真説・恋姫演義 〜北朝伝〜 第一章・第一幕 『蒼天墜日』 |
漢王朝―――。
高祖・劉邦によって興され、一度”新”に取って代わられた後、世祖・劉秀の手で再興がなされた、現在の統一王朝。
しかし、それも高祖による前漢成立より、すでに四百年の時が経ち、腐敗はその土台にまで大きく広がっていた。
官は己の私腹を肥やすことにしか興味がなく、朝廷においては、讒言・賄賂は当たり前。今日は誰かが誰かの足を引っ張り、明日はその足を引っ張った当人が、ほかの誰かに蹴落とされる。そんなことが日常茶飯事の出来事。
中央ですらそんな状態である。地方はもっと酷かった。
重税に過酷な労役は当然の如く、官と悪徳商人の結託などは可愛いもの。時にはは官が、自ら人身売買などの非道な行いを、平然と行っているという有様。
心ある人々は、口を揃えてそんな状況を嘆き、改革を断行しようとするものの、結局は失敗して地方へと落ち延びていく。
そんな中、一人の男が、これを機に己の野望を実現させることを、思い立った。
―――漢からの独立、そして、新王朝の勃興を。
だが、そのためには決定的に足りないものが、その男にはあった。財もあり、拠点とすべき土地もある。しかし、人の上に立つには、男は決定的に”それ”が不足していた。
それは、カリスマ―――。
人として魅力のない者に、人は決してついていかない。無論、それがなくとも打算と欲望のみで、強い者につこうとする者は、それこそ数多くいる。だが、それでは真の団結は決して得られない。だからこそ、男は求め続けた。自分のそれを補って余りある、決定的なカリスマを。
そして、ついに見つけた。
「みんな大好きー?!」
『天和ちゃーん!!』
「みんなの妹ー?!」
『地和ちゃーん!!』
「…とっても可愛い」
『人和ちゃーん!!』
それは、三人の旅芸人の少女。
その、あまたの男たちを魅了し、惹きつけてやまない彼女たちこそ、男が捜し求めた、自分に足りないカリスマ性を持ち合わせる、最上の”広告塔”だった。
そしてその三人―――長女・張角、次女・張宝、そして三女・張梁の、通称、張・三姉妹―――を、男は自分の屋敷に招き、そのスポンサーとなることを持ちかけた。
ただしその代わりに、大陸各地で自分の宣伝をすることと、若い男たちに兵として自分の下に参集するよう促すこと、と。そう条件をつけて。
彼女たちは、それを受け入れた。活動資金が底をつきかけていた三人にとって、これほどうまい話はなかったから。
そして、男のもくろみは見事に成功した。
連日、男の下には彼女たちにうながされた、若い男たちが次々と集まり、その数はゆうに三十万を超えるほどにまで、膨れ上がった。
―――男は、ついに決起した。
自らを天公将軍と称し、二人の弟に、地公将軍・人公将軍と名乗らせた。腐りきった漢を倒し、世に太平を導くことをその”大義”にかかげ、あっという間に、青州を乗っ取る事に成功。その野望の一歩を、踏み出した。
その男の名は、張挙。
元はただの土豪に過ぎなかった、彼のその決起にとともに、大陸各地で反乱が相次ぎ、世は混乱の渦へと巻き込まれていく。
後に、”黄巾の乱”として世に知られる、史上最大の民衆反乱。その、幕開けの瞬間であった。
その張挙の決起から数日後。所は?郡、一刀の執務室にて。
「また、黄色い連中か」
「ええ。しかも、その数は日に日に増しつつあるわ」
忌々しそうな表情の姜維の発言に、徐庶がその手に持った黄色い布を見つめつつ、そう続く。
「黄巾の乱、か。……まさか自分で体験することになるとはね」
「黄巾、か。なるほど、わかりやすい呼び名だな」
嘆息しつつ言った一刀の言葉に、腕を組んだ徐晃が厳しい顔つきのまま、納得の言葉を紡ぐ。
「やっぱ、一刀の世界でも有名な出来事なんや?」
