そらのおとしもの 二次創作 〜プライドある戦い! Ver.T&S (後編)〜
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 そして、決戦の日は訪れた。

 

「さあ! やってまいりました空美中学特別戦! 実況はおなじみ数学の竹原がお送りします!」

 空美中学の校庭に特設されたリングに多くの観客席に歓声が響き渡る。

「今回は五月田根会長の計らいで実現した特別戦! 桜井智樹選手と見月そはら選手の一騎討ちとなります!」

 観客席に響く歓声はさらに大きなっていく。会場のボルテージはすでにウナギ登りだった。

「そして解説はこの方々! 各選手のメインコーチを務めたイカロスさんとニンフさんにお越しいただきました!」

「よろしく、お願いします」

「解説って二人もいるの? まあいいけど」

「ニンフさんは桜井選手、イカロスさんは見月選手のコーチを務められたそうですが、ズバリ勝算は?」

「トモキの勝ちよ」

「そはらさんの勝ちです」

 両者共に即答。一瞬の間の後、二人は静かに視線を合わせた。

「…ねえアルファー。いくらなんでもソハラの肩を持ち過ぎなんじゃない?」

「…ニンフこそ、希望的観測を言っている」

 実況席のボルテージもウナギ登りだった。乱闘開始直前的な意味で。

「え、えー。ちなみに今回のレフリーは公正を期す為にアストレアさんが起用されています!」

 我が身の安全を確保する為にすかさず話題を変える竹原。彼もまた処世術を身に付けた大人であった。

「そもそも今回のルールの場合、レフリーって必要なの?」

「だからこその、アストレア…」

「―あ、なるほど」

 智樹のパイタッチとそはらの殺人チョップ。それを先に当てた方が勝つのが今回の決闘のルールであり、逆にそれ以外のルールは無いに等い。仕事はせいぜいラウンドコールと勝者認定の宣言のみである。ありていに言えば、アストレアというレフリーは場を盛り上げる為の飾りだった。

『イエーイ! リング上は私が法律よー!』

「あの子、楽しそうね…」

「…うん」

 ニンフとイカロスはリング上で観客の声援に応えるアストレアへ温かい視線を送っていた。それが少しだけ生温かい方の視線だったと、後の竹原は語る。

「いよいよ両選手の入場! まずは桜井選手です!」

 

 

 

   〜 プライドある戦い! Ver.T&S (後編)〜

 

 

 

『気持ちのイイとこ〜 飛び出てる〜』

 

 気の抜けたBGMと共に赤コーナーへ一人の少年が歩み出してくる。赤いブリーフパンツを履き、女性用の下着を頭に被った彼は静かにリングに登った。リングサイドには彼のセコンドである守形英四郎の姿もあった。そしてリングに登った彼は女性用の下着を脱ぎ捨て素顔をさらす。そう、かつてある戦いで猛威をふるったマスク・ド・パンツの正体は桜井智樹その人だったのだ。

「さっくっらい! さっくっらい!」

「死ねー! ゴキブリ―!」

 男子の歓声と女子の罵倒が一体になってリングに降り注ぐ。

「これは…?」

 彼、桜井智樹は観客の声援の一部が自分に向けられている事に驚いていた。彼の記憶では今回の決闘は一種の賭け事になっていて、自分に賭けたクラスメイトが皆無だったと聞いていたからだ。

「智樹、後だ」

 守形の言葉に後ろを振り向くと、背後のバックスクリーンに智樹の特訓風景が映し出されていた。

 

『がはぁ!!』

 アストレアのチョップを受けて血を吐き、倒れこむ智樹。

『もう無理よ! 少し休みなさいよ!』

『駄目だ、やっとタイミングを掴んで来たんだ。もう少しだけ!』

 ニンフの制止をふり切り立ち上がる彼は漢の顔をしていた。

 

「お前の努力は影でこそ生きるものかもしれん。だが、やはりそれを伝える人間も必要だと思ってな」

 守形は智樹の特訓風景を撮影し密かにクラスの男子に見せ、その熱い厨二の姿で男子を感化させていた。それは特訓そのものに貢献する事のできない彼なりの援護だった。

「先輩…」

「これで条件は五分だ。勝てるな、智樹?」

「もちろんっすよ!」

 智樹は笑顔でサムズアップする。万の援軍を得た気分だった。

 

