真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版23
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第二十三章〜敵は涼州にあり〜

 

 

 

  于吉から話を聞き終えた俺達の元に一人の魏軍兵が駆け付けた。

  噂をしていればなんとやらだな。

  兵士の報告では、涼州方面から五胡の大軍勢が進軍して来ているようだ。

  涼州の留置軍はその数の暴力に屈し、すでに涼州を撤退してしまったらしい。

  今は春蘭達が編成した軍が洛陽を出たようで、俺達にはその道中で合流して欲しい、とのこと。

  一難去ってまた一難とはまさにこの事だ。

  当然、俺達は涼州に向かうわけだけど、そこに馬超と馬岱が同伴したいと言ってきた。

  しかも、華琳は二つ返事で同伴を許可した。

  確かに涼州は彼女達の故郷だ、地の利と五胡の戦闘の経験を考慮すれば決して悪くない判断だとは思う。

  でも、故郷から彼女達を追いやった俺達と一緒に行動させるのは果たしてどうなのだろうな?

 

 

  「翠!」

  「ん・・・?おう、小狼(シャオロン)じゃないか。見送りに来てくれたのか?」

  翠が馬に乗って成都の街門を出ようした時、後ろから姜維に呼び止められる。

  翠が彼を小狼と呼んだのは、それが彼の真名だからである。

  二人はいつの間にか真名で呼び合う仲になっていたのだ。

  「ああ、それもあるが・・・どうしてお前が行くのだろうと思って」

  「えっ?どうしてって・・・」

  「だってそうだろ!事情の大体は俺も聞いた。

  そりゃ、自分の生まれ故郷が大変な事になっているから心配なのは分かる。

  でも・・・、その・・・、何と言うか」

  肝心の事を聞こうにも気まずくて口に出せないせいか小狼は翠から目をそらす。

  「・・・・・・」

  小狼が言わんとする事は翠も薄々と分かっていた。

  「・・・昔、曹操は涼州を侵略した。

  そのせいで、あたしと蒲公英は涼州を追われたし、母様の死に目にも立ち会えなかった。

  だから、あたしは・・・曹操が許せない」

  「ぅ・・・」

  正直口に出したくないのだろう、話している翠の唇がふるふると震えている。

  小狼は一層気まずさに下を俯き、やっぱり聞くんじゃなかったな、と後悔した。

  「・・・でも、さ。それじゃ駄目な気がしてさ」

  「・・・?」

  「あれからもう二年も経つんだ。

  あの戦いも終わってから涼州のこと、母様のこと、曹操のこと・・・。

  あたしはそれらから目を向けないで、あやふやなままにして生きてきた。

  けど、それじゃ駄目な気がするんだ。お前と桃香様を見ていたら、余計に・・・」

  「翠・・・、お前」

  「どんな事をしても曹操への怒りや憎しみが消えるわけじゃない。

  でも、この中途半端な気持ちだけは今のうちに決着を着けないといけないと思うから。

  ・・・だから、行くって自分で決めたんだ」

  そう言う翠はいつの間にかその唇の震えは止まっていた。

  「・・・そっか」

  「いやぁ〜全く、仲が良いことで・・・そこの御二方♪」

  そこに黄鵬に乗った蒲公英が前方よりやって来る。

  蒲公英はそう言って自分の口を手で隠すも、にやけた口の端が手からはみ出ていた。

  「・・・っ?」

  「な、なな、何いきなり、へ、へへへ、変なこと言ってんだよ!?」

  小狼は突然の話に入ってきた蒲公英の行動に少し間抜けな顔をする。

  対して翠は顔を赤くして言い訳を繕うも動揺のせいで上手く喋る事が出来ない。

  「えぇ〜、でもぉ〜、お互い真名で呼び合う仲じゃありませんかぁ?ふひひっ!」

  そんな翠の反応に味を占めたのか、蒲公英は翠を重点的に攻めてきた。

  「そ、それは親友として、真名を預け合ったってわけで!

  それ以上の意味は・・・な、ないんだからな!!」

  「へぇ〜、そうなんですか?あ、でもぉ〜お姉様の言うそれ以上って・・・どういう意味なの〜?

  蒲公英、すっごく気になるぅ〜。ねぇねぇ、教えてぇ♪」

  蒲公英の追求は止まらない。

  翠の顔面は今にも火が出そうな程に赤面していた。姉の威厳は型無しである。

  「ぅ、そ、それは・・・そう、その・・・、えぇと・・・、た、たと、えば・・・」

  言うのが段々と恥ずかしくなり、声が次第に尻ごみしていく。

  「ぅ、ううう、だぁああああああ!!何でも無い!!

  あたしは今忙しいんだ!!先に行くぞ、蒲公英っ!!」

  そう言い残し、翠はその場から逃げる様に去ってしまった。

  結果、その場には蒲公英と小狼の二人が残る。

  翠の背中を送ったあと、小狼は呆れ気味に溜め息をついた。

  「お前もあまりからかってやるなよ、いくら反応が面白いからって」

  小狼が話しかけた途端、蒲公英は機嫌が悪くなった。

  「ふん・・・!あんたもちょーっと仲良くなったからって調子に乗らないでよね」

  さっきまでと態度が違い過ぎだろう・・・と小狼は内心呟いた。

  「別に調子に乗っているわけじゃ・・・」

  「どうだかねぇ〜。お姉様って外見も可愛いし、乙女成分が多いから男受け良いんだよねぇ」

  「・・・けど、それと俺が調子に乗っているのと何の関係があるんだ?」

  「あんた、馬鹿?ここまで言ってあげているのに分からないの?」

  そう言われて、小狼は頭を捻って考える。少し考えて小狼は何かを思いついた。

  「・・・あ、成程」

  「はぁ・・・、やっと分かったようね。あんたごときが」

  「お前、妬いているのか?」

  お姉様と釣り合いが取れるわけがない。

  そう言おうとした蒲公英だったが先に小狼が答えてそれを遮ってしまった。

  「・・・・・・・・」

  「・・・・・・・・」

  「全っ然、分かってないじゃない!!何それっ!?どーして、そういうことになるわけ!?」

  「あれ・・・、違ったか?」

  「け、見当違いにもほどがあるわ!第一、何で蒲公英がお姉様に妬きもきしなきゃ・・・」

  「お姉様?俺じゃなくてか・・・?」

  「え」

  蒲公英はぽかんとする。

  「いや、てっきり俺が翠と一緒にいるのが面白くないものだと。・・・でも翠に妬くって・・・」

  蒲公英は無表情から一気に赤面する。

  「わーーー!勝手に自己解釈するな!今のは言葉のあや!

  あんたの考えは最初から見当違いって言ってんでしょうがぁっ!」

  蒲公英は両腕を大きく回してぽかぽかと小狼を殴りつける。

  小狼はその攻勢に堪らず仰け反る。

  「いたたたた・・・っ!止めろ、殴るなって!!お前も少しは女らしくしたらどうなんだ!!」

  「うるさい!うるさい!うるさい!あんたにそんなこと心配される筋合いなんかないわよ!」

  「・・・あ、そうだ。だったらこれで」

  小狼はそう言うと、ズボンのポケットに入っていた物を取り出すと、おもむろに蒲公英の前髪に取りつけた。

  「あっ!」

 

 

  「元々街の子に作ったんだが、良く似合ってるだろ?たんぽぽ同士相性が良いってわけだ」

  蒲公英は近くの硝子窓で自分の姿を確認してみる。

  「――――――っ!?!?」

 

  ドスッ!!!

 

  「ごほぉっ!」

  突然蒲公英が放った拳を鳩尾に喰らい、小狼はその場にうずくまる。

  「この、馬鹿っ!こんなことしてもあんたへの評価が変わるわけじゃないんだから!

  調子に乗らないでよね!!」

  まるで捨て台詞を吐くように、蒲公英は脱兎の如く走り出し、その場から離れていった。

 

 

  「ほぉ〜、あの蒲公英を手玉に取るっちゅうんはあの姜維って小僧、中々やりおるやないかぁ〜」

  「う〜ん。でも、何だかうちの隊長みたいなのぉ〜」

  先程のやり取りの一部始終を影から見ていた真桜と沙和が小声で話していた。

  「あぁ〜、確かにあの女泣かせっぷりは隊長に通じるとこあるな〜」

  「神様、どうかあの子が沙和達の隊長のようになりませんように・・・なの!」

  道の真ん中でうずくまる小狼の今後を憂う二人だった。

 

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  「伏義が消滅した事で事態は急転。計画を大きく変更せざるを得なくなりました、か・・・」

  伏義を失った事で計画に大きな支障をきたす事となった。

  北郷一刀。最大のイレギュラーを早々に始末出来なかった結果であれば妥当とも言える。

  もう一人の北郷一刀は女渦に任せるとして、私はこの外史の北郷一刀を始末するべく、その対策に追われている。

  「そのために、様々な所に罠を設置しておく必要がありますね。

  女渦が寄こしてきたアレを使う良い機会です・・・」

  もっとも、あなたからすれば全ては些事なのでしょうね。

  「あ、こちらにいましたか」 

  と、そこに彼女が現れる。

  「おや、やっと来てくれましたか?それで、例の物は?」

  「こちらに・・・」

  そう言って、彼女は巻物を取り出し私に差し出す。

  私は受け取ると、そのまま懐へと『鍵』を仕舞う。

  「ありがとうございます」

  「いえいえ。しかし、その巻物は一体何なのでしょうか?

  秋蘭でも、桂花さんですらも全く読めなかったようでしたが・・・」

  「読める読めないはどうでも良いのですよ」

  「はぁ・・・、その割には随分と大事そうに懐にしまうのですねぇ?

  一体何なのです、その巻物は?」

  「・・・必要以上の詮索は、私の好むものではありません。

  例えそれが、あなたであっても・・・」

  「まぁまぁ、申し訳ありません。私ったらつい出過ぎた真似を。

  ご無礼、申し訳ありません」

  「・・・・・・」

   畏まった態度でありながら、さり気なく私の様子を窺って来る。

  彼女は中々に強かな女。やはり、自身の駒に任せた方が良かったでしょうか?

