かがみ様への恋文 #11
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優一は廊下に張り出された試験の成績上位者の名前を探していた。

一年生であるはずの優一が、三年生の教室の並ぶ階の廊下で、

三年生の成績上位者のリストを見つめているのは、そこに愛しい人の名前を求めていたからだ。

 

その名前はすぐに見付かった。

リストの一番右橋、つまり一番のところに堂々とその名前が記されていた。

 

『柊かがみ』

 

「あれ?ゆう君、こんなところで何してるの?」

 

後ろから声をかけたのは、他ならぬ憧れのかがみ先輩。

出会ったのは決して偶然ではなく、

優一がリストの正面を陣どったまま衝撃でずっと動けなかったからだ。

 

「かがみ先輩、おめでとうございます!」

 

「おめでとうって、何のこと?」

 

言いながらかがみはリストに目をやり、自分の名前を見つけると優一の言葉の意味が理解できた。

 

「別にそんな大げさなことじゃないわよ、これくらい。

別に学校で一番になったからって志望校に合格できるわけじゃないんだから」

 

「でも、すごいです!」

 

そう言って、尊敬の眼差しで見つめられると嫌でもかがみの顔は赤くなる。

 

「そう言うゆう君はどうだったのよ?」

 

「僕は……ダメです。かがみ先輩みたいに頭よくないですから……」

 

ついさっきまで尊敬の眼差しできらきらと輝いていた優一の目から、

とたんに光が失われる。

 

「頭の良し悪しなんて関係ないわよ。毎日こつこつと勉強すればいいだけじゃない」

 

とかがみはこともなげに言う。

 

「でも……今更頑張ったってかがみ先輩みたいにはなれないですから……」

 

「何言ってるのよ?」

 

かがみは優一の言った言葉の意味が理解できないでいた。

『今更』とは、一体何に間に合わないというのだろうか。

けれどかがみは気に止めず深く考えなかった。

 

「勉強分からないんだったら教えてあげるわよ」

 

「でもかがみ先輩は受験で急がしいんじゃないんですか?……僕なんかが邪魔しちゃ悪いから……」

 

優一はいつになく弱気になっていた。

 

それはつい昨日の出来事が関係していた。

進路調査票。優一は、真剣に考えていなかった。

具体的な希望はなかったけれど、どうせ大学にいくならばかがみ先輩と同じところが良いと思った。

それを進路希望として提出したら担任は笑っていた。

 

「まぁ大きな目標を立てるのは良いと思うけれど、

第二志望以下にもっと現実的なところを考えておいた方がいいぞ」

 

と飽きれた様に言っていた。

 

「そんなに難しいんですか?」

 

そう聞いたら、担任は壁に張ってあった偏差値表を指さして教えた。

目標は、見上げる程高いところにあった。

 

「まぁ今からじゃあ死ぬ気で頑張っても現役合格は厳しいだろうな」

 

まるでかがみ先輩は雲の上の人だと言われたような気がした。

 

そんなことがあって、優一は今まで全く気にしていなかったかがみの学力が気になった。

そして三年生フロアの廊下に上位者の名前を見にきて、現実を目の当たりにしたのだった。

 

「いいから、放課後自習室で待ってなさい!」

 

かがみにそう命令されて、優一が拒否できるはずはなかった。

 

 

もともと利用者の少ない自習室は、放課後になると貸切り状態になる。

そこにあるのは優一とかがみの二人の姿だけ。

ここにもう少しかがみのできの悪い友人が誘われるはずだったのだが、

皆どういうわけか都合がつかなかったようだ。

 

放課後の静かな学校に二人きり、という初めての状況に優一は戸惑っていた。

二人で出かけたりすることは今までにあったけれど、

こうして二人きりになったことはなかった。

 

「そ、そそれで僕はどうしたら良いんですか……?」

 

「何緊張してるのよ。とりあえず座りなさい」

 

言われるままかがみの隣の席の椅子を引いた。

 

「じゃあまずはテスト見せて」

 

「でも……」

 

と優一は躊躇う。優一の正解率はかがみの不正解率に等しい。

そんな数字しかかかれていない答案用紙なのだ。

 

「ほら、恥しがってないで早く見せなさい。それとも、私にも見せられないの?」

 

かがみにだからこそ、見せたくないのだった。

 

案の定、答案用紙を眺めたかがみはしばらく言葉を失った。

 

「……ごめんなさい」

 

沈黙に耐えられなくなったのは優一の方だった。

 

「別に謝るようなことじゃないわよ。……それにしても酷いわね」

 

