真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版22 |
朱染めの剣士が作成した霊亀の見取り図。
その一部をここに記す。
霊亀の全体図。図面には彼が書き記したであろう言葉が残されていた。
前、横、横(甲羅解放時)が大まかに描かれており、人間は勿論、呉軍が有する帆船ですら小舟に見えてしまう。
甲羅解放時の図面では内部から現れる巨大な射出器が描かれていた。
射出器は平常時は折り畳まれ、霊亀の内部に収まっている。
発射態勢に移行すると装填された巨大な弾が磁力を帯びる。
電磁力を利用して射出器の上を滑走するように発射される。
射出器は言うなれば電磁砲。
電磁砲より撃たれる弾は大気圏を突破してきた直径二十キロメートルの巨大隕石と同質の破壊力を持つ。
大陸全土は一瞬で超高温で焼け、人間は誰一人生き残れない。
そして永劫、人間が住めない場所へと変わり果てる。
現実ではあり得ない設定。
だが、外史では一度設定されてしまえばそれが現実となってしまうのだ。
第二十二章〜君は誰がために
来るべき決戦に備え、雪蓮は国に大号令を放つ。
その大号令に国中の兵士達は荒れ果てた建業に召集される。
呉軍が戦いの準備を開始してから三日後。
「東沖に謎の巨大亀が突如浮上したと、地元の漁師達から報告が来ました」
と一人の兵士からの一つの報告で城内は慌ただしくなる。
ついに女渦が動き出したのである。
日の出と共に、建業の港から百を超える呉軍の大船団が東の沖へと出港する。
数刻後、建業より東の海の沖。
「前方に巨大な影を確認!!」
周囲を監視をしていた兵士が監視台から大声で報告する。
船上にいた者達はその声に反応し前方に目を凝らす。
その影を見た多くの者達がその正体に目を疑った。
船と形容し難い、それは甲羅を背負い、全体から鈍い輝きを放つ。
小島並みの巨大な亀を模した、全身を鋼で覆ったその姿は正に要塞。
その巨大のせいか、波が横からぶつかろうが流されることは無く、常に定位置に固定していた。
現代の我々にとって鉄の塊が海上に浮かぶのは普通の光景だろう。
この時代の人々にはその光景は超常現象の類に映るだろう。
「信じられん・・・。あんな鉄の塊が海の上に浮かんでいるとは・・・」
開いた口が塞がらない愛紗。
一体どうやってあれと戦えば良いのか検討すらつかない。
「だが、戦わずして逃げるわけにもいかんであろう?」
と愛紗の横に並ぶ星。
一見穏やかな様相だが、女渦に二度も煮え湯を飲まされ、心無しにか怒りが滲み出ている。
「それにしても、本当に大丈夫なのか?」
「それだけはお主に言われたくはないな、愛紗よ?」
「うぐ・・・」
星の身を案じるも呆気なく論破される。
愛紗の心配は無理もない。数日前まで外史喰らいの傀儡兵として操られ衰弱しきってきたのだ。
病み上がりで出陣するにはあまりに大規模の戦。
だが、それは星だけではなく、愛紗にも等しく言えることだった。
「すでに紫苑達、弓兵部隊が臨戦態勢に入っておる。今更引き返せると?」
「・・・そにしても、侵入出来そうな場所など見当たらない。
おうとつの無いあの壁ではよじ登る事も叶わん」
「ふむ。それについては冥琳殿から今回の作戦について書かれた書状を承った」
「書状・・・?」
不思議そうに星の方を見る。その手には二つ折にされた一枚の紙。
星はその紙を愛紗に手渡す。
愛紗はその紙を広げ、中身を確認する。
「ねぇ冥琳。これ本当に上手くいくの?」
別の船に乗っていた雪蓮は今回の作戦の考案者に尋ねる。
「上手く・・・か。
いつものことだが、紙に描いたように事が進むとは微塵も思ってはいない」
冥琳はおもむろに黒い立方体を取り出すと、そこから立体の見取り図を出現させる。
立方体の横の仕掛けを動かし、見取り図の情報を変えていく。
「こいつのおかげで要塞内の事は把握できた。
とは言え、向こうも当然抵抗をしてくるだろう。我等の侵入をそうやすやすと許さぬはずだ」
「あなたがそれを言っては身も蓋も無いわね・・・」
「他に侵入出来る場所がないのだから仕方ないでしょ?
後は、あの中に潜伏している彼に期待でもするしかないわね」
「最後も彼に頼るわけか。
まぁ、今までだって彼に頼りっぱなしだったし、今更かしらね・・・」
「そんな情けない声を出さないで。
あのような代物を見てしまって、ただでさえ兵達の士気が下がっているのに」
「分かってるわよ。だから誰もいない所で出しているでしょ?」
「・・・全く。お前がそんな調子では、蓮華様に王の座を空け渡す日も近いな」
「蓮華に?まぁ、私はそれでいいけど・・・」
「雪蓮・・・」
「あら、私は冗談で言ったつもりは無いわよ。
私のするべき事はもう二年前に終わっているのだし・・・。
そろそろ潮時なんじゃないのかなって・・・ね。」
「その歳で隠居する気?良い御身分だことね」
「その時は、あなたも一緒よ」
「やれやれ、それは・・・冗談ではなさそうね」
「・・・これが、作戦だと?」
作戦内容が書かれた紙を見つめながら愛紗は星に尋ねる。
「そうだ。何か不満か?」
「いささか、いや無茶が過ぎるぞ。とても周喩殿が立てたものとは思えない」
作戦内容を読んだ愛紗は率直な感想を言う。
それを聞いた星は少し呆れた顔をする。
「そういう作戦しか立てられなかったのだろうさ」
「甲羅が展開した後にそこから中に潜入するだと!?
これはどういう意味だ!あの背中がぱかっと開くのか?!」
と、そう書かれている部分に指を指摘する愛紗。
「どう開くのかは知らぬが、あの鉄壁が鉄壁でなくなる瞬間があるのだろう。
無論、それは向こうも何かを仕掛けてくる、とも言えるな」
「・・・つまり」
「この作戦、時間との勝負にもなりそうだ。ほれ」
星は愛紗に手渡した物。
それは長い縄が携帯しやすいようにまとめられ、その先に爪が結び付けられている鉤縄であった。
「これで要塞の中に潜入しろ、と言う事か?」
「潜入は少数精鋭で行くそうだ。お前も隊の中から何人かを選りすぐって、事の内容を伝えとくのだぞ」
そう言い残し、星は自分の隊の方へと戻っていく。
しかし、その足取りはどこか覚束なく、いつも軽妙に立ち振る舞う彼女らしくない。
対して、愛紗も胸の傷をなぞるように手で擦る。
双方共に全快とは言えない状態。だが、戦いから逃げるわけにはいかなかった。
海上要塞に近づく呉の大船団。
不思議な事に向こうに何ら動きが見られない。それがかえって不気味さを助長させていた。
「向こうはまだ動かない・・・」
別の船の甲板にて待機していた蓮華が一人呟く。
「蓮華様、潜入部隊の編成が完了しました」
蓮華の背後に現れた思春が片膝をつき彼女に報告げる。
「ありがとう」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
報告を終えてもその場から動かない思春を不審に思う。
他にも報告する事があるのだろうか、と思春に声をかける。
「蓮華様・・・いえ、何でもありません」
思春は何かを言いかける。だが、その直前に何かを憚り、慌てて言葉を噤んでしまった。
「・・・言いなさい」
蓮華は思春に命令する。
戦前に不要なわだかまりは命を落としかねない。
故に、蓮華の声は一段階低く、威圧的な雰囲気を乗せていた。
はぐらかす事は出来ないだろう、思春は迂闊な自分を恨み、観念したように口を開いた。
「・・・蓮華様は、あの男をどう思っていらっしゃいますか?」
「それは・・・」
「過ぎた事だとは重々承知しています。
蓮華様があの男にどのような感情を抱こうとも私には預かり知らぬ事。認めも咎めも致しませぬ。
・・・ですが、今のあなたを見ていますと、奴に傾倒し過ぎているように思えます」
「・・・・・・」
「奴にかまけて御身を疎かにしないかと、懸念していた次第です」
「・・・そう」
「申し訳ありません。やはり過ぎた物言いでした。お忘れ下さい」
そう言って、思春は深く頭を下げた。
「いいわ。貴女がそう言うのだから間違いないのでしょう」
蓮華は体の中に溜まっていた古い空気を吐き出した。
「違う、と言えば嘘になるわね」
「・・・・・・」
「私はきっと彼の戦い、その結末を見届けたいのだと思う。
・・・おかしな話よね。
何で私がそこまで気に掛けるのか・・・自分でも分からない」
蓮華は困惑していた。
自分の中で蠢く得体の知れない感情に。
彼に対する同情なのか、それとも純粋に彼のことを。
「蓮華様・・・」
ブオオオオオオオオォォォオオオオンーーーッッッ!!!
