恋姫異聞録96 −画龍編−
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開かれた扉に一人立つ諸葛亮、俺を見るその顔は柔らかい笑みで

 

彼女もまた俺から視線を僅かに外す

俺の情報は周瑜殿から彼女へと渡っているのか、それとも違う場所から流れた情報か

 

しかしそんな事よりも俺の中でふつふつと溶岩のように沸き立つものがある

 

これで魏との同盟交渉は決裂した。此処に孔明殿がいる時点で元より同盟の意思など無かったのだ

何時からだ?俺より先に同盟を進め始めたのは

一度目の定軍山か?動くとするならばあの時以外なかろう

負傷し、身動きの取れなくなったあの時期意外に考えられん

だからこそ市に蜀の物が、南蛮の象牙などおいてあったのだ

 

俺達が来る前にすでに諸葛亮殿によって呉蜀同盟はなされていた

呉と魏の同盟の使者を受け入れる形でこの地に迎え入れた

周泰殿の事は計算外だろうが、周瑜殿はきっかけを待っていたはずだ

 

俺がこの地に入ることを

 

 

淡い期待をしてしまっている華琳に何と話せば良いのだ?もう戦をせずとも良いと

もう戦で死に逝く兵を、民を、見なくともよいと

 

手に力が篭る。きっと周瑜殿のように手が白くなっていることだろう

歯の根が軋む、何が慧眼だ、偉そうに同盟を華琳に薦めた結果これか?

歴史を知っているなら孔明殿が呉に接触してくるのは予想がついたはずだ

呉へ物資を送っていたから同盟ができるなど思い上がりだ

 

結局は歴史の通りに進むということでは無いか

こんなことも見抜けない曇った目など腐り落ちればいい

 

俺は華琳にどう償えばいい?この生命を積んですら償える失態ではない

だが娘たちと約束したのだ、死なぬと

ならばこのような場所で死ぬわけにはいかない、死ぬならば華琳の役に立ってから

約束した者たちが、そしてい俺自身が納得出来るまで生き抜いてからだ

 

「で、貴方の目にはどの様に映りましたかな?」

 

「・・・伏龍」

 

不敵な笑みを浮かべるは諸葛亮でもなく、周瑜、孫策でもなく王、孫策の前に立つ立つ男

 

伏龍と評され諸葛亮は顔を一瞬赤くするが、その顔はすぐさま凍りつき恐怖の張り付いた顔になる

罠に嵌めたと余裕の表情を見せた周瑜も同様、諸葛亮に振り向き背を向けるその後姿に何かを感じ

表情は硬くなる

 

男の義弟ですら男の変化に戸惑い驚く。それもそのはず、今まで見たことが無いのだから

笑うその姿からは表情とはまったく違う異質なもの

言葉に言い表すことのできない攻撃的な笑

 

諸葛亮は男の顔から視線どころか顔を背け、青ざめる。なぜならば男の眼が、表情が語っているからだ

 

【無駄に戦を広めるのか、ならば貴様は伏したまま朽ちていけ】と

 

龍は力と知恵の象徴、だが男はそれを抑えつけ、伏せたまま世に出すことなく滅すると眼と表情だけで語っているのだ

 

ガタッ

 

男の変化に音を立てて立つのは孫策、眼は獣のごとく見開き無意識だろう、彼女の口は引き裂いたように釣り上がり

口元から覗く犬歯は牙のように、獲物を見つけた飢えた猛虎を連想させる表情を作り出し

その手は腰に履く剣へと手が伸びていた

 

友の立てる音に異質に笑う男から気がそれた周瑜は孫策の変化に気が付き、虎の如く姿勢を低くし

飛び掛りそうな孫策よりも早く声を上げ、扉の外に待機する兵たちに指示を放つ

 

「夏侯昭を捕えるっ、兵は武器を構え諸葛亮殿を守れっ!」

 

声と同時に扉を埋め尽くす兵が入り口を固め、諸葛亮を囲むように盾を構える

同盟を成されると思っていた隣に立つ周泰はただただオロオロとするだけだった

 

「わ、私はっ」

 

「夏侯昭を捕らえよ明命っ、魏との同盟は無い。我らと共に有るは蜀だっ!」

 

