境界のIS〜第三話 フェアリィ・ダンシング〜 |
「遅かったじゃないか」
どーん、という擬音が聞こえてきそうだった。
案の定授業は十五分ほど遅刻。そして今、目の前には地獄先生こと千冬先生が腕を組んで仁王立ちしている。牙を剥き出し、目を爛々と輝かせた修羅の姿がその後ろに見えるようだ。
「何か言いたいことがあるなら聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
よし、いくぞ、僕。言い訳の貯蔵は十分か?
「えと、ですね。何故か世界が僕らの更衣室までついて来てしまって、それから――」
バシン。
叩かれた。
「もういい。不慣れな転入生を手伝ってのことなら仕方がない。無下に叱る訳にもいかないだろう」
先生、それなら出席簿チョップはしないでください。するならせめてやる前に、そのセリフを仰って欲しかった。
「何か言ったか?向井」
睨まれた。なんでさ。
「はぁ……今は専用機持ちをリーダーにして、八人グループでISの操縦実習をしているところだ。本来なら一グループ一機のところをお前たちには特別に『リヴァイヴ』を用意してあるから、向井。古京を責任持って見てやれ。お前も専用機持ちだろう」
やれやれ、と頭に手を当てて、千冬先生は行ってしまった。どうやら本当に、出席簿チョップだけで済んだらしい。助かった。
「それじゃ、僕たちも動こうか」
「うん……」
世界は澄ました顔で僕の右手を握ると、後ろをトテトテと一定の距離でついてくる。
歩きながら周りを見渡せば、当然のことながらいるのは女子ばかり。加えて女子のISスーツはスクール水着と二―ソックスをくっつけたような、身体のラインがむっちりくっきりはっきりする仕様。僕の着ている男性用スーツはデータ採りの効率化のためダイバースーツのようになっているのだが、アレには何かしら、製作者の意図を感じずにはいられない。
ともかく、そんな際どい格好の女の子たちが一面に広がる光景は、長く見ていて気持ちのいいものではない。
「っと、これか」
辿り着いたのは、グラウンドの端にある三番格納庫前。そこには膝をついた状態で、訓練機使用のIS、『リヴァイヴ』がスタンバイされていた。
わざわざここまで出してくれた先生の気遣いに感謝して、僕は機体に歩み寄る。
正式には『疾風の再誕《ラファール・リヴァイヴ》』。フランス製の第二世代機で、その操縦のし易さと汎用性の高さから多くの国で使用されている。『最高の第二世代機』の呼び声も高い、名機だ。
「さて、世界。今までISに乗ったことは?」
外部コンソールを開いて機体のステータスを確認しながら、横で物珍しそうにリヴァイヴを眺めている世界に声をかける。
「?あいえす?」
「ああ」
「……なにそれ?」
返ってきたのは僕の斜め上どころか、遥か上空を行く答えだった。
「は?」
開いた口が塞がらない、とは正にこのこと。
まさかとは思うが、ISを知らないのか?
「……」
こくん、と可愛らしく頷く世界。
人類の歴史に残るほどの大事件――『白騎士事件』を機にISが世に広まって、知らないものなどいないくらい有名になってからそれなりの時間が過ぎている。最早ISを知らないというのは、車や飛行機を知らないと言っているのと同レベルだ。
そもそもISを知らない人間が、なんでIS学園(ココ)にいるんだよ。
目の前が真っ暗になる思いがした。
「――IS。正式名称、インフィニット・ストラトス。見ての通り人型のパワードスーツだ。現存する機体数は四百六十七機。製作者は篠ノ之束博士。開発当初は宇宙での活動を見越していたらしいが、いつの間にか『兵器』として扱われるようになった……ここまで、いいか?」
「うん」
再びこくんと頷く世界。相変わらずの無表情。本当に解っているのか?