  もう一つの計画に支障が出ないよう、敢えてこの外史の住人を利用したのですが・・・。

  「いえ、そういう訳ではありません。

  ただ、私の個人的な事情もありますので、他者に説明するのが気が引けてしまうのです」

  何とかこの場を上手く誤魔化します。

  下手に不信感を与えては後の問題になるやもしれません。

  「・・・分かりました。何やらご事情があるようですね」

  彼女は謝罪の意を込めて一礼する。

  「あら、いけない。私、急ぎ洛陽に戻らないといけないのでした!

  それでは、失礼いたします・・・祝融様」

  そう言い残して、彼女は部屋から出て行きました。

  全く、伏義達もそうですが、会話というのはどうしてこうも無駄な行為なのでしょう。

  ・・・さて、こちらも計画を実行させるとしましょう。

  今頃、曹操軍はここ涼州へと集結してきているはず、舞台と材料は大方整いました。

  準備が整い次第、計画を実行しましょう。

 

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  成都を発ってから七日程過ぎた頃、涼州の地より離れた開けた場所。

  ここで俺達は春蘭達、洛陽組と合流。軍の再編成、足並みを整える事になっていた。

  「華琳様!!お待ちしておりました!」

  「遅くなってごめんなさい、春蘭」

  「道中で如何なさったのですか?」

  「それについては後で話すわ。桂花!」

  「華琳様、ここに!」

  「風と稟と一緒に軍の再編成をしておきなさい。それが完了次第、進軍を再開するわよ」

  「御意!」

 

  「おーい!季衣ぃ〜〜っ!!」

  「あっ!翠ちゃん!それにたんぽぽも!」

  「おうっ、季衣!久しぶりだな!」

  「お二人も来たのですね」

  「ああ、何たって涼州が五胡に襲われているんだ。じっとしているわけにはいかないさ」

  「そっかぁ〜、そうだよね。じゃあ、早く行って早く五胡をやっつけちゃおう!」

  「応よ!!」

  「おうっ!!」

  「というわけだから、流琉。今日はご飯たくさん作ってね♪はらが減っては・・・何だっけ?」

  「戦は出来ぬ・・・ね。分かったわ、楽しみにしていて」

  合流出来たからと言って、すぐに動けるという訳じゃない。

  二つの軍を一つに編成し直す必要があるからだ。

  まぁ、その辺りは桂花達に任せて、俺達は設置された天幕の中で互いの情報の交換をした。

  こっちは外史喰らいの件もあり、その大半が俺達の情報を春蘭達に伝える事だった。

  「・・・成程。そんな事があったのですね」

  俺と華琳から外史喰らいの話を聞いた秋蘭は大体を把握できたという顔をする。

  「む、むむむ・・・」

  一方、秋蘭の横で聞いていた春蘭は一人、唸りながら眉を曲げ、首を傾げていた。

  「信じてくれるのか?」

  「信じる、信じぬか。・・・問われれば、私は前者を選ぶさ。

  何せ、華琳様とお主がそう言うのである以上、それが事実なのだろう?」

  「・・・ありがとう」

  となると後は・・・。

  「で、春蘭?」

  「・・・何だ?」

  「今の話・・・分かったか?」

  「ば、馬鹿にするな!!・・・つまり、そのぅ・・・あれだろう。

  ・・・この国が狙われている、という事だろ!!」

  「「「・・・・・・・・」」」

  春蘭の返答に俺は言葉を失う。だが、それは他の二人も同じだったようだ。

  「な、何故そこで黙るっ!?」

  「い、いや・・・別に」

  「姉者・・・」

  「・・・けれど、春蘭の言う通りよ。

  こんな話をすぐに全て理解しろ、と言う方が酷でしょうしね」

  「で、ですよねー、華琳様!」

  と言って、ふふんと胸を張って威張る春蘭の姿。

  それが少し滑稽に見えたのは俺の心の内に留めておこう。

  「言っておくけど、華琳は別に褒めてはいないぞ」

  「な、何だとっ!?そんな馬鹿な!」

  「北郷の言う通りだ、姉者」

  「一刀の言う通りよ、春蘭」

  華琳と秋蘭のセリフが上手いこと重なった。

  「何とぉ・・・」

  二人に言われ、春蘭はショボンとへこむ。

  「それよりも今は五胡を涼州より撃退する事を優先しましょう」

  「そうだな」

  その後、俺達は進軍の準備に取り掛かった。

  けど、軍の再編成が思いのほか時間が掛かってしまい、進軍は明後日となった。

 

 ―――二日後。

 

  「う、う〜ん・・・」

  俺の顔に光が差し込む。

  その光が俺に朝が来た事を鮮明に教えてくれた。

  俺は上半身を起こし、背中をピンと反り返るくらいに伸ばす。 

  すると、勝手に喉の奥から欠伸が出て来た。

  「・・・って、いけない!早く着替えないと華琳に叱られちまう」

  俺は涙を寝巻の袖で拭うと急いで、寝巻きから通常着に着替える。

  今日はいよいよ涼州に入る。

  「っ!?・・・何だ、これ?」

  上に来ていた寝巻きを脱ぐとその異変に気付いた。

  昨日までは何ともなかったはずなのにどういう事だ?

  「・・・これは、華琳達には黙っておこう」

  俺は咄嗟にそう考えた。本当は相談すべきなんだろうけど・・・。

  驚きから生じた胸の高まりを抑えつつ、俺はとりあえず着替えを済ませる。

  学生服と鎧を身に着け、最後に腕に装具を付ける。

  俺は何事も無かったように天幕を出た。

 

  「干吉ちゃん。一刀ちゃんの体に・・・何が起きているの?」

  「・・・そうですか、ついに」

  「その様子だと、何か知っているようね?」

  「北郷殿がそうだと言うのならば、恐らく左慈の体も同様の現象が起きているでしょうね」

  「どう言うこと?」

  「代償、とでも言うのでしょうか。諸刃の剣は使い続ければいつかは己を殺すのですよ」

  「だから、それってつまりどういうことなの、干吉ちゃん?」

  「それは・・・」

 

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  進軍を再開して数日、涼州が目と鼻の先の所まで俺達は来ていた。

  特に変わったことは無かったが、華琳が心なしか元気がない。

  もしかして、馬騰の事を思い出しているのか?

 

―――私は今まで、私が欲しい物は必ず手に入れて来た。手に入らなかったのはたった一人・・・馬騰だけよ

 

  以前、華琳が言った事を思い出す。

  それだけ馬騰は華琳にとって忘れられない存在なのだろう。

  そういえば、俺を自分の物にするとも言っていたか。

  なるほど。2年もかかったけど、俺は彼女の傍にいる。

  ・・・いるはずなのにどうしてだろう。

  俺は今、とても不安で仕方がない。

  とても大切な何かがこの手から離れて行くような、そんな不安が・・・。

  俺はそんな思いに駆られている中、俺達は意外な人物に出会った。

  それは日が傾き、俺達は休息を取るため進軍を一時停止。野営の準備していた時だった。

  「撫子か」

  「あら、やっぱりあなた達だったの」

  見回りの番を担当していた秋蘭は突然の訪問客、撫子と出会った。

  「あぁ、そういうお主こそ何故ここに?」

  「涼州から洛陽に帰る所だったのだけれど、曹魏の旗が見えたものだから、もしやと思って寄ってみたの」

  「何だと?」

  「で、一体こんな大所帯でどこに行くのかしら?」

  「待て、撫子。お主、いつ涼州を発った?」

  「え?・・・三日前だけど、それが何か?」

  「・・・・・・」

  秋蘭は少し黙って考え込む。

  「撫子、済まないが現在の涼州の様子を出来るだけ詳しく教えてくれないか?」

 

 

  「・・・ふぅ」 

  椅子に腰をかけ、項垂れたまま肺に溜まった空気を吐き出すように深い溜息をつく。

  俺は秋蘭がいる場所から反対側の見張りを任されていた。

  これといった異常は無く、夕日が地平線より下へと沈もうとしていた。

  「北郷様!見回りの交代の刻限となりました!」

  「・・・・・・」

  「北郷様?・・・如何なさいましたか?」

  「え・・・、あっ、済まない。えぇと、交代の時間だっけ?」

  完全にぼーっとしていた。

  いつの間にか、俺の目の前には一人の若い兵士がいた。

  「はい。次は楽進様の隊に交代の報告をし、それで我々は休憩となりますが・・・」

  「・・・・・・」

  「北郷様、大分お疲れのようですね」

  兵士は心配そうに俺の様子を窺っている。

  「・・・え、そう・・・みえるかな?」

  別に疲れているわけじゃないんだが・・・、でも調子がおかしいのは確かかもしれない。

  「北郷様も他の方に任を任せて、天幕の方で休まれては如何でしょうか?」

  やれやれ・・・、これじゃあ元隊長の面子が無いな。

  まぁ、それは今に始まった事じゃないけど・・・、自分で言っていて虚しくなった。

  「俺は大丈夫だよ。

  確かに戦いが続いていたから少し疲れているけど、それは他の皆にも言えるだろ?

  なのに、俺一人が仕事をさぼるわけにはいかないよ」

  「はぁ・・・」

  少し納得のいかない顔をしている。

  この様子だと、俺の顔は相当にひどいのだろう。

  「・・・それより、これから休憩に入るんだろ?

