彼女
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 その時、彼女は僕より高い所にいたから堤防か何かに登っていたんだろう。

 「私ね、夢があるの。」

そう言う彼女の向こう側に夕日に照らされた造りかけの建物が見える。僕達がここにいない頃に大きなショッピングモールができるそうだ。

 「誰もが知ってるようなすごい歌手になるんだ。」

そういう彼女はとても力強く見えた。

 「すごいね。」

僕は続ける。

 「僕も君みたいに強くなれたらいいのに。」

将来のことをぼんやり考えるといつも憂鬱になる。僕には夢も目標もない。

 「ううん、あなたのほうがずっと強いよ。私なんかよりずっと。」

 「そんなこと…」

返した言葉は途中で遮られた

 「私は誰よりも弱いからこの道を選んだの。」

僕は何も言えなくなった。僕には彼女の思っていることは分からないし、なによりその言葉はどうしようもなく彼女の本心のように聞こえたから。

 「寒いね、そろそろ帰ろっか。」

 「…そうだね。」

なにか言いたかったけど、それが浮かぶほど僕は長く生きてなかったし、何も知らなかった。

その日の帰り道、彼女はいつもより僕の前を歩いていた。

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ジュースを飲みながらだらだらチャンネルを回していると、どこかの研究所が新技術やらを完成したというニュースが目に入った。

 「へー、すごいな。」

遠い場所のこともこうして分かる。便利な世の中だ。

 「さて、仕事に備えて早めに寝とくかな。」

明日は早朝から会議がある。遅刻するわけにはいかない。あの課長、人が遅れてきたときはガミガミうるさいんだよな。自分の時は笑ってごまかしてるくせに。

ピリリリリ

布団に入る前に携帯が鳴った、母親からだ、なんだろう。

 「もしもし、どうしたの。」

内容はまぁ、元気でやってるかとか食べ物を送ったとかそんなところだ。

 「うん、心配しなくてもいいよ、大丈夫、母さんも体に気をつけて。それじゃ…ん?」

切ろうとしたところを止められた、母が言ったことが胸に隙間風を吹かせた。

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彼女は、もうこの世にはいなくなってしまった

なんでだろうと思った。強くて、歌がうまくて、希望にあふれていて…なんでだろう。なんでかな。ぐるぐると思考が回った。

普通にしか生きられない弱い僕じゃなくて、なんで彼女なんだろう。

なんでだろう。なんでなんだろう。

つけっぱなしのテレビからキャスターの声が流れた。「開発されていた大型ショッピングモールが完成し…」

 「…」

 「私は誰よりも弱いから」

あの場所を思い出した。あの姿を思い出した。あの言葉を思い出した。

 

…今なら、あの言葉の意味が、分かる気がした。

 

きっと彼女は普通に生きることに耐えられなかった。

 

何も無い自分に耐えられなかった。

 

普通に仕事をして普通に生きて行くことが怖くて仕方がなかった。

 

弱くて儚かった。

もしもあの時、僕がそれに気づいていればなにか変わったんだろうか、変わっていたのだろうか。

 

…やめておこう。そんなことを考えても仕方がない。

頭を切り替えよう、切り替わるわけはないけど切り替わったことにしよう。

友達に連絡を入れる。ピリリリリ

「ごめん。今週の連休実家に帰らなくちゃいけなくてさ。」

連休は彼女に会いに行こう。勝手にいなくなったことに文句を言ってやろう。仕事の愚痴を言ってやろう。

そしてあの時言えなかったことを言ってやろう。

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                  やっぱり君は強い人だよ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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