「ごめんなさい!」

 

「だから謝らなくていいって。とりあえず間違えたところからやり直すわよ」

 

そうは言っても、優一に理解させるには中学の勉強の復習にまで戻らないとならないほどであった。

そんな驚きがついかがみの口から飛び出してしまった。

 

「そんなのも分からないの?ゆう君それでよくこの学校に受かったわね」

 

悪意なんて微塵もなくて、ただ驚いただけにすぎない。

 

「ごめんなさい!」

 

優一は謝りながらこみ上げてくる涙を堪えていた。

優一にはまだ、愛しい先輩に罵られる悦びを理解できない。

 

結局あまりに復習する範囲が多くて、一教科しかテストのやりなおしができなかった。

優一が鞄に荷物を片付けているときに、かがみは思い出したように尋ねた。

 

「そう言えば、ゆう君って志望校とかもう決めたの?」

 

「まだ進路のこととかよくわからなくて……でもかがみ先輩と一緒のところに行きたいです!」

 

「バッ……何言ってるのよ!」

 

一瞬にして赤くなったかがみの顔は、あまり時間をおかずにもとに戻った。

 

「でも、進路なんてそんなことで決めるものじゃないわよ。

私と一緒のところなんて目指さなくていいから、

もっと将来のことをよく考えた方がいいわよ」

 

言われて優一はよく考えた。

かがみの言葉の意味をよく考えた。

 

ひょっとしてかがみ先輩は、大学まで僕と一緒にいるのが嫌なんだろうか?

大学生になってまでも僕みたいな馬鹿とはつき合いたくないってことなのだろうか?

そりゃそうだ。頭の良い大学に行けば、全国から頭のいい人がいっぱい集まってくるんだから。

将来……、やっぱり僕みたいな馬鹿が結婚相手になれるはずはないってことか。

頭が良くて便りになる大人の男が良いに違いない。

そう言えば、高学歴の女性ほど自分よりも学歴の低い相手を恋愛対象と見なさない、

なんて聞いたことがあるなぁ……。

 

つまり、僕はかがみ先輩には相応しくなってこと……

それが優一がよく考えて導き出した答えだった。

 

それからさらに一晩よく考えた結果、こうなった。

 

「かがみ先輩。僕と……僕と、別れてください!」

 

優一が突然別れ話を切り出した場所は放課後の学校の屋上。

 

かがみは突然のことでさっぱりと状況が理解できないでいた。

まるで、ご機嫌な気分で歩いていたら突然背後から後頭部を殴られたかのような驚きと衝撃だった。

 

「そ、そんな冗談面白くないわよ」

 

そうだ、きっとこれはこなた辺りが裏で糸を引いているつまらない冗談に違いないと思った。

いや、そう思いたかった。

 

「ごめんなさい!」

 

そう言って頭を下げたあと、

目を合わせることもなく逃げるように走りさっていった優一の顔が涙で濡れていたような気がしたが、

かがみにはそんなことを気に止める余裕はなかった。

 

なぜ優一が泣いているのか。そもそも泣きたいのは自分の方だとかがみは思っていた。

 

『待って!』

そう言うつもりだった口が開きっぱなしになっていることにかがみは気づかなかった。

 

なんの前触れもなく突然突きつけられた別れ話。

夢ではないかと疑いたくなってしまうほど唐突なできごと。

かがみにはさっぱりとわけがわからなかった。

けれど、さっきから何度も頭の中で反芻している優一の言葉の意味は理解できてしまった。

優一の心がかがみから離れていってしまうということだ。

 

屋上に一人取り残されてからしばらく硬直したままだったかがみは、

崩れるように床に座り込んだ。

その衝撃で堰を切ったように顔から出るもの全部を垂れ流しながら、

感情をぶちまけた。

幸いにして、その声をかき消すように雨が地面を激しく叩いていた。

 

制服が濡れるだとか、風邪をひくだとか、そんなことは気にならなかった。

どうせなら槍でも降ればいいのにと、自棄になっていた。

 

優一は可愛いだけの年下の頼りにならない男の子だとばかり思っていたのに、

しかたがないからつき合ってあげてるんだとばかり思っていたのに、

気がつけばかがみを泣かせるまでになっていたらしい。

 

もう顔も体も制服も濡れていないところなんてないくらい雨を浴びて、

体を支える気力も流れ出てしまったかがみは、

屋上のコンクリートの上に身を横たえてぼんやりと雨を降らせている灰色の空を見つめていた。

 

