虚界の叙事詩 Ep#.12「雨天順天」-1 |
ユディト上空 リヴァイアサン内部 中央管制室
11月27日
6:32 A.M.(現地時間)
舞の目の前では、一辺が1メートルほどの直方体の青い物体が浮かび上がっていた。厳密
に言うとそれは物体ではない。それは立体の画面であり、等間隔に座標が3次元に表され、と
ころどころに白いポイントが浮かび上がっている。ポイントは球体で表されていて、その大きさ
は針の先ほどの大きさのものから、直径が3センチほどのものまで様々にあった。大抵は低い
位置に浮かんでいたが、中には画面の中ほどに浮かんでいるものもある。
舞達の乗った『帝国』の巨大な戦艦、『リヴァイアサン』と名付けられたこの戦艦は、現在、
《ユディト》の上空を航行中だった。
舞はロベルトと共に、戦艦内の中央管制室と呼ばれる場所にいる。
そこは、あまりに無骨なこの戦艦の外見とは異なり、白塗りの殺風景な作りの壁や設備で出
来上がっている。ただ、まだ完全に完成していなかったので、壁がむき出しの部分が多くあっ
たが。
全長が1キロほどもある戦艦は、あまりにも特異な存在。粒子の対消滅から得られるエネル
ギーで生み出される反重力で飛んでいる。しかも無数の破壊兵器、空母の数倍もの数と種類
の兵器を搭載しているこの姿は、混乱の渦中にある都市には、あまりに挑発的だと舞は思っ
ていた。しかし、現在の状況は仕方が無いものだ。
この戦艦を使用している理由は幾つもあった。そして、その理由の一つが、現在舞が覗き込
んでいる装置を搭載して、しかもそれを現地までいち早く持ち運ぶ事ができる事だった。
「現在、状態は安定しているようですが?」
直方体の画面を覗き見ていた舞は呟いた。
「はい。生命体が『力』を使った場合、それが肉体の上に変化を起こします。そしてそれが、体
温変化のように現れ、サーモグラフィーと似たような視覚映像として、私達は確認する事ができ
るのです」
もはや、未知の『力』、『能力』とよばれていたものも、機械で確認できるとは、ますます未知で
なく、身近なものになったなと舞は思った。
「この映像内で、一センチ以上のポイントは特異な点といえます。常人を遥かに上回る『能力』
を持った何者かが、現在《ユディト》の都市内に少なくとも100以上は…」
その画面のある装置を操作していたオペレーターの女性技師が、真剣な面持ちで舞に言っ
た。
「100以上」
舞は心の中では驚いていたが、表情や口調には出さなかった。
舞が覗き込んでいたのは、“特異エネルギー波探査装置”と簡単な呼び名では呼ばれる装置
だった。あらゆる周波数の電波、磁気、放射能でもない、特異なエネルギー波の位置と強さ
を、この装置は解析する。
正確には、エネルギー体自体ではなく、それが周囲に引き起こす化学的、物理的変化を読
み取るそうだ。
「はい、その数は、『帝国軍』内部にいる『高能力者』の人数とほぼ同数になります」
舞はそう言われると背後を振り返った。
「これで、間違いありませんね」
そう言いつつ舞は、自分の背後の椅子に腰掛けた皇帝に言った。彼は、いつもの恐ろしげな
表情で装置と舞の方を向いていた。
「ああ、間違いない」
皇帝は、舞の言葉を言い直して答えた。そして彼と舞は目線を合わせる。
「『ゼロ』はこの街にいます」
「その存在は、推定ではレベル15以上の大きさのポイントで表されるはずですが、現在この装
置にはそのようなポイントは示されていません」
オペレーターの女性が割り込んでいった。
「ええ、現れていないでしょう。ただ、今は、です。あの存在は、何かのきっかけが無いが無いと
本来の『力』は出さないのです」
舞がそう言った時だ。
突然、“特異エネルギー波探査装置”が、赤い色を示して警戒音を鳴らし始めた。その警戒
音は、サイレンそのもので、激しく管制室に鳴り響いた。思わず耳を覆いたくなるような警戒音
に、舞は思わず装置から飛びのいた。更に、立方体の画面を赤く照らされ、それは激しく点滅
し出す。そして、画面上には警告という文字が大きく現れる。
「一体何事です!」
舞は警官音に負けないくらい大きな声で尋ねる。
「緊急事態です!この機に、エネルギー体が迫ってきています!」
オペレーターが舞と同じくらいの声で言ってきた。
「『ゼロ』ですか?彼がこちらにやって来るのですか!」
舞は言い返す。
「ち、違います。反応はかなり小さい、しかしもの凄い数です。推定、1500、いえ、1600、ど
んどん増え続けています!」
その言葉に、舞は“特異エネルギー波探査装置”の画面を覗き込んだ。地表を現している座
標平面から、おぞましい程の数のポイントの群れが表れ、群がるかのようにして中心、つまりこ
の戦艦を現す場所まで向かって来ている。
「一体、何なんですか?こんなに沢山の数の反応は今まで無かったはずです!」
舞は群がる反応を目で追いながら言った。
「わ、わかりません!ただ、大勢の何かが、この機に向かってきているのです!数は2000を
超えました!」
「直ちに全て撃ち落すように連絡しなさい!」
「目標の確認は?」
「必要ありません!この機に連絡無しに迫る者は、敵でも味方でも全て容赦しないのです!」
舞がそう言った時だった。再び新たな警戒音が鳴り響く。
「一体、何事なんですかッ!」
そう叫びつつ、彼女はまた装置の画面を覗き込む。だが彼女は、その画面を見た時、驚愕
の表情を隠せなかった。
始めは、他の2000は超えるという小さなポイントに紛れ込んでいて、全く同じように見えてい
た。しかし、そのポイントはあっという間に目で確認できるほどの大きさにまで拡大していく。
「こ、これは、反応がどんどん大きくなって」
オペレーターがそう言っているうちにも、反応は大きく拡大していった。その大きさが直径10
センチになるまで、十数秒の時間もかからなかった。
「ただの反応とは思えません。しかもそれはこちらへと向かってきている」
「現在時速350km、まだ加速しています。このままこの軌道ではこの機に激突してしまいま
す!」
「すぐに艦内だけでなく、地上部隊にも連絡しなさい!目標は『ゼロ』です!恐らく、紫色の光を
放っています!」
