

「・・・!」

「図星のようね。あなた、存外に分かりやすいのね。そういう素直なところ、嫌いではないわ」

ふふっと笑みを浮かべる華琳。

一体、何なのだ。少女は理解出来ずにいた。

ただの残滓に過ぎないもの。もう間もなく、彼女は跡形もなく消滅するだろう。

しかし、彼女は物怖じせず、自信ありきに振舞う。

何なのだ。彼女は消える事を恐れていないのか、死を恐れていないのか。

「いいえ、私は何も恐れてはいない」

「どうして・・・」

「ここで消えるとしても、私の意思を継ぐ者がいる限り、私は生き続けるからよ。一刀は今も私の意思と共に戦っている」

「北郷一刀が勝てると信じているのですか?」

「いいえ、全く」

「はい?」

あまりに想定外の回答に少女の思考が一瞬停止する。

そこは普通、肯定的な回答をするところではないだろうか。

「今のままでは勝てないでしょう。

私が彼に期待しているのは、奇跡への『道』を繋げること」

「道?」

「まったく、この私が一か八かの博打をするなんて。我ながら焼きが回っているわね」

「あなたは一体・・・何を言っているのですか?」

「あら、分からないの?」

「ま、まぁ・・・」

「そうね。教えても良いのだけれど、条件があるわ」

「条件、とは」

「最初に私がした質問に答え直すこと。今度は・・・いえ、ちょっと待った」

「?」

「少しだけ、質問の内容を訂正するわ。今度は正直に答えなさい。・・・あなたは、何がしたかったの?」

華琳の言う通り、最初の質問を少し変えたような内容。

しかし、ここまでに至る過程を踏まえれば、この質問には大きな意図が含まれていた。

そして、そのことは少女も理解していた。だからこそ、最初の様にはぐらかすことはもう出来ない。

少しばかりの沈黙。その一瞬がこの場ではあまりも長く、永遠に感じてしまう。

「わ、わたし、は・・・」

 

―――あぁ、どうして・・・

   

   ただの残滓。消え去り、忘れ去られる定めだというのに

 

   それなのに、どうして・・・

   

   こんなにも・・・

 

   こんなにも、『美しい』と感じてしまうのだろう

 

「私は・・・、『人間』になりたかった」

少女は回答した。

それと同時に華琳は消滅した。

だが、彼女の声だけは残り、少女の元に届く。

 

「そう。なら、ここから先を見逃さないようになさい」

 

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左手より溢れ落ちる黒色の炎を男は一刀に目掛けて投げる。

炎は広範囲に拡散し、一刀の周囲へと撒き散らされる。

一刀は刃を大きく振りかぶり、そして振り下ろす。炎はその斬撃に切り裂かれて弾け飛ぶ。

「はぁあああーーーッ!!」

一刀は男に向かって駆ける。

対して、男は左手を掲げると頭上に大きな炎の玉を発生させ、一刀に投げ放った。

 

ドォオオオン―――ッッ!!!

 

黒色の爆炎が周囲を巻き込む。煙幕で一刀の姿は見えない。

一刀の姿を次に見たのは男の頭上。爆炎より生じた爆風を背に受け、一瞬で距離を詰めると、刃を男に振り下ろした。

しかし、男の姿は霧散し、刃は空を斬った。

男を探す一刀。

直後、剣の形を模した十本の影が一刀の頭上に出現。

その切っ先を一刀に向けて飛ぶ。

「くっ!?」

降り注ぐ剣の雨を受ける寸前で回避する。

「はぁ、は・・・!?ぐ、・・・ぁあ!?」

回避直後、すぐに行動を起こそうとしたが、突然の激痛に一刀は胸を押さえ、堪らず片膝を折る。

力の行使、その代償は今も一刀の体、その命を蝕み続けていた。

薬で進行を抑えていたが、侵食は一刀の首から左頬にまで到達する。

あまりの苦痛から、薬瓶から直接十数粒飲み干した。

だが、あまりにも効果は無かった。

「ははは!無駄だよ。そんなモノをいくら飲んでも」

空間内に響き渡る男の声。男の姿を探すが影すら見当たらない。

「クッ・・・、うるさい、黙れ!!」

怒りで痛みを紛らわし、一刀は炎を乗せた気を周囲に放つ。

すると、何もない空間より男が現れる。青白色の炎が男の姿を炙り出したようだ。

男の身体の端を炎の断片が焦がす。

姿を捉えると一刀は距離を一気に詰め、斬撃を繰り出す。

男は顔を変えずに一刀の斬撃を手に持った両刃剣で撃ち落とし、返しに斬撃を繰り出す。

刀身に炎を重ね、青と黒の斬撃にて剣戟を織りなす二人。

「フンッ!!」

ガキィッ!!!

