真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版15 |
↓朱染めの剣士の全体図
左手には南海覇王、右手には朱染めの外套、口には無名の刀
第十五章〜一刀の洛陽での平穏な三日間〜
これは、次の物語の舞台が整うまでの、北郷一刀の平穏な三日間の記録である・・・。
―――一日目
「みーーんなーーーーー!!!ありがとーーーーー!!!愛してるーーーーー!!!」
「ほわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「また見に来てねーーーーーーーーーーー!!!」
「ほわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「それじゃ、また次もよろしくねーーー!!!」
「ほわあああ!!!ほわあああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
謎の武装集団による洛陽襲撃から、まだ丸一日経たない頃、街の各所ではすでに復旧作業が始められていた。
男達が汗水垂らして木を削り、柱を立て、釘を打ちつけ、壊れた家や店を直し、街の人達や子供達も協力し合い、
資材の運搬、食事の用意をしている・・・そんな中、疲弊した街の人達を激励するべく、数え役萬☆姉妹こと
張三姉妹が今でいうチャリティーコンサートをしていた・・・。多くの観客の最後列より三歩ほど下がった所で
俺、北郷一刀は彼女達の活躍を見届けていた。
天和達もしばらく見ないうちに、とても魅力的な女の子になった。もうあの頃の三人とは別の次元にいるような
錯覚を覚えるほどにだ・・・、俺はそんな彼女達の様子を見にここまで来たわけだけど・・・、どうやら俺が
出る幕はなさそうだ。
午前の部が終わり、舞台の前にいた観客達はまばらになり始めた。俺もそのひとごみに紛れその場を立ち去ろう
とした。あの3人の頑張っている姿が見れた事だし、昼飯食べて・・・と、そんな事を考えていた時だった。
「「かーーーずとーーーーーーーーー!!!!!!」」
「うん!?」
後ろの方から大音量で俺の名前が叫ばれ、ビクッと驚いた俺は反射的に後ろを振り向く。
が、それより先に俺の背中にドスンと2つの陰がぶつかってきた。
「ぬおッ!?」
ぶつかってきた衝撃で前のめりに倒れそうになったが、そこは両足で踏ん張る事で倒れる一歩手前で耐え
きった。一体何がぶつかって来たのだろう?その疑問はすぐに解決した。
「天和!地和!どうしてお前達がここにッ!!」
そう・・・、俺の背中にぶつかって来たのは張三姉妹の長女と次女の2人だった。二人はそれぞれ俺の横に
回って腕を抱きかかえてくる。俺の腕がちょうど良く二人の胸の谷間に割って入っているのが触感で分かって、
嬉しい反面、周囲の男達の痛い視線を集める俺は少し複雑な心境に立たされていた・・・。
「どうしてですって!?あんたがここにいるからに決まってるでしょ!!」
俺の左腕を抱きかかえる力を強めながら、俺の耳元で怒鳴る地和。
「一刀が一番後ろで見ているのが分かったから、でも私達の所に来ないから・・・こっちから来ちゃった♪」
一方で俺の右腕にその豊満な胸を押しつけながら、俺の耳元で囁く天和。
そして、男たちの痛い視線がさらに強くなるのが分かった。
「あの大人数の中で見つけたって言うのか?」
「観客が沢山いても、その白い服はすごく目立つから・・・」
と、そこに張三姉妹の末っ子の人和が遅れてやって来た。
「って言うか一刀。私達に会わないで帰ろうとしてたでしょ!」
「うッ・・・」
全くその通りです、地和さん。
「あ、図星なんだ。むぅ〜、何でそんな薄情な事をするの〜!?」
気のせいか・・・、少し目が潤んでいる天和さん。
「あー・・・、いや、何と言うか?お前達を見ていて・・・、俺が出る幕は無いな
ぁ〜って。」
そんな2人をなだめるのように、俺は言葉を選びながら言い訳をする・・・。
「確かに、世話役のあなたが出る幕はもうないわね。」
グサッ!!!
俺の胸に人和の無情な言葉が刃となって突き刺した。全く以てその通りです、はい。
でももう少し言い方がありませんか、人和さん?
「でも・・・、それは世話係としての話であって、あなたが必要ないという訳では
無いわ、一刀さん。」
「え・・・、人和?」
思わぬ人和の言葉に、俺はドキッとしてしまった。
「お帰りなさい、一刀さん」
そう言った人和の表情はとても穏やかで優しさにありふれていた・・・。
「ただ・・・」
「あーーー!ちょっと人和ぉーーー!!何一人で美味しい所を持っていこうとしてるのよーーー!!!
お帰り、一刀!!」
「そうだよーーー!ずるいよーーー、人和ちゃーーーん!!!お帰り、一刀っ♪」
「え、別に私はそんなつもりは・・・!?」
俺がただいまと言おうとしたら、横で俺の腕を抱きかかえていた2人の姉がブーブーと頬を膨らせながら、
妹に美味しいところを取られまいと先に俺にお帰りと言った・・・。
「・・・・・・・・・」
どうやら、あの頃と何も変わっていないようだな・・・。
天和達の相手を一通り終えたのは昼の刻が少し過ぎた頃・・・。
「北郷総隊長!!」
久し振りの警備隊の詰所にやって来た俺は中で待機していた隊員達に出迎えられた。
「久し振りだな、皆」
俺は隊員達に軽く挨拶しながら中に入り、椅子に腰を降ろした。
「総隊長、どうぞ」
そこに隊員の一人がお茶を運んで来て、俺に前に差し出した。俺はありがとうと言って淹れたての
熱いお茶をゆっくりとすすった。
警備隊での俺は総隊長という立場に置かれていた。あとで凪達に聞いてみると俺がいなくなった後、俺に
代わって凪が隊長になったわけだが、俺がいつでも帰ってきても大丈夫なように、警備隊の全国化に備えて
さらに隊長のワンランク上の総隊長をつくり、それに俺を任命したのだそうだ。
要するに国の各地に配備された警備隊全てを取り仕切る一番偉い役所・・・。最もそれも形だけのものであり
実際、総隊長としての機能はまるで果たしていないのが現状であった。
「隊長!」
「隊長ー!」
と、そこに凪と沙和がやって来る。
「隊長〜!沙和、お腹すいたの〜!」
沙和が甘い声を発しながら俺の腕に抱きついて来る。
「飯はおごってやらないぞ」
俺は無情にもバッサリと切り捨てる。
「え〜!何でなのー!?可愛い部下がお腹を空かせているのにー!」
俺の腕に抱きつきながら、沙和はぶーぶーと頬を膨らませている。
「別に俺だって意地悪で言っているわけじゃない!・・・実はさっき、天和達と一緒に昼食を済ませて
来たんだ」
「天和ちゃん達にちゃんと会えたのー?」
「まぁな・・・。で、実は飯を食べようと入った店で偶然、季衣と流琉に会ったんだ」
「季衣ちゃんと流琉ちゃんに?」
「そう・・・、で折角だからって皆で食べようって事になって・・・」
全てを言い終える前に、凪と沙和はそのオチが分かったのだろう。二人揃ってあーと声を漏らしがらに
聞いていたが、俺は取り合えず話を続ける。
「季衣が財布を忘れたって言うから、俺が立て替えたんだ。で、今の俺の財布はこんな状態ってわけ・・・」
そう言うと、俺は尻ポケットから財布を取り出すと凪に目がけて財布を放り投げた。
俺の財布をキャッチした凪は、俺に見てもいいのですかという目線を注いでくるので俺は縦に頷き、
それを確認した凪は財布の中身を確認する。先に言ってしまうが現在、俺の財布には小銭が数枚程度しか無い。
凪の横から財布の中身を確認する沙和はあ〜っと言葉を探しながら、俺の顔と財布を交互に見ていた。
「えーっと、そのー・・・。隊長、わがまま言ってごめんなさいなの〜」
申し訳なさそうに俺に謝る沙和・・・。そうやって謝れると逆に寂しくなってしまうだろうに・・・!
