恋姫異聞録104 −画龍編−
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翠に挑発され誘い出されてより数刻

前方を見れば翠が此方を注視しながら足元の障害を見ることもせずに馬を操る姿

見事な手綱さばきに加え、弩に矢を番える速度も随分と早く凪目がけて放たれる矢は驚くほど正確

 

敵を釣る巧さにだけではなく、器用に武器を使いこなし兵を指揮する能力も高い

まるで父、馬騰と韓遂を合わせたような姿に男はつい感嘆の溜息を漏らしてしまっていた

 

成長したな。父と銅心殿、まるで二人がそこに居るようだ

攻撃に集中した凪に対して素早く対応を変化させている。道の悪い場所で兵の進軍速度を更に上げ

今度は馬に注意を引かせ手綱をさばく手元に弩を放ち、手綱ではなく攻撃に集中すれば馬を狙う

 

「思ったとおり、厄介な相手だ。挑発し、種を植えた甘寧よりはマシだと言えるが」

 

兵は霞が巧く先導してくれているが、これではまた凪が身動きが取れず苛立ちが溜まる

凪ならば頭に血が上り勝手に突出してしまう。などということは無いだろうが

集中が途切れたとき徐々にその矢をうけてしまうだろう

 

「さて、どうしたものか・・・」

 

男は小さく呟く。もし此処に真桜と沙和が居れば男が特に心配することはないだろう

例えば襲いかかる矢を凪が弾き、兵を真桜が統率。二人の眼が届かぬ部分

凪の馬であったり、真桜に襲いかかる矢を沙和が取り払うというように

三人は息の合った連携をこんな場所でも発揮してくれるからだ

 

考えあぐね、凪を見ていた男の視界に急に霞が映る

霞は兵を率いる場所から少しずつ馬の速度を上げて矢に対応する凪へと近づいていった

 

「凪、ウチと交代や。兵を頼んでエエか?」

 

「霞様、私はまだやれますっ!」

 

飛来する矢を弾きながら、近づく霞の提案を断る凪

しかし霞は気にすること無く凪の隣に馬をそっと近づけていった

 

「兵に指示すんの飽きてもうた。ウチ退屈なの嫌いや、頼めんか?」

 

後方から着いて来る兵達を指差し、何を言うかと思えば【飽きた】等と言う言葉

とても魏の名高い将が戦場で言う言葉ではない

 

のにもかかわらず、何故かその言葉と笑顔で頭を掻きながら申し訳なさそうにする仕草に

如何にも霞らしいと凪は笑ってしまっていた

 

「飽きた、等と隊長に言ったら怒られますよ」

 

「だってしゃあないやん飽きてしもうたんやし、ウチの我侭聞いてくれるんは凪だけや」

 

そう言って片手で拝むようにして片目を瞑る霞に凪は小さく溜息を吐いて

自分では今の状況を覆せないと呟き笑顔で「お願いします、霞様」と言った

 

「お願いしますって、ウチの我侭なんやからお願いするんはウチの方やで」

 

「それでも、お願いします」

 

「フフッ、そっか。ほんなら任されたでっ!」

 

言葉を交わす間にも矢が飛来するが、交代を了承された霞は凪に飛んでくる矢を己の堰月刀で弾き

凪よりも前へと躍り出る。凪は霞の背中を眼で見送りながらゆっくりと馬を後退させ兵の指揮へと戻っていった

 

一人突出する霞は堰月刀を振り、風切り音を立て前を走る翠を見詰める

 

手綱を放し、堰月刀を真一文字に構え息を整える霞から流れだす気迫に後ろに下がった凪は眼を丸くしてしまう

霞の体から感じるのは何時も感じ、何時も見てきたもの

 

背に魏を背負う男と同じ、自分や他の武官には出すことの出来ない殺気とは全く違う物

盾のような重厚な守る物の気迫。霞に重なるのは戦場で何度も見た男の姿

 

魅入ってしまった凪の思考を遮るように翠の放つ矢は霞を襲うが、ゆっくりと堰月刀を回し

絡めとるように矢を弾く霞

 

その安定し、落ち着いた雰囲気に後方の兵達は何ともいえない安心感を覚えていた

 

「ウチはまだまだこんなもんやない。馬超、アンタが馬騰と韓遂を其の身に映すならウチは魏の大盾を映す

なんぼでも狙ってこい、兵を討たせたりさせへん」

 

