月明かりの道 【一】
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 魔物という生き物は子供みたいなもので、喧嘩が強いか弱いかが何よりも大事だったりする。

 今回の騒ぎも、いい歳をした海の種族の長老と、山の種族の長老が、新年会の宴席で、海と山の魔物がどっちの方が強いかと言い争いになった事から始まった。

 まったく馬鹿馬鹿しい限りなんだが、こうなると両派とも引っ込みがつかない。

 海山の魔物を集めて、合戦で決着をつけようということになった。

 困ったのは合戦地の選定だった。

 海の魔物は水が無いと本領を発揮できないし、山の魔物は陸でないと戦えない。

 色々選定に困ったあげくに、遠浅の海の近くに、小高い丘と岬がある井宮市の古戦場が三百年ぶりに選ばれたと言うわけなんだ。

 しかも、井宮市あたりを治める飯坂家が、家柄もわきまえずに実行委員会を買って出たりした。

 飯坂家は弱小魔族だから、こういう催しの運営に慣れた者がほとんどいなかったので、総責任者のお鉢が、ホテルマンをやっている僕に回ってきた。

 まったくもって迷惑な話です。

 長に頼むよと泣きつかれて、勘弁してください、とか思ったのだけど、この地方の魔物の誉れにもなる事だから、と不承不承引き受けました。

 二ヶ月ほど会場の整備とか、宿舎の割り振りなどの準備をしていたら、山の魔物の後ろに、中央という魔物の大組織が付き、海の魔物の後ろに連合という、反中央の大組織が付いて、合戦の規模がみるみるうちに拡大していきました。

 待ってほしいのです、井宮古戦場は数百程度の団体が合戦する場所で、数千の軍勢同士が激突する場所じゃありません。と抗議したのですが、もちろん誰も聞き入れてくれはしませんでした。

 さて、明後日に合戦の開催を控えた井宮市の先観海岸は海山の魔物でごったがえしています。

 この手の催しは、規模が大きくなるほど、馬鹿馬鹿しいトラブルが指数関数的に増加していきます。

『すいません、三砂先輩、トラブルです』

「了解、おちついて青柳君、状況は? トラブルの種類は?」

『だ、だめです、僕、殺されっ』

 彼の泣き声の向こうで、女の怒声が響いていた。

「とりあえず、深呼吸、よし、おちついて、いくらなんでもすぐ激高するほど……」

 がしゃんという大きな音と、青柳君の悲鳴と女の怒鳴り声が聞こえてきた。

『せ、先輩ー、先観銀座通りですっ! 早く助けてーっ』

 そして、電話はぷつりと切れた。

「……。青柳君、ガッツだ……」

「また、トラブルですか?」

 後ろの机で他の電話の受け答えをしていた桜庭嬢が僕に声をかけてきた。

「そうみたいですね。とりあえず行って来ます。ここはお願いできますか?」

 桜庭嬢はふんわりと笑ってうなずいた。

「本当に桜庭さんには助けてもらっています。本当に申し訳ないですね」

「いえいえ、合戦の運営は慣れないと大変ですから」

 ほがらかに笑うOLっぽい彼女は、別県の繁盛している合戦地の実行スタッフをやっている。

 珠姫市という山奥のそこは一年に一回は合戦があるので、桜庭嬢は、僕たちよりも、ずっと運営実務に手練れている感じだ。

 飯坂家の長老に人手がたりないとこぼしたら、桜庭嬢を呼んできてくれたのだ。

「でも、三砂さんも、ホテルマンをやっているだけあって、手際がいいですよ」

「ありがとう。しかし、あとマンパワーが五人はほしいところですね」

「中央でも連合でもない実務能力が高い魔物さんは、なかなかいませんからね」

 今回の合戦は、大きい魔物の団体が二つ参加してしまっているので、どちらにも属していない魔物の家はほとんどないのが現状だ。

 桜庭さんの家は合戦地の主催なので、一応両派から中立を保っている。

「こんど、家の合戦開催の時にヘルプにきてください。こっちの方もなかなか実務能力の高い人がたりなくて」

「是非呼んで下さい、珠姫の合戦場の運営は興味があります」

「宜しくお願い致します」

 桜庭さんはニッコリと花のように微笑んだ。

「では、青柳君を助けに行ってきます」

 僕はふうと一息ついて、運営事務所を出た。

 しかし、トラブルが多い。

 合戦は明後日なのに、ちゃんと開催出来るんだろうか。

 合戦に参加する魔物たちが街に増えてきて、夜だというのに先観海岸の商店街は人が大勢うろうろしていた。

 魔物といっても、変化しない限りは普通の人なので、なんだか、人気の行楽地の夜っぽい感じだ。

 結構地元も潤っているらしい。あちこちに出店や屋台がでている。

 五月の連休の時よりも人出が多いので、商工会の人も驚きいぶかしんでいた。

 明後日の満月を控えて、まるまると太った月が先観岬の上にかかって、白々と海を照らしていた。

 

 

 先観銀座通りにつくと、しくしく泣いている青柳君と、烈火の如く怒った体格の良いサングラスの女の人が居た。

 女の人は真っ赤なスーツを着て、巨大なスーツケースを横に仁王立ちしている。

 唇が人でも食べたかのように真っ赤だ。

「せ、先輩ー」

 青柳君が涙目で僕の方を見て呼んだ。頬にアザが出来ていた。

 うわ、殴られましたか?

「お待たせいたしました、運営委員会の三砂と申します」

「なあ、ここの人は私の家がちっさいからってなめてんの?」

「はあ、どういうご事情でしょうか?」

「ホテル取ってもらってたはずなのに、無いとかいうんだよ、どういうことだよ?」

「ですから、その、お客さまの勘違いではないかとっ」

 青柳君が頬を押さえながらそう女に言った。

 見るからにいらっとした雰囲気で女の肩が動いた。

「勘違いなんかじゃないってっ!」

「じゃあ、受け取り見せてくださいよっ!」

「そ、それは家に、わすれちゃってさ。で、でもきっちりお願いしたんだよっ! このホテルで、部屋番号まで聞いたっ!」

 あー、これは……。

「ご確認いたしますね。お客さまのお名前は?」

「新城。岡山の新城家」

「さようでございますか、しばらくお待ち下さい」

 僕は携帯電話で、飯坂の親父さんの番号を打った。

 まあ、電話を掛けなくても、何があったか想像はつくけど。

『はいよ。どうしたい?』

「岡山の新城さまが、宿の予約が無いとおっしゃられていますが、長老様はなにかご存じではないですか?」

『あっ……。ああああ。そうそう、言おうと思ってたんだ。ごめんごめん。中央の親衛隊の人がどうしてもって言うんでさ、予約振り替えたよ。忘れてたー!」

 やっぱりね。

「さようですか。はい、それでは仕方がありませんね。手違いでダブルブッキングですか」

『いやちがうよ、家格がちがうからよ、岡山の牛鬼なんかは勝手にどっか泊まれってこったよ。なにせ、相手は中央の親衛隊様だしなあ』

 それじゃ済まないんですよ、親父さん。

 しかし、彼女は牛鬼なのか、強そうだ。

「そうですか、先に他のお客さんが入ってしまったということですか。はい、ええ、もちろん謝罪いたしますよ。本当にあってはならないことですね」

『あ、そうか、どっか泊まれって言っても、今はどこも一杯なのか? そりゃ思い浮かばなかったなあ。ははは』

 ははは、じゃないですよ。

 どこも満杯な状態の街に勝手におっぽりだされたら、普通キレますって。

 僕は、回線を切り、新城さんに向かって深々と頭を下げた。

「もうしわけございません。こちらの手違いでお部屋の方をダブルブッキングいたしました」

「ほらっ、やっぱりそうなんじゃんよっ」

「す、すいません」

 青柳君もぺこぺこと謝った。

「でー、どうしてくれんのさっ、私は合戦の選手だから、早く休みたいんだよっ」

「しばらくお待ち下さい」

 僕は、あちこちの心あたりの民宿やホテルに電話を掛けたが、あいにくどこも一杯だった。

 まあ、今はハイシーズンの時の先観海岸の三倍は混んでるから、空いて無いだろうね。

「どうすんだっ! 私に野宿しろっていうのかいっ! お金も振り込んだのにっ」

「もうしわけありません。少し離れてしまいますが、隣駅のホテルでもかまいませんか?」

「えー、遠いのはやだなあ」

「お詫びに僕が車で送り迎えをいたしますよ」

「あ、そう、じゃあいいや、寝れるならいいよ」

「ありがとうございます」

 新城さんは青柳君のあたまをぽんぽんと叩いた。

「殴ってごめんね、痛かった?」

「い、いえ、その、こっちも申し訳ありませんでした。勘違いと決めつけてしまいました」

 まあ、青柳君は、普段はマクドのバイトだから、マニュアルに無いトラブルには弱いだろうね。ちなみに、彼は灰坊主という弱い妖怪の家だ。もう変化するだけの魔力も無いらしい。

 新城さんはサングラスを取って、月を見あげた。

 澄んだ琥珀色の目が綺麗で、うっかり見ほれてしまった。

 粗暴だけど、綺麗だな、この人。

「なに?」

「いえ、では、車を回して来ますのでしばらくお待ち下さい」

「はやくしてよね」

 

 