なんて思っていると。
「隊長ー!おるかー、たいちょー!!」
二人に遅れて真桜が詰所に戻って来た。どうやら俺を探しているようだが・・・。
「ここだ、真桜!どうした?」
俺を手を振りながら、自分が居ることを真桜に教える。俺の姿を見つけると、真桜はささっと俺に
近づいて来た。
「隊長、悪いんやけど・・・万歳して」
「・・・はっ?」
いきなり何を言っているんだ?俺は思わずポカンとする・・・。
「せやから万歳っ!両手を高く上げて、ばんざーいって!」
どういう訳か、真桜は俺に万歳させたいらしいが、一体何の為にだ?
「何で俺がそんな事をしなくちゃいけないんだ?」
俺はその理由を真桜に尋ねる。
「ええから早く万歳してや、ほら!ばんざーーい!!」
「・・・ばんざーい」
俺の質問に答えず、早く万歳しろと急かす真桜。俺は仕方なく両手を高く上げて万歳した。すると真桜は
腰に巻かれたベルトに引っ掛けてある道具箱に手を入れるとそこから巻尺を取り出す。その巻尺をビッと伸ばす
と、万歳している俺の胸に巻きつけ胸囲を測る。そして手際よく腰囲、尻囲も測る。一通り測り終えたのか、
巻尺を道具箱に戻す。
「ん、おおきに隊長。そんじゃウチはやる事があるから、ほなー」
そう言って、真桜は詰所を出て行ってしまった。
「ああー、真桜ちゃーん!・・・行っちゃったの〜」
「・・・何なんだ一体?」
凪に話を振ると、凪は頭に?を浮かべながら首を傾げた。
「さあ・・・、自分にもさっぱり?」
その時、俺の脳裏に電撃が走り、バラバラだった線が1本に繋がった。
「・・・まさかあいつ。等身大俺人形を作る気なんじゃ・・・!!」
「隊長、それはさすがに・・・」
「ないと思うの〜!」
「ですよね〜!」
そう言って、俺達は冗談に声を上げて笑いだす。
「「「・・・・・・」」」
が、すぐさまその笑い声が消え、沈黙する・・・。
「俺・・・冗談で言ったつもりだったんだが、意外と・・・有りえるかも知れないって今思った」
「確かに・・・、真桜ならあり得るかも知れません」
「等身大隊長人形か〜、真桜ちゃんなら作れるかもなの〜」
「「「・・・・・・」」」
そして再び、沈黙が流れる・・・。
その後、俺は凪と沙和に連れられ街の警羅に出る事になった。陳留でも思った事けど、2年という月日は
街の姿を変貌させるのには十分だったようだ。見覚えの無い建物が至る所に建ち、人の出入りの流れも大きく
変わっていた。街の復旧作業で街の人達が道のいろんな所で分担された仕事をこなしていた。無論、俺達も
その手伝いをした。その時にお婆さんの差し入れである桃まんはとても美味しかった・・・。街の皆が俺に
駆け寄って来て、俺が帰って来た事を皆なりに喜んでくれていた。
そんな皆の顔を見ていて、あぁ・・・、やっぱりここが俺の居場所なんだなと切実に感じる事が出来た・・・。
「一刀ちゅわーーーーーーーーーーーーん!!!!」
とそこに、身の毛が立つような悪寒が走るような声が聞こえて来る。俺達は足を止め、その声が聞こえる
方向に顔を向けると、その向こうから砂塵が見えた。俺を目をこらしてその砂塵を見る・・・。
「んぁ!?あ、あれは!!」
俺の目に一人の人間の姿が映る。
「貂蝉ちゃんなの〜!」
沙和がその人間の名前を叫んだ。その名前を聞いた俺は思わず顔を引き攣らせてしまった。
「一刀ちゃーーーん!会いたかったわーーーーん!!!」
物凄い勢いで俺の目の前に顔を近づけて来るそのおっさ・・・いや、その自称漢女(おとめ)の名は貂蝉。
この洛陽の街で女性向けの服を売る店の主人だ。しかしそれに似つかわしくない筋肉まっちょの紐パン一枚の
その姿には、多くの人間が気味悪がせ、恐怖に陥れた事か・・・。当然、俺もそんな犠牲者の一人であったわけ
だが、話をしているうちに、凄く良い奴で純粋な心の持ち主である事が分かり、それ以降はそれなりに仲良くし
ていた・・・。貂蝉を見ていて、やっぱり人は中身が大事なんだと気付かされたりもした・・・。
沙和は貂蝉と和気あいあいに女の子同士?の会話に花を咲かせている・・・。その光景は端から見れば、
異常に映る事だろう・・・。
沙和も最初は気味悪がっていたが、今みたいにいつの間にか友達の様に仲良くなっていた。実際、俺も街の
情勢をよく知っている事から、貂蝉から色々と話を聞いていたりはしていた。そう言えば昔・・・、春蘭に
こいつの店を紹介したことがあったっけ・・・、あの時は、結局店に入らないで別の店に行ったけど・・・。
「それより貂蝉・・・、お前こんな所で何をしているんだ?店はどうした?」
「へ?お店って・・・?」
「何を言っているんだ?店って言ったら服屋の事に決まっているだろう」
「・・・ぁ、ああ!そうね服屋!私の服屋・・・、前の戦闘で滅茶苦茶になっちゃって
・・・およよ〜」
涙目に親指の爪を噛みながら、腰をくねらせながら崩れ落ちる貂蝉。ただ気持ち悪いの一言につきる光景だ。
最初の頃だったら、拒否反応を起こしていたぞ。
「それじゃ、ここで何をしていたの〜?」
そこに沙和が貂蝉にここで何をしているのかを聞く。
「前に話さなかったかしらぁ〜?私、店を開く前・・・踊り子していたって」
「いや、俺は初耳だ」
「沙和もなの〜・・・」
貂蝉が踊り子だったなんて話は聞いた事がないが・・・。でもつまり、そう言う事なのか?