霞の厚く、まるで背中から後方は霞がかかったかのように見えてしまう気迫に

木々の間を高速で走り抜ける元涼州兵を殿から支える翠の表情が変わる

 

「なかなかやるじゃないか」

 

矢を番える翠は呟き、無駄と解っていても突出する霞に矢を放つ己の考えを落ち着いて纏める為に

 

「・・・此のままの状態を維持しても良い、目的は釣ることだ。だけど其れより重要なのは

少しでも相手の兵を削ること、道を理解し後方に騎馬で退がるアタシ達の優位は変わらない」

 

翠は弩を片手で構えつつ、前方に目線だけを向けた

目線の先には縦隊の兵が持つ弩。そして多少の無茶なことなら馬上で卒無くこなす涼州兵

考えの纏まった翠は口元を少しだけ笑に変え、再び弩を放つ

 

「後方参列は弩を構え敵後方の兵を狙え。合図はアタシが出す、構えっ!」

 

翠の合図と共に兵達は弩を構え、振り向き後方から迫る魏兵向け弩を構え合図を待つ

馬上で馬を操りつつ後方を振り向くどころか、前を見ず待機するなど波の兵では出来ない

しかし其れを平然とこなしてしまう涼州兵

 

前方での変化に霞は即座に気付き敵兵を見れば弩を構え後方を見る敵兵

 

「ちっ、凪っ!来るで兵に盾を構えさせろっ!!」

 

「はいっ!」

 

凪は直ぐに兵に盾を構えるように兵に指示を飛ばす

 

「狙い変更、前方の将を狙う。放てっ!!」

 

盾を構える瞬間、翠は狙いを突出する霞に変更する

放たれる矢に霞は堰月刀を円を描く用に回し、己に向かい迫る矢を全て叩き落す

 

「ここだっ!」

 

「くっ!」

 

矢を捌く霞の一瞬の隙、霧の晴れる隙間を狙った翠の矢の一撃が凪を襲う

咄嗟に弾くが鉄甲に弾かれた矢は凪の頬を掠める

 

顔を歪める凪は前方の翠を睨みつけるが翠は冷静にゆっくりと片手を上げ、兵に指事だす

 

「番え、狙いは再度後方の兵」

 

矢を再び番える兵を見ながら霞は堰月刀を構え、無表情で前を見る

 

「アカンなぁ、矢はいくら来ても受けれるけど馬超はウチの動き見て狙い変えてきよる」

 

後方を翠と同じように目線だけ向ければ曲がりくねり、荒れた地を凪が必死に兵を先導していた

翠は此方の全体を見つつ攻撃をして来る。対する此方は道に対応することが精一杯な兵

 

ましてこちらから見れるのは良くて敵の後方十列ほど、余りにも此方が不利

 

「こんな道を選んどるせいで敵は三列程しか矢を放てんようやけど

せめて道を詳しく知っとればこんな事にはならんのやけどな・・・どうする?」

 

再度襲いかかる矢を払うと、今度は凪ではなく後方の兵の一人に翠の放つ矢が突き刺さった

落馬する兵に凪は歯を噛み締め、矢を防ぐため盾を前に、体をかぶせるように構えろと指示を放つ

 

「駄目や、いくら盾で体覆っても馬が剥き出しや。馬狙われたら終わり。此処での地の利はでか過ぎる」

 

一瞬更に突出して馬超に斬りかかる事も考えたがそんな事をしては更に兵を削られるだろうと思いとどまる

なぜならば馬超は自分が突っ込んだ時、後方の兵に抑えている間矢を放ち続けるよう指示するだろう

 

それでは凪は兵を敵に追いつかせること、攻撃を防ぎ兵を守ることを同時にしなければならず

多くの兵を死なせてしまう。さて困ったと思えば再び敵から矢が放たれた

 

「ちっ!」

 

同じように自分に集中する矢を弾けば振り切った堰月刀を縫うように翠の放つ矢が凪に襲いかかる

振り向けば凪の操る馬は足元の泥濘に取られ体制を崩し、凪は迫る矢に気がついていない

 

「凪っ!」

 

キンッ

 

襲いかかる矢が凪の額に突き刺さる寸前、下から掬い上げるように紅と蒼の交じる剣が矢を切断した

 

「昭っ!」

 

