リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.13 |
出掛けようかどうか、最後まで迷っていた。
あそこまで明確な拒絶を受けたのだから、もう自分は彼女の前に立つ資格などない。
自分では彼女を救うことなどできない。
そういう結論に行き着くしかなかった。
すべてが否定された気分だった。自分が教導官として生きてきた10年以上が、音を発てて崩れ去る。
『お前は人間を能力でしか計れない』、そう言われた。自分は精一杯に愛してきたつもりだった、スバルを、ティアナを、そして沢山の、自分を通り過ぎていった教え子たちのことを。
いまだ原石である あの子たちを、どのように磨き上げれば もっとも光り輝くのか? それを考えるのが楽しみだった。知恵を絞ってカリキュラムを組み、我が手をもって模擬戦で叩きのめし、手間暇惜しまず研磨すれば、子供たちも それに応えて眩い光を放ってくれる。
磨けば 応えてくれる。
なのは は それに人と人との繋がりを感じていた。人生を賭けるに値する素晴らしい仕事だと、答えが見え始めていた。
でもそれは、ただの自分の押し付けにすぎなかったのか?
スバルに連れられて、不様な格好で帰宅して、一夜明けても何もしようという気は起こらなかった。
ティアナのために大急ぎでとった長期休暇。しかしそれも二日目にして無意味になってしまった。
ヴィヴィオは学校だし、フェイトも一応休暇だったはずが、テロ事件の事後処理のため本局に出ざるをえなくなる。
たった一人残された家の中で、何を思おう。
でも、
見送りのときに言われた、娘に、血は繋がらないけれど、世界一大切な自慢の娘に。
『ヴィヴィオは、ママを信じてるよ』
自分自身ですら信じられなくなった自分を、それでも信じてくれる人がいる。
がんばろう。
もう一度がんばってみよう。
自分はティアナのことを想っていた、ティアナが道を進む手助けになりたかった、その気持ちだけはウソにしたくない。
奮起は またたくまに四肢の力を甦らせ、外へ出て、タクシーを拾い、一度は叩き出された あの場所を、再び目指した。
高町なのは は、
ティアナのいるミッド中央病院へ………。
*
かすが「ゲッ、魔王コーチ……ッ!」
なのはを見るなり苦虫を噛み潰したような顔になる 宵ノ瀬かすが。
彼女は現在、教導受講中の管理局員だった。戦技教導官の なのは とは面識もある。というか毎日会っている。
今現在、管理局きっての問題児である かすがにとって、最強教導官である 高町なのは の存在は快いものであるはずがない。
なのは「……かすが、今日アナタは お休みじゃないよね?」
咎めるような なのはの口調。
彼女にとっては目の前にいる かすが は日頃から手を焼かされている問題児。
それが何の因果か訓練場の外の こんなところで鉢合わせする。
なのは「本当なら、今日はマサニアで局地戦演習のハズだよね? それがこんなところにいるなんて……」
かすが「なによっ、魔王コーチこそ仕事サボって ここにいるわけじゃない! おあいこだよ!」
なのは「私は、ちゃんと総務に届けて有給を貰ったよ」
超 慌しかったがな。
なのは「私が お休みでも かすが用の練習メニューは ちゃんと考えてあったし、その実施は 現地の教導官に しっかりお願いしてたんだよ。それなのに かすが ったら……」
ハァ、と呆れた溜息。
かすが と なのは は一年ほど前からの付き合いだが、お互いどうにも折り合いが悪い。かすが は なのは に出会う前に、誰かしら魔法の師がいたらしく、その師匠がつけた妙なクセを抜くのに なのは は難渋していた。
