みそひと! |
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思うと 人の問うまで ――平 兼盛
そりゃあ、傍から見たら、アタシはツンデレでしょうよ。
オヤジの仕事の関係上仕方なく、小学二年の一学期に今のマンションへ引越してきたアタシの部屋の隣が同い年のアイツ、滝野ナガルの部屋。
「黒髪真っ直ぐだね。かわいい」
って、初対面で言われた時にグラっと来たのがマズかった。
それで同じクラスになって出席番号が近かったから席も隣同士で、学年が変わっても教師のイタズラか結局二年から六年まで同じクラスで、
「あれ、マンションと変わらないね。宿題見せてもらえるね」
と言われ。
中学になったら流石に次はないだろうと思ってたのに、また同じで今度は、
「今年もシャーペン借りられるね。助かるなー」
と言われ。
部活くらいは離れ離れでできるだろうと思って和歌同好会に入ってみたら、アイツは仮入部一日目から本入部を決めていて、
「やぁ、遅かったね。来ると思ってたんだー」
なんて迎えられる始末。
「野球部じゃないの? 小学校の時、リトルリーグ入ってたでしょ?」
「七番ライトって微妙じゃない? 下手だったから仕方ないけど。でもボール飛んで来なくてさー」
「だからってなんで文化部なの? それも和歌」
「ん? ウチの父さん、文学研究者だよ? 江戸時代のだけど。だから、やりやすいかなーって」
そんな情報聞いてねーわよ。
「ねーねーアリサ?」
そんな憎ったらしいアイツの顔が、アタシの前に出てウロチョロする。
アタシの黒髪ロングの前髪ぱっつんとは違って、コケティッシュな栗色のショートヘアのアイツ(じゃなくて今はコイツか)。そのまま女子用ブレザーでも余裕で着こなすんだろうなー、それもアタシよりも可愛く。中性的というより女子的なのよね。
この前も、
「電車乗ってたら、サラリーマンに痴漢されてさー。怖くて声も出せなかったよ」
とか、まんま女子の反応じゃないのよって、あーもーどーでもいー。
「ねー、アリサってばー」
なんでこんなだらしないヤツが気になるのかって、自分に情けないやら呆れるやら。
「アリ……」
「何よもー!! うっさいなー!!(ガタッ!)」
「いや、その……訳……」
「訳? 訳って何よ!?」
「だから……その……」
「高梨アリサ、滝野君の言うとおりだ。この歌を訳せ」
落ち着きのある大人の声に我へ返ったアタシがあたりを見回すと、あたりは授業中のクラスの景色だった。いかん、回想してたのか。
「古文の先……生……あははは……」
「もういい座れ。まったく、この歌みたいだな」
アタシは顔から火が出そうになったまま、席につく。
ん、「この歌みたいだな」ってなんだ?
「今日は先生が訳そう。しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思うと 人の問うまで。つまり、恋心を隠したつもりでいても顔に出てしまっていた。それは人に物思いしてるのか? と聞かれてしまう位だったという歌だな」
「それって、アタシのことですか!?」
「いや、先生はそこまでは言っていないのだが。どうした? 高梨はさっきまで恋人の事を考えていたのか?」
「いえ、違います……」
「んー、僕のことじゃなくて?」
「違うわー!!」
「お前ら若いな。先生もお前ら位の歳に戻りたいよ」
「いやー、そーでもないですよー」
コイツ、授業終わったら絶対ひっぱたく。
浜までは海女も蓑着る時雨かな ――滝 瓢水
アタシにとって惨劇そのものの授業が終わって、空き教室に所変わって和歌同好会。
今日は和歌トラウマだから、掃除終えたらホントは帰りたかったのだけど、
「じゃあアリサ、僕先に行ってるからね。待ってるよー」
と言われて行かなきゃならない気にもなってしまった。
この甘さがいかんのだろうけど、あの笑顔と軽い口調で頼まれると断れないのが人情と言うか、やっぱり恋情なんだろうけど。でもそんなアタシが気に入らない。
「ねーアリサ、この歌、面白いよねー」
「何よ」
「浜までは海女も蓑着る時雨かな」
「どんな意味?」
「どんなのだと思う?」
「あーもーいい。自分で考える」
ったく、コイツのドヤ顔って普通の二割増でイラッと来るのよ。
「漁のために海に入る海女さんでも、浜辺にたどり着くまでは雨で体が冷えないように蓑を着ていくってことね。わかった」
「そそ。病気になった作者が薬買ってきたら、悟った人間だという噂だったのに死を恐れるのか、って修行僧に咎められた時に返した歌」
「お父様の受け売り?」
「ま、ね。いつかは死ぬ運命でも、その時までは命を大切にするっていう事なんだけど、アリサもこの歌みたいだね」
また出た「この歌みたい」って、今日は一体なんなんだ。
アタシのこの微妙な感情を一々平安時代だの江戸時代だのから、予見してご丁寧に詠みあげておくなんて好事家がいたなんてありがた迷惑よ。
「アリサも素直になっちゃえばいいのに」
「なんの事よ。返答次第じゃひっぱたく」
「だから、いずれ僕と恋に落ちる運命でも、恋していないと言い続けて抵抗してるじゃない?」
「はぁ!? 何言ってんのアンタ? アンタと恋に落ちるなんて絶対イヤ!!」
コイツ絶対ワザと今日の授業にひっかけておちょくってるに違いない。
アタシは拳を振り上げて、最後の弁解を聞く。
「えー。いいじゃない。僕は全然OKなんだけどなー」
「イ・ヤ・よ! それに、さっきから歌って言ってるけど、それ五七五七七の三十一文字じゃないじゃない。それは和歌じゃなくて俳句、だっての」
「あっそうか。じゃ、こうやって付け足せばいいかな」
「付け足す?」