真・恋姫無双 EP.11 夢想編(2) |
賈駆は苦い顔をして、もう一度その言葉を反芻した。
「月を助けに、洛陽へ忍び込む……」
本気でそんなことを考えているのだろうか。賈駆は、目の前に並んだ顔を改めて見る。北郷一刀が連れて来た、荀ケと周泰の二人だ。その目は真剣で、冗談で言っているわけではないことはわかった。
「仮に勅命に従って呂布を倒したところで、董卓が無事に帰ってくる保証なんてない」
一刀が言う。もちろん、それは賈駆にもわかっていた。何一つ、確かなものなどない。それでも一縷の望みに掛け、彼らの指示に従ったまでのことだ。
「今すべきことは、呂布と協力して董卓を助けることよ」
桂花も必死に言葉を連ね、賈駆の心は揺れた。
(月……)
大切な少女の顔を思い浮かべる。悲しそうに眉を寄せ、じっとこちらを見ていた。
(そんな顔しないでよ……)
抱きしめてあげたい。あらゆるものから、月を守りたい。自分が苦しいのは耐えられるが、月が苦しむのは我慢できない。彼女の笑顔を、奪いたくはなかった。
(恋を倒して月を取り戻しても、きっと悲しむだろうな……うん。そうだよ)
心を決めて、賈駆は一刀たちを見た。
「月を助ける。そのためならボクは、何だってするよ」
「よし! それじゃあ、呂布の方は俺に任せろ!」
「どうするつもり?」
「話をしてみる。もともと、こっちから仲違いしたんだ。きっと呂布だって好きで戦っていたわけじゃないと思うしさ」
「そうね……恋ならわかってくれるかも知れないわ」
賈駆の心に、自然と元気が湧いてきた。思えばずっと一人で悩み、苦しんで来たのだ。わかり合える仲間がいることがうれしかったが、それを認めたくはない気持ちも彼女の心にはあった。だから笑顔を浮かべないよう、必死に表情を作るのにとても苦労したのである。
再び、一刀は呂布と対峙した。しかし今回の目的は、話し合いだ。軽い気持ちで近付いて行ったのだが、どこか様子のおかしい呂布に一刀は足を止めた。
「呂布さん?」
「……」
呼びかけるが、うつむいたままピクリともしない。どうしたのだろうと、再び一歩を踏み出した一刀は、全身に鳥肌が立つのを感じた。その瞬間、肌を刺すような殺気の圧力が襲いかかり、呂布が大地を蹴った。
「ま、待ってくれ!」
声を掛けるが止まらない。仕方なく、一刀は剣を構えた。
「――!」
頭上から振り下ろす一撃が、一刀を襲う。その動きは、昨日とは比べものにならないほど速かった。辛うじて受け止められたが、手が痺れるほど重い攻撃だった。それを繰り返し受け止め続けると、一刀の体も大きく揺れはじめる。
「くっ! 呂布さん!」
「……」
焦点の合わない呂布の目に、一刀は異変を感じた。
(いったいどうしたんだ?)
疑問を感じるが、呂布の激しい攻撃に一刀も手を抜くわけにはいかなかった。このまま攻められ続けたら、さすがに限界が来るだろう。
(やるしかないのか……?)
一刀がそう迷っていると、不意に何かが飛んできた。空からこちらに近付いて来るのは、呂布の赤竜セキトだ。その背中には、誰かが乗っている。
「恋殿〜!」
何やら小さい子がセキトの背中からぴょんと飛び降り、呂布の元へ走って来た。そして背後から両腕でがっちりと、呂布の足にすがりついたのだ。
「恋殿! ねねは無事です! 恋殿!」
女の子が叫ぶが、その声は呂布の心を動かすことは出来ない。感情の籠もらない視線を向け、呂布は女の子を乱暴に振り払った。
「あぅ!」
女の子はころんと転がり、一刀のそばに座り込む。
「大丈夫?」
そう一刀が声を掛けると、女の子は半べそをかきながら今度は一刀にすがりついた。
「恋殿は、黒い奴に変な術を掛けられているだけなのです! 本当の恋殿はとても優しくて、戦いが嫌いなのです! ねねの大好きな恋殿は、本当は、本当は……」
話すうちに感極まったのか、ぽろぽろと涙を零しはじめた。そして鼻をぐすぐすさせながら、想いを拙いながらも懸命に伝えようとする。一刀は、呂布と距離を置いて睨み合いながら、女の子の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。ちゃんとわかってるから」
「ぐすっ……本当ですか? 恋殿を助けてくれますか?」
「ああ。約束する。だから俺を信じて、安全な所まで離れていてくれ」
「わかったのです……」
一刀から離れた女の子は、少し走ってから立ち止まって振り向いた。まだ涙に濡れた目で、どこか怒ったように口をへの字にして、ぽつりと呟く。
「……ありがとう、なのです」