・・・周泰殿は知らなかったのか、となれば周瑜殿の独断で蜀との同盟を進めたな

しかし初見ならば兵にも劣る俺を捕えるのにこれほど兵を集めるとは、随分と過剰に評価をしてもらっているようだ

たとえ一馬が居るとしても馬がない、これだけの兵は抜けんだろうよ

 

増える兵に普通は萎縮、または怯むのが庶人。武器を構え、その場から切り抜ける方法を模索するのが武官

頭の中でこの場から出るため、あらゆる策を巡らせ言葉を放つのが文官

 

だが男は軽い笑を称え、扉へと歩を進める

 

大勢の兵の前に笑を作り歩を進める姿はもはや胆力などで説明のつくものではない

 

その姿に粟立つ孫策、背筋にゾクゾクと冷たいものが走る。笑はより一層濃い物になり姿勢を更に低くする孫策

だが隣に立つ周瑜は両手で孫策の抜き放たれようとする剣の柄を抑える

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

「知れた事、最早この場に用は無い。魏に帰る」

 

「フッ、この状況で兵の壁を抜け、逃げ切れると思っているのか?」

 

「さぁな、なるようになる」

 

後ろから彼の行動をあざ笑うように斜に構え、友の剣を抑える周瑜

しかし笑を作り、歩を進める男の後ろ姿に何故か手を握りしめてしまう

 

周瑜の頭は型にはまらぬ理解不能な行動をする男に困惑する

表情は冷静に、平常を装ってはいるが笑を作り、敵兵囲む中扉へ向かおうとする行動は彼女の予想する枠の外

まさか本当にこの場から抜けることができると思っているのか?それとも雪蓮がこれほどの反応をするのだ

何か隠し持っているのかと

 

「周瑜殿、使者である兄に代わり申し上げるっ。兄者が今まで呉にしてきたことはっ、呉には義は無いのかっ!」

 

歩を進める男の前に盾のように立ち、腰の剣を抜き取り後ろに居る周瑜に声を荒げ叫ぶは一馬

その声は荒々しく、兵を睨む瞳は怒りが燃える

 

呉へ物資を送り、友好を深めたのは偽りか?戦を終わらせたい兄の心を裏切るつもりかと

だがそれを鼻で笑う周瑜の反応は一馬をさらに怒りに染める

 

「貴様ぁっ!」

 

「やめろ一馬」

 

「しかし兄者」

 

「騙される方が悪い。これは戦だ」

 

振り返り、周瑜に斬りかかろうとする一馬を男は軽く肩を掴み止める

孫策を止める周瑜のように

 

男は振り返ることもせず、さらに歩を進める

囲む兵を笑のまま歩を進める男を止めるように槍を向けるよう、男の前へと兵を動かそうと

周瑜は手を前へ突き出し指揮するが、兵は動かない

 

何故だ?と兵たちの顔を見れば、その目は男を見たまま体は根を下ろした木のように地面にへばり付き

麻痺したように動かず震えている

 

「チッ、気当たりか。だがそれだけではこの場から逃げることなどできんな。どうした明命、何故奴を捕えん」

 

「えっ、あ、う・・・」

 

「まぁ良い、ある程度は想定済だ」

 

命令に忠実であるはずの周泰が躊躇い、動くことが出来ず

まさかこれほど彼女の心を捕えるとはと少し驚きながら周瑜は視線を周泰から外し、扉の方へと移す

 

「儂が相手をしよう」

 

 

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ふらりと扉の影から現れたのは褐色の肌、白髪の長い髪の女性

城壁で、酒宴の席で男の眼から消えるように逃れた女性は

今度は兵たちを掻き分け、弓を携え男の前へ一人立つ

 

一馬は剣を構え、盾のように男の前に立ち体を重ねるが、男は一馬の前へと出てしまう

義兄を止めようと手を伸ばすが、男は何時ものように心配するなと軽く笑い、一馬の手は止まってしまう

 

「貴女は・・・」

 

「名乗らせてもらおう、姓は黄、名は蓋、字を公覆。魏の舞王じゃな?」

 

抱拳礼をとる黄蓋は名乗り、真っ直ぐ男の眼を見つめる

 

男は一瞬だけ黄蓋の行動に呆けるが、直ぐに笑を作り礼を返す

その笑は先程の異質な笑ではなく、猛将に出会い才に触れた喜びに満ちた笑

 

「姓は夏侯、名は昭(ショウ)、字を文麒。呉の宿将、黄蓋殿に御会いできて光栄です」

 

