双天演義 〜真・恋姫†無双〜 二十四の章
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「一刀!」

 

 曹操の兵に案内された、関の中に建てられた天幕の入り口に掛けられた扉代わりに布を思いっきりめくり上げる。

 

 その瞬間に感じる肌を切り裂くような空気と、首筋に感じる冷たい物体に動きが止まり、冷や汗があふれ出てきた。

 

「幽州の御遣いがなんのよう?」

 

 首筋に愛用の鎌を突きつけたまま、冷たい眼差しで見つめて、さらに氷よりも冷たい声で曹操がオレを問いただす。

 

「ちょっと、一刀に話があって……」

 

 固まった体を動かさずに、目線だけでのど元に突きつけられた鎌を見つめる。曹操の言葉に答えるオレの

言葉が震えているのは仕方がないと思う。

 

 しかしまさか曹操が一刀の膝の上に乗って、その顔を両手で掻き抱いて、その桜色の唇で……。

 

「何を考えているのかしら?」

 

 そこまで天幕の入り口を開けたときに見えた情景を思い返したところで、首の皮を突きつけられた鎌で薄く切られた。じわっと赤い血が滲み、玉になって一筋流れ落ちる。

 

「何も考えていません」

 

 さらに硬直する体に震える声、言葉も硬いものになってしまう。

 

 オレにとっては何時間にも感じられる数秒、ジッとオレの目を無表情な瞳で睨み付けてきた。

 

 オレが冷や汗を流して固まる姿に溜飲が下がったのか、鼻で軽く笑った後、さも当然といわんばかりに一刀のもとに戻った。さらにその膝に腰かけ足を組み、手を組んでこちらを猫が鼠をいたぶるときのような、さも楽しげな瞳で見てくる。

 

「お、おい、華琳。どこに座るんだよ」

 

「で、幽州の御遣いが一刀になんの話?」

 

 一刀の言葉をまるで無視して、鈴が鳴るような声で楽しげに聞いてくる。声だけ聞こえていたら、楽しそうだなと素直に思えるけれど、その口角の端だけ上げたような笑い方を見る限り、とても楽しそうなどという感想は感じることはできない。

 

「ですから、一刀に話が」

 

「何度聞けばいいのかしら? それとも幽州の御遣いは人の言葉もわからないのかしら?」

 

 言外に退席を願おうとしたオレの言葉を遮って、不機嫌な様子も隠すことなく目を細める。

 

 途端に天幕の空気が、凍えるような温度にかわった。

 

「で、幽州の御遣いが一刀になんの話?」

 

 再度、曹操は先ほどと同じ質問をしてきた。確実に居座る気が満々で、出て行く気はまったく無いのだろう。目で一刀に問うてみれば、諦めたように肩をすくめてため息をついている。

 

「オレたち、特に孫家を無視してなぜ水関を落とした?」

 

「それはっわぶっ」

 

 オレの質問に答えようとした一刀を曹操は、肘を彼の腹にいれることでその言葉を封じる。そしてその手をそっと、うめき声をあげる一刀の顎を撫でるようにもっていった。人差し指と中指で喉から顎先にスッと、羽毛でくすぐるように撫でた後、手のひら全体で一刀の頬を撫でる。

 

「一刀、あなたは黙っていなさい。……幽州の御遣い、あなたは策を講ずるとはどういうことを言うのか理解している?」

 

 一瞬一刀を気遣うような優しげな眼差しになったのが嘘のような、冷たい眼差しで曹操はオレを見つめて、オレの質問に答えることなく、質問で返してくる。

 

「それは、物事がうまくいくように考えをめぐらせること……。だから戦いが有利に運ぶよう事前に調整、流れを作ることじゃないのですか」

 

「……ハァ。……幽州の御遣いは言葉も知らないみたいね。策を講ずるということは、そんな簡単なことではないわ。もし策が成ろうとも破られようとも自分に利益を得るようにしておくことよ」

 

 オレの言葉に失望したようにため息をつき、彼女がオレに望んだであろう答えを教えてくれた。先ほどまであったオレを興味深げに、そして面白いものを見つけたような目の色は失せ、瞳の色は失望に変わり、興味を失ったようにつめたい目でオレを見つめ、一刀にもたれるように深く腰掛ける。