 駐車場から車を先観銀座に通り回した。

 僕の車をみると、新城さんが、ほう、という顔をした。

「女の子が乗るようなかわいい車だね」

「燃費が良いんですよ、トランクあけましたから、荷物はそこにお願いいたします」

 新城さんはトランクに荷物をつめたあと、車に乗ってきた。

 彼女が座席につくと体重で車体がぐらっと揺れた。小さい車なので、なんだか窮屈そうだ。

「大丈夫ですか?」

「なんだか、缶詰になったみたいな感じ」

 座席のレバーを押してあげて、座席を思い切り後ろに下げてみた。だが、まだ、新城さんには狭いみたいで、長い手足を折りたたんだ蜘蛛のように座っていた。

 車を発進させて、海岸通りを西に向かって走る。

 今日の海は凪いでいて、遠い白い波が鱗のように敷き詰められていた。

「しかし、ここは田舎だね〜、なんか面白い所とかないの?」

 新城さんはサングラスをスーツの胸ポケットにしまいながら言う。

「あまり無いですね。海と山が綺麗、それぐらいしか無い場所ですよ」

「あたしの里も海は綺麗だからね」

「牛鬼って、海の魔物ですよね」

「うん、海の族の中では貴重な正面戦力系なんだよね」

 牛鬼というと「ゴズ」を連想して、山の魔物に思いがちだけど、牛鬼一族は海の魔物だ。

 ミノタウロスのような感じではなく、完全変態すると蜘蛛の体の上に牛の頭がついた姿になる。

「あんたは何家?」

「三砂家です。あまり有名な家ではないですね。狢ですよ」

「あはは、なんか、それっぽい。なんか喰えない感じが狢さんだよね」

「ほっといてください」

「変化系か。完全変態するの?」

「一応しますよ。獣人形態ですけどね」

「特殊能力は変身?」

「いえ、そちらの能力は受け継いでません」

「ふーん」

 新城さんはがっかりしたように肩をすくめた。

 非力な狢族で特殊能力が無いとなると、使えない、とでも思っているのだろう。

「新城さんは、お仕事の方は?」

「ん? 仕事は合戦だよ、専業で暴れてる」

「それはそれは、うらやましいですね」

 普通の魔物は普段なにをしてるかというと、普通の人のように働いていたりする。

 魔物の中でも、特に強い者は合戦専業と言って、各地での合戦や荒事に雇われてお金を稼ぐ。魔物の人々は喧嘩が強い奴が大好きなので、合戦専業者というと凄く尊敬される。

「まだ、駆け出しで名も売れてないけどね。頑張って番付けを上げるつもりだよ」

「がんばってくださいね」

 海岸線を抜けて、車は峠道に入る。峠を抜けると隣の逆神市に入る。

「そういや、三砂さんはここらへんの住人かい?」

「ええ、生まれも育ちも井宮ですよ」

「ここらへんに、カズキって凄腕がいるらしいじゃん、知らない?」

「カズキ、さんですか?」

「そうそう、ケチ爺さんの弟子の一人」

「あんまり良くしりませんねー。カズキさんがなにか?」

 一樹の事は知らなくもないけど、まあ、黙っていた。

「いや、喧嘩売って倒そうかと」

「え? 喧嘩を売るんですか?」

「ケチ爺さんの弟子を倒したとなるとさあ、格付けが上がるじゃんよ」

 ケチ爺さんというのは、去年の正月に死んだ、魔物の格闘家という、なんかレアな存在の人だった。

 魔物は変態すると体格とか関節の具合とかが全く変わるので、人間用の格闘技はそのまま使うことはできないんだ。

 日本の古武道とか中国拳法を魔物用にアレンジしたケチ爺さんの魔物の格闘技は無双との評判が高かった。

「ケチ爺さんの弟子というと、今度の合戦に犬子が出るみたいですけどね……」

「ああ、イヌコはねえ、狙ってる奴が多くてね、それと、合戦では作戦を組んでの戦いになるんで、自分の金星にはならないんだよ」

 犬子というのは、中央に属している合戦専業者のエースで、相撲でいうと大関クラスかな。

 犬子は、下級種の魔物で有りながら、上級種の鳳凰を殺して名をあげて、各地で様々な敵を倒している。

 犬子ぐらい有名な魔物になると、合戦では集団で攻撃する事になる。もちろん、中央側でも犬子を作戦の中央に据えて、犬子部隊みたいな感じで動かすので、もしかりに彼女が倒れても、新城さんの手柄にはならないというわけか。

「その点、カズキの方は合戦に出ないそうだから、果たし合いして勝てば大金星なわけよ」

「そうですか。戦えると良いですね、応援していますよ」

「カズキの事を知ってる人、誰か知らないかな?」

「うーん、僕の知り合いには居ないと思いますよ」

「今度長老さんか誰かに聞いてみてよ」

「わかりました」

 車は夜の峠道を行く。木々の間から見える月で周りはほのかに青白かった。

 前方に車が二台、道をふさいでいた。

「んー? なんだろ」

 僕は新城さんの声を聞きながらブレーキを踏んだ。

 族車のような車高の低いえぐい色の車が道をふさぎ、改造バイクが何台か止まって、背中を丸めた若者たちが五六人、こちらを無表情な目で見ていた。

 僕はドアを開け、外に出た。

「何ですか?」

 薄ら笑いを浮かべた特攻服の男がにやにやしながら近寄ってきた。

 悪相といっていいだろう、邪悪な匂いがした。

「男には用はねえ、女か子供だ。死……」

 男の手はかぎ爪に変化していた。部分変態だ。

 彼の肩がぴくりと動き、そして止まった。

「……人狩ですか?」

「……ちっ、同族か」

 新城さんが手品のように小さな車から大きい体を出して来た。

「女は居るが、なんか用かい?」

 男は新城さんを見て、舌打ちをした。

「でけえ女には用はねえ」

 男は背を向けて、仲間に向かって手を振った。

「ついてねえ、同族だ」

「同族ですし、その上、合戦準備委員会の者です。合戦地での人狩は禁じられていますが」

「……うるせえ、ここは隣の県だ、合戦地にはあたらねえよ」

 男は振り向かないでそういった。

「おい、引き上げるぞ」

「お名前と家名をお聞きしたいのですが」

 男は僕の問いかけを無視して、えぐい色の族車に音を立てて乗り込み、爆音と共に峠を下っていった。

 後にはのっそりと立つ新城さんと、濃密な血の臭いが残っていた。

「人狩なんてやる奴居るんだね。初めて見たよ」

「合戦の準備が始まってから、この地方では行方不明者が急増しているんですよ。困ったものです」

 魔物の中には人を食う者も居る。

 おおっぴらにやると色々問題があるので、表向きはどの家も人食いは禁止となっているが、人を食うと魔力が上がるため、隠れて狩る者が絶えない。

 この手の悪さをする連中を取り締まるため、現在治安の係が動いている。今月に入って三組、人狩をやっていた者を見つけ、それを倒したと言う。

「やつらを殺した方がよかったかな?」

「新城さんのお手を煩わせる事はありませんよ。治安の係に連絡しておきます」

 僕は車に戻り、携帯で事務所の桜庭さんに連絡して、後の対処をまかせた。

 あの暴走族風味の連中は遠からずつかまって誅殺されるだろう。

 ……なんだろう、妙な違和感がある。

 彼奴らは、なんだか変だ

 僕は違和感の正体をつかめず、もやもやした気分のまま車を発進させた。

 

 

 

 田野浦港市街に入り、岬を巻いて少し行くと、田野浦クレッセントホテルがある。

 クレッセントグループの系列ホテルで、一流の下ぐらいのホテルだ。

「うわ、綺麗なホテルだね」

「ええ、近所にリゾート施設がありますので、ハイシーズンは混んでいますが、今は結構空いてますよ」

 僕は車から新城さんの荷物を取り出して、ロビーに向かった。

 フロントの志田君が僕を見つけて眉をすこし上げた。

「あれ、三砂マネージャ、今日は非番じゃ」

「ちょっと、お客さんを連れてきました。シングルの部屋は空いていますか?」

「あー、なんか今週は異常な混み方で、シングルはさっき塞がっちゃいましたよ。えー、スイートなら空いてます」

「じゃ、スイートで」

 県外のこのホテルにまで合戦のお客が来ているのか。

 ロビーを見回すと、それっぽい人たちが何人か居た。

 志田君からスイートの鍵を預かり、新城さんを連れて新館の最上階に向かう。

 スイートでは新城さんが予約したお金と少々釣り合わないけど、差額は飯坂家の長に請求しよう。

 スイートのドアを開けると、新城さんが、おおと歓声を上げた。

「うわあ、なに、このごっつい部屋」

「田野浦クレッセントホテル自慢のスイートルームです。オーシャンビューなので、景色が綺麗ですよ」

「あんた、ここで働いてるの?」

「ええ、ホテルマンですよ」

「魔物なのに」

「働かないと喰えませんので」

「なんか……。ちょっと偉いね。人間として」

「ありがとうございます」

 新城さんはほわあと唸って、広いベットの上で寝転がった。

「こんな良い部屋に泊まるのは初めてだなー」

「では、ごゆっくりお休み下さい。明日は何時におむかえにうかがいましょうか?」

「朝十時に来てよ。合戦地を見ておきたいから」

「わかりました、では失礼致します」

 僕は一礼して、新城さんの部屋を後にした。

 ロビーに戻って、フロントの志田君に、請求書の回し先を伝えた。

「社員割引を適用しておきますか?」

「よろしくおねがいします。どうですか、今週は」

「意外と塞がりましたね。シーズンでもないのに、他のホテルもかなり混んでいて、どうしたんでしょうかね?」

「そういう事もありますよ」

 田野浦港は先観海岸まで、電車で二駅だからこっちにも魔物客が来ているのか。

 シーリゾート施設があるので、合戦後に遊ぼうっていうわけかな。

 

「やあ、三砂君じゃあないか、君はこのホテルだったかね」

 ロビーで座っていたおじいさんが顔を上げ、僕に話しかけて来た。

「柿崎先生。先生も観戦にいらっしゃいましたか」

「うん、珍しくお祭りみたいな合戦なんでな、犬子たちに会いたくなってね」

「お祭りですか」

「うん、領土争いの合戦なんかに比べると、海と山の魔物の強さを比べるってのは、馬鹿馬鹿しくて楽しいね」

「そうですか、海と山の合戦といっても、中央と連合の代理戦争みたいになりましたが」

「それでもさ、楽しそうなのにはかわりないね」

 柿崎先生は魔物史の研究家だ。

 魔物の歴史や民俗について色々な本を出している。もちろん先生も人間ではない、血が薄まって変態はできないようだが、狸の変化の家系だ。

 魔物で魔物の学者というのは、日本では柿崎先生ただ一人しかいない。

 先生の本業は大学の歴史教授だったりする。

「さっき一緒に居た美人は誰だい?」

「新城家の人ですよ」

「おお、岡山の牛鬼の家系か、なかなか強そうだね。君の目から見てどうかね」

「パワーはありそうですね。あと動きに張りがあってなかなか良さそうですよ」

「彼女は海側か、これは楽しそうだ」

 そういうと柿崎先生はメモ帳になにやら書き付けをしていた。

「今ね、合戦の賭屋も出てるんだよ。勝敗とか、選手の成績とかに賭けるんだ」

「それはお祭りですね」

 柿崎先生の言うように、今回みたいな、イベント系の合戦はあまり開催され無いのだ。

 普通の合戦は家と家の縄張り争いとか、その地方を支配下に置きたい組織と、抵抗する組織との戦いとかばかりだ。

 そういう生臭い合戦の場合は、参加する選手達の気合いも違うし、結構遺恨とかも発生したりする。

 どちらがどれだけ傭兵を集められるかによって勝負が決まったりする。

 それに比べると、今回の合戦は運動会みたいなものだな。

 