「でぇやッ!!」

ギィンッ!!!

二つの剣が衝突する度に鈍い金属音が響き、二種の火花が二人の間で散る。

「そこぉ!!」

「・・・ッ!」

男が放った斬撃を躱し、直後に蹴りを放つ一刀。しかし読まれていた。

蹴りを躱され、空振った一刀はそのまま体を一回転させ、その間に左拳に力を込める。

「これでぇッ!!!」

そして、回転を加えた左拳を放つ。

その打撃は男の右手で受け止められてしまう。

だが、それは一刀の望むところだった。

瞬間、一刀の左拳から青い波動が放出される。

「はぁあああああああああーーーッ!!!」

一刀の叫びに呼応して波動が増幅し、男の右手を反射して一刀の方へと拡散する。

一刀は力任せに拳を男側に押し込む。

「ふん、手緩い」

「なッ!?」

男の右手から黒い波動が放たれる。

青い波動は黒い波動に飲み込まれ、一刀自身もなす術もなく飲み込まれてしまう。

「う、うわぁあああああああああ・・・!!!」

黒い波動、その濁流の中で一刀は溺れながら吹き飛ばされていく。

更に吹き飛ぶ彼の真下より黒色の炎柱が出現。波動は炎柱と融合し、一層激しく燃え上がる。

そして、炎柱に取り込まれた一刀は容赦なくその身を焼き尽くされたのだった。

柱状の炎が消失すると、打ち上げられた一刀はそのまま落下・・・せずに、宙に浮いた形で横たわっていた。

どうやらこの空間には地面と言う概念がなく、宇宙のような環境に近いのだろう。

「ぅ、ぐ・・・」

黒い炎が一刀を蝕む。

ただでさえ限界に近い身体。薬の効果で力を行使しても苦痛をある程度緩和出来ているような状態だった。

その薬の入った小瓶がポケットから溢れ落ち、持ち主の元から離れていく。

コロコロと転がっていく小瓶。男の右爪先にぶつかりようやく止まる。

「ふッ、こんなもの・・・」

嘲笑うように、男は小瓶を踏み潰した。

「気休めにもならないというに」

「く・・・くそぉ」

「・・・このままとどめを刺しても良いが、少し趣向を変えてみるか」

「な、に・・・?」

男は指を鳴らすと、空間に巨大な映像が映し出された。

映像の内容は泰山の全体図。そこから麓の方へと拡大される。

・・・戦っていた。無限に湧き上がる傀儡兵達を相手に魏のみんなが、そして蜀、呉も混ざって共に今も戦っていた。

「みんな!」

遠くから見ても分かる程にボロボロで満身創痍の姿。それでも彼女達は武器を握り、果敢に立ち向かっていた。

「この外史もすでに削除を開始している。茶番はもう、お終いだ」

「な、何をする気だ!?」

男の不穏な発言に、一刀は動揺する。

男の手の平の上、野球ボールほどの大きさの黒い球体が出現する。

黒く、鈍い、濁った輝きが蠢く球体。そこから何か得体の知れない雰囲気を一刀は感じ取った。

「消えろ、塵どもが」

「やめろーーーーーー!!!!」

一刀は叫ぶが届かない。男は両手で黒い球体を潰した。

 