 

「そして利益を得るのは曹操、あなたというわけですね。そして曹操、あなたが天を握るためにこの連合はあると……」

 

 オレの言葉にニヤリと笑う曹操。

 

「そういえば、一刀……。曹操が天下を取るためなら、歴史を変えることも已む無しと言っていたっけな」

 

 力を抜きため息混じりに言ったオレの言葉に、曹操は一刀に一瞬目をやった。

 

 曹操の視線に気がついたのだろう、一刀は顔を真っ赤に染めてそっぽを向いていた。

 

「だからか……うろ覚えなりなんなりの近代軍隊の訓練方法なり、軍掌握術、連絡手段を教えた……」

 

 後に語ることのために必要と思われるものを挙げていく。そして周瑜の予想した曹操の水関攻めを、オレの考察を交えず二人に聞かせた。

 

「さすが天下に名だたる周公謹ね」

 

 曹操はオレの語った周瑜の予想を否定することなく、目に再び楽しげな色を宿した。

 

 その目はオレに続きを促している。

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「周瑜は脚本は曹孟徳、演出は荀文若と言っていっていたけれど、オレはそう思わない」

 

「それはなぜかしら?」

 

「この策を考える上でのスタートライン……出発点を考えれば、曹孟徳、あなたが関わるのは策がたてられてから……。それも最終段階になってからとオレは考える」

 

 オレが言葉を重ねるほどに、クスクスと笑い出す曹操の様子をいぶかしむ様に見てしまう。

 

 見当違いのことをオレは言っているのだろうか、間違っているのかもしれないとどんどん自信が無くなっていく。

 

「この策は脚本、演出ともに北郷一刀、脚本修正と演出補佐に荀文若。曹孟徳の名声を得ることも重要だけれど、天の御遣い、北郷一刀の名と知略を実績とともに軍の末端まで知らしめることのほうも重要と、あなたは考えたのではないですか?」

 

 これは周瑜の作戦をそのままで、その目的部分だけ考えを変えただけだけれど、オレは結構間違ったところにいっていないと思う。もちろん自信なんてものはまったくなくなったけれど、表情には出さないように、歯を食いしばって目に力をこめる。

 

「ふふふ。幽州の御遣いは想像力が逞しいようね。一刀の名は、そんなことをしなくても十分、民と兵に知れ渡っているわ」

 

「“名”は知れ渡っているんですか。それならオレの想像力が逞しいのかもしれないですね」

 

 楽しそうに目を細めてオレの言葉を否定する曹操に、オレも言葉を合わせてニヤリと笑ってみせる。

 

「えぇ、知れ渡っているの。だから一刀を知らしめる必要は無いのよ」

 

 足を組み替え、一刀にいたずらしていた手を膝の上で組んで、曹操もニヤリと笑う。

 

「それで、あなたは何を言いたいのかしら? ここに来た目的は何なのかしら?」

 

「それは……。孫家に軍行動を知らせなかったのはなぜですか?」

 

 曹操の言葉はオレの推論への褒美のつもりなのだろう。それがわかるだけに苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。

 

「敵を欺くのなら、まず味方から。情報というものは与えすぎるのは良くないことよ。あぁ、あと私たちが動いた理由も聞きたいでしょう。それはあなたたちが時間を掛けすぎたから、麗羽が痺れを切らしたということよ、わかる?」

 

 曹操はオレの苦虫を噛み潰したような表情を見ながら、本当に楽しそうにオレの質問に答えてくれる。この答えによってオレたちが非難することは、すでに封じられていることがわかる。だからこそオレはより苦虫を噛み潰したような表情をしてしまう。

 

 その表情を見て曹操はオレがそのことを理解したことがわかり、浮かべていた笑みが深くなる。

 

「今度は理解が早くてよかったわ。他に聞きたいことはあるかしら?」

 

 曹操は再び足を組み替え、組んでいた手を解いて胸を張る。それからこの会談は終了であるかのように、嫣然と微笑んだ。それはオレにすでに聞くことがない、というより聞いたところで意味がないということを、彼女が理解していることに他ならない。

 