「儂を知っておるか。ならば儂が此処に立つ意味もわかるじゃろう?」

 

変わらず眼を見てもゴチャゴチャとした砂嵐のような思考が流れこむだけ、しかし彼女が此処に立つ理由は

眼から感情を読み取らずとも男は理解できる。自分を捕えるためにこの場に立ったのではない

 

「舞王と呼ばれる御主に前々から会ってみたいと思っておった。儂も少々舞には詳しくてな」

 

周瑜の思惑、捕える為ではなく剣を交えるために此処に立ったのだ

 

それを感じ取ったのか、周瑜は眉根を寄せ話が違うと黄蓋に視線を送るが

黄蓋は無視するように眼を伏せ言葉を続ける

 

「戦場を舞い踊り、修羅を率いる舞の王」

 

「・・・」

 

「戦神

  

  攻撃するにもかかわらず、己を削るその姿は

 

   理想と現実の矛盾の狭間で苦しみ歩む姿

 

    並び立つ剣の草原は兵を表し

 

     腰に携える六つの剣は六将を表す」

 

ゆっくりと眼を開き、男を見つめる黄蓋

 

「戦神とは昭襄王の生き様そのものじゃ。始めは名も同じじゃし、昭王の生まれ変わりかと思ったがどうやら

違うようじゃ。目の前に立つ男は話しに聞く戦神と呼ばれる昭王とは似てもにつかん」

 

「流石ですね、そこまで理解されたのは曹騰様、我が魏王に続き貴女が三人目です」

 

「ふむ、呉の将もそうじゃが風情を理解せんものが多いのう。儂など噂を聞きながら酒の肴にしたものじゃ」

 

「ですが一つだけ訂正を、皆昭王と同じで夏侯昭(カコウショウ)と呼びますが、魏の皆は

特に妻は昭(アキラ)と呼びます」

 

「ほう、珍しい読み方をするのじゃな。それが天の読み方か」

 

その通りだ、戦神とは俺の舞を見て華琳が名付けたもの、表す動きは俺の名と同じ昭王の生き様

自然と得意な演舞が戦神になっただけだ。曹騰様も俺の戦神を見て昭王の再来だと喜んでいた

 

二人は軽く笑い、また目線を交わす

一馬は義兄の舞の真の意味に驚き、周りの兵たちはざわめく

周瑜も諸葛亮もまた目を見開き驚愕し、黄蓋の言葉に耳を傾け集中する

 

当たり前だ、強力な修羅兵を生み出す舞の意味を知る者がこの場に一人居るのだ

ましてやそれが始皇帝の祖父、戦神、昭王を表すものだと知ればなおさらだ

 

「しかし一つだけ疑問に思っておった。途中から腰に佩く剣が四本になっておるのは何故じゃ?」

 

「私には既に優秀な将が従いておりますから」

 

「む、じゃがお主が率いる将は軍師が二人、将が五人。一人多いじゃろう?」

 

「私を王とするならば、妻は将とは数えません」

 

男の答えに吹出し大笑いをする黄蓋は「なるほど」と納得し、更に声を上げて笑っていた

 

「質問に答えてくれて礼を言う。さて、それではやろうか」

 

そう言うと黄蓋はゆっくりと弓を構え、矢を番える

 

良く見れば黄蓋は男から諸葛亮が見えないように体を置いている

男が諸葛亮から先程から視線を外さず、必殺の気を当てていたことに気が付き

遮るように体を置いていた

 

二人の距離は5間ほどの距離。男の直ぐ後ろには呉王孫策、外せば孫策に矢が襲いかかる

だが気にすることなく構えるということは自信の現れ。番えた矢は外さぬと

 

「さぁどうする?魏の舞王は武が無いと聞いておる。儂の弓は見たことはあるまい?」

 

黄蓋もまた男の眼を知っている。男は反董卓連合でも彼女の動きだけは見ていない

 

「その眼はよく知っておる。儂の真名は祭風(サイフォン)、心を読むことも出来まい」

 

眼を知ると言う言葉に男は動揺せず、黄蓋の殺気に周りに緊張が走る

周瑜は殺さず捕えるよう黄蓋に叫ぼうとした時、男は懐から鏃を取り出し

右手の指先に挟むと手を水平に伸ばし半身になる

 