「じゃあ何か・・・?店での営業が無理だから、仕方なく踊っていた、と」
「もちろん、無料(ただ)で私の魅力ある踊りを披露していたの♪」
先程までの態度から一変、片足を上げてうっふんと舌を出してポーズを決める。
「反って寄りつかない様な気が・・・」
そこにすかさず凪が突っ込みを入れる。確かに突っ込みたい気持ちは分かるが・・・。
「何か言ったかしら、楽進ちゃん?」
「え、あ・・・いえ、な、何も・・・!?」
ドスの聞いた声で凪に聞き直す貂蝉。凪は慌てて言い繕う。
「ま、まぁあれだよ貂蝉!俺達、まだ警羅の途中だから、さ!もう行くな!」
「あらそう?それは残念だわ〜。折角だから私の!素敵で!美しい!魅力あふれる踊り・・・!見せて
あげようと思ったのに・・・」
「そ、そうか!それは残念だー。じゃあまたな!!」
俺はそう言って、これ以上嫌な雰囲気になる前に二人を連れて貂蝉と別れた。
「ばいばいなのー!」
「失礼します・・・!」
「・・・・・・もう行ったわよ」
貂蝉の後ろから一つの影が現れる。
「・・・ふむ。上手く誤魔化せた・・・、といった感じでしょうか?」
「あらぁ、何のことかしら?」
「・・・まぁ、いいでしょう。貂蝉、そちらはどうですか?ちゃんと力は取り戻せているのですか?」
「お陰様で♪あと一日か二日でかんぺっき!」
「それは良かったですね。しかし、驚きました・・・。まさか、あなたとこうして再び出会えようとは」
「私もよ〜。アレが私のいた外史を消滅させる前はねぇ・・・」
「そういえば、あの方は?」
「さぁ〜てね♪きっとこの外史の何処かで良い男でも探してんじゃないかしら?」
「はぁ・・・」
「それで、そっちは・・・?左慈ちゃんは見つかったの?」
「いえ、全く足取りもつかめていません。一体何処にいってしまったのやら・・・」
「そう・・・、あの子も困った子ね〜」
「最も、彼も同様・・・北郷殿を狙っているのは間違いありません。彼から目を離さなければ、
いずれ向こうから現れるでしょう。ですので、あなたには今後とも監視を頼みます」
「まっかせて頂戴!!だから干吉ちゃんも奴等の動きを掴んでちょうだい!」
「はい・・・。お任せを。・・・ああ、それともう一つ、彼の監視を併せて体の異変も逐一報告して
下さると助かります」
「体の異変?どういう事なの?」
「言葉通りですよ。彼にもしもの事があれば、草葉の影で見ている南華老仙に会わせる顔が無いので・・・」
「そう・・・、ご・・・老仙ちゃんはもう・・・」
「はい・・・。ですが、彼は自分の役割を全うしてくれました。後は我々が彼の遺志を継いで・・・」
そう言って、影は再び姿形を消した・・・。
「・・・そうねぇ〜」
と、あさっての方向を見る貂蝉であった。
その夜・・・の事だ。俺の部屋に一人の侍女がやって来た。
華琳が呼んでいるのと聞いたから、急いで華琳の部屋の前にやって来た。ここに来るまでの間、俺が少し
ばかし桃色な妄想をしていたのはここでは省かせて頂こう。
「華琳、俺だけど・・・」
華琳の部屋の前までやって来ると俺は扉を叩いて自分が来た事を中にいる華琳に確認させる。
「一刀、入ってきなさい」
「失礼します・・・」
そう言いながら俺は戸を開けると、部屋の中には華琳一人だけだった。
寝る前だったのか、両側の髪留めは外され、特徴的なクルクル(いわゆるツインドリル)はとかされ、
髪はストレートに伸ばされていた。ちょっと大人びた雰囲気になって思わずどきっとしてしまった。
「・・・どうしたの、一刀?早くこちらに来なさい」
と言って、華琳は手を俺をこっちに来るよう誘う。はっと我に返った俺は急いで華琳の前に置かれていた
椅子に座る。いつもと違う雰囲気の華琳を前にしてどぎまぎしている俺。
「で、でさ・・・、こんな時間に俺呼んでどうかした?」
俺は誤魔化すように華琳に要件を聞く。
「ええ、寝る前にあなたに聞いておこうと思って・・・」
「聞くって、何を・・・?」
どうやら真面目な方の用だったようだ・・・。
「陳留・洛陽で見せたあの常人の域を超えた身体能力・・・。私が知る北郷一刀はそんな能力を持っていた
という記憶は一切無いわ」
「・・・・・・」
華琳が言おうとしている事が分かった俺は顔を引き締める。当然と言えば、当然の反応だろう・・・。
チート級の動きを見せられれば、誰だってそう思うさ。
「一刀、それは・・・天の国の技術か何かなのかしら?」
「少なくとも・・・、それは違う。俺がもといた世界に戻ってからこの世界に戻って来た時にはあんな力は
俺には無かった・・・」
「・・・なら、あの力はいつ身につけたの?」
「良く分からない・・・。ただ、呉の建業で保護されて、その後にはすでに」
「その後・・・、あの建業での暴動事件の事ね?確かあなたが解決したって・・・聞いているわ」
「う〜ん・・・まぁ、暴れていた化け物を倒したっていうのなら。ただその時の記憶って
結構あいまいで・・・、気が付いたら、何故か魏の冀州の国境近くの所にいたんだ・・・」
「じゃあ、あなたは冀州から洛陽まで歩いて来たっていうの?それにしては随分と時間がかかり過ぎでは
ないのかしら?」
「色々とあったからなぁ、色々と・・・。山だ森だと道に迷って、熊に襲われたり、他人の面倒事に巻き
込まれたりって・・・、露仁と」
半笑い気味にその道中の事を思い返していると、気付いた時には露仁の名前を口にした。俺は思わず口を
止めてしまった。
「露仁・・・?」
聞きなれない名前を聞いて華琳は聞いてきた。
「え・・・っと、露仁って言うのは、俺が会った武器商人のお爺さんの名前」
「そう・・・、つまりその露仁という御老人と一緒に商売の手伝いがてらに洛陽に向かっていたの・・・。
その途中でもその力は・・・?」
「・・・2回くらい、使ったと思う」
「では、その露仁殿には大変を迷惑を二回もかけたと言う事になるわね?