  ここは俺が見ているから、早く凪達を呼んで来てくれないか?」

  「分かりました。では、失礼いします」

  兵士は俺に一礼すると、凪達を呼びにその場を離れていった。

  見送った後、俺は近くの小さくなっていた明り火に巻き木をくべて火が消えないようにする。

  「次の戦いは涼州か・・・」

  そんな事を呟きながら、俺は今までの事を振り返ってみる。

  成都で伏義と戦って何とか勝てた。

  正和党の反乱も片付いて・・・まぁこれは俺が何かしたわけじゃないけど。

  その数日後には左慈が現れて、更に女渦が傀儡兵を連れて成都に現れた。

  それから涼州に五胡が侵攻してきた。

  こうも立て続けに戦いが起こるのも全て外史喰らいが招いた事だ。

  「外史喰らい・・・」

  元々は外史の数が許容数を超えない様、削除・調整するために露仁、南華老仙が作ったシステムだ。

  あのどうしようもないスケベ爺がそんなモノを作ったなんてとても信じらない。

  それ以前に途方も無さ過ぎる。正直、中学生の妄想レベルの話だ。

  俺ならまだ一応に理解は出来るけど、この時代の人間にてみれば意味不明な話だぞ。

  春蘭みたいな反応が当然なんだよな。

  「途方も無い話だよな、本当・・・ハァ〜」

  俺はまた深い溜息をついた。

  「あらあら、そんなにふか〜い溜息なんかついちゃってぇ〜。幸せが逃げちゃうわよ、一刀ちゃん♪」

  「っ!?貂蝉っ!!」

  突然背後から全身に寒気を伴う声が掛かり、俺は思わず椅子から飛び上がった。

  後ろを振り返ると、そこにはにやにやしながら俺を見る貂蝉が立っていた。

  「は〜ぁい!一刀ちゃん♪愛するあなたに呼ばれて飛び出てじゃじゃーんッ!!!」

  「俺は別に呼んだ覚えは無いぞ」

  俺はこいつが調子に乗らない様に、ばっさりと切り捨てて置く。

  「あらもう、一刀ちゃんったら、いけずぅ〜!素直じゃないんだからっ!」

  そう言って、貂蝉は俺に向かってキスを求める様に顔を近づけて来る。

  俺は横に避けて貂蝉から距離を取る。

  「うるさいよ。・・・で、姿を見せないと思ったら、今になって出てきて。

  俺達の邪魔をしに来たんだったらとっと帰ってくれ」

  ただでさえ今は心配事が多いというのに、これ以上の面倒事は勘弁してほしい。

  「今日の一刀ちゃん、やけに冷たいのね〜ぇ。

  ひょっとして、体の調子が良くないのかしら?」

  「そう思うなら、俺の体を気遣って俺から離れてくれ」

  「・・・知りたくない?今、あなたの体に何が起きているのか?」

  「・・・お前、何を知っているんだ?」

  「むぅふふふぅ〜、あなたが知りたいと思っている事は・・・」

  「・・・・・・」 

  俺は周りに他に人がいない事を確かめる。

  「・・・教えてくれ」

  俺がそう言うと、にやにやと笑っていた貂蝉の顔は打って変って真面目な顔になる。

  「今、あなたの体に起きているのは・・・」

  そして貂蝉は、俺に衝撃的な事実を告げた。

  「・・・・・・・・・」

  俺は何も言わず、いや何も言えず、椅子に座り直して項垂れる。

  「・・・・・・・・・」

  貂蝉も何も言わず、悲しそうに俺を見下ろしていた。

  「・・・治す、方法は無いのか?」

  「ある事にはあるけれど、今のままではどうする事も出来ないわ」

  「どうすれば、いいんだ?」

  「・・・外史喰らいの暴走を止めるこぉと♪」

  「それ以外に方法は無いんだな?」

  「ええ、その通りよ」

  つまり、やるしかないって事か・・・。

  「・・・この事はまだ誰にも、華琳にも言わないでくれ」

  「それが一刀ちゃんの望みなら・・・ね」

  そう言って、貂蝉はいつものにやけ顔に戻った。

  「北郷ぉ!北郷っ!!いるなら返事しろ!!」

  重い空気をぶち壊すかのように、向こうの方から春蘭の大声が聞こえてくる。

  「春蘭?ここだ・・・!俺はここだ!!」

  俺は椅子から立ち上がると、手を振って自分の居場所を春蘭に教える。

  「おぉ、ほんご・・・っ!?」

  俺に気が付き、俺の方を見た春蘭は強張った表情に変わる。

  ・・・あぁ、もしかして俺の後ろにいる貂蝉が目に入ったのか?

  春蘭は物凄い勢いで俺の所にやって来た。

  「き、貴様はいつかの肉達磨!!何故貴様が北郷と一緒にいる!」

  顔を真っ赤にしながら春蘭は声を荒げて喋る。

  一方、貂蝉はそんな春蘭を見て、嬉しそうな表情で腰をくねらせる。

  「あ〜らぁ、春蘭ちゃん!ひっさしぶりじゃないの〜!

  常連のあなたが最近来てくれないからどうしちゃったのかと心配していたんだ・か・らっ!」

  語尾を強調する貂蝉。春蘭のこめかみに血管が浮かぶのが見て分かった。

  「誰が常連だ、誰がっ!第一、勝手に私を真名で呼ぶな!!叩き斬るぞっ!!」

  春蘭は腰の剣に手をかける。

  「きゃぁ〜!!助けて、一刀ちゃ〜〜ん!!」

  そう言って、貂蝉は俺の背中に隠れる。こいつ、もしかしなくても春蘭で遊んでいるな。

  「それより春蘭、俺を呼び来たんだろ?何かあったのか?」

 

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  春蘭の話によれば、撫子さんが来ているそうだ。

  俺は春蘭と一緒に華琳達がいる天幕の中へと入った。

  「華琳様、北郷を連れてまいりました」

  「ありがとう、春蘭。・・・一刀」

  「ここにいるよ」

  華琳に呼ばれ、春蘭の後ろからひょっこりと出て顔を見せる。

  するとその場には華琳の他、秋蘭、軍師の三人娘、季衣、流琉もいあわせていた。

  「お久しぶりです、一刀様」

  撫子さんは相変わらずの頬笑みで俺に一礼する。

  「うん、久しぶりだね。まさかこんな場所でまた会えるなんて思っていなかったよ」

  「そうですねぇ〜」

  「・・・撫子。今の涼州の様子についてもう一度聞かしてくれるかしら?」

  そう言って、華琳は話が逸れる前に口を挟んで撫子に説明を求めた。

  「はぁ・・・、話す事と言いましてもそれほど話すようなことはないと思うのだけれど・・・。

   涼州は至って平穏でしたし、私が訪れた町も目立った争いごともありませんでした。

  なので、いつもの感じでしたとしか・・・」

  「ちょっと待て!涼州には五胡の大軍勢が押し寄せているのではないのか!?」

  春蘭が撫子を問い詰める。だが、撫子の方は至って平然としていた。

  「そう言われても。・・・何かの間違いではない?」

  「私達の受けた報告が誤報だとでも言うの?それは少し無理がないかしら?」

  確かに桂花の言う通り、五胡の大軍勢が侵攻が全くの嘘、デタラメっていうのはさすがに無理がある。

  桂花だって真偽を確認した上で出征しているだろうし。

  「桂花、五胡の報告はどういった経緯で得られたものなの?」

  華琳が情報の整理という意味を兼ねて桂花に説明を求めた。

  「報告が入ったのは今から十二日前の事です。涼州の駐在軍出身の兵卒によるものでした」

  「その兵卒は今どこに?」

  「報告直後に突然苦しみだしまして、運び込まれた病室でそのまま息を引き取りました。

  医師の見立てでは胸の傷が原因だと」

  「・・・その兵士の身元は分かっているのかしら?」

  「それが・・・検死担当者によれば遺体の損傷がひどく身元断定が困難だったそうです」

  「損傷がひどい?」

  「城に入城した時点で戦闘で負ったと思われる傷が多数ありました。

  それが遺体の腐敗を促進させたものかと思います」

  「・・・・・・」

  華琳は眉をひそめ、難しい顔で黙り込んでしまう。

  「何だか・・・いろいろと微妙ですね、春蘭さま」

  「むむむ・・・、一体どっちの話が本当なのだ?」

  首を傾げながら、春蘭と季衣はむむむとうなり続ける。

  「撫子。お前、本当に涼州から戻ってきたのか?」

  「ちょっと待ちなさい、春蘭。私が嘘を言っていると思っているの?」

  「・・・、私はお前をそういう女だと思っているからな」

  むすっとした顔で春蘭は撫子に返答する。何か意味深な発言だが、どういう事だ?

  「まぁ、ひどい。私がいつそんなひどい事をしたと言うのかしら?」

  「何を!一体どの口が言うんだ!鶏肉ばかり食べていると三歩歩く度に物忘れするとか、雷が落ちた時に

  へそを出していると雷にへそを取られるとか、貴様のしてきた事を言えと言われればいくらでも言えるぞ!」

  「そんな話を真に受けたお前もどうかと思うぞ!?」

  そんな嘘を言う方も言う方だが、そんな嘘に騙される方も騙される方だな・・・。

  「・・・そろそろ話を戻しても良いかしら?」

  と、しばらく黙っていた華琳が口を開いた。

  「こ、これは失礼しました!華琳、どうぞ!」

  春蘭は慌ててびしっと元いた位置に戻ると、華琳は少し呆れ気味に溜息をついた。 

  「如何しましょう、華琳様。ここで斥候を出して調べますか?」

  「亡くなられた兵士さんも不審な点が多いですしね〜。

  ここはちょっと慎重になった方が良いかもしませんねぇ」

  稟の横にいた風も口を挟んでくる。

  「ちょっと!私の調査がずさんだとでも言うの!?」

  「誰もそんな事は言っていませんよ。

  ですが、今回の件に外史喰らいが関与している可能性があります。

  何が起きても良いように万全を期すべきかと」

  「ふん・・・外史喰らい、ね」

  何かこっちをじとーっと桂花が睨んでくるんだか。

  「な、何だよ・・・」

  「あんたのせいよ」 

  「え?」

  「あんたが戻ってきてからずっとろくでもない事ばかり!あんたが戻って来なければ・・・!!」

  「桂花!!!」

  逆鱗に触れた華琳が声を荒げる。

  言われた桂花は言葉を引っ込め萎縮、俺を含めた他の全員も言葉を失い、天幕内はお通夜状態に一変した。

  「思っていないことは口にすべきではないわ、良いわね?」

  「・・・・・・はい」

  顔を青ざめ、萎縮しきっていた桂花が振り絞ってようやく出した言葉がそれだった。

  「・・・今の状況で結論をつけるのは早計でしょう。もうじき夜になってしまう。

  動くのであれば明日、その時に改めて今後の方針を立てましょう。

  それまでにあなた達はこれまでの情報を踏まえて、もう一度考えをまとめておくように、良いわね」

  「「「御意」」」

  桂花達は華琳に一礼をする。

  「撫子。あなたも疲れているのでしょう。今日は天幕でゆっくり体を休めて置きなさい」

  「ありがとう、華琳。では私はこれで・・・」

  華琳にそう言ってその場から歩きだす撫子。

  俺の横まで来ると、彼女は足を止めて俺の顔を見てくる。

  「一刀様・・・。桂花が言ったこと、お気になさらないよう」

  「え・・・、あ、うん」

  「お慰めが必要でしたら、一緒にお休みになりませんか?同じ天幕の下で」

  「え・・・。それって、あなた・・・」

  誘っているのか、この人。

  そう思っていると、撫子は俺の腕を手に取ってさり気なく、その豊満な胸の合間に挟んで来る。

  うぅ・・・いかん!