「……戦うの?」
「いや、国や企業同士でのISコアの取引や戦争での直接使用は『アラスカ条約』で禁止されてて、今のところはスポーツて形に落ち着いてる」
正直なところ、この辺は僕にもよく解らない。スポーツなのか、兵器なのか。世界中でISの大会が開かれ、『モンド・グロッソ』なんていう世界大会も存在する。ちなみに第一回の優勝者は、我らが織斑千冬先生。
しかしその一方で、各国では競って『軍用IS』の研究開発が進められているのが現状だ。
「そして一番重要なのが、『ISは女性にしか扱えない』ということ」
そう。これがIS最大の特徴であり、欠点。ISコアは何故か女性にしか反応せず、男性が搭乗してもウンともスンとも言わなかった。おかげでISを操縦できるのは女性。つまり偉い。というねじ曲がった女尊男卑社会の構造ができてしまった。全く、ハタ迷惑極まりない話だ。
そういう訳で一夏や僕、シャルルのような『ISを操縦できる男』の存在は、ISの常識を引っくり返しかねないほどの爆弾なのだ。
「ま、こんなところかな。後は先生たちに訊いてくれ」
コンソールを閉じ、世界の方に身体を向ける。
「これから実際に乗ってもらう訳だが――って、おい!」
既に彼女はリヴァイヴに歩み寄ると、そのまま背中から乗るようにして、身体を機体に預けてしまっていた。
『操縦者の搭乗を確認。ロックします』
無機質な音声が響き、開いたままだった装甲が閉じていく。
「お前――」
「大丈夫」
『起動シークエンス終了。シールドエネルギー充填完了。システム、オールグリーン』
あれよあれよという間にPIC《パッシブ・イナーシャル・キャンセラー》が作動。機体がふわりと浮き上がる。
「この子、素直だから」
そう言い残すと、リヴァイヴは急上昇。
よく晴れた、青い空へと舞い上がった。
「なぁ、カナタ」
いつの間にか近くに来ていた一夏が、頭上を仰ぎながら訊いてきた。
「あの子って……あの子だよな?」
言わんでくれ。
僕や一夏だけじゃない。グラウンドにいる皆が、空を飛びまわる世界を見上げてぽかんとしている。
左脚を軸にして、バレエのようにくるくる回る。
見惚れてしまうほど、見事な機動。
急加速したかと思うと、ぴたりと停止。
これが、さっきまでISを知らなかった少女の動きか?
急降下からの、ぐんっ、と音が聞こえてくるような切り返し。
だとしたら、彼女は間違いなく“天才”だ。
背面でバンクに入れてから、半ロールする。そのまま上昇。
鳥のように?
十分な高度で失速。全身を複雑に回しながら、螺旋を描くようにして降下してくる。
ひらひらと。
いや、鳥はあそこまで優雅に飛ばない。
では、蝶のように?
再び急上昇。機体を水平に戻してからインメルマン。
いや、蝶はあそこまで鋭く飛ばない。
キレイなループ。
“妖精”ってやつがいるなら、多分。
あんな風に飛ぶんだろう。
大きな円を描いて、ゆっくりと旋回する世界が眩しい。
ここからじゃ、遠くてはっきり見えないけれど。
空を舞う、彼女の顔は今ごろ。
きっと無邪気に、笑っているんだろう。
〜後書き的なナニカ〜
こんにちは。夢追人です。
今回は原作未読、アニメ未観の方用にちょっとした原作設定の確認と、主人公より先に世界さんに飛んでもらいました。カナタのISやシャルとの絡みはもう少しだけ先になります。今はまだ原作に沿って進みますので、原作を基準にこの先の展開を予想して頂ければよろしいかと。
原作に沿って進みます。原作に沿って……
最近この後書き(?)スペースでちょっとした伏線張りとネタばれ用の企画をやろうかなと思案中。作者とキャラが会話する形式の、アレ。
まぁ、作者が直接小説の中に出張る訳にもいかんので、どうしよう……
あ、こうしよう。
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ちょっとした説明と、世界さん才能発揮の回。 | ||
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コメント | ||
ISの意識が自然認識できる子か。エウレカみたいだな。だが嫌いじゃないわ嫌いじゃないわ!!(東方武神) | ||
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