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今なおも戦いが繰り広げられる、泰山の麓。

そのはるか上に突如、人の顔程の大きさの黒色の球体が現れる。

誰もそれに気付いていない。仮に気づいた者がいたとしてもすでに手遅れだった。

球体は音もたてず膨張、一瞬で戦場を飲み込んだ。

戦場を包み込んだ球体内で何かが蠢めき、時折光を放っていた。

戦場を包み込んだ黒色の球体は、また音もなく中心に向かって収縮、瞬間消滅した。

そこには何も残っていなかった。敵も味方も見境なく、その場に存在していたものは空間諸共消滅していた。

空も、大地も黒いそれによって削り取られ、後に残るのはグリッドの様な縦と横の線が二次元的に存在するのみだった。

「ぁ、あぁ・・・」

ただ茫然とその映像を脳に焼き付けるしかなかった。

あまりにも歪な光景。一刀がそれを受け入れるには時間を要した。

「んー・・・、何か足りないな」

男は映像の内容に不満があるのか、顎をもって首を傾げていた。

「こっちの方が効率は圧倒的に良いのだけれど、一瞬で終わってしまうから味気ないんだよなぁ〜」

「・・・ない」

「ん?」

「許さないぞ、貴様!」

呆然としていた一刀がようやく思考を取り戻したようだ。

春蘭達が殺された。現実的ではない状況に理解が追い付かなかったが、男によって殺された事は理解した。

その瞬間、一刀の全身から青白い炎が包み込み、これまでに負った傷を修復していく。

目の前の男を殺したい衝動に駆られ、その顔からも怒り、憎しみの感情が見てとれる。

一刀は立ち上がると刃を再び構える。

だが、男は一刀に背を向けたまま、まるで相手にもしていないようだった。

「許さなくて結構。最初から求めていないからね。

というか、これだけで許さないならこっちを見たらどうなるのかな?」

「なに!?」

男が指を鳴らす。

すると、一刀達の前にあった一枚の映像が何十枚に増殖、空間に並べられていく。

一刀は増えた映像を急ぎ見る。どれもこれも戦いの光景が映っていた。

「あ、あぁ・・・」

映像の内容を理解した時、一刀の顔は青ざめる。

理由を知るために一枚の映像を見る。

外史喰らいが生み出した傀儡兵達が、魏領内の小さな村に雪崩れ込む。

防衛機能を有さないため、村は瞬く間に蹂躙される。

逃げ惑う住民。泣き喚こうが、助けを求めようが、女、子供、老人、見境なく殺されていく。

平穏だったはずの村が今は地獄と化していた。

兵士達は何をしているんだ、と別の映像を見る。

とある砦。至る場所で黒い煙が上がっていた。

砦の外壁には大量の傀儡兵が張り付き、上を目指していく。

城壁の上には兵士の姿は無かった。あったのは傀儡兵に殺され、死体となったもの。

それでも砦内では生き残った兵士達が懸命に戦っていた。

それでも一人、一人と殺される。更に死体に黒い影、影篭が憑りつく。

すると死体は傀儡兵の姿へと変貌し、再び動き出し、兵士達に襲い掛かる。

兵士達は殺されたら殺された数だけ減り、対して傀儡兵達は殺せば殺すだけ数を増やす事が出来る。

砦は間もなく傀儡兵達に落とされる状況にあった。

これは、一部の地域だけではない。大陸全土、全ての場所で同時に発生していた。

傀儡兵だけではない、ゴムの様な質感の黒い大樹、盤古が大陸のあらゆる場所に出現した。

盤古より傀儡兵が湯水の如く湧き出てくる。盤古もまた無限に増殖し、大地を侵食していく。

最も悲惨なものは、洛陽であろう。

悲鳴を上げながら逃げ惑う民達。

上級傀儡兵・鷹鷲が軍をなして街の大通りを進軍する。

春蘭達ですら相手にならない、一刀や朱染めの剣士で何とか倒せるものが何千体と存在するのは悪夢でしかなかった。

民を守るため、懸命に戦う兵士達。しかし、鷹鷲が太刀を一振りすれば、何十の命が一瞬に刈り取られていく。

抵抗もむなしく、兵士達は殺されるためのかかしと化していた。