  この感触に俺の顔がついついにやけてしまう。

  「撫子っ!」

  華琳の一喝に俺も思わずびくっと反応してしまう。

  「きゃー、助けて一刀様ー」

  そう言って、俺の背中に隠れる撫子さん。この人、華琳で遊んでいるな。

  「・・・まぁ、とりあえずだ。

  流琉、悪いけど撫子さんを天幕に案内してやってくれ」

  「はい、分かりました。撫子様、こちらです」

  流琉は撫子と一緒に天幕を出て行った。

  「ふふっ・・・どうやら、彼女に気に入られたようだな、北郷。今度は如何様な手で陥落させたのだ?」

  そう言いながら秋蘭が俺に近づいてくる。

  「全く・・・、お前と言う男は節度が無いにも程があるなっ!」

  「春蘭、俺は別に何かしたってわけじゃ・・・」

  「まぁ、そんな節度の無い男に気を許してしまったのだよな、姉者は?」

  「一言余計だ、秋蘭!!」

  「華琳も華琳だよ。あの人も冗談でやっているだけなんだし・・・」

  「冗談?あなたは彼女が冗談だけで言っていると思っているのかしら?」

  「・・・違うのか?」

  「まぁ・・・、あなたに言った所で仕方のない事でしょうがね、魏の種馬さん?」

  「・・・・・・」

  最後に華琳の言葉に俺は何も言えなくなってしまった。

  しかし、参ったなぁ。

  桂花が俺を責めたのは、外史喰らいの話が原因だ。

  あいつの性分だと、オカルトやSFみたいなジャンルは信じないだろうからな。

  けど、それが事実だと華琳から言われれば桂花は信じる以外にない。

  それでも受け入れられずに苛々していたところに五胡の件が重なった。

  桂花の中に生まれた、どうしようもない苛立ちが偶々俺に向いてしまった、そんな感じだろう。

  でも、それはきっと桂花だけじゃないだろう。

  春蘭もそうだったし、それをちゃんと受け入れられていないはずだ。

  この辺りの齟齬は仕方ないだろうが、今後も同じような起こるかもしれないなぁ。

  「ん・・・?」

  「どうしたの、一刀?」

  「何だか外が騒がしい?」

  天幕の外から妙に騒がしい声が聞こえて来るのが分かる。何かあったのか?

  「・・・確かに、何かあったのか?」

  春蘭は一足先に天幕の外へと出て行ったので、俺達も後を追いかけて天幕を出ていく。

 

-6ページ-

 

  「うわぁあああっ!?」

  「ひぃ、ひぃいいいっ!?」

  恐怖に混乱し、多くの兵士が武器を捨て逃げる。

  先程までの平穏は人とも動物とも区別のつかない怪物の介入により一瞬に不穏へと変わる。

  怪物はその強靭な蹄を使い、その存在を誇示するため、そして倒すべき敵を求めて駆け抜ける。

  双戟を携え、障害となるものは片端から薙ぎ払っていった。

  「一体何があったのだ!?」

  混乱する陣内、春蘭は現状況を把握できずにいた。

  分かることはこの陣内で何かが起きているという事だけである。

  春蘭は近くにいた兵士達を呼び止める。

  「お前達、一体何があったと言うんだ!」

  だが、その兵士達も春蘭と同じく、何が起きているのか分からず、彼女の疑問に答えられずにいた。

  そんな時、向こうから混乱による兵士達の悲鳴と怯声が聞こえる。

  「春蘭!」

  一足遅く天幕から出てきた一刀が春蘭に声を掛ける。

  「ぐぎゃぁああああああっ!!!」

  引き潰されたような断末魔。

  天幕の向こうより吹き飛ばされてきたのは一人の兵士。

  胸に大きな傷を負い、即死の状態で一刀達の前で横たわる。

  当然、二人はその兵士の遺体に目がいく。

  敵襲か、と春蘭が口に出そうとした時、それは天幕の向こうより現れた。

 

  ドォオオオンッ!!!

 

  地面を揺るがす程の足踏み。

  鮮血の滴るその双戟を振るい、その巨大な蹄の形を地にくっきりと付けながら、一刀達にその巨体を堂々と見せつけた。 

 

 

  「な・・・なにぃっ!?!?」

  その姿に春蘭を口を開けたまま言葉を失う。

  その場に居合わせていた兵士は腰を抜かし、体をこわばらせ、その場から離れる事が出来ない。

  「・・・・・・ッ!」

  麒麟は定められた標的を捉え、四本の足で地を蹴る。

  その外見に似合わぬ速度で加速し、春蘭との距離を一気に縮めていった。

  「春蘭!何やっているんだ!?」

  「・・・!?」

  一刀の声で我に返った春蘭ではあったが、その時には麒麟を眼前に捉えるまでに距離が縮まっていた。

  「姉者ぁ!!」

  秋蘭は姉に手を伸ばす。

  だが、その手が届くより先にそれは戟を振り上げた。

  「春蘭っ!!」

  「うわっ!」

  誰よりも早く一刀は動いた。

  春蘭を乱暴に突き飛ばし、麒麟の軸線上から退かす。

  だが、一刀が代わりにその線上に立つ事となってしまった。

 

  ドゴォオオオッ!!!

 

  「ご、ぼ、ぁ・・・ッ!!」

  振り上げられた戟が一刀の体を捉える。

  横腹に戟の柄がめり込み、メキメキと音を立てる。

  一刀は血反吐を吐き、空の彼方へと吹き飛ばされ、彼女達の頭上を通り過ぎていった。

  「北郷っ!」

  闇夜へと消えていく一刀の姿を春蘭は目で追いかける。

  麒麟はそんな彼女達をよそに、狙いを定めた一刀の後を追いかけていくのであった。

 

  「ほ、北郷っ!!」

  「にいちゃぁああああああんっ!!!」

  一刀の身を案じ、春蘭達もそれの後を追いかけようとした。

  「華琳!!奇襲、奇襲やぁ!!」

  だが、それを馬に乗る霞によって遮られる。

  「馬鹿者!それはすでに分かっておる!!今、北郷がそやつに・・・!」

  「一刀?・・・一刀がどないしたって言うんや!もう五胡の連中に襲われたんか!?」

  「ちょっと待て!?五胡だと、一体どういう事だ!!」

  「どないも何も、そら向こうさんも馬鹿やない。奇襲の一つもやってくるやろ」

  「ならば、あの巨大は五胡の兵器、なのか?」

  「はぁ!?何の話や!!夜で向こうさんを発見するのが遅れてもうたんや!もうじき接敵するで!」

  「っ!?!?

  い、一体どうなっているんだ!いったい・・・、一体・・・?!」

  霞との会話で春蘭は完全に混乱し、頭を抱えてしまう。

  「落ち着きなさい!春蘭!!」

  「・・・!す、すみません・・・華琳、様」

  華琳の叱咤で春蘭は我に返る。

  状況を整理するべく、華琳は霞に今の現状を急ぎ伝えた。

  「何やて!それで一刀は大丈夫なんか!?」

  「大丈夫とは言い切れないわね。武器も何も装備していないのだから」

  「そうです、華琳様!早くを北郷を!!」

  「待ちなさい、春蘭!

  ・・・霞、五胡の軍勢は今どの辺りに?」

  「向こうさんは北西にだいたい四里先まで近づいてきておる!」

  「戦闘は避けられないわね。霞、応戦の準備は?」

  「今凪達に大急ぎでやらせとる!後、翠と蒲公英達は遊撃隊として動いてもらっとるで!!」

  「上々よ。あなたも指揮官として型にはまってきているようね」

  「そりゃ、ありがとさんな」

  「では華琳様!早く北郷を・・・!」

  「だから待ちなさい、春蘭!!」

  一刀を助けに向かうべく、走りだそうした春蘭の腕を掴む華琳。

  「か、華琳様!?」

  「今のあなたはひどく混乱している。そんな状態では十分な戦いが出来ると思っているの?」

  「そ、それは・・・!」

  「自分の失態で一刀を危険な目に合わせてしまったと、負い目に感じているのは分かる。

  けれど、気持ちだけで戦いは出来ないの。それは、あなたでも分かるでしょう、春蘭?」

  「・・・・・・はい」

  「春蘭さま・・・」

  季衣は春蘭の側に駆け寄ると手をぎゅっと握る。

  春蘭も落ち着きを取り戻したようで華琳は新たな指示を出す。

  春蘭、秋蘭、季衣、流琉は部隊を率いて凪達と共に五胡の迎撃。

  桂花、稟、風は華琳と共に迎撃部隊の後方支援をするよう指示を出す。

  「・・・霞、一刀の保護はあなたに任せるわ」

  「よっしゃ!任せとき!絶対、うちが守ったるで!」

  「敵の正体は不確定。深追いは禁物よ!」

  「分かっとる。勝てへんと思ったら一刀を連れて一目散に逃げたるわい!」

  「それで結構。・・・では、作戦開始よ!!」

  「「「「「「御意っ!!!」」」」」」

 

-7ページ-

 

  ドサァアアアッ!!!

 

  「が、は・・・っ!!」

  どれくらい宙を飛んでいたのだろう。あの化け物の攻撃をまともに貰ってしまった。

  一瞬?それとも数秒?いや、数分?意識が無くなっていたかも。

  夜空を流れ星のように飛んでいたと思えば、固い地面に思いっきり叩きつけれられる。

  息がまともに出来ない・・・!あと、全身が痛い・・・!

