オレはもっと自由になりたい
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「オレはもっと自由になりたい」

中高生ぐらいの思春期の子はよくこういう思想を口に出す。

他にも自分は普通になりたくないとか、自分のことは誰にも分からないとか言う。

 

......ほう。

それはそれは、見事な意見だ。

ならば君たちは【自由】や【普通】の定義を説明できて、なおかつ自分という第一視点の存在を第三視点(客観的)で見ることができるんだろうな?

そうでなければ物事の尺度を測ることなんてできないし、何より自分自身の概念がはっきりYes、Noで計ることができなければ、そんな論議はもちろん、思想を口に出すことなんて烏滸がましい。

 

さぁ始めるぞ思春期のてめぇら。

自分がいかにちっぽけで愚かな人間か、それともそのラインは突破した至高の人間なのか白黒はっきりしようじゃねぇか。

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まずは説明だ。

お前らの言う自由ってのは一体なんだ?

 

・拘束されないこと。

・支配されないこと。

・義務を免除された状態。

 

自由の説明を人に求めたところ、こういう回答例が多く挙げられるが、つまるところ対義語な説明になる。もとい、対義語な説明しかできない。

ああ、少し言い方が難しいかもしれないが、そんな大げさなものじゃない。

学校に校則されたり、親に家事を強制さりたりと小さいことでもいいんだ。

別の言い回しで哲学っぽく見えるだけで、表面的にはそんな難しくはないはずだ。

ここまではいいだろ?

自由ってのは拘束されないで支配されないで義務を免除されたってことだ。

 

......この定義で正しいのならな。

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結論からすると、この定義は恐らく間違っている。

『恐らく』という表現をあえて使ってみたが、それも含めて説明してみよう。

説明、と言ってもこれはあくまで哲学的な要素を含む意味合いなので、本人が納得すれば『自由』は成立する。

ここで一つ事例を挙げる。

 

・30歳サラリーマン

 →会社では残業で縛られ、家では妻に給料を管理されわずかばかりなお小遣いしか貰えない。子どももいるので、しっかり養わなければならない。

 

これを少し表現を変えてみよう。

 →世間体的に一家の大黒柱として家庭を守る義務を負い、会社に馬車馬の如く働かされ拘束される。家庭では妻に支配され自分の時間が何も持てない。

 

さて、このサラリーマンが自由を得たい場合、単純に仕事を辞めて離婚すればいい。

そうすれば理想の『自由』を得ることができる。

 

......ん?

この回答は不服かな?

だがしかし、このサラリーマンが自由を求めた場合、それでいて自由の定義が拘束・義務・支配を解き放つことならばこの数式で合点がいくはずだ。

 

そう、ここで重要なのは二つ。

自由の価値観。

満足度。

加えて、幸せの定義だ。

 

まあこんな自己啓発チックな文章をここで書いても需要は無いだろうから抑えておくが、まとめてしまえば『考えろ』ってことだ。

 

自由、普通、幸せ、自分、概念......加えて自己の定義、信念を。

 

少し落ち込んでいた友人がいたからこれを書いてみたが、この話しはここでおしまい。

需要があれば書いてもいいが...どうかな?

 

とりあえず、この文を見て何か考えることがあれば、著者としては嬉しいかな。

もし最後までちゃんと読んで考えることが何も無ければ、今はまだ定義が必要でないか、読者が単純に完成された人間か、或いは著者の能力不足か。

 

まあ最近投稿してなかったから、生きてるよ! って感じで書いた駄文だ。

そうだな......そろそろエロゲのSSでも書こうかな。

説明
君たちは考えて、言葉を選んでいるのか?
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自由 普通 考える 哲学 自己啓発 生存確認 朝霞アドミ 拘束 義務 支配 

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