舞がそう言う間もなく、立体画面上の反応は、あっという間に戦艦へと迫っていく。
「『ゼロ』」
皇帝がそう呟いたのとほぼ同時に、《リヴァイアサン》に、とても大きく、鈍い衝撃が走った。
ユディト市街地
地上のユディト市街地では、怪物に追い掛け回され、裏通りから表通りへと抜け出した『SV
O』の8人が、『帝国兵』に銃を向けられていた。
地響きが迫ってくる。表通りに立つ建物に振動が伝わってきて、上から塵がこぼれてきてい
る。
「おい、危ないぞ、この場所にいるとッ!」
登が仲間達に呼び掛けた。『帝国兵』達よりも重大な事があった八人は、その場から飛びの
いた。
「動くな!」
そう『帝国兵』達が警告するものの、同時に、大きな衝撃、そして地響きと共に、表通りの建
物が一気に崩れ、それは遮られた。
さらに、大量の砂埃と瓦礫と共に現れたのは、巨大な牛の姿をした怪物だった。裏通りの中
ほどでその身体は停止する。
その巨大なクリーチャーの姿を目の当たりにした『帝国兵』達は、なにやらわめき散らし出
す。
砂埃の中にあるその姿を見上げて隆文は呟いた。
「『帝国軍』の注意を巻くのには役立つが、こいつは俺達を追ってくる。しかも、建物を壊すなど
ためらいもしないぐらいの凶暴さでだ」
巨大な怪物は、道の中ほどで方向を変え、再びその顔を『SVO』の8人の方向へと向けた。
「どうするってんだ!そもそもオレ達はこんな化け物共にかまっている程、暇じゃあねえんだ
よ!」
浩がいきり立った。
「だけれども、この怪物さん達が、わたし達の追い求めているものと関係が無いとは言えなさそ
うね」
「どういう事だ?絵倫?」
「先輩!ぐずぐずしている暇は無い!」
もはや巨大な剣を、肩から提げていたサーフボードバックから抜き放った一博が、皆よりも前
に出て、目の前の巨大な怪物と対峙する。彼の目の前では、大きな車輪が、激しく回転してい
る。
「一博君、そんなに前にいたら危ないよ!」
見かねた香奈が彼に言った。一博の方は、巨大な怪物に剣を構えて対峙している。相手の
方は今にも突進して来そうな勢いだった。
「『ゼロ』を追う任務は全員が遂行しなくてもできる任務だ。おれ達を狙ってくるこの怪物共は誰
かが相手をしていればいい」
「だけれども!」
香奈がそう言った時だった。一博の目の前の、一つの建物ほどの大きさはあろうかという巨
大なクリーチャーが、8人の方に向かって突進して来ようとしていた。怪物の突進を逃げようと
してもすぐに追いつかれる。横に逃げようとしても、怪物の背後には『帝国兵』達がいる。
「もう手遅れだ!」
目の前に立っていた一博にとっては、もはや横に飛び退る時間すら無かった。まるで戦車が
スポーツカー並みのスピードで迫る迫力。一博はその目の前にいた。
彼の体が押し潰される。そう誰もが思いかけた時だった。
巨大な怪物の体が、真っ二つに切り裂かれた。
綺麗に切り裂かれたのではない。まるで、打ち砕かれたかのようにその肉体が、顔面から真
っ二つに切り裂かれたのだった。
その際、まるでガラスのような姿をした何かが、怪物の体を貫通するのを、その場にいた皆
は見ていた。
怪物の体が、切り裂かれた半分ずつ、路上に崩れ落ちた。さらには裂かれた部分の細かい
肉片も飛び散った上、赤い血もシャワーのように飛び散った。
一博がやったのではない。いくら彼ほどの屈強な者でも、建物ほどの大きさもある怪物を一
瞬の内に切り裂く事などとてもできない。
怪物の飛び散った肉片に、思わず飛び退った香奈は、崩れ去った肉体の先に見える人影を
見ていた。
『帝国軍』の中隊の中に立つ一人の人物。身長180センチという男がざらにいる『帝国軍』だ
が、その中でもとりわけ大きな存在感を示すその人物。緑色のコートのような軍服を着て、さら
にそのフードを被っている。だが、それでもその人物が女性であるという事は、体つきからして
も良く分かった。
「マーキュリー・グリーン将軍ね?」
その女性の姿を見た絵倫が言った。他の皆は、目の前の巨大なクリーチャーが一瞬にして
倒された事に唖然としているようだった。
「『NK』の調査では、『帝国軍』の『高能力者』の一人…。外見に似合わず、フェンシングとなぎ
なたの達人。しかも兵器法まで心得ているとか…。彼女よ。あのわたし達に情報を教えてくれ
たキングさんが言っていたのは」
そのマーキュリー・グリーン将軍は、ゆっくりとフードを被ったままの顔を上げてこちらに目線
を向けてくる。
彼女は両手で、長い槍のようなものを振り下ろし、そのままの姿勢を取っていた。女性が持
つには少し大きすぎ、重そうな槍。まさかあれで、たった一人の女の力で、あの巨大な怪物を
倒してしまったとでも言うのか。
直接倒す瞬間を見ていたわけではないが、香奈はとても信じられなかった。
フードの中に見えるのは、ウェットパーマがかかった長いブロンド、そして真っ白な肌と、高い
鼻。恐ろしいほどの美貌で、何よりも目を引いたのは、氷のような青い瞳だった。その目はどこ
か攻撃的で、それは絵倫のものとどこかしら似ている。だが、彼女の口元は少し緩み、何やら
微笑しているようだった。
「観念しなさい『SVO』の8人。あなた達はすでに包囲されているわ」
マーキュリーは、『帝国軍』一個中隊の最も前の位置に立ち、振り下ろした槍を元の位置に
構えた。
「し、しかし、グリーン将軍。確か国防長官殿の命令では、『SVO』は捕らえずに泳がすように
と」
側にいたさっきの大尉が、マーキュリーに尋ねてくる。
「『ゼロ』はすでにこの街にいるのは分かっているわ。だったら彼らにもう用はない。ただの国際
指名手配犯なのよ」
「は、はい。了解しました」
「お前達は完全に包囲されているッ!武器を捨てて投降しろッ!」
この街では今となっては日常茶飯事で言われている言葉を、大尉は拡声器で言い放った。
『SVO』の8人は、武器を捨てようとしない。もちろん投降しようなどという素振りは見せず、マ
ーキュリー達のいる方向から逃げ出そうとさえした。
だが、
「お前達は包囲されている!これ以上言う事を聞かなければ発砲する!」
彼らが逃げようとした通りの反対側からも、更に大人数の『帝国兵』が現れた。しかもそちら