足を肩幅に、眼を鷹のように鋭く細め、体から流れだすは冷たい極寒の殺気

左手は腰から何かを抜き取るような動作を取り、突き出した右手に重ね

ゆっくりと引き絞るように後ろに引いていく

 

【演舞外式 鏡花水月 −秋蘭−】

 

隣で見る周泰の目に映るは修練所で見た夏侯淵の姿

兵の眼にも映る。腰に携える矢筒、右手に握る強靭でありながらしなる剛弓

左手に掴む矢は弦を引っ掛け一杯に引き絞り、その指先に摘む鏃は今にもその手から離れ

黄蓋の胸に深く突き刺さるだろうと

 

「あ・・・ああ・・・」

 

実際には鏃しか持たないというのに確かに感じる弓と矢の存在

周泰は驚き声を漏らすが、黄蓋は面白いものを見たと口の端を吊り上げ

周瑜は口元を歪める

 

「ほう、面白い。確かに見えるぞ、それが夏侯淵か」

 

そういってカラカラと笑うと黄蓋は弓を収めてしまう

男もまた、鏃を懐に大事そうに仕舞うと柔らかい笑みを作る

 

周りは二人のやりとりに呆気に取られ、周瑜は何故捕らえぬのかと黄蓋に言葉をぶつけるが

黄蓋は眼を伏せその言葉を流してしまう

 

「儂と戦うは自分では無いと言うことか、夏侯淵との戦い楽しみにさせてもらおう」

 

「ええ、では戦場でお会いしましょう。呉の義将、黄蓋殿」

 

眼を伏せたままの黄蓋の隣を男はゆっくりと歩を進め通り過ぎ、黄蓋の通ってきた道を義弟を連れて

扉から部屋を出ていってしまう

 

「な、逃すな捕らえよっ!」

 

「動くなっ、戦ならば騙される方が悪い。だが義を無くした王に誰が着いて行こうか」

 

眼を見開き、部屋に響き渡る声を上げると周瑜の声で動き出そうとする兵はビクリと身をすくめてしまう

 

「蜀と同盟をしたのならばそれでも構わぬ。王が決めたことならば従おう。だが儂ら呉は舞王に恩がある

恩を仇で返せば兵たちどころか民の信まで失う事になるぞ」

 

「此処で舞王を叩かねば魏に打ち勝つことは困難、それを解って居られるのかっ!?」

 

いつの間にか孫策の剣を抑えていた手は離れ、周瑜は叫び感情を叩きつけるように黄蓋に言葉を吐き出す

そしてそれでは収まらぬとばかりに黄蓋に詰め寄り、感情のまま襟首を掴むが

黄蓋は周瑜の眼を見たまま表情を崩さず動かない

 

「何を焦っておる公謹・・・いや冥琳よ」

 

襟を掴む手を優しく握り、優しい表情で諭すように話しかけると周瑜は少しだけ驚くように肩を震わせ

まるで悪事がばれた子供のように顔を曇ら顔を伏せてしまう

 

「何も、焦っておりません。申し訳ない祭殿」

 

「良い、先刻も言ったが王の決定ならば儂は従うまでよ」

 

周瑜は黄蓋に手を掴まれたまま顔を逸らしてしまう

 

「ふぅ、やっぱりあの人は面白いわね。冥琳に抑えてもらわなきゃ後ろから斬りかかってたわ」

 

見せることのない気落ちした姿を兵の前に晒してしまう周瑜に孫策は空気を変えるように

楽しそうに笑いながら二人に歩み寄り話しかけた

 

「策殿もそう感じられたましたか」

 

「ええ、見てこの手。呂布を前にした時とは違った感じ」

 

「はっはっはっ、戦で勝利した時には儂の副官に貰えませぬか?」

 

「ダメよ、あの人は私の側に置いて暇なときに舞ってもらったり手合わせしてもらうんだから」

 

汗で濡れた手を見せながら笑う孫策と黄蓋、そんな二人に釣られるように周瑜は顔を上げぎこちなく笑を作っていた

 

「さて、えっと諸葛亮だっけ?冥琳が聞いた魏の情報って?」

 

男が居なくなり落ち着き、温かいやりとりを少し離れた所で見ていた諸葛亮はいきなり話をふられ

「はわっ」と両手を胸の前で握り締め驚き、心を落ち着かせるように小さく深呼吸するその様子に孫策は笑う

 