 事務所に戻ると、桜庭嬢はこちらを見てふんわり微笑んだ。

「ただいま帰りました。状況は?」

「お疲れ様です。先観海岸銀座で魔物同士の喧嘩が一件。海岸で若い衆が騒いでいるとの通報が一件。あと飯坂の長から、帰ったら接待の宴席に出て欲しいとの連絡がありました」

「喧嘩の方と騒ぎの方の対処の方は?」

「治安係が両方とも鎮圧しました。宴席の方は?」

「あとで、こちらから長に連絡を取ります。宴席は出ませんけどね」

「そうですか。あと、人避けの結界の下準備ができたそうです。明日昼に稼働実験とのこと」

「遅れていますね、今日の昼に稼働との事だったのに」

「古い術式の復活に思いの外、手間取ったようです、次回からは楽に起動できるとのことですよ」

「次回の開催があるかどうかは解りませんけどね」

「良い合戦地なので、アピール次第じゃないでしょうか」

「三百年も前に、数回開催されただけの古戦場ですよ、需要はあるのですかね」

「珠姫合戦場は積極的に誘致していますよ。珠姫の長が言うには何事も営業、だそうです」

 合戦地になると地元に金が落ちるのは良いけれど、手間が凄いな。

 今後運営するとなると、専業スタッフが五人ほど要る。コストと利益を秤にかけると、正直、微妙な感じかな。

 それに治安の事もある。

「桜庭さん、治安隊の貴船さんを呼んでください」

「わかりました。……なにか?」

「他県との境あたりで、人狩をしている奴らがいました」

「……。またですか」

 桜庭嬢が渋い顔をした。しかめっ面も可愛いですね。

「ええ、今月に入って三件ありましたね、今日は人と間違われて狩られる所でしたよ。放ってはおけません」

「解りました、貴船さんにこちらに来て貰いますか?」

「お願いします」

 桜庭さんが電話を取りかけた所に、なんか、おっとりした感じの子供がドアを開けてやってきた。

「こんばんわー。ここが合戦運営本部ですか?」

 なんですか子供が、こんな遅くに。

 時計を見ると夜の九時だ。

「なんですか、ボク、なにかご用?」

 桜庭さんが、ニッコリ笑って子供に問いかけた。

「あー、あははは、わしは禿(かむろ)ですじゃ、子供に見えますがおじいちゃんですじょ」

「そ、それは申し訳ありませんでした」

 桜庭さんは慌てて頭を下げた。

 禿の人か。

 魔物が思春期に初めて変態するのを初変態といって、いわば成人式に当たる行事なんだが、その時期の姿に固定されてしまう魔物の人がいる。

 それを禿と呼んでいる。

 意外によく起こる現象で、魔物の百人に一人は禿だ。

「それでですの、この合戦地には禿が飲める酒場はありませんかの」

「酒場ですか?」

「わしらは子供の格好でしてな、なかなか酒場にも入れません。合戦場によっては、禿が飲める酒場を設けている所がありましてな、ここでもひょっとしたらと」

「そのような酒場の設置は残念ながらしておりませんね」

「そうですかー、徳島の合戦場で禿酒場がありましてな。とても楽しかったものですから。無いのですかの」

 ふと、子供爺さんの後ろをみると、わらわらとお子様が五六人群れていた。

「無いですが、ちょっとお待ち下さい」

 ふと閃いて、僕は吉池の所へ電話した。

「もしもし、三砂ですが」

『ああ、三砂ちゃん。どうしたの、吉池だよ』

「そっちの酒場だけど、今も客は魔物の衆が多い?」

『そうだよー、今も大体が魔物さん。合戦効果ですごい混んでるよー。広告とか打ってないのに、口コミで魔物酒場みたいになってて、困っちゃうの』

「禿の人が飲みたいって言っているんだけど、合戦の間だけ、魔物専門店にできないかな?」

 電話の向こうで吉池はけらけらとひとしきり笑った。

『いいわねー。よし、今日は里の人二人だけだから追い出しちゃう。禿の人もたまには呑みたいわよね』

「じゃあ、送って行きます。ありがとう」

『合戦良いわよねー。毎年やらない?』

「手間が大変ですよ。では、今から行きます」

 僕が電話を切ると、子供おじいさんがぺこぺこ頭を下げていた。

「魔物専門みたいな酒場がありましてね。合戦中は里の人を追い出すそうです」

「そりゃありがたいですじゃ。言ってみるものですな」

「じゃ、行きましょう。桜庭さん、貴船さんが来たら待っていて貰ってください。すぐ帰ってきますから」

 僕は子供の姿の魔物さんをぞろぞろ引き連れて事務所を出た。

 幼稚園の引率の先生みたいになったね。

 時間が時間なので、子供連れは結構目立つが、今、先観海岸銀座を歩いている人の半分は魔物っぽい感じがする。

 吉池の店『狸の里』は割烹系の飲み屋さんだ。

 値段のわりには美味しい料理を出して、アットホームな感じの雰囲気で魔物たちに人気がある。

 店の前まで来ると吉池が出ていて、僕に手を振った。

「わあ、三砂ちゃん、小学校の先生みたいになってるよ。こんばんわー、わー、かわいいなあー」

 吉池が子供おじいちゃんに挨拶をした。

「よろしくおねがいします。三砂さん、ありがとうございますじゃ」

 子供老人魔物さんたちは、口々に礼を言い、頭を下げた。

 年寄りの魔物は丁寧だよね。

「あと市内に何件か、魔物系の店なかったかな?」

「ああ、そうねー、魔物が多い店は禿オッケーにすると良いかもー、後で仲間に提案しておくよー。三砂ちゃんありがとー」

「じゃあ、おじいちゃんたちをよろしくね」

 吉池と僕は中学の同級生だ。彼女は血が薄く、もう狸の変化とは言えないぐらいなのだけど、思いやりがあっていい奴だ。

 僕と吉池と春日部という奴と、三人で中学時代を過ごした。

 春日部が死に、僕は隣町のホテル勤務、彼女は地元で酒場と、大人になって別れてしまったけど、吉池のほっこりしたタレ目を見ていると、懐かしいあの頃の気分が蘇ってくる。

 あの頃を思い出すと、春日部も、吉池も、僕も、光の中でほがらかに笑っている光景だけが出てくる。

 辛いことや、悲しいこともあったはずなのに、なぜだか妙にまぶしい記憶以外が出てこないのは、思い出の怖い所だね。

 吉池は保母さんのように子供爺さんの手を引き、お店の中へと消えていった。

 僕は先観海岸銀座を西へ、事務所に向けて帰る。

 今日も色々な事があったな。

 我ながらよく働くものだ。

 などと思っていたら、不意に殺気が目の前の路地から立ち上がった。

 目をこらすと、前方に人狩をしていた凶相の男が立っていた。

 後ろからも殺気がする、挟まれたようだ。

「はは、半端な魔物でも殺気はわかるみてえだな」

 月を背にして、特攻服の男は嘲るように笑った。

「なにかご用ですか」

「運営委員をやってるんだってな、三砂君。さっきのこと、黙っていてくれないかって、お願いにきたんだ」

「もう報告しましたよ」

 男は舌打ちをして僕をにらみつけた。

 背中を丸め、手をぶらりと前に出した。

 ……こいつは、獣頭だな。

「馬鹿ですね、どの魔物と解ったら家がばれますよ、獣頭の家系は少ないですし」

「はは、気にするな、もう、お前から情報が漏れることはないからよ」

 後ろからも、むくりむくりと悪気がふくれあがった。

 五人で取り囲んで、人気の無いところで始末するつもりか。

「さあ、死んでくれ……」

 男がかぎ爪を振り上げた。

 その瞬間だった。

「うおおおお、さんにいっ、おひさしっ!! でねでね、禿の酒場の噂聞いたんだけど、どこどこっ!!」

 大声を張り上げて、サマードレスのちびっこが反対側の歩道から飛び込んできて、僕の腰にに抱きついてきた。

「……、ご、ごぶさた犬子。いつもいきなりだね」

 特攻服の男は気を呑まれたように手を振り上げたまま固まっていた。

「ん、なに、こいつら」

 犬子は下からねめつけるように凶相の男を見た。

「あー、なんだろね」

「餓鬼もろとも、ころ……」

「い、犬子ですよ、兄貴。黒狗の……」

 特攻服の男は酢を飲んだような顔になった。

 ……。

 変態前の犬子を知っていると言うことは、こいつらは、やはり合戦の選手なのか?