後方から駆け上がった男は落馬しそうになる凪の手を取り引き上げ、剣を鞘に収めて後方の兵から受け取ったのか

弓を持ち、矢筒を腰に携え前方の霞と凪の間に馬を寄せる

 

 

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「道を俺が敵から読み取る。凪は兵の指揮を頼む、霞は俺を守ってくれ」

 

「エエんか〜詠に怒られるで、前に出るなって今回も言われとるんと違うの?」

 

「霞が俺を守ってくれるんだろう?」

 

意地悪そうに駆け上がってきた男に言葉を向けるが、返って来たのは男の信頼の言葉

霞はニカッと笑うと堰月刀を握る手に力が篭る

 

「あったりまえや!ウチの後ろにちゃんと居れよ!」

 

「もちろんだ。凪、兵に向かう矢を撃ち落とせるか?」

 

「はい、兵を狙う矢は全て任せてください」

 

そういって流星錘を取り出し鉄線に繋がれた小さな鉄球を振り回せば風切り音を立てる

凪を見ながら霞の自信のある顔に男は笑で返し、霞と同じ重厚な盾の気迫を放ち始めた

 

前方を走る翠は男が前に出てきたことに好機と弩を構えるが瞳に映るは異常な空間

 

まるで雲や霞に隠れたように後方の兵が見えないのだ

 

いや、実際には見えているのだが男と霞、そして凪の出す気迫と殺気に兵が包まれ

矢が攻撃が全て後方の兵に当たる気がしない

 

言ってみれば凪ぐ風に漂う雲と霞

 

体が震え、肌が粟立つ翠は自身の口が笑みを作っていることにも気がつかず弩を構えた

 

「前方十間先右折。地面は泥濘、木が二本倒れている。攻撃は霞に集中、翠の矢は凪を狙っている

霞は矢を迎撃、凪は兵の誘導。翠は俺に任せろ」

 

翠は手を上げ矢を放つ指示をすればそれと同時に霞の真後ろまで馬を進める男

全ての矢を弾くように堰月刀が払うとその間を翠の構える弩が凪を狙うが

 

「演舞外式 鏡花水月 −秋蘭−」

 

呟く男は鐙を大地のように踏みしめ、矢を番え弓を引き絞り鋭い眼は翠の額を寸分の狂いもなく狙いつけた

ゾクリと背中を冷たいものが走った翠は咄嗟に弩を鞍にかけ槍を取る

 

「うらぁっ!」

 

気合と共に振り上げた槍は男の放った矢を弾き、矢は弧を描き地面に突き刺さる

 

唾を飲み込む翠は一筋汗を額から流し、目線を向ければ男は鋭い瞳を此方に向けたまま次の矢を番えていた

 

「構えろ、次は前方の将に狙いを定める」

 

「盾構え、敵は将を狙うと見せて後方の兵を狙う。翠の矢が先に放たれる、霞は矢を迎撃」

 

交差する指揮、放たれる翠の矢、男を狙った矢は霞に容易く弾かれ其れを見た翠は直ぐに手を上げようとするが

男はその瞬間、鐙で立ち上がり翠目掛け矢を放つ

 

矢を放つ指示をすることも出来ず、翠は迫る矢を弾く

自分の眼を見られては居ないというのに此方の手の内が全て読まれてしまっていることに翠は驚き

弩を鞍に掛け、槍を握りしめた

 

「御兄様はどうやって此方の手を読んでる?兵にはその都度違う指示を出してるのに」

 

そう思っているだろう翠。悪いが此処に来る前、散々稟に戦術を叩き込まれたんだ

後は翠の眼なら十分見ている。そこから推測される性格と傾向から予想させてもらった

 

俺は後方から十分今の翠の動きも見せて貰った。凪と真桜、沙和の完璧な連携がこの場で必要なら

俺が三人目、沙和になれば良い。凪と霞の間を埋めれば良い

 

此処からは兵を一人として死なせはしない、兵から地形を読み取れる

俺に対し地の利は完全に無くなったと思ってもらおう

 

「ぐあっ!」

 

男から放たれる矢が涼州兵の一人に突き刺さり落馬する

翠は唇を噛み締め、槍を構えて完全防御の体勢を取ると、男の矢の届く範囲を見極め

徐々に兵の速度を上げるが、男は自分の矢野範囲を把握しているかのごとく

兵の速度を同じように上げ、自分の矢が届くギリギリに兵を進めていた

 