からは戦車までも現れる。
「さあ、どう出るの?」
「は?」
まるで、楽しいものを待っているかのような声を出したマーキュリーに、大尉は困惑するのだ
った。
「彼らは、今までわたし達の敷いた包囲網を、何度も切り抜けてきた。今回はどういう手に出る
のかしらね?」
自分の方を振り向いて、不敵な表情をしてくる上官に、大尉は更に困惑するしかなかった。
『SVO』の方は一向に何の行動も示そうとしない。
「もういい。発砲しろ」
大尉はそれだけ言い放った。だが、それをマーキュリーが制止した。
「いいえ、止めなさい。どうせ弾を避けられるか何かされるだけ」
「避けられる、とは?」
『SVO』の、いや、それだけでなく、あらゆる者の持つ特殊な『能力』についてまでは知らない
一般の『帝国兵』上官。彼は銃弾を避けるという事が考えられない。
「彼らも急いでいる。しかも全員がここにいる。このまま、押さえていたらどうなるかしらね?」
マーキュリーはそう言い、『帝国兵』達に銃を構えたままにさせた。
「どうするんだ先輩?これじゃあ動けないぜ」
浩が呟いた。今では『SVO』の8人は、360度の方角から銃を向けられていた。これではさ
すがの彼らでも動きようがない。
「だからといって、大人しく武器を捨てて降伏なんかもできない。相手の出方を疑え。どうも、俺
達をここに足止めしたいみたいだな?俺達がどういった行動に出るのか、それを探られている
気がする」
隆文はそう皆に言った。彼らは背中同士を合わせ、周囲にいる『帝国兵』達と視線を合わせ
ている。
「わたし達も相手の出方を伺って、相手もわたし達の出方を伺っている、どうしようもないわね」
だが、その時、
「皆、見ろ。あれを」
登がそう言った。全員が彼の向いた方へと視線を向ける。
上空に、巨大な飛行物体が現れた。
まるで、海軍の空母をそのまま空へ浮かせたかのような巨大な戦艦。まるで針鼠のように無
数の砲台を備えた巨大な戦艦が、彼らの視界の中に入っていたのだ。
「な、なんだありゃあ!」
浩が騒ぎ立てた。
不思議と激しいジェット音のようなものは聞えない。だから、そんな飛行物体が近づいてきて
いたなど誰も気づいていなかった。代わりに、戦艦の下部に付けられた十数のヒーターのよう
なエンジンが、青白い色と、稲妻のようなものを放っている。それが動力のようだったが、そん
な動力は誰も知らない。
その戦艦が、ちょうど、通りの上空を通り過ぎた時だった。
「あれは!」
『帝国兵』の誰かが声を上げた。
巨大な戦艦と共に、現れたものがあった。それは、紫色の光だった。それはどんどん加速し
ていく。やがて、その光は紫から、青い色へと色を変えた。
「お、おい、ぶつかるぞッ!」
誰かが叫んだ。
戦艦に向かっていたその光は、まるで高速で杭を打ち込むかのように、戦艦の内部へと突入
した。
NK メルセデスセクター
11:44 A.M.(『NK』国現地時間)
『NK』の上空に浮かんでいる太陽は、その光を燦燦と都市に降り注がせていた。建物郡の
大画面の窓に反射されている光が、より一層この都市を明るくさせ、又は、太陽光発電のパネ
ル郡が、その日光をエネルギーに変換させてもいる。遠くの彼方、大都市の建物郡の先には、
水平線さえも見る事ができた。
そんな中、指名手配中の身である原隆作は、ただただ、待ち、身を隠している事しかできな
かった。
そう、外の爽やかな程の陽気に心を奪われている暇など無いし、心の余裕すらも無い。
彼の待つという行為にも、そろそろ限界が見え始めている。
防衛庁長官という、日ごろから国の全ての安全を任され、常に重大な責任と隣り合わせであ
った彼であっても、限界はある。
防衛庁の仕事をしている時は、周りからも正しい行い、そして重大な責任を担っている仕事
をしていると認められ、励ましてくれていた支援者達も多い。そして、将来も約束されていた。だ
から続ける事ができていたし、何よりも、『NK』の国民の安全を守っているという仕事のやりが
いが、彼をやる気立たせていた。
しかし、今となっては、自分の味方はほとんどいない。そればかりか、敵ばかりを多く作ってし
まったのだ。そして、将来すらももう無い。あるのは、いずれ自分は逮捕されるだろうという危
機感だけだ。
ただ、それでもこの国を真に訪れるである危機から救おうとしている。それだけが、彼を今の
行動に導いている。
隆作は締め切ったカーテンをちらりとだけ開き、外の様子を伺った。誰もいないように見せか
け、薄暗くしている部屋にとっては、差し込んで来る光は眩しかった。
隆作は、常に『帝国軍』の動きを把握していた。今では、『帝国軍』の海外での積極的な、もし
くは度の過ぎるほどの激しい動きは、この国でもトップニュースだったから、嫌でも耳に入ってく
る。
『SVO』は『ゼロ』を追う。『帝国軍』も目的は同じだから、彼らも軍と同じ場所にいる。昨日、
『帝国軍』は『ユディト』での活動を一気に拡大。かなりの人数の兵が送り込まれた。
つまり、『ゼロ』は『ユディト』にいる。『SVO』もそれを追ったはずでいる場所は同じだ。しかし
それでも、まだ『ゼロ』を捕獲したという連絡は『SVO』から入って来ていない。
『ゼロ』を容易に捕らえる事ができないのは、隆作も良く知っている。彼らにさえ荷が重かった
かもしれない。
まだしばらく、隆作の逃亡生活は続くようだ。
そう思うと、隆作はため息をつきながらカーテンを閉め、部屋の方をため息をつきながら振り
返った。
その時、彼は自分の目の前を何か小さいものを過ぎったのを知った。
ほんの小さな何かが素早い動きをしていた、多分蠅か何かだろうと隆作は思った。
だが彼はその考えを踏みとどまる。この部屋の住人である島崎は、部屋を不潔にしているよ
うな者ではないし、隆作のいる部屋も、暗く、カーテンを閉め切った状態ではあるものの、整理
され、清潔な客間となっている。
そのような部屋でも、蠅が紛れ込んでくる事もあるだろう。
しかし、隆作は何かおかしいと思った。ここ数日で研ぎ澄まされた彼の緊張感と、不安、そし
て疑心が、その蠅を不審に思わせた。