一刀、その方は今何処にいるの?陳留では見かけなかったけど・・・」
「・・・死んだ」
「えっ・・・?」
突然、低い声で喋ったせいか、俺の口から死という単語を耳にしたせいか、華琳は言葉を失くした。
「旅の途中で・・・さ、何の目的かは知らないけど、俺の命を狙って来た奴がいてさ。そいつに・・・」
ふとあの時の露仁と伏義の光景が鮮明に呼び起される。ボロボロとなった露仁が大量の血を吐きだしなら
崩れ去る姿、そしてそれを楽しそうににやにやと笑っている伏義の姿。ふつふつと腹の底から湧き出してくる
何かが俺の頭を支配する。そして、奴の笑顔が何度も・・・何度も、何度も脳裏で再生される。
「一刀・・・?」
「・・・伏義ッ!!!」
「一刀!」
「・・・っ!」
華琳の声に、はっと我に返る俺。目の前には、心配そうに俺の顔を覗き込む華琳の顔。気が付けば、全身は
汗でびっしょりとなって、掌は爪の跡が血がにじむ程に残っていた・・・。
「大丈夫、一刀・・・?」
「・・・うん、多分大丈夫・・・助かった」
「何の話?」
「多分、華琳の声が無かったら・・・きっと力が暴走する所だった」
「そう・・・それは良かった。そんな事をされたら、城が大変な事になってしまうものね」
「春蘭達も・・・傷つけていたかも」
「そんな事になったら、あなたの首が飛ぶわね」
「・・・全くごもっとも」
そして華琳は再び椅子へと座り直すと・・・。
「つまりあなたは、その力を良く分かりもせず、使いこなせている訳でもなく使っている、
そう言う事?」
「はい・・・、情けない事に。でも・・・」
「でも・・・?」
「それも心次第・・・なんだと思う」
「心次第・・・ねぇ。ひどく抽象的な言葉だけど・・・、あなたの心一つでどうにかなるようなもの
なのかしら?」
「うん。それは間違いないと思う・・・、だからの俺の心次第」
そう言って、俺は自分の胸に手を当てる。
「ふふふ・・・」
「か、華琳・・・?」
「あっははははははははははは・・・っ!!」
急に笑い出す華琳・・・。そんなに変な事を言ったつもりは無いんだけどなぁ。
「な、何も笑う事は無いだろう!」
「ふふふ・・・、ごめんなさい。柄にもなく格好付けているからつい・・・」
そしてまた笑い出す華琳。
「悪かったなぁ〜、柄にもない事を言って・・・!」
不意打ちに突然、華琳が俺の唇を奪う。そして数秒間・・・。
物足りない感じを残しながら、華琳の唇が糸を引きながら離れていく。
「でも・・・、そんなあなたも嫌いでは無いわ・・・」
「か、華琳・・・。」
妖艶な笑みをこぼしながら、華琳は文字通り、上から目線で俺に囁くように言った。
そして俺の上に覆いかぶさるような体勢をとると、今度は着ていた服をはだけさせていく。
「久し振りなのだから・・・、今宵は存分に楽しませて頂戴な・・・」
「・・・勿論」
その後、朝まで俺は華琳の部屋で過ごした・・・。
↓以前、描いた「もし、僕が髪をおろしたストレートヘアな華琳さんを描いたならば。下書き」を修正した挿し絵
―――2日目
午前・・・、俺は自分の部屋で警備隊の過去の資料を読み漁っていた。約2年分の警羅報告やら何やらで、
机の上だけでなく、床にも竹簡の山が出来ていた。俺が帰って来た時に備え、凪が一生懸命書いてくれた
おかげで竹簡には細かい文字がびっちりと並んでおり、いつになったら全てを読み終えるのやら・・・。
コンコンッ・・・
俺が竹簡と格闘していると部屋の戸を叩く音が聞こえる。
「北郷、いるか?」
秋蘭の声だ。俺に何か用があるのだろうか?
「秋蘭?鍵はかかっていないから、どうぞ」
俺の声を確認した秋蘭は戸を開けると、当然というか・・・目の前の光景に唖然としていた。
「・・・北郷、これはまた随分と」
「まぁね、約2年分だから。で、俺に何の用?」
「うむ・・・、実は探し物を・・・な」
「探し物?どんなやつを探しているの?」
「・・・巻物だ」
秋蘭はその巻物についてさらに詳細を教えてくれた。何でも、その巻物は以前、五胡が襲撃して来た際に
向こうが落としていったものだそうだ。中身は確認したそうだけど、そこに書かれていた文字がどうも特殊で
秋蘭では読めなかったらしい・・・。
「桂花にも見せたのだが、あやつもさっぱしだそうだ・・・」
「桂花でも読めないって・・・、一体何だよそれ?・・・じゃあ、秋蘭がここに来たのって?」
「ここでお前が警備隊の資料を読み漁っていると聞いたのでな。もしやその中に混ざり込んでいるのかと
思ってな」
確かにこれだけの量なら、そういうものが混ざっていてもおかしくは無いだろうけど・・・。ここから
それを探すのは楽じゃなさそうだな。
「そうか・・・。ちなみに、巻物を失くしたのはいつなんだ?」
「巻物が無いのに気付いたのは一昨日の夜だ」
「一昨日って・・・、洛陽が連中に襲われていた時じゃないか!」
「ああ、そうだ。その前の日までは確かに私の執務室で保管していたのだが・・・」
五胡の謎の巻物が謎の武装集団の襲撃があった日に紛失する。春蘭ならともかく、秋蘭がそんな間抜けな事
をするとは思えないが・・・。単なる偶然なのか、それ?
「華琳はその事を・・・」
「華琳様にはまだ巻物の事は報告していない。知っているのは私と桂花・・・、それとお前だけだ。
本当なら、お前にも見せたかったのだが・・・」
「桂花でも読めない様な物を俺が読める訳が無いと思うんだが・・・」
「天の国からやって来たお前ならもしかしたら、と思ったのだが・・・な」
「過大評価だよ、それ。言語系は得意じゃないんだぜ、俺。まぁ、肝心の巻物が無いんじゃ元も子もない
けど・・・ん?」
俺はふと、戸の方を見る。
「どうした?」
「ん、いや何でもない・・・」
一瞬、部屋の外に誰かの気配を感じたんだけど・・・、秋蘭が気付いていないのだから、まぁ俺の気の
せいだろう。
「でも事情はよく分かったよ。もしそれを見つけたらすぐ教えるよ」
「うむ、そうしてくれると助かる」
と秋蘭と一通り話が終わったと思った時だった。
「北郷!北郷はいるか!」
俺の部屋の戸を乱暴に叩きながら、俺が居るか確認する春蘭の声が戸越しに聞こえてきた。
「春蘭!聞こえているよ!鍵掛かっていないから!」
と俺が言うと先に、春蘭が戸を力一杯に開ける。その勢いよく開けられた戸の衝撃で近くに積まれていた
竹簡の山の頂上から竹簡1個が山の斜面を転がり落ちていく。
「おお、何だ。秋蘭もいたのか?お前も北郷に・・・」
秋蘭に気が付いた春蘭はそのまま俺達の方に歩みよろうとする。しかし、その進行方向には先程の竹簡が
・・・。そして春蘭はそれに気が付く事も無く、竹簡の上に右足を・・・。
「春蘭!足もとに気をつけ・・・!!」
忠告しようとしたが既に手遅れであった・・・。
「う、うわわわぁあああああああっ!?」
春蘭の右足は踏みつけた竹簡に体のバランスを奪われ、そのまま竹簡の山に向かって勢いよく倒れてしまった。
ドガァァアアンッ!!!
