Kaikaeshi and Automata 11「ペンダント」 |
「花子ちゃ〜ん!」
町を走りながら、三人は花子を捜す。
だが、どこにも花子の姿がない。
「どこに行ったのかな?」
「もしかしたら、またトイレに隠れたのかもしれないよ」
「……見つけなくちゃ」
そうなると捜すのが大変だ。
光一郎は焦ったが、琴葉は首を横に振った。
「それはないかも。さっき『そんなの絶対嫌』って言った後、こう言ってたよ。『だったら自分で見つける』って」
花子は、自分でペンダントを捜すつもりなのだ。
「捜すって言ったって」
光一郎達が必死に捜して見つからなかったものが、花子にさがし出せるわけがない。
「とにかく、花子さんを捕まえなきゃ!」
「……無自覚な能力は、周りに迷惑をかける」
光一郎、琴葉、ユズは、道路の角を曲がった。
「あっ」
道路に人が倒れており、それも、一人ではない。
何人もの人達が倒れ、苦しそうにしていた。
「まさか!」
光一郎は彼らの下へ駆けつけた。
「大丈夫ですか!」
「あ、頭が……」
光一郎は抱きかかえた男の人の額を触る。
「やっぱり!」
男の人は高熱を出していた。
「こっちの人も同じみたい!」
琴葉は壁にもたれかかって苦しんでいた女の人の顔を触り、光一郎にそう言う。
「……体調不良がたくさんいる」
ユズも、精神を集中して、町の人の体調を確認した。
「赤いスカートを履いた、おかっぱの女の子を見ませんでしたか?」
光一郎が尋ねると、男の人は呻き声を漏らしながら答えた。
「さっき……泣きながら……走って行った。ううぅ」
男の人は苦しそうな表情で前方を指さす。
「花子……」
琴葉達は、倒れている人達に「すぐ元に戻しますから」と声をかけると、花子を追おうとした。
その時……。
「クウゥウ〜!」
琴葉の頭の中に、花子の唸り声が響いた。
「今、声が聞こえたよ! 『助けて』って言ってる!」
「何だって?」
声が聞こえるという事は、それだけ距離が近いという事だ。
琴葉は光一郎とユズと共に駆け出した。
「クゥウゥ〜! ウゥウゥ〜!」
琴葉の頭の中に響く唸り声が、だんだん大きくなっていく。
「……この近くにいるはず」
ユズは、住宅地の交差点に出ると、周りを見回した。
「いた」
公園の傍の道路に、和也とシベがいる。
彼らの前に、枝を持った花子が立っていた。
「花子ちゃん!」
琴葉達は、彼らのもとへ駆け寄った。
和也は、シベの横で苦しそうにしている。
花子と遭遇したせいで高熱を出してしまったのだ。
「和也くん、しっかりして」
「あ、頭が」
光一郎は、そんな和也を見ながら花子に近づいた。
「花子さん、落ち着くんだ」
「クゥウウウ!」
しかし、花子は怯えながら、枝をブンブンと振り回していた。
「ワン! ワンワン!!」
花子に向かってシベが吠える。
花子はシベを怖がっているようだ。
「クゥウウウゥウ!」
花子は、枝を振りながら声を上げる。
「え? 『この犬に前にも襲われた』??」
琴葉は花子の言葉を聞き、戸惑う。
すると、和也が苦しそうにしながらも言った。
「もしかして……お父さんが散歩させた時かも……」
先日、父親が夜、シベの散歩をしている時、通り掛かった女の子に急に吠え出したのだという。
その後、父親は熱を出して寝込んでいるらしい。
「その女の子は……驚いて逃げようとして……転んじゃって」
世の父親は助けようとしたが、女の子は慌てて逃げてしまったという。
「それが花子ちゃんだったって事?」
琴葉が戸惑うと、光一郎が口を開いた。
「彼女が怪だからだ。犬や猫にとって怪は人間とは別の匂いがする。だから怖がって吠えたんだ」
「ワン! ワンワンワンッ!」
シベはますます興奮し、花子に吠える。
そのあまりの勢いに、和也は思わず持っていたリードを離してしまった。
「ワンワンワンッ!」
次の瞬間、シベが花子に向かって駆け出した。
花子は恐怖でその場から動けない。
「花子ちゃん!」
琴葉が声を上げた瞬間、ユズが花子のもとへ走る。
「……わたしがあなたを止める」
ユズは花子の前に立つと、シベから守った。
「クゥゥウウ!! ウゥウウウウウウウ!!」
花子が叫ぶような声を上げる。
シベに襲われずに済んだが、完全にパニックになってしまったようだ。