「朱里で結構です。私からお渡しした情報は魏で袁術さんが生きて舞王の養子になっていること

許靖さんもまた生きていて、魏の客室に軟禁状態であると言うことです」

 

「私も雪蓮で良いわ。二つも嘘を付いていたのなら今助命したことで恩は返した事になるわね」

 

「その情報、真偽の程は?」

 

扉の外から話を聞いていた黄蓋が許靖の生首を拾い上げこれをどう覆すのかと首を傾げれば

孫策は生首の箱を受け取り、軽く宙に放ると腰の剣を抜き取り空中で真っ二つに切り裂く

 

兵や周泰は王の取る行動に驚くが、地面に落ちた生首を見て更に驚く

切り裂かれた生首から流れ出る液体は血のように見えるが、王がそこから拾い上げる眼球を

剣にぶつけ、カチカチと音を立てる姿を見て確信する。この生首はよくできたニセモノだと

 

「やっぱりね、なんとなく偽物の気がしてたんだけど、ここまで作りこまれてると本物と見間違えるわ

魏にはよほど優秀な医者と職人が居るのね」

 

「目玉がそのような音を立てて潰れぬなどあり得んからのう。情報は本物であったということじゃ」

 

それを見て安心し、魏は嘘を付き袁術を保護していたと兵たちはいきり立ち、我らは蜀と共に戦うと声を上げた

実に見事に義を失い下がりきってしまいそうな兵の士気を持ち上げる孫策と黄蓋に諸葛亮は

感心し頷いていた

 

 

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「あ、あの。申し訳ありません私・・・」

 

「良いわ、貴女は魏からあの人を連れてくるという大役をこなしたのだから、それにあの時動かなくて正解

もし動いて捕らえようとしていたら、あの人は何をしてきたか解らない。そういった怖さがある人だからね」

 

与えられた命令に動くことが出来なかった明命は咎められると思ったが、全く逆の言葉が返され

複雑な表情を浮かべていた。それを察してか、周瑜は済まなかったと優しく肩を叩いていた

 

「所で祭殿。あの時名を偽ったのは何故でしょうか」

 

「ふふ、偽った名を気づきながら流した事はさすがじゃ。あの慧眼は儂ら古き将は馴染み深いもの

【龍佐の眼】と呼ばれるモノで元々は宦官達が龍、つまりは天子様を補佐するために創りだした業じゃ」

 

「【龍佐の眼】・・・」

 

「代々陛下の真名には風が入る。今はどうだか解らぬが、【龍佐の眼】は守る対象、風の心は読めぬ」

 

呟き、頭にしみこませるように何度も頭の中で反芻する周瑜

諸葛亮も重要な話であると小走りに兵を掻き分け黄蓋のもとへと走りよっていた

 

「そしてもう一つ、風が入らずとも読ませぬ技が有る。其れが今やってみせたモノ、舞王は儂の動き

そして心は読めて居らぬはずじゃ」

 

あの目を破る業があるとの言葉に周瑜と諸葛亮は驚き、更に黄蓋へと歩み寄る

黄蓋は苦笑しながら言葉を続ける

 

「頭の中で何十と言う複数のことを同時に考える。儂ら古き将はあの眼を宦官の持つ眼を超えるために色々と編みだしたものじゃ」

 

黄蓋が言うには古き時代に武術の聴勁から派生し、創りだされた業であり戦で使えぬ眼ではあるが

強力であるということ。武官や文官達は、真の意味で命を賭して天子様に仕える宦官の【龍佐の眼】に嫉妬し

玉無しの眼と蔑んだ呼び方をしていたということ。其れにはさすがの周瑜も口をつぐみ、諸葛亮は顔を赤くしていた

 

「習得は容易いのにも関わらず他人の感情を読み取るほど強力、しかし得た後の代償が大きいのも特徴じゃ」

 

「代償とは?」

 

「強力すぎるんじゃよ。他人が傷つけば己が傷つくほどにな。じゃからその眼を持つものを殺すのは容易い

目の前で罪人の首でも刎ねれば死ぬじゃろう」

 

信じられないといった表情で黄蓋の話を聞く軍師二人

それもそのはず。男は今まで戦場に立つどころか、兵を率い、数多の敵を葬ってきたのだ

黄蓋の言うことが本当ならば、既に死んでいてもおかしくない

 