  あばらが何本か折れているかもしれない。

  「は、・・・はぁ、はぁ」

  ゆっくりと呼吸をしながら、首だけ動かして辺りの様子を確認してみる。

  夜空に輝く星々と三日月以外の明かりは無く、辺りはほの暗い闇に包まれていた。

  「!?く・・・ぐぁッ!」

  俺は急いで体を無理やり動かしてその場から離れた。

 

  ドガァアッ!!!

 

  さっきまでいた所にさっきのデカブツが現れる。

  あの固い地面を容易く砕き、地の形を大きく変えてしまった。

  やばかった、マジで・・・!

  「はぁ・・・、はぁ・・・、ぐ・・・!」

  寸前で避けたのはいいけど横腹が痛い。

  息をするともっと痛い。向こうは俺を悠然と俺を見下ろす。

  下半身は馬、上半身は人間の異様な姿。ギリシャ神話にでてくるケンタウロスのようだ。

  そんな事を考えていると、向こうは戟を振り上げた。

  「うわぁッ!!」

  思わず避ける。その瞬間、俺の体から青白い炎が噴き出す。

  振り下ろされた戟の上を飛び越えるように高く跳ね上がった。

  「うわぁあああっ!?」

  思わず声がでる。成都で慣れたと思っていたが、まだ慣れないな、この感じ。

  そんな俺にもう1本の戟が飛んでくる。

  「・・・っ!!」

  俺は体をよじって空中で避けると、それに蹴りを一つお見舞いする。

  空振りした戟に新たに衝撃を加えた事で怪物は戟に振り回され、若干だが体勢を崩した。

  「おっと・・・!」

  無事に着地。今のうちに体勢を整える。

  「・・・、はぁあああああああああッッッ!!!」

  再度、俺の体から青白い炎が溢れ出す。

  燃えるとは違い、燻蒸するような感覚。

  体の悪いところを除去するような行為だ。体の傷も、痛みも消えていく。

  「ふぅ!・・・ハァッ!!!」

  気合いを込めると炎は消える。万全の態勢を整えると、俺は怪物の姿を探す。

  さっきまで攻勢だった奴は攻撃の手を止め、俺の様子を窺っている。

  この間に痛みを無双玉の力で緩和しつつ、身構えつつ、俺は

 何とか打開策を探る。今、俺は武器になりそうな物を持ち合わせていない。

  こんな事ならいつも刃を携帯しとくんだった。

  それとも、剣道だけじゃなくて、格闘技の一つでも習っておいても良かったかもな。

  一定に保ちながら、俺の周りを歩き始める。

  「・・・・・・・・・」

  一周、二周、三周・・・と円を描くように歩いていたと思えば・・・。

  「・・・ッ!」

  飛び出す様な勢いで駆け、俺に突き向かってきた。

  突進に合わせ、奴が放った戟の攻撃を側転でかわす。

  一回転して身体の方向を変え、奴の姿を確認する。

  奴はすでに方向を変え、もう一度こっちに向かって来る。

  今度は両腕を振り上げ、双戟で仕掛けてきた。

  双戟による左右からの挟み攻撃。左右には避けられない、どうする・・・。

  「後ろ・・・、いや、前!」

  怖いけど恐怖に敢えて抗う。怯みそうな後ろ足から前へと踏み込む。

  逃げ腰になっちゃいけない。逃げ見せれば自分を追い詰めてしまう。

 

 ドガァッ!!!

 

  「ごふ・・・!」

  相手の間合いに入り、反撃しようとした。

  けど、俺の喉に衝撃が加わった。向こうはただ右前脚を少し動かしただけだ。

  奴の前脚の膝の出っ張り部分が俺の喉にめり込んだ、それだけの事だ。

  おかげで呼吸が一瞬出来なくてパニックになる。

  そんな俺に左前脚から繰り出された蹴りが俺に追撃ちをかける。

  ドガァッ!!!

 

  あの大きな蹄の先が俺の腹に食い込む。

  食道から喉元にかけて嘔吐感が一気に駆け上がるも吐く事も許さない。

  またも身体は吹き飛ばされ、その勢いで地面を転がり回る。

  「が、がはっ・・・、ごほっ・・・、ごふっ・・・!」

  口の中は鉄の味と、胃液の味が混じった不快な臭いで満たされる。

  俺、力・・・使っているよな?それで、こんなに痛いとか・・・くそ!

  ・・・このままじゃやばいかも。

  「一刀に何やらかしとんねん、怪物ぅ!!!」

 

  ガギィイッ!!!

 

  その聞き覚えのある関西弁。霞か。

  馬に乗ったまま奴に渾身の一撃をお見舞いしてくれた。

  「・・・ッ!」

  思わぬ事だったか、奴は体勢を崩し・・・はしなかった。

  すかさず霞に反撃する。

  「ちぃっ!」

  奴の攻撃を寸前で避け、霞は奴から距離を取る。

  「ったく、何ちゅう固さや!うちの一撃がきいとらんっちゅうんか!?」

  「し、霞っ!」

  俺は急いで霞の元に駆け寄った。

  「一刀、まだ生きとってくれたか!」

  「あぁ・・・何とか」

  「あいつ、めっちゃやばいで。後ろに乗れるか!?」

  霞は左手を俺に差し出す。俺はその手を取り、霞の馬に乗った。

  「よっしゃ、そんじゃうちにしっかり捕まってな!」

  そう言うと、霞は奴とは反対の方向に馬を走らせた。

 

 

  「蒲公英!お前は皆を連れて真桜の方に加勢しろ!」

  「分かった!姉様、気をつけてね!」

  蒲公英は同じ隊の兵達を連れて、右方の劣勢にいる真桜隊の元へと向かった。

  「さぁ、来な!ここはあたし、錦馬超が相手だ!

  悪党は悪党らしく、あたしの槍でぶっ飛ばされやがれ!!」

  五胡の兵士達に決め台詞に合わせた演武を見せつける翠。

  四方を囲んでいるにも関わらず、五胡兵は翠から距離を取り、攻撃に移る事が出来ない。

  霞が一刀を連れ、麒麟より逃走を決意した頃。

  魏軍は月下、何処からともなく出現した五胡軍と対峙、迎撃戦を展開していた。

  最初は奇襲にて劣勢状態であったが、ようやく五分と五分にまで戦況を押し返していた。

  しかし、何故ここに存在しない五胡の軍がいるのか。

  そもそも撫子の言う通り、涼州に五胡が侵攻していないのか。

  その答えは誰一人として見いだせてはいなかった。

 

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  「にしても、一刀、身体大丈夫なんか?」

  霞は心配そうな声で俺に声を掛けてきた。

  「あぁ、霞のおかげで休む時間が出来たから・・・」

  「休んだって、ほんの少しやろう?」

  改めて自分の体を確かめてみる。

  胸や喉はもう痛くはないし、切傷やかすり傷とかも治っている。

  あと、少し体力も回復した様な気がする。流石に服の汚れや傷までは無理ようだけど。

  「無双玉、さまさまだな」

  「へぇ〜、ほんま便利なもんなんな」

  心なしか、霞の声のトーンが低くなった気がする。何か変な事でも言ったか?

  「ど、どうか・・したのか?」

  「ん?いや、別に・・・ただ何か、今の一刀がちょいと面白くないだけや」

  「面白くない?」

  「前みたいな今一つ頼りない感じの方がうちは好きやったんやけどなぁ〜って思うてな」 

  「・・・・・・」

  複雑な気持ちだな、自分でも薄々はそう感じていたけれど、具体的に言われると・・・。

  「せやかて、今の一刀が嫌いってわけやないで!男前な一刀も格好えぇ!

  ただちょっと、今と昔の感じに違いがあり過ぎて、変な気分になっとるだけや」

  「そっか・・・ありがとうな、霞」

  「お、おう!・・・当然やろ?あっははははは!」

  後ろにいるから顔が良く見えないけど、少し照れくさそうに笑っているようだ。

  そうこうしている間にようやく野営地の明かりが見えてきた。

  ここまで来ればもう・・・。

  「・・・っ!霞、左から来るぞ!」

  「何ぃっ!」

 

  ブゥオンッ!!!

 

  「うわぁ!」

  「くぅっ!」

  間一髪、左からの攻撃をギリギリの所で避けてくれた。

  突然の回避行動で体勢を崩しかける馬を霞は必死に制御する。

  俺は霞の腰にしがみつきながら左後方を振り返る。

  そこには双戟を振りかざし、俺達を潰そうと凄まじい勢いで追撃してく奴がいた。

  「霞、どうする!」

  「一刀!このまま奴を振り切るで!」

  そう言って、霞は馬の速度を上げる。

  奴との距離が少し開いたけど、奴はその距離も難なく縮めてきた。

  「霞!追いつかれてるぞ!」

  「分っとる!せやけ、これ以上は無理や!!これがこいつの限界なんや!!」

  「くそぉ・・・!」

  じわじわと距離を詰めて来る。このままだと、また攻撃を喰らってしまう。

  「・・・霞!」

  「化け物が、うちを・・・舐めんなぁっ!」

  突然、馬の速度が下がる。

  俺達の横を奴が通り過ぎ、俺達の前へと飛び出した。

  向こうも急いで速度を落とし、そのままUターン、双戟を構え、こっちに向かって来る。

  「でやぁああああああああああああっ!!!」

  偃月刀を両手で構え、霞は奴との距離を詰めていった。

 

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

 

  すれ違いざまに互いの得物がぶつかり合う。

  そして再びターンして、もう一度攻撃を仕掛けていく。

  「おりゃぁああああああっ!!!」

 

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

 

  刃のぶつかる轟音に散る火花。どっちも引けを取らない攻撃だ。

  「っつぅー!何ちゅう攻撃や!一撃の重さが半端ないで!」

  「霞、大丈夫か!?」

  良く見れば、霞の右手首が赤く腫れて上がっている。

  あの霞がたった数回の剣戟だけでこうなるとは・・・。

  「・・・済まない。俺のせいで!」

  「へへ、一刀にここまで心配して貰えるなんて、役得やで・・・!」

  「霞ッ!」

  俺の心配を鼻で笑って茶化す霞につい大声を出してしまった。

  「分かっとる!けど、ここで退く訳にはいかないんや!