巨大な大筒を肩に乗せて砲弾を撃てば、爆発に巻き込まれて宙に舞う数十の民。

焼けた皮膚の匂いが立ち込め、爆発で抉れた地面には血と肉片が無惨に散らばっていた。

大筒を装備した鷹鷲達が街のあらゆる場所に砲弾を撃ちこみ続ける。

城下は黒煙と火の手が上がり、悲鳴は絶える事はなかった。

火だるまになった者は火を消そうと狂ったように暴れ、地面に倒れて転げまわると、黒焦げの人間だったものが散乱した。

赤子を抱えて逃げていた母親の首が刎ねられる。

訳が分からず、ただ泣き喚くしかない赤子。その赤子を鷹鷲が摘み上げるとそのまま食い殺した。

鷹鷲達が進軍した後には血と肉塊だけが残し、傀儡兵達は街の中心へと進んでいく。

命からがら傀儡兵達から逃げられたとしても、黒い触手に捕まり、取り込まれていった。

洛陽の城下にそびえ立つ盤古。民家や建造物を押し除け、地面を裂いて現れた。

そこから龍の姿を模した触手が民達を取り込んでいく。さらに盤古から無数の影篭が産み落とされる。

生きていようと、死んでいようと関係なく、影篭に寄生されれば人間は傀儡兵に変貌する。

もはや洛陽は詰みであった。

映像に映る死体の山の中にそれを決定的にした、見覚えのある顔があった。

「け、桂花・・・!う、うわぁあああ!!!」

変わり果てた王佐の才。恐怖に歪んだ表情のまま、見せしめのように頭部のみが城門前に掲げられていた。

首より下は一体の鷹鷲が・・・これ以上は言葉にする事すらおぞましい光景だった。

当然、城の中も傀儡兵達に占領され、生きている者達はいなかった。

以前、洛陽が襲撃された事があったが、それは予行練習だったのだろうか。

そう思わされるほどにあまりにも呆気なく洛陽は陥落してしまったのだ。

ほかの首都も概ね同じような結末を迎えていた。

成都では、心臓を抜き取られ、首を折られた桃香は裸体を晒したまま馬に跨がらされ、死体しか残らない城下を闊歩していた。

建業では、蓮華達の死体はばらばらに切断され、それを材料にして作られた狂気の芸術作品に変貌していた。

そして、火の海に沈む建業の街にそれは晒されていたのだった。

 

無情、無惨、無慈悲―――。

世界は為す術もなく、ただ一方的に貪られ、犯されていく。

肉は裂かれ、骨は砕け、悲鳴に、断末魔に―――。

流れ落ちた血が大地を赤く、紅く、朱く、染め上げる。

正に阿鼻叫喚の地獄絵図。

神算鬼謀の才も、一騎当千の武も、無能、無意味、無価値と嘲笑う。

圧倒的な暴力の前には全てが否定されていった。

 

-7ページ-

 

「・・・・・・・・・」

「はは、はーーーはっはっはっはっはっは!!!

素晴らしいッ!!最高のショーじゃないかぁ!!人が塵のようだ、とはよく言ったのモノだ!」

対称的な反応。

凄惨な光景に空いた口が塞がらず、言葉を失う一刀。

対して、面白おかしく笑い続ける男。

「うわぁああああッ!!!」

一刀の悲痛の叫び。

地獄を見せられ、怒り、悲しみ、憎しみ、絶望などの負の感情に心が押し潰された悲鳴にも思える。

刃を振りかざし、一刀は男に仕掛ける。

 

ザシュッ!!!

 

「なッ・・・?」

一刀の思考が一瞬停止する。

どこから現れたか分からない黒色の斬撃に自分の左足が切断された。

突然片足を失い体勢を崩してしまうが、一刀は振りかざしていた刃に力を流し込み、巨大な炎の剣を顕現させる。

前のめりになりながらも、一刀は男に炎の剣を振り下ろした。

 

ザシュッ!!!

 

だが、届かなかった。

またも突然現れた黒色の斬撃で刃を持っていた右腕が切断される。

刃が持ち主の元から離れた瞬間、炎の剣は消滅。

さらに黒色の斬撃が刃の刀身を容赦なく砕いていった。

左足、右腕、愛刀を瞬く間に奪われる一刀。

そこに追い討ちをかけるように全方位より連続して出現する黒色の斬撃が襲い掛かる。

悲鳴を上げる暇もなく、一刀は一方的にその身を切り裂かれていく。

「あぁ・・・伏羲、女渦、祝融!君達は本当に良い仕事をしてくれた!!