 そしてオレにはその曹操の思惑を跳ね返し、質問を続けるだけのものがない。

 

「晴信、わるい……」

 

 オレの表情を痛々しく見つめ謝る一刀だけれど、決してこの作戦の是非にではなく、曹操の面白半分の態度を謝っているのがわかる。それがオレに、一刀が高校で同じクラスメイトとして馬鹿やっていたときとの違いをより感じさせた。

 

「幽州の御遣い、どうするのかしら?」

 

「……ハァ。ここで聞くべきものは、もう何もないようです。オレたちが取るべき道は一つか二つが精々といったところですか」

 

「そうね。できたら……一つの方法は止めてくれると助かるのだけれど」

 

「孫策はそちらの道に行く可能性が高いですよ。彼女自身が怪我してますからね」

 

「えぇ、聞いているわ。あそこは仕方ないとしても……」

 

 そういって曹操はニヤリと笑う。

 

「オレが決められることではないですよ」

 

「それはそうね。幽州の御遣いに、軍権は無かったわね」

 

 本当にどこまでこちらの内情を知っているのか、それとも知っていると見せかけているのかわからない。たしかにオレには軍を指揮することはできないが、伯珪さんに一言申すことはできる。それゆえオレにまるっきり決定権が無いわけでない。だから曹操がここでオレに揺さぶりをかけることは、まるっきり無駄というわけではない。

 

「えぇ、ありませんよ。それにオレには指揮官たる資格というか、資質はありませんよ」

 

 自嘲気味に肩をすくめて言うオレを面白そうにみる曹操は、“ふぅん”と軽く言うだけで策を講ずることの意味を言ったときのように、呆れたり興味を失うようなことはないようだった。

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「価値というものは理解者がいて、初めて出てくるものと思うのだけれど……どうかしら?」

 

 態度は興味なさげ、しかしその言葉はこれか、と曹操を見て思う。一刀にもたれかかるように座り、いとおしいものを愛でるその目は一刀に注がれ、その頬を優しく撫でる。それからオレを面白い研究課題が見つかった研究員が、その対象に見せるような目を向けてきた。

 

「たしかに“物”の価値は理解できるものがいて初めて成り立つと思いますよ。でも理解できることと必要とされることは別ですよね」

 

 きっと曹操には効かないとは思うが、精一杯の皮肉を込めて、ニヤリと笑ってやる。

 

「それはそうかもしれないわね。でも、理解できるもののそばにあるほうが、ずっと必要とされると思わない?」

 

「それもそうですけどね、理性だけでは判断できないものもあるということですよ、きっと」

 

 案の定、オレの皮肉などなんでもないように嫣然と微笑み、悠然と一刀という名の椅子に腰掛けている。

 

 すでにオレのこの場での敗北は決定している状態で、このまま話を続けていても、後に足元をひっくり返されるようなことを握られるに決まっている。もしかしたらすでにその状態になっているかもしれないけれど、早々にこの場を退散するのが良いようにだんだんと思えてきた。

 

「そうね、本能に従うことも間違ったことではないわね」

 

 オレの言葉を受けて、そう言った曹操の瞳は獲物を狙う肉食獣のように輝き、オレを射すくめる。

 

 今後この場に居て、ひとつでも何かミスをしようものなら即座に首を刎ねられそうな雰囲気になっていく。オレがこの天幕に入ってきたときの、曹操の身体能力をもってすれば、赤子の手を捻るがごとく簡単なことだろう。後々一刀へのフォローや他の諸侯に対しての問題があるとはいえ、立場的にも可能ではある。

 

 背中を詰めたい汗がつたい落ちる。

 

「幽州の御遣い……。どうする?」

 

 曹操の人を萎縮させるような雰囲気に呑まれたオレは、息をするのもつらい。

 

 手に汗がじわりとあふれ、べたべたと気持ち悪い。

 

 ゆったりとした服を着ているはずなのに、汗でまとわり着いてくる感覚が、曹操の巨大な手に体を握られじわじわと締め付けられているようにも感じられる。

 

「オ、オレは、いくらその物の価値がわかっていても、強奪という手段をする人物を、信用できない」

 