 

「続いて見月選手の入場です!」

 

『岬〜めぐりの〜 バスは〜走る〜』

 

 こちらもまた気の抜けたBGMと共に青コーナーへ一人の少女が歩み出してくる。女子プロ風のビキニコスチュームと白いマスクに身を包み、彼女もまた静かにリングに登った。リングサイドには彼女のセコンドである五月田根美香子が不敵な微笑を浮かべている。そしてリングに登った彼女はそのマスクを脱ぎ捨て素顔をさらす。そう、かつてある戦いでマスク・ド・パンツを死に至らしめた謎の覆面レスラーは見月そはらその人だったのだ。

「…うわ」

「………嘘でしょ」

 会場は不気味な沈黙に包まれ、本来応援するはずの女子ですら言葉を失っている。その理由は彼女の背後のバックスクリーンに映し出されている光景にあった。

 

『ハハハ、カカッテキナサげふぅ!』

『チョ、オマ、ツヨスギうげぶは!』

 映像内のそはらは明らかにプロレスラーと思われる外国人数人をチョップ一撃でマットに沈めて行く。それも男子女子問わずである。

 

「おい、今の世界チャンプじゃなかったか…?」

「ゴキブリ、終わったわね…」

 観客から絶望の声がある中、さらに映像は続く。最後の映像では練習台となっていたイカロスさえ一撃でマットに沈んでいた。

「うそ… でしょ…」

 これには実況席のニンフもさすがに絶句した。ウラヌス・クイーンと呼ばれ、シナプス最強を冠するエンジェロイドを一撃で倒す存在など誰が想像できるだろう。

「ねえアルファー、あれは演技よね?」

「あと数パーセント破壊力が予想値を上回っていたら、私の頸部(けいぶ)が損壊していた」

「…ああ、そう」

 イカロスの言葉にニンフは目を逸らす。考えてみればイカロスは演技ができる性格をしていない。ついでに言えば嘘もつけない。つまり掛け値なしの事実なのだ。

 

「トモちゃん」

「なんだ」

「勝つよ、私。その為にイカロスさんをこの手にかけたんだから」

「悪いけど駄目だな。今の俺はニンフとアストレアの屍の上に立っているからな」

 リング中央ではすでに両選手が視線で火花を散らしていた。

 

「…なにか、あったの?」

「まあ、色々とね…」

 イカロスの問いにニンフは遠い目をしながら答えていた。

 一応誤解のない様に記述するが、三人のエンジェロイドは健在である。ニンフだけは若干の精神的疲労を負っていたが。

「え、えーっと。ファイッ!」

「今! ゴングが鳴らされましたぁ!!」

 カンペを読みながら試合開始をコールするアストレアと実況を始める竹原。

 こうして、桜井智樹と見月そはらの決闘は開始された。

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 ゴングと同時にリングへ飛び出したのは智樹だった。一直線にそはらへと突進する。

「オーパパパパパパイッ!」

「で、出たー! 桜井選手の百列揉み手だー!」

 百列揉み手。

 かつてマスク・ド・パンツであった時の智樹の必殺技である。そのスピードと正確さは五月田根会長でさえしのぎ切れなかった程だ。それを開始早々に使う智樹は最初から全力で勝負に出ているという事だろう。

 しかし―

「―そこっ!」

 そはらはそれを一撃でなぎ払う。

 振り下ろした右の手刀は彼の両手を一閃で弾き飛ばした。

「くッ!!」

 痺れる両手を抱えて距離をとる智樹。それを逃がすまいとそはらが追撃する。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 普段の彼女からは信じられない気迫が込められた手刀が智樹を襲う。