最初はどうなるかと思ったけど、色々とやってみるものだよ!

残念なのは僕以外に共感できる者がいないこと。

ほんとう・・・一人で見るのは勿体ない、本当に勿体ない!!」

己の手で作り上げた地獄に無邪気に喜ぶ男の背後は飛び散る鮮血で赤く彩られていく。

そして、その中で斬撃を受ける度に躍動する一刀の姿があった。

その様はまるで踊っているようにも見える異様な光景。

残っていた左腕と右足も斬撃を何度も浴び、肉が削がれ、骨が折れ、ボロボロになって引きちぎれる。

踊り狂いながらも一刀は男に手を伸ばすもその手はもう無かった。

 

 

地獄の終焉。

それは外史の削除が完了した事を意味していた。

一刀の、華琳達の、あの世界は跡形もなく消滅したのだ。

 

全てを見終え、虚無感に襲われた男はようやく後ろを振り返る。

そこには四肢を失い、全身を切り刻まれ、自分の血で身を赤く塗めた一刀がうつ伏せに倒れていた。

「・・・ォ、ごふ・・・!」

咳き込み、血反吐を吐く。 

そう、こんな状態にありながらも一刀にはまだ息があった。

男はそんな彼の元に近寄ると、空間に出現した両刃剣を手に取った。

 

ザシッ!!!

 

「が、ぁ、ァアアアアアア―――ッ!?」

両刃剣の先端が瀕死の一刀の体を容赦なく刺し貫いた。

 

ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!

 

虚無感にあった男は少しでも余韻を味わおうと何度も、何度も、何度も、一刀を刺し貫く。

その度に壊れた悲鳴が上がる。

 

ザシュッ!!!

 

「ぁ、ア・・・た、たす、け・・・」

「なに?」

聞き間違いか、と男は手を止めて確かめる。

悲鳴を上げるだけの余裕はすでに無いはずの一刀から微かに聞こえてくる声があった。

「たすけ、て・・・くれ」

「・・・・・・」

まるで悪臭を放つ汚物を見てしまったような顔。

男は幻滅していた。

いくら圧倒的な力の差を見せつけられて、心の芯が折れたのだとしても、

仮にも物語の主人公が泣きながら敵である自分に救済を求める、その醜悪さに。

「ああ。望み通り、救ってあげるよ」

一刀に背を向け、男はその場から離れながら指を一回鳴らす。

それを合図に一刀の周囲に複数の影が出現する。

一刀を包囲するように現れたのは、華琳、春蘭、秋蘭、季衣、流琉、霞、凪、真桜、沙和。

彼女達の姿を模した実体のある影だった。

「最後は、愛する者達の手で死んでくれ」

男は指を鳴らし、影に合図を送った。

「あ、ぃ、いや・・・、やめ、ッデェ!」

華琳の影が振り下ろした鎌が一刀の頸を抉る。

それを皮切りに他の影達も同じ動作を開始した。

降り注ぐ刃の雨で容赦なく切り刻まれ、傷口からなけなしの鮮血が噴き出る。

「・・・ッ!・・・・・・ッ!・・・ッ!・・!・・・・・・」

何かを訴えるような顔。何かを喋っている様にも見える。

両目から流れる涙、口からは唾液と血が混じったものがだらしなくこぼれる。

始めの頃は貫かれる度に身体が反応していた。

だが、今はもう動かない、何も喋らない、何も訴えない。一方で血の海はあっという間に拡大する。

ぐちゃぐちゃに崩れた傷からは血ではなく、中の臓物だったものが飛び出した。

 

勝てるはずもなかった。

挑もうとした相手は人間にあらず、神だった。

今までの困難を乗り越えられたのは、全て神の戯れ。

救いようのない、底無しの絶望へ鎮めるための余興でしかなかった。

ただの人間が、神に勝てる道理など最初から無かった。

 