かすが の空戦技は、ミッドチルダの主流とは あまりにかけ離れたものだった。それでは他の魔導師との連携もとりづらいし、何より主流から外れた技能はトリッキーなものでしかない。奇をてらうだけでは限界は すぐに来る。勝つのは いつでも基本であり正道だというのが、なのは の戦技教官としてのポリシーだった。
かすが「な、なんだよ……、睨んでも、恐くないもん!」
アレクタ「かすがちゃん……、とか言いつつ、私を盾にしないで……」
かすが と一緒に病院内を散歩していたアレクタが言う。彼女の座る車椅子の後ろに潜もうとしているのが かすが だった。
なのは は その赤い鳥を連れた少女を目に留め、
なのは「…こんにちは。アナタは、かすが の お友だち?」
アレクタ「ええ、そうですが………」
今日初対面だがな、とは付け加えないアレクタだった。ええ、言うと ややこしくなりそうなのが空気を読んで わかったので。
対して なのはの方は、この少女に お見舞いに来るために かすが は訓練サボったのか? と想像してみる。
アレクタ「かすがちゃん…、ていうか、この人 誰?」
かすが「………高町なのは。時空管理局の戦技教導官で、局内でも最強って噂されているチート女よ。逆らうと とんでもなく恐くて、訓練生からは『魔王』って仇名が付けられてる」
なのは「えぇ〜?」
それは初めて聞いた、教え子から そんな風に見られていたとは ちょっとショックの なのは だった。
アレクタ「そんなに強い魔導師なの? この人?」
かすが「んん……、まあ、Sランク取得の最年少記録保持者だとか、JS事件で一番活躍したとか、伝説に事欠かないヤツだしね。ボクも、模擬戦ではチビ教官には勝ちまくりだけど、コイツ相手には引き分けばっか。……くやしいけど、ボクが知ってる中では、二番目に凄い魔導師だよね」
アレクタ「二番目? じゃあ一番目は?」
かすが「もちろん先生ッッ!」
自信たっぷりに即答する かすが に、なのは は嘆息する。褒めてもらえるのは嬉しいのだが………。
なのは「かすが、その話よくするよね。私のことが世界で二番目に凄い魔導師で、一番は その『先生』って人だって」
かすが「だって事実だもん」
なのは「かすが が その人を尊敬しているのは わかるけど、あまり その人の教えに傾倒しすぎるのも問題だって、私は思うな?」
なのは は頭の別の部分で こうも思っている。
自分は何で こんなことを しているんだろう?
自分が ここに来たのは、もう一度ティアナに会うためなのに。もう一度ティアナに会って、ティアナと向き合って、できることなら和解したい。
そのために病院へ来たはずなのに、何故か今 別の教え子に助言を与えている。
目的を見失ってる感はあるが、それでも目の前の教導の機会を見過ごしていくことのできない、筋金入りの教導官なのは だった。
なのは「たしかにアナタのデバイス“ケガレ”の特性は強力で。その能力はヴィータ教官を打ち負かすほど凄い。でも かすが は その特性に拘りすぎていると思う。今のアナタの、“ケガレ”の特性を前面に押し出しすぎた戦闘スタイルは、管理局の戦い方に上手く馴染めない」
かすが「……………」
なのは「アナタがAAA-のランクをもってるのに、まだ実戦に出る許可をもらえないのは、そのせいなんだよ? だから、ね? “ケガレ”の特性と、管理局流のチーム戦が上手く噛み合うような、新しい かすが の戦闘スタイルを考えよう? 私も協力するから………」