「言いたいことは解る。生きておるのは舞王の精神力が尋常では無いということじゃ

其れこそ己の死に耐えられるほどに」

 

「・・・習得が容易いとは?」

 

少しだけ顎に手を当て思案して、顔を上げる周瑜に黄蓋は首を振る

 

「やめておけ、得ても耐えられん。元々己の命を厭わぬ宦官が、天子様を守るために創りだした業じゃ」

 

「いえ、少しでも舞王の情報が必要ですから、祭殿お願いいたします」

 

真っ直ぐに顔を向ける周瑜に黄蓋はようやく少しだけ落ち着いたかと軽く息を漏らす

 

「あの目を得るには一年毎日百人様々な人物の面会をさせる。それだけじゃ」

 

「それだけ・・・」

 

「うむ、ただし一日として欠かさずにじゃ・・・そうか、あれは特進曹騰に育てられたのじゃったな

【龍佐の眼】の最後の持ち主だったはずじゃ」

 

思い出し納得する黄蓋。最後の大宦官、曹騰が授けた業を思う。何故舞王にあの眼を授けたのか

だが考えは直ぐに答えへとたどり着く

 

答えなど決まっている。天の御使である舞王を自分の孫、曹操を守るために、孫の夢を叶えさせるために

舞王に習得させたに違いないと

 

「業の深いことをするものよ・・・」

 

呟く黄蓋に周瑜は聞き返すが、なんでもないと首を振る

 

「ふーん、じゃあ戦場で私の動きを見たはずだし、その強力な眼で楽しませて貰えそうだわ」

 

隣で大人しく聞いていた孫策は楽しそうに笑い、まるで男との戦いを遊びに行くかのように話す

その姿に黄蓋は笑い、周瑜は呆れたため息を吐き、諸葛亮は乾いた笑いを浮かべていた

 

そしてこれで話は終わりと孫策は手をひらひらと振り兵を解散させる

周泰は迎えに来ていた呂蒙と共にこれから戦う事になってしまった魏との不安を抱え部屋の外へと出る

 

「それじゃ朱里、後で詳しく同盟の決まりごとでも作りましょう。まだやることがあるから客室でゆっくりしてて頂戴」

 

「はい、それでは失礼します」

 

ぺこりと一つ頭を下げると部屋から小走りに出て行く。周瑜は兵が居なくなり、諸葛亮も居なくなると

小さくため息を吐き、顔を少しだけ曇らせる。そんな表情に気がついているのか、黄蓋は去り際に周瑜の

隣に立ち、顔を見ずに話しかけた

 

「冥琳よ、一つだけ聞きたい。この選択は真に民を考えたモノか?儂にはそうは思えん」

 

「・・・民を、王を考えたものです」

 

「民を考えるならば、舞王が言ったように魏と組む道こそがではないのか?我ら呉は袁術の恨みなど耐えられる」

 

「我らは十分に耐えました、もうこれ以上は」

 

「そうか、武官である儂は都督であるお主に従うまでじゃ、やるからには全力で尽くそう」

 

黄蓋は歩を進め振り返らず扉の外へと歩いて行ってしまう。残された周瑜は黄蓋の後ろ姿を悲しそうに見送るだけ

眉に皺が寄る周瑜の隣に孫策は静かに立ち、手を握り笑顔を向ける

 

「大丈夫、私は貴女を信じるわ。これも私を思ってのことなんでしょう?」

 

「ああ、勝手に決めて済まない」

 

蜀との同盟を孫策に伺いを立てずに決めたことを、誰もいない二人だけの玉座の間で謝る周瑜を孫策は

優しく抱きしめ、その背を優しく撫でる

 

愛おしいものを大切に扱うように、優しく優しく

 

そして体を離し、ニッコリと微笑むと

 

「さて、あの人の本当の顔を見に行きましょう」

 

と言い出す。いきなり手を引き、走りだす孫策に引っ張られるまま走りだす周瑜

どういう事だ?と聞き返せば、彼の本当の素顔を見ることが出来るから、このまま客室の方に行きましょうと

いたずらっぽい笑みを浮かべる孫策

 

「客室に?もう既に舞王は」

 

「彼なら市の人たちに挨拶をして必ず客室に戻るはずよ。侍女に挨拶する為にね」

 