隆作は、その蠅らしきものをさっと手で捕まえた。
奇妙な感触だった。昆虫にしては、その体はあまりに硬すぎた。更に、もろい金属片を押し潰
したような音も聞こえた。
蠅らしきものを捕まえた手を広げ、隆作はそこにあるものを覗き見た。
そこには、細かな金属の破片や、何かのパーツがあった。それは、隆作が握った事で潰れて
壊れてしまったらしい。
隆作は思い出していた。いや、むしろ常識的に知っていたという方が良いかもしれない。蠅ほ
どの大きさの遠隔操作ロボットに小型カメラを載せ、盗聴や監視がいくらでもできるという事
を。
隆作は、手に汗が浮かび、震えてくるのを感じた。
自分は監視されていたのだ。完全に身を隠していたはずなのに。
確かに、いつかはこの場所がバレ、自分が逮捕されるだろうとは思っていた。しかし、もしか
したら、自分はかなり以前から監視されていたのかもしれない。そして、信頼をおいていた島崎
でさえ、すでに自分を裏切っていたのかもしれない。
隆作の行動は早かった。彼は全てを疑い、すぐに部屋を飛び出していた。島崎は上院議会
に行っていて、今は留守にしている状態だ。だから、彼は誰にも気付かれないうちに、高層マ
ンションの一室を飛び出していく事ができた。
自分は、監視をしていたのであろう小型ロボットを壊してしまった。つまり、監視者にもそれは
気付かれている。すぐさま彼らも行動に出る。それよりも早く、隆作は行動に出なくてはならな
かった。
部屋を飛び出し、殺風景な廊下に出たとき、彼は人の声を聞いていた。
「気付かれたようです。映像が途切れました」
「すぐに彼を逮捕する」
さっと側にあった通路の脇に身を隠す隆作。
ほぼ同時に、2人の黒服の男が姿を見せ、さっきまで隆作のいた島崎の部屋へと向かってい
った。
警察の公安部の者達だと隆作は直感した。彼らがずっと自分を追っていたらしい。しかも、自
分は泳がされていたようだ。いつでも逮捕ができたような言い方を彼らはしている。
なぜ自分を監視するのか。『ゼロ』の事をかぎつけた連中が、自分がどのように動くのか監視
しているのか。いやそれとも『SVO』か。『SVO』の事を彼らは知りたく、そして『SVO』を逮捕し
ようとしているのか。だから、自分が彼らと連絡を取るまで泳がされていたのか。
『SVO』の情報。それは隆作が肌身離さず持っているディスクの中にある。彼らの経歴や、住
所、連絡先、全ての情報を防衛庁から持ち出してある。
黒服の二人が行ってしまうと、隆作は、すぐにこのマンションを降りていこうとした。だがここ
は52階。エレベーター以外では地上階まで降りていけない。
「何?部屋にはいない?」
聞えてきた声に、隆作は自分の動きを止めた。物陰から顔をそっと出し、背後を振り返ると、
さっきの男達が戻って来てこようとしていた。
「すでに部屋を出て行ったらしい」
「マンションの監視カメラを全てチェックしろ」
彼らは、無線で連絡を取り合っているらしい、行動も手早い。部屋の確認も手早かった。やり
手の刑事達だ。
隆作は周囲を見渡した。マンションの監視カメラは、天井の片隅に設置されていた。それが
彼の方を向いている。
それに見られている気がした彼は、すぐその死角であろう場所に入った。そして、よりかかっ
た扉の先は、マンションの非常階段になっていた。物陰に隠れると、ほぼ同時に、さっきの男
達がまた引き返してきた。
しかも、彼らは非常階段の方へとやって来ようとしていた。
「まだそう遠くには行っていないはずだ」
「下にも連絡しておけ。マンションを包囲する」
非常階段の扉をすでに開け、その中へとすでに入っていた隆作は、すでにその階段を駆け
足で下の方へと降りていっていた。
52階の高さを階段で降りていく事はできない。隆作のように初老に手が届きそうな年齢の者
にとってはなおさらだ。しかも、刑事が背後から追いかけてきているというのだ。
彼らが非常階段の扉を開ける音が聞こえてきていた。
「階段で下へと向かったらしい」
「まさかこの階数を下まで降りていくとは思えない。どこかでエレベーターに乗るか、どこかに身
を隠すか」
一人の警官が無線に口を近づける。
「こちらは52階、容疑者は下へ向かったと思われるが、まだこの階付近にいるかもしれない。
数人の応援を要請する。我々はエレベーターで下へ戻り、容疑者が来るのを待つ事にする」
その連絡を聞いている原長官は、刑事達が思っているよりも遥かに側にいた。
目立たない位置にあった、扉というよりも蓋といえる中に原長官は身を潜めていた。非常階
段にあった、換気口。その一人の人間がやっと入れるというくらいの場所に、彼はやっとの思
いで身を入り込ませているのだった。
彼はすぐに行動に出た。どこに続いているかも分からない換気口の中を、ゆっくりと音を立て
ないように這っていく。
ほぼ孤立無縁となった彼を今、助けてくれる者は、もはや自分自身しかいないのだ。
リヴァイアサン 帝国戦艦
6:50 A.M.(『ユディト』現地時間)
赤い警告灯が鳴り響く中、舞は倒れていた身を、エネルギー波探査装置の取っ手につかまっ
て元の体勢に戻した。艦内が激しい衝撃に襲われた事により、大きく機体は傾き、それによっ
て、皆がその場から投げ出されたのだ。
かなりの衝撃だったが、舞はとっさに受身を取り、特に怪我も負っていなかった。
「『ゼロ』は!この艦内にいるのですか!?」
オペレーターも床に倒れていて、今ようやく身を起こそうとしている所だった。彼女は急いで舞
と共に、特異エネルギー波探査装置の立体画面に見入る。
白い巨大なポイントは、装置の画面の丁度中央で制止していた。他の群れ上がっている細か
いポイントは相変わらず地上から向かって来ていたが、今ではそれが増えるような事にはなっ
ていない。およそ2000のポイントが向かって来ている。
中央のポイントが何を意味しているかは、舞は良く理解していた。
「ま、間違いありません!この艦内にいます」
焦った声でオペレーターは舞に言った。
「すぐに艦内の兵に出動命令を出します!探査範囲を絞って、艦のどこにいるか分かるように
しなさい!」
舞がそう言った時だった。