竹簡の山は崩れ去り、春蘭は大量の竹簡の下敷きとなってしまった。
「いたたた・・・」
今だに頬と口の中がひりひりと痛む。
「大丈夫か、北郷?」
そんな俺の身を案じてくれる秋蘭。
「・・・姉者ももう少し加減すればいいものを」
秋蘭はそのまま隣の春蘭に視線を移す。春蘭はばつが悪そうな顔をしていた。
「だ、だから悪かったと言っておろうに・・・」
春蘭は顔を赤らめながら、俺から視線を逸らしながら俺に謝罪した。
数分程前、俺は自分の部屋で春蘭に顔を殴られた・・・、しかもグーで。竹簡の山に埋もれてしまった
春蘭を見兼ねた俺は彼女の傍に駆け寄り、手を貸そうとしたら、問答無用でいきなり・・・。
「貴様ぁ、秋蘭の前で私にこんな恥し目を・・・!!私に何か恨みでもあると言うか!!」
顔赤面涙目にして怒鳴り散らしてきた・・・、でも別に俺のせいではないだろうに。とばっちりもいい所だ、
理不尽だ!・・・そういう所が春蘭らしいと言えばらしいが。
俺は痛む頬に冷水で冷やした手拭いを当てながら、自分の椅子に座り肘を机に乗せていた。頬の皮膚に
冷えた手拭の感触がじんわりと染み込んでくる。ちなみに部屋の中は春蘭が暴れたせいで綺麗に積まれていた
竹簡の山達が崩れ、床に散らばっていた。それ見て、溜息を一つ・・・。
「まぁ、いいよ・・・。そっちの誤解も解けたようだし、それより俺に何の用?」
俺は完全に脱線してしまった話を戻す。春蘭がここに来たのは俺に用があっての事だ。
「う・・・うむ〜、限定の菓子を買うのを手伝ってもらおうと、だな」
「また限定の菓子か・・・」
ぼそっと、呟く。
「何か言ったか?」
「いや別に」
「だが姉者、限定の菓子は明日買いに行くのではなかったのか?」
そこに秋蘭が割って入って来る。
「あぁ、それが撫子がな・・・。急に予定が変更になって明日に帰ってしまうのだそうだ」
「・・・それはまた、ずいぶんと急だな」
「撫子・・・って、確か曹洪の事・・・だよな?」
俺は二人の会話に割って入って撫子という人物について確認する。
「北郷は確か一昨日の夜の宴会で一回顔合わせをしていたな」
「うん、言葉通り顔合わせ程度だったけど・・・」
その時の彼女の第一印象は、物静かなおっとりとしたお姉さんタイプ、保健室の先生にいそうな・・・。
魏の皆とはまた別の雰囲気を醸し出していたなぁ〜と受け止めていた。曹洪こと撫子についての詳細は後で
紹介するとしてここでは省くとしよう・・・。
「彼女・・・、何処かに行くのか?」
「奴はお前と違って多忙の身だからな。止む得ん事だ」
「ちょっと待ってくれよ!それじゃまるで俺が何もしていないプー太郎って言っているのか!?」
「実際にそうであろうに!」
「ひどっ!!」
言い切ったよ、この人。確かにそうだけど、そんな直球ストレートで言う事は無いでしょうに・・・!
「朝廷とこの国の橋渡しをしながら、国中を歩いて回ってくれているからな・・・」
「そうだ。だから北郷!早く支度しろ!限定の菓子が無くなってしまうだろう!」
と言って、春蘭は俺を急かしてくる。
「まぁ待て、姉者。北郷は見ての通り怪我を負った身、北郷に代わって私が付いて行くさ」
「う、うぅむ〜・・・。そ、そうか?秋蘭がそう言うなら・・・」
結論に至るまで妙な間があったが、渋々という感じで秋蘭の提案に乗ろうとする春蘭。
その時、秋蘭が春蘭に気付かれない程度に俺に視線を配って来た。俺の怪我を心配しての目配せでは無く、
何かを期待する目だった。彼女は俺に何を期待していのだ?俺は春蘭の方に目をやる。時折春蘭の視線と
俺の視線が重なるが、すぐにそらし、また重ねてくる春蘭。い、いかん!このままでは俺は・・・根拠は
無いが、何か空気が読めない男になってしまう、そんな気がしてならない!そもそも春蘭は俺を誘いに来たんだ、
秋蘭ではなくて。だから・・・、多分そうなんだろうな、きっと。
「・・・待ってくれ、秋蘭。俺が行くよ」
「ふぇ?北郷・・・?」
俺の突然の言葉にポカンとする春蘭。
「いいのか?しかし、その頬はまだ痛むのではないか?」
「もう痛みは引いたから、問題無い。俺も少し気分転換したかったしな」
本当はまだ痛かったけど・・・、そこは顔に出さず。
「そうか・・・、なら姉者の事を頼むぞ、北郷」
「よ、よしそれなら北郷!早く支度しろ!」
途端に嬉しそうな顔をする春蘭。俺は秋蘭の方に視線を配る。
「ふふっ・・・」
その表情から思うに、どうやら俺の選択は正しかったようだ・・・。俺は財布を尻ポケットに入れて、
春蘭と共に街へと行った。
街のとある一角・・・、比較的被害が無かった地区の通り。そこに一列の長い行列が出来ていて、その列の
中腹に俺と春蘭は並んでいた・・・。
「ところで春蘭・・・、今日の限定の菓子ってどんなのなんだ?」
並んでいる間、暇な訳で・・・俺は春蘭に菓子について聞いてみた。
「うむ、確か・・・卵で作ったぷるんとした変わった生地の上に黒い蜜をかけた全く新しい菓子でなぁ」
そう説明されて、俺はプリンみたいな感じの奴を想像する。この時代にしては中々に高度そうな菓子だな。
冷蔵庫みたいなものがあるわけでもないのに。
「しかも、驚くのはまだ早いぞ。何せその菓子を作ったのはあの流琉なのだぞ!」
そう言って、春蘭はまるで自分の事の様にえっへんと胸を張って自慢する。
「へ〜、あの流琉が監修したお菓子なのか」
料理上手だからな、流琉のやつ。とうとう自分の料理を店に並べるようになったか。ん、待てよ・・・?
流琉が作った菓子だって言うのなら・・・。
「なぁ、春蘭」
「何だ、北郷?」
「その菓子・・・、流琉に頼んで作ってもらうってわけにはいかなかったのか?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・どうなんだ?」
「・・・ふぇ?」
しばらくの間をおいて、目を丸くする春蘭。ああ、これはきっとそこまで考えていなかったようだな。
「考えていなかったのか・・・?」
「な、なななっ!何を言うか!?私は・・・えっと、その・・・ああ、そうだ!流琉は今、忙しいからな!