思春が何かを言いかけた瞬間。
それは腹の奥底にまで響く、まるで生物の鳴き声の様な豪音。
その音の発生源は大船団が向かう先、海上要塞だった。
轟音が鳴り止んだ後、要塞が動き出す。
甲羅の形を模した部位の下層が少し手前に飛び出すと、次に上層が下層に隠れる形で下方へずれていく。
最期に残った甲羅の頭頂は、頭側から蓋を開ける様に上昇。
ある一定の高度まで上昇すると他の部位が細々と動作、頭頂を固定していった。
「蓮華様!」
思春が声を発する。同時に雪蓮がいる主船から銅鑼の音が聞こえる。
それは戦いの始まりを告げる音。
蓮華、思春に緊張が走り、顔が引き締まる。
「行きましょう」
「御意!」
建業から出港してから三刻、太陽が南中を通過しようとする時であった。
呉の大船団は鋼の要塞・霊亀を挟むように左右に別れる。
要塞の甲羅部位が解放され、内部が露出した箇所から潜入する。
そんな無茶な作戦を実行するべく、各船の精鋭数十が待機する。
「随分と派手に開いてくれたではないか。
これなら思いのほか簡単に乗り込めそうだな、愛紗よ」
「本当にそうだと良いがな」
「向こうだって我々を簡単には乗せるつもりなど無かろう。
無駄賃で乗船しようとものなら海に落とされても文句は言えまい」
「ふっ、そうだな。海に落とされても助けてはやれぬからな」
「ふっ、その言葉。そっくりお主に返そう」
甲板に出ていた愛紗と星が彼女たちなりの激励の言葉を互いに交わす。
「気を付けてね、二人共!」
紫苑は二人の身を案じる。
二人の隊の船に隣接する船の甲板には紫苑が率いる弓兵隊が待機していた。
「ああ、お主もな紫苑!!」
「我々が生きて帰れるよう、祈っておいてくれ!!」
紫苑の役割は霊亀に潜入する者達の援護である。
乗り込もうとすれば間違いなく迎撃される。
その時、登っている最中はどうしても無防備になってしまう。
そこで弓兵隊・工作部隊が後方展開、潜入部隊の援護に回る事となった。
霊亀の真横に各船がつける。
それを合図と言わんばかりに、外壁に向かって鉤縄が一斉に投げられる。
鈎爪が外壁に引っ掛かった事を確認すると、縄を伝って次々と霊亀の外壁をよじ登っていく。
ザシュッ!!!
「うわぁああああっ!!!」
外壁を登っていた兵士の一人が下へと落ちていく。
その上の外壁にはその縄を切ったであろう全身黒尽くめの傀儡がいた。
しかし、紫苑が放った矢がその傀儡兵の胸を貫き、そのまま海へと落ちていった。
外壁の上は瞬く間に傀儡達が群がる。
潜入部隊を乗り込ませないと鉤縄と切り、矢を放ち、油を落として火をつける。
そして、別の傀儡兵が要塞から外へ次々と飛び出していく。
こちらの側の船に乗り移ると弓兵部隊、工作部隊に襲いかかる。
それを食い止めんと、船に残っていた突撃兵や槍兵達が彼等を死守する。
外壁を挟んだ攻防戦が展開される。
そんな中、一足先に外壁を登りきった愛紗は背中に携えていた青龍偃月刀を手に取る。
「はぁあああああああっ!!!」
愛紗が放った横払いで複数の傀儡兵が吹き飛ばされる。
「もたもたするな!早く登り切るんだ!」
愛紗が兵士達に檄を放つ。
それに呼応するように、兵士達は登る速度を上げる。
「でぇえええいっ!!!」
少しでも多く登りきれるよう愛紗は襲いかかる傀儡兵達を偃月刀で斬り伏せ奮戦する。
「愛紗!先に下に降りるぞ!」
そう言って星は一足先に要塞内へと降りる。
すでに潜入部隊の大半が要塞内へと潜入を成功させていた。
他の船の者達も被害は受けつつも、着々と要塞内へと潜入していく。
それを確認した愛紗も遅れて要塞内へと降りていった。
「はぁあああああああっ!!!」
神速と謳われる突きの連続が放たれる星。
だが、一体の傀儡兵が突きを剣で弾くと、別の傀儡兵が星に襲い掛かる。
星は龍牙の柄を背中に回し、その柄で傀儡兵の一撃を凌ぐ。
また別の傀儡兵が振り下ろした剣を今度は龍牙の刃で退けた。
数回の剣戟の後、十数の傀儡兵は星から距離を取り攻撃の機を窺う。
「ほう・・・、中々に良い反応をする。そうでなくては張り合いがないというもの!!」
十体以上の傀儡兵を相手に、星は攻守ともに無駄のない動きで対処していく。
蝶の如く舞い、蜂の如く鋭い技を放つ。
その動きに、今までにどれ程の人間達を見惚れさせた事だろう。
しかし、一体の傀儡兵が攻撃の合間を狙って星の背後を取り、剣を振り下ろす。
「でやぁああああああっ!!!」
ザシュゥウウウッ!!!
それは外壁上から降りると同時に放った愛紗の一撃。
星への攻撃は不発に終わり、傀儡兵は叩き伏せられた。
「ふんッ!!!」
一時的に連携を失った傀儡兵達を星はすかさず切り捨てる。
「遅れて来た詫びのつもりか?」
「詫び?何の事だ。
私はただ窮地に陥っていたお前を助けただけだ」
「ほう・・・、言うではないか」
戦闘前も戦闘中も変わらず軽口を叩き合う二人。
その様子からは満身創痍であるとは到底分からないだろう。
何十体もの傀儡兵に囲まれ、互いに背を向け合う二人。
「囲まれてしまったか」
「それほど人気があるのだろう。良かったな、愛紗」
「それは喜んで良いのか?」
「勿論だろう。そして人気者には人気者の務めがある。きっちり果たすのだぞ!」
そう言って、星は先んじて敵の包囲網へと突っ込んだ。
「一体、どの立場で!!」
悪態をつきつつ、愛紗も包囲網へと突っ込む。
ブォォォオオオオオオーーーッッッ!!!
「・・・っ!」
要塞・霊亀が再び鳴く。
先程と比べるとやや大人しめのそれは甲板を振動させる。
「愛紗殿!星殿!!」
「助太刀致します!!」
そこに現れたのは明命、亞紗と彼女達が率いる兵士達であった。
「そちらも無事に潜入出来たようだな!」
銭闘の最中ではあるも明命達の姿を見つけた愛紗は安著する。
「はい。ですが、この揺れは・・一体?」
亞紗はこの揺れの原因を愛紗達に尋ねる。
「分からん。一体何が・・・」
「ん!?お主達、あれを見ろ!!」
星は指を指す。愛紗達は彼女の指が指す方向へと目を向ける。
ブォォォオオオオオオーーーッッッ!!!!!!
「きゃあっ!!!」
「蓮華様!!」
四人が合流していた一方、反対側の外壁から侵入していた雪蓮達。
突然の揺れに蓮華は体勢を崩し倒れてしまった。
思春が側に駆け寄ると、そこに雪蓮と冥琳も現れた。
「大丈夫、蓮華?」
「は、はい・・・何とか」
苦痛に顔を歪めながらも大事がない事を伝える蓮華。
そして周囲を見渡す。外見の大きさに似合わず、中は意外に何も無い。
ただ、その中央に何か得体の知れない巨大な建造物が立っているのみであった。
そして、その建造物が動き始めたのだ。
最初に建造物の土台が迫り上がり、建造物が外壁の外へとその姿を露にした。
「な、何よあれ・・・?」
横にいる冥琳に尋ねる雪蓮。
「自分が分からない事をいちいち私に聞くな」
そこに傀儡兵達が陰から飛び出し雪蓮達に襲いかかる。
「あぁもう、次から次へと!!」
雪蓮達は眼前の敵を迎撃する。
様々な方向より現れた傀儡兵達によって、敵味方が入り交じる混戦状態となる。
「ごほっ!!」
「ぐぎゃあ!!」
兵士達は陣形を維持できず、次々に倒れていく。
ザシュッ!!!