いつまで経っても戻ってこないかがみを心配したつかさが、

学校の屋上でボロ雑巾のようになって転がっているところを見つけて家に連れ帰った。

 

つかさは何があったのか聞こうとしても、かがみは多くを語らなかった。

ただ、「ゆう君に捨てられた」と言っただけだった。

 

『捨てられた』なんて、気位の高いかがみが絶対に口にしないであろう言葉。

つかさは大好きな姉をここまでぼろぼろにした優一に怒りを覚えた。

 

翌日かがみは学校を休んだ。

風邪はひかなかったけれど、学校に行く気力はなかった。

それに泥まみれになった制服をクリーニングに出す時間も必要だった。

 

朝、つかさは珍しく憤慨していた。

こなたはその様子を見て驚き戸惑っていた。

まるで富士山の大噴火を目の当たりにしているかのような驚きだった。

 

放課後になるとつかさは教室を飛び出していった。

一年の優一のクラスにずかずかと乗り込んで行くと、

無言で腕をつかみ強制的に連行した。

 

教室でおろおろしながら待っていたこなたのところへ、優一を連れたつかさが戻ってきた。

静かで邪魔の入らない所を求めて学校中をつれ回したけれど、

結局はみんなが帰った教室に戻ってきてしまった。

 

そこにいるだけで周囲の女子の視線を集めてしまう優一と一緒ではしかたのないことだった。

いつの間にか学校中の知るところとなっている優一の彼女の存在。

その妹が優一の手をとって歩いていてはますます好奇の視線が集まるというものだ。

 

つかさは誰もいなくなった教室で、自分の席に座った。

こなたはその後ろに。

優一は、上級生の席に座るということに大きな抵抗を感じていた。

 

「ゆう君も座ったら」

 

と言われて、優一は二人の足元に正座して座った。

優一は呼び出された理由に察しが着いているのか、神妙な様子だった。

 

これではどうみても下級生を呼び出していじめている図以外の何物でもない。

 

優一を椅子に座らせればよかったのだけれど、

つかさが慌てて椅子を取り払って床に座り込んだものだから、

こなたもそれに倣った。

 

「どうしてお姉ちゃんのこと嫌いになったりしたの?」

 

本当であれば昨日泥まみれになっていたかがみと同じように、

優一の身も心もずたぼろにしてやりたいくらいの怒りはあったはずなのに、

萎んでいる優一の顔を見ているとそんな感情は消えていった。

 

「かがみ先輩のことは大好きです!」

 

そう言った優一の眼差しは真剣そのものだった。

勢いがよかったのはそれだけで後は消えるような声でぼそぼそと語りはじめた。

 

「でも、僕じゃかがみ先輩とつりあわないんです……。

かがみ先輩はきれいだし、優しいし、頭も良いし、

決断力もあるし、自分の意見をしっかりと言う頼もしい人です。

でも僕なんか全然そんなことないし、頭も悪いし、うじうじしてるし、

先輩に怒られてばっかりだし……

僕なんて先輩に相応しくないんです」

 

「相応しくない、か」

 

それは双子の姉妹として比べられる事の多かったつかさにもわからない話ではなかった。

 

「でも、そんなことないんじゃないかな」

 

とつぶやくようにつかさは言った。

かがみがそんなによくできた完璧な人間でないことをつかさは知っている。

 

「そんなことあります!

僕は先輩に何もしてあげられないし……

僕なんかと一緒にいたら先輩がダメになってしまいます!」

 

優一は、否定的な意見に関しては自信をもって口にする。

 

「じゃあ優一くんは自分の良い所はどこだと思う?」

 

「良い所、ですか?」

 

「そう、これならお姉ちゃんにも負けないっていう所とか」

 

「そんなのありません!」

 

自信をもってそう断言した。

 

「そんなことはないんじゃないかな。お姉ちゃんが好きになってしまうくらいなんだから、

優一くんの良いところがあるはずだよ。

例えば、お姉ちゃんよりも料理が上手だとか。

素直で可愛いとか。いつも前向きで明るいとか。勇気があるとか」

 

「料理なんて誰でもやればできることじゃないですか!

素直とか前向きとかそんなの全然すごいことじゃないです!