「C−7ブロックで火災発生!C−7ブロックで火災発生!付近の作業員は直ちに消火活動に
向かいなさい。繰り返します」
警報音と共にアナウンスが鳴り響いた。
「C−7ブロックです。あの付近を中心に探査しなさい」
すぐさま状況を判断して舞は指示する。
「アサカ国防長官!」
「何ですか?」
別のオペレーターが舞を呼んだ。機体の状態を監視している男性だった。
「第7エンジンが停止しています。第28と29番砲台の誘導ミサイルも使用不能になっている状
態です」
彼の目の前の画面では、赤い画面に警告と現れ、機体の損傷箇所が緻密な図と共に表示さ
れていた。
「航行に支障はありますか?」
「機体の速度は低下します、また、高度も下げる必要があります。誘導ミサイルに関しては他
に90基ほどの砲台がありますので」
すると舞は平然とした表情で答えた。
「では、このまま航行させなさい」
「は?」
「航行に特に支障は無いのでしょう?だったらこのまま私の指示に従いなさい」
「りょ、了解しました!」
舞が少し冷たい口調で言うと、オペレーターはすぐに彼女の指示に従った。
彼が行動に出た事を確認した舞は、警報装置のけたたましい音が鳴り響く中、一部始終を
黙って見つめている、『皇帝』、ロベルトの方へと近寄った。
「『ゼロ』を艦内から外へ出せれば、人気の無い砂漠の上空などで、高威力原子砲を使用する
事は可能です。現に、かつて核実験が行われていた施設跡が、我が軍の戦後処理で発見さ
れ」
「上手くいけば良いがな?」
舞の言葉を遮るように『皇帝』は言った。
「放射能汚染が広がる範囲なども、周辺の気候から判断し、瞬時に計測する事も可能です。適
切な場所で、しかもパワーを押さえて使用する事ができるのが、高威力原子砲の大きな利点で
すから」
「あの『ゼロ』を、どうやって艦の外に追い出すのだ?」
ロベルトは、いつもの冷静な口調で舞に言った。
「それは、それは私の仕事です。何しろ、この艦は、核弾頭にも匹敵するほどの危険な放射性
物質を積んでいます。万が一の事があるならば、この艦もろとも消し飛び、大変な惨事になっ
てしまうでしょうから」
「そうか。だが、艦が吹き飛べば、同時に『ゼロ』も葬り去る事ができるだろうがな?」
『皇帝』のその言葉には、舞はどう答えるべきかとても迷った。彼のその言葉は、自分の命の
事を気にしていない。そればかりか、この『リヴァイアサン』に乗り込んでいる者、地上の都市に
住んでいる者達の事、さらには、『帝国』の威信までも。
「確かにそうでしょうけれども。『ゼロ』の危険性を、本当に知る者が我々しかいない以上、もし
そのような事が起きた場合、『帝国』は多大な責任を負う事になるでしょう。我々はそれを避け
るべく、この戦艦と共にここに来ました」
舞がそう説明すると、ロベルトはうなずいた。
「確かに、その通りだ。だが、そのような結果も生まれなくもない。君は『ゼロ』について、多分
あまり知らないだろうからな」
『皇帝』のその言葉に、舞は更なる戸惑いを隠せなかった。
「何を言いたいのです?それに、それだけの危険を知りながら、なぜここまで来たのですか?
あなたは『皇帝』です、本来ならば自分の身を案じるべきです」
「今は自分の仕事に集中するのだな」
そのように言われてしまうと、舞は何も言い返せなかった。その時、オペレーターの一人が舞
の方を振り返り、緊張した面持ちで言って来た。
「国防長官に皇帝陛下。C−7ブロックに向かっていた部隊から通信が入りました。まもなく目
標に到達するようです」
「私に代わりなさい」
舞は素早く歩み寄り、奪い取るようにして通信機を手に取った。
「こちらオメガ班!只今C−7ブロックに到達しました!すぐさま目標の確認に向かいます!」
オメガ班の部隊長は、とても落ち着いた口調で言ってきた。
「目標を確認しても、決して手出しをしないようにしなさい!状態だけ確認するのです」
舞がそう言った時、通信機に雑音が入り、その言葉は相手に届かなかったようだ。
「はい?何でしょう?上手く聞き取れません!」
舞は切迫した。彼女は改めて言葉を繰り返す。雑音に阻まれてしまい、舞にはどうしようもな
かった。
確か、前にもこのようなことはあった。『ゼロ』が接近していた時の事だ。彼の放つネルギーで
無線が麻痺してしまう。ちょうど、核爆発が起きた後、電波や電気機器が全てダウンしてしまう
ように
「良いですか?決して彼を刺激してはいけません!」
「目標を確認しました。こちらに向かって来る。止まる様子はありません!」
案の定、舞の最も強調したい部分だけが、部隊長に届いていない。舞は更に焦った。この『リ
ヴァイアサン』には、原子力発電所並みの放射性物質を積んでいる。何か強い衝撃を加えら
れたら非常にまずい。放射能が漏れるだけならまだ良い方だ。核爆発が起こる危険性も常に
ある。
兵士の使う武器ならばそのような心配は無い。だが、『ゼロ』となると話は違った。
「止めなさい!決して刺激を与えてはいけません!」
だが、オメガ班の部隊長に、それは届かなかった。電波がおかしくなっている。
「止むを得ん!発砲しろ!」
「止めなさいッ!」
直後、舞は耳をつんざくような銃声を聞いた。舞の声はそれにかき消されてしまう。
オペレーターはとても緊張した面持ちで舞を見、通信を聞いている。ロベルトはじっと舞を向
いているだけだ。
「今すぐに制止しなさい!危険です!」
だが、直後に舞の声に覆いかぶさって来たのは、雑音の中に混じった銃声ではなく、強烈な
爆発音だった。
その音を、ヘッドフォンで聞き取っていたオペレーターは、思わずそれを外し取った。
「オメガ班、応答しなさい!オメガ班!」
だが声は返って来ない。完全に雑音だけになってしまった。
「国防長官!」
特異エネルギー波探査装置を管理しているオペレーターが呼び掛けた。
「何ですか!?」
「艦内に侵入した巨大なエネルギーが、一瞬だけ爆発的に大きくなりました。一瞬だけで、現在
は安定しておりますが」
「そうです、分かりました」
「どうやら、最悪の展開になって来たようだな」
ロベルトがそれだけ呟くのを、舞はちゃんと聞いていた。
ユディト シャイターン
6:44 A.M.