かすが「やだ!」
にべもない。
かすが「ボクの流儀が……、管理局の やりかたに合わないなんて わかってるもん。………ううん、ボクの流儀そのものが まだ歪で、完成の域に達してないんだ。でもボクは諦めたくない、ボクの技と、“ケガレ”の性が融合した、完璧な“理合”にたどり着けることを!」
以前かすがは言われたことがある。
ティアナ『―――かすが、アンタは本当に、強情で、意地っ張りで、負けず嫌いで、諦めないわね』
ティアナ『―――私は、アンタのそんなところ、大好きよ』
諦めそうになったとき、自分の道が正しいのかと不安になったとき、甦るのは その言葉。
皆からダメだと言われて、自分が ただの駄々っ子のように思えて、悪者のように思えてしまう。
それでも、そんな自分を『大好きだ』と言ってくれる人がいる。
だから自分で自分を信じられる。世界のすべてが『悪い』といっても、自分の『正しさ』を信じられる。
胸に埋まった、宝物の言葉。
なのは「そんなこと言わないで。かすがのもつロストロギアと、クロスレンジの超絶技巧は、間違いなく かすが の一番いいところだから。それを殺さないような新スタイルを、私も一生懸命考えるから………」
なのはが、かすがの肩へ優しく手を置こうとする。そこへ…………。
ティシネ「なんだ、かすが、アレクタ、まだ こんなところにいたの?」
なのは「ッ?」
かすが「あっ、ティシネさん!」
アレクタ「……………」
二人の少女の名を呼びながら現れたのは、フォーマルなスーツで身を武装した、切れ味鋭い女傑。
またしても病院という場所柄に似合わぬ人物の登場で、なのは は身構える。
ティシネ「クロイツが小遣いをくれてね、アナタたちに ご飯を食わせてやれって。せっかくだから契約先との接待で使う凄いレストランにでも 連れていってやろうと思うんだけど、行く?」
かすが「わーい! 行く行くーッ! ねえ、そのレストランてアンキモ出る?」
ティシネ「アンコウの肝を高級食材だと思っているとは……。さてはオマエ、美味しんぼ読者?」
アレクタ「私も行っていいの?」
ティシネ「さっき主治医の先生から外出許可を貰ったわ。新しい友だちと親睦を深めてきなさいってね」
そう言ってニヤリと笑う表情は、肩で風を切っているようで実にサマになっている。
なのは は思う、一体誰なんだろう この人は?
風體も佇まいも ただ者ではないし、…というかカタギの人ではないし、雰囲気だけでも とても強い魔導師に思えた。
もしかして、この人が かすが の言っている『先生』なのか? と思っていると。
ティシネ「……おや?」
向こうの方から なのは に気付いた。
ティシネ「アナタは もしや、管理局の『エース・オブ・エース』、戦技教官の高町なのは一等空尉ではないですか?」
なのは「はいっ?」
ティシネ「こんなところで管理局の生きた伝説に会えるとは思いもしませんでした。……イヤ失礼、挨拶が先でしたね、私は こういう者です」
携帯端末に転送された名刺を見て、なのは はハッと目を見開く。
なのは「クロイツの、社長ッ?」
現在、ミッドチルダ都市部で勢力を伸ばしている新会社のことは、なのは もニュースで報じられる程度には知っている。警備会社としてミッド都市部の治安を守ることに充分以上に貢献し、管理局の特権に食い込もうとしている民間会社。先日なども、このクロイツから めぼしい新人を10人引き抜かれたと言って教導隊で騒がれたこともあった。
それが何故? 訓練生である かすが と一緒にいるのか?