その時、一体の傀儡兵の胴体を片刃の剣が貫く。
ザシュッ!!!
ザシュッ!!!
今度は二体の傀儡兵が斬撃を喰らい、骸となって地面に倒れる。
混戦の中、朱染めの剣士は隙間を縫うように駆け抜け、傀儡兵を斬っていく。
彼の介入により、雪蓮達は傀儡兵達を掃討する事に成功した。
銭闘が終了し、血濡れた片刃の剣を一払いすると雪蓮達の方を見る。
「・・・無茶を、する」
さすがの剣士も雪蓮達がこんな方法で侵入して来るとは思ってもいなかったのであろう。半ば呆れ気味に言う。
「あら、悪い?」
雪蓮は不敵な笑みで答え返した。
「いや・・・、君達らしい」
なので剣士も不敵な笑みで答え返す。
「それじゃ、今のは褒め言葉として受け取っておくわ」
雪蓮がそう言った後、剣士はある方向を指し示す。
「この先に、要塞、の中枢・・・部屋が、ある。
女渦が、何を、企んで、いるか・・・分かる、かも、しれない」
朱染めの剣士はその場を去ろうと彼女達に背中を向ける。
「あなたは、どうするの?」
蓮華の掛け声に剣士は足を止める。
「奴を、探す。ここ、にいるはず、だが、姿を、現さない。
それ、が返って、・・・怪しい」
「そう、分かった。気を付けて」
「・・・」
蓮華と簡単なやり取りを済ませ、朱染めの剣士はその場を去っていく。
「・・・何だかやけに親しくなっているわね、何かあった?」
雪蓮はにやにやと揶揄うように蓮華に尋ねる。
「・・・っ!?こんな時に、何を言い出すのですか!」
こんな時に何をと言いながらも、頬を赤らめる蓮華。
「雪蓮。ここは増援が駆け付ける前にこの場から離れるべきだ。
何よりそれを聞くのは野暮だ」
「そうね」
「姉様!私は別に彼とは・・・!」
「彼が言った通りならば、この先に何か重要なものがあるのだろう。
そこで女渦の目的を明らかにしておこう」
「そうしましょうか。行くわよ、皆!」
「聞いているのですか!あなたはっ!!」
蓮華を放って話を進める雪蓮と冥琳であった。
「・・・ここかしら?」
雪蓮は部屋の中を見渡す。
朱染めの剣士の教えられた通りに進んでいくと、一室の部屋の扉に辿りつく。
その扉に手を掛けようとした瞬間、扉は勝手に開く。
目に入った部屋の中は異質そのもの。
見た事もない物に溢れ返るその様に雪蓮達は目を丸くしていた。
現代風で言うコントロールルーム。
外からの光が入らない構造となっているため全体的にうす暗い。
少し肌寒いこの部屋の壁には多種多様な映像が映っている。
その手前には操縦桿といった機材などが一定の間隔で横に並べられ画面が発光している。
冥琳は恐る恐る画面に手を触れる。
「不思議な絵だ・・・。
紙や竹簡とは明らかに違う素材の上に描かれているようだが、固定的なものでは無いようだ」
そう言って、冥琳は画面の右上に映る『REIKI』という文字を指で触る。
すると映像が一瞬にして霊亀の見取り図に変わる。
これには冥琳も驚かされた。
さらに続けて今度は右下に映る『situation』という文字を触れる。
すると、霊亀の見取り図の上に重なる形で新たな映像が写し出される。
「成程。この絵の文字を触ると絵が変化するのか・・・」
新たな映像には『Filling rate 52%』という文字が書かれていたが、冥琳にはその言葉が理解できなかった。
「何か分かりそう?」
と雪蓮は冥琳に聞く。
「もう少し時間をくれるなら・・・」
と、画面を操作しながら答える。
一方、蓮華は外の背景が見える映像を見つめる。
広大な海を映像を通して間接的に見る事に違和感を感じる。
これがただの絵で無い事は蓮華でも分かったがその原理はまるで分からない。
そんな時、雪蓮が蓮華に声をかける。
「でも妙ね。ここがすごく大事な場所だって言うなら、何でもぬけの殻のかしら?」
「・・・それは、多分彼が片づけてくれたのでは?」
「まぁ、そうかもしれないけど。
それならそれで、応援が駆け付けても良くない?」
「それは・・・、まぁ確かに、そうですが・・・」
「何か変わった様子は無い?」
雪蓮は外で待機している思春に尋ねる。
「いえ、異常ありません!」
思春はきっぱりと答える。確かに向こうから誰かが来る様子がまるで無い。
「一体何を考えているの?」
頭を抱える雪蓮。
一方、画面を操作していた冥琳が何かに気づいた。
「二人ともちょっと来てくれるかしら?」
と言われ、雪蓮と蓮華は冥琳の側に来る。画面には先程の巨大建物が写されていた。
「これは先程の?」
「はい、このまま見ていて下さい」
蓮華の疑問に答えるため、冥琳はその建造物の映像を指で触れる。
すると建造物はみるみると姿を変え、一種の砲台のような形になる。
「何これ?あれがこんな風に変わっちゃうの!?」
「恐らく、これがあの建造物の本当の姿。そして重要なのはこの先です」
そう言って、冥琳は画像の左下に映る『simulation』という文字に触れる。今度は絵が一瞬で別の絵に変わる。
「ん?今度は何・・・」
「これは大陸の図面ですね」
「そう、これは大陸の図面。そしてここ。この赤く点滅しているのがこの要塞を示している」
そして冥琳はその画像の真下に映る『run』の文字に触れる。
すると、この赤い点滅から赤い矢印が大陸方面に
伸びていく。そして大陸の中央まで伸びると、そこで矢印の先端が止まる。
「これは・・・、どういう意味なのかしら?」
この矢印の意味が理解出来ない蓮華。
「・・・どうやらあの建造物。兵器の一種のようです。
原理は解かりかねますが、あれを使い、大陸を攻撃しようとしているのです。
この矢印はその攻撃の予測軌道なのでしょう」
「・・・ここから大陸まで届くの?」
雪蓮は不思議そうに尋ねる。
「少なくとも向こうはそれを実行しようとしているようね」
「もし、その攻撃が通ってしまった場合、どうなるの?」
「・・・・・・・・・」
蓮華の質問に、冥琳は眉をひそめ、難しい顔のまま黙ってしまう。
「冥琳・・・?」
そんな顔をする親友に声を掛ける雪蓮。
そして冥琳は矢印に触れる。すると、その矢印の先端を中心に赤い円が大陸を覆い尽くした。
「これが結果です」
「・・・あの、冥琳さん?これってつまりどういうことなのですか?」
それを見た雪蓮の脳裏にとても嫌な予感が過る。恐る恐る冥琳に尋ねる。
「多分、あなたが考えている通りよ、雪蓮。
これを許してしまえば、大陸は一瞬にして焼け野原と化す」
「「っ!!!」」
冥琳の言葉に驚愕する二人。それを外から聞いていた兵士達も慌てふためきだす。
「何にせよ。このまま黙って攻撃を許せば、取り返しのつかない事なるわ」
「何か止める方法は無いの!?」
「・・・一つだけあるようです」
蓮華の問いに、冥琳はわずかな希望を述べる。
「ですが、ここではどうする事も出来ない」
「じゃあ、どうすればいいの!」
雪蓮は問い詰める様に聞くと、冥琳は画面の右下に映る『control』の文字に触れる。
画面の映像は一瞬にして別の映像に切り変わる。
冥琳はその絵について解説を始める。
「まず、あの兵器が設置されている場所に向かいます。
そして、兵器を制御する装置にこの水晶をはめ込み、強制的に停止させる事ができれば・・・」
「攻撃を中止できるのね?」
と蓮華に聞かれると冥琳は頷く。
「ただ、そこへと辿りつく前に向こうの猛烈な抵抗を受けるでしょう」
「なるほど。やけに静かだなと思っていたけれど戦力をそっちに注いでいたわけね。
・・・でもやるしかないわよ。でないと、私達の国が焼け野原になってしまう。
母様や祭、多くの英兵達が眠るあの地をそんな風にさせるわけにはいかない!」
「そうね。その通りね」
雪蓮の決意に当てられ、腹くくったのか冥琳は画面に映る六角柱の画像に触れる。
すると端末の中央よりそれと全く同じ形の水晶が現れる。
冥琳はそれを手に取ると背筋を伸ばした。
「行きましょう!孫呉の国の未来を守るために!!」
中枢から飛び出した雪蓮達は例の兵器を見上げる。
既に変形を終え、砲台となっていた。
「まずいわね、今にも攻撃を始めそうね」
「行きましょう!姉様!」
「そうね!皆、あそこまで駆け登るわよ!気合いを入れなさい!!」
「「「応ーーーっ!!!」」」
そして雪蓮達は兵器の元へと向かう。
土台となる部位にはそこへ行くための道が出来ていた。
雪蓮達はその道を辿って頂上部へと登って行くこと出来る。
「雪蓮殿!」
「雪蓮様!蓮華様!」
「姉さま!!」
兵器への道に入る前、雪蓮達の元に愛紗、星、明命、亞紗、小蓮、思春、穏がようやく合流する。
「あなた達、無事だったのね!!」
「無事じゃないよー!