  一刀は守るって、華琳の前で言ったんや!

  ・・・手首が痛いなんて弱音、吐くわけにはいかないんやぁあああっ!!!」

 

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

 

  偃月刀の振るう度に霞が顔を一瞬歪めるが、すぐさま馬を操り、方向転換して奴に向かって行った。

  すると、向こうに動きがあった。

  リミッター解除と言わんばかりに、背中に回していた内側の二本の腕が動いた。

  「4本の腕に、4本の戟・・・!?さすがにやばいぞ!」

  「・・・・・・・・・」

  「・・・霞!?どうしたんだ!!」

  返答が無い霞の肩を揺らして、こっちに意識を向けさせる。

  「・・・あの、得物は・・・まさか!?」

  「おい、何だ!一体どうした!」

  「くそぉ、何であいつが、恋の方天画戟を持ってんねん!?」

  「な、何だって・・・!?」

  恋って、確か・・・呂布の事だったか?

  どうしてここで彼女の名前が・・・、そんな事を考える間を霞はくれなかった。

  馬の速度を上げ、奴へと突っ込んでいく。

  「お前・・・恋を!一体どないしたんやぁああああああああああああああああああっ!!!」

  霞は明らかに冷静さを欠いている。これはまずい展開になってきた。

  「待て、霞!このまま突っ込むのは危険だ!冷静になれ!!」

  霞は俺の話に耳を貸さない。奴は四本の戟を振り上げ、俺達に向かって来た。

 

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

 

  霞の偃月刀と奴の四本の戟が交差した。

  霞の放った一撃は、奴の戟の1本に防がれ、残り3本の戟が俺達に振り下ろされた。

  霞もそれを何とか防ごうと防御を取る。

  1本の戟は防げたけど、残りの2本までは無理だった。

  2本の戟が馬の体を刺し貫き、馬は声を上げる間もな絶命。

  そして奴はその状態のまま戟を握り締め、その怪力で俺達ごと馬を持ち上げそのまま放り投げた。

  「うわぁあああああああああッ!!!」

  宙へと放り出された俺は頭から地面へと急降下に落ちる。

  俺は咄嗟に頭を両腕で庇う。

 

  ドサァッ!!!

 

  地面にぶつかった反動で俺の身体は、水面を跳ねる飛び石のように地面の上を跳ね返った。

  「ってて・・・、はっ・・・霞!」

  打ちつけた肩をさすりつつ、俺は霞の姿を探す。

 少し左の方に見つけたけど、馬の死体の下敷きになって気も失っていた。

  「霞っ!!」

  大きな声で霞の真名を叫んだ。だけど、起きる様子がまるでない。

  そうこうしていると、奴は体をこっちの方に向きを変えている。

  やっぱり体がでかいから、小回りが利かせられないのが有り難い事だけど・・・。

  「ちくしょう・・・、やられるかよ。こんな所で・・・!」

  そうだ・・・、こんな所で・・・、こんな所で・・・、こんな所で・・・。

  俺は何も考えず、後先考えず、霞の横に落ちている彼女の偃月刀を拾い上げる。

  奴の気をこっちに引くために俺は霞から離れる。

  向こうの狙いはきっと俺だろう。こっちの思惑通り、奴は俺の方に向かって来た。

  「・・・やられて、たまるかよぉおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

  俺の中で何かが弾けた気がする。

  偃月刀を強く握り締めて、俺は奴に向かって走り出した。

  少し偃月刀が大きくなった様な気がするが、気にしてなんかいられない。 

  ただ、奴に一撃を叩きこむ。これだけを考える。

  「・・・ッ!」

  先に仕掛けてきたのは奴だった。四本の戟が俺に振り下ろされた。

  「オオオオオオオオオっ!!」

  俺は一直線に奴に飛びかかった。

 

  バッゴォオオオッ!!!

 

  四本の戟が俺に触れる寸前で、俺の右斜めに放った渾身の一撃。 

  奴の外側の左腕を左前肢の付け根部分を斬った。

  暗くてよく見えないけど、斬られた部分から黒い血の様な、オイルの様な液体が吹き出す。

  有効な攻撃だったのか、さすがの奴も体勢を崩して後ろへとよろける。

  「・・・・・・ッ!」

  何かを感じたのか、奴は俺に注意を配って俺から距離を取る。   

  そして、慌ててその場から逃げ出した。

  追いかけようとも考えたけど、この暗さだし何より霞の事もある。

  深追いはしない方がいい。気が緩んだ途端、体から力が抜ける。

  「はぁ〜・・・、今回はマジでやばかった」

  大きく溜息の後、俺はあの戦った相手について振り返った。

  次戦う時までに何か対策を立てた方が良いな。

  伏義の時の様な運任せな戦いに頼ってはいけないものな。

  俺は偃月刀の柄を支えにして霞の所へ戻った。

  野営地の方がどうなったかが気になるし、早く戻らないと・・・。

 

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  奇襲してきた五胡軍との戦いも終わりを迎えようとしていた。

  最初は優勢に進めていた五胡軍だったが、迅速に体勢を整えた魏軍が前線を押し返していた。

  形勢は逆転し、分が悪くなったと判断した五胡軍は撤退を開始していた。

  「ふぅ、こうなったら、もう向こうも押し返せないな・・・」

  撤退する五胡軍を眺めていた翠は一人声を漏らした。

  「しっかし、夜中の奇襲だっていうのにそれを跳ね返しちまうんだから大したもんだな」

  そして、思わず感嘆の声を漏らした。そして同時に考える。

  「そうか・・・、だから自分達は勝てなかったのか。あの時も、あの時も・・・」

  だけどそれだけじゃない。それ以外にも何か別のものがあるのかもしれない。

  だが、翠にはそれが何かは分からなかった。

  「・・・・・・」

  翠の顔に影が入り込む。それは取り返す事の出来ないものを遠くからただ見ている様な、そんな表情。

 そしてそれはもうじき、再び自分の前に立ちはだかる事になる、自分の過去と共に。

  「姉様ぁああっ!!」

  そこに蒲公英が馬に乗って現れる。

  その元気な声に、翠は俯いていた顔を上げて、蒲公英に顔を向ける。

  「おぅ、蒲公英。そっちも上手くやってくれたみたいだな!」

  「へへっ、涼州までもうすぐだっていうのに、あいつ等なんかに負けるわけないんじゃない!

  そうでしょ、姉様!」

  「あ、あぁ・・・そう、だな。そうだよな」

  「・・・、どうかしたの?」

  「へ・・・っ?い、いや、べ、別に・・・何でもねぇよ」

  「・・・・・・」

  「そ、それより、あたし達も後詰めに行くぞ!付いて来い、蒲公英!」

  そう言って、翠は一足先に前線へと急いで向かった。

  「あ、ちょっと!待ってよ、姉様ぁ!」

  蒲公英も先行く姉を追って、前線へと戻って行った。

  だがこの時、蒲公英は翠の様子がおかしい事に不安を抱いていた。

 

-10ページ-

  

 

 

  それから数刻後、五胡軍の撤退を確認した後、俺達は荒らされた野営地を立て直した。

  俺は負傷した霞を連れて衛生兵の処置を受けていた。

  幸い、霞は軽い脳震盪と手首の軽い腫れだけで他に目立った外傷もなくホッとした。 

  俺の方は服が汚れた程度で特に外傷はな。

  もちろん、それも俺に埋め込まれた無双玉の恩恵なのだけど。

  治療する怪我も無いので学生服の汚れを落として俺は天幕を出る。

  すると、そこに華琳が立っていた。

  華琳もさっきの戦いで怪我でもしたのか、なんて考えていたけど・・・。

  「一刀、私と一緒に来なさい」

  「えっ?・・・わ、分かった」

  その無表情で圧のある雰囲気に断れるわけがなくて。

  華琳の言われた通りについて行くとそこは華琳専用の天幕。華琳が中に入っていくので俺も中に入る。

  「華琳、どうしたんだ・・・?」

  もしかしてさっきの事で怒られるのか?

  そんなことを考えつつ、背中を向けたままの華琳に恐る恐る話しかけた。

  「・・・一刀、脱ぎなさい」

  「は?」

  華琳の言葉が理解出来ず、ポカンとしてしまった。

  いや、華琳から誘ってくれるのは嬉しいけど、なんてちょっと桃色な妄想を抱いてしまった。

  でも、今はそんな事をしている場合じゃないはずだし、何より肌を見せたくない。

  ここはちょっと真面目な態度で切り返そう。

  「いきなり何を言い出すんだ。今はそんな事をしている状況じゃ・・・」

  そう思っていたのだけど・・・。

  「あなた、私に何か隠しているわね?」

  ドクンッと心臓が飛び跳ねる。

  華琳のことだ。鎌を掛けているわけではなく、確信の上で言っている。

  「・・・・・・」

  俺は華琳から目を逸らす。だが、それがまずかった。それはYESと言ったも同然だった。

  華琳は早歩き気味に俺に近づき、俺の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

  「もう一度言うわよ。一刀、脱ぎなさい」

  そう言って、華琳は俺を睨みつける。

  「・・・・・・分かった」

  華琳の怒気に観念した俺は装具、学生服、鎧、下着の順に脱いでいった。

  上着を脱いだ俺は天幕の中にあった鏡の前に立つ。

  「・・・・・・」

  俺の体を見た華琳は一言も発する事なくただ黙っている。

  「・・・・・・っ」

  俺は鏡に映った自分の姿から目をそらした。

 

 

