しかし、夙夜は手に武器を持っているようには見えない。

　いったいどうやってあの二人を止めるというのだろう――オレが無茶を言ったのがそもそもの原因なのだが。

　夙夜は、とんとん、とその場でいくらかステップを踏み、じっと二人のぶつかり合いを見た。

　珪素生命体《シリカ》であるシリウスは当然のことながら、それを相手にする白根の動きも尋常ではない。まるで、特撮映画でも見ているかのように、重力を感じさせず、軽々と空中で爪を交えている。

　金属音が響き渡り、シリウスの爪と白根の爪が交差する。

　が、夙夜は二人の着地を狙って地を蹴った。

　着地の瞬間、白根の手首を目にもとまらぬ動きで捻りあげ、その手に握られた水晶の爪でシリウスの攻撃を受け止めた。

　がぎん、と凄まじい音。

　硬度7の水晶同士がぶつかり合った。

　夙夜は白根の手首をきめたまま、大きく横に凪いだ。

「ちょっとごめんねっ」

　振り回された白根の細い肢体が宙に舞った。

　その手に握られていた水晶の爪の一つは、夙夜の手の内へ。

「シュクヤ、邪魔しないで」

「そう言うわけにもいかなくてねっ」

　攻撃の軌道に水晶の爪が閃いて、シリウスは大きくバランスを崩した。

　そのまま芝生へ倒れ込み、夙夜はそのまま抑えつける。

　そこへ、残った爪を振りかざした白根が襲いかかった。

　刹那、時が止まったかと思った。

「武器を納めて」

　夙夜は強い口調で言った。

　それも、片手でシリウスを抑え込み、もう一方の手で白根の手首を握りしめながら。

　穏やかな口調でも、夙夜の内に秘められた刃が鋭利に研がれているのが感じ取れるほどの力強さだった。

　とんでもない力――アイツの能力は、底なしか。

　いや違う、アイツは力の使い方がうまいだけだ。質量差のある相手の力をうまく利用して抑え込んでいるだけ。そういう力の遣い方が、本能的に分かっている。

　白根も悟ったのか、すっと彼女の武器を退いた。

　静けさの戻った校舎の裏に、闇夜に薄暗い灯《アカリ》で全員が浮かび上がる。

「香城夙夜さん、柊護さん。現在の状況を知ってください」

　荒い息で、白根はオレたちに告げた。

「国家組織は既に珪素生命体《シリカ》の事を嗅ぎつけました。このままではこの個体は近日中に捕縛されるでしょう」

　オレは答えなかった。

「収拾が非常に難しい事態に陥っています。私たちで収められるかは、予測不能です」

　私たち――白根の背後にある組織。

「白根、オマエたちは、シリウスを捕獲してどうするつもりだ？　いったい、何の組織なんだ？　何を目的にしているんだ？」

「それは秘則」

「ふざけんな、これだけ巻き込んでおいて何の説明もなしかよ。状況も知らされてねぇのに知ってくださいも何もねぇんだよ！」

「……」

　白根は、ここへきて初めて眉を顰めた。どうやら作業機械は言葉の攻撃に弱いらしい。

　そうか、コイツはきっと、ほとんどヒトと関わった事がないんだろう。おそらく、組織とやらから命題を受け、それを遂行するだけなのだ。

　オレは拳を握りしめた。

　シリウスの尻尾を握り締めた傷が開いて、地面にぽたりと赤い雫が落ちた。

「白根、教えてくれ」

　彼女の言葉を促すのは、理屈ではなく心からの言葉だ。

　もしオレの読みが正しいならば、きっとオレたちのように命題に関わった人間はいなかったはずで、こんな風に懇願された事だってないはずだ。

　だから、作業機械は脆い。

　本物の機械ではなく、ただ思考を停止し命令に従うだけの人間だから、組織とは全く別のべクトルからもたらされた願いを、組織の命令と比較する事が出来ないから。

「簡単でいいんだ。もしその組織に許可されていないのなら、オレは決して誰にも言わないから」

　シリウスを抑えつけていた夙夜が、服に付いた土を払いながら立ち上がった。

　相変わらずへらへらと笑いながら、ごめんね、とシリウスに謝る。

　シリウスはまるで夢から醒めたような表情で辺りを見回していた。

「もし本当にオマエがシリウスを保護するなら、オレは邪魔したりしねえ。もちろん、決めるのはシリウスだが」

「……」

「教えてくれ、白根。オマエはシリウスをどうするつもりだ？」

「すでに人間を殺《アヤ》めてしまった珪素生命体に下される決断です。私には断言できません。ただし、私たちは珪素生命体を保護するモノです」