なのは「まさか……、かすが も引き抜くつもりですか?」
不安げに尋ねる なのは。その問いにティシネの方は意外そうに目を見開き。
ティシネ「ふむ……」
と考え込んだ後、
ティシネ「どう かすが、ウチに移ってくる気はない?」
かすが「ええッ?」
いきなりの申し出に、目をパチクリさせる かすが だった。
ティシネ「クロイツから薫陶を受けた者同士、お前の身を 私が預かることは運命のような気もする。さすがにウチには管理局ほどの研究機関はないが、その代わり管理局にはない自由な編成で隊を組めるし、実戦の機会も多い。お前の技を完成させるのには いい環境だと思うけど?」
かすが「ホントッ? マジッ? 行きたい行きたーいッ!」
物凄い勢いで快諾しようとしたところ、
なのは「ダメですッ!」
さすがに なのは が止めに入る。
なのは「ティシネさん、私たち管理局だって、かすが の才能は高く評価しているんです。残念ですが お譲りすることはできません」
ティシネ「その才能を、アナタ方が潰そうとしているのに?」
なのは「ッ?」
ティシネ「失礼、先ほどアナタと この子たちが言い争っているのを微かに聞こえたものですから。角を矯めて牛を殺す、という諺があります、その意味はご存知ですか?」
なのは「……アナタは、私たちの教導が間違っていると言いたいんですかッ?」
ティシネ「そんな滅相もない。…そうですね、立ち話もなんですから 高町さんも一緒に昼食をどうですか? 私の方で奢らせていただきますが」
なのは「?」
かすが「えぇ〜?」
かすが は露骨にイヤそうだ。
ティシネ「おいしいものを食べながら、私と かすが、そこのアレクタを繋ぐもののことを、じっくりご説明しましょう。…ま、店は私に任せてください、最高のところに ご案内します」
なのは「あ、あの……」
なのは が止めようとするのも振り切り、ティシネは みずからアレクタの車椅子を押して発進する。
アレクタが小声でボソリ、
アレクタ「もしかして、狙ってるのは かすがちゃん じゃなくて、あの人ですか?」
『あの人』とは なのは のこと。たしかに管理局最強の呼び声高い 高町なのは を引き抜けば、警備会社クロイツにとって これ以上ない成果だろう。
これは、そのための布石か? と睨んでみたアレクタであるが、
ティシネ「さすがにそんなことしたら管理局から完全に敵認識されるでしょう? だから我慢するの。いまだウチは、管理局っていうドラゴンを相手に、斧を振り上げているだけのカマキリに過ぎないんだから」
アレクタ「じゃあ なんで、こんな七面倒臭そうなことを?」
ティシネ「アレクタ、お前はクロイツから教わったことはない?」
クロイツとは、アレクタの呼ぶ『お姉ちゃん』のことであり、かすが の呼ぶ『先生』のことだ。
ティシネ「重要なことの大抵は、無駄なものの中に埋もれているのよ」
そう言う英気に満ちた女性を見て、この人 お姉ちゃんに似てるなあ、と思うアレクタだった。
*
ティシネが案内した その先は、何の変哲もない病院の中庭だった。
天気に恵まれた うららかな日差しの中、比較的 症状の軽い患者などが散歩している のどかな風景。
その一角のベンチで、アレクタ、かすが、そして なのは が並んで座り、ややあって そこへティシネが紙箱を抱えて戻ってくる。
ティシネ「お待たせしました!」
ティシネが持ち帰ってきた箱から出てきたのは、大変美味しそうなケーキの数々だった。チーズにショートにモンブラン、色々揃っている。
かすが「えぇ〜ッ? ケーキぃ〜ッ? ボクもっとガッツリしたもの食いたかった〜ッ!」
ティシネ「じゃあアナタには あげません、庭の芝生でも はんでなさい」
かすが「ウソウソウソ! ボクWエクレア頂きます! ご飯に乗せて食べます!」
ティシネ「いや、ご飯ないから」
かすが「ここに白いご飯さえあれば。ボクって つくづく酒の飲めない日本人だなあ……!」
なんか色々混ざりすぎ。
ティシネ「アレクタは何にする? クリームたっぷりのショートケーキとか? 」
アレクタ「生クリームの原料って、ニワトリの卵なんですよね?」
ひなフェリ「(…ガクガク、ブルブル)」
なんだか、恐い子だ。
ティシネ「どうですか、高町さんもお一つ。ウチの秘書の お気に入りですから、ご実家がケーキ店の 高町さんでも満足いただけると思いますよ」
なのは「えっ?」
ティシネ「それから、別にもう一箱用意しておきましたので、娘さんへの お土産にしてください。シュークリームですので、多少振っても大丈夫です」
なのは「ええッ?」
ティシネは何故それほどまで なのは のパーソナル情報に詳しいのか?