少女達を模倣した影は役目を終えると、空間の中に消えていった。

北郷一刀、だったそれは動かない。

血と臓物の破片が混じった、ただの肉塊と化しており、

どこが頭だったのか、腕だったのか、足だったのか、もう分からない。

そこには何も残ってなかった。

最後の希望は、こうも呆気なく、潰えてしまったのだ。

「・・・まぁ、終わってしまえばこんなものだな」

男は肉塊を見下ろし、口から感想を零す。

男の掌の上に黒い球体が出現すると、肉塊は黒い球体に包まれた。

最後の仕上げとして『最後の北郷一刀』を取り込む準備を開始した。

「これで僕は本物になる。そして外史は永遠となるんだ・・・」

もう間もなく、この外史は完全に削除される。

手の中にある球体を握り潰せば、全てが終わる。

その時だった。

「ようやく、成りましたか」

「えぇ、天文学的な確率ではあったけれどぉ、それでも皆が諦めなかったおかげよ」

男が振り返ると、またしてもこの領域に招かれざる客が二人。

貂蝉と于吉がそこにいた。

「尻拭い風情が今更のこのこと現れて。最後の結末を見届けに来たのか?」

「えぇ、見届けに来たのよん。関わった以上最後まで、一管理者として、ね♪」

「もっとも、あなたが思い描いているそれとは異なるのでしょうが」

「はぁ?意味の分からないことを。その目は悪いだけでなく節穴でもあったのか、于吉?」

「目が悪い事は否定しません。・・ですが、節穴はあなたも同じこと」

眉間に皺が寄る。于吉の言い回しに不快感を表情にだす男。

「ははッ、負け惜しみと受け取っておくよ。何を企もうと全ては無意味さ!」

「無意味、ですか?」

「そうさ。ここから先は僕の独壇場。君達が登壇する隙など一切ないんだからね!!」

そう言って、男は黒い球体を握り潰した。

 

「な、に・・・?」

 

握った右手がふるふると震える。

身震いではない。男にも理解できていなかった。

握った右手がゆっくりと広がっていく。それは男の意志ではない。

手の中に納まっていた黒い球体が男の手を、指を跳ね返していたのだ。

もう一度握り潰そうと試みるが、指一本動かす事が出来なかった。

「馬鹿な・・・、一体何が起きているんだ?」

「あなたが無意味といったものは全て、ここに至るための要素。

暗闇の中でいつ切れてもおかしくない、か細い糸を手繰り寄せて、今ここに奇跡が実ったのよ」

「奇跡、だと・・・?」

「なるほど、奇跡ですか。

人は想い想われ、そして託して託されて・・・その想念から物語は・・・外史は紡がれていく」

「・・・何を言っている」

「数多の想念が折り重なり、輝きを見せた時に発生する事象を『奇跡』と言うのでしょうね」

「・・・さっきから何を言っている?」

「人の想念、外史の情報、そして・・・北郷一刀。ここには必要な要素はすべて揃っている。

一刀ちゃんに託されたのは無双ではなく『夢想』の力。

夢想はすなわち創造。

全ての要素を持ち合わせた一刀ちゃんにはその可能性があるのよ」

「だからさっきから何を言っているんだ!!」

数分前までの余裕はとうに失われ男は声を荒げる。

そんな男をみて、二人は笑みを浮かべる。

この二人は確信していたのだ、これから奇跡が起こる事を。

 

-8ページ-

 

ここには何もない。ただ黒いだけの場所。

そもそも場所かどうかも分からない。

あるいはここは天国、いや地獄のようなものなのか。

死んだ後も、もっとこう、何かあるのだと考えていたが、実際は一切何もない『無』そのものだった。

もっとも、全てを失い、犬死にした俺にはある意味お似合いかもしれない。

あぁ、駄目だ。もう、考えることも疲れてしまった。

悔しい、悲しい、とか最初はそんな感情に溢れていたような気がしたが、それももうない。

肉体、感情、そしてどうやら精神まで手放そうとしているようだ。

きっと俺は無の中に溶けて消えていくのだろう。

・・・それも良いかも、な。

 

―――あとはお前次第だ

 

・・・誰だ?

あぁ、もう駄目だ。もう何も考えられない。

でも・・・消える前に、謝っておかないと。

すまない、華琳、みんな。俺にはどうすることも、できな、か・・・った・・・。

 

『・・・ん』

 

・・・・・・・・・。

 

『・・・さま』

 

・・・・・・・・・。

 

『た・・・ょう』

 

・・・・・・・・・?