「ああー! 桜井選手絶対絶命ー!」

「大丈夫よ! いけるわ!」

 実況する竹原の声色は絶望に染まっていたが、それに対してニンフの表情は自信に満ちていた。

「見えるッ!」

 左水平方向から自分の顔面に伸びてくる手刀を、智樹はスウェーバックでかわす。ニンフ分析によって導き出されたパターン通りの軌道に智樹は驚きつつも彼女に感謝した。

「もらったぁ!」

 すかさず体勢を立て直しパイタッチを試みる。しかし、そはらの反応も早い。

「まだよっ!」

「ちぃッ!」

 横なぎから打ち下ろしの方向へ手刀の軌道を修正し、智樹の反撃を止める。

 勢いを殺された智樹はそはらの横をすり抜け、リング中央を通り越しロープへと走る。

「いくぜッ!」

「ああー! 桜井選手が飛んだ―!」

 ロープの反動を利用し、縦横無尽にリングサイドを飛び回る智樹。二頭身だからこそ成せる荒業である。

「いけぇッ!」

 相手の背後から襲いかかる智樹。しかしまたもそはらは反応する。

「無駄だよっ!」

 完全に智樹の狙いを見極めていたそはらは振り向きざまに横なぎの手刀を振るう。

「くそッ!」

 ギリギリの所でそはらの迎撃を避け、リングに転がり込む。続くそはらの追撃を避けるために転がりながらリングサイドへ逃げ込んだ。

 

「ここでゴング! 第一ラウンド終了です!」

 

 ゴングの音が鳴り響き、第一ラウンドが終わる。

 意気揚々とコーナーに戻るそはらに対し、智樹は息絶え絶えであった。

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「開幕から息詰まる攻防でした! 攻めていたはずの桜井選手の方が疲労している様に感じますが、どうでしょうニンフさん」

「大丈夫よ、ソハラのチョップの軌道はちゃんと読めているもの。それにトモキにはまだ奥の手があるわ」

「それは、こちらも同じ。そはらさんは、マスターのセクハラがなくても、十分に力を出せている」

 冷静に受け答えするニンフと、あくまでそはら側の姿勢を崩さないイカロス。両者は再びにらみ合いを始めた。

「…アルファー、もしかしなくてもソハラに入れ込む様にってトモキから命令があったでしょ?」

「…ノーコメント」

 実況席の空気が最悪の方向に向かいつつ、第二ラウンドへの時は近づきつつあった。

 

 

「…劣勢か」

「ぜぇ、ぜぇ… まあ予想通りじゃないっすか?」

 赤コーナーに座り込む智樹に守形が水を差し出す。

「やはりアレを使うしかないか。…いけるか?」

「やりますよ。その為にやってきたんですから」

「そうか、なら何も言わん。だが相手にも奥の手の一つや二つはあるハズだ、過信はするな」

「うすッ!」

 智樹と守形側にはまだ勝機を見出す切り札がある。そしてそれを切る事にためらいは無かった。

 

 

「桜井くんもやるわね〜」

「はい、それにまだ奥の手も隠してそうです」

「流石に良く分かっているのね〜」

「幼馴染、ですから」

 程良い緊張感を持ちつつ、そはらの表情には笑みがあった。

「…こっちも使う?」

 美香子の言葉には彼女にしては珍しく僅かな緊張の色がある。

「使います。もっとも、トモちゃんの出方を見てからにしますけど」

 そはらと五月田根の陣営にも切り札が存在する。

 

 両者共に切り札を持ちつつ、その存在を薄らと感じている。

 こうして両者を限界へと誘う第二ラウンドが始まる。

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 第二ラウンドは先ほどのラウンドとうって変わって静かな立ち上がりになった。じりじりと間合いを詰める両者の間から緊張感が漂ってくる。先に動きを見せたのは智樹だった。

「さすがだなそはら。だが、勝つのは俺だ!」

 両手を赤いブリーフパンツに手をかけ、智樹が勝利を宣言する。

「俺の奥の手、今こそ見せてやる! 脱衣(トランザム)ッ!!」

 叫び声と共に智樹がパンツを脱ぎ捨てる。黄金のオーラを発しながら一糸もまとわぬ全裸と化した勇者がリングに降臨した。

「と、と、トモちゃん……っ!」

 そはらは智樹を見ながら赤面していた。さすがに彼の切り札がこういう物だとは予想できていなかった。

「さあ、いくぜ!」

「…くっ!」

 目にも止まらない速度でリング内を疾走し始める智樹に翻弄されるそはら。その速さと同時に彼の体の一部分が振り子運動する度に集中を乱される。今やリングの支配権は完全に智樹の物になっていた。

 