それに勇気なんて僕にはありません!」

 

とつかさの言葉を力いっぱい否定する。

 

「そうかな。お姉ちゃんに好きだって告白できたのはすごい勇気だと思うよ。

私にはできそうにないもん。

それに、どれもお姉ちゃんにはないものだと思うよ。

だからお姉ちゃんは優一くんを好きになったんじゃないのかな。

優一くんは優一くんなんだから、お姉ちゃんと張り合わなくても良いと思うよ。

お互いに得意なことを頑張って成長しつづければいいんだと思う。

そうやって尊敬しあえる関係が大切なんじゃないかな」

 

「そ、そんなのつかさのキャラじゃないよ!」

 

とこなたが叫ぶ。

 

「えへへ……、実はこの間読んだ本に書いてあったんだ」

 

なんだ、そういうことかとこなたは安心する。

つかさまでもが自分をおいて大人の階段を駆け登っているんじゃないかと

少しばかり肝を冷やした。

 

「それで、つかさは今何を頑張って成長しつづけているの?」

 

と意地悪く問う。

 

「そ、それは……」

 

案の定つかさは答えられない。

本にそう書いてあったからといって、容易く実践できるものでもない。

それでこそつかさだとこなたは安心した。

 

これで優一は納得したのかと思いきや、全くそんなことはなかった。

どんな御託を並べてみたところで、優一の不満は一つだった。

 

「それじゃあどうしてかがみ先輩は僕のことを一度も好きだって言ってくれないんですか!」

 

そんなことをこの場の二人に言っても仕方のないことだと優一は思っていた。

でも思わず言ってしまった。

 

「ゆう君、だから言ったでしょ?ツンデレを理解しないとかがみとはつき合えないんだって」

 

「……何ですか?つんでれって……」

 

「かがみはね、素直じゃないんだよ。

好きだって思っていてもなかなか言わないんだよ。

ゆう君みたいに素直じゃないからね」

 

「でも……言ってくれなきゃかがみ先輩の気持ちがわからないです」

 

「確かめる方法ならあるよ」

 

とこなたは口元をいやらしくゆがめる。

 

「どうするんですか?」

 

その問に答えずに、こなたはつかさの隣に座る。

そしてつかさの目をまっすぐに見つめ、つかさの両肩を捕まえて名前を呼ぶ。

「つかさ……」

 

つかさの方はと言うと、いつもと異なるこなたの真剣な様子に戸惑う。

見つめられ続けるのに耐えられなくなって、きょろきょろと目が泳ぐ。

 

「どうしたの?こなちゃっ……」

 

教室の床の上に仰向けにされたつかさ。

その上にこなたが覆いかぶさりつかさの自由を奪う。

 

「つかさ、私のこと好きだよね?」

 

一瞬躊躇ったものの、つかさは一度だけ小さく首を縦に動かした。

 

「じゃあ、私に抱かれて」

 

そうしてこなたはつかさを抱きすくめる。

呆気にとられ顔を耳まで赤く染めながらも優一は目を逸せずに一部始終を見つめていた。

 

「こんな感じだよ」

 

とこなたはつかさを抱いたまま優一に目をやって言う。

 

「そそ、そんなの無理です!絶対に無理です!」

 

「無理じゃないよ。かがみはゆう君の言うことならなんでも聞くと思うよ。

なんだったらつかさで練習してみる?きっとかがみも同じ反応をするよ」

 

そう言って今まで抱いていたつかさの背中を押して優一のまえに突き出す。

 

「だだいじょうぶです、一人でできます!」

 

そう言い残して優一は逃げるように走りさった。

 

 

翌日、かがみはのこのこと学校に現れた。

放課後、優一にまた屋上に呼び出されてのこのこ現れた。

現れずにはいられなかった。

この間の話は何かの間違いだったのかもしれない、なんて思っていたのかもしれない。

 

「かがみ先輩、この間は勝手なことを言ってすみませんでした」

 

優一は腰を折って大きく頭を下げた。

 

「べっ、別にあんなの気にしてないわよ」

 

かがみはいつものように強がってみせる。

 

「僕が間違っていました。やっぱり僕はかがみ先輩が大好きです。

もう一度やり直してください」

 

優一は頭を下げたまま言った。

でもかがみは何も答えなかった。

答えられなかった。

どうしてか嬉しいはずなのに涙が勝手に溢れてきた。

優一は下を向いたままだから気づかれない。

でも声を出したら泣いているのがバレてしまうかもしれない。

それじゃあ優一のことが大好きで大好きでしかたがなくて泣いてしまっているようで、

格好わるい。

だからかがみは何も言わずに、涙が止まるのを待った。

 

かがみが手で涙を拭っていると、無言の不安に耐え切れなくなった優一が不意に顔を上げた。

かがみは思わず背を向けた。

まだ涙は止まりそうにない。

 