情報を制する者が世界を制する、といわれる業界で、寵児とされるティシネ。それゆえにライバルとなる時空管理局に関することは、その職員のパーソナルに至るまで一通り調べあげていた。
ティシネ「特にアナタは、雑誌からの取材を受けるほどの有名人ですから、調べるツテは山ほどありましたよ」
みずからはコーヒーモンブランを丸呑みしつつ、ニヤリと笑うティシネ。
ティシネ「面白いでしょう? 世界には こういった力の振るい方があるんです。………昔も私は」
ティシネのブレスレットが光ったかと思うと、姿を変えて一丁の銃に変わる。スパスに よく似たショットガンタイプだ。
かすが「わあ、これがティシネさんのデバイス?」
ティシネ「“スピンドルストン”。昔の私は、この銃さえあれば何でもできると思っていた。銃の腕を上げ、片っ端からモンスターを倒していけば、貧しさから脱出できて、地位も富も名誉も、すべてが手に入る、そう思っていた。……しかし、世の中は それほど単純ではないのですね」
ショットガンを、待機モードのブレスレッドに戻す。
ティシネ「世の中は 力だけで思い通りになるほど単純ではない。そして、そんな単純ではない世界を、知恵と度胸で渡っていくのは面白い。それらを教えてくれたのはクロイツでした」
なのは「クロイツ……、って………?」
ティシネ「私の魔法の師です。……その師が、私に一番最初に教えてくれたことは、なんだと思います?」
なのは「?」
ティシネ「これです」
ティシネはベンチから立ち上がる。そして中庭の生垣に寄り、適当な葉っぱを一枚ちぎりとると、器用に折って、口に当てる。
かすが「草笛だ…」
アレクタ「…………」
一枚の葉と、ティシネの唇の間から漏れてくるメロディ。それは草笛とは思えないほど清浄で美しく、庭を歩いている患者やナースが残らず こちらを向くほどだった。
ティシネ「クロイツが私に最初に教えてくれたのは、草笛の作り方と、吹き方です」
なのは「……」
ティシネ「無論 私は不快でした。私が教わりたいのは魔法の使い方、モンスターを打ち倒す攻撃魔法。こんな遊びを教わりたかったんじゃない。実際クロイツが草笛を教えたのも、当時の幼い私を鬱陶しがって、からかいのつもりだったのでしょうが……」
もう一度 草笛を吹く。
ティシネ「実際に 私がハンターとなり、ハンティング中に仲間とはぐれて、たった一人で夜を明かしたことが何度もありました。危険なモンスターの跋扈する密林で たった一人、そんな極限状況で、気を紛らわすために吹いた草笛の音に……」
何度 救われたことか。
ティシネ「高町さん、アナタは教導官でしたよね。アナタが新人に教えることは、魔導師として、管理局員として必要なこと、そうですね?」
なのは「それは、もちろんです」
なのは は、この女社長の意図を計りかねて、息苦しくなる。
ティシネ「でも私は こう思うんです。人間の持ち物は、その大半が余計で どうでもいいものばかり。必要なものは ほんの一部しかない。でもね、人生の意味に関わるような重大なものほど、大量にある無駄なものの中に眠っている。……私が企業人として立ち上がったとき、頼りになったのはクロイツから教わった、無駄なものの数々だった。」
―――私の助手をやるんなら読み書きは覚えておきなさい。
―――アンタ女の子でしょう? 髪のセットぐらいやらなくて どうするの?