「こ、これは…! 桜井選手は凄まじい奥の手を出してきましたぁ!」

「さすが、マスター…」

 ようやく我に返った竹原が実況を再開する。イカロスも智樹の奥の手に目を奪われていた。…特に下半身の一部に。

「あっと! 只今この技の発案はニンフさんだという情報が入りました!」

「本当? ニンフ?」

「ち、違うわよ! ただ私は速く動きたいなら服でも脱げばって冗談で言っただけよ! それをトモキとスガタが本気にしちゃって…!」

 真っ赤になって弁解を始めるニンフだが、やはり智樹の奥の手に目を奪われつつあった。もちろん下半身の一部に

 

 それにしても全裸になった桜井智樹がパワーアップしたのは何故なのか?

 人間は衣服を着ている状態では僅かだが運動能力が低下する。衣服には重量が存在し、それと同時に空気抵抗を増やしてしまう為である。その理論で考えると、人間は全裸になった時こそ全能力を開放する為の条件を得る事になる。

 さらに桜井智樹に限っていえば、全裸によって得られる特殊効果はそれだけではない。全裸によって得られる開放感と爽快感、そして幼馴染への露出という性的興奮は心のドライブ(=GNドライブ:ジャイアンナルシストドライブ)に青く輝く炎の光を灯す。GNドライブのオーバークロック作用により全裸の快感を得た彼は一時的に普段の数十倍の能力を引き出す事に成功していた。

 今、彼は人間にして人間の数十倍の能力を有する新たなる存在。露出狂(イノベイダー)として覚醒を遂げていた。

 

(いける! これなら勝てる!)

 そはらを翻弄しつつ、勝利を確信する智樹。そはらが右の手刀を振り抜いた隙を逃さず胸元へ手を伸ばす。

「―――ッ!」

 次の瞬間、智樹の予想範囲外からの手刀が彼の顔へ伸びる。

「う、おおおおぉぉ!?」

 完全に不意をつかれたそれを、脱衣(トランザム)で向上した身体能力のみで回避する。素早くリングサイドまで後退し平静を装おうとするが、驚愕の表情までは隠せなかった。

「…かわしたね、流石トモちゃん」

「そはら、お前…ッ!」

 智樹を襲った予想外の攻撃の正体、それは―

 

「二刀流(ツインドライブ)…! これがお前達の奥の手か、美香子!」

「うふふ、発案はイカロスちゃんなのよ〜」

 険しい顔の守形と不敵に微笑む五月田根会長。

 智樹の奥の手に対してのそはらの切り札。それは左手を用いた手刀の二刀流だった。

「アルファー、あんたなんて事を…!」

「…言ったハズ。そはらさんが、勝つ」

 

 見月そはらはこれまで殺人チョップで何度となく桜井智樹を制裁してきた。しかしそれは全て右手一本で行ってきた事。ではなぜ左手を使わなかったのか? 答えは単純明快、その必要がなかったからである。

 彼女のチョップは一度放たれれば間違いなく智樹へ命中し、制裁する。そういう法則があるかのごとく智樹がそれに抗えた事は無かった。故に第二撃は考えるだけ無駄な事だったのだ。しかし今は違う。桜井智樹は彼女のチョップを避け、その力を持って彼女を脅かす存在になった。彼女とイカロスはそうなる事を見越し、切り札として左手の使用を準備していた。

 

「さあ、いくよっ!」

 封印を解かれたそはらの左腕が、右手と共に唸りをあげて智樹を強襲する。

「脱衣(トランザム)ッ!」

 縦横無尽な軌道で襲いかかる手刀を動体視力と反射神経で回避する智樹。すでにニンフが解析した彼女の攻撃パターンは無になったも同然であり、脱衣(トランザム)の使用によるパワーアップが無ければ対抗できない状態だった。

(攻められねぇ…!)