「立場が逆になっちゃったな、流石に三人の将、御兄様の眼の相手はキツイって事か。

弩を構えろ、矢はアタシが対処する」

 

矢を放つ涼州兵、霞は其れを全て捌き、時に後方の兵に放たれれば男は後方に素早く退がり

凪の代わりに兵を指揮し、凪は矢を捌く。そして間髪入れずに男は鐙に立ち、矢を放ち翠の動きを

止めていた

 

「此処に焔耶を連れてこなくて良かった。これじゃあの霧のような気迫に飲まれたらどうなるか解ったもんじゃない」

 

「お姉様。矢は蒲公英に任せて!」

 

「蒲公英、前はどうした?」

 

動きを止められながらも兵に襲いかかる矢を弾く翠の元へ馬の速度を下げ、隣に着ける蒲公英

 

「皆優秀だもん、任せてきちゃった」

 

「そうか、じゃあアタシを手伝ってくれるか?御兄様が前に上がってきてるんだ」

 

「本当だ、どうしたらいいの?」

 

「御兄様の矢はそれほど強くない、見た目は夏侯淵と全く同じだけど蒲公英でも簡単に弾ける」

 

「御兄様って本当に武が無いんだね。前に戦ったときはやっぱり剣が強かったせいなんだ」

 

「ああ、だけど油断するな。矢は力が関係ない、運が悪ければ突き刺さって命を落とす」

 

頷く蒲公英に翠は槍を鞍に縛り付け、弩を持つと兵に矢を番えるように指示を出す

男は其れを見逃さぬとばかりに矢を放つが、矢は翠の目の前で蒲公英の影閃に叩き折られてしまう

 

お返しとばかりに翠の矢が男を狙い、霞が矢を弾こうと堰月刀を構えるが

 

「霞、そのままだっ!凪頼むっ!!」

 

急に自分に襲いかかる矢を凪に対処させる男に霞は驚くこともなく理解し

兵ではなく狙いを変え自分に襲いかかってくる矢を捌く

 

男は即座に後方に退がり、兵を指揮すると隣に凪を寄せた

 

「どうしました隊長?」

 

「蒲公英が来た。勘のいい奴だ、異変に感じて後ろに下がってきたか?」

 

目線を向ければ凪の瞳に映るのは橙色の特徴のある服装とサイドポニー

 

これで互角だろうな、前方を行く翠達の絶対的な優位は変わらないんだ、矢も前から撃ったほうが飛距離がでる

こちらから矢を放つにも突騎兵ではないこの兵科では無理だ、其れに加え俺の矢は尽く蒲公英に叩き落されるだろう

だが矢を撃たなければ翠の手が空き面倒になる

 

全く、本当に成長したものだ。俺は今から矢を撃ち続けなければならないということだ

矢の消費は俺一人だから随分と抑えられるが体力が持つかどうか

 

出来ることなら早いところ目的の河川まで着いて欲しいものだ

 

男は矢を番え、己の頼りない体力に自嘲しつつ笑みを浮かべる

兵達は男の笑の表情に口々に男を讃えた

 

「見ろ、将軍が笑っているぞ」

 

「応、何も心配は要らない。昭様を信じて俺達は進めば良い」

 

そう言いながら、士気高く声を揃え雄々しく叫び突き進む

迫る魏兵に涼州兵は余裕が無くなり、顔は厳しいものへと変わっていくが

敵兵の士気の高さと圧迫感に決して乱れることも無く唯、己の将の指示に付き従い馬を走らせる

 

流石は涼州兵、二人の英雄に仕えた精兵だ

新城戦で捨て奸を敢行しただけのことはある。翠に蒲公英に涼州兵、相手にとって不足なしだ

 

河川で待機する味方へと兵を突き進める翠、其れを追う魏兵

矢を放ち、叩き落すといった攻防が続きながら目的の河川まで兵を進めていくが次第に男の矢の威力が落ちていく

 

指先に巻かれた包帯に赤い血が滲みむが、それでも構わず矢を放つ

 

飛んでくる矢は凪の流星錘と霞の堰月刀で此のまま行けるが俺が持たないな

情け無いが脚を引っ張るのはやはり俺か、何か打開策を見つけなければ

 

眼から入る情報を素早く処理しつつ男は考え翠に目掛け矢を放つ

 

今俺が矢を放つのを止めれば翠は蒲公英に射撃命令を任せ此方の隙を狙ってくるはずだ

後方の兵と霞、二手に射撃を分けてがら空きの俺を狙う事もできるだろう

 