横からの衝撃で、大きく機体のバランスを崩した巨大な艦体だったが、すぐにそれは空中で
体勢を立て直し、元通りに航行を続けた。
「おい、今の光を見たかよ!」
浩が仲間達に呼びかけた。皆が彼と同じ方向を向いている。彼らを取り囲んでいる『帝国兵』
も同じだった。
「今の光の色、間違いなく紫色だった。いや、あの機体に飛び込む少し前に青に色が変わって
いたな」
隆文が答える。彼は目線は空飛ぶ艦体へと向いていたが、前にいる兵士達に警戒は払った
ままだ。
「『ゼロ』は、予想以上に近くまで迫ってきていたみたいね、あと問題は、どうやってあの艦体に
乗り込むかよ」
「ああ、それも、あいつがどっかに行ってしまうよりも前にな」
絵倫と隆文は口々に言い合った。
「それよりも前にだ。先輩。目の前にいる『帝国兵』達を一体、どうするか、だ」
そう言ったのは一博だ。彼は隆文と絵倫の反対側で、剣を構えて『帝国兵』達と対峙してい
る。
「『帝国』の奴らなんざぁ、軽く乗り切ってやるぜ!」
浩は意気込む。拳を鳴らす浩に対し、何人かの兵士が引き金を引こうとさえした。
「ええ、そうだと良いけれど」
絵倫は、マーキュリー・グリーン将軍と丁度目線の合う位置に立っていた。彼女は、目深く被
ったフードの中から、絵倫に視線を送っている。
マーキュリーは、この兵士達の中で、最も強い存在感を放っていた。高官だから兵士に指示
を出しているからという事ではない。彼女にはどこか、他の兵士達とは違う存在感が放たれて
いた。
巨大な牛の姿をしたクリーチャーを一撃で倒したのは、マーキュリーかもしれない。
それは、とても、人ができない芸当だ。
だが、彼女と面と向かって対峙していると、それも当然の事のように思えてしまうから不思議
だった。
「おい!ぐずぐずなんかしていられねえぜ!とっととこの場を切り抜けねえと、『ゼロ』さんがど
っかに行っちまうかもしれねえ!」
浩がいきり立つ。彼は今にも『帝国軍』の一個中隊に飛び込んでいきそうな勢いだった。
「ああ、行動は早い方がいい」
太一もその気だ。彼は、既に警棒を構えている。
「ねえ、皆、ちょっと待って!何かさっきから様子がおかしいよ!」
だが、香奈はそんな中、一人不自然な気配を感じていた。
周囲から感じられる不自然な気配。『ゼロ』のものとは違っていた。幾つもの方向から、無数
の気配を香奈は感じていた。数えられる数ではない。
「何だってんだ香奈?」
と、浩。
「待ちなさい。本当に不自然な気配を感じるわ。しかもとんでもないくらいの数ね。さらに言うの
なら、向かってきている!」
感覚の鋭い絵倫も、香奈と同じように気配を感じたようだ。
「何だって?」
隆文が絵倫の表情を伺う。
「だから、『ゼロ』とは別の気配が近づいてきているのよ。しかも無数にそれは感じられるわ」
絵倫のその言葉に、『SVO』の中に新たな緊張が走る。
「さっきの猫共みたいな奴じゃあないのか?」
嫌々しく浩が尋ねた。
「そうかもしれない。でも違う気もするわ」
通りの先の方を見つめる絵倫。彼女の目線はそこに立ち塞がる『帝国兵』達ではなく、その
先の何かを捕らえようとしていた。
やがて、通りの風景に変化が現れる。大通りを流れてくる空気、その流れが急激に変化し
た。次いで、通りの先の方から、何か、青いものが迫ってきた。
それは、幾つもの青い何かだった。かなり速いスピードで迫ってきている。しかも数も相当
で、群れを成して迫ってくる。
『帝国兵』達もそれに気付いたようだ。『SVO』の8人よりもそちらへと注意がそむけられる。
「何かヤバイッ!」
隆文がそう叫び、8人は新たなる脅威に身構えた。
大通りを猛スピード。車よりも速いスピードで、青い何かが宙を滑空しながら飛んでくる。その
大きさの一つ一つは鳥くらいの大きさ。しかし、それは数千程の群れを成してやって来ている。
一気に距離を詰めてくる群れ。
「皆、伏せろ!」
仲間達に呼び掛け、隆文はとっさに地面に伏せた。残りの7人の仲間達も一斉に身を伏せ
た。
普通ならば、銃を向けている『帝国兵』達に発砲される。だが、そのような事は無かった。彼
らも身を伏せ、迫ってくるものから身を守らなければならなかった。
それらは、猛スピードで彼らの頭上を通過していった。青い影が次々と、ジェット機のような衝
撃を起こしながら通り抜けていく。さらに、その青い影は、汽笛のような音の、鳴き声を発して
いた。
「見たかよ。これ、全部、鳥だぜ」
上空に通過していくものを見た浩が言った。まるで、青色のペンキを筆で何重にも引いたか
のような光景だった。残像を残すほどのスピードで飛んで行っている。今、頭を少しでも上に上
げる事はできない。衝撃はカッターのように鋭いようだった。空気の流れがそう示している。
「ああ、鳥のような姿をした何か、だ」
登が答えた。
彼の弾丸の軌道さえもはっきりと読み取れる目には、連続した残像でしか見えないような青
い影の一つ一つが、しっかりと認識されていた。まるで、鴉のような容姿の青い鳥達が、群れで
飛んでいた。しかもその鳥達は、一羽一羽の個体が、全く同じような姿をしている。さらには、
真っ青な体色、翼は金属と一体化したような姿。瞳はエメラルドの宝石を埋め込んだかのよう
になっており、鳥の姿こそしていたが、それが鳥であるかどうかは分からないものだった。
群れの勢いは一向に収まらない。汽笛のような鳴き声を次々に発しながら、青い色の鳥は、
大通りを飛び抜けていく。『SVO』にしても、『帝国兵』にしても、このような状況では、全くどうし
ようもなかった。ただ鳥の群れが通り過ぎていくのを待つしかなかった。