 

『ほ・・・ご・・・』

 

・・・・・・なんだ?

 

『かず・・・と』

 

・・・・・・だれだ?

 

『かずと、どの』『おにい、さん』

 

・・・・・・風、稟?

 

『ほん、ごう』

 

・・・桂花。

 

『にいちゃん』『にいさま』

 

・・・季衣、流琉。

 

『たいちょう』『たいちょう』『たいちょう』

 

・・・凪、真桜、沙和。

 

『ほんごう』『かずと』

 

・・・秋蘭、春蘭。

 

『一刀』

 

・・・華琳。

 

何も無かったはずなのに言葉が、声が溢れていく。

わずかに温もりを感じる。

気付けば今にも消えそうな弱い光が一つ、二つ、三つ・・・。

この圧倒的な無の闇の中で線香花火のように輝く小さな光が集まり、無に溶けていたはずの俺の姿をかたどっていく。

「・・・ありがとう、みんな」

一筋の涙が頬を伝う。

すべてを奪われ、失ったと勝手に思っていた。

だけどそうじゃなかった・・・まだここに残っていたんだ。

俺の中に、まだ残っていたんだ。

「・・・皆。俺に力を貸してくれ」

俺一人では外史喰らいには勝てない。だから、皆の力が必要だ。

僅かでも良いから俺に分けてくれ。

 

『一刀』『北郷』『一刀殿』『お兄さん』『一刀』『隊長』

『北郷』『兄ちゃん』『隊長』『兄様』『隊長』『一刀』

 

俺の願いに呼応するように新たな光が集まっていく。

今にも消え入りそうだったそれが少しだけ輝きを増し、ぼやけていた俺の身体の輪郭がはっきりとしていく。

でも、駄目だ。これだけではまだ足りない。

もっと・・・もっとだ。

身勝手だと思われても構わない。俺は一度負けて諦めたんだ。

形振り構う必要なんて更々ない。

 

『一刀』『北郷』『一刀さん』『一刀様』『北郷』『一刀』

『ご主人様』『兄ちゃん』『主』『ご主人様』『お館様』

 

「これは・・・」

さらに光が集まる。

少しずつだが自分の中に光が満ちていくのを感じる。

そして一層、彼女達の存在を感じる。

だけど、この感じは俺がいた外史だけじゃない。

他の、俺の知らない別の外史の彼女達もここに集まってきている。

並行外史の垣根を超え、数多の恋姫達の願いが―――。

 

『一刀っ!』

「華琳?」

華琳の声が聞こえてくる。

だが、それはこれまでの木霊するものとは明らかに異なる。

意思が籠った言葉だった。

『私はもう何もできない。だから、最後はあなたに全てを託すわ』

「最後にって、最初からそのつもりだったんだろう?桂花から聞いている」

『全く、桂花ったら、そこまで喋ったの。帰ったらちゃんと可愛がってあげないと』

「ははっ、加減してやれよ」

『さぁ、どうかしら?』

「はははっ!」『ふふふっ!』

『・・・ごめんなさい、一刀』

「華琳が謝る必要はないよ。

言っただろ?他の誰でもない、俺自身の意思で決めたんだ。

・・・だから謝罪ではなく、もっと別の言葉をくれないか?」

『あら、私におねだりをせがむなんてなんて卑しい男』

「ははは、やっぱり華琳はそうでないと!」

『・・・良いわ。今回は特別よ。一度しか言わないから、よく聞きなさい』

 

「聞け!我が愛しき勇者よ!!

この世界に生きる全ての者に代わり、この外史(せかい)の命運を貴様に託す!血を燃やせ!命を燃やせ!

我等を愚弄し、弄び、仇を為すことが如何な愚行であったか、あの愚者に骨の髄まで叩き込んでやるのだっ!!