「あの……かがみ先輩?」

 

「うるさい!バカ!……少し待ってなさいよ」

 

かがみはどう返事をしようか悩んでいた。

答えは悩むまでもなかった。でも大切なのはどう振る舞うかだ。

 

『どうしてもって言うなら、もう一度つき合ってあげてもいいわよ』

なんて言うつもりだったのに、涙をみられてしまった後では不自然だ。

素直に言えればいいのになと思っても、それができないのがかがみ。

 

もう涙は乾いてしまった。

でもまだ返事の言葉が見付からない。

斯くなる上は胸の内に秘めた思いをみっともなくぶちまけてやろうかとも思った。

 

覚悟を決めて優一と向かい合うと、

かがみの言葉よりも先に優一が動いた。

 

離れて立っていた二人の距離を縮めた。

優一はかがみの目をまっすぐに見つめ、かがみの両肩を捕まえて名前を呼ぶ。

「かがみ先輩……」

 

「何よ……?」

 

かがみは逃げることなくまっすぐに優一の瞳を見つめ返してくる。

 

そこで優一は何かがおかしいことに気づいた。

次はどうすればいいんだったかな?

とこなたに教わった手順を思い出そうとする。

でもかがみに見つめられたまま冷静に考えられるなんてこと、優一にできるわけがない。

こんなに近くでかがみと見つめあうなんて未だ嘗てないこと。

心臓がばくばくとうるさい程に暴れ回って何も考えられない。

こんなことならつかさに練習させてもらえばよかったと後悔した。

 

そうだ、次はかがみ先輩に寝てもらうんだ、と手順を思い出したところで、

向き合って立っている状態からどうやってそれを成し遂げればいいのかわからなかった。

 

「えっと……かがみ先輩、座りませんか?」

 

そう言えば昨日は二人は床に座った状態から事を始めたはずだと、今更ながら気づく。

 

「いいわよ」

 

いぶかしく思いながらもかがみは屋上のコンクリートの上に腰をおろした。

すかさず優一はかがみの肩を掴んで、体を押す。

 

ごちんという鈍い音をたてて、かがみは後頭部を強かにぶつけた。

かがみは後頭部を両手で抑えながら転がって悶絶する。

 

「すみません、かがみ先輩!」

 

そう言っておろおろするしかない優一。

 

「どういうつもりよ!」

 

思わず睨みつけてしまったかがみ。

ひるみあがった優一の姿を見て、しまったと後悔する。

 

「……私にどうしてほしいのよ?」

 

「えっと……その、仰向けになってもらいたくて……」

 

もうぐだぐだだなとかがみは思った。

一体何を企んでいるのだろうか。大方こなた辺りにでも変な入れ知恵を去れたんだろうと思った。

ひょっとして押し倒そうとでもしていたのか?

この後体を求めてくるつもりでもいるのだろうか?

なんて思ったけれど、もうぐだぐだすぎる。

 

「あの……ごめんなさい。やっぱりいいです。どうしてもってわけじゃないし……」

 

かがみの憐れむような目に耐えられなくなって、前言を撤回しようとする。

 

「これで良いの?」

 

それでもかがみは言われるままコンクリートの上に仰向けになった。

晴れた空に輝く太陽がまぶしくて、思わず目を閉じる。

 

どうしよう……。

優一はそう思ったけれど、もう引き返せない。

こうなったら最後までやりとげるだけと、勇気をふりしぼる。

 

けれど、屋上で自分の前に横たわり目を閉じているかがみを見ているだけで気が変になりそうだ。

 

そのかがみの体の上を跨ぐなんて恐れ多いこと。

でもやらなければ先に進めない。

かがみのスカートの上辺りに、優一は膝立ちになってかがみを見下ろす。

でもかがみは目を閉じたまま優一を待っている。

 

優一の言うことならなんでも聞くはずだと昨日言っていたこなたの言葉を思い出した。

確かにかがみは一言も嫌だとは言わず、今優一の下にいる。

それが信じられなかった。でもこれが現実らしい。

 

優一は覚悟を決めて腰を折る。

上半身を腕で支える格好になると、かがみの顔がすぐ目の前にある。

かがみの息吹が聞こえそうな程すぐ近くに。

 

今まで目を閉じていたかがみは、突然まぶしい太陽の光が和らいだことを不思議に思ったのか、

不意に目を開けた。

 

かがみは優一が自分の体の上に四つ這いになっていることに気づいて驚き、そして動揺した。

まさか優一に限ってそんなことはないだろう、なんて思い軽々しく横になったものの、

まさかの展開になりつつある。

 