「覚えてろよ三砂……」

 特攻服の男は肩を怒らせて路地の向こうに消えて行った。

 やっぱりなにか違和感がある。……なんだろう。

「なに、あいつ? 変なの」

「まあ、犬子には関係ないよ」

「あ、それより酒場、酒場、酒場で飲むの初めてなんだよ」

「そうなんだ」

「うん、凄い楽しみなんだ。嬉しいっ」

「……なんか、犬子、感じ変わったね?」

 なんとなく一年前に会った時より、犬子の物腰が、丸くなったような、やわらかくなったような、そんな感じがする。

「そ、そう? それより酒場酒場」

「はいはい」

 僕は、犬子の手を引いて吉池の酒場に戻った。

 一緒に飲もうよという犬子の誘いを、仕事が残ってるいからと断って、僕は事務所に戻った。

 

 

 

 事務所に帰ると貴船さんが待っていた。

 僕は待たせた事を謝罪して、人狩をしていた特攻服の男たちの話をした。

「原則として、人狩した魔物は即時に処分するのですが……」

 貴船さんが難しそうな顔をして、僕の視線を外した。

「もしも、彼らが合戦の選手だった場合、手がだせないのですか?」

「獣頭のチームは中央に所属する選手なのですよ。現場を押さえれば別ですが、少々面倒な家で」

「では、彼らに誰か貼り付けてください、少なくとも合戦が終わるまで」

「それしか無いようですね。申し訳ありません」

「いえ、こちらの家格のせいでもありますから」

 貴船さん以下の五人の治安隊は、合戦の逸脱行為を取り締まるために、飯坂家がお金で雇った荒事の専門の魔物だ。

 従って、飯坂家よりも家格が高い家には手出しがしにくい。

 魔物の家の力関係は色々とややこしい物なのだね。

 合戦が終わったら、中央にでも通報すればいいだろう。

 中央は一応、「人との共存」を旗印に集まっている団体なんだし。

 ちなみに、連合は「魔物の自由」を標榜しているので、人狩について少々甘い。

「理想的なスローガンを掲げていても、中には腐った奴がいるということですね」

「その、まあ、言ってはならんのですが、人を食うと魔力があがり強くなりますからね、合戦の専業者などは、たまに人狩をする者がでます」

「強くなれるからといって、安直に人を狩れば、人の方が黙っていませんよ」

「い、いや、まったくその通りですね」

 魔物というと凄く強くて、人間なんかは餌だ、とか思っているだろうと誤解されがちだが、実は、魔物は数が少ないので、集団として見ると人間よりも弱い。

 単体の戦闘力で人類を凌駕する魔物も、集団としての人間にはかなわない。

 最近は兵器の発達で大抵の魔物は退治できますしね。

 あんまり魔物側が自由な事をすると、人側の反発が怖い。

 魔物とは、なかなか切ない種族なのです。

 治安の報告をして、貴船さんは帰っていった。

 桜庭さんも、帰り支度をし始めている。

「ちょっと、禿さんの酒場の方のぞいて行くんですけど、三砂さんはどうしますか?」

「行きましょうよ、三砂先輩っ!」

 青柳くんもほがらかに笑った。

「僕は帰ります、明日、明後日が正念場なので、休んでおかないと。青柳くんも早めに帰って寝てくださいよ。頼りにしていますから」

「はい、明日も頑張りますっ!」

 青柳くんは頼りないけど、元気なのが良いですね。

 二人が去って行くと、事務所はなんだか虚ろになったような空気になる。

 僕は簡単に日誌をまとめ、事務所を閉めた。

 本当は犬子と飲みたい所だけど、合戦が終わってからでも時間があるだろう。

 犬子と最後に会ったのは、師匠の葬式の時か。

 あの時、彼女はわんわん泣いていたな。師匠に一番愛されていたからね。

 事務所に鍵を掛けて、堤防から砂浜へ出る。

 しゃりしゃりと音を立てて、浜辺を歩く。風が砂を飛ばしていく。

 夜中なのに、人がまだ砂浜にいて、色々話している。

 空には月、よせては返す波の音。海の匂いが漂う。

 明日は、十時に田野浦で新城さんを拾ったあと、結界班の仕事を見に行こう。

 予定を考えながらゆるゆると歩いていたら、素っ裸の女の子が波打ち際で遊んでいた。

 なんだろうなー、もー。

「何しているんですか、素っ裸で」

「うー、うー」

 うん? しゃべれないのか、この娘。

 小学生高学年ぐらいの素っ裸な女の子がこちらをつぶらな瞳で見上げて、うーうーと唸っていた。

「君は魔物ですか?」

「うーうー」

 こくこくと女の子はうなずいた。

「色々と風紀が悪いので、服を着ましょう、どこですか服?」

 女の子は黙って海の方を指さした。

「流しちゃったんですか」

「う、う」

 少女はそのとおりという感じにうなずいた。

 しょうがない、上着を貸しますか。

「どこに泊まっているんですか、送っていきますよ」

「うーうー」

 女の子は首を横に振った。

「うっ!」

 と一声上げて、彼女は波の中へじゃぶじゃぶと駆け込み、海の底からなにか取り出した。

 なんだか、妙な形の仮面だった。

「うー、うー」

 どもどもという感じに少女は唸って、ぺこぺこと頭を下げた。下げた頭を波が洗っていく。

「大丈夫ですか?」

「うっうっ」

 少女はうなずいた。

 そして、おもむろに仮面をかぶった。

 どんっと地を這う音が発生し、仰天するほどの妖気が彼女からあふれ出して、みるみるうちに体が変形していった。

 鳥のような、人魚のような、不思議な、それで居て均整がとれて美しい姿だった。

 ひらひらと彼女は前ひれを動かすと、大きく水しぶきを上げて海の中へ消えていった。

 ……あれは連合の隠し球のウーさんだな。

 彼女は出生不明の女の子で、仮面を被って多様に変化する空蝉という魔物だ。

 海も山もエース級があつまりつつあるようだな。

 合戦では山は犬子、海の方はウーさんが中核になって両軍が動くらしい。

 どっちが勝つやら。

 まあ、どっちが勝っても良いのだけど、あまり死者が出ないようにしてほしいね。

 合戦では、普通に沢山の死者が出る。

 魔物の能力を全開にしてぶつかり合うのだから、当然といえば当然だ。

 だから、合戦専業者の全盛の時期は結構短い。

 大抵の専業者は二年もすると、手足が無くなったり死んだりして引退する。

 魔物は本当に野蛮で馬鹿馬鹿しい生き物だね。

 

 

 朝、目覚ましに起こされベットの上で延びをする。

 サイドテーブルの眼鏡を取って掛けると、朝日で真っ白に染まった僕の部屋がくっきりと目に入った。

 ベットの足下がもぞもぞするので蹴ってみると、もぎゅがと変な声がした。

 毛布をめくってみると犬子が居た。

 そういえば、深夜べろんべろんに酔っぱらった犬子が攻めてきて、大暴れしたのでした。

 主に介抱するのが大変でした。

「うう、さんにい、ごめん、もうちょっと寝てる、きもちわるい」

「飲み過ぎです」

「酒場楽しすぎ、今晩も飲みたい」

「明日は合戦です。終わってからにしなさいね」

「料理もおいしかったー」

 君は夜中にトイレでほとんど戻しちゃいましたけどね。

 キッチンで、コーヒーを入れ、パンを焼いた。

 もそもそ食べていると毛布を引きずって犬子がやってきた。

「おはよー、ごめんね、昨晩は。迷惑をかけました」

 半裸の犬子はぺったりとカーペットに尻を付けて土下座した。

「いいですよ、水くさい。犬子は妹みたいなものじゃないですか」

「今日は良く晴れてるから、さんにいと遊びにいきたいな、ここら辺面白い所ある?」

「合戦の準備をする人は、合戦が始まるまでが実戦なのです。合戦が終わったら、色々案内してあげますよ」

「さんにいも合戦出れば良いのに、あんなに強いのにもったいない」

「武道なんかは、もう全部忘れてしまいましたよ」

「また稽古付けてよ、今度、いちにい、にいねえ、さんにい、よんにい、わたしで、みんなで集まって、昔みたいに」

「良いですね、こんどみんなに連絡してみます」

 あの頃も楽しかったですね。

 師匠と五人の弟子が家族みたいに暮らして。技術の習得と訓練が大変でしたけど、充実していました。

「さて、僕は出かけます、犬子は自分のホテルに帰りなさいね」

「あ、わたし、子供おじいちゃんたちと遊ぼう。禿の会とかあるみたいで、誘われたよー」

「もてもてだったんでしょ。よかったですね」

「うん、来てよかった」

 犬子は明るく笑った。

 昔の、悲しげで寂しそうな目をした少女は今はなく、いつの間にか、明るくほがらかな娘になっていた。

 ああ、たいていの事は、時間が解決してくれるのですよね、と、流しで皿を洗いながら、僕はそう考えた。

 

 

 田野浦クレッセントホテルのロビーに着くと、もう新城さんは来ていて、柿崎先生となにか喋っていた。

「お待たせしました」

 新城さんは軽く笑って手を軽く上げた。

「定刻だよ」

「新城さんは、いつ先生と仲良くなったのですか」

「私がナンパしたんだね。新城嬢は魅力的だからの」

「先生は口が上手いね。先生に色々と魔物の歴史について聞いてたんだ」

「私は良い生徒を見つけたよ。ところで三砂君、私も一緒に先観海岸に乗せていってはくれまいかね?」

「狭いですが、良いですか?」

「かまわんよ」

「新城さんもかまいませんか?」

「平気だよ。さ、行こうよ」

 僕たちは車中の人となり、峠道を下って行った。

 車の中は、新城さんと先生でぱんぱんになっていた。

「小さい車というのは謙遜かと思っていたのだが、実際に小さいのだな」

「燃費が良いのですよ」

「団地の奥さんとかが乗ってそうな車だよね」

 新城さんが、通り過ぎる人狩の現場を目で追った。

「センセ、人を食うと本当に強くなれるのかい?」

「なれるね、太古から魔物の手軽なパワーアップには人食いなんだよ」

「なんでまた、栄養とかあるわけ?」

「ははは、栄養とかではないわな。人を食べるという行為自体に魔力があるわけだね。タブー域の突破というものじゃな」

「はい?」

「つまりじゃな、人が恐れるような行為には魔力があるんじゃよ。だから、生け贄などを取る、人を無惨に食い殺す、その行為から魔力が発生して、魔物の力に付加されるんじゃ」