征け!そして、勝て!!『北郷一刀』!!!」

 

戦の前に聞く、曹孟徳の鬨の声。呼応するように、俺の心臓が強く、早く脈を打つ。

全身に血液が駆け巡り、力が湧いて来る。

「うぉおおおおおおおおお―――ッッ!!!」

腹の底からの発した咆哮。右拳を高らかに上げる。

そして俺の目に炎が宿る。

その瞬間、無は光に満たされ、俺の中にあったものが光に包まれる。

俺は自分を完全き取り戻し、更なる高みへ到達しようとしていた。

 

-9ページ-

 

黒色の球体に割れ目が入る。

割れ目より光が零れ、更に割れ目が拡大する。

そして球体の耐久度を超えて中より現れたのは光。

天に向かって光の柱が上る。

その光の中より人間と思われるそれが姿を現した。

 

 

「な、何だ・・・あれは」

光より現れた人間の形をした何かに男はただ驚愕するばかり。

自身の領域での想定外の連続に理解が追いつかなかったのだ。

そんな彼のために貂蝉が代わりに答える。

「もちろん北郷一刀、その人よ。

ただし、あなたがこれまで集めた外史の情報を取り込み、零より再構築、より高次元の存在へと昇華した姿よ」

「ですが、あの姿は一体?」

悠々と語る貂蝉に対し、于吉は理解に苦しんだ。

確かに彼は北郷一刀。しかし、その姿は明らかに異様。本当に同一人物なのか、疑ってしまう程にだ。

「北郷一刀には『天の国の御遣い』、という側面があるわ」

「は?それは形だけの設定でしょう」

「えぇ、だけど二次創作の設定が原作より有名になって、真実が置換されるなんて歴史の話じゃよくよくある事。

于吉は実在したのか怪しい人物なのに、あたかも実在していた、みたいになっているじゃあない」

「そこをつくのは、やめてもらえませんか。私の存在意義が揺らいでしまう」

「そして、あの姿は天の国のイメージが付加された結果。上位の存在への敬意、畏怖、信奉が形となったもの。

天の御遣いを改め、さしずめ『天上人-北郷一刀』といったところかしら♪」

「天上人、とはまた大きく出たものですね」

「これこそ奇跡の体現!外史喰らい、あなたを打ち倒す、ただそのための最初で最後の抑止力よ!」

「奇跡?奇跡?奇跡!?奇跡だと!!?

・・・認めない、認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない!

そんなものを僕は認めないぞ!!!

僕は、お前を・・・『北郷一刀』を決して認めないッッ!!!」

男は再び手の中に黒い球体を出現させ、怒りに任せて握り潰した。

そして黒い球体が一刀を包み込もうとするも、瞬く間に崩壊、消失した。

「―――ッ!?」

それと同時に、男の右頬を何かが掠め、皮膚から黒い火が上がる。

「・・・いや、俺はここにいる」

ようやく天上人が口を開く。言葉一つ一つに重みがあり、

これまでの一刀とは明らかに異質な存在であると如実に示していた。

 

「春蘭、秋欄―――」

 

―――『『北郷』』

 

「稟、風―――」

 

―――『お兄さん』『一刀殿』

 

「季衣、流琉―――」

 

―――『兄ちゃん』『兄さま』

 

「凪、真桜、佐和―――」

 

―――『『『隊長』』』

 

「桂花、霞―――」

 

―――『北郷』『一刀』

 

「そして外史に生きる、全ての人達。皆がいたからこそ、俺はここに辿り着くことが出来た。―――ありがとう」

「殺す、お前だけは―――!」

男は左手の甲で右頬を拭うと、全身より黒い炎を発現させ、自身の力を増幅させる。

「もう、言葉は必要ない。ただ、お前を倒すのみだ」

二人の視線が重なる。

一刀の言う通り、この二人の間に言葉はもう不要だった。

 

 

説明
こんばんわ、アンドレカンドレです。

前回よりまた4年の月日が経過してしまいました。
果たして、このサイトで恋姫達の物語を紡いでいる人はまだいるのでしょうか。
少なくとも、私が初めて二次創作を開始した頃ほどの活気はないように
思うのは、私だけなのでしょうか?

私の青春の一部でもあった恋姫シリーズの今の有り様について、
一石を投じるか、自己満足に終わるのか。

それでは、真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版 第三十章
「抗う者達の讃歌」をどうぞ!!

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