己の思考に沈み、男の眼は鋭く冷たく変化する

唯々今の状況を打開する策を見つけ出すためだけに矢を放ち、翠に対応する動きと思考を最小限に

眼から入る情報をひたすらに処理し、凪と霞に指示していく

 

その時、視界に入ったのは空を飛ぶ数匹の水鳥

 

「・・・水鳥、そうか!だがどうする、凪に任せられるか?いや、速度が落ちる」

 

閃きに男は周りを見渡すが己の代わりを出来るものが居らず、歯の根を噛み締める

 

「あ・・・あに・・・じゃっ!」

 

後方から聞こえる途切れ途切れの聞き慣れた声に振り向けば、そこには居るはずのない人物

必死の形相で、鎧を汗で湿らせ、後ろには男の友を乗せ馬を駆る人物は男の義弟

 

前方の翠が一馬に気が付き、矢を放つが凪が間一髪で其れを弾き一馬はそのまま前へ

 

「一馬っ!?そんな馬鹿な、どうして此処に居る?援軍はどうしたっ!?」

 

「え・・・んぐんっゲホッ・・・はぁっはぁっ」

 

「無理をするな。友よ、援軍は心配するな此処に向かっている」

 

咳き込む一馬の代わりに後ろに乗る華佗が答えるが、その答えは男を驚愕させた

余りにも早過ぎると。霞の話では片道で大宛馬を使い一日

ならば一馬は一日で往復をしてきたことになる

 

「お前の想像通りだ。一馬は俺を乗せ、疲れた爪黄飛電を夏侯淵に託し蜻蛉返りしたというわけだ」

 

華佗はゆっくり一馬の背中を指先でなぞり、手のひらをあてゆっくりと呼吸を自分に合わせさせると

一馬の乱れた呼吸は徐々に回復し、蒼白だった顔は血色を帯びる

 

 

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「甘寧が居るとお前を心配してな、此処まで全力で走りっぱなしだ」

 

そう言って華佗は指でなぞり位置を確認した経穴に針を一つ打ち込む

打ち込まれた途端、一馬の大量に流れだしていた汗はピタリと止まる

自分の体の変化に驚き手を何度も握り、腕を回すと男の方を見て何時もの笑顔を見せた

 

「今日一日は持つ、だが一日過ぎれば疲労が一気に襲い掛かるだろう。明日は丸一日動けんぞ」

 

「有難うございますっ!兄者っ、此処からは私が兄者をお守りいたします!!」

 

先ほどまで必死の形相、汗だくに蒼白の顔をしていた人物とはまるで別人のような姿に男は吹出す

まるで手品を見ているようだと

 

「明日はゆっくり休めるよう手を貸せ一馬。華佗は俺の後ろに」

 

一馬は馬を寄せ、男は隙を無くすようにもう一息とばかりに翠目掛け矢を放つ

華佗が己の後ろに乗り移る事を確認した男はもう一度、自分の信頼のおける義弟に笑顔を向け

頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で、一馬は嬉しそうに笑顔を返す

 

「一馬、此のまま斜めに森を突っ切れそこから此方に向けて矢を放て」

 

弓も持たない義弟に男は矢を放てと指示し、一馬は一瞬ほおけるが力強く頷く

 

「よお来た一馬!昭はウチに任せとけ、そっちは任せたで!!」

 

「はいっ!お任せくださいっ!!」

 

振り向き一馬の姿を確認した霞は堰月刀を更に二度三度と敵を威嚇するように

お前の兄は自分に任せろと意思表示すると、一馬は一人笑顔を返し木々の間に入っていく

 

木々の間に消える一馬の姿を見送りながら、華佗は男の指先ににじむ血が眼に入る

そして震える腕を見ながら華佗は一馬の時と同じように背中を指先でなぞり針を首筋に一本打ち込む

 

「腕だけ明日は半日動かんぞ、それで十分だろう。今から何をするつもりだ?」

 

「すまんな。此処は既に河川の近く、地面の泥濘や角の取れた石が多く転がって居るのが証拠」

 

男の言うとおり、周りを見れば地面は濡れた場所が多く、水はけの良い場所ではないことが伺え

石も丸みを帯びた砂利のような物が多く見受けられた

そして男は空を指差す

 