「行動が魔力なの?」

「そうそう、そういう事じゃ。そもそも、我々魔物は人かね?」

「えっ……。魔物は魔物で人じゃないでしょ」

「新城嬢から、変身の能力や、特殊攻撃法が無くなったとする。その新城嬢は魔物かね」

「なんの力も無いのは、人間だなあ」

「では、我らが魔物と呼んでいるのは、能力なわけじゃな」

「うん、血があんまり薄くなったら、魔物じゃないと思う」

「犬神は犬の変化じゃの」

「そうだね、犬に変化する魔物だよ」

「犬は二本足で立たないし、そもそもかぎ爪で攻撃せんぞ。犬は地を走って、牙で噛むのが本来の動き方じゃ」

「え、だって、昔から犬神はかぎ爪でひっかいて、噛みつくけど」

「人間が、犬神はそういう魔物だ。と思ってるから、犬神はそういう能力を持ってるという説があるんじゃな」

「えー?」

「牛鬼は、八対の足を持ち、牛の頭を持つ、これは確かかね?」

「ああ、うん、完全変態するとその形になるよ」

「それは海の中での活動に適した形なのかね?」

「うん? どういうこと先生?」

「生物的にみると、蜘蛛のような八本の足の上に牛の頭が乗るというのは、非合理な体型なんじゃな」

「だって、牛鬼は昔からその体型だよ」

「人間が牛鬼はそういう形で、恐ろしいと、思う、その思念が沢山集まって、牛鬼の一族の形を作り出している、と、考えるわけじゃよ」

「人間の思念?」

「簡単に言うと、人の恐れじゃな、だから、人が恐れるような事を実際にすると、魔力が増加する。という仮説じゃ」

「それは、どうなんですか、それでは殺人鬼は魔物化してしまいませんか?」

「そこが解らん所でな、どうも、人の恐れを強く受ける血のような物があるのではないかと思っておる」

「私たちの魔力の根源は人間の恐れなわけ?」

「そうじゃ、だからこそ、人間達は我々魔物の実在を必死に隠すんじゃな。本当に闇の底に魔物が居ると沢山の人が知ると、魔物が手を付けられないほどパワーアップするんじゃないかと彼らは恐れておる」

「なんだか、先生の話は眉唾だよ」

「トンデモ理論ですよね」

「失敬な、魔の実在が信じられていた平安の昔には、あれほど魔物が跳梁跋扈したのを見ても、この説の蓋然性は強いのじゃよ」

 いや、なんだかとても嘘くさいですよ、先生。

 

 

 僕の車は、先観海岸市街に入った。

「さあ、どこで降ろしますか? 僕はこれから合戦場の結界を見にいくのですが」

「あ、私も合戦場を下見しないと」

「そうじゃなー、私も合戦場へつきあうとするかの」

 全員、合戦場に用があったので、そちらに向けて車を走らせた。

 

 井宮古戦場は、市街から外れた所にある野原で、昔から立ち入ると呪われる、という噂があり人がよりつかないので、市の管理地となっている。

 一時期、ここにリゾート開発計画が持ち上がったのだが、即座に立案者の市長が急死したので計画は立ち枯れた。

 魔物の人たちは、やることが直裁で時々あきれてしまうね。

 丘から降りて行く道から、合戦場全体がよく見えた。

 初夏の緑に覆われた、のどかな景色と、のどかな海岸線で、どうみても荒っぽい事をする場所には見えない。

 バスケットにサンドイッチを詰めてハイキングに来るのが似合う風景だね。

 合戦場外苑にある駐車場、といっても只の野原だが、に僕は車を止めた。

 開催時には、誘導係を入れて、チケットで管理する。

「お客さんはどこで合戦をみるんだい? 野原?」

「合戦は広い面積を縦横に駆けめぐるので、スタンドとか置いても意味がありません。市内に中継が入る観戦用のバーを三カ所作りました。あと、岬の上に貴賓席で五十席、懐石料理付きの席があります」

「偉いさんだけの席じゃな」

「先生は入れないのかい?」

「席料が一人五十万とかするでなあ、貧乏な大学教授には高嶺の花なんだの」

「たぶん、観戦バーが一番見やすいと思いますよ。ワンドリンク付きで千円ぐらいです。あと一応合戦場の外苑には千人規模の客席があります」

 僕は、一般席の方を指さした。地面を整地し、厚手のシートを張って、枡席状にロープで区切ってある。

「ここはお弁当付きで、一万円の指定席です」

「わたしはこっちで観戦じゃ」

 先生の席を手配したのは僕なので、前側の枡席を押さえてあげた。

「シートの向こう側、五キロ平方が合戦場です。海の方にはブイを打って識別しています」

「ルールは、東日本式かね」

「そうですね、一般的な旗取り合戦です。本陣にある旗を落とした方の勝ちです。海の本陣は沖合に、山の本陣は森の奥にあります」

「守備兵と攻撃兵をお互い出して、戦いあうのじゃな」

「守備陣地が海陣地と山陣地それぞれ二カ所あります。明日正午から開始、十二時間後の明後日の零時に終了です」

「結構山側の陣地は起伏があるねー。色々な罠を張っていそうだ」

「その代わりと言ってはなんですが、海陣地は水中深くが使えますよ。山の魔物は水の中に潜れない物もいますから」

「ウーの仕上がりも良いらしいし、面白くなりそうじゃな」

「昨日海岸で彼女を見ましたよ。本当にしゃべれないのですね」

「ウーを見つけたのはわたしなんじゃよ」

「あ、そうなの?」

 新城さんが眉をあげた。

「そうなんじゃ、ちょっとインデージョーンズ気分で、魔物の古い遺跡を探検しておったらな、氷付けになったウーがおっての」

「え、それ、本当の話? 法螺とかじゃなくて」

「本当じゃ、なんかの装置を入れたら、氷が溶けてウーが生き返ったんじゃ。彼女はなんかの生体兵器として作られた物かもしれんな」

「先生の話は基本的に眉につばつけておかないといけません。狢が狸に騙されたら洒落になりませんから」

「ほんとじゃて、わたしを信じるんじゃ。どうやらウーには記憶が無いらしくてな、せめてしゃべれたら色々事情を訊けるんじゃがのう」

 柿崎先生は、肩をすくめて天を見上げた。

 

10

 

 新城さんは合戦場の中に分け入って行った。

 他にも何人か合戦場を歩いている魔物さんたちが居た。

 真面目な顔をしてメモを取り、ビデオカメラで地形を収めている。

 合戦場の端には、下見の人達が一休みするための茶店があって、軽食と飲み物を出している。

 茶店は桜庭嬢の発案だった。珠姫の合戦場では同じようなサービスをしているそうな。

 僕は車に戻り、トランクから飲み物を入れたクーラーボックスを出して、結界チームに差し入れに行くことにした。

 合戦場は結構広いのだが、北の端のほうに県道が一本通っているだけで、中の方には道らしい道がない。

 野原を歩く以外の選択肢がないので、雑草を踏みしめて、えっちらおっちらと歩いた。

 野一面のススキ原の向こうに小さくプレハブが見えてきて、そこが結界チームの事務所だ。

 合戦場全域には一般の人が入れないように結界を張る。

 合戦中に一般人が入り込んで事故になると困るし、魔物の姿を見られたら記憶を消さないといけない。

 超大型の結界は張るのが難しく、お金もかかるんだけど、井宮古戦場には三百年前に作られた結界群が残っていたので、それを補修改造して使う事にした。

 結界チームの事務所の戸口に近づくと、荒々しい娘のわめき声が聞こえてきた。

 いつも通りですね。

「三号がなんで出力でてないのさ?」

「えー、ねえさん、そんなん私にいわれましても、計算ちがいじゃありまへんか」

「無責任な事言ってないで、三号の場所いって原因を特定してきなさいっ」

「こんにちわー、笹城さん、状況はどうですか?」

「あ、三砂さんっ、さ、催促ですか、お、遅れてますっ、ごめんなさいっ!」

 笹城さんは、机に頭をぶつける勢いでぺこぺこ頭を下げた。

 彼女は、若くて綺麗なのに、薄汚れた作業着と、目の下のくまで、色々台無しだ。

「三号、三号印章さえ、起動すれば、完動です。今すぐなんとかなりますっ!」

「そうですか、がんばってくださいね。これ、差し入れです」

 僕はクーラーボックスの中身を事務所の冷蔵庫に入れた。

「合戦開催は明日です。もう一がんばりですよ。結界が稼働しないと、里人がまぎれて事故になるかもしれませんから、頑張ってください」

「はいっ! 恐れ入りますっ! 頑張りますっ、三砂さんっ!」

 机の上のトランシーバーが鳴った。

『三号印章、起動ですわ。いま、立ち上がりますよって』

 視界全体を青い光が通り過ぎ、魔力が体を走った。

 なんとなく、ここに居てはならないような気が凄くして、僕は部屋の隅に移った。

「やったーっ!! 起動ですっ!! 起動しましたよっ!! 三砂さんっ!! やたーっ!」

 笹城さんは感極まって、ぴょんぴょんと飛び跳ねて歓声を上げた。

「強力ですね、魔物にも退去強制力を効かせるとは」

「元々かなり筋目が良い設計の陣なんですよっ、だけど、中国の印章が混ざった特殊な方言で書いてありましてっ、やりましたっ! 私、起動させましたっ!」

「ぎりぎりでしたが、よく頑張ってくれました、ありがとうございます」

「ほんとうに、もう駄目かとおもってっ! くううううっ!!」

 笹城さんはボロボロ涙をこぼして泣いていた。

 よしよし、偉い偉い。

 笹城家は術使いの特殊な家系だ。魔物に伝わる印章魔術や、呪言等の専門家で、各家に雇われて魔術の仕事をしている。

 よし、これで結界は一安心、あの強さなら安定して一般人を追い払っていけるだろう。

「三号印描いたのだれやー。髭が三つ多かったで、あほちゃうか」

「早苗だ、早苗、あの子アレンジすぐ入れるから」

「早苗は印呪むいとらんからなー。あ、三砂はん、いつもごちそうさんで」

 北見さんが冷蔵庫からコーラを出して、ぷしゅりとプルタブをあけ、ごくごくと飲み干した。

 彼女も細い体にぶかぶかの作業着で野球帽と、綺麗なのに、愛想の欠片もない姿だ。

「いえいえ、お疲れ様です」

「いやー、まだまだー。起動しただけやん。調整せんと、これ強すぎやで、下見しとる選手がみんな結界の外に出てきたわ」

「えー、魔物にまでそんなー? ありえないでしょっ!」

「地脈がええんちゃうかな、まあ、弱いより強い方が調整が楽やで、もう一がんばりしょ」

「五番の術線を弱める? でもそうすると東北の出力がさ」

「桃冴の印にとっかえへんか、調和とれるかな?」

「調整完了まで、どれくらいですか?」

「あと、三時間ですねっ! それまでに確実に完成させますっ!」

「わかりました、がんばってくださいね」

 僕は熱気溢れる結界チームの事務所から出て一息ついた。

 魔物に生まれて、魔力の流れに敏感で、知性が高い者は術使いの道を選べる。

 専業者に比べると花形の職業とは言えないが、誇り高い専門職だ。

 それに比べると魔物の事務屋の僕たちはあんまり尊敬はされない。

 こう考えると魔物社会も色々だね。

 