―――さっきのフォーカード? イカサマよ、後でアンタにも教えてあげる。
―――知ってる? その花の名前にはね、こんな由来があって………。
―――そうね、私も、アンタのことが大好きよ。
ティシネ「お役所勤めの人から見れば、あの人のようにフラフラしているのは、無駄を積み重ねているだけなのかもしれない。でも その無駄によって人生の意味を知った者もいる。そういうことをアナタにも知ってもらいたくてね」
なのは「なぜ、そんなことを私に…?」
なのは は戸惑いながらも、選んだイチゴショートを上品に両手でかじる。
その隣でティシネは、二つ目のビターチョコケーキを大口を開けて一呑みにし、後始末に指に付いたクリームをベロベロと舐める。さすがに密林を駆け回ってきただけあって豪快な食べっぷりだった。
ティシネ「別に。これも無駄ですよ。この世の中に、無駄なことをするほど楽しいことはありませんから」
かすが「はいはーい! そしたらボクも先生のこと話すーッ!」
ティシネの話が一区切りついたところで、横から かすが がスライディング気味に乱入。
ティシネ「ほう、面白そうね、私と別れた後に、クロイツが どんなことをしてたのか興味ある」
なのは「……」
そういえば。
なのは と かすが は教官・訓練生として比較的 長い時間 ともにいるが、なのは は少女の尊敬するという『先生』のことを詳しく聞いたことがなかった。
なのは が何かを言い聞かせようとするたびに『でも先生が言ってた!』と切り返してくる常套句。
その『先生』とやらは、かすが の才能を歪ませた憎々しい相手かもしれない。でも なのは は その人のことを詳しく聞いたこともない。聞く機会がなかったから。こうして かすが と一緒に食事を取るのも、もしかしたら初めてではないのか?
かすが「んじゃあね、……まず これっ」
かすが が、まず右手を左腰に当て、さらに抜刀するかのような動作で振り上げる。
すると白炎をまといながら現われたのは、一振りの日本刀だった。
白炎を完全に散らして 後に残ったのは、三尺一寸の刃渡りに、三日月のごとく反り返る名刀。蜥蜴の皮のごどく青黒い刀身に、白波の波紋が走る。出すところに出せば数億という値のつきそうな名刀が、宵ノ瀬かすが のデバイスであり佩刀、陰刀“ケガレ”だった。
かすが「ティシネさんがデバイス見せてくれたから、その お返し」
ニカリと笑う。
ティシネ「面白いわね、通常待機モードと思われる小物は見当たらなかったし、どういう仕組み?」
なのは「…ないんですよ」
ティシネ「え?」
なのは「ないんです、かすが の“ケガレ”は、無から現れて無に還る。“ケガレ”は かすが 専用のデバイスであると同時に、強力なロストロギアでもあるんですから」
かすが が周囲に気をつけつつ、呼び出した刀で剣術の型をつけ始める。
かすが「技術開発部の人が言うには…、“ケガレ”は普段ボクたちには感知できない6次元とか、10次元の狭間に溶けていて、必要なときだけ本体を現すんだって。 ……でも、先生の推測は まったく逆。高次元に溶けている方こそが“ケガレ”の本体で、それがボクの精神に反応し、“刀”という仮の形で三次元化するんじゃないか、って言ってた」
アレクタ「ロストロギアだったら、それくらいありえるよ」
アレクタが口を挟む。
かすが「ボクの人生って、コイツに振り回されてばかりでさー。ボクはコイツに気に入られて、ワケわかんないうちにマスターにされて。しかもコイツが呼び寄せる次元異体を斬ってかないことには命も危ないから、小学校の頃から刃物三昧だった」
当然、そんな挙動の怪しい子供は、集団から孤立する。孤立は、奇異の視線を呼び、奇異は、次第に迫害の対象となる。
かすが「何が辛いかってさー。朝登校するじゃん、先に来たガキどもで教室にぎわってるじゃん、ボクが入った途端にシン…てなるの」
アレクタ「うわ」
給食のときは机を離され、班を組むときは必ず一人取り残された。教室には『宵ノ瀬専用』という雑巾とホウキがあり、それに触れた生徒は『汚い』といわれて騒ぎ立てられた。
けっして明確な いじめ はしてこなかった。何故なら かすが の実家は剣道道場で、かすが自身 小学生にして二段に当たる腕前だと知れ渡っているからだ。
しかし たまに調子に乗ったバカが出て、かすが に返り討ちにされる。
そうすると教師は決まって かすが を責める。事情は どうあれ先に手を出した方が悪いというのだ。