「空を見ろ、水鳥が先刻から絶えず飛んでいる。これがどういう意味か解るだろう?」

 

「なるほどな、そういう事か。負傷者はどうするつもりだ?」

 

「華佗の好きにしたらいい」

 

「ならばそうさせて貰おう」

 

後方を注視する翠は急に現れ、直ぐに姿を消す一馬に違和感を感じるが矢を放つことを辞めない

なぜならば先ほどまで衰えていた筈の義兄の矢が威力を取り戻し、蒲公英が槍を振る速度が上がっていたからだ

 

「お姉様、急に御兄様の矢がっ!それに一人何処かいっちゃったよ!!」

 

「解ってる、落ち着け焦り慌てたほうが戦場で先に死ぬ」

 

翠は韓遂の言葉を思い出す。敵に変化があり、それに踊らされれば容易く命を落としてしまうと

敵の動きに即座に対応することも必要だが、焦って出した対応では逆に己を滅ぼすと

 

「今の現状を維持して考えるんだ。何を狙ってくる、落ち着け、考えろ」

 

独特の呼吸法を繰り返し、己の心を絞るようにして落ち着かせていく

取る行動は奇しくも義兄と同じ行動、矢を放ち指揮する思考を最小限に周りに見える物

聞こえる音に集中していく

 

ピィーッ

 

微かに聴こえた音に顔を空に上げれば眼に入るのは水鳥の群れ

翠は何かに弾かれるように叫ぶ

 

「盾構えぇっ!陣を長蛇の陣に、速度を限界まで上げろっ!!」

 

その時、一人列から外れた一馬は河原で馬を走らせ指を指し船と並走していた

指差す先は翠の率いる涼州兵が走る地点

 

「兵の数だけで船を調べなかったのは失敗だったわね。方角を辰巳に、仰角をあの水鳥の高さへ、放てっ!!」

 

速度を上げ追いついた無数の艨衝に立つ兵は弓を構え

詠の号令に一斉に矢を放つ兵士達、空を覆い尽くす矢の雨が涼州兵が駆ける場所へと吸い込まれていく

 

「クソ、御兄様にやられた。まさか船がこんなに早く進んでくるなんて、敵の船は全て艨衝なのかっ!?」

 

翠の素早い指揮に兵達は盾を空へと構え、速度を上げるが後方は矢の雨を受け落馬する兵士達

槍を振るい、蒲公英と周りの兵を矢の雨から守る翠は更に声を上げ殿から兵の進軍速度を上げさせるため

押し上げるように叫んだ

 

「対応が早い、気がついたか。だが此のまま行ける所まで行かせてもらう、霞、凪、此処は任せた」

 

「応、矢の雨受けんように良い位置を保持しとく」

 

兵の指揮を霞と凪に任せた男は一馬と同じように木々の間に入り込み、茂みを抜ければそこには

船の側面に空高く矢を構える兵達と手を振る真桜と沙和、腕を組んで此方を見る詠が見て取れた

 

「合わせてくれたのかっ!?」

 

「ええ、其れよりも正確な角度と距離を」

 

「任せろ、方角は辰巳に仰角を拳四つ上」

 

河川を下る船と並走する一馬と男と華佗

 

男は片手を上げ、タイミングを見計らうように眼を鋭く細め遠くに走り、巻きあげられる砂煙と木々の揺れを

その眼に情報として取り込んでいく

 

「三・・・二・・・一、放てっ!!」

 

男の指揮で放たれた矢は速度を上げた涼州兵を確実に捕らえ、兵の頭上に矢の雨が降り注ぐ

翠は即座に槍を振るいつつ先頭に躍り出ると河川から離れるように兵を先導し、矢の射程外へと突き進む

 

「く、やられた。敵の船の情報までは手に入れて無かったがこれはアタシの失態だ、此処まで引っ張れたが

兵をやられすぎだ」

 

「お姉様、ごめんなさい蒲公英なんにも出来なくて」

 

「いや、助かったよ。アタシ一人じゃ矢を捌くなんて出来なかったしもっと沢山やられてた」

 

矢の雨が降り注ぐ地を突破した翠は離れ行く後方の叢の牙門旗を見詰める

 

仲間と合流するために河川に近寄りながら逃げていたのが仇となったか

まだまだアタシは未熟ってことだ、もっと強くならなきゃ兵を無駄に殺す

御兄様に負けられない、簡単にやられればアタシは御兄様の義妹として恥をかくどころか

父様の顔にまで泥を塗る。英雄の娘とはこれほど弱いのかと

 