私一人のわがままで困らせる訳にはいかんからな!」
何か取ってつけたような言葉を最もらしく聞こえる様に並べているけど・・・。まぁ、確かに今日だって
季衣と流琉は街の復旧作業の炊き出しに出ているからな。春蘭の言っている事もあながち間違ってはいないけど
な・・・。
「そうか、春蘭もちゃんと考えているんだな。すごいすごい」
「何だか、小馬鹿されているような感じがするが・・・」
「気のせい、気のせい」
ぷぷっと笑いそうになる所を堪えて話を逸らす。
「まぁ、そんな事はいい。・・・北郷」
と、春蘭は態度を改める。すると今度は照れ臭そうにもじもじする。
「え、えぇっと・・・だな。その、色々とごたごたしておったからな。言うのを忘れていたのだが・・・」
「う、うん・・・、何だ?」
「その・・・だな。あの時、秋蘭を助けてくれただろ?」
あぁ・・・、あの時の事か。今思い出しても随分と無茶な事をしたもんだと自分でも思っている。
何せあの時は無我夢中だったからな。最もあれだって、あの力が働いてくれたおかげなんだが・・・、今だに
あれが何なのかさっぱしだ。皆、俺を気遣ってか、それともどうでもいいのか、その事についてはあまり追及
してこない・・・。前に一回、華琳に個人的に追及されたけど・・・。春蘭が言いたい事はそこでは無いようだ。
「実の所、もう駄目だと思った。秋蘭は死ぬんだ、私の目の前で・・・そう思うとすごく、悔しくて・・・」
春蘭の肩が震えていた・・・。あの時の気持ちがぶり返しているのだろうか。
「立つことすらできない自分が・・・、何もできない自分が歯がゆくて・・・」
「春蘭・・・」
「だが・・・、お前は来てくれた。秋蘭をまた助けてくれた・・・!お前がいたからこそ・・・、秋蘭は
死なずに済んだ」
まぁ、その後問答無用で斬りつけられたわけだが・・・。それは俺の心の中にとどめておこう。
「だから・・・、えっと、その・・・。あ、ありがとう、北郷。秋蘭を助けてくれて」
「お、応・・・・・・」
いや、そんな面等向かって言われると、物凄い照れるんだけど・・・。周りの人達は一体どんな風に見えて
いるのだろう、俺達のやり取り。春蘭は照れ臭さから俺から顔を逸らす。そんな春蘭の初な姿を微笑ましく
見ていた・・・。
「・・・?」
誰かの視線を感じた俺は反射的にその視線の先にいる誰かを見つける。
だけど、通り過ぎる人達に紛れてフードの下の顔がよく見えない・・・。
「お、列が動いたぞ、北郷!」
目を凝らしてよく見る・・・。そこまでこだわる理由は無いはずなのに、俺はそうしていた。
「ん、どうしたのだ。北郷?」
俺を見て笑っている・・・。間違いない、奴は・・・あの時の!
「北郷!北郷!聞いているのか!」
「えっ・・・!?な、何!?」
耳元で大声を出され、驚いて視線を春蘭に戻す。
「何!?では無い!どうした、ぼんやりとしおって・・・!」
「別にぼんやりとは・・・」
俺は再びその白装束を人ごみの中で探す。でもすでに奴の姿はそこには無かった。
「気のせい・・・だったのか?」
「何をごちゃごちゃと言っておるのだ?ほら、北郷行くぞ!」
そう言って、俺の腕をぐいぐいと引っ張る春蘭。まぁいいか・・・、今は買い物に集中しよう。
それから30分くらい過ぎて、ようやくお目当ての菓子を手に入れた。想像していたよりもプリンらしくて、
正直これを作った流琉の腕に感服してしまった。
「良し!では今度は華琳様の服を・・・!」
それで今度はいきなり華琳の服(と言っても実際は、等身大華琳様人形用のだろうが・・・)を買いに行くぞ、
なんて言い出すから困ったものだ。菓子はどうするんだと聞いたら少し考えた後で、城に一旦帰ってまた買いに
行くという事に・・・。前にあったよな、こんな展開?
その後、秋蘭も一緒に3人で夜遅くまで買い物をする事となり、俺はすっかり白装束の事を忘れていた・・・。
―――3日目
午前・・・、洛陽の街。復旧作業も順調に進み、街本来の姿を取り戻しつつあった。今日は朝早くから、
俺は季衣と流琉と一緒に復旧作業での炊き出しに参加するべく、食材の買い出しに出ていた・・・。
「なぁ、季衣・・・。炊き出しの食材ってこんなに必要なのか?」
背中に大量の食材を背負い込み、両手にも食材を引き下げながら、右横の季衣に問いかけた。
季衣も当然ながら、食材が山のように積まれた一回り大きいザルを両手で抱える様に運んでいた。
「何言ってんだよ、兄ちゃん!これだけでも足りないくらいだよー!皆、頑張って街を元通りに
直してるんだもん!一杯お腹がすいちゃうよー!」
「う〜ん、言いたい事は分からなくもないけど・・・」
「でも、実際はほとんどを季衣が食べちゃうんですけどね・・・」
と、俺の左横を歩く、これまた大量の食材が入った大きな竹かごを背負っている流琉がさりげなく俺に
補足を言ってきた。
「あ〜・・・、そう言う事」
流琉の言葉に納得する俺。
「流琉っ!どうして兄ちゃんの前でそんな余計な事を言うんだよ!?」
「本当の事でしょう!街の人達に炊き出ししたのに、それを自分で食べてちゃ本末転倒じゃない!」
と、俺を挟んで口げんかする2人。そんなこんなで、炊き出しする場所に着くと食材をまな板、包丁といった
調理器具が用意されている台の上に食材を置いた。重い物を背負っていたせいで、肩と腕が痛い・・・。
「これでいいか、流琉?」
「はい、お疲れ様です」
俺と言葉を交わしながら、流琉はやり慣れた感じでエプロンを着けるとすぐさまに食材を次々とさばいていく。
他にも炊き出しをしている人達もいて、味噌汁を作っている人、ご飯を炊きだしている人、出来た料理を運ぶ人
と・・・俺の出る幕はまるで無かった。季衣も既にそこにはおらず、復旧作業の手伝いに行ってしまった。
「・・・・・・」
俺もなにかしなくては、と思い、周囲を見渡す。すると、流琉の足元に置かれた、食材を洗うための桶に
入った水がだいぶ汚れているのに気が付いた。なので俺は新しい水を取りに炊き出し場から出て行った。
炊き出し場から少し離れた井戸から水を汲みとり、あらかじめ用意していた桶に綺麗な水を注いだ。
「・・・さて、行くか」
水が入った桶を手に取ると、俺は再び炊き出し場に向かった。その道中・・・。
「そこの・・・若い人」
突然、呼び止められる。俺は周囲をキョロキョロと見渡し、呼び止めた人物を探した。そして俺の目に
止まったのは、家の日陰となっている所で腰を降ろす、目深く布を被った人物がそこにいた・・・。そして、
俺はこの人物を知っていた。
「お前は・・・、確か許子将・・・!」
「覚えておいで下さり・・・」
『大局の示すまま、流れに従い、逆らわぬようにしなされ。さもなくば、待ちうけるのは身の破滅・・・。
くれぐれも用心なされよ?』
あの日、華琳達と一緒に街の視察の帰りに言われた言葉・・・。
その時は、まだその言葉の真意を知らず、知ったのはずっと後、すでに手遅れだった。もし、俺がその言葉の
真意を理解して従っていたら、一体どうなっていたのだろう?それを今言った所で、仕方のない事だ・・・。
そして今、俺の前にいる人物はまさにその言葉を言った本人でだった。俺は手に持っていた桶を地面に置いた。
「あんたの忠告を無視したおかげで、言葉通り俺は身を破滅させてしまったよ」
俺は許子将に、その後の俺の顛末を告げた。許子将はくくく・・・と喉を鳴らした。
「しかし今そなたはここにおる。それはそなたが新たに役割を得たと言う事・・・」
「役割・・・か。あんたにはそれが何か分かるのか?」
「この外史はすでにそなたが知る正史とは完全に逸した世界・・・。その先はまさに白紙・・・同然」
「その白紙に未来を描くのが、俺の役割だって・・・」
「未来を描くは、この世界に生きる者達全てに等しく与えられた権利。そなただけに限った話では無い・・・」
「・・・・・・」
「しかし、等しく与えられた権利を無理やりに奪い上げようとする存在がおるのも、また事実」
「奪い上げる・・・?一体何の為にそんな事を?」
「その者は、人の形を知りたいがため・・・己の使命を忘れ、人の形を求め彷徨い、そして自分の糧にして
おるのですじゃ」
「そいつをどうにかするのが、俺の新たな役割・・・?」
「されど・・・、その役割は本来、違う者が担うはずじゃった。自身がまいた種、過ちとして・・・しかし、
その者はすでに形を失い、そしてその遺志はそなたに託された」
許子将の言葉から、俺はあの人の事を頭に思い描いた・・・。
「もしかして、その人って・・・」
「心の向かう先を見失う事が無い様に。この世界の行く末は、今やそなたの心次第・・・」
「その言葉・・・!やっぱり露仁の事か!?そうなんだな!教えてくれ・・・、知っているんだろ!