そんなバカな、奴は今先刻殺されそうになったというのだぞ!と驚く周瑜に私の勘を信じてと

客室へと走り、近づいた所で「やっぱり!」と小声で柱に隠れ、視線を向ければそこには

客室へ戻ろうとした諸葛亮と、同じく客室に足を進めていた舞王が対峙していた

 

「なっ!」

 

「し〜っ。フフッ、面白いことになっているでしょう」

 

「馬鹿な、朱里は殺されるぞ」

 

諸葛亮を守ろうとする周瑜の手を抑え、口元に人差し指を当て、子供のように好奇心いっぱいの笑顔を向け

大丈夫と言って柱に押しとどめる孫策。そして指を指し、耳を傾けろと手振りで伝えれば

周瑜は小声で危なくなったら止めに入るとだけ言って身を屈め柱の陰に体を潜めた

 

「貴様、兄者の思いを、戦を広め民を更に戦に巻き込む気か」

 

「・・・」

 

その場に居るのは諸葛亮と護衛の蜀の兵士三人。対するは一馬と舞王

一馬は腰に佩く剣の柄を握り締め、少しずつ間合いを詰めていく

 

対する兵士も槍を構え、諸葛亮を守るように体を間に滑り込ませる

諸葛亮は少しずつ後ずさり、逃走経路を視線を泳がせ探す

 

周瑜は諸葛亮が動いた瞬間顔を出し、兵を呼びつけ今度こそ客に無礼を働いたと言って捕らえようと

考えていたが、またしても舞王は予想外の動きをする

 

なんと、また先ほどと同じように一馬を制止、無防備に前へと進んでいくのだ

そして槍を構える兵士に止まれと言われてもなお止まらず、叩き伏せようとする槍を一馬が抑え込み

たやすく男の姿にすくみ上がる諸葛亮の目の前へと立つと、見下ろし首を片手で優しく握る

 

「劉備殿の理想の為に更に民を苦しめるのか、既に大陸を半分制した我らに抗うにはこれしか策が無かろう」

 

兵の一人が下がれと声をあげ、槍を構えるが男は意にも介さずただ諸葛亮を見つめる。そして

 

「貴様は俺の獲物だ、寝る暇さえも与えない。夜の闇に怯えろ、地獄の底まで追い詰めてやる」

 

甘い囁きのように耳元で言い残すと、ゆっくりと手を放し身を翻してその場から立ち去る男

 

残された諸葛亮は、そのまま微動だにせず眼から大量の涙をボロボロと零すと膝を地につき崩れ落ちる

 

柱に隠れていた孫策は、周瑜の顔を見て笑っていた。ようやく男の真の顔

雷のような怒りを持つ、大勢の民の怒りを体現したかの様な姿が見れたと

 

周瑜は、去りゆく男の後ろ姿を見ながら諸葛亮に視線を戻せばそこには

両手を地につき、嗚咽を漏らす諸葛亮

 

だがその眼は死んでおらず、歯を食いしばり袖で乱暴に涙を拭き取ると立ち上がり

男の後ろ姿を睨みつける強き心の小さな軍師が立っていた

 

 

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今晩は、絶影です

 

あとがき書きました

 

今回あとがき書かせて頂いたのは、昭王の事と名前のことです

 

96話で解っていただけた方や、既に分かっていたぜという方もいらっしゃると思いますが

彼の名は始皇帝の祖父から貰っています

 

当初、昭王の性格のままの人物にしようと思ったのですがあまりにも資料が無く

キングダムやwikiなどで想像し、固め、舞で表現という形を取りました

 

なので性格の一部、才能のある者を好んだ所や理想論者でもあり現実論者でもある両面性の

部分などを引き継いでいます

 

また、当初からわざと名の読み方を書かなかったのですが

みなさんはどう読んで居られましたか?