11

 

 合戦場が広くて、新城さんが見つからない。

 海や丘のあちこちを探していたら、トンデモない奴がいた。

 空の上を羽を生やした人影がぷかぷか飛んでいた。

「こらーっ! そこの人っ! なんで飛んでるんですかっ!!」

「飛ぶの、禁止なのか?」

 ふわふわと羽ばたいて、その子は降りてきて、ふんわりと着地すると、羽を畳んで仕舞った。

「常識的に考えて禁止です。里人に見えてしまう所では飛行しちゃいけないって、君の家では教えてないのですかっ?」

「オリエの家は普通の人間の家だ。オリエだけ魔物だ」

 なんだかぼそぼそと、オリエ嬢は語った。

「あ、君は、里人出ですか?」

 こくこくとオリエ嬢はうなずいた。

 里人出というのは、人間の世界に流れた魔物の血が、混血を重ね、偶然重なり合い強くなって魔物として発現してしまう人たちの事だ。

 三百年も前に無くなった種族が、偶然現れたりする。

 最近は結構多くて、各家とも対策を検討中の事態だ。

 犬子も里人出で、しかも禿という、二重の災厄だったりする。

「今回が初合戦だから遅れをとるまいと、オリエは夢中になった。常識に反していたらすまない」

「そうだったのですか、とりあえず、里の人に目撃されると、色々ややこしいですから、昼の飛行は原則的に禁止なんですよ」

「了解した、肝に命じる。いろいろ魔物の世界は人間の世界と違うのでオリエは戸惑う事が多い」

「中央側の選手ですよね? 天狗チームは教えてくれないのですか?」

「天狗のおじさん達はお酒を飲んで大笑いするだけで、特に役に立つ事を教えてはくれない」

 まあ、天狗とはそういう人たちだ。

「あ、すまん。鳥鬼のオリエだ。相原家になるのか? 鳥鬼はオリエ一人だけだが」

 伝統というか、文化か。

 オリエを見ていて、そういう事を思う。

 魔物たちが家家とうるさいのは、人間の世界の中で自分たちだけが違う存在で、だからこそ、家単位でよりあつまっているからなのだろうな。

 でも、犬子やウーやオリエなんかは、その魔物の中でも、一人だけで、だから輪を掛けて孤独感が強いのだろう。

 家には、家訓というか、伝統みたいなルールがあって、暗黙の了解で、里人の前での変化は恥ずかしいとか、昼に飛ばないとか教わらなくても解っていたりする。

 でも、今後、どんどん里人出は増えて、魔物の家は解体していくだろう。

 色々、先の事を考えないと。

 人間と魔物がどう折り合いをつけていくのか。

 魔物は人間に比べると小さい集団だけど、それでも人とは違う存在として、明日の生き方を考えるべきじゃないのかな。

 オリエを見ながら、そんなことを、ふと考えた。

 と、気が付くと、オリエがきょとんとした表情で僕を見つめていた。

「いえ、ちょっと、考えてしまいました」

「昼に飛んだら罰金を払う?」

「いえ、その、人前で裸になって着替えない、みたいな、エチケットなんで、覚えていていただければ良いです」

「! わ、わかった、それは見てる方が恥ずかしいな」

「夜には飛べますし、明日の合戦前の早朝なら、結界が起動しますので、飛行可能です」

 オリエは動く空の雲を見て、僕の言葉を聞いていないようだ。

 なんか、この子はマイペースさんだな。

「あ、そうだ、真っ赤なスーツを着た、大きくて綺麗な女性を見ませんでしたか」

「見た、凄い赤のスーツだった。西の方、森の端を歩いていた」

「ありがとう」

 僕はオリエに礼を言って、森へ歩き出した。

 しばらく行って振り返ると、依然としてオリエは空を見上げて静止していた。

 森の奥に、新城さんは居た。

 真っ赤なスーツが春の萌黄に強いコントラストで浮かび上がっていた。

 彼女は地図に書き込みをしながらルートを検討しているらしい。

「新城さん、そろそろ私は帰りますが、どうしますか?」

「ああ、三砂さん」

「よかったら、一緒にお食事でもしませんか?」

 新城さんを誘ってみた。

 彼女は僕の方をみて、ちょっと黙った。

「んー、デートのお誘い?」

「まあ、そんな所です。美味しいレストランにご案内しますよ」

 新城さんはちょっと考え込んだ後、

「あたしは、打ち合わせがてら、隊のみんなと昼食しないと」

 うむむ、ふられてしまったよ。

「そうですか、では、なにかありましたら、お気軽にお電話ください」

「ごめんね、三砂さん」

「いえいえ、では、また」

 

12

 

 柿崎先生は結界チームの事務所にいた。

 笹城さんも北見さんも、柿崎先生の教え子だったらしく、二人は歓声を上げて歓待していた。

 先生に一緒に帰りますかと聞いたら、結界チームの打ち上げに参加すると言われた。

 笹城さんが美味しくて安い店を見つけたので、みんなで行くそうな。

 良く聞いてみたら、吉池の「たぬきの里」だった。

 しかし、結界チームの人は、なんであんなにテンションが高いのだろうか、術印からなんか変な波動とかでているのかな。

 結局一人で市内に戻ることになった。

 狭い車内もなんだか広々しておちつかないね。

 田舎道をしばらく走っていたら、とぼとぼと肩を落として歩いているオリエを追い越したので、車を止めた。

「どうしたの? 散歩?」

「白昼飛ぶのが、路上でおしっこするよりも恥ずかしいと聞いたから、オリエは飛ばないのだ」

 そんな事は言ってないよ、裸で着替えです。

「行きは飛んで来たのですか?」

 頬を赤く染めてオリエはうなずいた。

「乗りなさい、ホテルまで送りますよ」

「……たすかる。実は途方にくれていた」

 オリエが車にのりこんできた。

 しばらく彼女はきょろきょろ車内をみまわした。

「変な車だ。水商売の女が乗っていそうだ」

「燃費が良いんですよ」

 そんなに変な車かなあ。

「明日の合戦は活躍できそうですか?」

「正直に言うと、オリエは見当がつかない。海の空の敵兵はなんなのかわからない」

「不知火とか出るらしいですよ」

「火炎系か。熱そうだな。どんな攻撃をしてくるんだ?」

「火炎弾とかだったかな。鳥鬼は空中格闘ですか?」

「かぎ爪」

 そういうとオリエは片手を鷲の爪のように変形させた。

 へえ、部分変態も出来るのか。

「じゃあ、思い切って飛び込んで、掻き斬るんですね。迷ったら負けです」

「迷ったら負け」

「今回は銃器禁止ですから、天狗さん達も剣でしょうか、大変ですね」

「敵兵は殺して良いのか?」

「殺すつもりで行きましょう。そう思って行ってもなかなか死にませんから大丈夫です。戦闘力を奪うだけ、とか思って戦うと、腰が引けて負けますよ」

「やってみる」

 そういうとオリエはぶるっと震えた。

「頑張ってください、僕も下で応援しています」

 オリエは不思議そうな目で僕をみた。

「あなたは……。中央の人では無かったのか?」

「違いますよ、合戦の運営スタッフです。三砂と申します」

「ミスナ……。ちょっと残念だ。ミスナと一緒に戦いたかった」

 なんか、懐かれましたね。

 まあ、悪い気分ではありませんが。

 車は無事に井宮古市街に入った。

 

「オリエが泊まっているホテルは、サンライズ先観ですか?」

 サンライズ先観は中央の兵士が宿舎にしているホテルだ。ビジネスホテルより、ちょっとだけ豪華というクラスだね。

「違う、ホテルオライオン」

 あら、中央の幹部が宿舎にしてる一流ホテルじゃないですか。

「犬子と同じホテルですね」

「……イヌと知り合い?」

「ええ、まあ、いろいろと」

「オリエはイヌの部隊支援で飛ぶんだ」

「というか、オリエも犬子の知り合いですか」

「いろいろ世話になってる」

 世間は広いようで狭いですね。

 オリエをホテルオライオンで降ろすと、メガネの出来るキャリアウーマン風のお姉さんがオリエに駆け寄ってきて、何か喋っていた。

 あれは中央の幹部の人かな。

 

13

 

 事務所に戻ると、桜庭さんが血相を変えて僕に駆け寄ってきた。

「三砂さん、大変です、貴船さんと、部下の人がっ」

「え? どうしましたか?」

「殺されましたっ」

「は? なんでまた!」

 事務所に居た、目つきの鋭い人間が、僕に向けて敬礼をした。

「県警の三島と申します。魔物関係の連絡役をやっています」

「詳しいお話をおねがいします」

「今朝方、県境近くで、貴船竜一さん、本業、青果商が体中を切り裂かれた重傷で発見されました」

 奴らか……、そこまで狂っているのか。

 こんな事をして、ばれないとでも?