俺の力の事を!あいつ等の事を!」
俺は許子将の細い両腕を乱暴に掴み、俺の疑問に対する答えを求めるあまり、許子将の体を乱暴に揺する。
「全てはあの御方の遺志がために・・・。その身、大事になされよ、北郷殿」
俺に体を揺すられながら、許子将はそれをだけを言って黙ってしまう。
「頼む、教えてくれ!何を知っているんだ!あんたは何を知っているんだ・・・!」
「・・・刀、一刀っ!!」
「・・・ッ!?」
突然の呼びかけにはっと我に返る。後ろを振り返ると、そこには俺の左肩を掴む霞のが立っていた。
そして再び許子将の方に目を向けると、そこに許子将の姿は無く、俺の両手の中には、俺をじっと見ている
猫の姿があった。俺は猫を持ったまま、左、右と許子将の姿を探す・・・が、その姿は何処にも無かった。
「ちょい一刀、どないしたん、さっきから?何を探しとんねん・・・」
「霞・・・、許子将は何処に行った!?」
「はっ?許子将で誰やん?」
「今、俺とここで話をしていた人の名前だ!さっきまでここにいたはずなのに・・・!」
「・・・一刀?お前、何を言っておるん?」
「何をって・・・!」
「人なんて・・・、最初からおらんかったで?一刀一人で野良猫にずっと話しかけておって、そしたら急に
猫を抱き上げて乱暴に揺すり始めたんやで・・・?」
「・・・・・・っ!」
霞の言葉に、俺は言葉を失った。俺は猫から手を離すと、猫はそのまま地面に着地すると、俺が地面に
置いた桶を倒して、そのまま何処かへと行ってしまった・・・。横に倒れた桶から、井戸から汲み上げた
ばかりの水が流れ出し、地面に水溜りを作りながら地面の中に染み込んでいった・・・。
午後・・・、街で季衣達と炊き出しを終えた俺は街で季衣と流琉と別れ、霞と一緒に一足先に城に帰っていた。
一緒に酒でもどうやって霞に誘われたが、とてもそんな気分では無かったから、霞の部屋の前で別れた。
俺も自分の部屋に戻るべく、近道に中庭を通っていた時だった。
「あら、一刀じゃない」
右方向から声が掛かる。俺は右に顔を向けると、庵の下で茶会をしている華琳と・・・。
「あ、華琳・・・。それに曹洪さんも・・・」
華琳の反対側に座ってお茶をすすっていた曹洪が湯呑を置き皿に戻して、頬笑みながら軽く会釈をしてきた
ので、俺もつられて軽く会釈した。
「二人でお茶会・・・?」
「えぇ・・・、本当なら明日の予定だったのだけれど。彼女の都合で一日早まってしまったの」
そう言えば、昨日春蘭が言っていたな・・・。丸いテ−ブルの上には、昨日春蘭と一緒に買って来た
菓子が二人の前に置かれていた。俺は華琳に誘われ、二人の間に挟まれる形に座る。侍女の人がお茶の
入った湯呑を俺の前に無表情に置いてくれた・・・。
「一応、二人は面識はあるのよね?」
「この間の宴会で一回。軽く挨拶程度に・・・」
「そうですわね。あの時以来、ですね。あちらこちらとごたごたしていたせいでちゃんとお話し出来る
機会がありませんでしたしね・・・」
確かに、遠くに見かける事はあったが、面と向かって話すのはあの時以来かもしれない。
「曹洪さんは確か・・・、華琳とは昔からの付き合いなんですよね?」
俺は宴会でのおぼろげな記憶を元に彼女に聞いてみた。
「はい、橋玄様の元で華琳と一緒にお世話になっておりました」
「私がまだ文官だった頃、撫子は橋玄様の秘書を務めていたの。元々身内の間柄ではあったけど、
橋玄様を通じて初めて会ったの」
「それより前に会った事は無かったのか?」
「曹の家系って、あなたが考えているより複雑なのよ。私も橋玄様に教えられるまでは、撫子が身内だとは
思ってもいなかったのだから」
まぁ、俺だって親戚の人達全員の顔と名前を知っているわけでもないしな・・・。華琳の一族ともなれば、
尚更なんだろうな・・・。
「あれ?じゃあ、曹洪さ・・・」
「撫子で結構ですよ?」
撫子ってきっと真名の事なんだよな、きっと。彼女は俺を見ながらニコニコしている。
「・・・じゃあ、撫子さん」
「はい?」
「橋玄さんが亡くなった後は・・・、どうしていたんですか?華琳の所にはいなかったようだけど・・・」
俺が初めてこの世界にやって来た時、俺は彼女の存在は知らなかった。城にもいなかったし・・・、
だからと言って他の武将の所でも彼女の名前は聞いた事が無かった・・・。
「橋玄様が亡くなられた後、私は朝廷で働いておりました。最も位は華琳よりも低かったですが・・・」
そう言い終えた後、撫子さんはお茶をすすった。そうか・・・、朝廷の人だったから知らなかったのか。
華琳は朝廷の事はあまり口にはしなかったし・・・。
「じゃあ、今は・・・?」
今の朝廷はその機能を完全に失い、すでに形骸化している。例えるなら、今の日本の天皇のような
立ち位置にある。今の皇帝は華琳達の保護下に置かれる形を取っている様だ。
「今は、華琳の所で働かせて頂いております。前々からお誘いがありました事ですし」
「そうだったの?」
「中々首を縦に振ってはくれなかったけど・・・」
「・・・まぁ、そう簡単には人は変われない、・・・でしょう、一刀様?」
「いや、そこで俺に振られても・・・」
「撫子には、魏領内を歩きまわってもらい、各地での問題事を解決してもらっているの」
「いわゆる、何でも屋ですね♪」
華琳の説明に、撫子は補足をつける。
「魏の何でも屋・・・、ねぇ?でも・・・、魏だって結構大きいだろ?大変じゃないか?」
「それは勿論」
撫子さんはきっぱりと言った。
「否定はしないのか・・・」
「否定はしないのね・・・」
打ち合わせなんてしていなかったけど、俺と華琳の声が偶然にも重なる。
「実際に大変ですからねぇ〜」
そんな彼女は悪びれた様子もなく・・・。
「あ、そうだ。今度は一刀様に聞いてもよろしいですか?」
「え?はい、何ですか?」
俺の傍らで、華琳は熱いお茶をすすっていた・・・。
「一刀様と華琳・・・、寝台の上ではどっちが攻め手なんです?」
ブブーーーーーーッ!!!