「ああ。首謀者の名は張角。太平道っていう、一種の宗教が発端になった事件だよ。……ただ、ね」
「……”向こう”とは、違う可能性が高い、ですね」
「うん。名前ぐらいは一緒だと思うけど、俺の知識は、あまり当てにしないほうがいいと思う。頭の隅において置く位の気持ちでね」
領内の治安維持のため、賊討伐に力を入れていた一刀たちは、最近の賊たちに、ある共通する点を見出していた。
うち一つが、先の話題に出たように、体のどこかに黄色い布を巻きつけた者たちが、その一部に混ざっていること。
もう一つは、その規模。
「今までは、多てもせいぜい数千単位やったけど、それがここ最近は、確実に万を越えてきとる。それもや」
「統率の取れた”集団”に、なっている。おそらくこれは」
「彼らを率いるものが現れた。それも、確固たる一つの意思の元に」
「……それが、張角とその兄弟、もしくは姉妹、か」
ん、と。一刀にうなずいてみせる徐庶。
そして、最後にもう一つ。彼らの、今までに絶対無かったその行動。襲撃した邑や街、郡の”征圧”、である。
「今までは、襲うだけ襲ってとっとと逃げとった連中が、ここは自分達の物だと言って、居座り続けとる。現に、東の平原の町は連中の支配下に置かれとるし」
「連中、大陸の統一でも狙っているんだろうか」
「……古の、”((王奔|おうもう))”のように、か」
”王奔”。それは、漢を一度滅ぼした男の名。”新”という名の新王朝を興し、一度は漢に取って代わった。だが、後漢の世祖である劉秀の手により、わずか一代で彼の新王朝は潰された。
「中原においても、?州・豫州・及び徐州で、彼らの手で征圧された郡や街が、増え続けているそうです」
「……朝廷の対応は?」
「一応、何人かの将軍を派遣して、その鎮圧に当たってるみたいやけど」
「……芳しくない、か」
官軍も、永らく続いた平穏と、上の腐敗によってその弱体化が進んでおり、その戦力は農民主体の黄巾軍とほぼ互角。いや、下手をすればそれ以下の実力しか持っていない、というのがその実状であった。
ぎし、と。椅子の背もたれにその背を預け、一刀が大きく嘆息をつく。
「となると、当分は、各地の諸侯任せって状況が続きそうだな。……輝里、河北の諸侯の動きは?」
「はい。南皮の袁紹さま、幽州の公孫賛さま、并州の刺史・丁原さまらが、活発に動いておられます」
「……あれ?幽州牧の劉虞はんは?」
「……すでに黄巾の手で討たれたそうだ。今薊郡は、連中の支配下だそうだ」
『…………』
州の牧が、賊徒の手で討たれた。それは、世の人々にあることを認識させるに、十分な出来事であった。
もはや、漢の権威は地に堕ちた、と。
「……ともかく、今は周辺の諸侯と協力して、確固撃破に当たるしかない。連中の拠点が分かってはいても、そこに首謀者がいるとは限らない現状では、ね。……みんな、苦しいだろうけど、頑張ってほしい。……今はとにかく、我慢の時だから」
「はい」「はいな」「わかってるさ」
一刀に対し、笑顔で返す三人であった。
時同じくして、青州は北海の街にて。
「兄貴、報告だ。汝南が三日前に陥落したそうだ」
筋骨隆々とした、ゴツイ体躯の男が、その目の前で椅子に座る細面の男に、両腕を腰に当てたまま、先ほど届いたばかりの伝令の内容を告げた。
「そうか。これで、中原の半分は占拠した事になるな。河北はどうだ、弘」
「おう。薊を中心に幽州、それから并州の半分以上を、こっちの支配下に置いた。だが、冀州だけちっとばかり手こずってる」
弘、と呼ばれた小男が、椅子に座る細面の男にそう告げる。
「冀州?あそこはそんなに手こずるところじゃなかろうが。南皮の袁紹は馬鹿だし、平原はこっちの支配下。?郡の太守なんざただの豚だ。何でそんなに手こずるんだよ?」