「ユズ!」
「……今のわたしは、人間を守りたい。傷つけたくない。……わたしを苦しめるの? でも、わたしには病気は効かない」
ユズは花子さんに組み付きながら言う。
怪が暴走すると、怪帰師や通役も影響を受けるため、ユズは必死で花子さんを押さえ付けていた。
「ユズちゃん、無理はしないで」
「僕は怪帰師だ」
「光一郎君……」
光一郎は花子をじっと見つめた。
「僕達が必ずペンダントを見つける。だから、これ以上みんなを苦しめないでくれ」
光一郎はユズが組み付いている花子さんに近づく。
花子は動揺し逃げようとするが、その瞬間、光一郎が彼女の手を掴んだ。
「花子さん、僕を信用して!!」
光一郎はユズが投げた花子を引き寄せ、強く抱き締めた。
「クゥウウゥ!」
花子は戸惑い、暴れるが、光一郎は彼女を決して離さない。
「ク、ウ、ウウ、ウウゥウ……」
花子は徐々に落ち着くと、持っていた枝をその場に落とした。
「よ、よかった」
琴葉はホッとしながらも、ふと、花子が先程まで持っていた枝を見つめた。
「武器だ」
枝は、地面に落ちている。
その枝を、シベがクンクン匂いを嗅いでいた。
琴葉はその光景を見て、ふと何かを思った。
「花子ちゃんは、この前シベに吠えられて……それで逃げようとして転んで……」
瞬間、琴葉はハッとした。
「そうか、だからどこにも落ちてなかったんだ!」
琴葉は光一郎、ユズ、花子を見た。
「私、ペンダントのある場所、分かったよ!」
「……え?」
琴葉達は、和也の家にやってきた。
「シベの……小屋はあそこだよ……」
和也はフラフラしながらも、庭の隅を指差す。
「和也君、もうちょっとの辛抱だからね」
琴葉は和也を光一郎に預けると、『シベ』とプレートがかけられた小屋の前に立った。
「この小屋がどうしたんだい?」
「シベは、何でも落ちてる物を咥えて、小屋にため込んじゃうでしょ」
???????「ああ、だけどそれとペンダントが何か関係が?」
光一郎が首を傾げると、琴葉は「大ありよ」と答えた。
「恐らく、花子ちゃんは転んだ時、ペンダントを落としたの」
「えっ」
「そして、そのペンダントは――」
琴葉は、シベの小屋の中を覗く。
中には空き缶やボール、木の枝などが宝物のように置かれていた。
その中に光る小さな物体が見えた。
琴葉はそれを手に取ると、光一郎に見せた。
「あ、それは!」
「……予想通り」
ヒマワリの絵が描かれたペンダントだ。
「ウゥゥウ!」
花子が満面の笑みを浮かべて、琴葉のもとへ駆け込んでくる。
「ウゥウ! ウウウゥウ!」
「……琴葉、花子は何て」
「決まってるでしょ。『あった! 私のペンダント、あった!』だよ!」
琴葉達は、ついにペンダントを見つける事ができたのだった。
しばらくして。
琴葉達は、いつもの人気のない林にやってきた。
「花子さん、準備はいいかい?」
光一郎は、後ろに立っている花子を見る。
花子は笑顔で頷いた。
その首には、ヒマワリの絵が描かれたペンダントを提げている。
約束通り戻ってきたので、花子は元の世界に帰る事となったのだ。
光一郎は前を向くと、右手を強く握り締めた。
「鑰!」
次の瞬間、光一郎の右手の甲が光り輝く。
そして、鍵のような紋章が現れた。
光一郎は、そのまま開けた空間を見つめ、右手を突き出した。
「人は人の世に。怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」
瞬間。
―ゴオオオオ……
大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
光一郎は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で光の扉のノブを掴んだ。
「開!」
ドアがゆっくりと開き、その向こうに眩い光が広がった。
「さあ、花子さん、自分の世界に帰るんだ」
光一郎は花子にそう言う。
「ウウウウウウウウ」
「『本当にありがとう。また遊びに来るね』だって」
琴葉が通役する。
「遊びに来られるのは、流石に。だけど、花子さん、君にはまた会いたいね」
「いい子」
「ウゥウ〜」
花子は顔を真っ赤にする。
「まったくも〜」
琴葉はそんな光一郎に呆れる。