「貴船氏は、駆けつけた警察官に、本担当係への連絡を要請。その後、部下も死んだと言い残し、絶命いたしました」

「なんてこと……」

 これは特大級のもめ事だ。

 合戦開始は二十四時間後だと言うのに。

「本官が考察いたしますに、魔物による人狩が起こっていますね」

「……、いえ、それはまだ……」

「ここ一週間で行方不明者が二十三名。いずれも県境あたりで起こっています」

 どうする、この時点で人間に介入されるとやっかいだ。

「明日に魔物のイベントがあるとの報告は受けています。本来なら、中止して頂きたい所ですが」

「無理です。魔物はヤクザのようなものです、面子をつぶされると、酷い事態が起こりかねません」

 怒り狂った海と山の魔物が、警察と大乱闘などというのは悪夢以外の何者でもない。

「解っています、こちらとしても酷いもめ事になるのは避けたいのです。が、行方不明者が二十三人、そしてまだ増えるかもしれないとなると、甘いことを言ってられません」

「合戦後に、しかるべき調査と、犯人の特定を確約いたします」

「それでは、県上層部は納得しかねると思われます。今夜零時までに、何らかの事実を出して頂きたい」

「性急です。あと六時間ではないですか」

「本官は魔物の方々の事を少しは理解しているつもりです。あなたたちのうち、何割かは普通の人間で、何割かは普通の人間より善良です。そして、残念な事に、何割かは魔物と言うべき邪悪な存在です」

「解りました、ですが、確約はできません。合戦への思いは人間の方には理解できないでしょうが、サッカーのフリーガンが試合に掛ける気持ちに近い物です」

「申し訳ありませんが、明日の朝までに、事態の進展が無い場合。県警は砂犬へ支援要請を出します」

 砂犬の名前を聞いて、事務所内の魔物たちがぶるっと震えた。

 それは、恐れと怒りと闘志が混じった震えだ。

 日本政府が持つ対魔物対策部隊が、砂犬と言われるものだ。

 元は宮中を守る犬隼人から来ている職能団体で、呪術兵器と科学兵器で武装した魔物を狩る実戦部隊だ。

 かれらは普通に、合戦に出る専業者の魔物と同じぐらい強い。

 合戦をつぶされ、砂犬が来るとなれば、面子をつぶされた飯坂家も黙ってはいないし、中央も、連合も、それぞれ猛り狂って戦争となる。

 なぜ、そんな強い手段を……。

「行方不明者の中に、県警幹部のお嬢さんがおります」

 三島氏の目が、理解してくれと訴えかけていた。

 家族の敵討ち……。

「解りました。明日、朝までに事態を解決するよう努力します。それで駄目でしたら、……人と魔物の合戦をいたしましょう」

 三島氏は、ぐっとつまった。

「腹をすえましたか……」

「合戦を人間側の介入で中止にすることは絶対にできません。手が付けられない暴動になります。でしたら、このさい、砂犬を交えた全面戦争の方が派手で通りが良いですし、後々のしこりも残りません。魔物は戦うのが好きな馬鹿ぞろいですから」

「では、調査も無しで激突……」

「いえ、最大限の努力はします。ですが、最悪の事態は、全面戦争となります。私も、三島さんも、県警幹部の方も、腹をすえてください。魔物とはそういう生き物なのですから」

 三島氏はおおきく息を吐いた。

「わかりました、こちらでも上層部に柔軟な対応が可能ではないかと、働きかけてみます。とりあえず、三砂さん。お願いします、事態の解決に尽力してください。合戦の準備で忙しいのは重々承知なのですが、どうか、この通りですっ」

 三島氏は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、宜しくお願いします。上層部の方が家族を失った気持ちはお察しいたします。が、事態を常識的な所に落とし込んで頂きたく、魔物側を代表して、宜しくお願いたします」

 僕は深々と頭をたれた。

 これでお互いの最悪の場合の主張と、最高の場合の要求が壇上に出た。

 最悪の場合で、人間と魔物の全面戦争。

 最高の場合、犯人を特定、捕獲して県警につきだし、あとは、合戦を通常開催。

 中間地点に、色々譲歩の可能性が転がっているが、交渉の前提としてはこんなところだろう。

 三島氏が帰ったあと、事務所の中は冷蔵庫の中のように、しんと静まりかえっていた。

「さて、大変な事態になりましたけど、合戦は開催する予定で動いてください」

「三砂さん……。だ、大丈夫なんですよね、人狩してる犯人の目星ついてるとか……」

 青柳君が泣き出しそうな顔で聞いてきた。

「まあ、大体ね、合戦後にしようと思っていた中央に対する抗議を先にするだけですよ」

「そうですか、ほっとしました」

「人狩していた奴らの種族が解っていますから、家名を割り出すのは簡単ですよ」

 奴らは、よく昨日、僕を襲ってきてくれました。と、その時は思っていた。

 

14

 

 名簿を調べると、獣頭の家は一家しか合戦に参加していなかった。中央側の選手チームだ。

 僕は事務所を出て、駅前にあるホテルオライオンに向かった。

 ホテルオライオンは財閥系のチェーンホテルで、先観海岸で一番良いホテルだ。

 豪華なロビーに入ると、魔物さんがうろうろしていた。

 実際、ロビーとか従業員とかお金が掛かって居るなあと、同業者の僕から見てもそう思う。

 が、この街で採算が取れるかのかが同業者として心配になったりする。

 年間の稼働率はどうなのかね。

 まあ、それはともあれ、フロント係に、山側の責任者の山岸さんを呼んでもらった。

 山岸さんはにこやかにやってきた。

「どうしました、三砂さん、なにかトラブルでも?」

「ええ、県境あたりで人狩がありまして、県警が動いています」

「はあ、それがなにか?」

「僕が犯人を目撃しました、人狩をやっているのは獣頭です」

「なんですって? まさか中央の選手が人狩をしてると、こう言われるのですか?」

「それは、まだわかりませんが、今回の合戦で獣頭の家が参加しているのは山側だけなので」

「そうですか、少しお待ちください、獣頭の中隊の監督に聞いてみます。県警の動きは激しいのですか?」

「今晩零時までに情報が確定しない場合、砂犬に通報すると言っています」

「そ、そんな強行なっ」

「県警上層部の身内が行方不明との事で……」

「……人側との合戦に発展しかねませんね。わかりました、中央としても最大限の協力をお約束します」

「助かります」

 山岸さんはホテルの奥に急いで消えていった。

 僕はロビーに座り込んだ。

 なんだか、良いソファーを入れてるな、シャンデリアも豪華だ。

「言いがかりだ、海側の謀略としか言えまいっ」

 山岸さんに連れられて、脂ぎったジャージの親父さんがやってきた。

「あんただね、言いがかりをつけてるのはっ!」

「斉藤さん、合戦の委員会とは友好にお願いしますよ、根も葉も無い言いがかりというわけではないのですから」

 山岸さんの額に狼狽の汗が浮いていた。

「だいたい、この委員さんは、中立とは言い難いですよ。昨日、海側の選手に宿泊の便宜を図ってましたねっ」

 おや? なんで新城さんとの事を知ってるのだろう?

「中立ですよ、宿泊の手配の間違いを正しただけですが」

「よけいな事です。海の連中なんざ、浜辺で寝かせておきゃあ良いんだ」

 ああ、そういう事ですか。

 僕はぴんときた。

 斉藤さんあなたは、新城さん、というか、海側の選手に嫌がらせするために、うちの長に頼んでホテルに予約をねじ込みましたね。

 合戦は準備段階から始まっているとも言えるので、こういう、子供っぽい嫌がらせをする方々も時々いるらしい。

 それを僕が無効にしたので、不愉快なのですね。

「うちの選手は外に出ておらんです、これは私がうけおいますよ。海側の誰かが獣頭に化けて人狩をしてんじゃないですか?」

 確かに、その可能性も捨てきれませんけどね。

「とりあえず、斉藤さん、獣頭のチームの人を呼んできてくださいよ。犯人を目撃していらっしゃるそうなんだから、会えば一発でしょ」

「私はね、うちのチームメンバーがそんな疑いを掛けられるというだけで、不愉快なのですよ」

 短髪でスーツの女性がずかずかと僕たちの方へやってきた。

「斉藤さん、獣頭のチームを呼んでいらっしゃい」

「あ、これは、妹様……」

「あ、これはこれは、妹様のお耳に入りましたか」

 山岸さんが立ち上がり、短髪の女性にぺこぺこと頭を下げた。

 若いのに威厳がある感じの人だな。

「三砂さん、中央の御館様の妹様です。妹様、こちらは合戦委員会の三砂さんです」

「お噂はかねがね、三砂です」

 うわあ、超上級種の火龍さんだよ。

 去年あたりから中央を実質的に支配しているのが、彼女の姉の青龍で、運営を一手に握っているのが火龍である彼女だ。

 ちなみに、龍は超上級種なので、家系に依存しない、龍の魂が人に転生するという話だ。

 まあ、ここまで上級の魔物になると、どんな生活しているか想像もつかないけどね。

「こちらこそ、お噂はかねがね」

 妹様が手を出してきたので、握手した。外国風だな。

「事情は聞きましたわ、中央としては全面的に解決に協力いたします」

 斉藤さんが嫌そうに立ち上がり、のろのろとホテルの奥に消えた。

「犯人を目撃していらっしゃるとか、だったら解決は早そうですわね」

「人狩なんかをする馬鹿な連中ですから、暴走ぞ……」

 急にまた、違和感がふくれあがった。

 あれ?

 なんだか変だぞ。

 魔物で暴走族やっているのはおかしい……。

「どうなさりましたの?」

「いえ」

 魔物はヤクザにならないし、暴走族や不良にもならない。

 なぜかというと、魔物は戦力的に普通の人間と比べものにならないので、その手の武力系組織に入るのは、プロ野球の選手がリトルリーグに入って活躍して悦に入るような、そんな馬鹿馬鹿しい雰囲気になるし、魔物仲間にも軽蔑される。

 魔物の勇ましさは魔物同士の戦いのみで発揮されるものだ。

 やつらは五人、全員暴走族風だった。偽装に付きものの、わざとらしさが無かった。

 だがありえない。魔物の暴走族は……。

「よんできましたよ」

 嫌そうな顔をして斉藤さんが、若者を五人連れてきた。

 爽やかそうな若者たちで、人狩をしていた奴らではなかった。

 

15

 

 不満そうな斉藤さんに丁重に謝罪して、ホテルオライオンを後にした。

 では、誰なのだ、あの人狩をしている獣頭は。

 合戦に便乗してやってきた筋の悪い魔物たちなのか?