変なとこから襲われるし!あの中央の奴が急に動いたりして!
シャオ、訳が分かんなかったんだから!?」
「しゃ、小蓮様、どうか落ち着いてください!」
「・・・ところで、雪蓮殿達は何処へと向かわれていた?」
小蓮達の話を遮り、星は雪蓮に現状について尋ねる。
「細かい説明は省かしてもらうわ!兎に角、今はあそこまで登らなくては行けないの!」
そう言って、雪蓮は例の兵器を指差して皆に教える。
「確かに見るからに危険そうな匂いがしますからな」
「しかし、あそこへ行くとなると当然向こうの抵抗も強くなるというもの」
と、愛紗が後付けする。
「えぇ、でも行かないわけにはいかないのよ!」
「・・・承知した!では参られようぞ!!」
雪蓮達は傾斜の道を駆け昇っていく。
上の方から駆け降りて来る傀儡兵、さらに下からも追撃して来る。彼女達は前後を挟まれる。
「はぁあああああっ!!!」
ザシュッ!!!
雪蓮の斬撃が敵を切り捨てるが、立て続けに敵が襲いかかる。
それを南海覇王で捌き返す。
ガギィイイッ!!!
「さすがにそう簡単には先には進ませてくれないわね!!」
愚痴を零しながらも雪蓮は南海覇王を振るう。
これまでの押さえ気味の攻勢から打って変わり、物量に任せた大量の傀儡兵達が雪崩れ込んでくる。
傾斜の上、道の先は曲がっているため先が見えない。
さらに道の幅を考慮して戦わないといけない。
開けた地での戦いに慣れた者には非常にやり辛い状況だった。
「このままでは拉致が空かない・・・!星、まだやれるな!」
「さて・・・後十人ばかり増えたら厳しいかもしれんな」
「ふっ!なら、その十人分は私が蹴散らしてくれよう!」
そう言いながら愛紗は青龍偃月刀を力強く振う。
「それを聞いて安心した。まだお主もやれるようだな!!」
そう言いながら星は龍牙による突きを放った。
「雪蓮殿!後方から来る連中は我等で食い止めよう!!」
雪蓮達に向かってそう叫ぶ愛紗。
「分かったわ!なら、後は・・・!」
と言って、雪蓮は前方を塞ぐ傀儡兵達を睨みつける。
「明命!」
「はい!」
思春に真名を呼ばれ、二つ返事で返す明命。
自分の隊を引き連れ、雪蓮の横を抜けていくと敵群の中へ斬り
込んでいく。
「はぁぁああああああっ!!!」
「へやぁああああああっ!!!」
彼女達の命がけの特攻で前方に道が出来る。
「思春、明命!」
「今です!今のうちに通り抜けてください!!」
「ここは私達で食い止めておきます!!」
「あなた達・・・、皆行くわよ!」
雪蓮の声に従い、残された者達は彼女達が作った道を抜けていく。
再び道を駆け上がる雪蓮達を阻むように今度は上から大量の傀儡兵達が現れる。
「うわああっ!!!」
「ぎゃああっ!!!」
頭上から襲撃され、兵達はなす術もなく殺された。
「皆、踏ん張って下さい!!」
亞紗は突然の奇襲に動揺する兵達に檄を飛ばし、崩れた陣形を修正していく。
「冥琳様!ここは穏達で何とかしますのでぇ〜!」
のほほんとした口調で穏は叫ぶ。だが、それは覚悟を決めた者の叫びだった。
「姉さま達、頼んだんだからねーーーっ!!!」
最後に小蓮の声が雪蓮達の背中を押す。
絶対に負けない、そんな覚悟が籠った声に励まされ、雪蓮達は先を急ぐ。
道も中腹を超え、蓮華が少し先行する形で先を進む。
目的の兵器が着実に近づき、その巨大さが身に染みて分かる。
そこにまたしても上から傀儡兵達が飛び降りて来た。
「蓮華っ!」
雪蓮は妹の真名を叫ぶと同時に妹の背中を強く押した。
上から降りてきた傀儡兵達の前に雪蓮達が立ち塞がり、蓮華一人が先へと進める状況だった。
「雪蓮姉様!冥琳!」
「行きなさい、蓮華!」
「蓮華様!これを!!」
冥琳は持っていた制御用の水晶を蓮華に渡す。
「御武運を!」
冥琳の激励に無言で頷く蓮華。
水晶を脇に抱え、蓮華は一人頂上へと駆け登って行く。
「頼んだわよ、蓮華!!」
傀儡兵と対峙しつつ、雪蓮は妹の背中を見送る。
開戦の銅鑼が鳴ってから一刻が経過。太陽は傾き始め、夕暮れの刻を報せていた。
「はっ、はっ、はっ・・・!」
蓮華は一人道を駆け登る。息が乱れ、正直なところ、足を止めて息を整えたい。
だが、その時間も惜しいと気力のみで駆け続ける。
国の命運、皆の思いを背に受け、それが蓮華を前へと進めていた。
「はっ、はっ、・・・っ!?」
頂上まであともう一息という所で彼女は足を止めてしまう。
ここに来るのを待っていたかのように、壁にもたれ掛かる女渦がそこにいたからだ。
「おや〜、そんな息を絶え絶えにしてぇ、ドコに行く気なんだい?」
女渦は蓮華の阻むように道の真ん中へと移動する。対して、蓮華は警戒して後ずさりする。
「いや、分かってる。勿論、分かっているとも!」
一歩一歩、歩み寄って行く女渦。
「くっ!」
蓮華も間合いを維持するために一歩一歩下がる。
女渦はおもむろに手を蓮華に差し伸べる。
「あっははは!!わざわざ持ってきてくれてありがとう!!
さぁ、それを僕に渡して頂戴♪」
「断る!これだけは絶対に渡さない!貴様の思い通りにさせない!」
「あっはははははは!!!
・・・なら、君は僕にその手ごと渡す事になるねぇえええ!!」
「・・・・・・!」
女渦は蓮華に近づこうとした瞬間、蓮華の横を風が通り抜けて行く。
ブゥオンッ!!!
その場の空気を裂く斬撃の音。
二人の間に割って入ってきたのは朱染めの剣士であった。
「うーん!!やっぱり彼女の危機には駆け付けるよねぇ〜、一刀君ッ!!」
女渦の言葉に耳を傾けず、朱染めの剣士は後ろにいる蓮華に視線を送る。
「奴は俺が、君は、早く・・・!」
「えぇ!」
朱染めの剣士は女渦の気を引くため先んじて仕掛ける。
女渦も乗るように朱染めの剣士の攻撃を躱して彼に反撃する。
「フンッ!!」
女渦の右手が朱染めの剣士の喉を襲うが、剣士は仰け反って避ける。
その体勢から上半身を捻りながら女渦に剣を振った。
「みえみえだよ♪」
横薙ぎに振られた剣の下を掻い潜り、朱染めの剣士の腹部に回し蹴りを決めた。
ドガァッ!!!
腹部に蹴りを受け、朱染めの剣士は後ずさる。
女渦はちらりと後ろを見ると、蓮華の背中が見える。
結果、蓮華に先を行かせる隙を与えてしまったわけだが、女渦は別段焦るわけでもなく彼女を見送った。
「よくよく考えてみるとさ、孫権ちゃんも可哀想だよね。
君にその心を利用されてさ」
主染めの剣士は女渦に斬りかかるも紙一重で躱される。
躱される事は予め分かっていたため、剣士は続けて斬りかかる。
「君は自分達のために戦ってくれているんだって、そう思っているんだよ。
当の本人はそんな事、身塵も思っていないのにねぇえええ!」
剣士が繰り出す斬撃を、女渦は無駄な動きで翻弄し、躱し続けながらも語りかける。
朱染めの剣士は何も言わず沈黙を貫き剣を振るう。
「そうだろ、一刀君!?