大人たちは言う。
友だちを作れ。
一人は寂しいぞ。
友だちがいたら世界は開けて、毎日がもっと楽しくなるぞ。
しかし、異能の力をもってしまった かすが に理解しあえる相手などできるだろうか。かすが のロストロギアを巡る戦いに介入できるだろうか。
説得に失敗した大人たちは、『自分たちは精一杯にやりました』というつもりで こういうのだった。
『あの子は頑なですね、精神病じゃないでしょうか?』
理解されない苦しみ。
理解者のいない苦しみ。
それらを一身に抱え、当時11歳の かすが は強大無比なロストロギアを振るい続けた。
かすが「そこへ現れたのが…………、ネコッ!!!」
なのは&ティシネ&アレクタ「猫ッ!!?」
話はたけなわとなった。
*
結局 話は弾みに弾んで、気が付いたら日暮れになっていた。
まさか あそこでネコが出てくるなんて。
あの後、かすが が身の上話をした次は、今度はアレクタが『お姉ちゃん』との出会いの話をし、益々 話は盛り上がった。
薄々なのは も気付いていた。
クロイツ、先生、お姉ちゃん。
そう呼ばれる たった一人の人物こそが、ティアナ=ランスターであることを。
なのは「ティアナの、教え子か………」
一人は、ミッド限定ながらも時空管理局を脅かすベンチャー社長。
一人は、空戦技術に革命をもたらしかねない剣と魔法の求道者。
あのアレクタという子も、契約した幻獣の巨大さから見て、大魔導師になるのは折り紙つきだ。
なのは「なんか、そうそうたる面子ばかりだね……」
自分の教え子の、教え子。
そう考えると なにやら むず痒い気持ちになってくるが、同時に自分の無力さも見せ付けられるような気分になる。
もし自分が あの三人を教導したとして。
あのような形にまで育て上げることができるだろうか。
人の想像も及ばない、最高と言っていい形に。
ティシネたちと別れた後、自然に足が向いて辿り着いたのはティアナの病室だった。
ドアの向こうは静まり返っていた。スバルもヴィータも帰ったようで、ヒソヒソした話し声も聞こえない。
少しの躊躇いの後に、ドアを開けた。
やはり、ティアナと話をしないまま帰るわけにはいかなかった。彼女の教え子たちと話せたことは、よい準備になったと思う。これでティアナの心に、より踏み込んで話をすることができる。
なのは「ティアナ………?」
部屋に入る、電気は消してあって、中の様子は わかりずらい。
なのは「ごめんねティアナ、アナタは もう会いたくないかもしれないけど、それでも もう一度でいいからティアナと話がしたいの」
返事はない。
その沈黙が なのは の心を重くする。
しかし、それと同時に ある違和感に気付いた。
これはもしかして、沈黙ではなく静寂ではないのか。
この病室には、
人の気配がまったくない。
なのは「ッ?」
気付いたら俊敏に、なのは はすぐさま病室の電灯をつけた。
発光した蛍光灯は、狭い室内の隅まで漏らさず照らし出す。壁も、床も、備え付けのテレビも、ナイトテーブルも、その上に置かれた数多くの見舞いの品も、開け放たれた窓も、誰も寝ていないベッドも。
なのは「ティアナ……ッ?」
その中でティアナだけがいない。ここで寝ているべき患者だけがいない。
その日、ティアナ=ランスターは病院から消えた。
to be continued
説明 | ||
リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。 今回もオリキャラがメインになる話です。 知らないまま邂逅する、なのはと、ティアナの教え子たち。なのは は人を育てる人間として、ティアナが育てた彼女らを どういう目で見るのか? そんなお話です。 |
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ぼるてっかー様>それがなのはの個性と考えればよいかもですねw(のぼり銚子) DVDでStsを見たときも思ったけど視野狭窄と思い込みが激しいななのはww (ぼるてっかー) 投影さま>次回は作者自身も予想していなかった展開に、更新がんばります。(のぼり銚子) え・・・・・どこいったのティアナ・・・まさかまた旅に・・・?で、なのははすれ違い〜〜。このまま拒絶された初めての相手に。次の更新がんばってください。(投影) |
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