真・恋姫無双 EP.14 月夜編(1)
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 あれからずっと、自分が苛立っているのがわかる。時間が経つにつれ、その思いは強くなっていく。小さなトゲのように、心に刺さる記憶が忌々しかった。足を踏みならしたところで、誰もやっては来ない。それはそうだ、自分がそうやって意に沿わぬ者を人形に変えていったのだから。

 

「くそっ……」

 

 汚い言葉を吐く。それでも、少年の脳裏からは消えない。

 

(か……ず……と……)

 

 張遼の、最後の笑顔。最愛の人に出会えた喜びに溢れる、そんな笑顔だった。

 

「くそっ……くそっ! くそっ!」

 

 北郷一刀にはあって、自分にはないもの。それを突きつけられたような、気持ちになった。

 悔しさと憎悪が入り交じり、胸の中をぐるぐると駆け巡っていた。少年は泣きそうな顔で部屋を見渡して、それを見つけた。闇夜に浮かぶ月のように、淡い光を放つ少女。

 

「そうさ、僕には君がいるんだ……」

 

 ベッドに上がって、透明な卵を抱きしめる。

 

「月……君だけが、僕の心を照らしてくれる。その、優しい光で」

 

 頬をすり寄せて、うっとりとした眼差しで少女を見つめた。いつもは落ち着く心も、今日はなぜか虚しい。殻に籠もった彼女は、作り物の人形と同じなのだ。

 

「月、僕の声が聞こえる?」

 

 バンッと軽く叩く。液体の中に浮かぶ少女が、わずかに揺れる。もう一度、叩く。今度は先程よりも、少し強い力だ。

 

「君に触れたいよ、月。君を抱きしめたいんだ」

 

 もっと強く叩く。欲しいのは、人形じゃない。

 

「ねえ、月。僕のために笑ってよ。僕と、お話しようよ」

 

 強く、何度も叩く。深い隔たりを埋めるように、何度も、何度も言葉を掛けて少年は叩き続けた。掌で、そして拳を握って。

 

「月、月、月、月……」

 

 何かにすがるように、少年は叩き続ける。

 やがて、少女が目覚めた。

 

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 一際大きく見える満月を、恋はボーッとした顔で眺めていた。しかし不意に、触角のようなアホ毛がピクンと動いたかと思うと、そばにいた赤竜のセキトに飛び乗ったのだ。

 

「ちょ、ちょっと恋! どこ行くのよ!」

 

 慌てて賈駆が言うと、恋はジッと洛陽を見つめて答えた。

 

「月が、呼んでる……」

 

 そう言ったかと思うと、恋を乗せたセキトは夜空に舞い上がり、洛陽に向かって飛んで行く。残された者たちは、呆然とそれを見送ることした出来なかった。

 

「いったい、どうしたんだ?」

「わからない……でも、恋には何か感じるものがあったのかも知れないわ。あの子、野生の勘というか、本能で感じるものがあるみたいだから」

 

 彼らは今、洛陽が見える林の中に居た。逃走用の馬車とわずかな兵士を連れ、とりあえず急いで洛陽までやって来たのだ。そしてどうやって忍び込もうか相談をしている最中に、先程の事態となったのである。

 

「見ろ!」

 

 一刀が洛陽の門を指さして、そう叫んだ。みんなが見つめる中、恋を乗せたセキトが門を破壊して大暴れしていた。

 

「どうすんのよ……」

 

 溜息と共にそう漏らした賈駆に、一刀は大きく頷いて言った。

 

「こうなったら、行くしかないだろ?」

「本気なの?」

「もちろん!」

 

 どうしたものかと、賈駆は桂花を見た。しかし彼女も、一刀に賛成する。

 

「そうね、もうこちらの存在もバレているわけだし、こそこそする意味もないでしょ?」

「はあ……わかったわよ」

「それじゃ、最初の打ち合わせ通り、荀ケと陳宮はここで待機していていてくれ」

「わかったわ」

 

 本当は賈駆も連れて行きたくはなかった一刀だったが、どうしても洛陽の様子を自分の目で確かめたいという強い思いに負けて同行を認めたのだ。

 すでに大騒ぎになっている洛陽に向かって、一刀、賈駆、明命は走り始める。

 

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 赤竜の襲来に、洛陽は混乱していた。夜の闇に、いくつもの松明が走り回る。人々は窓から様子を伺って、不安に怯えていた。

 だが、怯えるばかりではない。

 

「今こそ、立ち上がる時だ!」

「我々の洛陽を、かつての洛陽を取り戻すんだ!」

 