こっちの孫権ちゃん達を守って来たのは、昔の自分への言い訳のためなんだろぉううう!!」
「・・・・・・っ!」
「あの時の自分は力が無かった!!
だから、『蓮華を守る』事が出来なかったんだってねぇえええ!!!
あはははははっははははははははは!!!
結局は君も自分が可愛いんだ!自分が傷つくのが怖いんだ!
ははははははっはあはははははははあはあははははははははっ!!!」
「・・・女、渦・・・!」
女渦の言葉にふるふると体を震わせ、歯軋りを立てる朱染めの剣士。
「そんな君の本心を知ったら、あの子はどう思うかな?
いや、あの娘は賢いからすでに気づいているのかも知れない!
だとしたら、余計可哀想だよね、一刀くぅううん!!!」
一瞬、剣士は余裕を失った。体に力が入り過ぎ、連続した動きに隙が生じる。
女渦がその隙を逃すはずがなく、朱染めの剣士に飛びかかっていく。
女渦の左手、右手が交互に朱染めの剣士に襲いかかる。
手の動きを見極めつつ、朱染めの剣士は最小限の動きで女渦の攻撃を確実に避けていく。
「はっははぁあああああっ!!!」
女渦の右手が地面すれすれの所から一気に朱染めの剣士へと向かっていく。
右手が触れる寸前、剣士は上方へと飛び上がり逃げる。
上空へと逃げると、剣士は片刃の黒刀に青白いの炎を纏わせる。
「フゥ・・・ッ!ハァッ!!」
黒刀を勢い良く何度も振ると、その斬撃を炎の刃に換えて女渦に飛ばす。
次々と飛んでくる炎の刃が傾斜の道に斬撃の跡を残す。
だが、肝心の女渦には一切当たらず、その悉くが回避される。
「はぁあああッ!!!」
主染めの剣士は黒刀を両手で持ち直し、大きく振りかぶる。
そして、先程まで放っていたそれの数倍以上の大きさの炎の刃を放った。
女渦はその場から跳躍、宙で一回転する。その間、炎の刃が傾斜の道を大きく抉った。
ほぼ同時に着地する主染めの剣士と女渦。先に動いたのは女渦だった。
左親指と左中指を擦り、パチンと音を鳴らす。
すると、女渦の後方に出現した剣、槍、戟といった武器が朱染めの剣士に向かって飛んでいく。
「く・・・ッ!!」
体勢を立て直そうにもその前に刃の雨が襲いかかって来る。
朱染めの剣士は南海覇王を左手に取ると、飛んでくる武器を二本の剣で叩き落とす。
だが、飛んでくる切っ先を片端から叩き落とすにも限界がある。
彼の二本の剣の軌道を潜り抜けた剣が彼の左上腕を掠め、次に戟が彼の右肩をかすめる。
更に別の剣が彼の左脇下の肉片を掠め取っていく。
「・・・ッ!」
このままでは拉致が空かない、そう思った朱染めの剣士は敢えて刃の雨へと突っ込んでいく。
防御を解いた朱染めの剣士は女渦へ近づいて行く。
彼の右胸に剣が突き刺さろうとも、右腹部に突き刺さろうとも、剣士は最短距離を駆け抜ける。
「捨て身の覚悟だねぇえええ!」
近づいてくる朱染めの剣士に女渦は右手を伸ばす。
だが、彼は下半身を使って身を屈め、女渦の右腕の下を掻い潜る。
そして懐へと入ると攻撃へと転じた。
「おっと!」
女渦は咄嗟に左手で自分の胸を触る。
ポンッ!!!
間の抜けた音と共に女渦の姿が消える
改めて説明するが、女渦の異能の正体は物質の移動。
その効果は彼の手が触れる事で発動する。更に左手と右手とで若干の差異がある。
左手で触った物質は物質そのものが女渦が指定した場所へと瞬時に移動させる事が出来る。
それは大小問わず、如何な物でもその対象となる。
一方、右手で触った物質はその右手が触れた部分のみを瞬時に移動させる事が出来る。
今、女渦は左手で自分を触れた事で自身を別の場所へと移動させた。
女渦が次に現れたのは朱染めの剣士の背後。左手を彼の背中へと伸ばしていく。
「・・・ッ!」
だがそれを本能的に感じ取ったのか、朱染めの剣士は女渦の左腕を左脇で挟み込んだ。
「んぅッ!?」
これには女渦も予想外の展開だったか目を丸くする。
そして、朱染めの剣士は右手に握られた片刃の剣で女渦の左手首を斬り落とした。
ザシュッ!!!
女渦の左腕を解放し、朱染めの剣士は女渦からすぐさま離れて正面を向く。
体に突き刺さっていた数本の剣を引き抜きながら女渦の様子を窺う。
「・・・・・・」
女渦は左手を失った左腕をポカンとした顔で見る。
朱染めの剣士の手には女渦の左手が握られていた。
「これで、お前、は翼を、もがれた、鳥。・・・もう、どこに、もいけない」
そう言って、朱染めの剣士は女渦の左手を要塞の外へと投げ捨てる。
左手は要塞の外壁を転がり落ち、海の中へと消えていった。
「・・・ふふっ、うふふふふふふふふうふ・・・!!
一刀君、君はぁ・・・!君って奴はぁ!!
どうしてこうも僕を喜ばしてくれるのかなぁああああああッ!!」
放心状態だったはずの女渦は喜びに満ちた狂喜の表情へと一変させる。
「翼をもがれた鳥だってぇえええ!あっははははっはははは!!!
面白い事、言うじゃないかぁああああああ!
でも僕は翼をもがれたくらいでどうにかなると思ったら、とぉおおおんだ大間違いだよ!!一刀君ッ!!」
「・・・どちらに、せよ、お前は、もう、お終い、だ。
彼女を、先へ、行か、せた時点で、お前の、計画は、破綻した・・・」
朱染めの剣士は南海覇王の切っ先を女渦に向ける。
「計画?・・・ふふ、一刀君。
君、もしかして僕の計画を阻止できたと思っている?
孫権ちゃんを先に行かせたから阻止できた・・・、そう思っているの?」
「な・・・に?」
女渦が言わんとしている事が分からない朱染めの剣士。
そんな姿が滑稽に思え、女渦は笑いを堪えつつも話を続ける。
「ククッ!だとしたら、見当違いだよ。
僕から言わせれば、『君達が僕の計画を阻止しようとしている』時点で成功しているんだよ♪」
女渦はその狂気の目で朱染めの剣士に何かを伝えようとしている。
その濁った瞳の中に女渦の思惑を見た朱染めの剣士は右目を見開いた。
「・・・ッ!?貴様!!」
「さっすが、一刀君!賢いねぇ〜!
けど、もう少し早く気付いていれば、まだ間にあったかもれないけど」
「ちッ・・・!!」
朱染めの剣士は女渦の相手を止め、急ぎ蓮華を追うため壁を飛び越える。
そして女渦も剣士の後を追いかけ、壁を飛び越える。
「あっはあははははははは!!どこに行こうっていうんだい!?
もう遅いんだよ!何もかも・・・!あの時のようね〜〜〜!!