「それがな、純兄貴。どうやら?郡は太守が変わったらしくてよ。名前は確か、北郷、とかいったか」
筋肉男の問いに、最近になって仕入れた情報を伝える、その小男。
「北郷、か。訊かん名だな。……どこの人間だ?」
「いや、それがどこの出身かは分からねえんだ。なんでも、街の連中からは”天の御遣い”なんて呼ばれているらしい」
「天の御遣いだあ?はっ!うさんくせえ」
「けどよ、純兄貴。そいつが天人かどうかはともかくとしてだ。つい数日前のことなんだけどよ。……?郡に入った連中が、二刻と持たずに壊滅させられちまった。三万が、たった八千に、だ」
「何……だと?」
思わず唖然とする細面の男―――張挙。天公将軍を自称し、この二人の長兄でもあるその男は、末弟である人公将軍こと張弘の話に、その耳を疑った。
「……信じられんな。何かの間違いじゃないのか?」
筋肉男――地公将軍こと次兄の張純が、弟の話に疑いの眼差しを向け、そう問いかける。
「事実だよ、兄貴。しかもその内の三分の一は、白く光る衣に身を包んだ、”たった一人の”男に、全員為すすべもなく、倒されたそうだ」
『ば、馬鹿な……』
一人で一万の兵を倒す。
それがどれほど化け物じみたことか。うわさに聞く飛将軍こと、呂奉先でもあるまいに、と。張挙と張純は、しばし言葉を失った。
「……何か手を打たんとな。……おい、”あの三人”は今、どこにいる?」
「確か、?州で興行中のはずだが」
「なら、あいつらに?郡で興行するように伝えろ。内部から、向こうを揺さぶらせるんだ」
「わかった。すぐに使者を立てよう」
兄の命を受け、張純が部屋から出て行く。
そしてその数日後。?州のとある街。
「冗談言わないでよ!!そんな事出来っこ無いでしょうが!」
水色の髪の少女が、一人の兵士にそう怒鳴りつけながら、手に持っていた箸を投げつける。
「ちょっと、ちぃねえさん落ち着いて。……それは、張挙さんのご指示なんですね?」
「はい。郡を内部から揺さぶり、こちらへの離反者を出させろ、と」
「それが無茶だって言ってんのよ!わざわざ敵地(?)に乗り込んで、黄巾軍に力を貸してくださいね〜、って、そんなことやったらどうなると思ってんのよ!!」
「……どうなっちゃうの?ちーちゃん」
一人何も分かっていなさそうな様子の、桃色の髪の少女が、首をかしげて質問をする。
「……その場で捕まるに決まってるじゃない、天和姉さん」
少し呆れた感じで、姉に答えてみせる、眼鏡をかけた少女。
自分たちのスポンサーである張挙から、?郡での興行を指示されたその三人。
事情を今ひとつ分かっていない、長女・張角と、声を荒げてその指示に否を唱える、次女・張宝。そして、一人冷静に思案を続けている、三女の張梁。
通称、張・三姉妹の面々である。
「……とにかく、少し私たちだけで、話をさせてください。方針が決まり次第、お呼びしますから」
張梁がそう言い、兵士を自分たちの天幕から出て行かせる。
「……んで?どうするのよ、人和?……命令どおりのこのこ行ったら、あっという間に捕まっちゃうわよ?」
「捕まっちゃったら、私たちどうなるの?」
「……良くて捕虜。悪ければ」
「悪ければ?」
「決まってるわよ!さんざんごーもんされた挙句、大勢の男たちに、よってたかって慰み者にされるのよ!うわさじゃ、?の新しい太守は、女と見れば見境ないって言うから、それはもう、三人揃って口では言え無いような、あんなことやこんなことを」
と、張宝が又聞きの又聞きレベルのうわさに基づいた予想を、真っ青になった顔を両手で覆いつつ叫ぶ。
「そんな〜。人和ちゃ〜ん、お姉ちゃん、そんな風になるのやだ〜!」
その張宝の予想を聞いた張角が、涙目になって末の妹にしがみつく。