「叔父様の言ってた通り、情報は大事だってことを十分学んだよ」

 

「其れじゃお姉様、情報は蒲公英に任せて!」

 

「ああ、アタシはあまり頭が回るほうじゃない。一緒に強くなろう」

 

頷く蒲公英に軽く微笑み、翠は新たな決意と強い表情で後方の牙門旗を一瞥すると馬を

関羽達の待つ後方へと馬を進めるのだった

 

「助かったよ一馬。お前が来なけりゃ多少無理してでも船へ行こうと思っていたからな」

 

「はい、お役に立ててよか・・・・・・あ・・・れ?」

 

並走する一馬は返事をすると同時に崩れ落ちていく

後ろを見れば華佗が一馬の背中から針を抜き取っており、まるで電池の切れた機械のように

一馬は固まったまま動かなくなってしまう

 

「お、おい華佗」

 

「今のうちに引きぬいておけば半日、いや半日より少し長いくらいで体は戻る」

 

そう言って今度は男の腕の針を抜き取ろうとするが、男は「馬鹿、やめろっ!」と叫び

華佗は「大丈夫だ、心配するな」と針を抜き取ってしまう

 

「馬鹿野郎っ!一馬の馬と俺の馬、だれが止めるんだよっ!!」

 

「ん・・・そういえば考えていなかったな。今乗る馬は俺が止めるとして、一馬の馬は」

 

と前方を見れば、動けなくなった一馬を乗せたまま無常にも馬は加速し始める

男と華佗の乗る馬を振り切り、船さえも振り切った一馬の馬はそのまま突っ走り

 

結局合流した霞が全力で馬を飛ばして捕まえ、引き戻すことになっていた

 

「華佗、たまに考えない時が在るのはあれか?」

 

「そうだ友よ、矢で倒れた者達の治療法を考えていた」

 

「うん、そうか。こんどからは何かする前に先に声をかけてくれ」

 

「解った、すまん」

 

その後、矢を受けた敵兵を華佗の望むまま回収し治療を施し捕虜として捕らえ

後方の新野へと送り、それと同時に斥候を放ち此処から直ぐ近くの地点で敵の船影を確認したと

情報が入ってきた

 

近くに潜んでいるか、ならば此処からが船戦だ。ようやく敵と河を下る形になった

一気に江夏まで南下する。敵の船の形状を確認し、更に兵を削れれば良

 

敵の軍師がおかしな策をこんな場所で展開せねばよいが

 

合流した兵をまとめつつ、船上から前方に潜むであろう敵を睨みつけていた

 

 

説明
更新遅くなって申し訳ありません><
最近家に帰れません

ボスケテ・・・

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お返事させていただきます。本当に申し訳ございません;;
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コメント
霞と凪のやり取りの空気がなんとも言えず通じ合っているなと。その場で得た情報からの瞬間的な判断、そして事実を事実として受け入れる様は翠の将才の大きさ、正しく馬騰の娘であるなと感じさせられました。(Night)
Ocean 様コメント有難うございます^^仰るとおり、情報を制するものが戦場だけでなく政まで制しますから、今後もさらに成長するかと!流星錘で反応していただけてとても嬉しいです><流石解ってらっしゃいます!凪は武術を学んでいまし、飛んでくる矢に素手では届かず、気弾でも連射しなければいけません。と、せっかくなので流星錘を使用させました!(絶影)
GLIDE 様コメント有難うございます^^特定条件での天然と申しますか。異聞録での彼はある人物がそばにいると天然にww(絶影)
KU− 様ご指摘ありがとうございました^^修正いたしました(絶影)
O-kawa 様コメント有難うございます^^そうですね、けが人の事で頭が一杯な所を感じていただけたようで嬉しいです^^(絶影)
前話で翠が成長してると思ったが、まだまだ甘い部分があったかw まぁ、情報を集めることは孫子で口酸っぱく言ってるから、赤壁の前に重要性に気付いて良かったな翠。個人的に流星錘を振り回す凪で、おおっと驚きましたw(Ocean)
華佗は天然だったのかww(GLIDE)
1Pの何時感じは何時「も」感じと「も」がいるんじゃないかな?(KU−)
華佗がなんか凄く”らしい”というかなんというか(O-kawa)
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