はははははははははあっはあはははははははははははッ!!!」
女渦の声高い笑い声を背に受けながら、急ぎ頂上へと向かう朱染めの剣士。
あの時の記憶が剣士の脳裏を過る。
胸が張り裂けそうに昂る感情を押し殺し、過ちを繰り返すまいと馳せる。
「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、着いた」
例の発射台が設置される頂上部。
蓮華は息を切らしながらもようやく辿り着いた。
彼女の目に巨大な兵器の姿が入り込んくる。
急ぎ制御装置を探すために周囲を見渡すと、砲台から少し離れた所に腰ぐらいの高さの台を見つけ、そこへ向かった。
「・・・あった。これね」
装置には中枢で見たような映像を写す画面が埋め込まれていた。
『Filling rate 99%』『Stand-By』
画面にはそんな言葉が映っていたが、蓮華には意味が全く分からなかった。
蓮華は六角柱の水晶がはめ込めそうな凹みを見つける。
「これで、この兵器を止める事が出来る・・・!」
蓮華は手に持っていた水晶をその凹みにはめ込んだ。
「止せ!それは・・・っ!」
壁を飛び越え、ようやく頂上に辿り着いた朱染めの剣士は蓮華の元へ駆けながらそう叫ぶ。
だが、時すでに遅かった。
「え・・・?」
彼の叫びに振り返る蓮華。その手にあった水晶はすでに凹みにはめ込まれていた。
その直後、その水晶の中を光の線が右から左へと数本、途中で直角に折れ曲がりながら伸びていく。
そして、水晶は装置の中へと入っていった。
完全に水晶が装置の中へ収まると、取り出せないよう横からシャッターが現れ閉じてしまう。
『最終ノ承認ヲ確認。最終シーケンスヘ移行。カウント、180秒後ニ発射。
発射ノ衝撃ニ備エ、退避シテ下サイ。
繰リ返シマス。発射ノ衝撃ニ備エ、退避シテ下サイ。
繰リ返シマス・・・』
突然、要塞内に機械音声の案内が流れる。
案内が終了した後、180、179・・・と秒読みを開始する。
「え・・・な、何が起きているの?」
現状を把握出来ず、蓮華は動揺する。
安心から一転、不安に駆り立てられる。
「あ〜、本当にありがとう。
孫権ちゃんはぁ、取り返しのつかない事をしちゃいましたぁ〜♪」
朱染めの剣士に遅れて現れた女渦が蓮華に嬉々と話かける。
「本当なら僕がやるべきだったんだけど、一刀君に邪魔されちゃったからさ。
けど、君が代わりにやってくれたから、180秒後には君達の故郷はこの外史から跡形もなく消滅・・・しちゃいまぁあああすっ!!!」
「私は・・・発射を止めたはずなのに・・・!」
「止める?あっは〜馬鹿なの?死ぬの?僕がそんな大事な事を君達に残すとでも思ったの?
君達がそう思い込むように残しておいた情報をいじっておいたのさ。
そんな間違った情報を鵜呑みするなぁんて、ホント馬鹿だよねぇ〜、君達はぁさぁあああッ!」
「そ、そんな・・・う、嘘・・・」
女渦のとんでもない事実を受け入れ慣れず、蓮華はひどく動揺し目の焦点が合わない。
「嘘かどうかはすぐ分かるかもよぉ?こいつが撃たれたら、それがはっきりと分かるんだ」
「狂ってるわ・・・、あなた」
「そう?僕から言わせれば君達も相当狂っていると思うよ?
・・・だって、騙されていたからと言っても自分で自分の世界を終わらせる引き金を引いちゃったんだもんねだもんねぇえええッ!!」
「・・・・・・っ!」
女渦の言葉に蓮華は一気に青ざめる。口を押さえ、その場にへ垂れてしまった。
気を失いそうになるのを寸前で堪えているのが見て分かる。
そんな彼女を見て、女渦は高らかに発狂してしまったかのように笑った。
「あーーっはははははははははっはあはははは!!!
そう!それだよ!その顔だよ!僕が見たいのは!!
君の絶望した顔は一番!最高だよぉおおおッ!!
あっははははははははあはあははははははははははっはははははははあはははっはあっはははははははっはははははははッ!!!」
「女渦・・・。貴様は・・・、貴様と言う、男はぁぁあああああッ!!!」
声に怒りを込め、朱染めの剣士は振り返り様に女渦に飛びかかる。
「いいねぇ一刀君!、凄くいいよぉ!その怒った顔!!
いつ見ても、ぞくぞくしちゃうよぉおおおッ!!」
朱染めの剣士が放った南海覇王の斬撃を難なく避ける女渦。
さらにもう一方の片刃の黒刀に怒りを込めて横凪ぎを放った。
だが、その横薙ぎの一撃も女渦は飄々と躱す。
剣士は絶え間なく攻撃を続けるも、冷静さを欠いた攻撃など女渦に届くはずがなかった。
ザシュッ!!!
それは攻撃の合間に挟んだような攻撃だった。
片刃の黒刀による斬撃を躱すと同時に振り上げた右手が剣士の右手を切り落とした。
「・・・ッ!」
「これはさっきのお返し♪・・・で、次は!」
そして、そのまま彼の右目を人差し指で貫く。
ドシュッ!!!
「・・・ぬぐっ!?」
目を潰され、思わず右手で押さえようとするが、肝心の右手は無い。
切りとられた右手は片刃剣を握り締めたまま甲板へ落ちていく。
朱染めの剣士は右目を潰され完全に視界を失う。
そんな彼に女渦は容赦なく追い撃ちを掛ける。
ザシュゥウッ!!!
「ご、ぼ・・・っ!?」
女渦は彼の胸を右手で刺し、背中まで貫いた。
「あっは、あははははははははははは!!!
一刀君の心臓を抉っちゃったぁ♪ああ、でも死人じゃあまり意味は無い・・・か?」
「ぐ・・・、がぁ・・・っ!?!?」
女渦は朱染めの剣士の胴体を刺し貫いたその右腕を引き抜く。
すると、剣士の体は女渦の横をすり抜けそのまま倒れた。
「・・・・・・・・・」
うつ伏せに倒れた朱染めの剣士の体は本当の死体の様に、ぴくりとも動かなくなる。
「あれ・・・?ひょっとして、死んじゃ・・・いや、すでに死んでいるんだから、死に返っちゃった?
何だ、ちょっと遊びが過ぎちゃったみたいだ。
つまんないな〜」
玩具を壊した子供の様に、女渦は朱染めの剣士に興味を失くす。
「どうせ死ぬなら、皆が絶望する所を見てからにして欲しかったのに・・・」
女渦から笑顔は消え、冷酷に淡々と喋る。
「いや・・・、・・・いや・・・、いや・・・、いや・・・、嫌ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
頂上部から、蓮華の悲痛の叫びが響き渡る。
『122、121、120、119・・・』
無情にも秒読みは120を切っていた。
「蓮華さまぁああああああああっ!!!」
そこにやって来たのは意外にも思春だった。
蓮華の叫びに反応してか、周りに目をくれず雪蓮、冥琳達よりも先に駆けつけたようだ。
そして彼女の目に映る光景。
女渦の横でうつ伏せに倒れる朱染めの剣士とその向こうで子供
の様にしゃがみ込んで泣きじゃくっている蓮華。
思春の鈴音を握る手が震える。
「思春!蓮華は・・・!」
その後ろから雪蓮達が丁度追いついた時であった。
「貴ぃい様ぁああああああああああああああああああああっ!!!」
思春は女渦に向かって一人果敢に飛び出していく。
「待ちなさい、思春!一人で飛び出すんじゃないわ!!」
だが、雪蓮の静止の言葉は頭に血が上り、冷静さを欠いた彼女の耳に届かなかった。
思春は鈴音で女渦の背後を捉え、斬りかかった。
ブゥオンッ!!!
だが、その斬撃は女渦の体をすり抜け、代わりに女渦の左腕が彼女の延髄部分を捉えた。
「ぐぅ!?」
思春の視界が一瞬揺らぐ。
「良かったね、左手が無くて。彼に感謝しなよ」
そう言って、彼女の背中に後ろ回し蹴りを叩き込む。
ドガァアッ!!!
女渦の蹴りを背中にまとも受けた思春。
受け身を取る間もなく、その体は甲板に叩きつけられ、蓮華の手前まで転がっていった。
後ろに束ねられていた髪がほどけ、長髪が露わになる。
「ぐぁ・・・っ!?」
口から血反吐を吐く思春。
肺に衝撃が伝わり、呼吸もままならない様子が見て分かる。
「思春っ!!」
思春の傍に蓮華が涙ながらに駆け寄って行く。
「嘘・・・、あの思春が相手にならないなんて・・・」
唖然とする小蓮がそう呟く。
『62、61、60、59・・・』
女渦は朱染めの剣士から離れ、蓮華達の方に歩いて行く。
「さてぇ・・・六十秒を切ったね。
全てが終わった後、君達はどんな顔をするのかな?
ふふっ・・・、あはあっはははははははははははあっはははははあっははははははははははははははッ!!!」
鈴音を杖代わりに体を起こす思春。
息が上がり、肩で呼吸をしながら女渦を睨みつける。
だが、今の女渦にそんな事をした所で意味もない。
だからこそ、思春は倒れている朱染めの剣士を睨みつけた。
「立て!朱染めの剣士!!