 カラカラに渇いた喉から無理やり出すように声を絞り出した。一つ一つの言葉を話すだけで、百メートル走を走るように感じるほど、オレに気力と体力を要求してくる。

 

「そう……。では、私ならどうするか、あなたならわかるかしら」

 

 瞳に籠められた力は衰えることなく、いや、さらに増し、いつの間にやら手にしている鎌を手遊びしている曹操は、ガチガチに固まり、ダラダラと冷や汗を流すオレを見て、楽しそうに笑う。

 

 唾を飲み込む音がいやに頭に響く。

 

“ヒュンヒュン”と風を切る音が曹操の手にある鎌から鳴るたびに、いつその力でこの首が飛ぶかひやひやとしてしまう。

 

「華琳」

 

 一刀に真名を呼ばれた途端に、ピタリととまる鎌、弱まる瞳の力。

 

「晴信。情報を秘匿し知らせなかったことについては、謝らなければならないと思う。でも華琳、曹操の軍を使い水関を落としたことを間違っていたとは思っていない」

 

 そっと曹操を膝から降ろし、一刀は立ち上がりまっすぐオレを見た。

 

 真意を探るように一刀の目を見る。

 

 沈黙が場を満たし、先ほどとはまた違った緊張感が高まっていく。

 

 微動だにせず、互いの目を見るオレと一刀。

 

「わかったよ。オレはもう何も言わない。けれど公孫、孫両家から正式な抗議がそのうちいくと思うけどな」

 

 先に力を抜いたのはオレだった。

 

 すでに曹操によってこちらの言い分は封じられることがわかっているし、一刀がここで自分を曲げることもないだろう。なら、ある程度こちらの気持ちを見せつけ、引くことがこの場の最善と考えた。

 

「悪いな、晴信」

 

 さすがにクラスメイトに同じ寮生だっただけはある、オレの計算を見抜き苦笑を浮かべている。

 

「ことここまで手足を封じられたら、だるまにならざるを得ないさ。……次は、こううまくいくとは思うなよ」

 

「わかってるよ。それに俺は、うまくいくようにがんばるだけだよ」

 

 一刀はそう言って朗らかに笑い、その笑顔を見て、オレはため息をついて力を抜いた。こうまではっきり言われてしまうと、こちらとしてはどうしようもない。

 

「ま、がんばってくれや。オレはもう戻るわ」

 

 一刀に適当な労いの言葉をかけて、毒気の抜かれたオレはこの天幕を出て、伯珪さんや越ちゃん、子龍さんの待つ陣営に戻った。頭の中では曹操とのやり取り、一刀とのやり取りをどうやって説明しようか迷いながら……。

説明
双天第二十四話です。

さてと……華琳好きな人にこんなの華琳じゃないとか言われそうですけど、私のイメージはというより双天ではこんな感じになりました。言い回しに関してはここはこうのほうがらいいとかありましたら、教えてください。極力意図と間違った方向に行っていなければ直したいと思います。

晴信もそろそろ本格的に成長してもらって、積極的に動かそうかと思っています。とりあえす今回その片鱗ということで、がんばってもらいました。
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コメント
ヒトヤ様コメントありがとうございます。あぁぁ、たしかに一刀のフォローを書ききれていないぃぃぃ(>−<; といか書いていない? しまったぁぁぁぁorz 華琳とのやり取りで力尽きたのがまずかった(私が)(><;(Chilly)
一刀男には冷たいのな、クラスメイトだろ?寮生だろ?もっと何かあるだろ、なんだその態度(ヒトヤ)
PON様コメントありがとうございます。そしてご不快にさせてしまったことお詫び申し上げます。さすがに原作からあまりにも乖離させた性格にすることはできませんし、こういった時代の戦記モノですので覚悟なり覇道なりの畜生道の話になってしまいます。ですのでご理解いただけると幸いです。(Chilly)
二人とも、心底むかつきます。覚悟がどうとか覇道がどうとか言ってますが結局畜生道じゃないか。一刀もただ単に惚れたから味方してるだけに思えて仕方ないし。まぁ原作から外れてないことを非難してもしかたないですけどね・・・(PON)
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真・恋姫†無双 双天演義 晴信 一刀 華琳 

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