「しかも、分かっている?この鳥達の向かっている方向は、あの戦艦よ。『ゼロ』のものらしき光
が飛び込んでいった、あの戦艦へと向かっているのよ」
鳥達が向かっていっている方向を向いていた絵倫が言った。
「さっきの猫達といい、この鳥達といい、ただ者じゃあない。しかも、まるで皆が『ゼロ』に引き付
けられているかのようだ」
一向に収まらない群れに動きを止められながら隆文。
「この数、数百、いや、数千はいっているか。どうするんだ先輩?こんな状態じゃあ、全く身動き
が取れない!」
大きい肉体を何とか地面に伏せながら一博。
「それは俺も考えている。だが、このまま頭を上げたら、この鳥達のスピードに切り裂かれるだ
けだ。しかし、『帝国兵』達も、俺達と状況は同じだ。もしかしたらこの場を切り抜けるチャンス
かもな?」
微笑しながら隆文は言う。
「これのどこがだってんだ!この鳥の群れ、一向に止まないぜ!何だってんだ。全くよ!信じら
れねえ数だぜ。こんなじゃあ、ほふく前進しかできねえじゃあねえかッ!」
声を荒立てる浩。そうしなければ、汽笛のような鳥の鳴き声に声をかき消されてしまうのだ。
「待って皆。この鳥達が飛んできている方向から、別の何かが迫ってきているわ」
突然に絵倫が言った。
「何だって?待ったくよ!次から次へと一体何が起こっているってんだ、これはよ!」
そう浩は悪態をつくのだった。
「向かって来るのは大通りの先の方から。数は3つ。大体、時速100キロの速さで接近して来
ているわ」
絵倫は、自らの能力で大通りの空気の流れを敏感に感じる事ができる。鳥以外に迫ってきて
いるもの、その何かの気配を分析をした。
「それで、具体的にどんな感じのものだ?」
頭上で高速で飛び進んでいる鳥達に注意しながら、隆文は尋ねる。
「そうね、生き物って感じじゃあないわ。動きも自然的ではない。大きさは小型の車、いえバイク
くらいで、まるで、ヘリコプターのような動き。地面よりも高い位置、大体2、3メートル上空を飛
んできている」
とりあえずは、この青い鳥の姿をしたクリーチャーは、自分達に襲い掛かっているわけではな
い。それだけは『SVO』にとっては良かった。しかし、新たに迫ってきている何か。それは、先
ほどの牛の姿のクリーチャーのように、『SVO』に襲い掛かるようなものかもしれない。
8人の緊張は増した。
「おい、あれじゃあないのか?」
登が仲間達に呼び掛けた。
彼の目線の先では、そこで、青い鳥の群れが大きくその数を減らしていた。そこが、飛び交う
鳥達の群れの最後尾というところなのだろうか。数羽のクリーチャーが群れに遅れて飛んでい
るだけで、今までの部分に比べ数はとても少ない。まるで激流のように流れていた群れも、よう
やく終わるという様子だった。
その後を追うかのようにして、バイクほどの大きさの何かが、低空を飛び、鳥達を追跡してい
た。
明らかに機械だった。スノーモービルのような形をし、それが低空を飛行している。それもか
なり速いスピードを持つ。機体の下部には、青白く光るヒーターのような装置が付けられてい
て、それが時々火花を発している。人がその上に乗り、その乗り物を操縦しているらしい。
しかも、その乗り手は『帝国兵』の姿をしていた。飛んできている乗り物も、よく見れば『帝国
軍』のロゴマークが入っている。
「ありゃあ、確か。フライング・ホッパーっていう、『帝国軍』の最新兵器だ。まだ開発中だって話
だったが」
隆文が呟く。
「変わった乗り物だな。あんなに低空をプロペラ無しで飛んでいやがる」
と、浩が言う。
「おれ達が知らない間に、色々ハイテクになったな。あの空を飛んでいる大きな戦艦だってそう
だ」
半ば感心したかのように一博が言った。
やがて、鳥達の後を追跡していた、フライング・ホッパーなる帝国軍兵器は、その機体下部に
装備されていた、重厚な機関砲を発射し始めた。
狙いは、鳥の姿のクリーチャー達だった。激しい銃撃音が鳴り響き、フライング・ホッパーの
操縦者は鳥を撃ち落し始める。
機関砲の弾丸は、高い位置を通過しているので、地面に伏せている兵士達や『SVO』のメン
バー達には命中する事はない。だが、その機関砲の銃弾に撃ち抜かれた鳥は、その一撃だけ
で、まるで砕かれたかのように肉体を粉々にされていた。
また、鳥達から狙いが外れた弾丸も、周囲の建物の壁を粉々に破壊さえしていた。看板など
はものの2、3発で木っ端微塵になった。
「凄い破壊力」
香奈は、機関砲の威力を見て驚いていた。看板が粉々になるのを見ると、自分達の方に流
れ弾でも飛んでこないかと気が気でない。
「ああ、ただの機関銃の破壊力なんてものじゃあない。相当な重機関砲だな。あんなんじゃあ、
車だってあっという間にバラバラにできるだろう」
と、隆文が言った。
次々と撃ち落されていく鳥達。3機のフライング・ホッパーは、『帝国兵』や『SVO』の上空を一
気に通過していった。
今まで、大通りを大量とも言える数の鳥達の群れが進んでいたが、それは止み、鳥達の発し
ていた汽笛のような鳴き声も離れていく。
「やっぱり、あの戦艦の方へと向かっていくわ」
絵倫が、鳥達が飛んでいった方向を見て言った。
数千ともいえる青い鳥達は、まるで激流のように群れを成しながら空を飛んで行き、その方
向はまっすぐにあの巨大な戦艦の方向だった。フライング・ホッパーも、その後を追い、重機関
砲を乱射している。
その銃声が激しく鳴り響いていた。
「あ、また来たよ」
沙恵は、絵倫とは反対側を向いていた。彼女は、先ほど鳥達が飛んできた方向を見て、そこ
からまた2台のフライング・ホッパーが飛んできているのを知った。