 男たちは、鼻息荒く声を上げる。手には身近な、武器になりそうなものを持って外に飛び出した。頭には、巷を賑わせる義賊の証、黄色い布を巻いた。しかし彼らに貴賤はなく、ただ洛陽を愛する庶人が集まり、虐げる朝廷軍に反抗を開始したのだ。

 

「いくぞ! 張遼様の無念! その思いを、今こそ!」

「おお!」

 

 あちこちで上がる声に、賈駆は思わず足を止めた。

 

「ちょっと!」

 

 近くにいた、品の良い中年の男に声を掛ける。血気盛んな若者ならいざ知らず、分別のあるこのような者たちまでもが反抗の声を上げていることに、洛陽の置かれている深刻さが伺えた。

 

「あなたたち、霞……張遼のことを知っているの?」

「存じております。あなたは……この街の方ではありませんね?」

「ボクは賈駆。董卓を救出するために、ここへ乗り込んで来たのよ」

「おお! あなたが賈駆様ですか」

 

 男は恭しく頭を垂れる。

 

「張遼はどうしたの? 連絡が取れなくなって……」

「張遼様はもう、ここにはおりません」

 

 賈駆が声を掛けた男は、張遼を救出し、華佗に託したあの主人であった。主人は自分の知っている一部始終を、賈駆に話して聞かせた。

 

「暗く沈む我々に、笑顔を思い出させてくれたのが張遼様です。疑心暗鬼だった人々の心を、張遼様は辛抱強くほぐしてくれました。いつか董卓様が洛陽の街を見た時に、誇れるようにと――」

「そう、霞がそんなことを……」

 

 涙が溢れそうになるのを、賈駆は堪えた。そしてしっかりと見る。張遼が残してくれたもの。

 

「非力ながら、我々も力になります」

「ありがとう。でも、無理はしないでちょうだい」

 

 彼らを一人も死なせたくはなかった。混乱はますます、大きくなってゆく。賈駆は何かを思いついたように、走り出す。

 

「賈駆!」

 

 大通りに出てすぐ、一刀に呼び止められた。

 

「姿が見えなくなったから、どこに言ったのかと思った」

「一刀……月を、お願い」

「……何かあったのか?」

「街の人たちが、戦っているの。宿舎に閉じ込められている張遼隊を助け出して、ボクは彼らを守りたい!」

「助けにって、一人でかよ!」

「大丈夫、宿舎は何度も行ったことあるから詳しいの。この混乱に乗じれば、何とかなるわ」

「でも……!」

「お願い! これは、ボクがやらなくちゃいけないの!」

 

 月を助けたいという気持ちもある。だが、張遼が何を思って洛陽を明るくしようと行動したのか、賈駆にも痛いほどわかったのだ。もしも今、民を見捨ててしまったら月にどんな顔をすればいいのか。きっと彼女は、昔のように笑ってはくれない。

 

(ボクが救わなければいけないのは、月の笑顔なんだ)

 

「ごめん、一刀……」

「わかった。気をつけろよ、賈駆」

「うん!」

 

 賈駆は一刀と明命と別れ、宿舎に向かって走り出した。

 

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 恋の槍が、次々と兵士を気絶させてゆく。いつもの方天画戟には、布を巻いて殺傷力を無くしてある。大勢の命を奪って董卓を助けても、彼女は喜ばないはずだという賈駆の提案に一刀が賛同したためだ。

 セキトは呂布を乗せ舞い上がり、敵の集団に向かって急降下する。それを繰り返しながら、朝廷軍を混乱させていた。

 

「――!」

 

 不意に、恋の動きが止まった。そして同じように、セキトも宙で翼を羽ばたかせたままじっと一点を見つめていた。その視線の先には、宮殿がある。

 

「セキト、わかる?」

 

 恋の問いかけに、セキトが大きく鳴いた。するとその直後、黒いモヤのようなものが宮殿から立ち上り、空に集まりだしたのだ。そして恋が見ている前で、そのモヤは黒竜の形になって宙を旋回した。

 

「来る!」

 

 一直線にセキトに向かって、黒竜が突撃してきた。槍を構え、恋はそれを迎え撃つ。空中で激突した両者は、激しく絡み合って城壁の一部を破壊した。破片を打ち砕きながら飛んだ恋は、巻いていた布を取って黒竜に斬りかかる。だが、翼で弾かれて恋の体は吹き飛ばされた。

 地面に直撃する手前で、セキトが受け止めて再び舞い上がる。満月の美しい夜空に、二体の竜が対峙した。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
ついに開始された董卓救出の戦いが、洛陽を混乱に包み込む。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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コメント
最後の場面がエラゴンみたいなことにww(LifeMaker)
頑張れセキト、 その炎で都を火の海に!  としてはいけないよ(w(うたまる)
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真・恋姫無双 北郷一刀   

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