 しかも反撃のチャンスが無い。そはらが両手を使用する事で攻撃の死角が無くなり、手数も二倍以上になっているので隙が皆無に等しい。じりじりとリングサイドに追い詰められていく智樹。

「これで、終わりよっ!」

「まだだぁッ!」

 右の手刀をかわし、左の手刀を白羽取りで受け止める。明らかに悪あがきに等しい行為だったが…

 

「ああっここでゴング! 第二ラウンドが終了です!」

 

 ゴングの音が鳴り響き、第二ラウンドが終わる。

「命、拾いしたね、トモちゃん…」

「…お互い、な」

 両者がセコンドへ戻っていく。しかし第一ラウンドの時と違い、智樹だけでなくそはらもまた肩で息をしていた。

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「両者共に恐ろしい切り札を持っていました! しかし情勢は見月選手に有利か!? ニンフさん、桜井選手に逆転の秘策はあるんでしょうか?」

「脱衣(トランザム)でさえ歯が立たないんじゃ… それにアレの効果持続は精々3分。人ってどんな快感や苦痛にも慣れる生き物だから、それ以上は続かないのよ…」

 ニンフは力無く首を横に振った。

 脱衣(トランザム)はその解放感と爽快感、そして見せる側の興奮によって始めて真価を発揮する。しかし時間と共に快感に慣れ、それが薄れていく事で効果は減衰していく。その限界時間が3分という制約だった。

「ああもう〜! 今月のお小遣い全部賭けてるのに〜! お願いだから勝ちなさいよトモキのバカ〜!」

「えー、見月選手の陣営としてはこのまま詰めに移るんでしょうか?」

 軽くヒステリーを起こし始めるニンフを流し、イカロスに話をふる竹原。しかしイカロスの表情は優れなかった。

「…押しきれなかった。アレを使ったら、そこで終わらせないといけなかったのに…」

「イカロスさん、それは一体どういう意味ですか?」

「二刀流(ツインドライブ)は、諸刃の剣…」

 青コーナーのそはらを見つめるイカロスの瞳は不安げに揺れていた。 

 

 

「見月さん、大丈夫?」

「…はい、なんとか」

 セコンドで息を整えるそはらの肌には大量の汗が浮かんでおり、息も荒い。第一ラウンド終了の時とまるで別人だった。

「それに、トモちゃんも、限界は近い、ハズですから…」

「やっぱり分かる物なのね〜」

「付き合い、長いですから」

 静かに息を整えるそはらの表情は安らかだった。

「次のラウンドで、最後になると思います。会長、もしもの時は…」

「使うのね、アレも。…本当にいいの?」

「できる事は全部しないと、付き合ってくれたトモちゃんに失礼ですから」

 決意に満ちた瞳をするそはらに、五月田根会長は静かに頷いた。

 

 

「見月の消耗が激しいな。いくら両手を使い出したからとはいえ、何かあったのか?」

「………あいつ、昔は体が弱かったんですよ」

 赤コーナーで替えのパンツを履いた智樹は静かに呟いた。

「何だと?」

「今でこそ元気ですけど、それでも運動部に入れるほどってわけじゃないですし。本当はこういうの、苦手なんですよ。だから二刀流(ツインドライブ)の使用で一気に疲れが出てきたんだと思います」

「そうか、それでお前は…」

 試合開始から常に全力で攻勢に出ていた智樹。それはスタミナに不安を抱えるそはらが満足に戦える内に決着をつけられる様にとの気遣いだった。

「俺も限界が近いですし、次のラウンドで最後だと思います」

 限界以上のパワーを引き出す脱衣(トランザム)の使用は、使用者の身体を急速に消耗させていく。智樹自身、自分の体が長くない事を悟っていた。

「俺から言える事は一つだけだ。全力で挑み、勝って来い」

「うっす!」

 コーナーを出て行く智樹の表情に恐れや後悔は無い。ただ勝つという意思のみ。

 

 こうして、運命の最終ラウンドのゴングが鳴る。

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 最終ラウンドのゴングが鳴り、両者はゆっくりとリング中央へ歩み出す。