  「・・・いつから、そんな風になってしまっているの?」

  「初めて気付いたのは今朝、かな。朝よりも広がっているな、はは・・・」

  誤魔化すにように俺は笑った。正直、上手く笑えているか分からない。

  「まさか、『無双玉』とやらの影響?」

  「・・・さすが華琳。相変わらず察しが良いな」

  「一刀」 

  「・・・ごめん」

  茶化しは無し、か・・・あぁ、そうだよな。分かっているよ。

  でも・・・。

  「悪いけど、今は何も言えない」

  「一刀!」

  華琳は俺を睨む。けれど、こればかりは譲れない。

  「この戦いが終わるまではこれ以上の事は聞かないでくれ。・・・他の皆にも言わないで欲しい」

  「私への説明を放棄するだけなく、更に口を閉じろと言うの?」

  「頼む、今は皆に心配を掛けたくない」

  「あなたの言う皆の中に・・・私は含まれないのかしら?」

  「それは・・・!」

  俺は言葉を詰まらせた。

  これは失言だ。誤解を解こうにも手遅れだった。

  「「・・・・・・・・・」」

  そこで会話が途切れてしまう。

  それはほんの数秒の沈黙だったと思うが俺には数時間に感じた。

  先に口を開いたのは華琳の方だった。

  「他にこれを知っているのは?」

  「知っているのは、貂蝉・・・くらいだな」

  ここは正直に答える。

  ここで隠し事しても意味がないだろうしな。

  「・・・良いわ。今はまだここだけの話にしておきましょう」

  「ありがとう、華琳」

  俺は服と鎧を着直すと何も言わず天幕の出入り口に向かった。華琳の顔を見れなかったから。

  「一刀」

  天幕から出ようとしたところで、華琳に呼び止められる。

  「無理はしない様に・・・、いいわね?」

  「・・・分かった」

  俺はそれだけを言い残して天幕から出た。

  何となくだが、華琳は本当は別の事を言おうとしたんだろう。

  口では無理するなって言っていたけど、あの顔はもっと別の事を言っていた。

  あんな顔を見るのはあの時以来だ。

 

―――逝かないで・・・

 

  済まない、華琳・・・。俺は心の中で彼女に謝った。

 

-11ページ-

 

  「ふぁ〜あ・・・」

  「兄ちゃん、寝むそうだね〜」

  「昨日、ちゃんとお休みになりましたか?」

  「う〜ん・・・、何だか寝付けなくてな」

  翌朝、昨日の事もあってあまり眠れなかった。

  重い瞼を擦り、俺は季衣と流琉と一緒に軍議用の天幕に向かった。

  話の内容は、勿論昨夜の事だ。

  撫子の話、五胡の奇襲、外史喰らい・・・考えなくちゃいけない事はたくさんあった。

  だが、そこは秋蘭の司会進行もあって大分スムーズに軍議は進んだ。

  「涼州に五胡はいない・・・って、それじゃあ昨日の連中は何だっていうんだ?」

  昨日の事を説明し終えると、馬超は皆が感じている矛盾を言葉にしてくれた。

  「曹洪様の話によれば、涼州に五胡の侵攻があったという話は無かったようです」

  「せやけど稟。撫子さんが出立した後で・・・てこともあるんやないか?」

  「だが真桜、それでは例の兵卒の件はどうなる?

  撫子様が涼州を出たのが四日前、時間系列で考えても明らかな矛盾だ」

  「凪ちゃんの言う通りなのって、沙和も思うの」

  五胡が涼州に侵攻してきたという報告をした身元不明の兵卒が現れたのは13日前。

  撫子が涼州を出たのは4日前。

  そもそも成都で女渦の襲撃の直後に建業襲撃と五胡侵攻。いずれも偶然に起きた事にしてはタイミングが良すぎる。

  これも外史喰らいが仕組んだ事なら納得もいく。

  ・・・だとすれば向こうの目的は何だ?やっぱり俺を殺す?外史の削除?

  昨夜のアレは前者かもしれない・・・なら五胡は何なんだ?

  駄目だ、今一全体像が見えてこない。

  「そっちも気になるけど、うちとしては昨日の化けモンが一番気になるんやけど」

  頭に包帯を巻いた霞が話題を変える。

  昨日のあの白銀の鎧に覆われた上が人間で下が馬の巨大な怪物。

  あれが出現した直後に五胡の奇襲があったのを考えれば、この2つに繋がりがあるとみていいかもしれない。

  「一刀が踏ん張ってくれたおかげで追い払えたんやけど・・・」

  「どうかしたの、霞ちゃん?」

  「何かあったのですか?」

  季衣と流琉は霞の顔を覗き込んで様子を見る。

  「・・・あいつ、どういうわけか。恋の・・・、呂布の得物、方天画戟を持っとった」

  「「えええぇっ!?」」

  そこで馬超と馬岱が同じタイミングで声を出して驚いた。

  「そ、それは本当なのか!?」

  「せや、うちもあいつとは付き合いは長い。見間違ごうはずがない。あれは確かに恋の方天画戟やった」

  「でも、もしそうなら恋はどうなっちゃったの?」

  恋・・・、呂布奉先は正和党の反乱の時に趙雲と共に行方が分からなくなっていたはずだ。

  行方不明の人間の所有物がこんな形で出てきたとなると考えられるのは・・・。

  「その化け物がその人本人、と言うことは?」

  そこに今まで黙っていた撫子が話に入ってきた。

  「いや、さすがにそれは・・・」

  「・・・あり得る話かもしれないな」

  撫子の考えを否定しようとした霞の話を遮るように秋蘭がその考えを肯定した。

  「ほ、ほんまかいなっ!?」

  「うむ、実はつい一刻程前に、周喩からの伝令がやって来た」

  「あぁ、先程の兵卒か。だが、それと今の話と何の関係がある?」

  「それがあるのさ、姉者。伝令の話の中に、白銀の鎧を身に纏った怪物の事も含まれていたんだ」

  「向こうにもあんなのが現れたのか!?」

  俺も耳を傾ける。

  「どうもそうらしい。しかも、その怪物の正体が・・・行方不明となっていた趙子龍だったそうだ」

  「「えええええええええぇっ!!!」」

  そこで馬超と馬岱がまた同じタイミングで声を出して驚いた。

  いや、さすがに今のは俺も驚いた・・・。

  「ほ、本当なのかよ!?」

  「うむ。戦闘後、無事に保護され、その後の戦にも参加したようだ」

  「そうなんだ。・・・良かった、星姉様が無事で。・・・あれ、それじゃあ?」

  「成程、あの化けもんが恋って可能性があるっちゅうことやな・・・上等やないか!!」

  霞は握り拳を作った。この様子だと霞は次もあいつと戦うつもりだ、呂布を助けるために。

  「霞ちゃん、あれとまた戦う時はボクも手を貸すよ」

  季衣も霞の心の内を悟ったようで、自分も一緒に戦ってあげると励ました。

  「ああ!そん時になったら頼むで、季衣!」

  「話を戻すとしよう。今、我々が考えねばならぬ事はこれからどうするのか、その方針を定める事だ」

  「ですねぇ〜、もっとも・・・むむむ、どうしたものですかねぇ」

  「何がむむむ、なのよ。華琳様に仕える軍師だって言うのにしょうがないわね」

  「では、あなたはどうなのですか、華琳様に仕える軍師殿?」

  「う、うるさわいね!そういうあなたはどうなの、稟!」

  やれやれ・・・、知の三柱がこれじゃあ・・・まだまだ時間が掛かりそうだな。そんな事を考えて、ふと春蘭

 の方を見ると、両腕を組みながら、凄くイライラしているのが見て分かる。そして軍議の雰囲気がぐだってきた

 と思った瞬間、痺れをきらした春蘭が動いた。

  「ぁあああ〜〜〜、もう面倒臭いっ!何を迷う必要がある!

