今日への扉を開く法 |
真夜中というのは、まあ12時過ぎから朝の3時くらいまでだろうか。午前2時は『草木も眠る丑三つ時』と言うくらいだから、ずいぶんと外も静かだ。
この街に引っ越してきて半年になるだろうか。私は未だ、この街に慣れていない。
朝は早くから学校に行くし、帰りは夏でない限り真っ暗になっている時間になる。とても近所の人と顔を合わせるなんて機会はない。たまに休日とかに顔を合わせることがあっても、会釈するだけで終わってしまう。ギクシャクしたままでは、どうにも歯がゆい。
ここに慣れない理由はそれだけではない。前は団地の一室に住んでいたから、家の周りの清掃は業者の人がやってくれたし、ゴミだって好きな日の好きな時間帯に捨てられた。今は自分で隣の家の木から落ちてこちらに飛んできた落ち葉を掃かねばならないし、隣の家の庭で湧いてこちらに来た害虫どもを迎撃しないといけない。って、隣の家が庭の手入れをほとんどしてないせいなんだけど。ゴミだって決まった曜日の決まった時間に決まった種類のゴミを出さねばならない。生まれてこの方、ずっとさっき言った団地に住んでいたののだから、これが不便で仕方ないのだ。
それに学校も前の家から1時間近く遠くなったし・・・はぁ、グチるのは止めよう。どんどんマイナス思考に転がって行く自分の意識を押し留める。
それはともかく、今日の授業でたっぷり寝てしまったせいだろうか、こんな夜中に目が覚めるとは・・・
枕元の時計はまだ3時代を指し示していた。夜明けまでずいぶんと時間がある。
しばらく寝床から上半身を起こしてボーッとしていると、やっと車が家の外の道路を通る音がした。やけにうるさい。おおかた長距離トラックだろう。
もう一度布団にくるまってモゾモゾしてみたが、眠気がやってくるどころか、だんだん目が冴えてきてしまった。
「・・・・・・」
とりあえず寝床から抜け出す。寝ている家族を起こさないようにソロソロと歩いて、2階にあるキッチンへ向かう。
冷蔵庫の中の麦茶の入ったポットを取り出す。コップへ注いで一服。
ふと、麦茶を飲み干すために上げた顔が、窓の外を向いた。キッチンの隣に窓があるだけの話だけれど。
そこから見えたのは、夜の住宅街。背の低い家が多いから、真っ黒な家と、それより微妙に紺色がかっている空の、不思議とはっきり見えない切れ目がわかる。もう一台、車が通る音がした。
「・・・・・・」
コップを置き去りにして、出来るだけ足音を立てないようにしながら自室に戻る。急いで寝間着から着替えると、自宅の鍵だけ持って、私は家を飛び出した。用心のため、施錠は忘れない。
家の横を通る、大通りから一本入ったところの道路には、車の姿もライトの明かりも見えなかった。ひやりとした朝の空気が頬を撫でる。深呼吸一つ。私は道路の真ん中を歩くことにした。
両手を広げて道路の真ん中を歩ける優越感に浸りながら、車など居ないのに明滅を繰り返す信号機を見上げる。
「ご苦労様」
言ってから、我ながら何を言ってるんだ、と吹き出した。
大通りの方へ歩いて行く。近くの24時間開いているコンビニの店員が、あくびをしながら商品を並べている様子がガラス越しに見えた。
通りのない大通りを見たとき、道路も寝るんだな、と漠然と思った。
「起こしてゴメンね」
つぶやきながら、この道路の真ん中も両手を広げて歩いてみる。50メートルほど歩いたところで、車の音が聞こえてきた。ジパングかと思ったらアメリカ大陸だったと分かったときのコロンブスの様な心境で、歩道に逃げる。気が付けば、街路樹の根本から秋の虫の音が聞こえてきていた。
多少収縮している表情筋を感じながら、私は家の方へ向かった。ポケットの中で鍵が、ストライキだ、と騒ぎ立てている。出来るだけゆっくりと歩いても、大通りから家まではそんなに遠くない。賃上げを要求する鍵に対して元々無給じゃないかとつぶやきながら、鍵穴に差し込む。その時に、世界の色が変わり始めた。
振り返ると見事な朝焼けがあった。紫に変わりつつあった空に、次第に橙が溶けて行く。
見る間に自己主張を強くしていく太陽が、視線の先にあった家の屋根の上から私めがけてエネルギーを振りまいていた。
「なんだ、この街も悪く無いじゃん」
口元をほころばせながら、観念した鍵をひねって、私は今日への扉を開けた。
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太陽が昇る少し前。知ってるはずだけれど知らない町へ、出かけてみませんか? | ||
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