貴様が戦い続けてきたのはこの時のためではなかったのか!?
蓮華様達の無念を晴らすためでは無かったのか!!
その様は何だ!!情けないと思わんのか!!
立て!立って、あの男に貴様の怒りを叩きつけろぉ!!!」
―――北郷。蓮華様のことを頼む
・・・すまない、思春。俺は・・・蓮華を守れなかった
「あなたの事は蓮華から聞いたわ!
あなたも孫呉の人間であるといのならその誇りを奮い立たせなさい!!
今ここで戦わずして、いつ戦うというのっ!!」
思春に続かんと雪蓮も彼に激励の言葉を発する。
これは他の彼女達にも伝播していった。
―――さよ、なら・・・かず、と・・・あなたにあえて―――
・・・雪蓮。君は・・・最後に何を言おうとした
「朱染めの剣士!!
お前は・・・祭殿の屍を踏み超えここにいるのだ!!
あの御方の意思までも無駄にする気か!?祭殿の死を無駄にするな!!」
―――蓮華様を頼むぞ・・・
・・・冥琳。君との約束も・・・、守れなかった・・・
「一刀ーーーっ!!!そんな奴、さっさとやっつけなさいよ!!
でないと、でないと何もかもお終いになっちゃうじゃない!!!」
―――お土産なんていらないの。
一刀のこの腕はシャオを抱えててくれればいいんだもん
シャオ・・・もう、この腕で抱いてやれない・・・
「孫呉の誇りを!」
―――その時その時・・・その時の『今』ばかり考えていたんだと思います。
でも、今は少し先を見られるようになったのかもしれません
明命・・・俺は、君からその未来(さき)を奪ってしまった・・・
「この国の未来を!」
―――私の助力などはほんの少しです。
知識を血肉に変えるのは、これからの努力次第ですよぉ〜
穏、色んな事を教えてくれた・・・。でも俺は、何一つ活かせていない・・・
「人々の未来を!」
―――当たり前です!私にとって、呉にとって、一刀様は天からいらした尊い御方。
憧れこそすれ、嫌うだなんてそんなことあるはずがありませんっ!
亞紗・・・!俺は・・・、俺は!君が思うような尊い人間なんかでは・・・ないっ!
「立って!立ちあがって!
お願い・・・一刀ぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」
・・・れ・・・ん・・・ふぁ・・・?
―――お前は剣をとる必要などないのだ。
ただ、誰より近くで私の行いを見ていて欲しいのだ
・・・れん、ふぁ・・・?
―――過ちがあれば正して欲しい。
私がお前に頼むのは、そういう・・・他の誰にも任せる事の出来ない役割だ
でも・・・、君はもういない。そう言った君は、もう何処にもいないんだッ!
―――・・・ずっと、一緒よ。いつだって、あなたの傍に・・・
・・・・・・・・・
朱染めの剣士の今まで閉じられていた左目が突然見開かれる。
その目は血に染まったように赤く、人間の目とは大凡異なるものであった。
「蓮華ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
朱染めの剣士が最後に見た愛しい人の真名を叫ぶ。
それと同時に彼の周囲に風が発生、彼を中心に風が集約していき上昇気流へと変わっていく。
「へ・・・?」
これには女渦も呆気に取られ、背後で倒れている朱染めの剣士から目が離せなくなっていた。
上昇気流の力を借りる様に、朱染めの剣士はゆっくりと満身創痍の体を起き上がる。
左目は赤く鈍い輝きを放ち、新たな現象を引き起こす。
要塞内、外の呉の船や海の上を浮遊する数多の骸。それが一斉に青白い炎に包まれる。
炎に包まれた骸は瞬く間に光に変わり、朱染めの剣士の方に向かって飛んでいく。
「きゃああああああああああっ!!」
「小蓮さまぁあああっ!!!」
吹き飛ばされそうになる小蓮の手を明命が掴む。
「くぅ!な、何が起きているの!?」
風の勢いが増し、人を吹き飛ばしかねない風圧。
雪蓮達は突風で吹き飛ばされないよう堪えるのが精一杯であった。
「・・・これは!?」
そんな雪蓮達の横を青白い光が次々と通り抜けていく。
風に乗るように、光はその中心部にいる朱染めの剣士に次々と取り込まれていく。
大量の光を吸収した剣士の体から青白い炎、光が溢れだしていく。
「・・・ああ、そうか。そこに埋め込めれていたのか!
無くなった左目の代わりにそこに埋め込んでいたのか!!
あっはははあはははぁああ、どうりでまだ動けるわけだぁ!!」
先程まで冷め切っていたはずの女渦が打って変って朱染めの剣士に興味を示す。
朱染めの剣士は左手に握られた南海覇王を空高く掲げる。
すると、彼を覆っていた光はその切っ先に収束、空高く伸びていく。
光の柱、いやそれは光の剣と言うべきだろう。
光の剣は雲を、夕闇の空を裂き、果て無く上へ上へと伸びていく。
「でぇぇええええええええええええやああああああああああああーーーーーーーッ!!!!!!」
朱染めの剣士はその光の剣を前に振り下ろした。
「ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?!?!?!?!?」
光が女渦の体を削り取っていく。
だが、剣士が真の狙いのはその先、残り30秒で呉を、大陸を滅ぼそうとする悪魔の兵器だった。
「・・・お前は、俺から多くのものを奪った。
だが!・・・たった一つだけ奪えなかったものがある」
光の剣を振り下ろしながら、朱染めの剣士は女渦に語りかける。
「俺の・・・記憶だ!」
彼の南海覇王を握る右手に力が入る。
「俺が彼女達と過ごしてきた日々・・・。
その記憶は今も俺の中にあり・・・、その記憶の中で彼女達は生き続けている!!
・・・俺は、空っぽなんかじゃない。俺は蓮華達の想いで満たされているんだ!!」
右手がないため、代わりに右腕で震える左腕を支える。
「お前は奪う事は出来ない!!俺を何度も殺したって!
絶対に・・・奪えないっ!!!」
右腕に力をこめ、光の剣を振り下ろす。
「これで・・・、全てに決着をつけるッ!!!」
そう言った途端、光の剣が更に大きくなる。
「でぃぇぇぇえええああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!
朱染めの剣士の魂の叫び。
悪魔の兵器は光の剣によって真っ二つに斬り裂き、更に海上要塞・霊亀をも一刀両断した。
『4、3、2、1、イチ・・・イ、チ・・・重大ナエラーガ発生。
最終、シー、ケン・・・ス、キョ・ウ・セ・イ・ア・ウ・ト・・・』
ブォオオオオオォォォオオオオオオオンーーーッッッ!!!
斬られた霊亀が哭く。
至る箇所で爆発が起こり、その度に霊亀が揺れる。
風は止み、光の剣は中央へと収束し消える。同時に朱染めの剣士を覆っていた光も消えていた。
「・・・・・・・・・」
剣士は体を左右に揺らしながら、全ての元凶の元へと歩み寄っていく。
女渦は先程の攻撃で右肩から先を失い、両羽をもがれた鳥となっていた。
朱染めの剣士は女渦を自分の間合いに置き、真正面に対峙する。
「・・・・・・・・・」
彼の左目が女渦を捉える。
そして、女渦もまた彼を捉え、そして力無く笑い始める。
「あ・・・、あは、あっはははぁあああ・・・!
・・・一刀くぅん、君は・・・ぁ、これで、・・・満足かい?」
ザシュッ!!!
一刀の一振りが女渦を首を捉え、跳ね飛ばす。
首から上を失った胴体は糸が切れた操り人形の様に倒れる。
そして頭部、胴体は跡形も無く弾け飛び、黒い粒子となって消えた。
「・・・終わったか」
全てを見届けた思春がそう呟く。
「・・・えぇ、終わったわ」
続けて蓮華も呟く。
ドゴォォオオオンッ!!!