  倒すべき相手がいるのであれば、さっさと見つけて倒してしまえば良いではないか!?」

  春蘭らしい、実に単純明快な答えだ。

  この状況ではそれがとても清々しい清涼剤になった。春蘭も春蘭で言いたい事が言えてすっきりとした顔をしているし。

  少し間を置いて、この一瞬にして白けきった空気に気付く。

  「はぁ〜・・・」

  桂花が敢えてわざとらしく溜息をついた。

  「全く、あんたって人間は・・・」

  そして呆れ顔で春蘭の顔を見ながら何かを言おうとした桂花だったけど・・・。

  「・・・えぇ、全く以てその通りよ、春蘭」

  「か、華琳様ぁっ!?」

  今まで口を挟まず、軍議を見守っていた華琳が初めて口を開いた。

  しかも、それが春蘭の意見に同意するってものだから桂花もただ両目を丸くして驚くしかない。

  「さすがは華琳様!やはり華琳様は全てを分かっておられていたのですね。

  それに比べて、こともあろうに軍師三人が寄っても華琳様の足元にも及ばないとは・・・情けない!」

  「「「・・・・・・・・・」」」

  春蘭の一方的な発言に返す言葉も無く桂花達はただ黙っている。

  一人は悔しそうに、一人は呆れ返り、一人は眠たそうにしている。

  ここはひとまず、と俺はわざとらしく咳払いをした。

  「・・・華琳。俺達にも分かるようにちゃんと説明してくれないか?」

  「ふふ・・・っ、驚かせてしまって御免なさいね」

  華琳は何処となく、楽しそうに皆に謝った。

  「私が思うに、敵は私達が涼州に来る事を望んでいるのよ」

  「え?それってどういう意味だ?」

  「考えてもみなさい。撫子がここに来たのは飽くまで偶然に過ぎない」

  「・・・あっ、そうか。そう言うことか」

  華琳の説明でようやく理解出来た。成程な・・・さすが華琳だ。

  「えっ、一体何がそういうことなのです?」

  横にいた流琉はまだよく分かっていないようだ。見渡すと流琉以外にも分かっていないのが数人いる。

  「もしもの話をするわ。

  もしも撫子がここに現れなかったら、私達はどうしていたかしら?」

  「そらまぁ・・・、涼州に五胡が来てへんって事を知らないんやから・・・、そのまま涼州に行ってたやろうなぁ」

  霞は両腕を組み、上を見上げた状態で思ったままに喋った。

  「その通り。

  例の兵卒や先の奇襲だって、私達を涼州へ向かわせるための演出の一つに過ぎない。

  つまり、五胡進攻は敵側の狂言なのよ」

  「・・・最初から五胡は存在していない?」

  「戦がない世界に争い事を持ち込むために五胡ほど都合の良い存在はないでしょう。

  外史喰らいの存在を隠す、という意味でもね。

  有るものを無いように見せる、無いものを有るように見せる。いずれも戦術として古来よりあるでしょう?」

  「では、最初に現れた五胡も全て偽物だったと言うのですか?」

  「そうね、秋蘭。そう考えるのが妥当ではないかしら。

  どんな手段を用いてあれだけの数を用意したのかは分からないけれど、

  敵は私達が五胡に目が向くように仕組み、喉を食い破る機会を窺っていた。

  その後、洛陽に現れた黒尽くめの武装集団が外史喰らいのものであるならば辻褄は合うでしょ。

  一刀、あなたが撃退した怪物もその一端だったのでしょうね。

  五胡と黒尽くめが無関係でないのはこれまでの流れで明らかなのだから」

  俺はただ頷くしか出来ていなかった。

  華琳の推論でこれまでの断片的な事象が全てが1本に繋がっていくのだから。

  「確かに話の筋としては通っておりますが、ふぅむ・・・華琳様、やはり腑に落ちません。

  話に聞いた外史喰らいの規模を考えれば、物量で直接叩き潰しに来れば良いものを、あえてこんな回りくどい手法を使う理由が・・・」

  「秋蘭。あなた、外史喰らいを神仏の類かなにかと思っているのかしら?」

  「いえ、そういうわけでは・・・」

  あの秋蘭が珍しく要領を得ない感じだな。

  やっぱり秋蘭でも外史喰らいについて十分に理解できていないようだな。  

  そんな彼女を見て、華琳はふふっと笑っていた。

  「勿論、あなたの言う通りに出来れば最初から向こうもそうしているでしょう。

  でも、そうしない理由は簡単。そうしたくても出来ないからよ」

  「・・・それは?」

  「私が思うに、今の外史喰らいは一定の制限が掛かっているはず。さすがに理由までは分からないけれど」

  「割けるリソースが限られている?」

  「そのりそーすって言葉の意味は分からないけど、そういう事ね。

  だから向こうは直接的な行動が取れない。

  限られた資源で上手くやり繰りしなくていけないのだから」

  「・・・・・・」

  「納得出来ないかしら、秋蘭?」

  「いえ・・・、そういうわけでは・・・」

  「まぁ、あなたの気持ちも分かるわ。

  ここまで長々と話してきたけれど、全ては私の憶測に過ぎないのだし・・・」

  華琳が席から立つ。

  この時の華琳って本当に決まっている。男の俺でも格好良いと惚れ惚れしてしまう。

  「私が言いたい事は一つ。

  相手は決して神でなければ仏でもない。ならば、私達が戦えない道理はない!

  脅威ではある事は間違いない。けれど、必要以上に臆する必要はないわ!」

  天幕内の空気が変わったのが肌で分かる。

  皆が華琳に注目して誰もが自信に満ち溢れていた。

  「私達は得体の知れない存在に対して萎縮し、自分達の思考を縛り付けていただけ。

  ただ一人・・・春蘭を除いてはね」

  「ふふん♪」

  何を勘違いしているのか、春蘭が得意げに胸を張っている。

  「春蘭、喜んでいるとこ悪いんだが、華琳は別に褒めてはいないからな」

  「な、何だと!?そんな馬鹿なっ!」

  ま、そんな春蘭はさておいてと・・・。

  「それで、あたし等を涼州に来るように仕向けているのは誰なんだ?

  外史喰らいといっても、伏羲や女渦のように人間の形をしているとは思うけど・・・」

  俺が言うより先に馬超は早く答えを教えろという感じで華琳を急かした。 

  「さすがの私もそこまでは分からないわ。だから、涼州に行くのよ」

  「ですが華琳様。

  現段階では敵の正体だけでなく、その居場所、その目的も今だ分かっておりません」

  「ふむ・・・、確かにそうね」

  確かに桂花の言う通りだな。華琳も軽く頷いて考え込む。

  「・・・そう言えば撫子様って涼州に何の御用があったの〜?」

  ふと思い出したように、沙和は世間話をする感覚で撫子に話しかけていた。

  「ちょっとした雑務です。ある御方からある物を頼まれましたので」

  「ある御方からある物を・・・何やら気になりますなぁ〜」

  沙和に続いて、真桜も気になったようでその話に入っていく。

  「沙和、真桜。きっと個人的な事情があるのだろう。あまり撫子様を困らせるな」

  凪は真面目気質から軍議中にも関わらず二人の態度を良しと思わず、少し厳しめな口調で口を挟んだ。

  「巻物ですのよ」

  「えぇっ!?」

  だが、撫子は何の躊躇も無く依頼の内容を喋ってしまった。凪は思わず声に出して驚いた。

  「何や、別に問題無かったやないか」

  「巻物ってどんなのなの?教えて欲しいの〜」

  「こんな感じの、ですわ〜」

  そう言って懐から取り出したのは一本の巻物。柄の無い全身黒の巻物だ。

  気のせいか、俺には少し変な感じがする。

  「っ!その巻物は・・・!」

  「何だ、秋蘭は知ってるのか?」

  俺は秋蘭に尋ねてみたが、秋蘭は俺の質問を無視して撫子を問い詰める。

  「撫子!何故それをお前が持っているのだ!?」

  「何故って・・・ですからこれを持ってくるよう依頼されて・・・」

  「そうではない!私が言っているのは、何故その巻物をお前が持っているのか、というのだ!!

  それは元々、私が所有していた巻物ではないか!」

  「・・・ですがこれは、元々は五胡の方々が落として行った物でなかったかしら?」

  「話の主旨はそこでは無いだろうが!」

  二人の会話が微妙に噛み合っていない。

  そのせいか、いつも冷静なはずの秋蘭が珍しく熱くなっている。撫子に上げ足を取られ、秋蘭は割と本気目に怒っているな。

  撫子の天然な素振りを見せているけれど、あの撫子の事だ、きっとわざとそう言っているんだろう。

  「せやけど、何で撫子様がまだ持っとるんです?今の話やと、ある御方に渡したんとちゃいます?」

  「・・・あら?言われてみると、どうして・・・まだ持っているのかしら?」

  撫子は少し考える素振りを見せてから、わざとらしくとぼけた感じに言っている。

  華琳も呆れた感じで溜息を吐いた。そりゃ呆れるよな・・・、と思っていたら不敵な笑みを見せた。

  「全くあなたって人は・・・。

  この世には『強か』という言葉があるけれど、きっとあなたのためにあるのでしょうね」

  「・・・・・・・・・」

  「あなたのことだから、その御方に不審な点があったのではないかしら」

  「・・・さぁ。私が渡し忘れたのかもしれなくてよ?」

  「撫子!華琳様の質問にちゃんと答えんか!」

  「止めなさい、春蘭。

  ・・・秋蘭、その巻物とは一体どういう物なのかしら?」

  「はぁ・・・。それが私にも良く分からず。・・・そうだ北郷。悪いがこれを見てくれないか」

  そう言って、秋蘭はその巻物を俺に渡してきた。そう言えば、前にも巻物の話をしていたっけな。

  「ん・・・、分かった」

  俺は頷くと巻物を手に取り、紐を解いて中身を広げて見る。

  そこには、確かに文字が書かれている。

  「・・・・・・何だ、この文字化けした文章は」

  文字化け・・・、パソコンとかでたまに見かけるやつだな。何でそれが紙媒体の巻物で起こっているんだ?

  「やはり知っているか?」

  「いや、さすがにこれじゃ何が何だか分からないよ。でも、これは明らかにこの世界も物じゃなさそうだな」

  パソコンに詳しい人間なら何か分かるかもしれないけど・・・少なくとも俺には専門外だ。

  「ま、当然よね。私や秋蘭でも分からないものを、あんたごときが分かるなんて天地が真逆にならない限り有り得ないわ」

  相変わらずひどい言われ様だな。そんな桂花の罵倒に耐性が付いてしまった俺自身が少し悲しくなる。

  「・・・全く、軍議中に無駄話をするなんて、非常識にも程が・・・!」

  「あら、そうとは限らないわよ、桂花」

  「えっ?」

  桂花は華琳の思わぬ口挟みに、またも目を丸くして華琳を見た。

  「今の話で敵の正体に目星がついたのだもの」

  何だって?

  今の話の中で敵の正体に結ぶ付きそうな所って一つしかないぞ。

  「もしかして、撫子さんの話で出てきたある御方が?」

  「撫子に依頼した人物はその巻物を必要としていた。その巻物は五胡の落とした物、だったわね?」

  「はい、その通りです。これは先の五胡との戦の際に回収されたものです」

  「存在するはずのない五胡の落し物を、どうしてその御方は撫子に頼んでまで欲したのか?」

  「・・・あ!」

  「今回の黒幕は五胡と裏で繋がっているのは明らかよ。となれば、黒幕とある御方は同一人物であるのは明白ね。

  十分にあり得る話だと私は考えるわ。どう、撫子?」

  「・・・・・・ふふっ。お見事、と言っておきましょう」

  おめでとう、と言わんばかりに撫子は拍手する。

  うーん、この人本当に底が知れないな。腹黒い、とも言えるけど。

  「それなら正解した私にご褒美を頂こうかしら。

  ある御方の正体・・・言っておくけれど、この状況での隠し事はあなたであろうと容赦しないわよ」

  「・・・その御方の名は、祝融。涼州の中央部を治める刺史でございます」

  「祝融・・・、聞かない名前ね。稟、この名前に聞き覚えは?」

  「いえ、涼州中央を治める刺史はそのような名前ではありません」

  「では、その祝融という人は何者なのですか・・・って聞くまでもないのかな」

  「ええ。それに涼州に行けば全てが分かるわ、流琉」

  「じゃあ・・・」

  「ニ刻後、進軍を再開する!敵の名は祝融!!敵は涼州にあり!!」

 

説明
 こんにちわ、アンドレカンドレです。

 前回より時間が空いてしまい、本当に申し訳ありません。レポートやら実家帰省・・・、更には話の全面的な再構成に時間が掛かってしまいました。結果、改訂前より、大分変更されている部分がありますので、ご了承願います。

 さて、今回は涼州編です。一刀君の活躍にご期待して頂けると、幸いです。あと、お話の冒頭の内容ですが、もしかすると、人によっては快く思わないものかもしれません。この辺りについて第3者の意見が欲しいところです。

 では、真・恋姫無双 魏・外史伝 第二十三章〜敵は涼州にあり〜をどうぞ!!
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コメント
jackryさん、最初のコメント感謝します!(アンドレカンドレ)
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