「かがみ先輩……」

 

「何よ……」

 

そう答えたかがみの息が顔にかかり、それだけで優一の心泊数はさらにあがる。

 

かがみの圧倒されそうな程強い視線が今は優一から逸されている。

だから優一も少しばかり気が楽だった。

 

「僕のこと……好きですか?」

 

かがみは躊躇いがちに小さく、けれども確かに首を縦に動かした。

 

「じゃあ、…………僕に抱かれてください」

 

かがみは何も答えずに目を閉じた。

ずるい。そう言われたら嫌とは言えない。

適当な理由をつけて先送りできないこともないけれど……。

初体験が学校の屋上?そんな状況に躊躇わないはずがない。

かがみは少し返事に悩んで、覚悟を決めた。

 

「好きにすればいいでしょ……」

 

優一は躊躇いながらそっとかがみの背中に手を回そうとする。

 

優一に触れられて、思わず体を硬直させるかがみ。

もはや動揺を隠そうとする余裕もない。

 

でも優一だってそんな事に気づける余裕なんてありはしない。

 

柔かいかがみの体に触れる程、かがみとの距離が少しずつ縮まる程、

かがみの体と触れ合う面積が増える程、

何も考えられなくなっていく。

 

優一はこれがはたして現実なのかと相変わらず疑っている。

憧れていたかがみを今抱きしめている。

布団を相手に抱きしめる予行演習という名の妄想は幾度となく繰り返してきた。

でもこれは夢じゃない。布団は決して優一の背に手を回し、

強くはないけれど決して弱くもない微妙な力加減で抱き返すようなことはしない。

 

頬と頬を触れ合わせると、えもいわれぬ柔さと体温が伝わってくる。

かがみの髪から立ち昇る香りが肺に吸い込まれる。

かがみの吐息が耳にかかる。

 

少し呼吸が早いのかな?ひょっとしてかがみ先輩もドキドキしているのかな?

僕なんかに抱かれてドキドキしているのかな?

いつも自身に満ちあふれて堂々としているかがみ先輩でも、

こんなことで緊張することがあるんだ。

そう思うと無性に嬉しくなる。

 

少しのすき間もないほどに体を触れ合わせていたい。

温もりと軟らかさと息吹を感じているだけで幸せになれた。

 

早鐘の様に高鳴っていた二人の心臓は次第に落ち着きを取り戻すと、

かがみは様子がおかしいことに気づいた。

 

優一が動かない。

抱きしめたまま身動き一つしない。

ひょっとして興奮の限界を超えた心臓が活動を停止したんじゃないかと一瞬思ってしまう程だったけれど、

静かな吐息は聞こえるからその心配はないらしい。

まさか寝てしまったのか?

 

「どうしたの?ゆう君」

 

「何がですか?」

 

優一は顔を離し、かがみの目を見つめていぶかしげに聞き返す。

 

「何がって、だって……」

 

『だって、ゆう君が何もしないから』と言おうとして止めた。

それじゃあまるで何かしてくれるのを催促をしているみたいじゃないかと思ったから。

 

「あ、あの……僕何か変なことしちゃいましたか?」

 

突然優一の顔は不安色に染まる。

 

かがみは優一が何も変なことをしようとしないことを疑問に思っていたのだけれど、

それはどうやら自分が勝手にはしたない想像を膨らませていただけなんだと気づいた。

そう思ったら恥ずかしくなった。

 

優一の言葉に他意はなかった。

文字どおり、かがみを抱いた。

それだけだった。

 

「馬鹿!なんでもないわよ!」

 

「かがみ先輩、大好きです」

 

そう言えば、そんな言葉を耳許でささやかれるのなんて、

生まれて初めてだった。

 

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あとがき

 

久しぶりに書きました。

前回から10か月ぶりのかがみ様への恋文シリーズです。

夏コミに受かったけれど、新刊の予定がないので、

このシリーズをまとめて本にしようかなぁと思い、

続きを書きはじめました。

 

続きといいながら、

前回の海に行くとかいう話の続きはどうなったの?

と思われるかもしれません。

まぁ、それは夏コミまでになんとかします。

 

というか、このシリーズはどういう形で

終わらせるのが良いのかなぁ?と悩んでいます。

 

それはそうと、夏コミは

二日目 土曜日のT01a

「いつも反省中」です。

説明
柊かがみがラブレターをもらったら……なんて話の第11話目です。
「かがみ、素直になれなくて」
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