「気持ちを落とさないで、頑張るべきですわ」

 ホテルの玄関まで妹様が付いてきて激励してくれた。

「はあ、しかし、手がかりがまったくなくなりましたので」

「最悪、砂犬との合戦も面白そうですわね」

「気楽に言ってくれますね」

 妹様に頭を下げて、事務所へ向かう。

 合戦の選手で無かった場合、奴らを捕まえるのは偶然に頼らざるを得ない。

 昨日の時点で犬子と一緒に一人ぐらい倒しておけば良かった。

 後悔先に立たずというものだ。

 天気の良い先観海岸の商店街は、魔物さんたちが群れていて、ショッピングをしたり、買い食いをしたり、それぞれ楽しんでいるようだ。

 魔物の血の濃い人、血の薄い人、たくさんの魔物さんたちが明日の合戦を楽しみにしている。

 委員会の総責任者としては、なんとか奴らを捕まえて、合戦を通常開催しなければ。

 わっと、路地裏で人の歓声がした。

 何かと行ってみたら、新城さんが腕組みをして立っていて、その前に犬子がいた。

「なー、いいじゃんよ、明日まで待てないって」

「えー、明日、海の中でまってなよー、あんた陸上じゃあたしに勝てないよ」

「なめんなぁ、黒狗」

 ぎりっと音がするぐらいの殺気が新城さんから発生して、へらへらと笑っている犬子を襲った。

 背後の猫が殺気で泡を吹いて倒れたが、犬子は平気でへらへらしていた。

 というか喧嘩するんじゃありませんよ、あんたたちは。

「いいなあ、あんた。なんか戦うのが楽しみだなあ、うーの次ぐらいに倒してやんよー」

 新城さんは背中を丸めた。

 やばい。変態準備のポーズだ。

「はいはい、終わり終わり、二人ともブレイクー」

「あ、三砂さん」

「さんにい〜。この人が絡んでくるの〜」

「知り合い?」

「うん、兄妹……」

 兄妹弟子と言いかけた犬子の頬を引っ張って黙らせた。

「私闘は合戦の後にしてくださいね。今は色々と問題があるので」

「合戦で戦えなかったら、個人的に来なよ〜、戦おうぜ〜」

 犬子が新城さんに、そう言い放つと羨望のため息が野次馬から上がった。

「あんたとも戦いたいが、もっとカズキと戦いたい、どこに居るんだ、カズキは?」

「ぷっ」

 犬子が吹き出したので、また僕は犬子の頬を引っ張って黙らせた。

「ど、どっかすごい遠くにいるよ、カズキにいは」

「なんであの人は凄く強いという噂なのに、地方に引っ込んでるんだ?」

「なんでだ?」

 犬子が僕の方をみて聞いた。

「僕に聞くな」

「うーん、なんか、喧嘩嫌いらしいよ、たしか」

「強いのに」

「カズキにいはなんか目的があって強くなったんで、強いのが目的じゃあなかったような」

「カズキに会ったら伝えておいてくれ、あんたを尊敬してるから、私は戦いたいと」

「知らないのに尊敬してんの?」

「なんか、強いのに隠れてるから、そこがカッコイイ」

 なんか複雑な想いだな、新城さんのあこがれは。

「だそうだよ」

「僕に言うな」

 もめ事の期待で集まった魔物達の輪は路地裏に崩れて消えていった。

「さんにい、ご飯たべに行こうよ」

「僕は忙しい、ランチなら、ホテル三笠のが美味しいよ」

「そうか〜、新城さんも行く?」

「私は食べた、それに合戦前に敵となれ合いたくない、じゃあな」

 新城さんはどすどすと去って行った。

「いいねえ、彼女、野武士みたいでカッコイイ」

「そういう褒め言葉はどうかと」

「さんにいの好みのど真ん中だよね、ああいう人」

 犬子が目をくりくりさせて、にひひと笑って言うので、ちょっとイラっときて、また頬を引っ張ってしまった。

 しかし、すごく延びるな、犬子の頬。

「おー、オリエー、昼ご飯食べたー?」

 犬子が歩いていたオリエを見つけ、路地裏を走り去って行った。

 さて、僕は捜査を続けなければ。

 

16

 

 事務所に戻ると、桜庭さんが午前中の連絡を報告してくれた。

 合戦の準備自体はおおむね順調に出来ている。

 特に酷く遅れている部署はなくて、だいたい作業は完了して明日を待つだけになっていた。

「獣頭のチームはどうでしたか?」

「違っていました、奴らじゃありませんでした」

「え? そうなんですか?」

「他に別の獣頭の奴らがいるみたいですね……。そうだ、桜庭さんの知り合いに暴走族をやっている魔物はいますか?」

「あはは、居るわけないじゃないですか、魔物が里人に君臨してもしょうがないでしょう」

「そうですよね、じゃあ、なんで奴らは暴走族の格好をしているのだろう?」

「変身して化けている魔物じゃないでしょうか、狐狗狸系の」

「変身をしているにしては、堂に入っていましたね。幻術に付きものの違和感みたいな物がなかったんです」

 あ、そうだ、こういうことは専門家に聞きましょう。

 柿崎先生だ。

「僕はまた、すこし出て来ます」

「はい、お戻りは?」

「夕方には一度戻りますよ。青柳君は?」

「なんだか、知り合いの相談に乗るんだとか言って出ました。三時には戻るとのことです」

 いまは二時半。もうすぐ彼も戻るか。

 とりあえず、事務所をまた出た。

 腰の落ち着く暇がないという物だ。

 

 結界班の打ち上げは、狸の里でやるとか言っていましたね。まだ、日も高いから、どこかでお茶でも飲んでいるかもしれません。

 と、思って、狸の里のドアを開けると、思い切り結界班が酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしていた。

 まあ、結界は起動したら問題ないしね。

 柿崎先生はニコニコしながら、つなぎ姿の笹城さんと北見さんの苦労話を聞いている所だった。

「お、三砂さん、いらっしゃいましたかーっ! 駆けつけ一杯っ! 飲んで飲んでっ!」

「僕はまだ良いですよ、乾杯は明日です。それより先生、相談が」

「お、何かね?」

 僕はこれまでの話をかいつまんで話した。

 結界班の女子たちも興味深そうに聞きながら、酒を喉に流し込んでいた。

「ほほう、暴走族の魔物かね、それはそれは珍しいね」

「ありえますか?」

「ありえないね、魔物にヤクザも不良も居ないよ。ヤクザや不良というのは人間界ではみ出した者が居場所を求めてなる物だね。もともと人の世界に居ない魔物は、そっちの方向へはみ出る余地が無いわけだ」

「魔物ではみ出る人って、獣に落ちて狩られますよねーっ」

「さよう、奴らは人狩をしているということは、もう獣と言って良い。それらが暴走族になる? それはあり得ませんな」

「だとすると変身でしょうか」

「奴らは獣頭と言ったね。獣頭とは、牛頭馬頭の総称で、わりとポピュラーな魔物の家系だ。鬼体に変化して主に格闘をする。変身能力は持たない」

「では、変身する魔物が獣頭に化けている?」

「君と格闘しようとして、獣頭特有の猫背、かぎ爪の姿勢をとったのだね、そうすると、奴らは獣頭だね。魔物は別の魔物の姿勢で戦う事はできない」

「そやねー、別の魔物に変身しとっても、戦闘になると、どうしてもうちは狐体勢で構えるで」

 吉見さん、笹城さんは狐の魔物だ。変身能力も高い。

「では、いったい……」

「それは、あれですよっ! 獣頭の魔物が化けてるんですよっ!! なんかの魔法かなんかでーっ!」

「暴走族に化けている? なんでそんな事を? 普通の人に化ければ良いのに、それに、化けているって感じじゃなかったな」

「それは知りませんーっ、なんでしょーねーっ?」

 それが知りたいんだよ。

「しかし、合戦前にやっかいやね。開催は大丈夫なん?」

「開催は問題ありません。下手をすれば人との合戦になるだけで」

「あははーっ! それは剛毅ですねーっ! 人との合戦だと結界いらないですよーっ!」

「人食い放題なんかー。あははー」

「そうはなって欲しくないね。何か分からない事があったら、いつでも来たまえよ。私の知識だったら幾らでもお貸ししようではないか」

「私たちもー、尊敬するー、三砂先輩ーにー、全力でー、手助けー、しますよーっ!!」

 笹城さんは、もはやあてにできなさそうだ。

 酒に酔ってべろんべろんだよ。

 吉池が黙って僕の前に、ビールのコップを出してくれた。

 エビスの黒ビールだ。

「あんまり飲んでられないんだよね」

「ビールぐらい。三砂ちゃん、これ好きでしょ」

 好きだけどね。

「出来てるですかっ! ママと三砂先輩は出来てますかーっ!!」

「これこれ、からまんときー。ほんとにもー、ねえさんは三砂先輩、好きやなー」

「ななな、ちがいますよっ! 誤解ですっ! 曲解ですっ!! 私は、私はーっ!!」

 笹城さんはそういうとテーブルの上につっぷして、うわあと泣いた。

 やっぱ、結界印から、有害電波とか、なんか出ているよねー。

 折角だからエビスを飲んでいると、携帯が震えた。

 青柳君からだ。

『せ、先輩っ!! た、助けてくださいーっ!!』

「またですか、どうしました?」

『や、奴らがっ! 奴らが、雅子さんをっ!! やめろーっ!!』

「青柳君っ! 今どこですか、何がっ?」

『ちゅ、中央公園でっ!! ああっ!! ぎゃっ!!』

 ブツンと携帯が切れた。

 また青柳くんは、なにか揉め事に巻き込まれているのですか。

 中央公園はここからすぐだ。

 柿崎先生に挨拶して、僕は狸の里を出た。

 

 

 

――月明かりの道2へつづく――

説明
月明かりの道の前編です。一応狗張子シリーズの集大成みたいな所がありますので、旧作を読んでからお読みいただくと、楽しいかもしれません。
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コメント
まめごさん>コメントありがとうございます(^^) ページ切りですか、次からやってみますね。(うーたん)
面白かったです。ページの切り替えがあるともっと読みやすいかも。(まめご)
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オリジナル 伝奇 狗張子 子供 

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