するとふと、花子が琴葉の手を握った。
花子は満面の笑みを浮かべている。
「花子ちゃん、またね」
琴葉も笑顔を返した。
花子は怪だが、妹のように可愛く感じる。
ユズとそっくりだ。
花子はドアへと向かう。
ドアの中の光が、花子を優しく包み込む。
「ウゥウゥウ〜」
花子は三人を見てペコリと頭を下げると、光の中に消えて行った。
ドアがゆっくりと閉まる。
光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。
「……和也達、元に戻ったみたい」
帰り道。
ユズは、花子の影響で高熱が出ていた人達の事を思い、ホッとしていた。
怪を帰すと人々の記憶から、その怪の事はもちろん、怪が起こした騒動も全て消える。
和也達は皆、元気になったのだ。
「……本当に、よかった」
ユズはホッと息を吐く。
すると、光一郎が立ち止まった。
「ありがとう、琴葉さん、ユズ」
「ん」
「えっ?」
「君達がいなかったら、今回も解決できたか分からなかったよ」
光一郎には、ペンダントがどこにあるのかなど分からなかったのだ。
「ありがとう」
「光一郎君……」
感謝され、琴葉は嬉しく思う。
「ユズは、暴走した花子ちゃんを必死に落ち着かせようとしたでしょ」
「……」
高熱が出て倒れそうになっても、ユズは決して諦めなかった。
「ほんと、凄いって思うよ」
「琴葉」
「ありがとう」
光一郎は褒められ、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「僕、怪帰師としてこれからもやっていけるかな?」
「もちろん。私も通役として頑張るね」
「……わたしも守る」
「あ、だけど一つだけお願いしたいかも」
「何だい?」
「琴葉さん、じゃなくて、琴葉ちゃん、がいいかも」
琴葉は照れながら言う。
「琴葉さん……。分かったよ。琴葉ちゃん」
光一郎も照れながら答えた。
やがて、三人は駅前の商店街までやってきた。
光一郎は、自分の家の方へと去って行き、ユズは居酒屋に向かった。
「通役になれてよかった」
琴葉は、自分に不思議な力があった事を少しだけ嬉しく思った。
「彼も、ようやく元気になったみたいやな」
ふと、声がした。
見ると、『ワンダー居酒屋ケンちゃん』の前だ。
喋ったのは、たぬ吉である。
「無事、花子はんを元の世界に帰したんやね」
「たぬ吉さんとユズちゃんの記憶はそのままなんだ」
「わてらは怪やからな。怪の記憶はリセットされへんねん」
「……ちゃんと、知ってる」
「そうなんだ」
琴葉はそう答えながら、先ほど言ったたぬ吉の言葉が気になった。
「光一郎君って元気なかったの?」
たぬ吉は「そや」と答えた。
「光一郎はんは、この町に来た時、ごっつう落ち込んでたからなあ」
「通役がいないまま、怪帰師をする事になったから不安だったって事?」
「そう、まさか通役するはずだった子が、あんな事になるなんてなあ」
「え? 通役するはずの子、いたの?」
以前、光一郎は、通役とは小さな頃から交流して幼馴染として仲良くなると言っていた。
「てっきり、そういう人がいなかったんだと思ったけど」
琴葉が驚くと、たぬ吉は「なんや、知らんかったんか?」と呆れたように言った。
「光一郎はんには同じ歳の通役候補がいたんや。花好きの女の子でなあ。その影響で、光一郎はんも花が好きになったんやで」
「花……」
琴葉は、殺風景な光一郎の家の中に、花だけが飾られていた事を思い出した。
「最上瑚江はん。親が決めた、同じ歳の光一郎はんの許嫁や」
「……わたしに名前をくれた、大切な人」
「許嫁……」
それは、決められた結婚相手という事である。
琴葉はそれを聞き、思わずハッとなった。
光一郎の部屋にあった、彼と一緒に写っていた美少女。
「あの子が……」
「まさか、瑚江はんがあんな事になるなんて、わては今でも信じられへんわ」
たぬ吉は悲しそうな表情で言う。
光一郎の通役候補は、許嫁だった。
そして、何かがあって、通役にはならなかった。
(一体、何があったの……?)
琴葉は戸惑いながらも光一郎の事を思うのだった。
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