「ち、後続部隊か!奴らがオレ達を見つけたら、さっきの牛見たいにしつこく追ってくるぜ」
鳥達の襲撃に怯み、地面に伏せいていた『帝国兵』達もようやく起き上がり、再び『SVO』の
存在を思い出して来ようとしていた。まだ彼らの中には状況を判断できていない者もいる。
「何している!隊列を元に戻せ!」
『帝国兵』の中の誰かが、ようやくさっきまでの状況に気付いて叫んだ。
『SVO』の8人は、思わず身構えようとした。だが、彼らの中から一人だけ飛び出し、『帝国
兵』の方向へと走っていこうとする。
それは太一だった。彼はただ一人だけで、『帝国兵』達のまだ整い切っていない陣形に飛び
込んでいこうとする。更にその方向は、新たなフライング・ホッパーが飛んできている方向だっ
た。
だが、彼の向かっていく方向には装甲車もいるし、兵士達もすぐに銃を構えようとしている。
一人だけ飛び込んでいき、それを蹴散らそうとするのはあまりに無謀だった。
「そ、そこで止まれッ!動くな!」
兵士の言い放つ制止などものともせず、太一は、『帝国兵』達に向かって一直線に飛び込ん
でいく。
しかし、彼は兵士達と戦うというつもりではなかった。ただ、兵士達の間をすり抜け、目にも留
まらぬ隙に、まだ兵士達が起き上がらぬうちに、彼らの間を一人だけで突破した。彼の素早い
フットワークには、『帝国兵』も銃の照準を向けるのが間に合わない。
彼は、『帝国兵』達を突破し、そのまま走り続けた。だが、逃げようとしていたのではない。太
一の前方には、空飛ぶスノーモービルを思わせる、『帝国軍』の最新兵器、フライング・ホッパ
ーが迫ってきていた。
「あいつは何をする気だ?」
太一の行動に疑問を持つ一博。
太一は、目の前に向かってくるフライング・ホッパーに正面から走っていく。
その操縦者も彼の存在に気付き、怪しい者は排除するように命じられているのか、銃機関砲
の照準を太一の方向へと向けた。
銃声が響き、高威力の銃弾が発射される。だが、その直前に太一は、目の前に迫ってきて
いるフライング・ホッパーめがけて、跳躍をした。
フライング・ホッパーの操縦者は、彼の常人離れした跳躍に驚きおののく。太一は優に10メ
ートルの跳躍をし、手に持った警棒を振り下ろしながら、フライング・ホッパーの上へと飛び移
った。
振り下ろされた警棒に一撃を食らった操縦者は、機体から転げ落ちる。
「太一はあの機で、上空の戦艦へと乗り込むようだ」
頼もしい様子で隆文が言った。
フライング・ホッパーは太一を乗せたまま飛び続ける。彼は即座に、コックピットに付いていた
操縦桿を握り、その体勢を立て直した。
太一を乗せた機は、『帝国兵』達のすぐ真上を通過する。
その様子を見ていた香奈は、たまらず自分も跳躍の体制を取った。
「な、何をする気だ?」
一博が香奈に尋ねるが、彼女は答える半ばにして行動に出ていた。
「太一一人じゃあ心配。あたしは彼についていく!」
そう言い放つと、香奈はその場で大きく跳躍した。そして、ちょうど彼女が飛び上がった瞬間
に、太一の乗り込んだフライング・ホッパーが空を滑空して来た。
フライング・ホッパーの機体下部には、ヘリコプターようにスキー板のような並行盤が二つ並
んでいた。それに香奈は、高速道路を走る車ほどのスピードで突っ込んでくる機体にぎりぎり
の所で捕まった。
「おお、危ねえな」
そんな香奈の行動を見た浩が、頼もしいものを言うかのように言った。
「しかし、彼女も太一と同じように、大胆な行動に出るようになったわね」
絵倫が言った。
香奈は、かなりのスピードで空を滑空するフライング・ホッパーに、必死でしがみついていた。
機体は思っていたように不安定で、一見並行に滑空しているように見えても、何度も振り落とさ
れそうになった。
「だ、大丈夫なの、かな?」
心配そうに沙恵が呟く。揺れる機体に合わせ、左右に揺れ、振り落とされそうになる香奈に
気が気でなかった。
機体は、ちょうど『帝国軍』の、マーキュリー・グリーン将軍がいる辺りの上空を通過していく。
彼女達は、ただ通り過ぎていくその機体を見上げるしかなかった。
太一はフライング・ホッパーのスピードを緩めようとはしない。しかも、ぎりぎりの所で香奈がし
がみついているというのに、返ってそのスピードを加速させた。その時の反動で、彼女はまた
振り落とされそうになる。
さらに太一は、機体の高度を上げた。また香奈は反動で手を離しそうになるが、また何とかし
がみついた。
「ちょ、ちょっと、降ろさないの!?ねえ!ねえ!あたし落ちちゃうってば!どこへ行こうって言
うの?」
香奈は慌てて言った。太一が自分をお構いなしに、フライング・ホッパーを上空の戦艦へと目
掛けている。任務を優先する気持ちは香奈も同じだったが、いつ振り落とされるか分からず、
気が気でなかった。
だが、呼び掛けにも太一は答えようとしない。ただ高度を上げ、フライング・ホッパーを加速さ
せる。さっきの鳥の群れへと追いつこうというような勢いだった。事実、どんどん青い影に近づ
いている。
太一はすでにフライング・ホッパーの操縦を心得てしまったようだ。自由自在にとはいかない
ようだが、大体の操縦は、彼は操縦桿のようなものを握っただけでも、大体理解できるらしい。
そして不思議だった。
太一は、フライング・ホッパーの進む先を、上空に向かう巨大な戦艦の方へと向けていた。ま
るで、彼は何かに惹かれるように。
説明 | ||
巨大国家の陰謀から発端し、異国の地へ。世界を揺るがす大きな存在が、いよいよ主人公達の目の前に現れようとしています。 | ||
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