 智樹は替えのパンツを履き、そはらも構えるのは右手のみ。どちらも切り札を使うタイミングを計っている様子だった。

「うおおおおおおおッ!」

「はぁっ!」

 互いに攻勢に出つつ、決定的な隙をうかがう。しかし状況のこう着は長くは続かない。

「…っ!」

 水平に右腕を振りぬいたそはらの体勢が流れる。彼女の体力は限界を迎えようとしていた。

「―ここだッ! 脱衣(トランザム)!」

 パンツを脱ぎ捨て最後の特攻にでる智樹。

「まだっ!」

 残された左腕でそれを迎撃するそはら。

「なんのおおおおおおぉぉッ!」

 叫びと共に智樹は再加速。打ち下ろされる左腕を懐に潜り込む事で回避する。その先には無防備なそはらの豊満な胸がある。

「とった!」

 そこへ迷わず手を伸ばす。僅か数センチ先には勝利の証があった。

「あああぁぁぁぁぁ! 見月選手絶対絶命ー!」

「やったぁ!」

「―!」

 実況席の三人が思わず立ち上がる。観客からも歓声と悲鳴が上がった。

「…ごめんなさいね、見月さん」

 五月田根会長だけが静かに手に持っていたスイッチを押す。次の瞬間のそはらのコスチュームのブラのホックが小さな音を立てて外れた。

 

「…な、生パイ…だと…?」

 智樹の動きは完全に停止し、鼻からはたらりと鼻血が出ていた。

 いつもスケベで煩悩の塊といわれる彼だが、実は一線を越えるセクハラまではしていない。意外と根は紳士かつヘタレであった。

「―――い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 智樹と同様に静止した会場内にそはらの悲鳴が響く。同時に振りぬかれたハズの右腕が智樹の脳天へと叩き込まれる。

「あべしッ!」

 それはかわす間も無く智樹に直撃し、彼はリングに沈んだ。

 

 見月そはらの殺人チョップとは桜井智樹のセクハラを過不足無く確実に制裁する絶対の聖剣であり、そこには速度や破壊力などさしたる関係は無く、ある意味法則の様なものである。イカロスとの特訓で擬似的に使用を可能にしていたが、実際には本来の性能を発揮しきれていなかったのだろう。それが彼に裸を見られた事で本来の性質として解放されたのかもしれない。

 

「ああー! 桜井選手にクリーンヒットォ! 勝敗規定により、これで試合終了です!」

「え、えっと、試合しゅーりょー!」

 レフリーのアストレアが試合終了を宣言する。それと同時に客席から歓声が上がった。

 

「美香子…」

「見月さんが選んだ事よ。それに私達が言える事はないわ。そうでしょ英君?」

「…ああ。お前も辛い選択をしたな」

「英君こそ、お疲れ様」

 静かに健闘をたたえ合うセコンド。

 

「ねえアルファー。やっぱりソハラに入れ込む様にってトモキから命令があったの?」

「マスターからは、頼んだ事以外は好きにして良いって言われた。…でも何をしたらいいか分からなかったから」

「トモキに聞いたら、ソハラに協力しろって?」

「マスターは、そはらさんを応援してみろって。ニンフは、これで良かったと思う?」

「…さあ。気になるなら後でトモキに聞いてみたら?」

「うん」

 複雑な表情をするニンフとその返事に納得するイカロス。

 

「トモちゃんのバカー! エッチー!」

「い、いだッ! そはらさんッ! マジで死ぬからッ! やめてくださぐはぁッ!」

 リングに沈んだ智樹に続けてチョップを繰り返すそはらは少しだけ錯乱していた。ある程度覚悟していたとはいえ、当然ながら羞恥心があったのは言うまでも無い。

「あ、あわわ! ソハラさんストップ! ストップですー!」

 リングマットにめり込んでいく智樹を助けようとするアストレア。その救出は難航しそうである。

 

 

 こうして、桜井智樹と見月そはらの決闘は幕を下ろした。

「トモちゃんの、バカァァァァ!」

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」

 両者の心と体に大きな傷跡を残して。

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「応援の意味が違う」

「…そう、ですか」

 翌日、桜井家の家主の部屋でイカロスは智樹に叱られていた。

 智樹の思惑としては、そはらを応援させる事でイカロスに感情の発露を促す事を期待していたのだが…

「だいたい二刀流(ツインドライブ)ってなんだよ。もっと、こう、リングサイドではらはらするとかさ。そはらに声をかけるとかさ。色々あったんじゃないのか?」

「応援とは、相手を勝たせる為にする事だと会長さんが…」

「またあの人は… いや、間違ってないんだけどな…」

「…申し訳ありません」

 大きなため息をつく智樹を見てしょんぼりと肩を落とすイカロス。

「ああ、そうだ。一応確認しておきたいんだけど」

「なんでしょうか?」

 