「熱ッ、あちちちちちちッ!?!?」
華琳の口から噴き出た熱いお茶が俺の顔にかかり、その熱さに椅子から転げ落ち
ゴロゴロと地面を転げまわった・・・。
「全く・・・、口に一度含んだお茶を噴き出すなんて・・・はしたないわよ、華琳?」
「あ、あなたが変な事を言うからでしょう!」
侍女の人が、乾いた手拭を無表情で俺に差し出す。俺はそれを手にとって顔を急いで拭いた・・・。
「・・・で、実際はどうなんです?」
撫子が俺に改めて聞き直してくる。
「だ、だから・・・!」
「どっちかって言うと、俺の方が攻め手かなぁ・・・」
「一刀!?あなたもあなたで答えているんじゃないわよ〜!!」
「ご、ごめん!ついうっかり・・・」
「ついうっかりって何よ!?ついうっかりって!?」
「あらあら・・・、二人とも本当に仲がいい事で♪」
「「誰のせいッ!?」」
俺と華琳の声がおもしろいくらいに重なる。
「でも・・・そう。成程」
そう言いながら、撫子さんは華琳の顔をじろじろと見る。
「な、何よ・・・?」
「ううん、別に・・・。唯、いつも人の上に立って導いているあなたが、彼の立派な剣で上から為す術も
なく刺し貫かれているんだなぁって・・・」
「ただの下ネタじゃないか、それぇッ!?」
気が付いた時には、すでに俺は彼女に突っ込みを入れていた。
「ええ、それが何か♪」
開き直りッ!?その笑顔で開き直りですか、あなた!?
「でも私も興味をそそられますね〜。華琳をそこまで夢中にさせるあなたが・・・」
そう言って、撫子さんは椅子から立ち上がるとテーブル越しに、俺の鼻と彼女の鼻がぶつかるすれすれまで、
顔を近づけてきた。彼女のその長い黒髪から良い香りがして来て、その香り俺の鼻をくすぐる。
「ちょっと撫子。何勝手に一刀を誘惑しているの?」
とそこに水を刺す様に、華琳が割って入って来る。
「まぁまぁ・・・♪あの華琳が、まさかのやきもち?」
「なっ!?誰がやきもちなんて!?」
「違うの?」
「それは・・・!?」
「それは?」
「・・・・・・っ!もう、知らないわよ!」
そう言って、華琳は頬杖ついてそっぽ向いてしまう。俺は驚きが隠せなかった。
こんな華琳・・・、今まで見た事も無い。そもそもこんな風に華琳をからかったりするような人間、ここには
いないからな・・・。他の奴がしたら、その人は確実に首が飛んでいる・・・、絶対。
「あぁん、もう♪華琳、あなたはどうしてそんな可愛いの?このまま持って行きたい♪」
そう言いながら、撫子さんは不貞腐れている華琳の側に駆け寄って行き、そのまま華琳を抱き締めた。
華琳の顔が撫子さんの豊満な胸に埋もれていく・・・。この人・・・、実は超が3,4個付く様なフリーダム
人間なのでは・・・?
「〜〜〜っ!!撫子ぉぉぉおおおっ!もう、いい加減にしなさーーーい!!」
撫子さんに抱き締められながら、華琳は大声を上げる。が、それでも撫子さんは止めなかった・・・。
そんなこんなで数分後・・・。
「それじゃあ、華琳、一刀様。御機嫌よう・・・!」
庵の外を出た撫子さんは1度振り返って、俺達に軽く会釈する。その控えめな笑顔で・・・。
そして彼女は城を後にした。そこに残されたのは、俺と華琳。あと最後まで無表情を徹していた侍女だけ
となった・・・。
「・・・おもしろい人だね、撫子さん」
「そうね、今回はいつにもまして飛んでいたけれど・・・。余程、あなたの事が気に入ったのでしょうよ」
両方の頬がまだ赤い華琳は顔に向かって手で扇ぎながら話をしている。こういう余裕のない華琳もまた新鮮
で良いな。そういう意味では、撫子さんには感謝しなくてはな・・・!
「彼女、これからどこへ行くの?」
「確か、西方・・・西涼方面に行くと言っていたわ」
「西涼、か・・・」
俺がそう呟いた時・・・。
「華琳様ぁああああああっ!!!」
向こうから大声を上げながら桂花が走って来る。その様子からしてただ事では無いのはまず間違い無いな・・・。
どうやら俺の休息はわずか3日で終わるようだ。
↓Sっ気な華琳が受け身に回っている珍しい構図
説明 | ||
こんばんわ、アンドレカンドレです。 再編集完全版も半分の過程まで来ました。この章は一刀君と華琳さん達との交流をメインにしたお話になっています。再編集した箇所はほとんどありませんが、ただ一文字・・・今後の続編として出すかもしれないお話への伏線を張っておきました・・・。ですが、今後続編を出す予定はまだ立っていないので、何とも言えないのですが・・・。 では、真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版 第十五章〜一刀の洛陽での平穏な三日間〜をどうぞ!! |
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コメント | ||
朱染めの剣士の絵すっげーかっこいいです!!p10の前の絵にはマーカーが見えなかったけど今度は見えてますねそれに口も微妙に開いていて悪い笑み(ニヤリ)が伝わってくる!最後の絵は有り得なさそう・・・だけど有り得そうだな・・・(スターダスト) ラストwwwwごちそうさまですwwww(miroku) |
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