一刀が笑って頷くと、ぷいっと恥ずかしそうにそっぽを向いて、再び走って行った。
張遼の拳が、最後のひとりにとどめを刺す。崩れ落ちる黒装束を横目に、荒い息を吐きながら彼女はベッドの上の少年を睨み付けた。
「あんたが最後のひとりや」
「やっぱり強いなあ」
「まだやるんか?」
張遼がそう言うと、少年はにっこり笑ってベッドから飛び降りた。そして軽くその場でジャンプを繰り返し、大きく息を吸う。
「行くよ!」
弾丸のように、少年の体が張遼目掛けて一直線に飛んだ。あまりの速さに、さすがの張遼も避けるのが精一杯だった。
少年はそのまま壁を蹴って反転し、拳を叩きつける。だがそれを横に打ち払い、張遼も反撃した。
「ええよ! ええ感じや!」
どんな状況でも、強い相手を前にすると彼女の心は弾んだ。攻撃の一つ一つに、鋭さが増してくる。最初は余裕の感じられた少年の雰囲気にも、変化が現れ始めた。
「これならどうや! まだまだいくで!」
「……ちょっとうるさいよ、張遼」
「ははっ! 仮面が剥がれてきたみたいやなあ!」
気持ちが高まり、張遼の放った渾身の一撃が、少年の側頭部に決まった。わずかに腕を挟んで威力を弱めたが、それでも大きく頭が振られて少年の足はもつれた。その時、ふらふらとしながら天蓋の柱にもたれた少年の懐から、何かが転がり落ちる。
「何や?」
「くっ……それは」
張遼が落ちた物に手を伸ばす。
「それに触るな!」
少年が叫ぶが、その前に張遼が拾い上げてしまう。
「何やこれ? 玉璽?」
拾った物を見て首をひねった張遼は、その直後、電流が走ったように全身を痺れさせた。瞬間、大きくのけぞった彼女の脳裏に、いくつもの映像が流れ込んで来たのだ。それはどこか懐かしい、心を締め付けるような光景だった。
(……そういうのがどういう気持ちか、ウチにも教えてや……)
恋愛を知らぬ自分が漏らした、本当の気持ち。少し困ったような彼の顔が、心をぽかぽかさせる。
(……へへへっ……こうやって、大きい手ぇ握ってると、なんか安心するねん……)
後ろから抱きしめられて、彼のぬくもりを感じる。鼓動が早く、けれど心地よい。
(……ウチ、がんばったやろ……)
彼の声援が、背中を押してくれた。力が溢れて、いつも以上に戦えた気がする。
(……ええな、冒険やな! ワクワクすんな!……)
彼となら、どこでも楽しい。二人なら、何でも出来ると思えた。
大好きな彼の思い出は、すべての五感を刺激する。あらゆる感覚が蘇り、全身が熱く燃えるようだった。張遼はカッと目を見開き、そして彼の名を叫ぶ。
「一刀!」
パッと花が咲くように、張遼の顔に笑顔が溢れた。
「思い出してしまったんだね……」
「これは何や? 確かな記憶やのに、今のウチにはない……前世の記憶ってやつか?」
「まあ、似たようなものかな。でも、残念だけどさ、それは消させてもらうよ」
少年の言葉に、張遼は身構えた。
「嫌や! これは……一刀の思い出は渡さへんで!」
逃げようと踵を返した張遼に、背後から闇が固まったような巨大な手が襲いかかる。床から伸びたその手は、羽交い締めのように張遼を押さえつけた。
「離せ! 離すんや!」
「無駄だよ。いくらもがいても、逃げられないからね」
少年はゆっくり近付き、張遼の顔面を掌で掴む。
「嫌や……ウチはまた、一刀を失うんか……そんなん、嫌や……」
淡い光を放ち、張遼の記憶を浸食する。だが、張遼は必死に抵抗した。
「しぶといね。仕方ないなあ、それじゃその心を切り刻んで、一緒に消してあげるよ!」
「一刀……一刀……ウチを置いていかんといて……」
少年から溢れた光が、部屋中を包み込んだ。張遼は抗うが、その力には敵わない。必死に守ろうとした宝物は、彼女の心とともに切り裂かれてしまう。
残滓の揺らめきが、心を鳴らす。
(ねえ、ウチは一刀のことが、ほんまに大好きなんやで……)
一筋の涙が落ち、張遼の心の灯火は消えた。
説明 | ||
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。 異なる場所の2つの戦いは、同じ1つの想いから始まる。 楽しんでもらえれば、幸いです。 |
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コメント | ||
二周目だがここが一番悲しいな自分中じゃ(流狼人) うおぉおぉぉん(zendoukou) 霞――――!!(スーシャン) |
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