 

「今回やった事、イカロスは楽しかったか?」

「………はい」

 

 

「そっか。なら、まあいいや」

 イカロスの返事に苦笑しながらも満足気に頷く智樹。

(今度は会長が絡まない事を前提にしないとなぁ。ニンフの事も何か考えないと…)

 今回の事は智樹なりにエンジェロイド達の事を考えての行動も含まれていた。

「ですがマスター、これでよろしかったのでしょうか? そはらさんが勝ったらマスターのコレクションが…」

「ああ、大丈夫大丈夫。あいつだってそんな事までしないさ」

 勝ったら智樹のコレクションを燃やすとまで公言していたそはらの行動を懸念するイカロスだが、智樹はそれを笑い飛ばした。付き合いの長い彼女への信頼が成せる反応だった。

「ですが…」

「お前が気にする必要なんて無いって。せいぜいちょっと買い物に付き合わされるだけさ。 …ん?」

 珍しく食い下がるイカロスをなだめる智樹だが、ふとした異常を感じた。

「なんか焦げくさいな。…庭からか?」

 部屋の窓から庭の様子を確認した智樹は―

「―ッ!?」

 絶句した。庭ではそはらとニンフ、アストレアまで集まって焚火をしていた。その焚火の燃料を彼は良く知っていたからだ。

「俺のコレクション… だと…?」

「あ、トモちゃん。約束通りに燃やしてるからね、トモちゃんのエッチな本♪」

「ば、ちょ、おま…」

 朗らかな笑顔で死刑宣告をするそはらに何も言い返せない智樹。

「やっきいも〜、やっきいも〜。早く焼けないかな〜?」

「まだ入れたばかりでしょ。もう少し待ちなさいよ」

 アストレアとニンフも楽しそうに焚火を眺めていた。

「先ほどそはらさんがマスターの押し入れを開けて、コレクションを…」

「それを早く言えぇぇぇぇ!!」

 部屋を出て階段を駆け降りる智樹はもう涙目だった。

「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」

 もう全てが手遅れだと知っていながらも、智樹は走り続けた。

 

 

「幼馴染だからこそ約束は守らないとね。私ってイイ女♪」

「幼馴染だからこそ察しろよ! この理不尽チョップ女!」

 

 

「…二人とも楽しそうねよね」

「うん」

「やっきいも〜。やっきいも〜」

 口論をしながらも楽しそうな二人をエンジェロイド達(若干一名を除いて)は少し羨ましそうに見つめていた。

説明
『そらのおとしもの』の二次創作になります。
前編から一カ月も間が空いてしまいました、それにはいくつか訳がありまして…

1.リアル事情:皆さんも御存じのとおり、震災で今も多くの人が大変な思いをしています。私は無事でしたがその影響も少なからずあるわけで…二次創作を通して少しでも読んでくれた人を楽しませる事ができれがいいなと。
2.元ネタの拝借:今回、ある方からネタの一部を拝借しました。その扱いをどうするかで四苦八苦するハメに。色々悩んだ結果、シンプルに引用する結果になりました。
3.三人称:基本的に主人公の視点で物語を描く事が多いのですが、今回はそれだと描ききれない内容があるので三人称で書く事に。そして慣れない文体にこれまた四苦八苦する事に。

色々と難産でしたが、その甲斐あって智樹とそはらの関係について少しは書く事ができたかなと思います
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コメント
枡久野恭(ますくのきょー)様へ まったく、本当に困った方ですね。>トランザム イカロスとニンフって何気にざっくばらんな関係だと思うんですよね。(tk)
BLACK様へ 普通は駄目ですね。でも食べるのはエンジェロイド(アストレア)なので割と平気かと思ったり。>ダイオキシン(tk)
まったく、脱衣(トランザム)なんて考えたのはどこのどいつなのでしょうね? ほんと、困ったものです。しかしイカロスとニンフの代理戦争が熱いですな(枡久野恭(ますくのきょー))
最後の最後で一線を越える事をするとはな・・・。しかし最近は焼き芋は落ち葉とかでやったらダイオキシンが出るからダメだとか聞いたけど、エロ本はいいのか?(BLACK)
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