二人の背後の方から爆発音と黒い煙が上がる。
「まずいわね、何か凄い嫌な予感!早くここから脱出した方が良さそうね」
直感的に危機を感じ取る雪蓮。
「それが妥当だろうだろうな。皆の者、急ぎこの要塞から脱出するぞ!!」
冥琳は急ぎ脱出の指示を他の者達に出す。
「・・・立てる、か?」
朱染めの剣士は思春に手を伸ばす。
「・・・足取りのなっていない者の手を借りるほどでは無い」
そう言って、思春は一人で立ち上がると一人で歩き出す。
「・・・ごめんなさい」
臣下の態度に代わりに謝る蓮華。
「問題、ない。知って、いる・・・」
そう言って、朱染めの剣士は蓮華達と一緒に来た道を降って行った。
「皆さん!ご無事でしたか!」
頂上から降りた先にいたのは紫苑だった。
「紫苑!どうしてお前がここに!?」
意外な人物の出迎えに愛紗はここにいる理由を尋ねる。
「中で何があったかは存じませんが、今この要塞の左半分が沈みかけています!」
「成程、さきほどから妙に体の感覚がおかしいと思っていたが、傾いておるのか・・・」
紫苑の説明を聞き、うんうんと頷く星。
「既に左側の船団も右側に寄せています!雪蓮さん達もこちらから脱出して下さい!」
「ありがとう紫苑!皆聞いての通りよ!紫苑の誘導をしてくれるから脱出するわよ!」
皆が脱出する中、遅れて来た蓮華、思春、朱染めの剣士の三人。
「大丈夫、思春?」
「申し訳ありません、蓮華・・・」
「言わないで、困った時はお互い様でしょ?」
蓮華の肩を借りながら、思春は脇を押さえて歩く思春。
どうやら先程受けた女渦の攻撃で脇を痛めてしまったようだ。
「「孫権様!!甘寧将軍!!」」
と、そこに二人の兵士が駆け寄ってくる。
「済まない、お前達!どうやら思春は脇を強く打ったみたいなの」
「分かりました!では、甘寧将軍は我々で!」
「あぁ、頼む」
蓮華は思春を兵士に託す。
思春は担架らしきもので運ばれ、一足先に要塞の外へと運び出される。
「蓮華、様・・・」
その間、思春は蓮華と朱染めの剣士から目を逸らす事は無かった。
ドゴォオオンッ!!!
「きゃあっ!?」
突然の爆発で上から瓦礫が蓮華に落ちて来る。
「蓮華っ!!」
その瓦礫から彼女を守る朱染めの剣士と間一髪の所で彼に助けられる蓮華。
「・・・また、あなたに助けられたわ」
「・・・本当、に・・・」
「・・・?」
「・・・俺が、助け、た・・・かったのは・・・、君じゃ、ないんだ」
「・・・分かっている」
「・・・・・・・・・」
「私は・・・、あなたの愛した、蓮華では無いのだから・・・」
「・・・・・・」
「あなたがどれだけ、もう一人の私を大切に想っているのか分かる。
・・・だからなのかしら。私は・・・、きっとあなたを・・・」
蓮華が何かを言いかけようとした瞬間、朱染めの剣士は彼女を抱き締める。
突然の抱擁に蓮華は顔を赤くする。
「え、ちょ、ちょっと・・・!」
「あの時・・・君の声が、忘れてはいけない事を思い出させてくれた。
・・・ありがとう」
彼女の耳に囁くように話しかける朱染めの剣士。
「そして、さよなら。・・・もう一人の蓮華・・・」
「え・・・」
そう言って、自分から離れていく彼に面喰った顔をする蓮華。
朱染めの剣士が振り返る事は二度と無く、皆が脱出する反対の
方向へつたない足取りで歩いて行く。
「ま、待って!何処に行くの!?そっちはちが・・・!」
「待ちなさい、蓮華」
彼に手を伸ばそうとするが、雪蓮が後ろから肩を押され、蓮華はそれ以上伸ばせなかった。
「ね、姉様・・・?」
「彼は、あれで良いの」
「ど、どうして・・・ですか!?」
どうして彼を行かせるのですかと姉を追及する。
「彼は・・・、あなたに自分の最後を見せたくないのよ」
「え・・・?」
「干吉が彼の事で話していたこと、覚えている?
・・・干吉が彼を運び出した時、彼はすでに死んでいた。
彼が動いていられのは、無双玉っていうものが埋め込まれているから、だったでしょ」
「それが一体・・・!?」
「もう、底が尽きかけているってこと。それは彼が一番分かっているはず。
だから・・・」
その先はあまりにも辛い現実であり、雪蓮は何も言えなくなってしまう。
つまり、そういう事であった。
無双玉に蓄積された情報を力に変換して仮の生を得ていた朱染めの剣士。
無双玉に蓄積されていた情報が底を尽いた時、朱染めの剣士は再び北郷一刀に戻るのだ。
「・・・っ!」
蓮華もう一度彼の姿を追う。
そう、彼は自分が死に返る事を悟った。
だからこそ、その最後を蓮華に見せたくないために、一人になる事を選んだのだ。
例え、それが自分の愛した彼女でないとしても。
「そんな・・・、そんなぁ・・・!・・・そんなの・・・」
項垂れる蓮華。
そんな彼女の目に鞘に入った南海覇王が入ってくる。
彼が置いて行ったものだろう。
蓮華は涙ぐみながら、それを胸の中に抱きかかえ、もう一度彼の姿を捉える。
「――――っ!!!」
ドゴォオオオオオンッ!!!
蓮華が何かを叫ぼうとした瞬間だった。
大きな爆発音と共に上から砲台の一部が朱染めの剣士と蓮華を切り裂く様に落ちてくる。
砲台の一部は自重に耐えきれず、瓦礫と化した事で完全に通路を塞いでしまった。
「・・・!一刀ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
もう一度同じ事を叫ぶ蓮華。
だが、彼女の悲痛な叫びは、もう彼に届かなかった。
―――後の事は・・・、任せても大丈夫じゃな・・・。た、のんだぞ・・・、さく、どのと・・・、
れん、ふぁ・・・、さま・・・を・・・
何処へと向かう訳でもなく、体を左右にふらつ、ただ足を前へと進める朱染めの剣士。
「・・・これ、で、いい・・・。これで・・・いい、んだ。後の、ことは・・・こ、の外、史の俺、が・・・。
俺、の役、目は、・・・終わ、った・・・」
朱染めの剣士の足から力が消え、足がもつれてしまう。
体勢を崩した剣士は壁にもたれかかるも、ずるずると滑り落ち、その場にしゃがみ込む。
喋る事もままならない、その場から動く事さえ出来なくなってしまう。
そして、自分の最後を悟る。
だが、彼の表情は不思議と穏やかで満面の笑みに満ち足りていた。
「蓮華・・・みんな・・・終わっ・・・たよぉ・・・」
その瞬間、朱染めの剣士は北郷一刀に戻った。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!
鉄が軋む轟音がまるで泣いているかの様に聞こえる。
ただの鉄くずと化した霊亀は自重に耐えられず、夕日と共に海の底へと沈んでいった。
その後、霊亀が沈んだ周辺にて彼が身に纏っていたとされる学生服が発見される。
その学生服は太陽の光を反射して白く輝く本来の姿を取り戻していた。
これは夢か現か、それとも誰かの記憶の断片か。
「一刀!一刀っ!何処にいるの?」
「・・・ここだよ、蓮華」
「一刀!今日は午後から軍議だって言ったじゃ・・・!」
「しーーーっ!声が大きいよ。目を覚ましたらどうするんだ?」
「・・・?・・・あぁ」
彼女の目に飛び込んできたのは木影で休んでいる一刀。
そして彼の腕、太腿、背中、腹、と彼の体を枕代わりにして寝ている彼の娘達の姿であった。
「遊び疲れたから木影で少し休んでいたら、皆眠ってしまって・・・」
「動こうに動けないと・・・?」
「はは、気持ちよく寝ているのに起こしてしまうのがかわいそうに思ってしまって・・・」
「・・・全く、あなたという人は」
そんな彼に呆れながらも彼女は彼の子供達の寝顔を一人一人見て行く。
「でも、本当・・・皆とてもいい寝顔。この世の幸せ全部を独り占めにしているようだわ」
「・・・だろ?」
「ずっと、続けばいいのに・・・。こうやって皆と一緒に、こんな平凡な日々が」
「何を言っているんだ・・・ずっと、一緒だよ。俺達はいつだって・・・」
そう言って、彼は彼女の手をとる。
「だから、この手は絶対に離さない」
「・・・えぇ。そうね、一刀」
そう言って、二人は互いに手を取り握り合う。
その幸せが、ここにあるのだと確かめ合う様に。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。 今回は朱染めの剣士のお話の最後となります。改訂前では、たくさんの人からたくさんのコメントと感想を頂きました!この場で、改めて感謝します! では、真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十二章〜君は誰がために〜をどうぞ!! |
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朱染めかっこいい!!(タケダム) | ||
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