 

恐らくは夏侯昭で語感の良いショウと読んでいた方が多いかと

実は親しい者と他者で呼び方が違っていたりします

 

此処で読み方を出したのは、今後理由が解ると思います

今後もこんな分かりづらいものばかりだと思いますが、楽しんでくだされば

ありがたいです

 

今後とも異聞録をよろしくお願い致します><

説明
今回は舞の秘密や眼の秘密が出ます
ようやくここまでこれたと言ったところです

何時も読んでくださる皆様ありがとうございます^^

コメント等の返事は明日返させていただきます><
年末なので色々とイベントが多く、更に忙しくて
本当に申し訳ない
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コメント
ねこじゃらし 様コメントありがとうございます^^自分たちの理想を追い求めながら、時には手を組み裏切り、殺し合う。其れが三国志の楽しみの一つですよね、その中に沢山の人間模様があって、私の異聞録もそのようになるよう頑張っていきます><(絶影)
Night 様コメントありがとうございます^^さすが解ってらっしゃる。祭さんの素敵さを感じていただけて有り難いです><私の書く呉は祭さんが強い人物で書いてますので^^昭が今後どう動くのか、朱里は心強いまま居られるのか、ご期待ください(絶影)
KU−様コメントありがとうございます^^設定は色々有るんですが、其れを全て生かしつくして最後まで行けるか、自分自身にものすごく心配です^^;(絶影)
O-kawa 様コメントありがとうございます^^仰るとおり、この時点でまだ伏龍ですからねw活躍もしてませんし、仕方がない部分はありますが今後に期待をしてください^^(絶影)
aoirann 様コメントありがとうございます^^昭をかっこ良く書くことができたようで、ひとまず安心いたしました><今後こんな感じで行きますので楽しんでください!(絶影)
ツミリ 様コメントありがとうございます^^気に入っていただけてなによりです><戦もバッチリ決めさせていただきますよ!!ご期待ください^^(絶影)
ロンロン 様コメントありがとうございます^^仰るとおり読み取れません><人の思考は基本読まれるということは無いですから、無防備なのは当たり前で、読み取るのも単純な思考を読み取っていますから、マルチタスク〜なんてものを持たれると、読めないんですよね^^;人の作りし技の限界といったところでしょうか(絶影)
thule 様コメントありがとうございます^^( ゚∀゚)o彡°オッパイ( ゚∀゚)o彡°オッパイ!!(絶影)
M.N.F.様コメントありがとうございます^^龍佐の眼よりも知識で上にたっている部分がありますから、きっとずるいとおもうでしょうねぇ^^;知識だけでも十分すごいですから(絶影)
GLIDE 様コメントありがとうございます^^ショウでも間違ってはいません、他人と近しい人とでは呼び方が違う、というだけなので^^というか読みやすいショウと読みますよねやっぱり><(絶影)
Ocean 様コメントありがとうございます^^やはりショウと読んでいらっしゃいましたかw夏侯が付く場合はショウと、秋欄や華琳が呼ぶ場合はアキラなので、どちらも間違いでは無買ったりするんですがね^^:モデルの一つとして昭王でした、伏龍も私なりの解釈で話に入れさせていただきました><気に入っていただけてなによりです!(絶影)
これだから三国志設定は面白いなあと…三竦みのそれぞれが己が理想に殉じようとする様はワクワクしますな(ねこじゃらし)
更新お疲れ様です。祭さんが素敵過ぎる・・・。昭君の心中如何ばかりかと、そして折れなかった朱里が可愛くて仕方がありません(Night)
まあこの時点で「伏龍」なら罵りにもなりますわな。さーて劉備はどうなってるかな。(O-kawa)
きゃー昭さま、カッコイイ、惚れてしまいます(aoirann)
こういった展開、嫌いではありません。むしろ大好物です!!あとはバシッと戦場で決めてくれれば!!今後の展開楽しみにしています!(ツミリ)
そのまま「ショウ」と呼んでましたよ。いろいろな設定を明かされましたけど、昭の眼が鍛えて作られたものだとは思わなかった。しかも「風」の字を真名に持つ者だけでなく、マルチタスクを習得している人間も読めないとは。(龍々)
更新お疲れ様です?100話まで( ゚∀゚)o彡°あと4話( ゚∀゚)o彡°あと4話 (thule)
また面白い設定をwある意味、戦場が楽しみだ。(KU−)
アキラだったんすかwずっとショウだとww朱里使い物になるかな。そのうち折れそうな気がする。(GLIDE)
騙された―――!! ずっと「ショウ」と思ってたのに「アキラ」とは!? 昭のもう一つのモデルは秦の昭王だったとは、気付かなかったw 結局、赤壁の戦いは免れなかったか。戦が終わりと思ったら、また戦。民衆第一の昭からしたら、許せないものだろうな。朱里の「伏龍」という意味合いがカッコイイ。朱里、絶対にトラウマ+自己嫌悪になりそうだ(Ocean)
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