「まだそうなると決まったわけじゃないわよ。……それに」
『それに?』
「……張挙さんは、”郡内”で、と言っただけよ。つまり……」
『……なるほど〜〜〜』
張梁の言葉に、納得顔で頷く姉二人であった。
〜続く〜
さて、あとがきコーナーでございます。
「黄巾の乱、ついに勃発しましたね」
「せやね。・・・けど作者?張挙、張純いうたら、たしか正史では」
はい。黄巾に乗じて反乱しただけの、黄巾とは一切関係ない人物です。
「じゃ、なんでこの人たちを使ったんですか?」
天和たちの裏にいる人物として、こいつらが一番適任だったから。
「で?天和たちの扱いは決まったんか?」
まだ。あの三人が一刀たちの下に行くか、華琳の所に行くかで、かなり状況変わってくるから、じっくり考えさせてください。
「と言うわけで、次回予告です」
「ついに開始された黄巾との戦い。カズはその中で何を思うか?」
そして、天和たちは一刀と出会うのか?はたまた、思いっきりスルーされるのか?(笑)
「次回、真説・恋姫演義 〜北朝伝〜 第一章・第二幕」
「『凶刃乱舞』に、ご期待ください」
いつものコメント、突っ込み、お待ちしてます。それでは、
『再見〜!!』
説明 | ||
北朝伝、これより新章です。 予告と違い序幕ではなく、 第一幕としましたことをお詫びしつつ、 黄巾編突入でございます。 ついに勃発する黄巾の乱。 漢王朝はこのまま滅びへと突き進んでいくのか? それとも・・・? では、外史の扉を開きましょう・・・。 追記:不足していた文を、少しだけ追加改訂しました。 (12/1 15:20、現在) |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
29184 | 21241 | 124 |
コメント | ||
根黒宅さま、そ、そう上手く行くでしょうかね?(狭乃 狼) kabutoさま、一刀はマジで強いですよw(狭乃 狼) hokuhinさま、きっとあれですよ。巡回中に笑顔を向けられた、街の娘たちがうわさの出所かとww(狭乃 狼) mokiti1976−2010さま、少なくとも、”倒した”のは、事実です。三姉妹はどうしましょうかね〜。(狭乃 狼) 天覧の傍観者さま、民へ『声』への答え、ですか。・・・どうするでしょうね、一刀は。(狭乃 狼) 天和達が?郡に行く→一刀と会う→種馬発動→張三姉妹ゲットだZE!(根黒宅) 首謀者を変えたんですか。でもこれで三姉妹が救われ・・・次回が楽しみです!あと一刀TU・YO・SU・GI☆(kabuto) 天の御使いの噂よりも、種馬の方が有名になっているじゃないか一刀w(hokuhin) 天和たちの運命やいかに?ぜひ三姉妹には一刀の下へいってほしいですが。それにしても一人で一万も倒すとは一刀強すぎ。それともそう見せかけただけとか?それでもすごいですが。(mokiti1976-2010) 久しぶりの投稿失礼いたします。黄巾ですか〜。多くの民の『声』に一刀はどう答えるのか?この後の続きを楽しみお待ちしております。(天覧の傍観者) はりまえさま、そこから今度は妄想党になったりとかww(狭乃 狼) 黄巾党ではなく暴走党にした方がいいんでないかい(黄昏☆ハリマエ) 砂のお城さま、冷めやらぬ熱き(暑苦しい?)魂!!ほああああっっっっ!!(狭乃 狼) 紫電さま、天和たちは広告塔にする以外、ほかの利用法もヤツは頭に描いてます。・・・まあ、べただとは思いますがww(狭乃 狼) |
||
タグ | ||
恋姫 say 北朝伝 一刀 徐庶 姜維 徐晃 黄巾 | ||
狭乃 狼さんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |