SF連載コメディ/さいえなじっく☆ガール ACT:2 |
衣替えになったばかりの半袖学生服は、二の腕にそよそよと吹く風こそ心地良いものの、片手に学生カバン、片手に食材の重い荷物を提げてひたすら坂道を上る夕美はすでに汗だくだった。
運動神経は悪くないのだが、もともと短距離型というかスタミナのあるタイプではなかった。むしろ今の家に越したためにやむを得ずやっている山道通いのおかげで、なんとか今の体力があるようなものなのだ。
奇妙な実験でヒトサマに迷惑かけないために、人里離れた場所に研究所を作るという考えには賛成だが、なんだって自宅まで不便な場所に作る必要があったのだろうかと、事ある度に恨めしく思う。いくら考えても、父親がズボラしたくてそうしたとしか考えられないからだ。
じっさい、自宅と研究室は別棟とは言ってもわずか10メートルと離れていない。にもかかわらず、食事と眠る以外には居住区へは戻ってこないのである。
原付バイクの免許取得も考えないではなかったが、こういう状況でなかったなら野山の散歩みたいなこの道のりも嫌いじゃない。道ばたに生える野草の四季折々の移り変わりも、途中のつづら折れあたりで樹々の間から見え隠れする下界の街の眺めも大好きだった。
とはいえ、それもこれも今のような場合ではそんな余裕さえもなく、ただただ地面に不規則に埋まっている大小の石ころを数えながら、えっちらおっちらと汗をしたたらせながら一歩でも前へ進むことしか頭になかった。
いっそ、父親なんかほっといてワンルームでも借りて自立しようかとも思ったこともあったが、危険なのはむしろ目を離すと何をしでかすか判らない父親のほうこそ危ないのだ。それこそヒトサマにどんな迷惑をかけることになるかを考えると、唯一の肉親として監視の責任を放り出す気にはなれなかったのである。
事実、夕美が生まれる以前から、父親の耕介のハタ迷惑な実験のせいで何度も住まいを引っ越すハメになっていたらしい。
それが今の家に移って、ようやく落ち着けて数年になる。本当は、以前の住環境ならばもうとっくにまた引っ越さねばならないような騒動を何度も起こしているのだが、そこは野中ならぬ山頂の一軒家の強みでほとんど人に知られずに済んでいるのである。
先にも触れたが、夕美は耕介が何を研究しているのかは知らない。ただ、実験のせいの近所迷惑だけは何回か体験している。
部屋の中を曲がりくねったガラスの管で縫うようにつなぎ合わせた何本もの試験管やフラスコの中で怪しげな薬品をゴトゴトぶくぶくと煮立てて、とんでもないニオイの煙でマンション中を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えたことがある。
かと思えば、部屋いっぱいに積み上げた怪しげな装置から、この世のものとも思えない奇怪な音を出して近所中の動物という動物を失神させたり、無数のチューブやら電線を繋いだ大きな樽に、一般家庭ではとうていありえない高圧電流を流した挙げ句に轟音と共に破裂させ、床をぶち抜いてあわや階下の住民を押しつぶしかけて震え上がらせたこともある。
今思えばよく死人や怪我人を出さなかったものだ。
だが、そんな怪しい研究と迷惑な実験のなかから何らかの役立つものが生み出されているからこそ、個人の研究所を山に構え、ハタから見れば“悠々自適、のんびり発明にいそしむ科学者センセイ”をやってられるのだろう。
それが薬学なのか、電子工学なのか、数学、物理学、考古学、いったい何をやっていて何を成したいのか。娘から見ても耕介のやっていることは得体が知れない。ヒトサマにさえ迷惑をかけなければ良いのかもしれないが、夕美にしてみればとにかく今以上には目立ちたくないという気持ちが根底にある。
山の上の一軒家に父親と娘だけで住んでいるというだけでも物見高い連中には奇異に見えるのに、おまけに父親はその家に籠もりっきりで怪しげな研究をしているけったいなハカセだそうだ…なんて、昔の子供向け特撮番組の設定じゃあるまいし、ウワサ好きの暇なおばさんたちにとってはこれ以上の好餌はないだろう。
だから日曜の午前中など、夕美が在宅なのを狙い澄ましたように隣家の主婦が汗をかきかきやってくる。当人は健康ハイキングのつもりかも知れないが、せっかくの休日を朝からたたき起こされたのでは夕美の方がたまらない。
新聞はネットやテレビがあるから取っていないのだが、たとえ山上の一軒家で1キロ以上離れていても隣家は隣家だ。だから町内会というのがあって、“お隣さん”が市政だよりやら回覧板など、口実を設けては届けにやって来るのである。
息も絶え絶えになりながら「こ、こんにちわ、や、や、山の上は涼しいわね、はい、か、回覧板。ふう…娘さんもたいへんねえ…」とやくたいのない会話を仕掛けつつ、謎の多い父娘の私生活や過去をなんとか知ろうとあからさまな探りを入れてくる。目的は見え透いているので、夕美の方も遠路の来訪をねぎらって家に招き入れたりなどは絶対にしない。
この手合いに一度でも気を許せば永久に取り憑かれる事を夕美はこれまでの経験で身に染みて知っている。だから「ええ、はあ、まあ」程度の最低限の接触で済ます。
彼女らが街へ帰って同類との井戸端会議で「あそこの娘は愛想なしだ」といわれようとも、そこから波及して悪意あるデマを飛ばされたとしても、他人のゴシップだけが楽しみで残り一生を過ごすような輩なら想像力なんてたかが知れている。だから可能な限り情報をシャットアウトするほうが得策だと考えていた。
それにしても、これほどしんどい坂道をくだらない噂のネタを見つけるためだけに毎週のように上ってくるオバハンの根性だけはたいしたもんだ、と夕美は石段になっている最後の坂を上がりながら感心せずにはいられなかった。
〈ACT:3へ続く〉
説明 | ||
フツーの女子高生だったアタシはフツーでないオヤジのせいで、フツーでない“ふぁいといっぱ?つ!!”なヒロインになる…お話。 | ||
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